あれからルカでいるときは何となく彼の顔が見れなくなってきた。
好きな人と暮らすのはどんな心境なのだろう。
しかも叶えなくてもいいと思っている片思いの相手をだ。
我慢できず、襲ってきたりとか。
「ルカ?」
「わぁ!!」
いきなり顔が近づき思わずのけぞった。
綺麗な顔がこちらを見ていた。
素顔をさらしているので赤い瞳がまるで彼の胸に秘めている想いの炎のようでドキッとする。
「ぼーっとして、どうしたの?」
顔赤いよと不思議そうに頬に触れた。
細く長い指がひんやりと感じる。
(落ち着け。確かにカカシ先生が好きなのはルカで今の俺はルカだけど、俺はイルカだから!!)
「ななななんでもないれす!」
思わずかんでしまった。
恥ずかしくて死にそうだ。
(かっこ悪っ)
「何でもないです」
「二度言うんだ」
あはははと腹を抱えて笑われた。
ますます恥ずかしくて俯く。
「変なルカ」
くすくすと楽しそうに笑う。
屈託もない幸せそうな顔。
トクンと大きく心臓が跳ねた。
(あれ、俺なんか変だ)
「ル、ルカって」
「ん?あぁなんかさん付け苦手で。ダメ?」
「だ、だめじゃないけど」
なんだか照れくさい。
「オレのこともカカシでいいよ」
「いえ、それはちょっと」
「何で?別にルカも同じ上忍だし変じゃないデショ?」
グサッと心臓に刺さった気がした。
そうだよ。
彼がこんなに穏やかで優しいのも、そんなに嬉しそうに見つめるのも、彼が好きなのも全部全部ルカだからじゃないか。
同じ上忍で美人で、女で。
(俺じゃない。俺と似ているところすらない)
俺は一度も呼び捨てにされたことはない。
俺は中忍で平凡な顔で、男だから。
(何をショック受けているのだろう)
今日の自分は変だ。


ルカに相談しようと思った。
彼女がカカシ先生をどう思っているのか知りたかった。
もし、何も思ってないのなら、こんな泡沫なそれでいて穏やかで幸せな関係を解消しないといけない。
でももし好きなら?
ブルッと身震いをした。
カカシ先生を嫌いな人なんているのだろうか。
彼に好かれて嫌な人なんているのだろうか。
(そ、それはそれでよかったじゃないか)
彼の諦めていた恋が漸く実を結ぶのだから。
友人として喜んであげたいのに。
心が悲鳴をあげる。
いやだ、いやだと泣きわめくように強く、激しく。
おかしい。自分はおかしい。
それを直視できない。
「イルカ」
名前を呼ばれて振り返ると同僚だった。
「お前、どこ行ってたんだよ」
「ごめん、ちょっと人探してて」
避けるように通りすぎようとすると、腕を取られた。
「五代目が呼んでたぜ」
「綱手様が?」
あぁと頷く。
「なんか重要なことだって」
ドキッとした。
まさかばれたのだろうか。
当然だ。こんな子ども騙し。今まで何も言われなかったことが不思議なぐらいだ。
この任務は里のためにしている。
俺の行動は、それを欺いているだけだ。
俺が妊娠する可能性はないのだから。
(どうしよう)
頭が真っ白になる。
(どうしよう)



「イルカ、お前結婚しないか?」
「・・・・・・は?」
思いもしない言葉に思わず目の前にいるのが幻ではないかと疑う。
「まぁ、結婚と言うより結婚を前提とした見合いだな」
豊満な胸を惜しげもなく揺らしながらふぅとため息をついた。
「は、はぁ」
「いや、な。是非お前に会ってみたという娘さんを紹介されてな。見てみると良い子じゃないか。これなら安心して紹介できると思って」
どうだと写真を手渡される。
そこには美しく若い女性が写っていた。
「俺には勿体ないですよ」
いつもの愛想笑いで写真を返した。
「まぁそう言わずに、会うだけでも会ってみろ。気が変わるかもしれないぞ」
「結構ですよ」
きっぱりと穏やかな口調だが、有無を言わせないような気迫があった。
正直お見合いというのは好きではない。結婚するならやはり恋愛結婚をしたいじゃないか。
ふと彼の顔が思い浮かんだ。
いや。
いやいやいやいや。
まぁ確かに彼と結婚できる人はきっと幸せだろう。優しくていい人だ。だけどその相手が俺ではおかしいだろう。
だって俺は男だし。
中忍で平凡で。
彼にはふさわしくない。
いや、ちがう。
(ちがう、ちがう)
彼とは友人だ。ルカじゃない。俺はルカじゃない。
彼があんな風に笑うから。
だから俺はおかしいんだ。
「そうか?まぁ写真だけでも貰ってくれ。気が変わればすぐに言ってくれよ」
「ありがとうございます」
失礼しますと部屋を出た。
顔が少し熱いのを感じてぱたぱたと手で仰ぐ。
まずいなぁと誰に言うわけでもなく呟く。
最近の自分は、まずい。
だが、俺にまで見合いの話しが来るとはそんなに里は後継者不足なのか。
俺みたいな中忍が子どもを作ったってたかがしれているだろうに。
ふふっと笑う。
それでも、ま。
ばれなくてよかった。


帰るとカカシ先生が電気もつけずに部屋の真ん中でぼぉっと座っていた。
「・・・・・・カカシ先生?」
明かりをつけると彼の白い肌が青白く見えた。
「あぁ、ルカ。おかえり」
力なく笑った。
「どうかしたんですか?」
慌てて向かい合わせに座るとへにゃっと笑う。
その弱々しい姿にいたたまれなくなる。
「好きな人がねー、見合いするみたい」
あはははと自虐敵に笑う。
見合い?
あれ?ルカにはそんな話し出てないはずだ。こんな任務をしているのだから見合いはおかしい。
(カカシ先生の好きな人は、ルカじゃない・・・・・・?)
ホッと胸をなで下ろす。
(あれ、なんでホッとしてるんだろう)
それより、見合いなんて結構流行っているんだなぁ。
俺以外にも、そんな話がでているなんて。いやむしろだからこそ下っ端の俺にまで話が回ってきたのか。
「今まではさー、叶いっこないと思ってたけど、それでも恋人とかいなかったから満足してた。でも相手もいい年だし。今回もし断っても、きっと次々話が舞い込んできっといつか結婚しちゃうんだろうなぁ」
分かっていたのにと小さく呟く。
あぁ。
なんでこの人は泣かないのだろう。
ようやく現実をみたのだ。恋い焦がれて止まない相手に、ようやく失恋できそうなのに。
大声で泣いたって別におかしくないのに。
「俺、ちゃんと笑っていられるかなぁ」
諦めろよ。
叶いっこない恋なんて救われるはずないんだから。
あんたは知らないだけだ。この世にはもっといい人がいる。あんたを愛してくれる人だっている。
「なんでルカが泣くの」
そう言われて初めて自分が泣いていることに気がついた。
あんたが泣かないから代わりに泣いてるんだよ、ばかやろう。
困ったように、だがどこか優しげに微笑みながら涙をすくう。
こんなに優しい人なのに。
こんなに一途な人なのに。
どうして報われないのだろう。
「オレ、きっとあの人のこと諦められないと思っていた。諦めたときはオレが死ぬときだって」
ぎゅっと抱きしめられた。
肩が震えている。
(なに、今更顔隠してるんだよ。あんたの泣き顔なんて一回見たじゃないか)
俺に嫌われたと思っているときあんなにも綺麗に泣いていたじゃないか。
別に隠すような酷い顔じゃないくせに。
「好きだった。大好きだった。伝わらなくていい、報われなくてもいい。あの人が笑ってくれればよかった・・・っ」
絞り出すような細く強い声だった。
小さく嗚咽が聞こえる。
良かったと心から祝えた。
過去形だった。
今はきっと苦しいけれど、いつか綺麗な思い出になる。
きっといつかあんたは恋できる。
あぁルカでよかった。
きっとカカシ先生は俺の前では泣かないから。
きっと弱音を吐かない。俺たちはただの友人だから。
「ルカは優しいね」
小さく笑い声がする。
「弱っているだけですよ、カカシ先生」
「オレはそう簡単に人前で泣かないんだよ」
子どもっぽい口調に思わず笑ってしまった。
いやだから、あんた泣いただろう。あれは無効か。数に入らないのか。
「次、好きになるならルカがいい」
「・・・・・・え?」
それは告白というより宣言のようだった。
違うだろ。そこはルカみたいな人だろ?そんなピンポイントに絞っちゃダメだろ。
「ルカがいい」
ゆっくり、ゆっくり体が離れていく。
真横にあった顔が真剣な表情でこちらを見ている。
あれ?
これは、なんていうか。
まずくないか?
「ルカ」
熱っぽく涙で少し潤んだ瞳が近づいてくる。
ダメ、ダメだ。
ここで流されちゃダメだ。
それはルカにもカカシ先生にも、俺の心も。
騙すことになるのに。
「ルカ」
違う、俺はイルカだ。
うみのイルカだ。
声にならない言葉は彼の唇の中に溶けてなくなった。



「おはよう、ございます・・・」
「おはよー、ルカ」
扉を開けると、すっかりさまになったエプロン姿のカカシ先生がご飯をつけていた。
朝は苦手なくせに今日は珍しく早起きをしていて、朝からテーブルにはご立派な料理が並んでいた。流れるような自然な動作でいつもの定位置に座らされた。
「いただきます」
「・・・いただきます」
良い匂いが食欲をそそる。食べ物に罪はないよなと自分に言い訳して食べる。相変わらず上手い。
「昨日のさ、怒ってる?」
気持ちよく食べていたご飯を吹き出してしまった。
なかったことにしようとしているのに、さらっと言うなよ。
「いえ、その、えっと・・・」
「ごめーんね、潔癖だって言ってたのに」
吹き出したご飯を集めながら顔が赤くなるのを感じる。
怒っている、わけではない。
そうではない、そうではないのだが。
「あの人のこと、完璧に割り切れるかと言われたら、まだそうだとは言い切れないけど」
女々しいよねと独り言のように言う。
「でもルカは最初会ったときから、他の人とは違ってた。すれてないし素直で可愛いし。それに、すっごく優しい」
冷たい手がまるで壊れ物でも触るように俺の優しく頬を撫でた。熱を帯びている肌にその体温はひどく心地よかった。
「もっと、ルカのこと知りたい。こうやって一緒に暮らしていきたい」
なんて素直な言葉なんだろう。取り繕うとしない素のままの彼は弱々しくてそれでいて美しく心を揺らす。
「まだ、信じてもらえないかもしれない。まだルカに対する愛が足りないのかもしれない。でも、少し考えてみて」
もうすぐ、この任務も終わる。
こんなかりそめの夫婦が、なくなってしまう。
そうすればこのつながりがなくなってしまう。
だから彼は焦っているのかもしれない。
頬に触れていた手がゆっくりと唇に触れる。
手は冷たいのに、そこを触れられた瞬間まるで彼の中に蠢く炎のように熱くなる。
「オレとの未来を」
こうやって一緒にご飯食べて、同じ家で暮らして。
早く帰った方が料理作って、帰ってきたら出迎えて、今日もお互い無事に終えられてよかったね、お疲れ様なんて言いながら、また一緒に食べてくだらない話しで笑って。
そんな当たり前のこと。
当たり前の夫婦のこと。
そんな未来を。
俺は確かに見えてしまった。
「ルカ」
熱っぽく呼ばれて現実に戻る。
彼の描く未来に俺はいない。
俺じゃない。俺じゃないのだ。
(だめだ、こんなのダメだ)
もう耐えられない。こんなこともう一秒でもいられない。
俺の心は限界だ。
認めたくないが、でもこの胸の高鳴りをもう無視できない。
彼が好きなのだ。
こんなにも、こんなにも。
頷いてやりたい。
ここで頷けば、きっと彼はとろけるような幸せな表情をするだろう。
世界で一番幸せだって顔をするのだろう。
俺だってするよ。
長い初恋で好きだと言えなかった彼のために俺から好きだって何度も叫んでやりたい。彼が好きだと言う度に抱きしめて俺もだって言いたい。
でも、そんなこと彼は望んでない。
望んでる相手は俺じゃない。
なんでこんなこと引き受けたのだろう。
なんで彼に優しくしてしまったのだろう。
なんで、なんで。
なんで今、俺はルカなのだろう。
抱きしめたい腕は、こんな細いものじゃないはずだ。


「惚れられたぁ!!」
「しー!!ルカ声がでかい!」
ごめんと謝りながらもどこか顔色が良くない。
それはそうだ、話がややこしくなってしまったのだから。
「あと5日だっていうのに、なんなのその相手。任務って分かってないの!?」
ぷりぷりとまったく見当違いなことで怒っている。
今思えばなんとも残酷な任務だろう。
肌を重ねなくても、一ヶ月一緒にいるんだ。情がうつっても仕方ない。だがそれがお互いなら良い。片一方ならこんな残酷なことはない。
「まっ、でも仕方ないかもしれないわよね。ごめんなさい、イルカ。気持ち悪いことさせて」
「気持ち悪いなんて・・・」
気持ち悪くはない。それは本当だ。だが心は痛くて堪らない。
「相手だれ?イルカが断りにくいなら私が断るから。あと5日ぐらいサボっても平気でしょ」
それは唐突な終わりの言葉だった。
ようやく前向きになった彼の心をまた傷つけるのか。
きっと彼はまた泣くのだろうな。
今度は誰の傍で泣くのだろう。
誰かいるならいい。だが、もし一人なら。
一人なら。
「はたけ上忍だよ」
その言葉に、彼女の表情は固まった。
「はたけ、カカシ・・・?」
呟いた瞬間、ゾッとするほどの殺気を感じた。
「あの最低男っ!!なんで、なんでよっ!」
その言葉は俺に向けてではなく、まるで彼がそこにいるかのように叫んでる。
「ルカ!落ち着け」
「あんな男嫌いよ!だいっきらい。最低、気持ち悪い!!」
力の限り叫ぶ彼女は痛々しく、憎悪にまみれていた。
いったい何が彼女を動かしているのか分からない。彼と何かあったかなんて聞いたことない。
当の本人だってあんなに普通に接してきたのに。
「ルカ!落ちつ」
「ごめーんね」
静かに、音もなく。
それはいつもの彼の癖で。
一番今会いたくなかった人だった。
「そんなに嫌われるとは思ってなかったんだよ」
ごめんねとまた謝った。
その声は落ち着いていて、口布で隠された表情は読めない。
彼女の憎悪が、あんなに身の毛もよだつ殺気が。
ピンと一点に集結した。
「あんたなんて、だいっきらい」
「うん。ごめんね」
彼女の憎悪も殺気も全身に受けながらも一歩も引かず、穏やかな笑みで立っていた。
それだけなのに、本人の顔はいたって平気そうで。
それがとても痛々しかった。
全部、全部俺の責任だ。
俺がありもしないルカを作ったから。
無責任に慰めたりしたから。
「オレが上に言っておくから。もうあの任務しなくていいよ」
「当たり前よ!!」
ヒステリックに叫ぶと俺の手を握った。
「イルカ、行こう」
俺はゆっくり首を横に振った。
こんなこと間違っている。
俺が彼の心を傷つけたのに。
彼がようやく前向きになったのに、それをまた無残にも壊したのに。
でも、ここで誰もいなくなったら。
彼を一人にしてしまったら。
きっと彼は一人で泣くのだろう。
泣いて泣いて泣いて、きっと心に誰も入れなくなる。
ようやく空いたスペースを真っ黒く鉛のようなもので埋めてしまい、きっと死ぬまで空かない。
そんなことさせない。
こんな穏やかで優しい人に、そんなことさせられない。
「イルカっ!!」
強く引っ張る手を、首を振りながら外した。
「・・・ごめん」
彼女だって傷ついているのに。
何があったのか知らないけど、きっと彼女だってこの後泣くに決まっているのに。
君を慰めてあげられなくて、ごめん。
「・・・っ!もういい」
そう叫ぶと早足でどこかに行ってしまった。
しーんと静まりかえった状況に体が動かない。
ゆっくり振り返ると、少し俯いたカカシ先生が、少し離れた場所に立っていた。
「カカシ先生・・・」
「同情ですか?」
その言葉はひどくひんやりしていた。
怒りか自暴自棄か分からないが、そんな声初めて聞いた。
「イルカ先生昔言ってくれたよね。カカシ先生はモテるから羨ましいって。そんなことないよ。見てよ、ようやく長い初恋を諦めて、次に好きになった人からは嫌われて。全然モテたことなんかない」
俯く彼から表情が見れない。
でもきっと、きっと。
「同情するなら全部ちょうだい」
全部、全部。
「全部くれないなら、そんな同情いらない。余計傷つくだけだ」
全部とは、なんだ。
俺の全部か?
俺の全部で、あんたは救われるのか?
心の空いたスペースを鉛で埋めずにすむのか?
またきっと誰かを好きになれるのか?
俺はゆっくり彼に近づいた。
「せんせ・・・?」
驚いたような悲しいような、それでいてどこか夢心地な虚ろな目でこちらを見た。
その目に映っていたのは、間違えもなく俺だった。
「先生?分かってるの?全部だよ?先生の全部オレのものにするんだよ。先生がいくら嫌がったって離さない。オレが先生ぐちゃぐちゃにしてどろどろにしてずっとオレだけのものにするんだよ」
「分かってます」
まるで宣言しているみたいだ。
教会で、神父の前で宣言するように、力強く。
愛してなんか、しちゃいけないのに。
「それでも、俺はあんたといたい」
ルカじゃない、俺でいたい。
身代わりでもサウンドバックでもなんでもいい。
瞳がめいいっぱい開かれる。
そして一瞬で泣きそうな顔をした。
だから。
「せんせ、ひどい」
体を強く抱きしめられたかと思うと、一瞬にして場所が変わった。広い部屋の奥にある、大きなベッドに落ちる。
何となく、彼の部屋だと分かった。
「ひどい」
泣きながら、彼が俺の服に手をかける。

だから。


そういう顔は苦手なんだってばよ。


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