それは唐突にオレの前に現れた。
「昼食を持って参りました」
にっこりと屈託の無い笑みだった。笑顔の眩しい青年だった。
大きな戦の中、消耗戦のような長く手応えのない日々が続き正直疲れていた。今日も一日飛び回っていたが効果は薄くただ疲労して戻って来た。作戦も上手くいかず苛立ちも募っていた。
そんな中でのその淀みのない笑みに暫し見とれた。
それはまさに荒野に咲く一輪の花のようだった。
呆然と立ち尽くすオレを尻目にテキパキと昼食の準備をすると、ではと一礼しテントから出て行こうとした。
もっと傍にいてほしい。
その笑顔をもっと見ていたい。
「あ・・・」
「はい?」
オレの小さな呟きを逃さず振り返ってくれたが、オレはどうしていいか分からなかった。
傍にいてほしい、なんて言えやしない。
どうしたらいいのだろうと頭で精一杯考えるのに焦っているのか何も思い浮かばない。
早く、早く何か言わないと・・・っ。
「あ・・・」
彼は何か気がついたようにこちらに向かってくる。
嬉しいが、どうしていいか分からず左右を見渡す。
「あの、よければ」
そう言いながら白い布を取り出す。
「髪に泥がついていますので」
そっと髪に布を当ててくれた。
少し低めの位置にある顔からキラキラと光る目がこちらをじっと見つめてきた。
思った以上に近い距離が鼓動を高める。バクバクと全身に脈打ち触れられた頭が熱を帯び、目の前がチカチカした。
オレはこの鼓動が布越しに伝わるのではないかと気が気ではないのに、彼は真剣な表情で髪についた泥を拭き取っている。
「とれました」
またにっこりと笑った。
「ーーっ」
その衝撃を、どう表現していいのか分からない。
ただ食い入るように、一瞬も逃さないように彼を見つめた。
それではと再び頭を下げた彼に結局オレは一言も喋れなかった。

昼食を食べながらどうしたらまた会えるかそればかり考えていた。また会って笑ってもらってもっと長い時間傍にいてほしい。
この時初めて名前を聞いていなかったことを悔やんだ。大きな戦だ。来ている人数も多い。顔に大きな傷があったが果たしてそれだけで見つけられるだろうか。
そう悶々としていたが、全て杞憂に終わった。
昼食を下げに、彼が来た。
思いがけない再会に戸惑いまたもや硬直する。彼は気にならないのか慣れた手つきで作業した。
何か言わないと。そうだ、名前、名前を聞かないと。
「アンタ、名前は?」
そう言うとビクッと驚いたようにこちらを向いた。
「っ、何か不備がありましたか?」
「・・・いや」
何を驚いているのだろう。分からないまま無言で見てると躊躇いがちに「うみのイルカ、中忍です」と答えた。
イルカ、イルカと口の中でつぶやく。
可愛らしい名前だ。
「部隊は?」
「五番隊です。後方支援をしています」
後方支援とは備品の点検や補充、メシ作りや医療班の手伝いなどをする。
そうか、ならばその仕事をしてればイルカはオレの傍にいてくれるのか。
「そう、じゃあ薬草がなくなったから補充してもらってもいい?」
「あ、はい。勿論」
ぱっと顔を輝かせた。
あぁ、可愛い。なんて愛らしいんだ。
「では、これを下げた時に持ってきますね」
「ん、お願い」
頷くとにかっと笑い一礼すると出て行った。
上手く言えた。
これでもう少し一緒に居れる。
ほっと息を吐く。
ざわざわする胸も熱くなる体も初めてだが、悪くない。
あぁ早く帰ってこないかな。
もっと笑ってほしい。傍にいてオレを見てほしい。

戻って来たイルカは薬草だけではなく細々と身の回りのことをしてくれた。
優秀なのだろう。全てを語らずともやってくれる。嬉しいが一気にしてもらうと用事がなくなる。用事がなくなれば、イルカはここに来なくなる。
「もういいから」
毛布の交換をするため手を伸ばしたイルカを止めるよう言うと緊張したせいか思った以上に厳しい声が出た。
「し、失礼しました」
慌てた様子で手を引っ込めた。
良かれと思ってしてくれたイルカは何も悪くないのに、可哀想なぐらい恐縮している。
フォローしなければ、と分かっているのに言葉が出なかった。
なんて言えばいい?貴方に会いたいから余計なことはするな?そんなこと言えるはずない。
「もう、いいから」
だから、また来て。
その言葉は発することなく口の中に溶けていった。
「失礼しました」
恭しく一礼すると早足で出て行った。
居なくなるまで見つめ、姿が見えなくなると彼の余韻に浸る。
何事も一生懸命で素直な優しい人だ。
ほんわりと心が和む。
夕食も来てくれるだろうか。
そしたらもっと話しかけよう。用事もいっぱい作っておこう。そしてもっともっと傍にいてもらおう。


夕食もイルカが持ってきてくれた。
「悪いんだけど」
ためていた用事を言うと神妙な顔で頷いた。
今度は言われたことだけを言われたとおりこなした。色々と頼んだのに柔軟に対応してくれた。やはり優秀だ。
一生懸命の姿をじっと見つめるだけで幸せだった。動く度にぴょこぴょこと揺れる髪も、じっと見つめる大きな黒い目も、困ったときに癖のように鼻を掻くところも。
言葉はなくても見つめているだけでイルカのことをどんどん知れる気がした。
可愛い、なんて愛らしいのだろう。
「あの、終わりました・・・」
きがつけば頼んでいたことが終わっていた。
「あっそ。どーも・・・」
まだ全然足りないのに。
もっと見ていたいのに。
思った以上に短時間で終わり、無意識にムッとする。それを声で察したのかイルカの表情が曇った。
「あ、の・・・」
「またね」
また、明日も来てね。もっともっと用事を作っておくから。
イルカは何も言わず一礼をして出て行った。
イルカのいないテントは一気に色のないものになり、まるで今の心境のようだった。
早く会いたい。もっともっとたくさん会いたい。
用事をつくるため、オレは立ち上がった。


次の日の朝食もイルカが持ってきた。
「悪いんだけど」
昨日と同じように、用事を頼む。昨晩と比べて量も多く難易度も高いものを用意しておいた。
これでたくさんいてくれる。
口布の下でほくそ笑んだ。
イルカは何も言わず真剣な表情で取り掛かった。
男らしいごつごつした手やあまり出ていない喉仏など見逃さないようじっと見つめる。
よく見ると目の下にクマができていた。手も擦り傷や小さな火傷などが見られた。
後方支援などしたことはないが、彼らも大変なのだと感じた。最も蔑ろにしたことなど一度もない。後方支援があるおかげでスムーズで苦痛なく過ごせていると思っている。
休んでいけば?
ふとそう浮かんだ一言は水面に落ちた雫のように段々と大きな波紋となった。
そうだ、ここで休めばいい。そうしたらオレはもっと傍にいれるし、イルカは休める。
あぁ、それがいい。
無理矢理作った用事よりずっとゆっくりいれる。
ふぅ、とイルカが悩ましげな溜息をついた。
やっぱり疲れている。
休んでいけば?アンタのとこ狭いテントだからゆっくり寝れないんでしょ?ここならゆっくりできるよ。アンタのとこの隊長にはオレから話しておくから。
頭にはスラスラ文字が浮かぶのにどうしてか声にならない。その間にイルカは黙々と作業を続ける。
ほら早く言わないと。終わってしまう。終われば帰ってしまう。
分かっているのに言葉にできない。口布の下でもごもごと口が動くだけだ。
早く、早く・・・。
「終わりました・・・」
気がつけば不思議そうにこちらをじっと見ていた。
あの大きな黒い瞳がオレを写している。
頭が沸騰しそうになる。
今、彼の目に写るのはオレだけだ。
この瞬間は、彼を独り占めしている。
もっとオレを見ろ。オレを、オレだけを。
「あの、他に用がないなら失礼します・・・」
戸惑った様子で出て行こうとする。
待って。
もう少しだけ、もう少しだけここにいて。
「・・・っ、また」
イルカは振り返りこちらを向いた。
黒い瞳がこちらを見ている。
「また、ね」
「はい」
言えたのはそんな言葉だった。
でもいい、次の約束を取り付けた。
また。
またイルカは来てくれる。オレに会い来てくれる。

昼食は雑務のためとれなかった。
せっかくの時間だったのに。もしかしたらイルカが待ってくれていたのかと思うと居た堪れない。
夕食は会えるよう調節し、一人静かに待った。
今回はちゃんと言おう。
休んでいけば?疲れているでしょ。ここなら気にしなくていいから。
オレは、イルカの顔を見ていられたらそれだけでいいから。
「失礼します」
声がして入り口を見る。
ようやく来てくれた。
思わず笑みが溢れる。
早く、早く会いたい。オレに顔を見せてくれ。そしてその瞳にオレを写してくれ。
イルカ、イルカ。
だが、来たのは見慣れないくノ一だった。
思わず落胆してしまった。
ふと彼女の手元をみると夕食を持っていた。

それは、イルカが届けてくれる物なのに。

「あの、うみの中忍の代わりに来ました」
心なしか頬を染め弾むような声をしていたがどうでも良かった。
「・・・・・・イルカは?」
「え?あっ、・・・用があるみたいで」
「そう」
オレよりも、大事な用。
総隊長のオレより、大事な用。
そんなもの、あるはずないだろ。
「あのっ」
くノ一の呼びかけにゆっくりと顔を上げた。
「何か用事があれば、私が」
「ないよ」
ない。アンタなんかに用はない。
オレが用があるのは、イルカだけだ。
あの、でもと繰り返し動かないくノ一に苛立ちを覚える。
用がないのにいても鬱陶しい。イルカに会えることに思ってた以上期待しておりその分落胆は大きい。苛立ちを隠そうともせずぶつけると慌てて出て行った。
またねって言ったのに。
約束したのに。
他の用事があったのなら仕方ない。
今度からその用事をなくせばいい。
ゆっくりと起き上がる。
机に置かれた夕食は全く美味しそうになく、そのまま放置した。
「五番隊長は、・・・ナギサだったな」
ゆったりと確かな足取りでテントから出た。


「ナギサ」
目的の人物を見つけ、声をかけると吃驚した表情でこちらを見た。
「総隊長が、どうした?」
「ん、個人的なこと」
そう言うと不審そうに顔を顰めた。
ナギサとは何度か任務で一緒になったことがあり、それなりに気の知れた仲たった。部下思いで情に厚いところが気に入っていた。
「あのさ、一人世話係としてまわしてくれないかな」
「世話係・・・?」
より一層眉間のしわが深くなった。
しまった、言葉が悪かったか。だが他になんて言ったらいいのか分からずボリボリと頭をかいた。
「えーっ、と・・・」
「世話係がいるぐらいのケガでもしたのか?」
「いや、そうじゃないけど」
まさか気になる人を傍に置きたいから、なんて言えない。
困っているとナギサはふぅーと溜息をついた。
「伽ならまだしも・・・」
ぼそりと呟いた言葉はどこか投げやりだった。
「カカシ、お前今いくつだ」
「22だけど」
「そうか」
小さく頷いた。
「今、状況が良くないのは知ってるよな。いや、それに関して責めているわけじゃない、寧ろお前さんはよくやってると思う。だがな、状況が悪いと苛立ちも募る。その捌け口が、地位の低い者、そして戦闘ではあまり役に立たない者、つまり俺の部下たちだ」
「後方支援は役に立たない者じゃないでしょ」
「・・・そうだ。だが、そう思わないバカもいる」
何となく思い当たる人物が頭に浮かんだ。
「今回の部隊は、わりとそういう奴が多い。特に紗來、蘿蔔」
「あぁ」
丁度頭に浮かんだ人物だった。
「あいつらは中忍、下忍を人とは思っちゃいねぇ。普通なら見過ごされないことだが、今は状況が悪い。苛立ちを誰かにぶつけたくて皆イライラしている。そこに紗來、蘿蔔が輪をかけて強くあたるから、なんとなくほかの奴らもそんな傾向にある」
そうかもしれないとぼんやりと思った。なんとなく味方の基地に戻ったのにピリピリとした空気がずっと重くのしかかっていた。
「俺の部下が何人かくだらない八つ当たりで負傷した。精神的にキてる奴もいる。みんなビクビクしてる。最悪だ」
「・・・・・・」
「カカシ、お前さんは、違うよな」
じっと見つめられた。
強い眼差しだった。
無言で頷いた。そんなこと考えたこともない。
オレがイルカをそんな風に見たことなど一度もない。
「お前さんがそうじゃないことはよく知ってる。だが、もし総隊長のお前さんが世話係をあてがってみろ、他の奴らも便乗する。そうなれば、どうなるか、分かるよな」
言いたいことはよく分かった。
総隊長の威力は良くも悪くも隊全体に影響する。オレが一瞬でもそんな素振りをすれば一気に隊の規律は崩れるだろう。
悪かったと呟き溜息をついた。
「うみの中忍がいるよな」
「?あぁ」
「オレのメシを運ぶのはソイツにして」
複雑そうな顔をしたが分かったと約束してくれた。
ずっとなんて言わない。
ただそれぐらい、許して欲しかった。



自身のテントに帰る途中名前を呼ばれた。
見ると紗來、蘿蔔たち上忍が集まっていた。
「お前も飲まないか」
手には酒が握られていた。
全くどこから手に入れたのか。
禁止というわけではないが控えるようにと暗黙の了解だった。
普段なら飲まないが先ほどイルカのことを断られて少し凹んでいた。
こういう時は酒を飲んで忘れよう。
がやがやと騒がしいところの外れに座った。
「消耗戦ばっかりでイライラするよな!」
口々とそんなことを叫んでいた。
全くもって今回の任務は疲れる。
「カカシ、お前お気に入りの中忍がいるんだって?」
「んー」
紗來が絡んできたが、今そのことに触れてほしくなくて曖昧に流す。
「全く最近の中忍や下忍は生意気になったよな!ちょっと頼めば険しい顔して人権がどうのこうの言いやがって」
「だよなー、お前らを守ってるのは俺らだっつーの。少しぐらい憂さ晴らししてもバチは当たらねーよ」
ゲラゲラと下品な笑い声が響く。
聞いていて不愉快だった。こんなところにいても少しも気持ちは落ち着かない。この一杯を飲んだら帰ろうとグッと酒を煽った。

「あいつらの使い道なんか、憂さ晴らしか伽しかねーっつーの」

紗來の一声が、頭に響いた。
伽。
そう言えばそんな制度があった。
隊長クラスは体調管理の一環として伽を呼べた。勿論双方の合意が必要だが、伽は立派な任務だ。その間は他の仕事を免除できるし、望めば半日休みがもらえる。
ナギサも言っていた。
「伽ならまだしも・・・」
そうか、伽だ!
彼に頼んでみよう。そうすれば傍に居てもらえる。オレのテントで休んでくれる。
それに、彼に触れられる。
そう思うとかぁぁっと体が熱くなった。
彼に触れられる。
余すところなく触れられ、口づけできる。
イルカ。
彼のしなやかで美しい体を思い出す。
アレに触れられる。
明日、朝食を運んできてくれる。その時に聞いてみよう。
フフッと無意識に笑みが溢れた。




翌朝、頼んでいたとおりイルカが来てくれた。
一日ぶりだった。
「朝食もってきました」
「ん」
一日しかたっていないのに、もう随分と会っていなかった気分だった。再び会えるとやはりイルカは輝いて見えた。
あの、肌に触れられる権利をオレは持っている。
言わないと。
早く、早く。
「ねぇ」
呼び止めると顔を上げた。黒い瞳がじっとこちらを見ている。それだけで、なんだか興奮した。
「伽の相手、してくれる?」
言った途端バクバクと心臓が脈打った。
じんわりと手汗をかくのを感じた。
早く、早く頷いてくれ。
大事にする。いっぱい休みをあげる。
ただ触れてイルカを見ていたい。
頷いて。
早く、早く。
イルカは目を見開き驚愕した表情になったかと思うと眉間にしわを寄せた。
その表情にドキッとする。
なんだ、その表情は。
もしかして、断られる?
(断られる・・・・・・?)

そしたら、どうしたらいい?

ゾクッと嫌な感じが全身に這う。
先程までの興奮が急激に冷やされた気がした。
そしたら、どうしたらいい?
オレはイルカに触れるのとができず、ただメシを運ぶ短時間だけここからイルカを見ることしかできないのか。
それだけで、果たしてオレは我慢できるだろうか。
できない。できるはずない。
断られれば、オレは。
オレは無理矢理でも・・・。
「あの」
イルカは躊躇いがちにこちらを見た。
「俺男ですが・・・」
「ん」
そんな当たり前なこと言わなくても分かっている。
頷くと困ったように鼻をかいた。
あぁ、愛らしい傷だ。早くその傷に口づけしたい。舌を這わせその傷にオレを染み込ませたい。
じっと見ていると、しばらくの沈黙後、躊躇いがちに頷いてくれた。
ぱぁぁと心が晴れわたった気がした。
良かった。
これで。
これでオレは彼に触れられる権利を得た。
「イルカ」
彼に近づき腕を引いた。
早く、早く触れたい。
オレと隙間なく抱き合いたい。
そのままベッドに押し倒す。
「あ、のっ!まだ俺仕事が・・・っ」
「アンタとこの隊長にはちゃんと式送っとくから」
素早く式を作ると飛ばした。
これで、何の問題もない。
「イルカ・・・」
オレは夢中であんなに渇望した鼻の傷に舌を這わせた。
彼の汗の味が異様に興奮させた。



濡れるような美しい黒髪に触れる。
さらさらと流れるような指通りにひどく満足した。
良かった。
未だかつてなかったほど良かった。
体が蕩けるとはこういうこと言うのかと思った。
何度も何度もしてしまった。自制が効かなかったのは初めてだった。
よく見ると涙のあとと隈が酷かった。
今日はこのまま寝かせてあげよう。
この中では一番いいベッドだ。寝心地もいいはずだ。
フフッと笑みが溢れる。
イルカを好きなだけ眺めて、触れられる。なんて幸せなのだろう。
「イルカ」
名前を呼びながらチュッと鼻の傷にキスした。
それだけで胸がいっぱいだった。
「失礼します」
女の声がして起き上がる。
見ると昨晩来たくノ一だった。
「昼食を持ってきました」
「・・・あぁ」
もうそんな時間なのか。朝食もろくに取らずにヤっていたのだ。そう言えば腹が減った。
(起きたら、イルカも腹減ってるよね)
「悪いんだけどさ、もう一つ昼食持って来てくれない?」
「え?」
「あぁ、朝食があるからいいか。夕食から二人分持ってきてね」
「はぁ・・・」
入口からは少しベッドまで距離があるため顔の表情は見れない。
彼女はチラチラとこちらを見ながら机の上に置いた。
昨晩は食べる気すら起きなかったが、今日は違う。イルカがいるだけでまるで人間のようになる。
「あ、の・・・。うみの中忍は別件で用があるみたいで、今日から私が正式にご飯を持ってきます」
「あぁ、うん。よろしく」
そんなことどうでも良かった。だってイルカはここにいるのだから。
「他に不自由なことがありましたら、何でも」
「ないよ」
しつこいなぁと思いながらきっぱりと断る。
アンタに用なんかない。
「悪いんだけどさ、今寝てる人いるの。静かにしてくれる?今度から声かけずに外に置いてもらえたらいいから」
そう言うとカッと彼女が赤くなったのが分かった。そのまま早足で出て行った。
何なんだ?と思いながらふぅとため息をつく。せっかくいい気分だったのに。
「・・・・・・いいんですか」
いつの間にかイルカが目を開けていた。
ただボンヤリとした表情で天井を見ている。
「何が?」
「彼女、貴方の世話をしたかったみたいですよ。俺なんかより気が利くし、何より女ですよ」
「だから?」
だから、何なのだ?女だからそばに置けばいいのか?抱けばいいのか?
何となくイルカから他の奴の話が出るのは不愉快だった。
「俺を抱いたってことバラされますよ」
「だから、何?」
そんなこと一向に構わない。
ただ、何の表情もないイルカが気に食わなかった。言葉が冷たくなるのを止められなかった。ジッとイルカを見下ろす。
「・・・・・・戻ります」
ゆっくりと起き上がり散らばった服をとる。
戻る?
理解できなかった。
戻るってどこへ?五番隊か?何で?だってイルカはオレの伽だ。さっきまで散々ヤったから疲れてるのに、なんで戻るの?
戻る必要なんてない。
イルカはずっとずっとオレのそばにいればいい。
「戻らなくていい」
服を着始める前に腕を取り、ベッドに押し倒す。
一瞬警戒した表情をした。
まだヤると思われたのだろうか。
安心させるためオレはベッドから降り、くノ一が持ってきた昼食を差し出す。
「オレの許可なくここから出るな」
途端溢れんばかりに目を見開いた。
何で、そんな。
そんな驚くのだ?
一回すれば終わるの思ったのか?
オレから解放されると思ったのか?
そんなに嫌だったのか?
そう思った瞬間ギュッと胸が締め付けられた。
違う、違うと必死に否定する。
だって、彼は許可してくれた。
これは合意なんだ。
「オレはコレ食べるから」
そういって机の上にある朝食に口をつける。
抱いているときはあんなに幸せだったのに。
静まり返って居心地の悪いこの雰囲気が、まるでオレの胸の内のようだった。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。