寒い。
寒い。

頭にはそれしか浮かばず、この情景と同じ真っ白だ。ただ一点、前に進む隊長だけを頼りに右も左も分からない世界を歩く。

寒さとは痛みであり恐怖でもある。
体の感覚をなくし、思考を奪う。
そしていつかは全ての機能を停止してしまう。
自然だけは、人ではとても太刀打ちできないと改めて感じる。
特に手の感覚は忍としては致命的である。恐らく今熊にあったら間違いなく殺られるだろう。まぁ熊も寒くて動けないと思うけど。
息を吸うと喉が凍りつきそうなので、極力我慢し、前へ進む。

大したことのない任務だった。
食糧等を届けるだけの通常ではCランクレベルだろう。ただ現在冬将軍が大暴れし、しかも冬将軍が一段と大暴れしている山の上にある村まで届けなければならなかった。この山は冬になるとそれまでの穏やかな雰囲気をぶち壊し、まるで人を喰い殺す鬼のようにそびえ立つ。そして毎年何十人の死者を出していた。村の者にしてはまさに自然の要塞なのだが、今年の冬将軍は破壊力があり過ぎた。備えていた食糧が凍りつき、半分もダメになったらしい。
そのため上忍である隊長と、新米中忍の俺に白羽の矢が当たった。ランクはBだった。
行きは良かった。冬将軍は昼寝をしているかのごとく穏やかな気候で、天候もよくスイスイと進んだ。村の中では動けない人に代わり料理を作ったり寒さに備えて家の強度を上げたりした。ようやく落ち着いた頃を見計らって村を出た。簡単な任務だった。人を殺したり騙したりもしない実に清々しい任務だった。忍ではなくお助けマンとしてやっていけたらいいのにとさえ思った。
だが村を出てから数時間後、天気は大荒れした。冬将軍がまるで「俺様に挨拶なしに帰るとはいい度胸だ」と言いたげに吹雪いた。寒くて寒くて死ぬかと思った。いや、今現在進行形なのだが。
「小屋が見える」
隊長が叫んだ。俺もそれに答えるように大きく返事をすると息を思いっ切り吸い込んでむせてしまった。ゴホゴホと咳き込んでいると隊長が近づき背中をさすってくれた。
「すみませっ」
「早く行こう」
隊長は慎重に、だが正確に歩いている。
白の世界で俺は何も見つけられなかった。
小屋の扉に手が届きそうになるまで近づくとようやく小屋の姿を確認できた。
二人でなだれ込むように入った。
中は確かに温かかった。
暖炉の様なものを見つけ、チャクラを練って火を起こした。
「ありがとう。温かいね」
隊長は濡れたマントを脱ぎ、火の前へ座った。俺も同じようにする。
「まさかこんな天気になるとはね」
「すみません、隊長・・・。俺が長居したばっかりに」
村での救助活動が思ったより難航し、予定していた日より伸びてしまったのは、俺が言い出したからだ。山の天気は変わりやすいから早く行動しないといけないのに、つい困っている人たちに手をかしていたら遅くなってしまった。
自分ひとりならいい。自業自得だ。ただ今回は隊長もいる。彼が何も言わないのをいい事に俺は彼の身まで危険に晒してしまった。
「・・・うみの中忍のせいじゃないよ。オレももっと色んなことをしてあげたかったしね」
「隊長・・・」
彼はニコリと笑い、励ましてくれた。なんて心強く優しい人なのだ。
彼は上忍で、二つ名のある高貴な、俺にとっては憧れで遠巻きにしか見れないような凄い人だ。それなのに、何故かこんな低ランクに当てられている。きっと受付の奴らが間違ったんだ。本来ならこんな地味なところにいるような人ではなく、戦地の第一線で活躍してもおかしくない人なのに。
それなのに、こんな任務でも文句を言わず、キビキビと働き、村でも黙々と人助けをしていた。俺へのフォローも忘れないし、こんな状況なのに、余裕な顔をして励ましてくれる。
なんて出来た人なのだろう。
こんな出来た人初めて見た。
こんな凄い人こんな所で惨めに死んではいけない。
俺はどうなってもいい。
この人だけは、何とかしてでも生きてもらわないといけないと強く、強く心に誓った。
「隊長!俺食べ物探します!」
「ン」
隊長を火の前に座らせ辺りを探すが、草1本落ちてなかった。さすがにこんな小屋では食糧など常備されていないのであろう。サバイバル知識があっても材料なしでは何も出来ない。
リュックを見ると兵糧丸が2個しかない。行きに殆ど食べなかった為余裕ぶって里の人に作り方の例として渡してしまったのを思い出す。あれさえあれば数日はもったのに。
「・・・隊長、これしか食糧ないです」
消えるような声でいうと、ジッと火を見つめていた隊長が小さく「そう・・・」と呟いた。
呆れている声だ。
この役立たすとでも罵倒されている気分だった。いや、隊長はそんな下衆な人ではないが。
「あ、あの・・・っ!これ隊長が食べてください!俺は大丈夫ですから!」
あるだけの食料を隊長に差し出した。とにかく隊長に生き残ってほしかった。
だが彼は差し出した俺の手をそっと握り、掌から一つだけ取るとニッコリと笑った。
「二つあるから一つずつね」
「いや、でも・・・」
「オレだけ食べるなんてできないよ」
そう言われて、ハッとした。
こんな優しい隊長が一人だけ兵糧丸を食べるなんて、そんなことできるはずない。なんてことを言ってしまったんだ。これでは彼に俺のことを見捨てろと言っているようなものじゃないか。優しい彼がそんなことするはずない。分かり切ったことを言わせてしまった。
「す、すみません・・・」
そういいながら兵糧丸をこっそりしまった。
隊長はきっと優しいから俺を見捨てられない。
それなら、俺は。
俺を切り捨てられるよう、そしてそうなった時には隊長だけでも生き延びてもらえるようしておかなければならない。
それが、今回の責任のとり方だ。
(天気がやめば・・・)
外に出れそうな天候になれば。
この兵糧丸を隊長に渡し、俺はここに残ろう。



「眠い?」
その声に意識が浮上する。
「あ、や、すみませっ」
どうやらうたた寝をしていたみたいだった。
なんたる失態!
「すみません、隊長。あ、あの、もう目が覚めました!隊長、先に仮眠をとってください。俺が火の番をします」
「ふふ、大丈夫だよ。ゴメンネ、起こしたね」
そういいながら隊長は笑った。
やけに顔が近いと思ったらいつの間にか隊長は俺の横に座り、俺は壁打ち際まで追いやられていた。
あれ?いつの間にこんな状況になったんだっけ?
「うみの中忍」
擦れるような声で名前を呼ばれた。
その声は固く、どこか緊張しているようだった。
「・・・・・・残酷なことを言うけど、オレたちはもうダメかもしれない」
その言葉に、息が詰まった。
隊長レベルの人が、言うのだ。
俺はこの天気さえ回復すれば大丈夫だと思っていたが、読みが甘かったらしい。
俺たちは、ここで、死ぬのだ。
その事実がじわじわと理解してくると、熱いものが込み上げて、吹き出ると思った瞬間涙が溢れだした。
情けなかった。
俺みたいな大したことのないやつが、浮かれて、張り切って、隊長みたいな凄い人を巻き込んで挙句に死なせるのだ。
自身の死は恐ろしくない。
きっとこんな任務だが慰霊碑に名前を刻んでもらえるだろう。
だけど、隊長は?
もっと華やかな戦場があったはずだ。手違いでこんな極寒の地に来させられ挙句に死ぬのか。
俺のせいで。
情けなかった。
自分の愚かさが憎かった。
何故もっと冷静に考えられなかったのだろうかと悔やんでも悔やみきれない。
俺はその場で屈み、土下座した。
「すみません!隊長!すべて、すべて俺のせいです。すみませんっ!」
「あ、や、・・・参ったなぁ」
ぽりぽりと頭をかいている。
「うみの中忍を責めているわけじゃないんだよ。オレがきちんと指揮を取らなかったから」
「いいえ!俺がアレコレと手を伸ばしたから」
「ウン。まぁ、あっちこっち愛想ふりまいていたのはムカついたけど」
「え?」
「いや、何でもない」
今ムカついたって言ったか。
やっぱり怒っていたのだ。なのに優しいから言えなかったんだ。全部俺のせいなんだ。
「隊長・・・」
「あー、泣かないで泣かないで」
ゴメンゴメンと涙を拭ってくれた。
「別に任務に関してはお互い最善を尽くしたよね。起こってしまったのは仕方ない。自然の前に人間は無力だからね。だから、誰のせいでもないよ」
そう言って優しく背をなでて慰めてくれた。
優しい手つきに徐々に落ち着きを取り戻す。
そうだ。今更何をしようと現状は変えられない。
グスンと鼻を啜りながら優しい手つきに身を任せた。
「うみの中忍は今いくつ?」
「16です」
「そっか。四つ下か」
可愛いね。
何だか不慣れな言葉にキョトンと見上げると、隊長はニコッと笑っていた。
「ねぇ、うみの中忍。恋人はいるの?」
「へ?」
突然何を言い出すのだろうかと見ると、隊長はいたって真面目な顔をしている。
「恋人、いる?」
「い、ませんが・・・」
それがこの状況となんの関係があるのだろうか。
だがそれを聞いた途端、ぱあぁぁと顔を輝かせた。
「いないんだ」
「はぁ」
なんでそんなに嬉しそうなのだろうか。予想が当たったからか。そんなに童貞臭漂っているのか、俺!?
「オレもね、いないんだ。いたことないんだ」
「えぇ!?」
嘘だ。ぜぇったい嘘だ!
だってこんなに美形なのに!若くて実力だってあるし、なによりこんなに優しいのに。
「戦地ばっかりいたからね。恋人作るような機会なかったんだ」
そうか。悲しげな表情にひどく納得した。実力があるからこそ激戦区に飛ばされ恋人を作るなんて現を抜かすことなく戦っていたのだ。
里でうかうかしている俺とは全然違う。俺なんか時間はあるのに恋人なんかいたことなかったのに。
そんな人を恋人を作る暇なく、こんな雪山で死ぬのかと思うとまた涙が溢れた。
「だいぢょう~」
「わっ!もうまたすぐ泣く」
「だっで、だっでぇ・・・」
もう申し訳なさと情けないのと悔しいので頭がぐちゃぐちゃだ。
「ね、本当に申し訳ないって思ってる?」
「あい」
「じゃあさ」
そういいながら屈み込み、覗くように顔を近づけられた。

「オレの、恋人になってくれる?」

その言葉は風のようにするりと脳を通過した。
ポカンとしている俺に苦笑すると、手を取りもう一度ゆっくりと繰り返した。

「死ぬまで、オレの恋人になってくれる?」

それは普段ならとても情熱的な告白だろう。
だけど、今、もうすぐ死ぬと分かっているこの状態で。


その言葉は本来よりも重く、そして切なく感じた。


「ママゴトだって思われてもいい。好きでなくてもいい。死ぬその一瞬まで、誰かを愛していたい、愛されたい、そう思ってくれていいから」
隊長は・・・?
隊長は、それで幸せなのだろうか。
出会って間もない、年下で中忍で同性で。
何の取得もなく見栄えも良くない、俺で。
違う。
俺でいいのではない。
俺しか、いないから。
ポロッとまた涙が溢れた。
他に誰もいないから。
死にいくこの世界に、もう俺以外誰もいないから。
だから仕方なく、選ばれたのだ。
隊長と出会ってからの日々が頭の中で駆け巡る。
出会った時、緊張でガチガチだった俺にニコリと笑い、肩をポンポンと叩いてくれた。
道中全然疲れなくて「隊長についていけてる」と有頂天だった。だけど段々気がついた。
隊長が違和感なく俺に歩幅を合わせていることを。あまりに自然すぎて気が付かなかったが、休憩時に歩く速度が違ったのだ。
そんなこと、されたことなかった。
隊長とは何よりも優先される存在で、絶対で、こちらに配慮されることなどなかった。そういうものかと思っていたのに。
これが、隊長の人間性なのだと思うと、ただひたすら感動した。
この人の役に立ちたいと本能で思った。
そんな凄いな隊長が、俺を愛してくれる。死にいく、その瞬間まで。


この世界に俺だけしかいないから。


「泣かないでよ」
困ったように眉を顰めた隊長が頭をかいた。
「泣くほど、嫌?」
そう言われて、慌てて首を振った。
嫌なのではない。
嫌なのではなく、ただ。
隊長の終着点が俺だということが、悲しく、苦しかった。
「ご、ごめんなさっ」
なんで。
なんでなんで。
頭の中でその言葉がグルグル回る。
「あ、ぃてが俺でっ、ごめんなさい・・・っ」
この人の生涯で唯一の愛する人が俺で申し訳なくて、悔しかった。
悔しいのが、悲しかった。
「そんな悲しいこと言わないで」
グズグズ泣く俺を優しく抱きしめてくれた。
隊長の人肌は心地よくて、懐かしかった。こんな風に抱きしめてもらえたのはいつだっただろうか。
(あぁ、そうか)
あの日。
両親が死んだ、あの日。
逃げろと叫んだ、あの時。
最後にギュッと、抱きしめてくれた。
あれからひたすら里のために生きてきた。いつか死んだ時両親に褒めてもらえるように。また抱きしめてもらえるように。
そうやって生きてきた。周りには沢山の人がいたけど余裕がなくていつも後回しにしていた。
あとでいい。
世の中にはこんなに人がいるのだから。
今じゃなくてもいい。
この人じゃなくてもいい。


世界にはたくさんの人がいるから。


「オレはうみの中忍がいい」
抱きしめる腕が一層強くなる。
隊長は蕩けるような声で言葉を紡ぐ。その声はたしかに真剣で、なんだか本当に恋しているみたいだった。
「最初で最後の恋人は、アンタがいい」
ポロポロと流れる涙は隊長を憂いた涙だろうか。
それとも隊長を独り占めできることへの歓喜だろうか。
わからないけど、何だかもういい気がした。
どうせここで死ぬんだし。
このまま流されてしまおう。
隊長の顔が近づいてきたが、その意図が分かっても俺は静かに目を閉じた。
チュッと唇が重なる。
啄むような軽いキスで、なんだか気恥ずかしくなって、えへへと笑うと、今度は深いキスをされた。れろっと侵入してきた舌は生々しくぞわりとしたが、まるで口の中で抱き合うように絡められると何とも言えない気分になった。
そのまま粗末な寝床に押し倒される。
「ねぇ、お願い。オレの恋人になって、ね?」
必死な表情がなんだか可笑しい。もう死ぬのだから好き勝手振舞っても誰にもバレやしないのに。そうしてまで愛されたいのか。誰でもいいから恋人ごっこしたいのか。
そう考えると嬉しいのか悲しいのか可笑しいのか哀れなのかよく分からなくなって。
ぐるぐる、ぐるぐる考えて。



最後にポツンと浮かんだのは。

隊長が死に逝くその瞬間まで、幸せであればいいな、と。

ただそれだけ思った。



「好きです」
貴方が好きです。これから死ぬまで好きになります。そうすることで隊長が幸せになるのなら、それでよかった。
そう決意して言うと、彼はくしゃりと顔を歪ませた。
それは今にも泣き出しそうな。

そして静かに笑った。

その瞬間、良かったなぁと心の底から思った。振り返れば大して何かできるわけでもなく昇進もなかった。誰かを守れたことも救ったこともない。だけど最後にはこうやって誰かを笑わせられることができた。
「嬉しい」
その言葉を裏づけるように頬に、額にキスした。
「名前呼んで。カカシって」
「カ、カシさん・・・?」
呼ぶと今度は無邪気に笑った。
「イルカ」
下の名前で呼ばれると、どうしてだろう。ひどくドキドキした。
ぎゅうぎゅうと胸を締め付け、苦しくてたまらない。
「名前呼んで。愛してるって言って」
「カカシさん」
ちゅっと頬にキスされた。
「もっと、呼んで。ずっと」
「カカシさん、好きです・・・好き・・・愛してる」
それはまるで呪文のように。
言えば言うほど本当になっていくような気がした。真実になれと願いながら何度も何度も言った。
そうすれば彼はとても嬉しそうに笑った。
するりと服の中に入ってきた手は滑らかで違和感なく、まるで体の一部のようだった。
撫でられ服を捲し上げられ、まるでそれが当たり前でだからこそ羞恥心なく気持ちイイと思えたのに、さすがに下半身に触れられた時は慌てた。
「あっ、あっ、あの、あのあの・・・っ!」
「んー?」
俺の股の間からとっても良い笑顔で首をかしげた。
「あのっ、・・・え?」
色々ついていけていない。
確かに、告白しあって恋人になった。その先だってあるのを知らないわけではない。
だけどここ、雪山で、もうすぐ死ぬかもしれないのに、悠長にそんなことしてていいのか?
万が一に備えて体力温存しておくべきじゃないのか?
それとも冥土の土産に脱童貞するべきなのか!?
「ぎゃっ!?」
ぐるぐると考えていると下着まで脱がされて、躊躇いもなく俺のソレを握っている。
「あー可愛いー・・・」
可愛い!?可愛いってどういう意味だろう。
必死で体を捩り逃れようとするのに、彼はがっちりと掴んで離そうとはしなかった。
「ねぇ、イルカ。フェラされたことある?」
「ふぇ!?」
フェラって、フェラって・・・!
正直色事は苦手だった。一度そういう店に連れていってもらった時、抱きつかれそうになって鼻血出して倒れてしまった。上忍師の先生は「想像力が豊かすぎるんだよ」と慰めてくれたが、それが何の役にたつだろうか。一度失敗すると中々次へいけず、ズルズルと十六になった。
いつか本当に好きになった人と自然な流れでできればいいと思っていたけど。
いきなりフェラ!しかも年上の上官で、同性に!
「あ、あのっあのあのっ」
「あ、もしかして全然したことないの?遊郭も?」
コクコクと必死に頭を動かすと、ニヤリと笑った、気がした。
「全部、一から仕込めるんだーね」
目がギラギラと光ったのだけは分かった。
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