禍々しい殺気を正面から感じる。里広しと言えどあんな殺気を出せるのは中々いないだろう。
背後から感じている顔見知りの中忍さんは可哀想に顔が真っ青だ。受付の列を動こうとしても、足が竦んで動けないのだろうか固まっている。可哀想だが、今声をかけたらよけい悪化するのは目に見えているので作業を続ける。
誰かを助けたりすると、目くじらを立てる面倒な人なのだ。
「はい、確認しました。お疲れ様でした」
いつもは何度か言葉を交わしてくれる上忍さんも今日は逃げるようにそそくさと去っていった。
固まってる中忍さんに手を差し伸べて報告書を取ると、ダンダンッと苛立った足踏み音が聞こえた。静まり返った受付内で、その音はよく響き、そして凍りつかせた。
「上目遣いヤメロ」
全くもってしていない。が、まぁそう感じてしまったのなら悪かったので、彼に向けてニッコリと笑う。
「カカシくん、もう少し待ってね」
そう言うと、どうやらお気に召したのか足音を止めてくれ、殺気も薄らいだ。どうやら機嫌を持ち直したらしい。
ひと安心しながら中忍さんの報告書を見る。特に問題なかったので印を押した。
「はい、問題ありません。おつ」
最後まで聞かずに居なくなってしまった。気持ちは十分過ぎるぐらい分かるので、心の中で詫びながら、彼の方を見た。
「カカシくん」
「遅い」
間髪入れずに言われた。
「何でアンタの列長いの?しかも一人一人にヘラヘラして本当ウザい。不愉快。吐き気がする」
「受付はそういう所だからねぇ」
「別にヘラヘラしなくてもいいデショ?隣のヤツなんかしてないのに、何でアンタだけしてんの?」
「これは俺のポリシーだから」
これ言い合うのは何回目だろうか。いい加減折れてくれてもいいのになぁと思いつつ根気強く説得する。
「オレが来ても全然気がついてくれないし」
ぎゅっと唇を噛み締めて苦々しい表情をした。
そうか、それが引っ掛かったのか。
確かに彼が来た時人が多くて混雑していたから反応が遅れたけど、気がついた時手を振ったのになぁ。それでも駄目だったようだ。
「ごめんね、カカシくん」
「・・・・・・」
ムスッとしていて答えてくれなかった。
無言で報告書を出した。
そこには五日間の任務が書かれていた。二週間と言われていた任務だったけど、流石だなぁ。
「任務お疲れさま。五日間で終わらすなんてすごいなぁ」
「そこじゃない!!」
盛大に怒られて、バンッと力強く机を叩かれた。
「恋人と、五日間も離れてて、第一声がそれなの!?」
「あー・・・」
そうか。そこに引っ掛かったのか。
確かにいなくて寂しかったが、今仕事中だし。そういうのは帰ってからじゃないのか。俺一応三十路過ぎていい歳したオッサンなんだけどなぁ。唯でさえ、性別は置いといて、カカシくんとは一回りも年下で教師としての立場上あまりよろしくないお付き合いなんだけどなぁ。
「ごめんね、カカシくん。さ、寂しかったよ?」
「何で疑問系なんだよ!バカ!先生のインポ!」
それだけ言うと前二人と同じように消えるように去っていった。
まぁ報告書は何の問題もないけど。
ないけどインポって何だ。俺がいつインポになった。
はぁーとため息をつくと周りも同じようにため息をついていた。
「なんか、すみません」
代表として謝ってみると、皆生易しい目で見ながら苦笑してくれた。
なんにも言えねぇってヤツですよね本当すみません。
とりあえず完了の印を押して、次の人を呼ぶ。
顔見知りの上忍さんが苦笑しながら近づいてきた。
「早く帰ってやれよ」
里の殆どが状況を知っているからこうやって声をかけられることは珍しくないけど。いたたまれない。原因が分かっているのにどうしようもできないから、さらにいたたまれない。
「なんか、本当にすみません」
それでも皆笑って許してくれる。
皆優しい。里大好きだ。




一時間も早めに返してもらい、さて探すかと思ったら普通に受付の建物の外にいた。
だが、一人ではなく美しい、そして巨乳な女性たちに囲まれていた。
羨ま、いや、いやいやいや。
一瞬でも鼻の下伸ばしたら血の制裁があるだろう。主に尻の。
「カカシくん」
呼ぶとフンッと鼻で笑って女性たちの方へ向き直した。女性たちもこちらをチラチラ見ながら笑っている。だが、笑みには嫉妬や独占欲など醜い感情は見当たらず、どちらかと言うと、好奇心でいっぱいだ。
「きたわよ、カカシ」
「分かってるよ!」
「ほら、嫉妬してもらえるようにもっとこっち寄って」
興奮のためか声が丸聞こえだ。
それでも俺の反応をチラチラ伺いながら、女の輪に入っていくところを見ると、ちょっと、いやかなり不快だ。
まぁ彼も望んでいるし。
人目も少なそうだから。
駆け足で近づくと彼の手を握った。
キャーと小さな歓声があがったのは、聞こえないふりをしよう。
「カカシくん、帰ろう」
「あっ、わっ、やっ、う・・・」
顔を真っ赤にさせながら頷きかけて、ハッとする。
「か、帰らないよ。先生はオレがいなくても寂しくないんデショ?オレは今日はこの人たちと遊ぶから」
「そーよそーよ」
「カカシとたっぷり大人の遊びしてくるから」
「冷たくしてたら誰だって愛想つかすわよ!」
お姉さま方、セリフが棒読みです。そして顔がにやけています。
この人たち楽しんでいるだけだろうな。
サービスとばかりにカカシくんを引き寄せ、有無言わさず抱きしめた。
「カカシくんが無事に帰ってきてくれて嬉しいよ。早く帰ろう?それで」
ギュッと力を込める。
「早く二人っきりになろう」
瞬間、米俵のように担がれた。
「じゃ、帰るから」
「良かったわね、カカシ」
「また話聞かせてよ」
「ン」
軽く挨拶して、すごいスピードで走っていく。
「カカシくん。冷蔵庫空っぽだから」
「足してきたから大丈夫」
わざわざ一度家に帰り、冷蔵庫を見て買い足しして、また家に戻り、そして一時間以上も前から待っていたのか。
まぁ、なんていうか。
健気と言えば言葉は綺麗だが、何だか違う気がする。
「本当、先生って愛が薄いっていうか恥ずかしがり屋っていうか。普通あそこはキスするところデショ!」
キスしたらその場で犯し始めるからさすがにそれは止めておいたんだけどなぁ。まぁ俺以外喜びそうだけど。
「そういうのは、夜のお楽しみにとっておくんだよ」
そう言うと、オヤジ臭いと口で言いながらも声はどこか弾んでいた。




冷蔵庫を開けると、異色の世界が広がっていた。
「カカシくん・・・」
言いかけて、止めた。
上半分が高級食材(主に肉)で下半分が野菜だった。
俺を喜ばせたいのと、野菜を食べろと無言の圧力をかけられているので、何とも複雑だ。
「先生、オレがいない間ラーメンばっかり食べてたデショ?もう、オレがいないとダメなんだから」
フフンと得意気にいう。
できれば料理してくれれば嬉しいが、家事は一切したことがない王子様だから、諦めよう。
「ありがとな」
礼を言うと、嬉しそうに笑った。
嬉しそうに、嬉しそうに。
小憎らしいことばかり言う彼だが、偶に、本当に稀に純粋な少年のような笑みをする。

その瞬間。
幸福なはずなのに、胸をギュッと掴まれて泣きなくなるほど切なくなる。

俺は堪らず抱きしめた。
「なに、せんせ」
彼は甘えたような甘く砂糖菓子のような声で訊ねた。
俺は答えられず、ギュッと抱きしめたまま動かなかった。
「そんなに寂しかったの?もう、先生は本当オレがいないとダメだぁね」
そう言いながら優しい手つきで抱きしめてくれる。
それがどれほどの事か、誰にも分からないだろう。
この、笑みがどれほど価値のあるものか、誰にも分からないだろう。



◆◆◆



彼と出会ったのは里の中だった。
演習場の隅の方に隠れるようにして倒れていた。ひどい怪我をしていた。
暗部服を着ていたので三代目に式を飛ばし、様子を見ようと近づくと。
気を失っているのにも関わらず完璧な結界が張られていた。
誰にも近づけさせないように。
そんな力残っているならさっさと式でも飛ばせば仲間が来るのに。
里の中なのに頑なに助けを求めないその姿。
それはまるで。

仲間を信じていない、彼の心のようだった。


それから数日後、担当しているクラスの子どもの見舞いに病院を訪れた時、彼の病態と彼の噂というか成り立ちを知った。
曰く、ワガママが王子の服を着て歩いている様なものだと。
彼と言葉を交わして、成程上手い喩えだと感心したぐらいその言葉がピッタリと合った。
彼はきっと自分中心に世界が回っているのだと確信しているだろう。
偶然病院で合った俺に向かって酷い罵倒を繰り返した。
「余計なことしやがって」
「オレは自分で回復するつもりだったのに」
「そんなことも分からないから万年中忍なんだよ」
「トロくさそうな顔しやがって。見てるだけでムカつく」
「オレに会いに来て恩でも売るつもりだった?褒美でもほしいの?卑しい」
年上のみず知らずの人に、よくもまぁそんなに罵倒できるなぁと思わず感心しかけるぐらい矢継ぎ早に罵っていた。

とりあえず。

ムカついたので、拳骨を御見舞した。


チャクラを込めなかったので、油断していたのか綺麗に決まり、悲鳴もあげずに頭を抑えた。
「助けてもらった人に対してのそれが貴方の態度ですか!そんな大怪我して自力で回復できないことなどアカデミーの子どもでも分かりますよ!礼を言えとは言いませんが罵るのはお門違いです!社会的立場のあるいい歳した大人がいい加減にしなさい!」
腹の底から声を出したのでキンキンと響いたが、言った後の爽快感は計り知れなかった。
彼は状況を整理できず、ポカンと見上げていた。
それは年相応の幼さがあり、彼の状況を知っている立場としては何とも後味の悪さがあった。
「いい歳した大人は、まだ早かったですね。訂正します。でも貴方は上忍で里を背負って立つ忍の一人です。そのことを忘れてはいけません」
それだけ言うと唖然としている彼を担いで病室に送り届け、ベッドに寝かせた。
「俺はうみのイルカです。明日同じ時間に今度は見舞いに来ますから、何かあったら言ってくださいね」
それなりの覚悟をしてそう告げるとその場を去った。病院は静まり返っていた。


彼の父親は俺もよく知っている。今では名前を言うことも躊躇われる程だが、当時は誰もが憧れるヒーローだった。
強く気高く美しく、そして優しい。
中忍の際、数回だけ彼と同じ任務、と言っても大きな部隊の隊長と下っ端だから言葉を交わすことなど殆どなかったが、それでも指揮をとる彼は今まで見てきた中で誰よりも強く的確で仲間思いだった。
だから、彼が里に殺された時、俺は初めて里を嫌いになった。
そんな父親を持つ彼は、親譲りで強く美しかったが、父親のことがあり、里の皆からまるで腫れ物に触るように育った。
それが、良くなかったのだろう。
何をしても何も言われない、誰も叱らない、止めないので好き勝手にやり出した。
喧嘩だって女だって酒だって賭博だって薬だって。
人々はその姿に驚愕し、恐れ、更に遠巻きに見るしかなかった。幼い思考のまま、父親のことで誰も信じられず己の欲望のまま生きていた。
唯一任務だけはキチンとこなしていた。それは幼い頃出会ったスリーマンセルの仲間の影響であり、良き師の影響でもあったが。
だが彼らも彼が大人になる前にいなくなってしまった。
そうして、ワガママ王子は出来上がった。


次の日実用的な果物を持って病室にいると、長い天狗の鼻を見せつけるかのように、見下ろした目で待っていたの。
「待ってたぁよ」
「それはすみません。遅くなりました。あ、これ御見舞の品です。果物好きですか?」
そう言うと意外だったのか、ポカンとし、すぐにムッとなった。
「今日の御見舞の品は、拳骨じゃないんだね」
「欲しければ何発でもあげますよ。得意ですから」
ヨイショと椅子に腰掛けた。
彼はじっとこちらの様子を伺っていた。
「・・・・・・アンタ、変わってるね」
「お互い様でしょう」
にっこりと笑うと、つられて少しだけ口の端を上げてくれた。
「そうだぁね」
よく見ると、幼い顔だった。身長も低いし声だってまだ変わりかけだ。
本当はまだ大人になりかけで。
子どもでないけど、だけどまだ大人に守られるべき子どもなんだ。
そんな当たり前のことが、当たり前じゃない世界に彼はいるのだと言うことが、ハッキリと理解した。
「傷は大丈夫ですか?」
「頭の方が痛い」
「それは良かった。すぐ治りますよ」
「それだけ?酷いなぁ」
足を組んでいた彼が急に起き上がり、俺の腕をつかんだ。
「アンタ、それなりの覚悟をもって来たんだよね」
「そうですね」
「殴り殺しても文句は言わないデショ?」
「そうやって、すぐ暴力ですか」
「・・・・・・ナニ?」
「気に入らなければすぐ暴力をふるう。まるで動物ですね」
そう言うとピリッと空気が変わった。
「アンタ、ザコの分際で中々言うね」
「人間なら言葉で言い負かせてみなさい」
「・・・・・・ふぅん」
長い沈黙のあと、彼は眉を顰めながらも頷いた。
「そこまで言うなら、アンタが言い負かして見てよ。先生なんデショ?」
やはり一日で調べていたか。
調べるぐらいには俺に興味をもってくれたらしい。
それならいい。
俺は真っ直ぐに彼に向き合った。
「貴方は間違っています」
「ふぅん」
「まるで子どものように駄々をこねて人に迷惑をかけて自分を駄目にしています」
「ナニ?説教?成程先生らしいね」
バカにしたようにハンッと笑った。嫌な笑みだった。笑顔なのに誰も幸せにしない不快な笑みだった。
「アンタに何が分かる」
「少なくとも貴方はもっと尊敬されるべき人です。もっと皆から愛される人です。その権利も素質もあるのに、貴方自身が駄目にしています」
「ナニソレ」
知ったこっちゃないとまた鼻で笑った。
「はたけサクモ上忍」
その名を呼ぶと、彼の動きは止まった。
そして恐ろしい程の形相でこちらを睨んだ。その顔は予想していたにも関わらず、ブルリと震えた。
「アンタ、その名前を呼んで生きて帰れると思うな」
「どうしてですか」
間髪入れずに聞き返した。

「どうして尊敬すべき上忍の名前を呼んではいけないないのですか」

そう言うと、彼の表情は一気になくなった。
その表情からは何も読み取れなかった。
「俺は彼を知っています。とても、とても強く気高く美しく、そして優しい人でした。尊敬していました。関わりなんてほとんどありません。だけど、たった数回の出会いで、俺は誰よりも彼を尊敬していました。今でもです」
「・・・・・・」
「彼が、・・・・・・彼が里に殺された時、俺は今の貴方ぐらいの年齢でした。無力でした。何も出来ずに、ただ見ていました。何も、何も出来ませんでした」
彼は表情をなくしジッとこちらを見ていた。
探っているのだ。
俺が本当のことを言っているのかどうかを。
彼の父親の話なのに。

それなのに、そんな表情しかできないんだ。
そんな表情しかさせられないんだ。

「カカシくん」
彼の名前を呼び、掴まれた手を包むように握った。
「あの時は俺は幼く何の力もなかった。でも今は違う。カカシくんを正しい道に戻せるよう説教できる言葉と体力はある。カカシくん。君の父親は立派な人だった。君だってきっと立派な人になれる。その素質があるのに、俺はそうできるのに、ただ黙って見るだけなんかできない。もうあの時のように何も出来ずに後悔したくないんだ」
「・・・・・・」
「今の生活はそれは楽だろう。何も考えず楽な方へいけるから。でもカカシくん、君は幸せか?楽と幸せは違う。幸せは、決して楽ではない。だけど」
だけど。
「今の君のようなそんな顔にはさせないよ」
美しい顔なのに。表情のせいで人を不快にさせる。笑ってるのにちっとも笑ってない。怒るのではなく威嚇しているだけ。
悲しむという選択肢もない。
そんなのは違う。間違っているだ。
「俺はね、カカシくん。君に、」

君に。


「幸せそうに笑ってほしいんだ」


俺は昨日覚悟したんだ。
今日ここに来る覚悟でも、アンタと言い合う覚悟でもない。
俺はアンタと向き合い、これから先も面倒を見る覚悟でここにいるんだ。




◆◆◆




「せーんせ。何ぼんやりしてるの?焦げるよ」
「あぁ。・・・すまん」
鍋をかき混ぜる。
鍋はいいなぁ。色んな具材いれても失敗しなくて美味いのだから。
「何考えてたの?いーやらしー」
「ん?カカシくんとの出会いだよ」
正直に言うと、え?と言いながら固まった。
「病院から俺の家にいきなり連れてこられて監禁されたり、「父親の代わりにしないで」って泣き叫ばれたり、告白は「オレの恋人にしてやるよ」って殴られながら言われたりとか」
「うわぁぁああぁ」
やめろぉ、やめろぉぉぉとあれから成長して低くなった声で叫ばれた。
俺と付き合うまでの17年間は黒歴史だと公言するぐらい、彼は過去の話をするのを嫌がる。
「先生のイジワル。そんな話しなくていいデショ」
ブゥと口元を尖らせる。拗ねているその顔は、怒っているとは思えないぐらい、可愛らしく見ているだけでほっこりとする。
(ほら、貴方は立派な人だ)
偶に暴走するけど、今では周りに人が集まり、彼を慕い、尊敬している。

あの時の俺の選択は間違っていなかったのだ。

「カカシくん。でも今日の受付の態度は良くないよ」
「えー、だってアレは先生が悪いデショ?オレのこと無視するから」
「別に無視してないけど、・・・・・・人に迷惑をかけてはいけない」
何度も何度も繰り返した言葉だが、刷り込みのように何度も何度だって言う。
教えるのは得意だ。
「じゃああの場で先生押し倒して良かったの?先生がオレのことだけ意識してくれるように、分からせれば良かったの?先生の大好きな空イキさせまくって、よがらせまくれば良かったの?人に迷惑をかけないってそういう事?」
それは、・・・とんでもなく嫌だ。
あれは彼なりの我慢だったのかも知れない。
だけどあの態度はいけない。
どうしたものかと悩む。
彼は生徒と違って、誤魔化すこともはぐらかすこともできない。少しても矛盾を見つければとことん攻めて自分のいいように話を持っていく。天才が生徒だと、本当に厄介だ。
それでも本音でぶつかってきてくれるようになったことが嬉しくて、俺も本気で頭を悩ませる。
「家まで我慢」
「はぁ?家ではもっと凄いことするよ。当たり前デショ?」
「はぁああ?」
凄いことって何だ?
「五日ぶりだもん。今日も先生寝かさないよ」
すっごいの考えたんだから、と意味あり気な色気のある声で囁いた。
それだけで、快楽なのか恐怖なのかブルッと震えた。
「お前、俺の歳考えてくれよ。体ボロボロだぞ」
「何言ってんの。年下の恋人持つってそういうことだって皆言ってたよ。オレ、ヤりたい盛りなんだから付き合ってよ」
ンフフと含み笑いをした。
彼は最初っから少し変わった性交を好んだ。
曰く、オレの心を生まれ変わらせたから、オレが先生の体を生まれ変わらせる、らしい。そこに負けず嫌いを発揮しなくていいと思う。
アレは確かに洗脳であり調教だ。
三十前にして世界観をひっくり返され、若い子に毎晩ひぃひぃ言わされてるオッサン=俺。ドン引きだろ。俺は泣きたい。絶対誰にもバレたくない。教え子に知られたら死ぬ。
「そうだよなぁ、カカシくんは歩く受精器だもんな。性行為は得意だよなぁ」
小さく反撃してみると、顔を真っ赤にさせてまたもや奇声を上げながらのたうち回った。
「何そのダサい名前!やめろ、やめろぉぉ」
「え?百の手技を持つ男だっけ?」
「ないから!そんなのないから!」
うわぁあぁぁとひたすらのたうち回った。
思ったよりも効果的でニンマリと笑うと、恨めしそうにこちらを睨みながら「アトデオボエテロヨ」と呪文を唱えた。
うみのイルカ31歳、死亡フラグがたちました!
俺も違う意味でのたうち回りたい。
「オレはね、先生に出会って生まれ変わったの。先生がオレに一目惚れして、愛してくれたから変わったの」
違うけどな。
一緒付き合う覚悟はしていたが、それは、なんて言うか、指導者としてだ。
何故初対面で一回りも年下の男の病室に愛を囁きに行かねばならないのだ。変態か。教員としていかんだろ。
それでも何だかんだ言ってこうやって付き合っている(脅されたからではない)のだから、まぁ彼の中でならそういう事にしておいてもいいと思う。
「カカシくん。好きだよ」


そういうと。

嬉しそうに、幸せそうに、まるで子どものように無邪気に笑った。
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