それは中忍となり初めての大きな戦地でのことだった。
「おい、そこの鼻に傷があるやつ」
自身の体で一番の特徴を言われ、振り向くとここの隊長ではない、見知らぬ人が呼んでいた。
「はい」
「今日だけお前は総副隊長付きだ。すぐに向かえ」
一瞬何を言われたか理解出来なかった。
惚けていると早くしろと促されて、手足を動かす。
これはもしかして都市伝説化している世話係という名の性欲処理係か。
長期任務中、上忍は下の者に命じるというのは聞いたことがあった。戦闘で高ぶる興奮を抑えるため、女より丈夫な男を選ぶこともあるらしい。
それでも、俺が選ばれるとは。
自分で言うのも何だが、あまり見てくれがいい方ではない。加えてひょろいし、余程特殊な趣向の人か人不足でないと選ばれないと思っていた。
しかも総副隊長。
この戦地で二番目に偉い人だ。
そんな人なら他に選びたい放題なのに。
それとも何か別に意味があるのか。
俺の仕事といえば主に後方支援だ。昨日は一日中豚汁を作った。その前の日はカレー。まさか料理の腕を買われたとも思えないし。
混乱したまま指定されたテントに向かった。
「失礼します」
中に入ると人の気配がした。
身構えながら進むと、自分がいたテントとは比べ物にならないほどキチンとした室内にポツンと一人座っていた。
銀髪の少年だった。
まさにこういう事に引っ張りだこのような人目を引く美しさがあった。
まさか、この子も性欲処理に呼ばれたのか。
確かに美しいが、まだ少年である。おそらく10代前半だ。俺と目が合うと顔を赤く染め、アタフタと慌てている。
可哀相に。恥ずかしいし嫌だろうな。
こんな幼い頃に経験してしまったらトラウマになるだろう。
その点、自分は経験こそないが、この子より年上だ。それなりに戦地は経験しているし、話もそこそこできる。もしかしたら会話で回避できるかもしれない。
逃がしてやろう。
今なら総副隊長はいない。チャンスだ。
「あのさ、名前なんて言うの?」
「えっ、あっ、カカシ・・・」
「カカシくん。俺はイルカだ。うみのイルカ」
イルカ・・・とカカシは呟いた。
「カカシくんは何て呼ばれたかは知らないけど、ここに居ちゃいけない。変なことされるからね」
「え?」
「大丈夫。 俺が上手く言っておくから。カカシくんはもどって」
「え?え?」
パチパチと数回瞬きをする。混乱しているのだろう。そんな姿も愛らしい。こんな愛らしい子どもに性欲処理させるなんて、どんなロリコンだ、変態っ!成敗してやるっ!
「ここにいたら嫌な目に合うの。分かる?」
「ここ、オレのテントだけど」
オレのだと!まさかこの子専用にテントを用意しているとは。すでに手を出された後か。可哀相に。
でも今からでも遅くないはずだ。
「俺が総副隊長に話を付けるから」
「総副隊長ってオレだけど」
「うん、その総副隊長に・・・」
ん?
理解できない言葉を言われたが幻聴か?
「ごめん、カカシくん。今なんて言った?」
「だから総副隊長はオレ。オレがイルカ呼んだんだけど」
当然のように言われ、思わず彼をまじまじと見つめる。どう見ても10代前半だ。ここの部隊はざっと三百人を超える。それの二番目に偉い人が、こんな少年・・・?
「嘘つけ、お前今いくつだよ」
「十四」
俺より一つも年下だった。
ありえない。
もしかしてヤられ過ぎて狂ってしまったのか?
「信じられない?まぁよく言われるからいいけど」
ほらっと腕章を見せる。それは階級の証であり、確かにそれには総副隊長と書いてあった。
「いや、でも、え?え?」
慌てている俺を尻目に「そこ座って、何か飲む?」といたく歓迎された。
手馴れたようにお茶を出されて飲む。美味しい。久々に流れる平和な空気に場違いに和んでしまう。
どう見てもカカシが総副隊長とは思えないが、まぁなんでもいいや。とりあえず性欲処理のために呼ばれたのではないようだ。
なら何の為だろう。正直初対面だ。
「あの、カカシくん。いや、総副隊長」
「カカシでいいよ」
「じゃあカカシくん。なんで俺を呼んだの?何か用だった?」
そう聞くと頬を染めてモジモジし出した。
「明日、奇襲かけるの、知ってる?」
「話は何となく」
決着をつける大掛かりな攻撃を仕掛けるらしいとは何となく聞いていた。
「オレがそれを仕切る。そして、多分死ぬ」
迷いのない目でキッパリと言い切った。
死ぬ?こんな幼い子が?隊を率いて?
勿論、戦場は命懸けだ。甘い事など言ってはいれない。だけど、何となくこんな子どもが巻き込まれるなんて考えられなかった。
「そんな、まだ死ぬとは限らないだろ・・・」
「そうかもしれない。でも死ぬ確率の方が高い」
その顔は立派な忍の顔だった。
どんな思いでそんな言葉言うのだろう。
「だから死ぬ前にやり残したことしておきたくて」
「俺に、出来ることなのか?」
死を決意した彼に俺ができることがあるのなら、なんでもしてやりたい。
こくんと頷き、目をそらした。
「恋人に、なってほしい」
時が一瞬止まった。
コイビトニナッテホシイ?
コイビトって何だったっけ?
「は?え?俺?」
もしかしてこの髪の長さで女と思われたのか!
後ろ姿ではたまに間違われるからな!やっぱり切るべきだな、こんな髪!
「ごめん、俺男なんだ」
「知ってるけど?」
あっさり返された。だよねー。後ろ姿ならともかく正面から見て間違うわけないよねー。
「男、がいいのか?女なら他にも沢山いるぞ」
「イルカがいいの!ここで初めて見たときから気になってて、ずっと眺めていたけど、最後なら声かけてもいいかなって思って」
真っ赤になりながらたどたどしく説明する姿は真剣だ。もしかしなくてもこれは告白という奴じゃないか。
「オレ、ずっと戦地にいて、恋人とかできたことなくて。死ぬなら一度くらい恋人ほしいと思って、だから」
なんと!この美形で恋人がいないなど宝の持ち腐れだ。
沈黙をどう思ったのか半泣きになりながら俺の手をしっかりと握った。
「お願い、冥途の土産に恋人との時間を過ごさせて。1日だけでいいから」
そう言われると、なんだか可哀相になる。
こんな美形で若くして総副隊長の実力を持ちながら恋を知らずに明日には死ににいく。
吊り橋効果か死を目前に控え、たまたま目に付いた俺を恋だと勘違いし、長年憧れていた恋人ごっこをしたいと思ったのだろう。不憫な。なぜ俺なのだろう。美人なくノ一なら子孫だって残せたのに。たまたま目に付いた俺めっ!空気読め!
たが俺が1日付き合えば、彼が幸せだというのなら安いものじゃないか。
「そりゃ、いいけど。本当に俺でいいのか?カカシくんなら美人なくノ一の一人や二人すぐにでも恋人になれると思うけど」
「イルカがいい。イルカじゃないとダメなの」
縋るようにぎゅうぎゅう手を握る。そこまで必死になるほど、俺に価値があるとは思えないが。
頷くと、ぱぁぁとまるでこの世の春みたいに笑った。
とても、とても幸せに。
「ーーーっ、わぁ!!」
何かに気づいたように慌てて手を離した。
ん?きちんと洗っているから別に臭くないと思うけど。
「ごごごめん。手、握っちゃった・・・」
真っ赤になりながら自分の手と俺を交互に見た。
ウブだ。
何だよ、その反応。同じ年のくノ一だってそんな反応しないぞ。
本当に、本当に経験ないんだろうな。
子ども好きな俺には、なんだかとても可愛く見えた。
恋人になる、と言ったが具体的に何をすればいいのだろう。
「カカシくん何したい?」
「あのね・・・」
赤い顔をしながら本を取り出す。
イチャイチャパラダイス。
すごい名前の本だ。裏表紙には大きく18禁と書いてある。
「何その本」
「知らないの?すごく面白い本なのに」
もしかしなくてもそれはエロ本か?エロ本を堂々と見せられて逆に清々しい。
「この二人が恋人同士でね、ずっとイチャイチャしてるの」
そりゃそうだろう。読まなくてもだいたいわかる。
必死でパラパラとページを捲る。
「ここ。二人があーんしながら食べっこするの」
おっとベタなことがきたな。そうか、そういうベタベタなことがしたいのか。
「じゃあ俺メシ取ってくるよ」
今日は確かカレーなはず。メニューはカレーと豚汁の交互だから忘れない。
「あ、大丈夫。持ってこさせるよう言ったから」
そう言った途端、外から気配がした。
「総副隊長、昼食です」
「置いといて」
そう言うと気配はなくなった。
今更だけど本当にこの人総副隊長なのだと確信した。
昼食は二人分用意され、俺が昨日まで食べていたものより二品多かった。
正面に座り顔を見合わせる。
「いただきます」
「・・・いただきます」
カレーのいい匂いが漂い思わず食べ進める。ふと視線を感じて顔を上げるとカカシがぽかんとこちらを見つめていた。
しまった。
すっかり忘れていたがあーんして食べっこする予定だった。
「ごめんごめん。カカシくん、何食べたい?」
「えっと・・・、じゃがいも」
じゃがいもをすくい、彼の口元に持っていく。
「はい、あーん」
薄い唇に吸い込まれるようにじゃがいもが消えていく。
「ん、美味しい」
にっこりと満足そうに笑った。
「イルカ、何食べたい?」
「肉!」
肉をすくい、食べさせてくれた。
肉なんて久々に食べた。ここでの食事はほぼ具なしだったからな。さすが実力社会。食べ物も偉い人から取っていくのだ。
彼を見るとぼんやりとした顔で可愛い・・・と呟いた。
可愛い?何が?まさか俺じゃあないよな?
「カカシくん次何食べたい?」
「・・・にんじん」
野菜が好きなのかな。あげると嬉しそうに笑う。
「イルカ何食べたい?」
「肉!」
こうして彼は俺のカレーの野菜を、俺は彼のカレーの肉を食べ尽くした。
当然のように食器をさげてもらい、一気にすることがなくなった。
「カカシくん、他に何がしたい?」
「えっとね・・・」
そしてまた例のエロ本を取り出す。
まさか恋愛のいろはをそれで熟知している訳ではないだろうな。
「デート!デートしてみたい」
「デートなぁ・・・」
果たしてこんな戦地でデートなどできるのだろうか。だが生涯唯一のデートが無残に終わるのも可哀相だ。
うーんと辺りを見渡す。
色っぽいところはないが、二人っきりになれればいっか。
「近くに湖があるんだけど、そこでいいかな?」
そう言うとまたぱぁぁと嬉しそうに笑った。
可愛いのはアンタだよ。
近くの湖はここに来て水汲みの途中こっそり見つけた場所だった。
小さな湖に草原が広がる静かで美しい場所だった。
湖を眺めるように横並びで座った。
「魚がいるんだ」
「え?本当?」
「小さいから食べれないけどね」
ほらそこと指差すと小魚の群れがスイっと泳いだ。
「大きかったら食べれるんだけどね」
「イルカって食いしん坊なんだね」
「あれ?知らなかった?」
おどけて言うと、顔を見合わせてクスクス笑いあった。
「綺麗だね」
そう言う彼の顔は穏やかで髪の色は日に照らされキラキラと輝いていた。
綺麗なのもアンタだよ。
こうしていると唐突に手に入れた恋人モドキがとても素晴らしいモノに見える。
こんな綺麗で可愛い人、初めて見た。
ぼぉっと見つめている自分に気づき恥ずかしくなって慌てて近くの白詰草を取った。
「何してるの?」
「まぁ見てな」
そう言って手際よく編んでいく。
よく施設で作っていた花冠を編み上げるとカカシの頭にのせた。
「ははっ、可愛い」
「え?え?」
恐る恐る頭に手をやり花冠を触る。
その間に自分用も作り頭にのせた。
「ほらお揃い。いいだろ」
にぃと笑うと真っ赤になりながら首を縦に振った。
「すごい、イルカ天使みたい!」
「そりゃお前だよ」
花冠が天使の輪っかに見える。不思議だ。
ついでに指輪を編み、彼の人差し指にはめた。
「婚約指輪!なんちゃって」
アハハと笑ったが、カカシは笑わずぼぅと俺を見ていた。
「なんかイルカ慣れてる。ねぇオレってイルカの何人目の恋人?」
「はぁ?」
不機嫌そうに聞かれて思わず聞き返した。
こいつ、俺がそんなにモテると思っているのか。
施設の子どもと同じようにしただけなのに、慣れているなんて。恋人などいたこともないのに。
「いないよ。いたことない」
きっぱり言うと不機嫌な顔は一気に晴れやかになった。
「ホント?ねぇホント?」
「何だよ、嬉しそうにしやがって」
「だってそしたらお互い初めての恋人だね」
それの何が嬉しいのか分からないが、彼は上機嫌になり、白詰草の指輪を眺める。
「婚約指輪・・・」
「本気にするなよ、バカ」
「ねぇ、オレも作りたい。教えて」
「簡単だよ、こうやって」
器用なのかすんなりとできた。それを俺の手を取り薬指にはめる。
「婚約指輪」
「アハハ、お揃いだな」
「オレ、大事にするよ」
たいした物じゃないと言いかかったが、彼の指輪にはまっているそれが。
俺の指にはまっているそれが。
彼の喜ぶ顔と重なってキラキラ光り、なんだかタカラモノのようだった。
「俺も、大事にするよ」
この日の思い出と共に、大事にしようと決めた。
はめた手をじぃと彼は見つめる。
手は軽く握られ、離す気配がない。
さっきはすぐに離したくせに。
お互い無言になり静寂が耳についた。
「ねぇ」
手を見つめたまま声をかけられた。俺も手を見つめたまま「ん?」と聞いたが、彼の言いたいことは何となく分かっていた。
「抱きしめて、いい?」
彼の手は微かに震えていた。
この行為に、その言葉にどれだけ勇気がいったのか、俺には分からない。
だか、その言葉に少しも嫌悪感を感じなかった。
「うん」
頷くと手を握っていない反対の手が俺の腰に回さられ、ゆっくり、ゆっくりと体が密着していく。
まるで湯船につかるような微睡むような温かさだった。
体臭はしない。
俺の想像以上、彼は優れた忍なのだろう。
ただ。
彼の胸から聞こえる鼓動が。
まるで爆発寸前のように早く激しく動いていた。
夕食も持ってきてもらい二人で食べ合った。彼の殆どの肉を頂いたのに彼は何も言わず嬉しそうにくれた。
「カカシくんは肉好きじゃないのか?」
「肉よりは魚が好きかな」
なんて質素な。俺なんか肉はあればあるだけ食べたいのに。
魚はなんとなく淡白で味気ない。
「魚何が好き?」
「秋刀魚」
「秋刀魚かぁ。塩焼きにしても美味しいし煮ても美味いよな」
思い出して思わず涎が出る。
「イルカは料理するの?」
「まぁそこそこな。金ねーし」
「へぇ。食べてみたいなぁ」
「食べに来いよ。秋刀魚ぐらい焼いてやる」
そう言って、思わず自分の失態に気づいた。
未来の話なんてするべきではなかった。
俺たちは今日一日の関係で、彼は明日死ぬかもしれない大きな任務がある。
初めてこんな関係に嘆いた。
もしもっと早く会えたら。平和な里で会えたら。
こんな料理じゃなくて彼のためだけの料理を作ってあげれるのに。
あんななんにもない所じゃなくて里のあっちこっち連れていくのに。
もっとたくさん話して彼のことを知り、俺のことを知って欲しい。
手を繋いだり肩を寄せあったり抱きしめたり、もっともっと彼に近づきたいのに。
「ごめん」
無神経だ。
心残りは躊躇いを生み、その心の隙間が戦闘では命取りとなる。
明日死ぬかもしれない彼の任務に、未来の話をするなど、心の毒でしかない。
「イルカ」
彼が困ったように笑った。
「ごめんね、イルカのこと何にも考えてなかった」
笑っているのに、何だか泣きそうな顔をしている。
「オレは死ぬからいいけど、イルカは今日のことずっと引きずって生きていくんだよね。イルカのこと好きなのに傍にいてあげれない。イルカを独りぼっちにしてしまう」
そんな当たり前のこと今更言われても仕方ない。
ブンブンと首を振る。
「オレとの記憶は悲しいモノでしかないのに・・・」
「そんなことない」
初めて恋人ができたのだから。
優しい人肌に触れられたのだから。
「いつか、イルカはオレのこと忘れて、誰かと恋人になるのかなぁ」
ポツリと呟いた言葉は、何だか意味を持たずフワフワと浮いた。
「分かんねーよ」
そんな事想像もできない。
こんな風に誰かのことを強く思える人にまた出会えるのだろうか。
「誰も好きにならなければいいのに」
カカシはゆっくりと探るように手を握った。
「誰も好きにならなければ、イルカはずっとオレのなのに」
そんな。
笑いながらそんな悲しいこと言うなよ。
「・・・逃げるか?」
「え?」
「ここから逃げて、二人でどこか行けば明日は死ななくていいかもしれない」
里抜けは大罪だ。追手が来て死刑になる。だが明日死ぬことはない。彼の寿命が延びるならそれでも良かった。
どうせ独り身だ。
誰かに迷惑をかけることも悲しませることもない。
カカシはびっくりしたように目を見開き、悲しそうに笑った。
「できないよ。そうできたら幸せだろうけど、オレここでしか生きれない。生き方が分からないんだ」
分かっていた。
彼は戦場で生きてきた忍だ。若くしてトップ2の地位にいるぐらい優秀なのだろう。だからこそ悟っているのだ。
ここから逃げれることなどできないことを。
「イルカは優しいね」
今日会った人にそこまで言ってくれるなんて。
「でも残酷だ」
好きでもないオレに言ってくれるなら、きっとこの先何人にも言うのだろう。その優しさはオレだけのものではない。
「お前だって」
どうして嘘でも生きて帰るとは言ってくれないのだろう。
俺のためにまた会いに来てくれるとは言ってくれないのだろうか。
「そんな無責任なこと、できない」
キッパリと言い切った。
それが、彼の、彼なりの優しさなのだろう。
「・・・忘れない」
「え?」
「忘れない、たとえこの先誰か好きになっても、カカシくんのこと忘れないから」
だから、これも俺のエゴだ。
この先彼以外を好きにならないなんて無責任なこと言えない。
だが、忘れないことはできる。それだけは嘘ではないから。
「うん・・・」
笑うくせにちっとも嬉しそうではなかった。
ここでようやくわかった。
彼は泣けないなのだ。
立派な忍で、感情を常に殺しているのだ。
だから泣けない。悲しい顔して笑うしかできないのだ。
なんて立派で悲しい忍なのだろう。
それが強さなのか。強いとはそういうことなのか。
「イルカ」
手を伸ばされる。その中に入り自らも手を伸ばし彼を抱きしめた。
熱い。
彼の心は冷めているのに。
じわりと涙が溢れた。
好きだなんてわからない。
それはもっと時間を掛けて築き上げていくものだ。なのに俺はそんなことすっ飛ばして恋人として彼のそばにいる。好きかどうかもわからないのに。
だけど悲しいんだ。
彼を好きではないことが、こんなにも。
同じ想いを返せないことが、こんなにも。
「イルカ、好き、好き」
「うん」
「忘れないで。オレのこと、忘れないで」
ぐるっと視界が反転した。
背中に柔らかいものが当たり、ベッドに寝かされたのだと気付く。
「カカシくん・・・?」
状況が飲み込めない。
性急に衣服を脱がされても何がしたいのか分からなかった。
「カカシくん・・・?」
だって彼は。
彼は手が触れただけでもあんなに動揺したのに。
「何も言わないで。イルカにずっと覚えてもらうにはこうするしか浮かばないから・・・」
またあの悲しそうな笑顔でそう言った。
彼との性交は熱と痛みだけだった。
体の最奥を貫き、魂を抉られた。
体の隅々まで愛され、記憶に刻まれた。
ただ、最後までキスはしなかった。
彼なりのルールか、配慮なのだろう。
彼が欲しかったのは俺の愛情ではない。
愛情を手に入れるにはあまりにも時間がなさすぎた。
だから抱いたのだ。
自分の存在を俺の心に刻み込むために。
おそらく一生忘れることはないだろう。
ひたむきで純粋な愛だった。
俺の初めての恋人だった。
翌朝目覚めると彼はいなかった。
彼のいた痕跡はなく、期待したが手紙などなかった。
そして彼はなにも持っていかなかった。あんなに大事そうにしていた白詰草の花冠も指輪も置いていった。
彼は確かに優れた忍なのだろう。
あの優しく純粋な人間味を切り捨てられる、優秀な忍。
それを誇らしく思っても、哀しく思ってはいけない。
それは彼の生きる道を汚すことなのだから。
俺は白詰草の指輪を二つ持ち、テントから出た。
振り返らず、真っ直ぐと進む。
もう会えないかもしれない。
会えるとしても俺から会いにいくのは無理だろう。彼はきっとそれを望んではいない。
待つことは望まれていない。
ならば、俺のできることはただ一つ。
忘れないでいることだけだから。
あれから同じ季節が二度巡った。
トントンと控えめにノックが聞こえ慌てて出ると、別れた時となんにも変わらない彼が立っていた。
とりあえず、足はちゃんとあるみたいだ。
「ひ、久しぶり・・・」
「久しぶり」
もじもじと動こうとしないので体をずらして中に入るように促す。
「どうぞ」
「う、うん」
この際なぜ俺の家を知っているかは聞かないことにしよう。優秀な彼のことだ、そのぐらいわけないだろう。
リビングに通しお茶を出す。まるで逆だなと思い出す。あの時は彼がお茶を入れてくれた。
「ありがとう」
そわそわと忙しなく動く。
なんだか落ち着かない。
「無事だったんだね」
「う、うん。おかげさまで」
キョロキョロと動かしていた目がピタリと止まった。視線の先にはあの白詰草の指輪があった。
「あ、あのっ、あの指輪持っていきたかったんだけど、でも、きっとダメになるって思ったから」
慌てた様子で言うのがおかしかった。そんなに必死に言い訳しなくても分かっているのに。
「あぁ、いいんだよ。俺が持ってきたかっただけだから」
「本当に、本当に大事だったんだよ!」
「分かってるって」
必死な顔がおかしくてクスクス笑うと苦虫をかみつぶすような顔をして顔を背けた。
あぁ、可愛いな。
あの時と何も変わっていない。
そっと手を重ねるとビクッと震えた。
「イ、ルカっ」
「何驚いてるんだよ。手繋いだだけだろ」
「だって、あの、オレ、あの時無理矢理っ」
「いいんだよ」
あんなことしなくても忘れたりはしなかった。
だが彼がそうしたかったのならばそれでいい。それで少しでも心が晴れたなら、それでいいのだ。
「あの、オレ、色々謝りたくてっ」
「うん?」
「無理矢理ヤったこととか、余裕なくて痛い思いさせたとか、目覚めるまで傍にいてあげられなかったとか、手紙とか何も残さなかったとか」
「分かってるよ」
「本当に死ぬつもりだったんだ。でも戦えば戦うほど、死に近づけば近づくほどイルカのこと思い出して。もっと前から話しかけとけばよかったとか、もっと抱きしめておけばよかったとか」
「うん」
「名前もなんか子どもっぽいからカカシくんじゃなくてカカシって呼んでほしかったとか、肉好きなら牛一頭渡せばよかったとか」
「うん」
「里で会えれば金なんて腐るほどあるから好きなだけ肉食べさせて、またイルカにあーんしてもらって、で、できれば膝枕なんかしてもらったり、手料理だって食べたいし、手を恋人繋ぎしながらデートしたり、イルカの家お泊りしたいし、エッチだって」
ぽっと頬を染めた。
「バックとか、騎乗位とかしてほしいし、オモチャ入れてフェラさせて、カカシくんのおっきいのがいいってオネダリなんかしちゃって。暗部服きせてビリビリに破りながらシてみたいし、いや、それよりもナース服かな?白い白衣姿にオレの精液ぶっかけて体中塗りたくってやりたいし、イルカの精液ぶっかけられたい」
「・・・」
それは別に言わなくても良かった気がする。
「それでエッチ終わった後もいちゃいちゃするの。あれがよかった、今度はこんなのしてみたいって言いながら抱きしめてね」
ふふっと笑った。
「ちゅー、するの」
嬉しそうに、幸せそうに。
「いっぱいちゅっちゅして、おはようもおやすみも行ってきますもただいまもいっぱいいっぱいちゅーするの。そんな風に」
初めてそんな嬉しそうに未来を語ってくれた。
「そんな風に、イルカと暮らしてみたい。そう思ったらこんなとこでくたばってられないなって思って。そんなポジション誰にも渡したくないなって思って。気がついたら生きてた。大きなケガもなく、生きてた」
生きてた。
「そしたらね、イルカに会いたくなったんだ」
なのに任務が次々入って遅くなっちゃった、ごめんねと嬉しそうに謝った。
あぁ。
何だか泣きそうだ。
あの時は未来を見ることなくただ任務のことだけだった。自分のことを考えてはいなかった。
それなのに、そんな小さな夢で、生きようと思ってくれたのだ。
あそこであえて良かった。好きになってもらって、恋人にしてもらって良かった。
こんなにも。
こんなにも純粋で素直で優しい人を失わなくて良かった。
「だからね、あのね」
もじもじしながら上目遣いでこちらを見た。
「また、恋人になってくれるかな?」
不安そうに、だがどこか期待した目をしていた。
俺はにっこり笑った。
「俺、恋人がいるんだ」
「嘘だ!」
即答された。
「嘘だよ、嘘だ!だってオレ調べ・・・っ」
調べたのか。
バツが悪いのか俯いた。
そんな時間あるなら会いに来てくれればいいのに。
「い、いないよ・・・、イルカは恋人なんかいないよ。そ、それともオレと付き合いたくなくてそんなこと言うの・・・?」
「いるってば」
「嘘だよ!ちゃんと調べたんだから!ここ二年誰とも付き合っていない」
「いるよ、二年前から」
意地悪な言い方かな。
ぽかんとした彼にクスッと笑った。
「オ、オレより前にいたの・・・?」
なんでそんな思考になるのかなぁ。
変なところで後ろ向きなのだから。
「二年前、戦地で恋人になってから、俺、別れたつもりないけど」
分かりやすく言いなおすと、固まってしまった。
彼が死んだと分かったら、新たに誰かをみつけようと思った。だから死んだと分からなければ会えなくてもずっと、ずっと彼を想って生きていこうと誓った。
まだ好きかどうかもわからない。
だけど、生きているのなら。
これから共に生きていこうと思ってくれるのなら。
傍にいたいと強く思う。
「別れたつもりだった?」
そう聞くと一瞬固まってすぐに首をモゲるかもしれないぐらい横に振った。
「オレ、ずっと、イルカだけっ」
「嬉しいよ。カカシくんが会いに来てくれて」
嬉しい。また会えて。まだ好きでいてくれて。
「イルカ」
ちゃぶ台越しに抱きしめられた。
記憶よりも大きくなった体だが、相変わらず抱きしめる体は熱かった。
「あの、今日からここ住んでもいいかなっ」
突然色々すっ飛ばしたお願いに、変わってないなと思う。
「いいよ」
そういうとぱぁぁと嬉しそうに笑った。
「手料理つくってくれる?」
「うん」
「膝枕してくれる?」
「うん」
「デートもしてくれる?」
「うん」
「エッチも・・・?」
そこだけ不安そうだった。
「いいよ」
頷くと飛びつかれ、押し倒された。
「ちょっ、カカシくん!」
「シたい。シよ、ねぇ」
「んん、まって」
むしゃぶりつく彼を引き離す。
戸惑いながら目はギラギラさせてこちらの様子を伺う。
本当変わってないんだから。
「俺もしてみたいことがあるんだけど」
「何!何でもしてあげる」
そわそわしながら首を傾げる。
「キス」
一度もしなかった、キス。
俺のファーストキス。
「したことないんだ。ずっとカカシくんとしてみたかった」
にっこり笑うと、固まった彼がボッと火がついたように顔を真っ赤にした。
それ以上のことしてるのに。
可笑しくて、でも彼らしくて。
クスクス笑いながら唇を近づけた。
俺の最初の恋人。
願わくば最後の恋人であることを。
まるで誓いのキスのように、思いを込めて目を閉じた。
「おい、そこの鼻に傷があるやつ」
自身の体で一番の特徴を言われ、振り向くとここの隊長ではない、見知らぬ人が呼んでいた。
「はい」
「今日だけお前は総副隊長付きだ。すぐに向かえ」
一瞬何を言われたか理解出来なかった。
惚けていると早くしろと促されて、手足を動かす。
これはもしかして都市伝説化している世話係という名の性欲処理係か。
長期任務中、上忍は下の者に命じるというのは聞いたことがあった。戦闘で高ぶる興奮を抑えるため、女より丈夫な男を選ぶこともあるらしい。
それでも、俺が選ばれるとは。
自分で言うのも何だが、あまり見てくれがいい方ではない。加えてひょろいし、余程特殊な趣向の人か人不足でないと選ばれないと思っていた。
しかも総副隊長。
この戦地で二番目に偉い人だ。
そんな人なら他に選びたい放題なのに。
それとも何か別に意味があるのか。
俺の仕事といえば主に後方支援だ。昨日は一日中豚汁を作った。その前の日はカレー。まさか料理の腕を買われたとも思えないし。
混乱したまま指定されたテントに向かった。
「失礼します」
中に入ると人の気配がした。
身構えながら進むと、自分がいたテントとは比べ物にならないほどキチンとした室内にポツンと一人座っていた。
銀髪の少年だった。
まさにこういう事に引っ張りだこのような人目を引く美しさがあった。
まさか、この子も性欲処理に呼ばれたのか。
確かに美しいが、まだ少年である。おそらく10代前半だ。俺と目が合うと顔を赤く染め、アタフタと慌てている。
可哀相に。恥ずかしいし嫌だろうな。
こんな幼い頃に経験してしまったらトラウマになるだろう。
その点、自分は経験こそないが、この子より年上だ。それなりに戦地は経験しているし、話もそこそこできる。もしかしたら会話で回避できるかもしれない。
逃がしてやろう。
今なら総副隊長はいない。チャンスだ。
「あのさ、名前なんて言うの?」
「えっ、あっ、カカシ・・・」
「カカシくん。俺はイルカだ。うみのイルカ」
イルカ・・・とカカシは呟いた。
「カカシくんは何て呼ばれたかは知らないけど、ここに居ちゃいけない。変なことされるからね」
「え?」
「大丈夫。 俺が上手く言っておくから。カカシくんはもどって」
「え?え?」
パチパチと数回瞬きをする。混乱しているのだろう。そんな姿も愛らしい。こんな愛らしい子どもに性欲処理させるなんて、どんなロリコンだ、変態っ!成敗してやるっ!
「ここにいたら嫌な目に合うの。分かる?」
「ここ、オレのテントだけど」
オレのだと!まさかこの子専用にテントを用意しているとは。すでに手を出された後か。可哀相に。
でも今からでも遅くないはずだ。
「俺が総副隊長に話を付けるから」
「総副隊長ってオレだけど」
「うん、その総副隊長に・・・」
ん?
理解できない言葉を言われたが幻聴か?
「ごめん、カカシくん。今なんて言った?」
「だから総副隊長はオレ。オレがイルカ呼んだんだけど」
当然のように言われ、思わず彼をまじまじと見つめる。どう見ても10代前半だ。ここの部隊はざっと三百人を超える。それの二番目に偉い人が、こんな少年・・・?
「嘘つけ、お前今いくつだよ」
「十四」
俺より一つも年下だった。
ありえない。
もしかしてヤられ過ぎて狂ってしまったのか?
「信じられない?まぁよく言われるからいいけど」
ほらっと腕章を見せる。それは階級の証であり、確かにそれには総副隊長と書いてあった。
「いや、でも、え?え?」
慌てている俺を尻目に「そこ座って、何か飲む?」といたく歓迎された。
手馴れたようにお茶を出されて飲む。美味しい。久々に流れる平和な空気に場違いに和んでしまう。
どう見てもカカシが総副隊長とは思えないが、まぁなんでもいいや。とりあえず性欲処理のために呼ばれたのではないようだ。
なら何の為だろう。正直初対面だ。
「あの、カカシくん。いや、総副隊長」
「カカシでいいよ」
「じゃあカカシくん。なんで俺を呼んだの?何か用だった?」
そう聞くと頬を染めてモジモジし出した。
「明日、奇襲かけるの、知ってる?」
「話は何となく」
決着をつける大掛かりな攻撃を仕掛けるらしいとは何となく聞いていた。
「オレがそれを仕切る。そして、多分死ぬ」
迷いのない目でキッパリと言い切った。
死ぬ?こんな幼い子が?隊を率いて?
勿論、戦場は命懸けだ。甘い事など言ってはいれない。だけど、何となくこんな子どもが巻き込まれるなんて考えられなかった。
「そんな、まだ死ぬとは限らないだろ・・・」
「そうかもしれない。でも死ぬ確率の方が高い」
その顔は立派な忍の顔だった。
どんな思いでそんな言葉言うのだろう。
「だから死ぬ前にやり残したことしておきたくて」
「俺に、出来ることなのか?」
死を決意した彼に俺ができることがあるのなら、なんでもしてやりたい。
こくんと頷き、目をそらした。
「恋人に、なってほしい」
時が一瞬止まった。
コイビトニナッテホシイ?
コイビトって何だったっけ?
「は?え?俺?」
もしかしてこの髪の長さで女と思われたのか!
後ろ姿ではたまに間違われるからな!やっぱり切るべきだな、こんな髪!
「ごめん、俺男なんだ」
「知ってるけど?」
あっさり返された。だよねー。後ろ姿ならともかく正面から見て間違うわけないよねー。
「男、がいいのか?女なら他にも沢山いるぞ」
「イルカがいいの!ここで初めて見たときから気になってて、ずっと眺めていたけど、最後なら声かけてもいいかなって思って」
真っ赤になりながらたどたどしく説明する姿は真剣だ。もしかしなくてもこれは告白という奴じゃないか。
「オレ、ずっと戦地にいて、恋人とかできたことなくて。死ぬなら一度くらい恋人ほしいと思って、だから」
なんと!この美形で恋人がいないなど宝の持ち腐れだ。
沈黙をどう思ったのか半泣きになりながら俺の手をしっかりと握った。
「お願い、冥途の土産に恋人との時間を過ごさせて。1日だけでいいから」
そう言われると、なんだか可哀相になる。
こんな美形で若くして総副隊長の実力を持ちながら恋を知らずに明日には死ににいく。
吊り橋効果か死を目前に控え、たまたま目に付いた俺を恋だと勘違いし、長年憧れていた恋人ごっこをしたいと思ったのだろう。不憫な。なぜ俺なのだろう。美人なくノ一なら子孫だって残せたのに。たまたま目に付いた俺めっ!空気読め!
たが俺が1日付き合えば、彼が幸せだというのなら安いものじゃないか。
「そりゃ、いいけど。本当に俺でいいのか?カカシくんなら美人なくノ一の一人や二人すぐにでも恋人になれると思うけど」
「イルカがいい。イルカじゃないとダメなの」
縋るようにぎゅうぎゅう手を握る。そこまで必死になるほど、俺に価値があるとは思えないが。
頷くと、ぱぁぁとまるでこの世の春みたいに笑った。
とても、とても幸せに。
「ーーーっ、わぁ!!」
何かに気づいたように慌てて手を離した。
ん?きちんと洗っているから別に臭くないと思うけど。
「ごごごめん。手、握っちゃった・・・」
真っ赤になりながら自分の手と俺を交互に見た。
ウブだ。
何だよ、その反応。同じ年のくノ一だってそんな反応しないぞ。
本当に、本当に経験ないんだろうな。
子ども好きな俺には、なんだかとても可愛く見えた。
恋人になる、と言ったが具体的に何をすればいいのだろう。
「カカシくん何したい?」
「あのね・・・」
赤い顔をしながら本を取り出す。
イチャイチャパラダイス。
すごい名前の本だ。裏表紙には大きく18禁と書いてある。
「何その本」
「知らないの?すごく面白い本なのに」
もしかしなくてもそれはエロ本か?エロ本を堂々と見せられて逆に清々しい。
「この二人が恋人同士でね、ずっとイチャイチャしてるの」
そりゃそうだろう。読まなくてもだいたいわかる。
必死でパラパラとページを捲る。
「ここ。二人があーんしながら食べっこするの」
おっとベタなことがきたな。そうか、そういうベタベタなことがしたいのか。
「じゃあ俺メシ取ってくるよ」
今日は確かカレーなはず。メニューはカレーと豚汁の交互だから忘れない。
「あ、大丈夫。持ってこさせるよう言ったから」
そう言った途端、外から気配がした。
「総副隊長、昼食です」
「置いといて」
そう言うと気配はなくなった。
今更だけど本当にこの人総副隊長なのだと確信した。
昼食は二人分用意され、俺が昨日まで食べていたものより二品多かった。
正面に座り顔を見合わせる。
「いただきます」
「・・・いただきます」
カレーのいい匂いが漂い思わず食べ進める。ふと視線を感じて顔を上げるとカカシがぽかんとこちらを見つめていた。
しまった。
すっかり忘れていたがあーんして食べっこする予定だった。
「ごめんごめん。カカシくん、何食べたい?」
「えっと・・・、じゃがいも」
じゃがいもをすくい、彼の口元に持っていく。
「はい、あーん」
薄い唇に吸い込まれるようにじゃがいもが消えていく。
「ん、美味しい」
にっこりと満足そうに笑った。
「イルカ、何食べたい?」
「肉!」
肉をすくい、食べさせてくれた。
肉なんて久々に食べた。ここでの食事はほぼ具なしだったからな。さすが実力社会。食べ物も偉い人から取っていくのだ。
彼を見るとぼんやりとした顔で可愛い・・・と呟いた。
可愛い?何が?まさか俺じゃあないよな?
「カカシくん次何食べたい?」
「・・・にんじん」
野菜が好きなのかな。あげると嬉しそうに笑う。
「イルカ何食べたい?」
「肉!」
こうして彼は俺のカレーの野菜を、俺は彼のカレーの肉を食べ尽くした。
当然のように食器をさげてもらい、一気にすることがなくなった。
「カカシくん、他に何がしたい?」
「えっとね・・・」
そしてまた例のエロ本を取り出す。
まさか恋愛のいろはをそれで熟知している訳ではないだろうな。
「デート!デートしてみたい」
「デートなぁ・・・」
果たしてこんな戦地でデートなどできるのだろうか。だが生涯唯一のデートが無残に終わるのも可哀相だ。
うーんと辺りを見渡す。
色っぽいところはないが、二人っきりになれればいっか。
「近くに湖があるんだけど、そこでいいかな?」
そう言うとまたぱぁぁと嬉しそうに笑った。
可愛いのはアンタだよ。
近くの湖はここに来て水汲みの途中こっそり見つけた場所だった。
小さな湖に草原が広がる静かで美しい場所だった。
湖を眺めるように横並びで座った。
「魚がいるんだ」
「え?本当?」
「小さいから食べれないけどね」
ほらそこと指差すと小魚の群れがスイっと泳いだ。
「大きかったら食べれるんだけどね」
「イルカって食いしん坊なんだね」
「あれ?知らなかった?」
おどけて言うと、顔を見合わせてクスクス笑いあった。
「綺麗だね」
そう言う彼の顔は穏やかで髪の色は日に照らされキラキラと輝いていた。
綺麗なのもアンタだよ。
こうしていると唐突に手に入れた恋人モドキがとても素晴らしいモノに見える。
こんな綺麗で可愛い人、初めて見た。
ぼぉっと見つめている自分に気づき恥ずかしくなって慌てて近くの白詰草を取った。
「何してるの?」
「まぁ見てな」
そう言って手際よく編んでいく。
よく施設で作っていた花冠を編み上げるとカカシの頭にのせた。
「ははっ、可愛い」
「え?え?」
恐る恐る頭に手をやり花冠を触る。
その間に自分用も作り頭にのせた。
「ほらお揃い。いいだろ」
にぃと笑うと真っ赤になりながら首を縦に振った。
「すごい、イルカ天使みたい!」
「そりゃお前だよ」
花冠が天使の輪っかに見える。不思議だ。
ついでに指輪を編み、彼の人差し指にはめた。
「婚約指輪!なんちゃって」
アハハと笑ったが、カカシは笑わずぼぅと俺を見ていた。
「なんかイルカ慣れてる。ねぇオレってイルカの何人目の恋人?」
「はぁ?」
不機嫌そうに聞かれて思わず聞き返した。
こいつ、俺がそんなにモテると思っているのか。
施設の子どもと同じようにしただけなのに、慣れているなんて。恋人などいたこともないのに。
「いないよ。いたことない」
きっぱり言うと不機嫌な顔は一気に晴れやかになった。
「ホント?ねぇホント?」
「何だよ、嬉しそうにしやがって」
「だってそしたらお互い初めての恋人だね」
それの何が嬉しいのか分からないが、彼は上機嫌になり、白詰草の指輪を眺める。
「婚約指輪・・・」
「本気にするなよ、バカ」
「ねぇ、オレも作りたい。教えて」
「簡単だよ、こうやって」
器用なのかすんなりとできた。それを俺の手を取り薬指にはめる。
「婚約指輪」
「アハハ、お揃いだな」
「オレ、大事にするよ」
たいした物じゃないと言いかかったが、彼の指輪にはまっているそれが。
俺の指にはまっているそれが。
彼の喜ぶ顔と重なってキラキラ光り、なんだかタカラモノのようだった。
「俺も、大事にするよ」
この日の思い出と共に、大事にしようと決めた。
はめた手をじぃと彼は見つめる。
手は軽く握られ、離す気配がない。
さっきはすぐに離したくせに。
お互い無言になり静寂が耳についた。
「ねぇ」
手を見つめたまま声をかけられた。俺も手を見つめたまま「ん?」と聞いたが、彼の言いたいことは何となく分かっていた。
「抱きしめて、いい?」
彼の手は微かに震えていた。
この行為に、その言葉にどれだけ勇気がいったのか、俺には分からない。
だか、その言葉に少しも嫌悪感を感じなかった。
「うん」
頷くと手を握っていない反対の手が俺の腰に回さられ、ゆっくり、ゆっくりと体が密着していく。
まるで湯船につかるような微睡むような温かさだった。
体臭はしない。
俺の想像以上、彼は優れた忍なのだろう。
ただ。
彼の胸から聞こえる鼓動が。
まるで爆発寸前のように早く激しく動いていた。
夕食も持ってきてもらい二人で食べ合った。彼の殆どの肉を頂いたのに彼は何も言わず嬉しそうにくれた。
「カカシくんは肉好きじゃないのか?」
「肉よりは魚が好きかな」
なんて質素な。俺なんか肉はあればあるだけ食べたいのに。
魚はなんとなく淡白で味気ない。
「魚何が好き?」
「秋刀魚」
「秋刀魚かぁ。塩焼きにしても美味しいし煮ても美味いよな」
思い出して思わず涎が出る。
「イルカは料理するの?」
「まぁそこそこな。金ねーし」
「へぇ。食べてみたいなぁ」
「食べに来いよ。秋刀魚ぐらい焼いてやる」
そう言って、思わず自分の失態に気づいた。
未来の話なんてするべきではなかった。
俺たちは今日一日の関係で、彼は明日死ぬかもしれない大きな任務がある。
初めてこんな関係に嘆いた。
もしもっと早く会えたら。平和な里で会えたら。
こんな料理じゃなくて彼のためだけの料理を作ってあげれるのに。
あんななんにもない所じゃなくて里のあっちこっち連れていくのに。
もっとたくさん話して彼のことを知り、俺のことを知って欲しい。
手を繋いだり肩を寄せあったり抱きしめたり、もっともっと彼に近づきたいのに。
「ごめん」
無神経だ。
心残りは躊躇いを生み、その心の隙間が戦闘では命取りとなる。
明日死ぬかもしれない彼の任務に、未来の話をするなど、心の毒でしかない。
「イルカ」
彼が困ったように笑った。
「ごめんね、イルカのこと何にも考えてなかった」
笑っているのに、何だか泣きそうな顔をしている。
「オレは死ぬからいいけど、イルカは今日のことずっと引きずって生きていくんだよね。イルカのこと好きなのに傍にいてあげれない。イルカを独りぼっちにしてしまう」
そんな当たり前のこと今更言われても仕方ない。
ブンブンと首を振る。
「オレとの記憶は悲しいモノでしかないのに・・・」
「そんなことない」
初めて恋人ができたのだから。
優しい人肌に触れられたのだから。
「いつか、イルカはオレのこと忘れて、誰かと恋人になるのかなぁ」
ポツリと呟いた言葉は、何だか意味を持たずフワフワと浮いた。
「分かんねーよ」
そんな事想像もできない。
こんな風に誰かのことを強く思える人にまた出会えるのだろうか。
「誰も好きにならなければいいのに」
カカシはゆっくりと探るように手を握った。
「誰も好きにならなければ、イルカはずっとオレのなのに」
そんな。
笑いながらそんな悲しいこと言うなよ。
「・・・逃げるか?」
「え?」
「ここから逃げて、二人でどこか行けば明日は死ななくていいかもしれない」
里抜けは大罪だ。追手が来て死刑になる。だが明日死ぬことはない。彼の寿命が延びるならそれでも良かった。
どうせ独り身だ。
誰かに迷惑をかけることも悲しませることもない。
カカシはびっくりしたように目を見開き、悲しそうに笑った。
「できないよ。そうできたら幸せだろうけど、オレここでしか生きれない。生き方が分からないんだ」
分かっていた。
彼は戦場で生きてきた忍だ。若くしてトップ2の地位にいるぐらい優秀なのだろう。だからこそ悟っているのだ。
ここから逃げれることなどできないことを。
「イルカは優しいね」
今日会った人にそこまで言ってくれるなんて。
「でも残酷だ」
好きでもないオレに言ってくれるなら、きっとこの先何人にも言うのだろう。その優しさはオレだけのものではない。
「お前だって」
どうして嘘でも生きて帰るとは言ってくれないのだろう。
俺のためにまた会いに来てくれるとは言ってくれないのだろうか。
「そんな無責任なこと、できない」
キッパリと言い切った。
それが、彼の、彼なりの優しさなのだろう。
「・・・忘れない」
「え?」
「忘れない、たとえこの先誰か好きになっても、カカシくんのこと忘れないから」
だから、これも俺のエゴだ。
この先彼以外を好きにならないなんて無責任なこと言えない。
だが、忘れないことはできる。それだけは嘘ではないから。
「うん・・・」
笑うくせにちっとも嬉しそうではなかった。
ここでようやくわかった。
彼は泣けないなのだ。
立派な忍で、感情を常に殺しているのだ。
だから泣けない。悲しい顔して笑うしかできないのだ。
なんて立派で悲しい忍なのだろう。
それが強さなのか。強いとはそういうことなのか。
「イルカ」
手を伸ばされる。その中に入り自らも手を伸ばし彼を抱きしめた。
熱い。
彼の心は冷めているのに。
じわりと涙が溢れた。
好きだなんてわからない。
それはもっと時間を掛けて築き上げていくものだ。なのに俺はそんなことすっ飛ばして恋人として彼のそばにいる。好きかどうかもわからないのに。
だけど悲しいんだ。
彼を好きではないことが、こんなにも。
同じ想いを返せないことが、こんなにも。
「イルカ、好き、好き」
「うん」
「忘れないで。オレのこと、忘れないで」
ぐるっと視界が反転した。
背中に柔らかいものが当たり、ベッドに寝かされたのだと気付く。
「カカシくん・・・?」
状況が飲み込めない。
性急に衣服を脱がされても何がしたいのか分からなかった。
「カカシくん・・・?」
だって彼は。
彼は手が触れただけでもあんなに動揺したのに。
「何も言わないで。イルカにずっと覚えてもらうにはこうするしか浮かばないから・・・」
またあの悲しそうな笑顔でそう言った。
彼との性交は熱と痛みだけだった。
体の最奥を貫き、魂を抉られた。
体の隅々まで愛され、記憶に刻まれた。
ただ、最後までキスはしなかった。
彼なりのルールか、配慮なのだろう。
彼が欲しかったのは俺の愛情ではない。
愛情を手に入れるにはあまりにも時間がなさすぎた。
だから抱いたのだ。
自分の存在を俺の心に刻み込むために。
おそらく一生忘れることはないだろう。
ひたむきで純粋な愛だった。
俺の初めての恋人だった。
翌朝目覚めると彼はいなかった。
彼のいた痕跡はなく、期待したが手紙などなかった。
そして彼はなにも持っていかなかった。あんなに大事そうにしていた白詰草の花冠も指輪も置いていった。
彼は確かに優れた忍なのだろう。
あの優しく純粋な人間味を切り捨てられる、優秀な忍。
それを誇らしく思っても、哀しく思ってはいけない。
それは彼の生きる道を汚すことなのだから。
俺は白詰草の指輪を二つ持ち、テントから出た。
振り返らず、真っ直ぐと進む。
もう会えないかもしれない。
会えるとしても俺から会いにいくのは無理だろう。彼はきっとそれを望んではいない。
待つことは望まれていない。
ならば、俺のできることはただ一つ。
忘れないでいることだけだから。
あれから同じ季節が二度巡った。
トントンと控えめにノックが聞こえ慌てて出ると、別れた時となんにも変わらない彼が立っていた。
とりあえず、足はちゃんとあるみたいだ。
「ひ、久しぶり・・・」
「久しぶり」
もじもじと動こうとしないので体をずらして中に入るように促す。
「どうぞ」
「う、うん」
この際なぜ俺の家を知っているかは聞かないことにしよう。優秀な彼のことだ、そのぐらいわけないだろう。
リビングに通しお茶を出す。まるで逆だなと思い出す。あの時は彼がお茶を入れてくれた。
「ありがとう」
そわそわと忙しなく動く。
なんだか落ち着かない。
「無事だったんだね」
「う、うん。おかげさまで」
キョロキョロと動かしていた目がピタリと止まった。視線の先にはあの白詰草の指輪があった。
「あ、あのっ、あの指輪持っていきたかったんだけど、でも、きっとダメになるって思ったから」
慌てた様子で言うのがおかしかった。そんなに必死に言い訳しなくても分かっているのに。
「あぁ、いいんだよ。俺が持ってきたかっただけだから」
「本当に、本当に大事だったんだよ!」
「分かってるって」
必死な顔がおかしくてクスクス笑うと苦虫をかみつぶすような顔をして顔を背けた。
あぁ、可愛いな。
あの時と何も変わっていない。
そっと手を重ねるとビクッと震えた。
「イ、ルカっ」
「何驚いてるんだよ。手繋いだだけだろ」
「だって、あの、オレ、あの時無理矢理っ」
「いいんだよ」
あんなことしなくても忘れたりはしなかった。
だが彼がそうしたかったのならばそれでいい。それで少しでも心が晴れたなら、それでいいのだ。
「あの、オレ、色々謝りたくてっ」
「うん?」
「無理矢理ヤったこととか、余裕なくて痛い思いさせたとか、目覚めるまで傍にいてあげられなかったとか、手紙とか何も残さなかったとか」
「分かってるよ」
「本当に死ぬつもりだったんだ。でも戦えば戦うほど、死に近づけば近づくほどイルカのこと思い出して。もっと前から話しかけとけばよかったとか、もっと抱きしめておけばよかったとか」
「うん」
「名前もなんか子どもっぽいからカカシくんじゃなくてカカシって呼んでほしかったとか、肉好きなら牛一頭渡せばよかったとか」
「うん」
「里で会えれば金なんて腐るほどあるから好きなだけ肉食べさせて、またイルカにあーんしてもらって、で、できれば膝枕なんかしてもらったり、手料理だって食べたいし、手を恋人繋ぎしながらデートしたり、イルカの家お泊りしたいし、エッチだって」
ぽっと頬を染めた。
「バックとか、騎乗位とかしてほしいし、オモチャ入れてフェラさせて、カカシくんのおっきいのがいいってオネダリなんかしちゃって。暗部服きせてビリビリに破りながらシてみたいし、いや、それよりもナース服かな?白い白衣姿にオレの精液ぶっかけて体中塗りたくってやりたいし、イルカの精液ぶっかけられたい」
「・・・」
それは別に言わなくても良かった気がする。
「それでエッチ終わった後もいちゃいちゃするの。あれがよかった、今度はこんなのしてみたいって言いながら抱きしめてね」
ふふっと笑った。
「ちゅー、するの」
嬉しそうに、幸せそうに。
「いっぱいちゅっちゅして、おはようもおやすみも行ってきますもただいまもいっぱいいっぱいちゅーするの。そんな風に」
初めてそんな嬉しそうに未来を語ってくれた。
「そんな風に、イルカと暮らしてみたい。そう思ったらこんなとこでくたばってられないなって思って。そんなポジション誰にも渡したくないなって思って。気がついたら生きてた。大きなケガもなく、生きてた」
生きてた。
「そしたらね、イルカに会いたくなったんだ」
なのに任務が次々入って遅くなっちゃった、ごめんねと嬉しそうに謝った。
あぁ。
何だか泣きそうだ。
あの時は未来を見ることなくただ任務のことだけだった。自分のことを考えてはいなかった。
それなのに、そんな小さな夢で、生きようと思ってくれたのだ。
あそこであえて良かった。好きになってもらって、恋人にしてもらって良かった。
こんなにも。
こんなにも純粋で素直で優しい人を失わなくて良かった。
「だからね、あのね」
もじもじしながら上目遣いでこちらを見た。
「また、恋人になってくれるかな?」
不安そうに、だがどこか期待した目をしていた。
俺はにっこり笑った。
「俺、恋人がいるんだ」
「嘘だ!」
即答された。
「嘘だよ、嘘だ!だってオレ調べ・・・っ」
調べたのか。
バツが悪いのか俯いた。
そんな時間あるなら会いに来てくれればいいのに。
「い、いないよ・・・、イルカは恋人なんかいないよ。そ、それともオレと付き合いたくなくてそんなこと言うの・・・?」
「いるってば」
「嘘だよ!ちゃんと調べたんだから!ここ二年誰とも付き合っていない」
「いるよ、二年前から」
意地悪な言い方かな。
ぽかんとした彼にクスッと笑った。
「オ、オレより前にいたの・・・?」
なんでそんな思考になるのかなぁ。
変なところで後ろ向きなのだから。
「二年前、戦地で恋人になってから、俺、別れたつもりないけど」
分かりやすく言いなおすと、固まってしまった。
彼が死んだと分かったら、新たに誰かをみつけようと思った。だから死んだと分からなければ会えなくてもずっと、ずっと彼を想って生きていこうと誓った。
まだ好きかどうかもわからない。
だけど、生きているのなら。
これから共に生きていこうと思ってくれるのなら。
傍にいたいと強く思う。
「別れたつもりだった?」
そう聞くと一瞬固まってすぐに首をモゲるかもしれないぐらい横に振った。
「オレ、ずっと、イルカだけっ」
「嬉しいよ。カカシくんが会いに来てくれて」
嬉しい。また会えて。まだ好きでいてくれて。
「イルカ」
ちゃぶ台越しに抱きしめられた。
記憶よりも大きくなった体だが、相変わらず抱きしめる体は熱かった。
「あの、今日からここ住んでもいいかなっ」
突然色々すっ飛ばしたお願いに、変わってないなと思う。
「いいよ」
そういうとぱぁぁと嬉しそうに笑った。
「手料理つくってくれる?」
「うん」
「膝枕してくれる?」
「うん」
「デートもしてくれる?」
「うん」
「エッチも・・・?」
そこだけ不安そうだった。
「いいよ」
頷くと飛びつかれ、押し倒された。
「ちょっ、カカシくん!」
「シたい。シよ、ねぇ」
「んん、まって」
むしゃぶりつく彼を引き離す。
戸惑いながら目はギラギラさせてこちらの様子を伺う。
本当変わってないんだから。
「俺もしてみたいことがあるんだけど」
「何!何でもしてあげる」
そわそわしながら首を傾げる。
「キス」
一度もしなかった、キス。
俺のファーストキス。
「したことないんだ。ずっとカカシくんとしてみたかった」
にっこり笑うと、固まった彼がボッと火がついたように顔を真っ赤にした。
それ以上のことしてるのに。
可笑しくて、でも彼らしくて。
クスクス笑いながら唇を近づけた。
俺の最初の恋人。
願わくば最後の恋人であることを。
まるで誓いのキスのように、思いを込めて目を閉じた。
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