ドアを開けると、ひどく切羽詰った顔をしたカカシさんが立っていた。
怒っているというよりも、どこか焦っているようだった。
俺の姿を見た途端、ギュッと眉を寄せた。
そして俺を押しのけて、靴も脱がず無言で中に入っていく。
「カカシさんっ、靴・・・」
追いかけるように中に入ると彼は部屋の前で立ちつくしていた。
視線の先には、・・・女物の服。
「ーーーっ!」
今更ながら、証拠のようなものだ。もうこれで言い逃れは出来ない。
あぁ、もう終わりだ。
きっと彼は軽蔑する。女の姿になって抱いて欲しいなどと気色の悪いことを言ったと。
もう友人にも戻れない。
一生蔑まれるのかと思うと冷たい絶望がじわりじわりと這い上がってくる。
膝から崩れ落ちそうになっているのを他所に、彼は寝室の扉を力任せに開けた。そのまま中に入り布団を引っぺがしたりタンスを開いたりしている。
あまりの行動に溢れ出ていた涙は引っ込み、ポカンとした。
それでも彼は寝室を漁るのを止めず、調べ尽くすと次はトイレや風呂場に向かった。そこでもひたすら物を漁った。
まさかと思うが、これが彼の仕返しなのか?
むしゃくしゃするのを部屋を荒らすことで解消しているのか。
そう考えると止めることも出来ずポカンと眺めている。やがて部屋中荒らし、調べるところがなくなると複雑そうな顔をして俺の方へ来た。
「女は?」
「・・・・・・・・・は?」
女?俺が化けていたあの女ではなくて?
「あの・・・?」
なんのことだろうと首を傾げると、ぎゅっと眉を寄せたカカシさんが足早に近づくと、肩を掴んだ。
指がくい込むほど強く握り締められ痛いのに。
それよりも悲痛な顔をしているカカシさんがいた。
「女、いるんデショ?あそこに服が置いてあるのに隠すのはやめてください。早く出して!」
言われている意味が分からなかった。
彼は益々表情が厳しくなり、怒っているのに今にも泣きそうだった。
どうしてそんな顔をするのか分からなかった。
「・・・先生は、知っているか知りませんが、その女さっきまでオレに告白してきたんですよ。好きだ、一度だけでいいからシてくれって。先生もそう言われたの?だからこの部屋入れたの?抱いたの?誰でもいいなら、美人で胸がでかかったら抱いてらえるなら、オレはいくらでもなるのに・・・っ!」
そこで初めて彼の言っている意味が分かった。
彼は完全に俺と俺が化けた美女が他人だと思っている。チャクラが違うから当然だ。
そして恐らく俺がこの部屋に帰ってきたところを見たか、それを見た人から聞いたか、部屋からチャクラを感じたか知らないがこの部屋に女がいると理解したのだろう。
先程まで抱いて欲しいと願っていた女だ。
何をするのか、明白だろう。
今の状況が、まさしく全てを裏付ける。女の服、上半身裸の俺。しかも声は擦れて、目は潤んでいる。ヤってる最中だとでも思ったのだろう。
そんな女、いやしないのに。
「ちがっ」
「隠さないでよ・・・っ!ねぇ、慰めただけ・・・?それとも惚れたの・・・?先生は遊びで抱けるような人じゃないよね?本気になった?あぁもう、こんなことならあの時帰さなきゃよかった・・・っ!先生とこ行くぐらいなら、オレがっ」
オレが?
抱けばよかったと、慰めればよかったとそう言いたいのか。
『オレね、好きな人いるの』
だから遊びはやめたのだとそう言ったじゃないか。それほど好きな人がいるから、俺は諦められたのに。失恋できたのに。
俺がその女を抱くのが、そんなに嫌か?自分のそのポリシーを曲げられるぐらい?
友人のような、俺のために?
それとも女が惜しくなったのか?人が抱いたと思ったら惜しくなって連れ戻しに来たのか。
なんだよ、それ。
なんだよ、それ・・・っ。
そんな簡単に曲げられるぐらいの想いだったのか。人が抱いてると思ったら簡単に惜しくなるのか。彼の心に居座った、正体も知らない恋敵はそんなあっさり放り出されるのか。
そんな想いなら。
そんな重くない想いなら。
あの時一度だけでいいから、抱いてくれれば、俺の想いを一度でいいから受けとめてくれれば良かったのに。
そう思ったら頭がかぁぁっとなり、思わず彼を押し返していた。
「っ、せんせ」
「カカシさんには、関係ないでしょう・・・っ!」
俺が誰を抱こうが。
何をしようが。
誰が好きだろうが。
彼には、何にも関係ない。
「俺が何しようが、誰といようが、カカシさんには関係ないでしょう!」
だって。
だって、アンタの中に、俺はいないじゃないか。
俺は、俺の心はこんなにもアンタでいっぱいなのに。
失恋したんだ。
初恋で、アンタで頭がパンクしそうなほど恋焦がれて、・・・そしてフラれたんだ。
アンタに、フラれたんだ。
どうしてそっとしておいてくれないのか。
どうしてまだ心を抉られなければならないのか。
もう俺は、これ以上なく傷ついているのに。
「なんで・・・」
呟いた弱々しい声は、俺ではなかった。
目を見開き、驚愕の表情で見つめていた。
「なんで、先生急に・・・っ。オレたち上手くやっていけてたデショ?あともう少しでゴールだって、そう思っていたのに」
ゴール?
ゴールはこれだろ。
これ以上のゴールはあるか?
告白して、フラれて、これが結末だろ。
なんでアンタが驚いているんだよ。
「好きな人が、いるんでしょう!?」
泣き声になりながらも叫んだ。
ああ、声に出したくなかったのに。
カカシさんの綺麗な思いを、きっと実るはずの恋を、俺が嫉妬にまみれた声で言うべきことじゃないのに。
案の定、その声は嗄れて、ヒステリックで、まるで呪いのようだった。
彼の幸せを呪う言葉だった。
酷いなぁ。
そんな言葉、言いたくなかったのに。
どうして言わせるんだ。
「それは・・・っ」
言い淀んだ彼に、眉を下げて困ったような顔をした彼に、あぁもうダメだと思った。
もうダメだ。
もう元に戻れない。
せっかくポン太が姿を偽らせて、フラれても元の生活に戻れるようにしてくれたのに。
もう元には戻れない。
俺が、耐えれない。
知らないふりなんてできない。
「俺は、そんなことも教えてもらえないぐらいの関係じゃないですか!それなのに、なんで・・・っ」
そんなに必死になっているんだよ。
ポロポロと流れる涙は、なんの意味があるというのか。
失恋か?
それとも失望か?
もう全て失ってしまうという喪失感か。
「オレはイルカ先生が好きです」
軽い口調で彼はそう言った。
そんな言葉幾度となく口にされて、聞き慣れている。
「好きです」
「一緒に暮らそう?」
「結婚しますか」
いつだって軽い口調で、まるで冗談のように言ってくる。
そんな冗談聞き飽きた。そうやって俺を一喜一憂させて楽しいか。
「っ、巫山戯ないでくださいっ!」
前まではそれでも、冗談でも言ってもらえて嬉しかった。その一瞬だけなら愛されている気になれた。
だけど今は違う。だって本来なら俺ではない、彼の好きな相手に言うべきものだ。俺あてではない言葉など例え偽物でもほしくなかった。
「巫山戯てない」
彼は近づき、腕をとった。
じんわりと握られたところが熱を帯びる。それが心地よく、不愉快だった。
「やめろっ!」
「巫山戯てない。ずっと、ずっと言ってきたデショ?オレが好きなのは先生だって。先生は信じてくれなかったけど、それでもいつか伝わるって思ってた」
振り払おうと腕を振るが、離れない。それどころかぎゅうぎゅうと握り締められた。
なんでそんなに必死になるのか分からなかった。とにかく彼から離れたくて、暴れた。もう自分が何をしているか分からないほどめちゃくちゃに暴れ、何度も彼に攻撃したのに、それでも腕は離れなかった。
「せんせ、好きです」
まだ言うか。
知らないくせに。
俺はフラれたんだ。誰でもない、アンタに。
ギッと睨みつけるように顔を上げる。
言ってやる。
俺はアンタにフラれたんだって。
あの女は俺だって。
そしたら、二度とそんな軽口言えなくなるはずだ。
「俺は・・・っ!」
そう意気込んで、彼の顔を見た。
彼は。
「オレの好きな人は、イルカ先生です」
彼は、彼の目は確かに俺をうつしていた。
美しい瞳は、悲痛な色をしていたが、確かに強い意志を放ちながら、俺をはっきりとうつしていた。
情熱を含みながら。
冗談だって?
本気じゃないだって?
どうしてそう思えただろう。
どうしてそう感じたのだろう。
この目を見ろよ。
この目を見て、嘘だって言えるのか。
俺は彼の冷たい目を知っている。
本気で何とも思ってないときの目を知っている。真っ暗闇のような何もうつさない目を。
こんな目じゃない。
この目は違う。
この目は意志をもった、特別な目だ。
本気じゃないなんて、そんなこと言えない。
「カカシさん・・・」
どうして嘘だって決めつけていたのだろうか。
彼はいつだって、こんなにも真摯に訴えていたのに。
「ごめんなさい・・・、ごめんなさっ」
自分が情けなくて堪らなかった。
自分が目をそらしていたのだ。彼からの好意を感じると、それが失うのが怖くて目をそらしていた。
本当はそれをずっと求めていたのに。
「・・・・・・謝らないで」
泣きじゃくる俺の肩を、そっと触れた。
そして慰めるように優しくて撫でてくれる。
その優しさが嬉しくてまた涙が出た。
そうだ、これが優しさだ。
甘えるような声も、熱を孕んだ目も、俺に対してだけの、特別な。
慈しむ、特別な人に向ける特別な優しさだ。
「ごめんなさいっ、俺っ、おれぇ・・・」
「謝らないで。お願い」
「だって・・・っ」
ずっと目を背けていたのだ。
俺が逃げなければ。
逃げなければ、きっと今頃ーー・・・。
「謝らないでよ。謝られてもオレは先生を諦められない。・・・ねぇ、そんなにあの女がよかったの?オレより?」
「・・・へ?」
なんのことだろう?
きょとんと見返すと彼は必死な形相で俺を見ていた。
「あんな誰でもいいような、そんな想いに負けないぐらい愛している。ずっとずっと先生のこと想ってた。ねぇ、せんせ。オレじゃダメ?オレは先生じゃないとダメだよ。誰でもいいならオレにしてよ。ねぇ、せんせ」
「・・・ぁ」
そうか。未だに彼は俺が女を抱いたと思っているのだ。
謝ったのは、そういう意味ではなかったのに。
「あ、の・・・」
恥ずかしくて俯いた。
「あの女は、俺です・・・」
「・・・・・・・・・は?」
戸惑った声に、益々恥ずかしくなる。
「でも、チャクラが・・・」
「その、ポン太が」
「ポン太?・・・あぁ、あのタヌキ」
突然声が低くなり、思わず笑ってしまう。彼はタヌキは好きではないらしい。ポン太を見るといつも不機嫌になっていたから。
「恩返しを、してくれて。一日だけですけど、女にしてくれたんです」
「・・・・・・先生女になりたかったの?」
「いえ・・・、カカシさんが前ああいう人がタイプだって言ってたから」
「え?」
本気で分かってないらしく首をかしげている。
それを見てると、どこかスッとした。
失恋したと思えるぐらい憎かった恋敵は、こんなにあっさりと忘れられるぐらい彼の心には居着いていなかった。
「覚えてないけど、髪型が先生に似てたじゃない?それぐらいしか思い当たらないけど」
その言葉に、かぁぁっと顔が熱くなるのが分かった。
それはまるで俺がタイプ、だというようなセリフだ。
「また、そういう冗談・・・」
そう言いかけてハッとする。
チラリと彼を見れば、ひどく真面目な顔をしている。
すぐに彼の言うことを冗談だと思ってしまうが、本当にそうだろうか。それはただの思い込みで、彼はいつだって真剣に言っているのかもしれない。
そう思うと、過去彼に言ってくれたことを思い出し、気恥ずかしくて堪らなくなる。
「なに百面相してるの?」
もぅオレを放っておかないでと膨れながら俺の頬を撫でた。
「いえ、・・・俺ずっとカカシさんが言うこと冗談だと思ってました」
「・・・あぁ、うん。まぁそれは何となく感じてたよ。オレの態度も軽かったから悪かったんだろうけど。・・・ほら、あんまり真剣に言って重いとか思われたら嫌だし」
「重いなんて・・・」
そんなこと、思ったことない。過去の言葉が本気だとしてもそんなこと思えない。
だって彼の本心だ。ずっと、ずっと欲しくて堪らなかった彼の本心だ。
彼の想いをどんな形でも否定したくない。
そう言うと、彼は驚いたように目を見開き、やがて嬉しそうに笑った。
「ありがと」
頬に触れていた手がゆっくりと肩に触れ、そして優しく抱きしめられた。
「好きだよ、イルカ先生。大好き。先生に言ったこと一つだって嘘じゃない。冗談でもない。これから先だって冗談なんか言わない」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「先生は?」
「え?」
「先生は、女の時に言ってくれたこと、冗談だった?」
「え?え?」
どのことだろう。告白だろうか。それは勿論冗談なんかじゃない。姿が違うと言うことで恥ずかしさがなかったので普段なら言えないことも言えた。
「あの・・・、俺も、冗談なんかじゃないです。ずっと想ってました」
「本当?嬉しいなぁ・・・」
本当に嬉しそうに笑った。彼の目はキラキラしていて、そして彼の目にうつる俺も嬉しそうにしている。どうしてこれを偽りだと思えただろう。こんなにもハッキリ示してくれていたのに。
嬉しくて俺もぎゅうぎゅう抱きしめた。するとカカシさんももっとぎゅうぎゅう抱きしめてくれた。
彼の胸から普段より早い鼓動が感じられ、それが心地よくてうっとりと目を閉じた。
あぁ、気持ちいい。
この居心地の良さを、俺は手に入れたのだ。これはオレのもの俺のものなのだ。
そう思うと言いようもない快感が湧き上がる。
幸せだなぁ。
好きな人が、自分を好きになってくれることはこんなにも幸せなんだ。
嬉しくてクスクス笑うと、カカシさんもうっとりと微笑んだ。
この顔を見れるのも俺だけなのかと思うとなんて贅沢で甘美なことなのだろう。
そういえば彼と最初に出会ったときからずっとこんな態度だ。いつも優しく見つめられて、触れる指は柔らかだけど情熱的で、常に大事にされてきた気がする。
最初からそうだったから、常にこの人はこういう態度なのだと思っていたのに。
女の時に見た、あの冷たい目。
口を挟む隙間もないほどの口調。
なにより自身に全く興味がないと空気で分かった。
あれを間近でされて、諦められない人などいないだろう。あれが、本来の彼なのだろう。
「カカシさんってあんな風に告白を断るんですね」
「ん?うん。本心だし」
「俺と会う時とは全然違って、ビックリしました」
「・・・当たり前デショ。オレ、先生の前以外ではあんな感じ。他人なんて興味ないし鬱陶しい。オレはね、先生。好きな人にだけしか優しくないよ。本当は冷たくて自己中で、・・・怖い人間だよ。先生のことも手段を選ばず色んなことしてきたし」
そう言って、少し悪い顔をした。怖く笑ったつもりだろうが、その言葉が心地よくてポーッとなる。
「せんせ、一応脅してるんだけど・・・」
「嬉しいです。俺にそこまで」
「いや、そんな可愛い顔で言われると・・・」
良心が痛むんですけど・・・。
どこか本気で参っている彼が愛おしくて堪らなかった。
「これからも、あんな風に断ってくれますか?」
「そりゃあ勿論」
「よかった」
ふわっと笑うと、顔を真っ赤に染めたカカシさんが肩に顔を埋めた。
そしてあーとかうーとか唸っている。どうしたのだろうと彼を見ると、ごりっと下半身を押し付けた。
ソコは、それだけでどのぐらい熱を帯びているのか分かるほど反り上がっていた。
ビクッと身体が震えた。
「せんせい・・・」
はぁっと熱い吐息を耳元で吐きながら名前を呼ばれた。
「ねぇ、せんせ。抱かれたいって言ってくれたのは嘘・・・?」
下半身を押し付けながら、手が服の中に入ってきた。弄るように体の上で動きながら、首筋や耳に舌が這う。
「ねぇ、せんせ。俺は先生に冗談や嘘なんか言わない。この先もずっと。それが先生を愛することへの誠意だと思ってる。オレはね、先生のことずっと好きだよ。気が狂うぐらいずっと。ねぇ、今日は本当に狂うかと思った。女が当然のようにこの部屋入っていって。ブッ殺そうと思ってた」
甘えた声で子どものように泣きながら縋るようなそんな声だった。
「先生でよかった。先生が好きなのがオレでよかった・・・」
「カカシさん・・・」
その声に、言葉に、胸がいっぱいになる。
切なくて温かくて、幸福だ。
俺の好きな人が、同じように好きでいてくれて。
「このまま先生をオレのものにしたい。ねぇ、せんせ良いでしょ?うんって言って。お願い」
哀願する彼を見て、キュンと胸が高鳴った。
俺は静かに首を振った。
「いやです」
「せんせ・・・?」
「俺も、カカシさんに嘘や冗談は言いません。あの時、確かに抱いて欲しいと思ってました。だけど、それで終わりにしようと思ったからです。最後の思い出を作るためのつもりでした」
だけど醜く歪んだ愛は、そんな欺瞞な愛ではなかったが。
どうやって次のチャンスにねじ込もうと、そんな醜いことを考えていた。
そんな酷く醜い願いだった。
そんな願いと、一緒にしてほしくない。
「そんな気持ちじゃないです。俺は、ただカカシさんが好きだから抱き合いたい。カカシさんの熱を、愛を体中に感じたい」
好きだから。
ただ、それだけだから。
言いたかった言葉は、彼の唇に触れ、混ざり、溶け合っていった。
*§*―――――*§*―――――*§*
「先生、イルカ先生」
またあの白い世界にポツンとポン太がいた。すぐにあぁ、またあの夢かと思った。
「ポン太・・・」
抱き寄せようと手を広げると、素直にやって来て腕の中に収まる。
「ありがとな」
そう言いいながら撫でると気持ちよさそうに目を細めた。
「先生があの人間と結ばれてよかったです」
「そ、そうかぁ?」
ポン太がいるとき、よくカカシさんも来ていたので、勿論ポン太も彼を知っている。ポン太の目からは俺たちはどのように見えていたんだろう。きっともどかしいとかおもわれていたのかも
「おかげでタヌキ鍋にならなくてすみました」
「・・・・・・え?」
タヌキ鍋?ナニソレウマイの?
「あの人間、ボクに特製の薬を塗りながら、『オレと先生が上手くいくようにしろ。さもないとタヌキ鍋にして喰うぞ』って散々脅してましたから」
怖い人間ですねーとどこか他人事のように言いながら頬擦りした。
まさか彼がそんなことを。いやただの冗談だろう。何だかんだ言ってポン太の世話を手伝ってくれていたのだから。
「まぁ、イルカ先生だけには優しいから、安心していますけど、・・・気をつけてくださいね?」
そんな怖い忠告をすると、またもや俺の頭に葉っぱを置き、ストンと腕の中から出た。
「これはあの人間への御礼です」
そして前足を掲げ、上下に揺らした。
「ポポポポーン!」
「それやらなきゃいけないのか?」
「いえ?ただ気に入ってるだけです」
なんだそれは。
喋ってみるとどこかとぼけたような感じだ。一緒に住んでた時には分からなかったポン太の一面を知り、なんとなく彼と似ていて思わずクスッと笑った。
「先生、さよなら。先生といれた時間とても楽しかったです」
「ありがとう。俺も楽しかったよ。いなくなって寂しいぐらいだ」
そう言うとポン太は小さく笑った気がした。
すると前よりも強い力に引っ張られるようにポン太と急速に離れていく。
もうお別れの時間らしい。
きっとこれが最後だろう。口にはしなかったがそんな気がした。
もっと一緒にいたかった。それはポン太のためにはならないから、絶対言わないけど。
(ポン太・・・)
口を動かしたが、それが音となり言葉になることは無かった。
「先生、イルカ先生」
ポン太が俺の名前を呼ぶ。
「幸せになって」
それは今朝と同じ、俺の祝福を祈る言葉だった。
(ありがとう、ポン太)
*§*―――――*§*―――――*§*
目を開けると見慣れた俺の家の天井だった。
ポロッと涙が零れて、何故だかとても切なかった。
「せんせ?」
声がして体を捻ると、鈍い痛みが全身を襲った。
「ーーーーっ!」
「あぁ、起きないで。大丈夫?」
ごめんね、無理させちゃったね。
そう言いながらどこか嬉しそうに微笑みながら額にキスしてくれた。
頬を撫でる彼の目はキラキラと輝いていて、美しく温かな気分にさせてくれる。
「カカシさん・・・」
「一つになれたね。嬉しかったなぁ・・・」
胸のあたりをぎゅうぎゅう抱きしめられた。
そうすると抱き合っていたときの熱を思い出し、気恥ずかしくて堪らなかった。
「あ!そうだ。夢でポン太に会いました」
「・・・・・・あぁ、そう」
ポン太の話題にまたもカカシさんのテンションが下がってしまった。やはり犬派のカカシさんに異種の話をするのは良くないのだろうか?
「タヌキは苦手でした?」
「いえ、昔戦地で喰ったときは美味いもんじゃないとは思いましたけど。・・・あのタヌキ何ヶ月も居座ってイルカ先生独占して悔しかっただけです」
「え?え?」
思いもしなかった告白に目を白黒させる。
「先生世話とかでオレとの時間が減るし、目の前でベタベタして、一緒に寝るとか・・・っ!オレがどんな思いしてたか、先生は想像できないデショ」
「そんな、タヌキ相手に・・・」
「オレは先生に近づく奴は老若男女異種関係なく嫌なんです」
ぐりぐりと頭を押し付けられる。いつもより甘えたで子どもっぽく、それが彼と更に深い関係になれたことの証明なようで嬉しくなる。
あー浮かれてるなぁ。どんな些細なことでも嬉しくてニヤけてしまう。そりゃそうか。恋人になれたんだもんなぁー。
「好きです」
そういうと、ふにゃっと笑った。女の時にはどんなに言っても、言葉を尽くしてもこんな顔はしなかった。他人に化けたことで初めて知った。
彼は俺の前でしかこんな風に笑わないのだ。
俺が特別で、好きだから。
そう思うと甘酸っぱい気持ちが駆け巡り、やっぱり俺浮かれてるなぁーなんて思った。
「ね、せんせ」
甘えたような声で、胸元に顔を押し付けたままこちらを見た。
「あの女物の服先生が用意したの?」
「あ、はい。流石に任務服じゃ色気ないですから」
「ふぅん。じゃあコレも?」
そう言って持ち上げたのは、てぇーばっくだった。
「!?」
「せんせ、こういうの好きなんだ?オレもね、結構好きだよ」
にこーっととても嬉しそうに笑った。だが、その笑みが怖かった。何となく言いたいことが分かり、頭が真っ白になった。
「カ、カカカカシさっ」
「ねぇ、せんせコレ履いてみよ?きっと可愛いよ。先生のおちんちん隠れるかなぁ。アナルも擦れて気持ちいいよ。履いたまま犯してアゲル」
「い、いいいやいやいや!さっきあんなにっ」
「んー?でもまだ時間あるし」
「俺明日は仕事で・・・っ」
「やだなぁ、朝には終わるよ」
いや朝まであと10時間以上あるんですけど。
じりじりと寄ってくる彼を交わすため、シーツを引っ張りながら飛び起きた。
途端、彼の目が大きく見開いた。
何だろうと思い、体を見たが何もない。勿論女にもなっていない。見慣れた俺の体だった。変なものがついているのかと顔を触っても違和感がなかった。
「カカシさん・・・?」
「・・・・・・・・・みみ」
みみ?
みみならここについてると思って触ると。
ーーあるべき場所になかった。
慌てて彼を押しのけて洗面台へ向かった。
そう言えばポン太はまた変な術をしなかったか?意図も何も言わなかったが。
『これはあの人間への御礼です』
あの人間とはカカシさんのことか?御礼?御礼で変化ってどういうことだ?まさか彼の好みに・・・?・・・・・・それって俺のことだよな?
混乱しながら鏡を見た。
そこには慣れ親しんだ俺の姿がうつっていた。顔に変化はない。
ホッとしつつ目線を上げると。
頭の上にちょこんとタヌキのような耳が生えてた。
「な、なんじゃこりゃー!?」
触ると確かに感覚があり俺の頭に生えてることがわかった。
これはあれか?ケモノ耳萌えってやつか?
「いや俺に生えても全然可愛くないし・・・」
似合わなさ過ぎる。寧ろ怖い。鏡を見ると寒気がする。萎える。
ひたすら自己嫌悪し、こんなのカカシさんに見せたくないなぁ(もう見てしまったけど)何とかならないのかと髪を持ち上げてみる。
ツインテールをすれは、なんとか隠れるが、それも同じぐらい痛い。
(・・・・・・帽子か)
あったかなぁと考えていると、いつの間にか鏡にカカシさんがうつっていた。
ボンヤリとしていて、どうも惚けている。
確かにこの姿の破壊力は凄いよな。俺だって嫌だし。いや、カカシさんなら。
彼がタヌキ耳が生えたら。
(・・・・・・可愛い)
小さな耳がぴくぴくと動くのを想像すると、キュンとした。
(いや、そんな事よりも・・・!)
「カ、カカシさん見ないでください!これは、ポン太が」
「・・・いい」
「え?」
「可愛い・・・」
ガシッと背後から羽交い締めされる。強い力でまるで動けず、そのまま洗面台に押し倒される。
「ナニコレ!?タヌキ耳ってこんな可愛いの?せんせ似合いすぎ!ねぇ、オレ狼になっていい?このまま後ろから食べちゃいたい」
「え?は?はぁあ!?」
混乱する俺を他所に、シーツを引っぺがし尻を揉み出した。
「やだっ、ちょっ、カカシさん!?」
俺の抵抗などものともせず、中に指を入れた。
「あぁ、まだ柔らかい・・・」
ぐちゅりぐちゅりと卑猥な音をさせて掻き回してくる。今日知った刺激に、抗える術など知らずそのまま快楽に流される。
「せんせのエッチな顔、鏡で丸見え」
「やっ、見ないでっ」
「やばいなぁ。オレ、これからタヌキ見たら先生想像しちゃうかも」
嬉しそうにそういいながら性急に自身の熱を押し入れた。
それから。
目に見えてカカシさんはタヌキに優しくなった。タヌキを食べることを禁じ、行き倒れタヌキは手厚く保護した。
それを見ているとポン太の目的はもしかしたらこれだったのではないかと思いつつ、タヌキを見るたびあの時の先生を思い出して興奮します、と言っていつも以上に激しく求めてくる愛しい恋人にキスした。
怒っているというよりも、どこか焦っているようだった。
俺の姿を見た途端、ギュッと眉を寄せた。
そして俺を押しのけて、靴も脱がず無言で中に入っていく。
「カカシさんっ、靴・・・」
追いかけるように中に入ると彼は部屋の前で立ちつくしていた。
視線の先には、・・・女物の服。
「ーーーっ!」
今更ながら、証拠のようなものだ。もうこれで言い逃れは出来ない。
あぁ、もう終わりだ。
きっと彼は軽蔑する。女の姿になって抱いて欲しいなどと気色の悪いことを言ったと。
もう友人にも戻れない。
一生蔑まれるのかと思うと冷たい絶望がじわりじわりと這い上がってくる。
膝から崩れ落ちそうになっているのを他所に、彼は寝室の扉を力任せに開けた。そのまま中に入り布団を引っぺがしたりタンスを開いたりしている。
あまりの行動に溢れ出ていた涙は引っ込み、ポカンとした。
それでも彼は寝室を漁るのを止めず、調べ尽くすと次はトイレや風呂場に向かった。そこでもひたすら物を漁った。
まさかと思うが、これが彼の仕返しなのか?
むしゃくしゃするのを部屋を荒らすことで解消しているのか。
そう考えると止めることも出来ずポカンと眺めている。やがて部屋中荒らし、調べるところがなくなると複雑そうな顔をして俺の方へ来た。
「女は?」
「・・・・・・・・・は?」
女?俺が化けていたあの女ではなくて?
「あの・・・?」
なんのことだろうと首を傾げると、ぎゅっと眉を寄せたカカシさんが足早に近づくと、肩を掴んだ。
指がくい込むほど強く握り締められ痛いのに。
それよりも悲痛な顔をしているカカシさんがいた。
「女、いるんデショ?あそこに服が置いてあるのに隠すのはやめてください。早く出して!」
言われている意味が分からなかった。
彼は益々表情が厳しくなり、怒っているのに今にも泣きそうだった。
どうしてそんな顔をするのか分からなかった。
「・・・先生は、知っているか知りませんが、その女さっきまでオレに告白してきたんですよ。好きだ、一度だけでいいからシてくれって。先生もそう言われたの?だからこの部屋入れたの?抱いたの?誰でもいいなら、美人で胸がでかかったら抱いてらえるなら、オレはいくらでもなるのに・・・っ!」
そこで初めて彼の言っている意味が分かった。
彼は完全に俺と俺が化けた美女が他人だと思っている。チャクラが違うから当然だ。
そして恐らく俺がこの部屋に帰ってきたところを見たか、それを見た人から聞いたか、部屋からチャクラを感じたか知らないがこの部屋に女がいると理解したのだろう。
先程まで抱いて欲しいと願っていた女だ。
何をするのか、明白だろう。
今の状況が、まさしく全てを裏付ける。女の服、上半身裸の俺。しかも声は擦れて、目は潤んでいる。ヤってる最中だとでも思ったのだろう。
そんな女、いやしないのに。
「ちがっ」
「隠さないでよ・・・っ!ねぇ、慰めただけ・・・?それとも惚れたの・・・?先生は遊びで抱けるような人じゃないよね?本気になった?あぁもう、こんなことならあの時帰さなきゃよかった・・・っ!先生とこ行くぐらいなら、オレがっ」
オレが?
抱けばよかったと、慰めればよかったとそう言いたいのか。
『オレね、好きな人いるの』
だから遊びはやめたのだとそう言ったじゃないか。それほど好きな人がいるから、俺は諦められたのに。失恋できたのに。
俺がその女を抱くのが、そんなに嫌か?自分のそのポリシーを曲げられるぐらい?
友人のような、俺のために?
それとも女が惜しくなったのか?人が抱いたと思ったら惜しくなって連れ戻しに来たのか。
なんだよ、それ。
なんだよ、それ・・・っ。
そんな簡単に曲げられるぐらいの想いだったのか。人が抱いてると思ったら簡単に惜しくなるのか。彼の心に居座った、正体も知らない恋敵はそんなあっさり放り出されるのか。
そんな想いなら。
そんな重くない想いなら。
あの時一度だけでいいから、抱いてくれれば、俺の想いを一度でいいから受けとめてくれれば良かったのに。
そう思ったら頭がかぁぁっとなり、思わず彼を押し返していた。
「っ、せんせ」
「カカシさんには、関係ないでしょう・・・っ!」
俺が誰を抱こうが。
何をしようが。
誰が好きだろうが。
彼には、何にも関係ない。
「俺が何しようが、誰といようが、カカシさんには関係ないでしょう!」
だって。
だって、アンタの中に、俺はいないじゃないか。
俺は、俺の心はこんなにもアンタでいっぱいなのに。
失恋したんだ。
初恋で、アンタで頭がパンクしそうなほど恋焦がれて、・・・そしてフラれたんだ。
アンタに、フラれたんだ。
どうしてそっとしておいてくれないのか。
どうしてまだ心を抉られなければならないのか。
もう俺は、これ以上なく傷ついているのに。
「なんで・・・」
呟いた弱々しい声は、俺ではなかった。
目を見開き、驚愕の表情で見つめていた。
「なんで、先生急に・・・っ。オレたち上手くやっていけてたデショ?あともう少しでゴールだって、そう思っていたのに」
ゴール?
ゴールはこれだろ。
これ以上のゴールはあるか?
告白して、フラれて、これが結末だろ。
なんでアンタが驚いているんだよ。
「好きな人が、いるんでしょう!?」
泣き声になりながらも叫んだ。
ああ、声に出したくなかったのに。
カカシさんの綺麗な思いを、きっと実るはずの恋を、俺が嫉妬にまみれた声で言うべきことじゃないのに。
案の定、その声は嗄れて、ヒステリックで、まるで呪いのようだった。
彼の幸せを呪う言葉だった。
酷いなぁ。
そんな言葉、言いたくなかったのに。
どうして言わせるんだ。
「それは・・・っ」
言い淀んだ彼に、眉を下げて困ったような顔をした彼に、あぁもうダメだと思った。
もうダメだ。
もう元に戻れない。
せっかくポン太が姿を偽らせて、フラれても元の生活に戻れるようにしてくれたのに。
もう元には戻れない。
俺が、耐えれない。
知らないふりなんてできない。
「俺は、そんなことも教えてもらえないぐらいの関係じゃないですか!それなのに、なんで・・・っ」
そんなに必死になっているんだよ。
ポロポロと流れる涙は、なんの意味があるというのか。
失恋か?
それとも失望か?
もう全て失ってしまうという喪失感か。
「オレはイルカ先生が好きです」
軽い口調で彼はそう言った。
そんな言葉幾度となく口にされて、聞き慣れている。
「好きです」
「一緒に暮らそう?」
「結婚しますか」
いつだって軽い口調で、まるで冗談のように言ってくる。
そんな冗談聞き飽きた。そうやって俺を一喜一憂させて楽しいか。
「っ、巫山戯ないでくださいっ!」
前まではそれでも、冗談でも言ってもらえて嬉しかった。その一瞬だけなら愛されている気になれた。
だけど今は違う。だって本来なら俺ではない、彼の好きな相手に言うべきものだ。俺あてではない言葉など例え偽物でもほしくなかった。
「巫山戯てない」
彼は近づき、腕をとった。
じんわりと握られたところが熱を帯びる。それが心地よく、不愉快だった。
「やめろっ!」
「巫山戯てない。ずっと、ずっと言ってきたデショ?オレが好きなのは先生だって。先生は信じてくれなかったけど、それでもいつか伝わるって思ってた」
振り払おうと腕を振るが、離れない。それどころかぎゅうぎゅうと握り締められた。
なんでそんなに必死になるのか分からなかった。とにかく彼から離れたくて、暴れた。もう自分が何をしているか分からないほどめちゃくちゃに暴れ、何度も彼に攻撃したのに、それでも腕は離れなかった。
「せんせ、好きです」
まだ言うか。
知らないくせに。
俺はフラれたんだ。誰でもない、アンタに。
ギッと睨みつけるように顔を上げる。
言ってやる。
俺はアンタにフラれたんだって。
あの女は俺だって。
そしたら、二度とそんな軽口言えなくなるはずだ。
「俺は・・・っ!」
そう意気込んで、彼の顔を見た。
彼は。
「オレの好きな人は、イルカ先生です」
彼は、彼の目は確かに俺をうつしていた。
美しい瞳は、悲痛な色をしていたが、確かに強い意志を放ちながら、俺をはっきりとうつしていた。
情熱を含みながら。
冗談だって?
本気じゃないだって?
どうしてそう思えただろう。
どうしてそう感じたのだろう。
この目を見ろよ。
この目を見て、嘘だって言えるのか。
俺は彼の冷たい目を知っている。
本気で何とも思ってないときの目を知っている。真っ暗闇のような何もうつさない目を。
こんな目じゃない。
この目は違う。
この目は意志をもった、特別な目だ。
本気じゃないなんて、そんなこと言えない。
「カカシさん・・・」
どうして嘘だって決めつけていたのだろうか。
彼はいつだって、こんなにも真摯に訴えていたのに。
「ごめんなさい・・・、ごめんなさっ」
自分が情けなくて堪らなかった。
自分が目をそらしていたのだ。彼からの好意を感じると、それが失うのが怖くて目をそらしていた。
本当はそれをずっと求めていたのに。
「・・・・・・謝らないで」
泣きじゃくる俺の肩を、そっと触れた。
そして慰めるように優しくて撫でてくれる。
その優しさが嬉しくてまた涙が出た。
そうだ、これが優しさだ。
甘えるような声も、熱を孕んだ目も、俺に対してだけの、特別な。
慈しむ、特別な人に向ける特別な優しさだ。
「ごめんなさいっ、俺っ、おれぇ・・・」
「謝らないで。お願い」
「だって・・・っ」
ずっと目を背けていたのだ。
俺が逃げなければ。
逃げなければ、きっと今頃ーー・・・。
「謝らないでよ。謝られてもオレは先生を諦められない。・・・ねぇ、そんなにあの女がよかったの?オレより?」
「・・・へ?」
なんのことだろう?
きょとんと見返すと彼は必死な形相で俺を見ていた。
「あんな誰でもいいような、そんな想いに負けないぐらい愛している。ずっとずっと先生のこと想ってた。ねぇ、せんせ。オレじゃダメ?オレは先生じゃないとダメだよ。誰でもいいならオレにしてよ。ねぇ、せんせ」
「・・・ぁ」
そうか。未だに彼は俺が女を抱いたと思っているのだ。
謝ったのは、そういう意味ではなかったのに。
「あ、の・・・」
恥ずかしくて俯いた。
「あの女は、俺です・・・」
「・・・・・・・・・は?」
戸惑った声に、益々恥ずかしくなる。
「でも、チャクラが・・・」
「その、ポン太が」
「ポン太?・・・あぁ、あのタヌキ」
突然声が低くなり、思わず笑ってしまう。彼はタヌキは好きではないらしい。ポン太を見るといつも不機嫌になっていたから。
「恩返しを、してくれて。一日だけですけど、女にしてくれたんです」
「・・・・・・先生女になりたかったの?」
「いえ・・・、カカシさんが前ああいう人がタイプだって言ってたから」
「え?」
本気で分かってないらしく首をかしげている。
それを見てると、どこかスッとした。
失恋したと思えるぐらい憎かった恋敵は、こんなにあっさりと忘れられるぐらい彼の心には居着いていなかった。
「覚えてないけど、髪型が先生に似てたじゃない?それぐらいしか思い当たらないけど」
その言葉に、かぁぁっと顔が熱くなるのが分かった。
それはまるで俺がタイプ、だというようなセリフだ。
「また、そういう冗談・・・」
そう言いかけてハッとする。
チラリと彼を見れば、ひどく真面目な顔をしている。
すぐに彼の言うことを冗談だと思ってしまうが、本当にそうだろうか。それはただの思い込みで、彼はいつだって真剣に言っているのかもしれない。
そう思うと、過去彼に言ってくれたことを思い出し、気恥ずかしくて堪らなくなる。
「なに百面相してるの?」
もぅオレを放っておかないでと膨れながら俺の頬を撫でた。
「いえ、・・・俺ずっとカカシさんが言うこと冗談だと思ってました」
「・・・あぁ、うん。まぁそれは何となく感じてたよ。オレの態度も軽かったから悪かったんだろうけど。・・・ほら、あんまり真剣に言って重いとか思われたら嫌だし」
「重いなんて・・・」
そんなこと、思ったことない。過去の言葉が本気だとしてもそんなこと思えない。
だって彼の本心だ。ずっと、ずっと欲しくて堪らなかった彼の本心だ。
彼の想いをどんな形でも否定したくない。
そう言うと、彼は驚いたように目を見開き、やがて嬉しそうに笑った。
「ありがと」
頬に触れていた手がゆっくりと肩に触れ、そして優しく抱きしめられた。
「好きだよ、イルカ先生。大好き。先生に言ったこと一つだって嘘じゃない。冗談でもない。これから先だって冗談なんか言わない」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「先生は?」
「え?」
「先生は、女の時に言ってくれたこと、冗談だった?」
「え?え?」
どのことだろう。告白だろうか。それは勿論冗談なんかじゃない。姿が違うと言うことで恥ずかしさがなかったので普段なら言えないことも言えた。
「あの・・・、俺も、冗談なんかじゃないです。ずっと想ってました」
「本当?嬉しいなぁ・・・」
本当に嬉しそうに笑った。彼の目はキラキラしていて、そして彼の目にうつる俺も嬉しそうにしている。どうしてこれを偽りだと思えただろう。こんなにもハッキリ示してくれていたのに。
嬉しくて俺もぎゅうぎゅう抱きしめた。するとカカシさんももっとぎゅうぎゅう抱きしめてくれた。
彼の胸から普段より早い鼓動が感じられ、それが心地よくてうっとりと目を閉じた。
あぁ、気持ちいい。
この居心地の良さを、俺は手に入れたのだ。これはオレのもの俺のものなのだ。
そう思うと言いようもない快感が湧き上がる。
幸せだなぁ。
好きな人が、自分を好きになってくれることはこんなにも幸せなんだ。
嬉しくてクスクス笑うと、カカシさんもうっとりと微笑んだ。
この顔を見れるのも俺だけなのかと思うとなんて贅沢で甘美なことなのだろう。
そういえば彼と最初に出会ったときからずっとこんな態度だ。いつも優しく見つめられて、触れる指は柔らかだけど情熱的で、常に大事にされてきた気がする。
最初からそうだったから、常にこの人はこういう態度なのだと思っていたのに。
女の時に見た、あの冷たい目。
口を挟む隙間もないほどの口調。
なにより自身に全く興味がないと空気で分かった。
あれを間近でされて、諦められない人などいないだろう。あれが、本来の彼なのだろう。
「カカシさんってあんな風に告白を断るんですね」
「ん?うん。本心だし」
「俺と会う時とは全然違って、ビックリしました」
「・・・当たり前デショ。オレ、先生の前以外ではあんな感じ。他人なんて興味ないし鬱陶しい。オレはね、先生。好きな人にだけしか優しくないよ。本当は冷たくて自己中で、・・・怖い人間だよ。先生のことも手段を選ばず色んなことしてきたし」
そう言って、少し悪い顔をした。怖く笑ったつもりだろうが、その言葉が心地よくてポーッとなる。
「せんせ、一応脅してるんだけど・・・」
「嬉しいです。俺にそこまで」
「いや、そんな可愛い顔で言われると・・・」
良心が痛むんですけど・・・。
どこか本気で参っている彼が愛おしくて堪らなかった。
「これからも、あんな風に断ってくれますか?」
「そりゃあ勿論」
「よかった」
ふわっと笑うと、顔を真っ赤に染めたカカシさんが肩に顔を埋めた。
そしてあーとかうーとか唸っている。どうしたのだろうと彼を見ると、ごりっと下半身を押し付けた。
ソコは、それだけでどのぐらい熱を帯びているのか分かるほど反り上がっていた。
ビクッと身体が震えた。
「せんせい・・・」
はぁっと熱い吐息を耳元で吐きながら名前を呼ばれた。
「ねぇ、せんせ。抱かれたいって言ってくれたのは嘘・・・?」
下半身を押し付けながら、手が服の中に入ってきた。弄るように体の上で動きながら、首筋や耳に舌が這う。
「ねぇ、せんせ。俺は先生に冗談や嘘なんか言わない。この先もずっと。それが先生を愛することへの誠意だと思ってる。オレはね、先生のことずっと好きだよ。気が狂うぐらいずっと。ねぇ、今日は本当に狂うかと思った。女が当然のようにこの部屋入っていって。ブッ殺そうと思ってた」
甘えた声で子どものように泣きながら縋るようなそんな声だった。
「先生でよかった。先生が好きなのがオレでよかった・・・」
「カカシさん・・・」
その声に、言葉に、胸がいっぱいになる。
切なくて温かくて、幸福だ。
俺の好きな人が、同じように好きでいてくれて。
「このまま先生をオレのものにしたい。ねぇ、せんせ良いでしょ?うんって言って。お願い」
哀願する彼を見て、キュンと胸が高鳴った。
俺は静かに首を振った。
「いやです」
「せんせ・・・?」
「俺も、カカシさんに嘘や冗談は言いません。あの時、確かに抱いて欲しいと思ってました。だけど、それで終わりにしようと思ったからです。最後の思い出を作るためのつもりでした」
だけど醜く歪んだ愛は、そんな欺瞞な愛ではなかったが。
どうやって次のチャンスにねじ込もうと、そんな醜いことを考えていた。
そんな酷く醜い願いだった。
そんな願いと、一緒にしてほしくない。
「そんな気持ちじゃないです。俺は、ただカカシさんが好きだから抱き合いたい。カカシさんの熱を、愛を体中に感じたい」
好きだから。
ただ、それだけだから。
言いたかった言葉は、彼の唇に触れ、混ざり、溶け合っていった。
*§*―――――*§*―――――*§*
「先生、イルカ先生」
またあの白い世界にポツンとポン太がいた。すぐにあぁ、またあの夢かと思った。
「ポン太・・・」
抱き寄せようと手を広げると、素直にやって来て腕の中に収まる。
「ありがとな」
そう言いいながら撫でると気持ちよさそうに目を細めた。
「先生があの人間と結ばれてよかったです」
「そ、そうかぁ?」
ポン太がいるとき、よくカカシさんも来ていたので、勿論ポン太も彼を知っている。ポン太の目からは俺たちはどのように見えていたんだろう。きっともどかしいとかおもわれていたのかも
「おかげでタヌキ鍋にならなくてすみました」
「・・・・・・え?」
タヌキ鍋?ナニソレウマイの?
「あの人間、ボクに特製の薬を塗りながら、『オレと先生が上手くいくようにしろ。さもないとタヌキ鍋にして喰うぞ』って散々脅してましたから」
怖い人間ですねーとどこか他人事のように言いながら頬擦りした。
まさか彼がそんなことを。いやただの冗談だろう。何だかんだ言ってポン太の世話を手伝ってくれていたのだから。
「まぁ、イルカ先生だけには優しいから、安心していますけど、・・・気をつけてくださいね?」
そんな怖い忠告をすると、またもや俺の頭に葉っぱを置き、ストンと腕の中から出た。
「これはあの人間への御礼です」
そして前足を掲げ、上下に揺らした。
「ポポポポーン!」
「それやらなきゃいけないのか?」
「いえ?ただ気に入ってるだけです」
なんだそれは。
喋ってみるとどこかとぼけたような感じだ。一緒に住んでた時には分からなかったポン太の一面を知り、なんとなく彼と似ていて思わずクスッと笑った。
「先生、さよなら。先生といれた時間とても楽しかったです」
「ありがとう。俺も楽しかったよ。いなくなって寂しいぐらいだ」
そう言うとポン太は小さく笑った気がした。
すると前よりも強い力に引っ張られるようにポン太と急速に離れていく。
もうお別れの時間らしい。
きっとこれが最後だろう。口にはしなかったがそんな気がした。
もっと一緒にいたかった。それはポン太のためにはならないから、絶対言わないけど。
(ポン太・・・)
口を動かしたが、それが音となり言葉になることは無かった。
「先生、イルカ先生」
ポン太が俺の名前を呼ぶ。
「幸せになって」
それは今朝と同じ、俺の祝福を祈る言葉だった。
(ありがとう、ポン太)
*§*―――――*§*―――――*§*
目を開けると見慣れた俺の家の天井だった。
ポロッと涙が零れて、何故だかとても切なかった。
「せんせ?」
声がして体を捻ると、鈍い痛みが全身を襲った。
「ーーーーっ!」
「あぁ、起きないで。大丈夫?」
ごめんね、無理させちゃったね。
そう言いながらどこか嬉しそうに微笑みながら額にキスしてくれた。
頬を撫でる彼の目はキラキラと輝いていて、美しく温かな気分にさせてくれる。
「カカシさん・・・」
「一つになれたね。嬉しかったなぁ・・・」
胸のあたりをぎゅうぎゅう抱きしめられた。
そうすると抱き合っていたときの熱を思い出し、気恥ずかしくて堪らなかった。
「あ!そうだ。夢でポン太に会いました」
「・・・・・・あぁ、そう」
ポン太の話題にまたもカカシさんのテンションが下がってしまった。やはり犬派のカカシさんに異種の話をするのは良くないのだろうか?
「タヌキは苦手でした?」
「いえ、昔戦地で喰ったときは美味いもんじゃないとは思いましたけど。・・・あのタヌキ何ヶ月も居座ってイルカ先生独占して悔しかっただけです」
「え?え?」
思いもしなかった告白に目を白黒させる。
「先生世話とかでオレとの時間が減るし、目の前でベタベタして、一緒に寝るとか・・・っ!オレがどんな思いしてたか、先生は想像できないデショ」
「そんな、タヌキ相手に・・・」
「オレは先生に近づく奴は老若男女異種関係なく嫌なんです」
ぐりぐりと頭を押し付けられる。いつもより甘えたで子どもっぽく、それが彼と更に深い関係になれたことの証明なようで嬉しくなる。
あー浮かれてるなぁ。どんな些細なことでも嬉しくてニヤけてしまう。そりゃそうか。恋人になれたんだもんなぁー。
「好きです」
そういうと、ふにゃっと笑った。女の時にはどんなに言っても、言葉を尽くしてもこんな顔はしなかった。他人に化けたことで初めて知った。
彼は俺の前でしかこんな風に笑わないのだ。
俺が特別で、好きだから。
そう思うと甘酸っぱい気持ちが駆け巡り、やっぱり俺浮かれてるなぁーなんて思った。
「ね、せんせ」
甘えたような声で、胸元に顔を押し付けたままこちらを見た。
「あの女物の服先生が用意したの?」
「あ、はい。流石に任務服じゃ色気ないですから」
「ふぅん。じゃあコレも?」
そう言って持ち上げたのは、てぇーばっくだった。
「!?」
「せんせ、こういうの好きなんだ?オレもね、結構好きだよ」
にこーっととても嬉しそうに笑った。だが、その笑みが怖かった。何となく言いたいことが分かり、頭が真っ白になった。
「カ、カカカカシさっ」
「ねぇ、せんせコレ履いてみよ?きっと可愛いよ。先生のおちんちん隠れるかなぁ。アナルも擦れて気持ちいいよ。履いたまま犯してアゲル」
「い、いいいやいやいや!さっきあんなにっ」
「んー?でもまだ時間あるし」
「俺明日は仕事で・・・っ」
「やだなぁ、朝には終わるよ」
いや朝まであと10時間以上あるんですけど。
じりじりと寄ってくる彼を交わすため、シーツを引っ張りながら飛び起きた。
途端、彼の目が大きく見開いた。
何だろうと思い、体を見たが何もない。勿論女にもなっていない。見慣れた俺の体だった。変なものがついているのかと顔を触っても違和感がなかった。
「カカシさん・・・?」
「・・・・・・・・・みみ」
みみ?
みみならここについてると思って触ると。
ーーあるべき場所になかった。
慌てて彼を押しのけて洗面台へ向かった。
そう言えばポン太はまた変な術をしなかったか?意図も何も言わなかったが。
『これはあの人間への御礼です』
あの人間とはカカシさんのことか?御礼?御礼で変化ってどういうことだ?まさか彼の好みに・・・?・・・・・・それって俺のことだよな?
混乱しながら鏡を見た。
そこには慣れ親しんだ俺の姿がうつっていた。顔に変化はない。
ホッとしつつ目線を上げると。
頭の上にちょこんとタヌキのような耳が生えてた。
「な、なんじゃこりゃー!?」
触ると確かに感覚があり俺の頭に生えてることがわかった。
これはあれか?ケモノ耳萌えってやつか?
「いや俺に生えても全然可愛くないし・・・」
似合わなさ過ぎる。寧ろ怖い。鏡を見ると寒気がする。萎える。
ひたすら自己嫌悪し、こんなのカカシさんに見せたくないなぁ(もう見てしまったけど)何とかならないのかと髪を持ち上げてみる。
ツインテールをすれは、なんとか隠れるが、それも同じぐらい痛い。
(・・・・・・帽子か)
あったかなぁと考えていると、いつの間にか鏡にカカシさんがうつっていた。
ボンヤリとしていて、どうも惚けている。
確かにこの姿の破壊力は凄いよな。俺だって嫌だし。いや、カカシさんなら。
彼がタヌキ耳が生えたら。
(・・・・・・可愛い)
小さな耳がぴくぴくと動くのを想像すると、キュンとした。
(いや、そんな事よりも・・・!)
「カ、カカシさん見ないでください!これは、ポン太が」
「・・・いい」
「え?」
「可愛い・・・」
ガシッと背後から羽交い締めされる。強い力でまるで動けず、そのまま洗面台に押し倒される。
「ナニコレ!?タヌキ耳ってこんな可愛いの?せんせ似合いすぎ!ねぇ、オレ狼になっていい?このまま後ろから食べちゃいたい」
「え?は?はぁあ!?」
混乱する俺を他所に、シーツを引っぺがし尻を揉み出した。
「やだっ、ちょっ、カカシさん!?」
俺の抵抗などものともせず、中に指を入れた。
「あぁ、まだ柔らかい・・・」
ぐちゅりぐちゅりと卑猥な音をさせて掻き回してくる。今日知った刺激に、抗える術など知らずそのまま快楽に流される。
「せんせのエッチな顔、鏡で丸見え」
「やっ、見ないでっ」
「やばいなぁ。オレ、これからタヌキ見たら先生想像しちゃうかも」
嬉しそうにそういいながら性急に自身の熱を押し入れた。
それから。
目に見えてカカシさんはタヌキに優しくなった。タヌキを食べることを禁じ、行き倒れタヌキは手厚く保護した。
それを見ているとポン太の目的はもしかしたらこれだったのではないかと思いつつ、タヌキを見るたびあの時の先生を思い出して興奮します、と言っていつも以上に激しく求めてくる愛しい恋人にキスした。
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