あれはまだ出会って間もないころ。
偶然出会った居酒屋で以外にも話が弾んで、閉店まで話しつくした。
「いやー、俺久々に楽しかったです。一人で酒飲むの好きなんですけど、やっぱり人といると楽しいなぁ」
「オレもです」
ニコニコと愛想よく笑っている。
素顔を惜しげもなく晒し、そんな行為を躊躇いもなくするもの驚いたが、その素顔の美しさにも息をのんだ。
まるで作り物のように美しさに、近寄りがたさを感じたが、話をしてみるととても気さくな方だ。
「よかったら、また一緒にどうですか?」
そういうとカカシさんはひどく驚いたように目を見開いた。
(ずうずうしかったな)
内心舌打ちした。
カカシさんは上忍の中でもトップクラスの人だ。俺にとっては雲の上の存在だ。小さな繋がりはあったが、そう気安く話しかけてよい人ではない。今だってナルトたちのことを思って付き合ってくれたのかもしれない。
「…すみません。ずうずうしかったですね」
「いえ、いえ。…そんなことないです。嬉しいです」
そう言って恥ずかしそうに俯く。
酒でほんのり染まった顔が鮮やかな色に染まり、まるで花が咲いたような美しさがあった。
じっと見ていると、顔が染まったことに気づいたのか、ぐいっと酒を煽った。
その言葉に偽りなど感じなかった。
それが嬉しくなって次の日にちを決めた。
「デートみたいデスネ」
彼は小さく呟いた。


「先生。オレ、デートしてみたいです」
夜の営みが終わった後、カカシさんはいつも通りニコニコしながらそう言った。その言葉に昔の彼を思い出した。
あのときの言葉はそういう意味だったのだろうか。
当時は全く気がつかなったが、あのころからカカシさんは俺のことが好きだったのだろうか。
(……だったら、なんだ)
あの時呟いた言葉と、今とは状況が違う。
「デート、ですか?」
「だって先生、あの女ともしたんデショ?オレたちも付き合ってるからしてみたいなー」
馬鹿馬鹿しい。
俺たちが付き合ってるだと。
脅したくせに。
俺たちはそんななまぬるい関係ではない。
だかカカシさんは俺の気持ちなど気にしないように、ニコニコと話をつなげる。
「先生一楽のラーメンも好きだけど、甘いものも好きなんデショ?ビールのみながらケーキ食べるって本当?苺頬張る先生可愛いんだろうなぁ。今度居酒屋じゃなくてケーキ食べに行きまショ?オレ、奢りますよ」
その言葉に上手く反応できなかった。
そんなこと、俺は話していない。彼には一言も。彼だけではない。友人にもナルトにも。
昔変だと笑われて、人前ですると恥じかくから、私の前だけにしてねと言われたのを律儀に守っていた。
だからそれを知っているのはただ一人。
「彼女から、聞いたんですか・・・」
お前に寝取られた、俺の婚約者から。
「うん」
何のためらいもなく答えた。
「いつ」
「昨日」
「き、昨日・・・?」
昨日確かにカカシさんは尋ねてこなかった。
彼は気まぐれに俺の部屋に来ては肌を重ねる。
しかし、上忍というだけあって忙しい。だからてっきり任務だと思っていた。
だが、違っていた。
昨日、彼女に会っていたのだ。
「なんで・・・・・・?」
「あの女が会いたがったから」
どうしたの、先生?といつもと変わらない口調で言う。
会いたがった?
会いたがったって何?会いたがったから会うのか?
何の意味がある?
「まだ、繋がっていたのか・・・」
てっきり俺を手に入れるために利用して捨てたのだと思っていた。
だが、まだ繋がっていた。
会って何をしたと言うのか。
楽しくお喋りしてたとでも言うのか。
堪らず、力一杯押しのけた。
「せんせ・・・?」
戸惑いながらこちらを見上げる。
「昨日、彼女となにしてたんだよ!!」
思っていた以上の怒声が響いた。
何だよ。何が愛してるだ。俺と付き合うためだよ。
ただ気に入ったモノを傍に置きたいだけではないか。
「昨日?彼女と?えっ?・・・えっと、あの女の部屋に行って、セックスして、先生の話聞いていただけだけど」
何が悪いのか分からないような態度だった。
「なんでセックスなんかするんだよ。お前俺には浮気するなとか言っておいて縛るくせに、お前はいいのかよ。ふざけんな」
こいつはただヤりたいだけだ。
愛なんかない。
あんなに必死に縋ってきたくせに。跪いて愛を叫んだくせに。
カカシさんは手を伸ばしてきた。
「さわんじゃねぇ!!」
その手を蹴飛ばすと、必死にその足を捕まれた。
「せ、先生。まって、まって」
そうやっていつも健気にふるまうくせに。
(何なんだよ・・・っ)
愛していれば、何だというのか。
愛していれば、例え狂っていても、一方的でもいいと、全て許されるとでも言うのか。
頭が痛い。ガンガン、ガンガンと響く。
思わず頭を抑えた。
(違う、違う。俺は許したりはしない)
許すつもりもない。
これは暴力だ。
相手の意志など関係もなくただ想いをぶつけるだけの、一方的な暴力だ。
だがこの狂った関係に愛がなければ、こんな滑稽なことはない。
「先生、ごめんなさい。ごめんなさい。先生はオレのこと、き、嫌い・・・っ、だから。オレがあの女と離れると先生のところ戻っていきそうで。それで気持ち悪いけど、あいつが望むことしてやって、先生のところ行くの止めてた。ごめんなさい。ごめんなさい。オレばっかり良い思いしていると思ってる?でもオレ、先生以外抱くなんて気持ち悪い。寒気がする。でも、オレ、先生とられたくなくて、それで」
それ以上聞いていられなくて、もう片方の足で蹴飛ばした。
吹っ飛ばされて、涙でぐちゃぐちゃになった顔をそれでも俺の足にしがみつく。
「先生、ごめんなさい。ごめんなさっ。何でもする、何でもするからぁ」
わんわんと泣く彼をそれ以上引き離せなかった。
どうすればいいと言うのだ。
心は冷え切っているのに、頭はぐちゃぐちゃでとろけそうだ。
「彼女とは二度と会うな」
こんな無意味なこと言ってどうする。
だが、ガンガンと響く頭痛が少し和らいだ気がした。
「え、でも、先生・・・」
もう別れたから、彼女が誰と付き合おうが勝手だ。
それとも彼を想って言っているのか?
「彼女と付き合うのなら、俺も同じことをします」
俺が、何を、誰を思ってそう言うのか分からないが。
ヒッと怯えた彼の表情は、スッとした。
「やだよ、先生やだ。オレ先生が誰かを抱くなんて耐えられない。こわい、こわいよ」
「じゃあ別れてください」
「で、でも先生。オレ別れたらあの女絶対先生のところ行くから」
ひっ、ひっと泣く。
あぁ、なんだ。そんなこと気にしているのか。
「ふった女なんて興味ありませんよ」
「本当?」
「ええ、誰かさんのおかけでふられましたからね」
そう言うと、顔をあげずに何度も謝った。
「先生、愛してます。先生を手に入れるためなら何でもする・・・」
何でもとは、何だろう。
嫌いな女でも愛を囁いて抱けるのか。
そんなの愛ではない。愛なんかではない。
「本当はね、先生。あの女抱くのは嫌だけど、あの女の話は好きなんだ」
足に縋り付いたまま呟く。
「あの女から先生の話聞くの好き。先生料理も得意なんですね。休日は掃除したり、料理作ったり、まるで主婦みたいとか。でも性格は大雑把で面倒くさがりだから、よくパンツ一丁で過ごすとか。クリスマスにはイルミネーション見に行ったりとか。おしゃれなレストランでプロポーズされたとか」
そんなこと。
そんなこと別れた彼女に聞いてどうするのだ。
それは彼女との思い出で、お前のモノじゃない。
俺たち二人だけのものだ。
「いいな、あの女は。先生に普通に愛されて。こっちが愛せば、先生も答えてくれて。あの女は愛してるって言ってもらって、抱きしめてもらったんだろうな」
顔は見えないが、ボンヤリとした声でそう言った。
「オレには無理だから。あの女から話聞いて、あの女をオレに置き換えて妄想するしか先生とデートできないんだ」
くだらない。
くだらないくだらないくだらない。
そんなんことしてお前の心は満足なのか。慰められるのか。
お前はそうやってどんどん深みにはまっていく。
ゆっくりゆっくり現実と妄想の狭間で自分を見失って狂っていくんだ。
だからお前はおかしいんだ。
思いをため込んでため込んでいつか爆発する。
そしてとびきり歪んだ心をまき散らすのだ。
「デートなんてしません」
きっぱり言い切ると、「分かってます」と呟いて手を離した。そのまま手で顔を覆って泣き出す。
泣きたいのは俺の方だ。
そうやってお前は泣いて俺から泣くことを奪うのだ。
「聞きたいことがあるなら、貴方の口から聞けばいいでしょう。他の人から聞いてどうするのですか」
カカシさんはハッと顔を上げて。
「せんせぇ」
情けない声と顔で抱きついて押し倒された。
「好き、先生、大好き。好きすぎてこわいよぉ」
そう言って一日一回と決めた約束を初めて破った。

隣で眠るカカシさんの頭を撫でる。
この男は狂っている。
そして狂っていることを十分すぎるぐらい知っている。知って苦しんでいるくせに、どこか喜んでいる。彼という大きな渦に俺を引きずり込んで、笑うんだ。
それを愛なんて言わせない。
それを幸せなんて言わせない。

愛はもっと幸せに包まれて慈しむモノだ。


* 耳鳴


外で彼と会うとき、彼は高確率で女を連れている。しかも見るたびに人は違うが、一つだけ共通点がある。
黒髪でセミロング。
きっと彼の好みなのだろう。


「き、今日廊下ですれ違いましたね」
頬を染めながら照れている様子でそう言った。
「……はぁ」
女と歩いていたくせに、よくもまぁそんな顔で言えるな。
「先生と偶然会えるなんて、オレ幸せです」
満面の笑みで言われ俺の小さなモヤモヤは大きく膨れ上がった。
「隣にいた女性は誰ですか」
「隣?」
キョトンとされ、暫くしてあぁと呟いた。
「上忍の女です。好みだから声をかけたんですけどダメでした」
今日の女も黒髪セミロングで。
つまりそういう髪なら誰でもいいのか。
イラっとして彼を蹴飛ばした。
「せ、先生…?」
オロオロしながら近づく。
「せ、先生?何か嫌なことあった?怒ってる?蹴りたいならいくらでも蹴っていいから。オレ丈夫だし。先生ならオレ蹴られても幸せだから」
うっとりと俺の足を持ち上げてキスをした。
それはまるで忠誠を誓う騎士のようだった。
「そんなに新しい女作るのに必死かよ」
蹴るのもバカらしくて抵抗せず、静かに見下ろす。
「うん」
ニコニコと嬉しそうに頷いた。
――――うん?
思ってもみない言葉に思わずマジマジと顔を見た。
相変わらず嬉しそうだ。
「オレ、早く好きな人見つけたいんだ」
本当に。
本当にうれしそうに。
「だって、そしたら先生オレから解放されて、幸せでしょ?」
当然だって。
それが当たり前だというように。
「オレみたいな狂ってる奴から解放されて、そしたら先生きっと素敵な人みつけて結婚するんだろうな。先生、子ども好きだから大家族になるのかな。先生似の子ども見てみたいな。きっと可愛いよね」
まるで夢を語る子どものように。
愛を交わす恋人たちの未来設計のように。
うっとりと語る。
「そしたら先生、オレに笑いかけてくれるかなぁ」
キーンと耳鳴がする。
そんな勝手なこと。
そんな勝手なことまるで一番大切みたいに。
大事な大事な夢のように語るな。
それがどれだけ自分勝手なことか分かっているのか。
俺を勝手に巻き込んでおいて手放すことをのぞんでいる。
俺の事大切だと言うくせにいつかは離れることを夢見ている。
俺の気持ちなんてどうでもいいように。
「先生」
甘えた声で俺の上にのしかかる。
バカバカしくて答える気にもならない。
「先生、もう一回してもいいですか?明日は任務で来れないので明日の分もしたいです」
そういって首に口づけた。
抗うのも面倒でなすがままにする。
どうせ。
どうせ俺の意見など聞かない癖に。
「貴方は勝手な人だ」
うんうんと頷きながら愛撫を続ける。
「好きになって、ごめんなさい」
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