相変わらず夢を見る。
仲睦まじい日常を。
あんなに羨ましくて、渇望していた日常なのに。
これが嘘なんて信じられない。
俺の本心が知りたい。
彼の本心が知りたい。
目の前にいるのに。
俺は夢の中ではただの傍観者だ。
何一つできない。
糸口はここにあるのに。
「ねぇ」
俺の膝の上に寝転がり甘えたような声をする彼に、俺はくすくす笑いながら顔を近づけた。
「今度一緒に休み取って温泉いこ?イルカが行きたいって行ってたとこ」
「いいですねぇ。あそこ貸切露天風呂があるんですよ。今ならきっと綺麗な月が見れますよ」
「うん」
無邪気に笑う彼は、何だ幼く見えた。
いつも大人でどこか余裕があるような人なのに。
「野外で温泉プレイも中々オツでしょ?」
俺なら赤面しそうなセリフを来ても俺はいつも通りくすくす笑うだけだった。
「せっかくの温泉が汚れますよ?」
「全然本気にしてないね」
本当にしちゃうよ?と言いながら起き上がってキスした。
「いっぱいイヤラシイことしちゃうよ?イルカ、オレのことなんでも知りたいって言ってたよね?何でも教えるよ」
「ちょっとカカシ先生っ!」
手が服の中に入り込みイヤラシく動く。
だけと、ちゅうちゅうと身体に吸い付く彼はまるで赤ん坊のようでどこか心細そうに感じた。
「何でも教えてあげる。イルカが望むなら何でも」
何でも?
俺が知りたいことはなんだ?
ジッと彼が見つめる。先ほどの心細そうな顔をしながら。
彼は何を聞きたい?
俺から何を聞き出したい?

本当は。

本当は、彼も気がついているのではないのか。
俺が任務のためにちかづいたことを。



◇◇◇



とりあえず、今まず出来ることは、その禁術を調べることだ。そこに何かあるかもしれない。
実は今整理している棚に禁術の巻物がしまってある。昔、三代目をこっそり酔わせてどうやって開けるか聞いたことがあるのを使ったのだろう。全く、油断も隙もない。禁術を己のために使うなんて。あとで三代目に怒ってもらおう。俺だけど。
何個か調べていくと、該当のものを見つけた。
「あった・・・」
そこには他里の小難しい術が書いてある。
出来なくはないが、かなり難易度が高い。どれだけ本気なのかが伺えた。
この術を解くには・・・。
読み進めていくと最後の方に小さく書いてあった。
そこには、「術をかけた時のキーワードを念じる」と書いてあった。
キーワード?
単純そうにみえて、中々面倒な解術方法だった。制限もないので可能性は無限大だ。恐らく適当な言葉を念じ続けても解けることはないだろう。こういう単純なものほど解けにくい。
何か意図があってしたというのなら、きっとこのキーワードが鍵だ。
きっと何か思いが込められた言葉だ。
それさえ分かれば記憶が戻る。

逆を言えば、その言葉が見つからなければ俺は一生取り戻せないのだ。

他にはないのかと読んでいくと「尚、無理矢理記憶を弄ろうとすると、その記憶は消えてしまい、一生戻ることは無い」と書いてあった。
だから三代目は中々解術方法を見つけられないのか。
記憶は繊細で気軽に弄られるものではないのだと痛感する。
それを知ってをなお、弄ったのだ。
そこまでしなければならなかったのか。
もし、もしも記憶が消えてしまったら。
どうするつもりだったのだろうか。
本当に消えてもいいと思ったのか。
それとも消えない、何か確証があったのだろうか。どれだけの思いが込められた言葉なのだろう。
思い当たる言葉は、一つとして浮かんでこなかった。
ふと、最後の一文にこの術を記録した者の名前があった。


そこにははっきりと「はたけカカシ」と書いてあった。


彼は、この術を知っていたのだ。
そう思うと疑惑がまた顔を出す。
違う、違うと頭で何度も命じた。

俺は彼を信じてる。



◇◇◇



ハァハァと荒い息が室内に響く。
服はお互い身につけておらず、脱ぎ捨てられ、触れるお互いの体にただただ欲情した。
触れる度に、まるで自身の肉体のような、失っていた体の一部のような不思議な錯覚にあう。
「カカシさん・・・」
彼の触れるところ全てが気持ちよくて堪らない。俺も無意識に彼の体に触れ、その度に彼も気持ちの良さそうな顔をした。
体は確かに覚えているのだ。
何度も、何度も愛し合っていたのだと。

あんな手紙、嘘だ。
愛し合っていないなんて嘘だ。
愛し合っていないのなら、こんな快楽嘘だ。

彼の指は俺の中に入り込み、まるで生き物のように動く。
だけど動く先は全て気持ちよくて喜んで彼の指をしゃぶっているようで、俺は彼に必死にしがみついた。
「気持ちい・・・っ、カカシさん、そこぉ」
「イルカ・・・っ」
ガリッと甘噛みにしては強く肩口を噛んだ。だけどその刺激で俺は大きく仰け反り、ギュッとナカを絞めた。
それを見て、彼は眉を顰めた。
「・・・っ、アンタなんでそんなにエロいのっ!!」
「んっ、・・・はっ?」
「全部反応してっ、オレのイイトコばっかりして、オレがっついて、全然余裕ないのに、全部応えてくれて・・・っ。イルカは、昨日が初めてのハズなのに・・・」
「っ、そんなの!」
俺だってなんでこんなに気持ちいいのか、これが普通なのかとか、慣れているのかとか色々いっぱいいっぱいなのに、なんで責められなきゃいけないんだ。
「初心な反応出来なきゃ興醒めなのかよ!アンタただ、処女とヤりたいだけじゃ・・・」
そう言って、心が冷えていくのが分かった。
もしかして、彼はただ物珍しそうなヤツを相手したかったのだろうか。
女に飽きて。
本当は俺じゃなくても。
そう思うとさっきまであんなに熱かった体が急速に冷えていく。
「っ、ちが!」
バッと腕を掴まれた。彼の掌はとても熱くて、少しも熱を失ってはいなかった。
「そんなんじゃない!オレはただ・・・っ、オレの知らないイルカを見ている奴がいるのがムカついて」
「・・・・・・それってカカシさんでしょ?」
「分からないでしょ!!オレよりも前にイルカと付き合っている奴がいても・・・っ。ちょっと待って、想像したら怒りが」
「な、なんで殺気立つんですか!いませんよ!いませんから!」
「イルカは知らないでしょ!!」
知らないけど分かる。
だって、俺は。
俺は。


記憶を弄ってまで、彼のことがーーー・・・


(あ・・・っ)
何かが薄らと繋がりそうだった。
「カカシさんです」
俺はハッキリと答えた。
「カカシさんとしか、シてないです。俺は中途半端な関係で体を繋げるほど柔軟な頭はもっていません。将来唯一の相手と決めた人しか俺はしません。そんな人カカシさん以外」
そうだよ。
任務のため恋人になるのか。
俺が?
有り得ない。
有り得ない。
そんなこと、誰でもない俺が分かるだろ。



分からない奴なんて、よっぽど他のことで頭がいっぱいな、初恋に浮かれてるバカしかいない。



「カカシさん以外、いません」
はっきり言うと、目を見開いたま固まった彼がいた。
そうしてギュッと唇を噛み締めた。
「オレ・・・?」
「はい」
「オレ・・・」
惚けたままでいたと思ったら、ギュッと眉を顰めた。
「それも、なんかムカつく」
「はぁ?」
「だって全然記憶ないんだよ!そりゃ夢で見たけどあんなもんじゃ足りない!」
「いや、そんなこと言われても」
「あー、クソッ!」
そう言いながら、指を引き抜いた。
「あぁっ」
その喪失感に腰を揺らした。物足りなくて腰が淫らに動く。早く埋めてほしい。指よりももっと確かなもので。

「絶っ対、記憶取り戻してみせるっ!」

そう宣言しながら彼のモノを一気に入れた。
「ーーーっ!!」
久しぶりに受け入れたソコはギュウギュウと締め付け、なのに全部入ると泣きたくなるほど満ち足りた気になった。
そうだ。
俺はずっと。

ずっと、コレを待っていたのだ。
コレを失いたくなくて、必死でもがいていたのだ。

だけど。
だけど、これだけじゃ足りない。


ギュッと背に手を回す。
抱きしめれば彼と俺の体が一つになるようなそんな幸福な気分になれた。
「カカシさん・・・」
広くて逞しい背中。
同じ男なのに。
縋りたくて、抱きしめたくて堪らない。


なぁ、カカシさん。
この気持ちをなんて呼べばいい?


「イルカ、イルカ・・・っ」
激しく動く彼は荒々しく必死で、俺はただそれに合わせて喘いでいた。
夢と同じように甘えた、誘うような声が出る。
「あっ、あっ、カカシさっ」
彼の太いところが俺の内面を擦りあげて、その刺激が堪らない。
激しく打ち付けるたびに目がチカチカする。
「イルカの全部オレのだ。全部オレのだ」
まるで洗脳のように、同じ言葉を繰り返す。
イルカはオレの。
一つとして誰にもやらない。
オレの。
イルカ。
オレだけのイルカ。
足りない。
もっと、もっと。


「イルカ」
その目は。

その目は、カカシ先生と同じ目。


「全然足りない。全部ちょうだい」



そうだよ。
俺だって全然足りない。
アンタの全部がほしい。
全部、全部ほしい。

今だけのカカシさんでいいなんて嘘だ。
全部、余すところなく全部俺のモノじゃないと嫌だ。


それなら。
欠けてる俺と彼の全てを、俺は取り返してみせる。




体が重い。
指一つ動かすのも億劫でベッドの上で微動だにせず倒れていると意外にも後処理をせっせとしてくれた。されて恥ずかしいと思えないぐらい疲労しているのでなすがままだ。
「カカシさん・・・」
「んー?ナカ気持ちわるい?すぐ出すから」
「いいえ。フワフワして・・・おれ・・・」
「眠いなら寝ていいよ」
「そうじゃなくて・・・」
言わないといけないことがある。
記憶を一緒に取り戻そうと。
俺の知っていること話さないと。
「きおく・・・」
「うん。まー別にこのままでも支障ないと思ってたけど、やっぱりムカつくからねぇ」
まだ言ってる。
思わず口の端が上がった。
「おれも、とりもどしたい・・・ぜんぶ、しりたい・・・」
「そっ」
そう言いながら俺の髪に触れた。
優しい手つきに睡魔が襲ってくる。
ちゃんと、話さないと。
忘れないうちに。
「きおく、とりもどしても・・・おれたち・・・」



このままですよね?



「分からないとでも思った?」
冷たい声が聞こえる。
そんな声聞いたことなかったのでビクッと体が震えた。
「オレに隠れて、コソコソ」
「カカシ先生・・・」
カカシ、先生?
あの優しいカカシ先生なのか?
そんな冷たい声。
ギュッと顰められた眉に忌々しそうに歪められた口。
そして泣きそうな目。
「そうやって、オレから逃げるつもりだったの?」
逃げる?
どうして?
逃げることなど、ひとつも。

ひとつも、ないはずなのに。

「そっちがその気なら、オレにも考えがある」



ハッと目を覚ますと、彼がのぞき込んでいた。
咄嗟にどちらか分からず身構えると、彼はイルカ?と心配そうに名前を呼んだ。
俺も彼の名前を呼ぼうとしたのに声が出ない。
まさか、これも夢なのか。
「どうしたの?」
優しい言葉。
カカシ先生?
カカシさん?
俺の、カカシさん?
分からない。
夢も現実も分からなくなってしまった。
だってあの優しいカカシ先生が、あんな顔するなんて。
逃げるとか、考えるがあるとか、そんな物騒なこと。
やはりこの人が術をかけたのか?
俺のこと騙しているのか?
「イルカ」
そんな顔で見たいでくれ。
分からない。
何か本当で真実で現実なのか。


「意地の悪い奴は、ずっと意地の悪い」

優しい声が響く。

「じゃが、優しい人は、今も昔も、変わらんよ」


あぁ、そうだ。
変わらない。人はどんなに時が経とうが変わらない。
俺は、今のカカシさんを信じてる。
だから。

八年後の彼だって、信じる。



「カカシさん」
真っ直ぐに目を見た。
はっきり見ればカカシさんだって分かる。俺が信じた人だから。
「聞いてほしいことがあります」
でも。
俺は彼を真っ直ぐ見ながら、ニヤッと笑った。

「カカシさんは、ほとんど分かっていますよね?」

そう聞くときまりが悪そうに「まーね」と答えながら頭をかいた。
やはりと、思わず睨んだ。
そもそも優秀な彼が俺が気づいてたことに気づいていないはずがないのだ。
「そもそも最初からオレが何かしたんだろうなぁとは思ってたんだよね」
「はぁ!?」
最初から?
最初からとはいつだ?
「アンタと一緒に倒れてたって聞いてからかな?イルカと一緒の任務なはずないし、だとしたら意図的に会ってたってことでしょ?意図的に会って、二人して記憶なくして。敵ならオレしか狙わないだろうし、事故なら運命だろうし。で、頭の中調べたらそんな感じの術をコピーしてて、あっ、ついにやっちゃったなーって思ってたワケ」
「色々ツッコミどころ満載ですがとりあえず一発殴っていいですか?」
「むしろ気がつかないイルカって忍として大丈夫か心配になったね」
「一発殴らせろっ!!」
ガバッと勢いよく起き上がり、キーンと腰に響いた。
忘れていたが今散々ヤられたあとだった。
痛む腰を擦りながらギロッとカカシさんを睨むと「さっき散々腰動かしたんだから気をつけてよね」と憎まれ口を叩きながらも湿布を貼ってくれた。
悔しいがちょっと嬉しい。
「ま、でもそのキーワードが分かんないから諦めてたんだけどね。別に支障ないし。だけど」
そこで言葉を切り、俺の顔を見てフッと笑った。
幸せそうな笑みに、思わず胸が高鳴った。
「アンタがあんまりエロいから、覚えてないのムカついて」
やっぱりそこか!
ポカッと頭を叩いた。
「出会いを、知ってますか?」
「・・・・・・ウン」
「任務だから故意に出会った。カカシさんのこと探るために付き合った。貴方も」
この人も同じ。
「俺を調べるために近付いて、探るために付き合った」
「らしいね」
彼はあっさり頷いた。
それが、何故だか心にグサッと響く。
あぁ、手紙の言葉が少し理解出来た。
これは、理不尽な怒りだ。
俺だって同じはずなのに。
どこかで彼に否定して欲しかった。
そんな為に付き合っていたのではないと。
俺だって。
俺だってそんなこと言えないくせに。
「オレのところにね、手紙がきたんだ」
「手紙・・・?」
「イルカからの、ラブレター」
まさか。
俺は目を見開いた。
まさか、俺の家にあったような手紙が、彼のところに・・・。
「術がかかってた。イルカが手紙を見つけた後に届くように。オレはそれを読んで、何がキーワードか、分かったよ」
「え?」
「よく考えてみてよ。報告なんかさっさと終わらせてしまえばいいのに何年も調査したのは何故?恋人になったのにどこか他人行儀で、でも引き離されないように必死だったのは何故?・・・ねぇ、イルカ。夢で見たオレってどうだった?」
「どうって・・・優しい人だなぁって」
「優しい、ねぇ・・・。オレはね、猫かぶってるなぁって思った」
猫?かぶる?
何で?
キョトンとすると、彼は笑ってくれた。
「優しい人は、誰からも好かれるから。そうでしょ?」
「そりゃ・・・」
「本当のオレはこんなんだよ。口悪いし性格も悪いし人殺しばっかりしてる」
「そんな」
「そんな姿見せたくなくて必死で隠してた。必死で優しい人を演じた。好かれるように精一杯イイ人ぶった。出会いも告白もデタラメで性格も隠して、オレは何一つイルカに本当のことが出せてなくて惨めで辛かったと思う」
彼の、まるで懺悔のような言葉が身体中に響く。
「好かれたかったけど、こんな姿好かれたって嬉しくなかったし、もしかしたら任務で付き合ってくれているかもしれない。疑心暗鬼だったんだろうね、お互い」
お互い、と言われてハッとする。
そうだ。夢の中の俺はとても穏やかで優しい人だった。それがどこか違和感を感じていたのだ。
そうだ。あれは本来の俺じゃない。
俺だって口悪いし、甘やかされたって素直に甘えられずに突っぱねるし手だって出す。
あの日常は、確かに幸せそうだったけど。
だけど、嘘だらけだ。
どんなに親しくなれたって虚しいだけだ。
「嘘しか言わなかったから、もう言葉に頼るのは諦めて、だからこそ強硬手段にでたんだろうね」
イルカは嘘つけないから、と嬉しそうに笑った。
そうやって俺のこと言えるのは、今の俺たちが偽らずちゃんと向き合ってきたからじゃないのか。
喧嘩したり言い合ったりお互いの全てをさらけ出して、それでも二人で暮らしているからではないのか。
信頼ってそうやって地道に積み上げていくものなのだ。
それが普通だったのだ。
俺たちがすっ飛ばしてきた普通の出会いだったのだ。
「それで何でカカシさんまで記憶なくしちゃったんですか?」
「決まってるでしょ?オレも誠心誠意応えるため」
「余計ややこしくなったじゃないですか!」
「だけど伝わったでしょ?」
得意げに言われて、真実だから悔しい。
俺は俺の気持ちを彼に伝えるだけのつもりであんな術を使おうとしたのに。
記憶を失っても彼のことを好きになると分かってたから。
だけど。

だけど、本当は俺が、そうして欲しかったのだ。

記憶を失っても。
どんな出会いでも。
俺がどんな奴でも。本当の自分をさらけ出しても。

彼に好きになってほしかったのだ。

「っ、バカ、ですねっ!」
自然と涙が溢れた。
そのためだけに、こんな大掛かりなことして。禁術まで使って。
馬鹿だ。大馬鹿者だ。
言えばよかったのに。
偽りだらけの生活だったけど、たった一言、本心で言えば伝わる言葉があるのに。
(あ・・・)
もしかして。
その言葉が、キーワードなのか。
慌てて彼を見るとようやく分かったの?とでも言いたげににやりと笑った。
「ばっ、かじゃないですか!!」
アホらしくてもうなんか情けない。
「だけど、まだ一回も言ってない。無意識か分からないけど避けてたのかもしれない」
そう言われて、確かに言っていなかったと改めて分かった。
本来ならもっと前に、キチンと言わなければならなかったのに。
「エッチもした仲なのにねぇ」
「バカッ!」
「でも本当でしょ?」
「っ!カカシさんだって」
彼も言っていない。近いことは言ってきたのに、肝心なことは何一つ言っていない。
「分かってる」
彼は頷くとベッドからおりて恭しく膝をついた。
「オレは口悪いし性格も悪いし任務以外では何の役にも立たないし嫉妬深いしワガママだし強引で、言わなきゃいけないことも言えない臆病者だけど」
そっと俺の手を掴んだ。
「どんなイルカでも一生好きだって誓える」
だから。


「結婚しよう」


違うだろと言いたかった。
色々すっ飛ばしすぎだ。それよりももうちょっと別の言葉があっただろ。
色んなことが頭に巡ってきたけど、同じぐらい馬鹿な俺は大泣しながら何度も頷いていた。
「カ、カシさっ、俺も・・・っ」
嗚咽をしながらそれでも言葉を紡ごうと口が動く。
だって言わないと。
これが伝えたくて、俺は禁術まで使って。

彼に、俺の偽りない言葉だと証明したかったのだから。


「俺も、カカシさんのこと大好きですっ!」




◇◇◇





「本気ですか」
イルカが不安そうな、だけどどこか期待に満ちた顔でオレを見ている。
普段は嫌というほど従順なくせに、大事なことは何一つ言わない。それが憎らしくもあり、嬉しくもある。
本当はきっと。
きっとそういう人なのだ。
ただ、オレに見せてくれないだけで。
「禁術使うってことなら本気だよ。元々この術はオレがコピーしたんだから、オレがした方が成功率は上がると思うけど」
「そういうこと言っているんじゃありません!」
ピシャリと言う。
そうだ。彼はただ人に同意するだけの人間ではない。
嫌なことなら嫌と言うし、誰であろうとキチンと意見が言える人だ。
ゆっくりと綻びかけている彼を見て、オレは嬉しくて堪らない。何度彼の分厚い内側に入れてもらおうと、そればかり努力してきたのだ。
「この術は記憶を失う可能性があるんですよ」
「知ってますよ。そんなこと貴方よりも」
そう言うと顔をクシャッと歪めた。
「そんな重要なこと、貴方は、そんなに簡単にっ」
簡単に?
その言葉にぞわりとオレの中で何かが這い出す。
貴方との大切な思い出が消えるかもしれない恐怖は確かにある。オレにとって何よりも大事な思い出だ。
だけどそれを賭けなければ彼との関係が発展しないなら。
オレは命だって賭けてもいい。
それに。
「イルカは、賭けてくれるんでしょ?」
そう言うと目を見開き、ゆっくりと頷いた。
オレはそれを見てニコリと笑った。
彼も全て承知で、術をかけるのだ。
彼が歩む道なら。
例え茨だろうが血の海だろうが、彼がいるのなら。
オレの居場所は、そこしかないのだから。
オレは彼の腕をつかみ、ゆっくりと術をかける。
「馬鹿な人・・・」
彼はそう言いながらポロポロと泣いた。
その涙は疑心だらけの生活から解放された安堵か。失うかもしれない思い出を悔やんでの悲しみか。
オレと共にやり直せることの喜びか。
潤んだ瞳はハッキリと俺をうつしていた。
真っ直ぐで、美しい目。
この目を見れば嘘を言ってるかどうかなんて分かるのに。

「カカシ先生。俺、本当はずっと前から・・・っ。その言葉を絶対証明してみせます!」

そう言い切って、バタッと倒れた。
術は成功したのだろう。
きっと、きっと目が覚めたときには、オレのことも悩んでいた日々も忘れているだろう。
それでいい。
そうして、出会って、また一から恋をしよう。今度は喧嘩もしてみたい。嫌なことは嫌と言ってほしい。本当は高い家電を買ったことを困っていた。そんなものでしか縛れないオレを気遣って言ってはくれなかったけど、本当はもっと本音を言ってほしい。口の悪いオレを、どうか叱ってほしい。
(お互い、二十歳になろう)
彼は二十歳まで、オレのことを知らなかった。年の差を感じるとまた萎縮してしまうからせめて年齢だけは一緒に。
(本当は、階級も同じだといいんだけど)
そうなると十二歳になってしまう。それだと幼すぎるから、仕方ない。
不安がないと言えば嘘になる。
だけど、何故だろう上手くいく気がした。
(オレのこと好きにならないと、記憶は戻らないようにしたし。イルカと出会って彼を見逃すなんてそんなこと有り得ない。絶対捕まえてみせる)
ねぇ、イルカ。
オレは本当はこんな計算高くて狡賢い奴だよ。
知ったらどんな顔するかな。
ゆっくりと己にも術をかける。
でも、そうしたらようやく。

ようやく、アンタの本当の恋人になれる気がする。



グラッと視界が揺れる。
倒れかける瞬間、遠くに自分が見えた。
膝をつき、必死にイルカを見上げている。

「結婚しよう」


それはきっと。
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