目が覚めると、ツンと独特の匂いがした。
消毒の匂い。
それだけで自分の状況を理解する。
あぁ、任務中に倒れたのだ。
直前の任務を必死で思い出そうとするが、ぼんやりとして形が定まらない。きっと疲れているのだ。そのうち回復するだろう。
起き上がり、辺りを見渡す。相変わらず白に統一された部屋だ。だが今回はいつもと違った。
いつも個室のはずなのに。
何故か隣にはベッドがもう一つあり、そこには見知らぬ男が寝ていた。
(・・・・・・・・・誰?)
入院期間もほとんどない俺にとって相部屋になるなんて初めてのことだ。
彼は目を閉じたままスヤスヤと寝ている。しかし俺と同じように隣にはたくさんの機械があるところを見ると、彼も任務中に倒れたようだ。
することがないのでジッと彼を見つめる。
恐らく二十代後半、里では珍しい銀髪、そしてなにより美しい男だった。覆面で鼻と口が見えなくても分かるぐらい。
透きとおるような白い肌に彫りの深い顔。不必要なものがない、完璧な体。
(あ、まつ毛も銀色だ・・・)
そう思った瞬間、ピクピクッとまつ毛が動き、ゆっくりと目が開いた。
色違いの目は宝石のように美しく、それは意識がはっきりするように徐々に色を濃くしていった。そしてゆっくりと俺を見た。
「・・・・・・・・・誰?」
同じことを思ったらしい。
だよなー、やっぱり知らない人だ。
声も低くて美しかった。やはり完璧な人はどこまでも完璧らしい。
「はじめまして、うみのイルカといいます。相部屋って初めてで」
「ふーん」
「任務で負傷されたんですか?」
そう言うと眉を顰めた。
そして暫く考えるとボソッと「覚えてない・・・」と呟いた。
(あ、れ?)
それは俺と同じだった。
まさかここは記憶喪失をみる病室なのか。いや、そんなはずない。だって記憶はある。直前の任務は思い出せないけど、その前のことは覚えている。
教員試験に受かったのだ。
もう半年も前から働いている。
ナルト。
ナルトがようやく俺に心を開いてくれたのだ。
初めて一緒に一楽でラーメンを食べた。
「カップラーメンよりうまいってばよ!」とはしゃいでいたのを覚えている。
明日から任務なんだと言うと「イルカ先生鈍臭そうだけど大丈夫か?」と軽口を叩きながら、心配そうに顔を歪ませた。
次々と思い出していきホッとする。
きっと頭でも打ったのだろう。そのうち思い出す。大丈夫だ。すぐにアカデミーに帰れる。ナルトにも「宿題ちゃんとやってたか」と聞かなくてはいけない。
「大丈夫ですよ!ちょっと疲れたんですね。お疲れ様です」
「アンタと一緒にしないでよ。疲れたぐらいで記憶なくすわけないでしょ?」
あ。
今、カッチーンってきた。
人が労わってやったのに、何て言い草だ。
「あ、そうですか」
だが、だからと言ってくってかかるなんかしない。教員だし、いい大人だし。
「いや、すみません。俺も直前の任務覚えてなくて変だなぁと思ってたところなんですよ。任務久々でまた何かやらかしたんじゃないといいんですけど」
「あぁ、アンタ鈍臭そうだしね」
クザッとくる言葉を平然と言いやがった。
くそ、さっきから何なんだ、この人。コミュニケーションって言葉知らないのか。美形は性格悪いというのは本当だな。
ムッとしてるとフンと鼻で笑われた。
「あと、アンタ声デカすぎ。さっきからうるさいんだけど」
あ。
完全にキレた。
「っ、すみませんねー!声デカくて!普段アカデミーで教員やってるから自然と声デカくなるんですよー!あはは!」
嫌味のようにデカい声で喋ってやった。彼は顔を顰めた。それを見ると痛快だった。
「ホントうるさいんだけど。なんで今回に限って相部屋なワケ?」
「その人が悪そうな性格を叩き直すためですかね!俺教員ですから、ビシバシ鍛えますよ!」
「はぁ?」
彼もイラッときたのか眉間にシワを寄せながらこちらを睨んだ。
「アンタみたいなうるさい奴が教員だなんてアカデミーはよっぽど人が足りなかったんだーね」
「ははは。そういう貴方はきっと任務でも嫌味言いまくりで皆から嫌われていますね」
「無能の奴らなんて傍に寄ってほしくもないね。アンタみたいな」
「覆面トサカ頭のやる気のない目!根性叩き直してやろうか!?」
「アンタ・・・」
ハァーとバカにするようにため息をついた。
「わざわざ勝ち目ないのに容姿のこと言うなんてバカじゃないの?鏡みたことないの?」
心底同情してますみたいな顔で言われてムカーッとなる。
確かに失言だけど!
アイツには到底敵わない容姿だけど!
その憐れみの目やめろっ!
キリキリと歯を鳴らす。
年上のくせにムカつく事ばっかり言いやがって。大人気ない。
「アンタさー」
溜め息を吐きながら冷たい目でこちらを見た。
「オレが誰だか知らないの?」
そう言われてキョトンとした。
いや、全然知らないし。なんだ有名人なのか?
「見た目通り鈍くて無能だーね」
「さっきからムカつく事しか言わねーな!なんだその口、バカにする言葉しか言わねーのか?」
「はたけカカシ」
むっつりとしながら言った。
はたけカカシ。

はたけカカシ。

俺はパカッと口を開けた。
その顔に、彼は満足そうに頷いた。
「はたけ、カカシ・・・」
「分かった?オレとアンタの違い。今土下座して謝ったら許し」

「なんだその名前、似合いすぎ。あははははは!」

頭には彼が案山子のような格好で畑に立っているイメージでいっぱいになる。ぼさっとした髪が風に煽られると何だか似合いすぎだ。
「っ!アンタねぇ」
ギロッと睨むと殺気を感じた。息苦しくなり、思わず喉を押さえた。
苦しい。
「ごちゃごちゃうるさい。その減らず口喋れないようにしてやろうか?」
キレて殺気だすなんてどれだけ大人気ないだよ。実力あるんだろうが、舐めんなよ。
ギリっと彼を睨んだ
俺は例え上忍だろうが屈するもんか。痛い目など沢山あってきた。たかが殺気ぐらいで折れるようなヤワじゃねーよ。
睨む俺が気に食わないのか更に顔を険しくした。とりあえず、売られた喧嘩はかってやる。
拳を握りしめた。

瞬間、ドアが大きく開かれた。

「病院で痴話喧嘩するでない!!」

そう叫ぶと俺にも彼にもポコッと頭を殴られた。
「じ、・・・三代目!」
彼は三代目を一瞥すると、舌打ちしてそっぽをむいた。
三代目にむかってなんて態度だ。
ムッとしていると「イルカよ」と呼ばれた。
「・・・おぬし、どうした?」
「え?」
「何やら昔のようじゃ」
昔・・・?
その言葉は意味がわからなかった。
「最近は落ち着いて教師らしくなったと思っておったが、まだまだ子どもじゃの」
そう言われると気はずかしい。幼いころを知っているから余計だった。
三代目は肉親ではないのに、孤児の俺にとても優しくして下さる。それがありがたく、幸福だった。
「まだ、二十歳を過ぎたばかりなんですから」
そういえば、二十歳の祝いに三代目から銘酒を頂いたのを思い出す。イイ人と呑みなさいと言われて大事にとっている。いつか婚約者が出来たら三代目と三人で呑むのが夢だ。
「・・・・・・何?」
だが、三代目はそれを聞いた途端険しい顔をされた。
そんな顔をされる覚えはなく混乱する。今の言葉に何か変なことはあっただろうか。
「おぬし、今何と」
「え?えっと・・・ まだ、二十歳を過ぎたばかり ・・・」
「何を寝ぼけたことを言っておる。お主はもうすぐ二十四じゃろ」
「はぁ?!」
そんなはずない。自分の年を忘れるほど俺はそんなに生きていない。
「忘れるはずありません!今年教員試験を受かりました。ナルトの担任になって、それから」
「ナルト?」
突然彼が声を発した。
「まさか彼がうずまきナルトの担任ですか?」
驚いたような声を上げた。
確かによく驚かれる。今まで担任になった教員は皆恥のように彼の担任である子を伏せていた。
彼の中に九尾がいるから。
だがそんなこと関係ない。ナルトは俺の大事な生徒だ。誰よりも優しくて強い俺の生徒だ。謂れのない差別から屈することなく生きている。
バカにするヤツらは俺が許さない。
(悪口言ってみろ。俺がぶん殴ってやる・・・っ)
ギッと睨むと、彼は驚いたように目を見開いていたが。

ふわっと静かに笑った。

「アイツももうアカデミー生か」
その顔には少しも嫌悪感はなかった。
(あ・・・)
その事にひどく救われた。この半年そんな顔をしてくれる人はほとんどいなかった。皆どこか彼を憎み嫌っていた。そんな目から俺はナルトを守ってきた。
嫌なヤツだけど。
でも良い人かもしれない。
「おぬしまで、何を寝ぼけておる」
三代目は俺たちを見て険しい顔で言った。
「ナルトは去年卒業し、今はおぬしの部下じゃろ」

「「はぁ!?」」

思いっきりハモってしまった。
いや、今はそんなことどうでもいい。
「卒業ってどういうことですか。ナルトはまだ術もろくに使えないのに」
「部下って、オレまさか上忍師になったんですか?」
「・・・カカシ」
三代目は厳しい顔をして彼を見た。
さすがの彼もピリッと空気を変えた。
「おぬし、幾つになった」
「・・・・・・二十歳になります」
「おぬしは今二十八じゃ」
「・・・は?」
ポカンと口を開けた。
そして顔を見合わせる。
お互い二十歳だと思っているが、俺は本来は二十四で、彼は二十八らしい。
つまりこれは。
「術、ですか・・・?」
そう聞くと三代目は溜め息をついた。
「医師を呼ぶかの」
そう言って歩き出す。
俺は全く話についていけなかった。
なんで俺が術にかかったのか。しかも見知らぬ彼と共に。
「三代目」
彼が呼び止めた。
「個室にしてくれませんかね。この人うるさくて」
「なっ、こっちだって願い下げだ!三代目、他の誰でもいいからかえてください!」
「それはできん」
三代目はため息混じりに言った。
何でだ。よっぽど空きがないのか?
「おぬしらが同じ建物内におって離れ離れになっておると皆から怪しまれる。今は術にあったことを知られるわけにはいかんからの」
「はぁ?なんで怪しまれるんですか?」
「何故っておぬしら」


「恋人同士じゃからのぉ」



先ほどとはうってかわって室内は静まり返っている。
気まずすぎて顔も合わせられない。
四年後?術?ナルトが卒業?
(いや、それはめでたいことだけど)
それよりも何よりも。
(この、男と恋人・・・?)
恋人って何だっけと現実逃避したくなる。
見るからに男というのは疑いようもないし、それにこんなに口が悪くて性格も悪そうなのに。
なのに、何故恋人。
「アンタ一体何したの・・・」
はぁーと溜め息を吐きながら言った。
何だその責任転換は。俺が何したって言うのだ。知りもしないくせに。
「貴方こそどう脅したんですか?」
「はぁ?オレがなんで脅してまでアンタを恋人にしなきゃいけないわけ?鏡見てきたら?」
「じゃなかったら有り得ないですよ!俺が脅したって貴方聞かないじゃないですか!」
「それはっ・・・、そうだけど」
でも有り得ないとブツブツ言っている。ちょっとスッとした。
でも俺も脅されるぐらいで恋人になるとは思えないけど。そんな事になるぐらいなら長期任務に行ってやる。
それとも空白の期間でお互い丸くなったのだろうか。
(・・・まぁでも)
ナルトを差別しないところは、嫌いではない。
彼はというとうーんうーん唸りながら本気で考え込んでいた。
「人が良いからつけ込まれた、とか」
散々考えて導き出した答えに。
真剣な顔して呟いた言葉に笑えた。
「あははは!人が良いだって!あははは!一度鏡見られた方がよろしいんじゃないですかー?」
どう見ても人が良いとは正反対にいるのに。
腹を抱えて笑うと、カッと顔を真っ赤にした。
「・・・アンタって本当ムカつく」
「どーぞどーぞ。ムカついてください。別に悔しくも悲しくもないですしー」
「ムカつく」
プイッと顔を背けそのままベッドに入った。
もう話す気はないらしい。
俺も疲れた。どうせこれから検診やらあるんだ。今のうち寝ておこう。
目を閉じるとすぐに睡魔が襲ってきた。

後から思えば、他人がいるのにこんなにも簡単にリラックスできるなんて不思議だった。



◇◇◇



検査の結果、頭に外傷があった。恐らくこれが原因だろうが、術ではないとは言いきれない。
と、何とも中途半端な結果がでた。
どちらにしろ今出来る事はなく、数日間は様子を見ることになった。
「全く二人して何しとるんじゃ」
三代目には大層呆れられた。
だが、俺は悪くないと思う。今の俺は。
「暫くは周囲に知られないよう仕事を単独のものにする。カカシは単独任務を、イルカは書庫の整理を」
「じっちゃん、また書庫めちゃくちゃにしたのか?何で使った物をすぐに片付けないんだよ」
そう言うと決まりが悪そうに俯いた。
それを見た彼は目を見開いた。
「・・・アンタ何者?三代目相手に軽口たたけるなんて幹部か何かなの?」
そう言われてヤバイと口を押さえた。
つい昔の名残がでてしまったが、俺はただの中忍だった。無礼と言われてもおかしくない。
「すみません」
シュンとすると、鼻で笑われた。
「アンタって無神経で大雑把だーね」
「よさんか、カカシ。・・・そう言えばおぬしも二十歳の頃はイルカと違う意味で手を焼いたのぉ」
ふぉふぉと笑う三代目が有難かった。
「それから一緒に暮らすように」
「「はぁ!?」」
見事にハモった。
「なんでこんなヤツと!」
「嫌です絶対嫌です!」
「ならん!!」
大声で怒鳴られて思わず三代目を見た。三代目は眉を顰めてこちらを睨んでいる。
「よいか。おぬしらは共に暮らしておったのじゃ。突然別々に暮らし始めたら怪しまれるじゃろ」
同棲してたのか。
今まで同棲するような恋人はいなかったので唖然とする。それほどまで入れ込んでいたのだ。
「ワシがどれだけ反対したにも関わらず二人でやっていくと宣言したじゃろ、今更記憶がなくなったからと言って解消するとは許さん!」
「なんですか、その身勝手な理由は・・・」
「特にカカシ!ワシの可愛いイルカをキズモノにした責任はきっちりとってもらうぞ」
「えぇー」
関係ないのにとブチブチ言っていたが、三代目の気迫に押されてそれ以上言わなかった。そうなると俺も何となく何も言えない雰囲気になった。とくに三代目があんな調子なら誰がなんと言おうが覆せないだろう。
チラッと彼を見ると同じく彼もこちらを見ていた。
「・・・大人しくしといてよ」
相変わらずイラッとさせることしか言わない。引き攣る頬を何とか我慢してニカッと笑った。
暫くはこの人と暮らさなければならない。任務だと思えば大したことない。
「よろしくお願いします、カカシさん」
「・・・フン」
あ。
やっぱりムカつく。





共に暮らしていた場所は何と俺の住んでたアパートだった。
「ナニコレ犬小屋?」とかふざけた事を言う彼を無視して中に入る。
久しく人がいなかった部屋は静まり返ってどこかよそよそしかった。変わったところがないかチェックすると、やはり彼の痕跡はあちらこちらにあった。彼の写った写真や見覚えがない植物、見慣れない本。
三代目の冗談ではなかったのだなと改めて感じ、小さく溜め息をした。
「カカシさん、洗濯するので荷物かしてください」
「何、いきなり世話女房気取り?」
人がやってやろうと気を使ってやったのに。いっぺんにした方がエコなんだよ。
だがムカついたのでもう知らん。自分で勝手にしろ。
一人で溜まった洗濯物をしようと脱衣場に来ると、そこには見慣れぬものがあった。

最新のドラム式洗濯機!!

当時新発売されてかなり高額だったが、今は庶民でも手に入るモノなのだろうか。
まさか。
まさか、彼が買ったのだろうか。
そう思うと何だか複雑な心境だ。全く彼との関係が見えない。
買ってもらえるほど彼は俺を甘やかしていたのか。それとも彼が自分で使うために買ったのか。もしかして俺が彼のために買ったのか。
それによって彼との付き合い方が変わるだろう。
洗濯物を回して台所へ行くと、そこには大きな冷蔵庫があった。
これもか!!
あとで貯金額確かめないといけないなぁとどこか他人事に思った。
冷蔵庫をひらくとすぐに食べられそうな物はなかった。当たり前か、旅行に出かけたのだから。
今更買い物する気にもならず、出前をとることにした。
ぼんやりと座る彼の前に品書きを出す。
「自分で注文してくださいよ」
そう言うとムッとした表情をし、一人でどこかへ注文した。俺はいつものところでカツ丼を注文した。
暫くするとチャイムがなった。
玄関を開けると、見知らぬ人だった。
「ご注文の特上寿司、お持ちしました!」
特上寿司!
胸元には老舗の寿司屋の名前が入っている。
請求された金額は俺が注文したカツ丼と1桁以上違っていた。
「どーも」
のっそりと後ろから来た彼は当然のように金を払った。その金額があれば一週間やっていけるのに。
コイツとは金銭感覚も合わないなと思いながら、いつものカツ丼がどこか小さく感じた。
寿司はいい。匂いがしないから見なければ全然羨ましくない。
羨ましくなんかないっ!


寝室に入ると見馴れたベッドがあった。ここでキングサイズのベッドなんかあったらもう死にたかったが、さすがに性を匂わす物はなかった。
客用の布団を出して居間に敷くとチラッとこちらを見て当然のように彼はベッドに向かった。
いいけどな、別に。どうせ煎餅布団だよ。
「なんでこのオレが、男と暮らさなきゃいけないんだよ」
まだ寝室のドアを閉めてないのでブツブツ独り言が聞こえた。
それは俺のセリフだってーの。
俺だって恋人なら女がいいし、そうじゃなくてもせめて、せめて優しい人がいい。
「女抱きてぇ」
そう言ってバタンとドアを閉めた。
・・・頭軽そうなセリフ。
何故かイラッとした。
それの意味が分からなくて頭を捻り、そのまま布団に倒れた。
そう言えばナルトもこの布団に寝せてやったなぁ。疲れきったのかいつも布団に入った瞬間パタッと寝てしまったのを思い出しクスクスと笑う。
彼ももう立派な下忍らしい。
どんな感じになっているのだろうか。あのイタズラっ子が。いつかこっそりとでいいから見てみたい。
煎餅布団だが、頻繁に使っていたのかふかふかで、なんだかいい匂いがした。
お日さまの匂いとは違う、優しい匂いだった。





「イルカ」
誰が優しい声で呼ぶ。
どこかで聞いたことがあるような。
初めて聞くような。
「イルカ」
声の方へ振り向いた瞬間ギュッと抱きしめられた。
温かくて優しい匂いがした。
「カカシ先生」
『え?』
吃驚した。
それは紛れもなく自分の声だったが、なんて甘ったるい声だろう。
そんな声、聞いたこともない。
それにカカシ先生?
それってもしかしてあのはたけカカシ?
「お帰りなさい」
「ただーいま」
そう言って見えた顔はあのはたけカカシだったが。
表情が、まるで違った。
柔らかくて愛おしくて堪らないというような甘く蕩けそうな顔だった。
俺の中で浮かぶ彼の顔は、ムッとしている顔か、馬鹿にしたように鼻で笑う顔だ。
それなのに。
こんな表情できるのか。
あまりにも美しくてぼぉっと見蕩れる。
「寂しかった」
低く色っぽい声で耳元で囁かれると、男だということを忘れて膝から崩れ落ちそうになる。
「俺も」
その時、彼の目に写っている自分の顔が見えた。
あぁ、なんて。

「俺も、寂しかったです」

なんて幸せそうな顔をしているんだ。
寂しいなんて言葉、両親を失ってから一度も使ったことなかったのに。

俺だから分かった。
他の誰でもない自分自身のことだから分かった。
俺は彼を心底惚れている。
そして信頼している。
寂しいなんて弱音が吐けるぐらい、甘えている。
それがどれほどのことか、俺には分かった。

「嬉しい」
彼は本当に嬉しそうに笑う。そうしてまた抱きしめてくれた。
なんて愛おしい。
なんて幸福な。

これが俺の日常なのか。


羨ましい。
羨ましくて、堪らない。



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