風呂が好きだ。
かなり好きだ。
いや、こういうのはちゃんと言った方がいい。
風呂が好きだ。
大好きだ。
「フンフフンフンフン」
(機嫌がいい時にしか出ないやつだ)
色んな入り方があるが、俺は体を清めてから湯に入りたい。
順序は大事だ。ここを間違えると一日が台無しになる。たぶん。
まずは体を洗い、髪を洗う。
シャンプーにこだわりは無いが、体を洗うのはボディーソープなんて巫山戯たものではなく石鹸一択だ。
これだけは譲れない。
ここを譲ったら、多分色々終わる。
「フンフフンフンフン」
あと泡を作って手で洗うみたいな浮かれた洗い方があるが、あれは違う。
タオルで少し赤くなるぐらいゴシゴシ洗わないと気が済まない。
というかそれでこそ洗った気がする。
シャンプーは何でもいいが、ゴシゴシアワアワになるまでしっかり洗いたい。
「フンフフンフンフン」
そして綺麗に清めてから、少し熱めのお湯にゆっくり入る。
昔は勢いに任せて入っていたが、心の臓に悪いみたいなので止めた。
人は学ぶ生き物だ。たまに。
ジワジワ入るのもまた一興だ。
足先から、脛、膝、腿と、順番に熱を受け入れていく。
「フンフフンフンフン」
体まで全て入ると、マグマのように下から熱さが吹き上げてくる。
それを体に溜め込んで、一気に吐き出すように息を吐いた。
「はぁああぁー……いい湯だな、ハハハン」
やっぱり疲れた体には熱い湯が染み渡る。
風呂はいい。大好きだ。
「いい湯だな、ハハハン」
――その時だった。
「ドーモ」
家の風呂に浸かっていたら、いつの間にかとなりに顔見知りの上忍がいた。
状況を説明するとこの一文で終わってしまうのだが、言葉にしてみてもさっぱり意味がわからない。
一瞬この上忍様が俺の隙をついて窓から風呂に入り込んだのかと思ったが、なんだか俺の家の風呂がぼんやりと大きくなっているような気がした。
こんなに広いはずないような気がする。
奥の壁を触って確かめればいいかもしれないが、
――そのためには、上忍様の前を通る必要がある。
俺にタオルはない。
これは問題だ。
つまり丸見えで、見えないように手で隠すのもなんだか男らしくないような気がするからしたくない。
下手に動くと、何かが見えてしまう気がする。主に俺の何かが。
相手は全く動揺しておらず、まるで当然かのようにいるので、俺は肩までを三度見してから体を横に向けた。
ちなみにはたけ上忍は、腰ではなく鼻の下にタオルを巻いていた。
そこなんだ。
「あ、はたけ上忍・・・・・・、お疲れ様です」
「今帰ったトコ?」
「あーそうですね」
「帰ったら飯の前に風呂に入るタイプ?」
「そう、ですね・・・」
「ふーん」
なんてことの無い顔で隣にいるけど、これって変だよな。
変と思うのが正常な判断だよな?
とりあえず隣り合う気まずさから上がろうとしたら、腕を掴まれた。
どうやら触れるらしい。
つまり幻覚ではない。
「まぁお察しの通り、オレにかかった術なんだけど」
あっさりと原因がわかった。
「そうなんですか」
「特定の人物と一時的に繋がる術だったんだけど、色々障害があって何故か風呂で繋がってる」
「へー」
はたけ上忍も予想外だったのかどこか不服そうだった。
そりゃそうだよな。
ウンウンと頷いた。
なんで顔見知りの中忍と一緒に風呂に入らないといけないのか。
「距離を置けば解除されるから、風呂からあがるとおそらく消えるはず」
「へー、じゃあ上がりますか?」
「ハ?」
「え?」
至極真っ当なことを言ったつもりだったが、はたけ上忍は睨んできた。
「アンタ、情緒も人情もないの?よくもまぁ人の良さだけが取り柄みたいな顔してそんなこと言えるよね」
「えぇ!?普通自宅の風呂に他人が入ってたら嫌じゃないですか?」
「他人って。アカデミーの先生は昔仲良くなった人でもプライベートの時間でも階級を重んじて話さないといけないっていう冷たい人間になれって説くの?」
そう言われてウッと言葉に詰まった。
「イルカ」
低い声は風呂場に綺麗に響きわたる。
昔から変わらない声は響いて、反響して、ゆっくり鼓膜を揺らす。
懐かしい響きが、体に染み渡るようだった。
「カカシさん」
俺は観念したように昔のように呼んだ。
昔、何度か任務を一緒にさせてもらった。
大人数もあればスリーマンセルを組んだこともあった。
大勢の飲み会で隣合った時に下の名前で呼びあったり、プライベートの話をしたり。
そして三回だけ、二人きりで飲んだことがある。
三回目の飲みで、次は俺の家に来る約束をした。
カカシさんは唯一見える片目の目尻に皺を寄せて、とても嬉しそうな顔をして別れた。
そして、その約束の二日前に揉めて、それっきり。
それっきりだ。
居心地が悪くて意地でも横を向いて目線を合わせないようにしているのに、カカシさんはジッとこちらを見ている。
あれから数年経つが、全く会わなかったのに、まさか突然風呂場で二人っきりで会うとは思わなかった。風呂で二人きりなんて家族以外だと秘湯で猿と入ったぐらいだ。
はっきり言って気まずい。
そしてそれを察してほしい。
察してほしいのにカカシさんはお構い無しに距離を詰めてくる。
「ねぇ」
写輪眼が、赤く俺を写す。
「アンタ、本物?」
本物とはどういう意味だろう。
「海野イルカは俺ですけど」
そう言い返すが、何だか陳腐な言葉だ。
「ふぅん。じゃあオレとイルカしか知らないこと言ってみてよ。もしかしたら他人かもしれないし」
「えぇ?急に言われても・・・」
「あれでいいよ。ほら、二人で飲んだ時話してくれた猿の話」
「あぁ、秘湯で猿と風呂に入っていたら一匹の猿が急に泡吹いて倒れた話ですか。何かと思ったら俺が持ってきた石鹸食べてたってオチの」
「あれからいい匂いのする石鹸止めたんだっけ」
よく覚えてるなぁと思いながらハハハと笑った。
貰い物の桃の香りがする良い石鹸だったが、何となく使いずらくてあれから使わなくなったんだっけ。
「その石鹸の残りをカカシさんにあげたら、パックンたちに大不評だったんですよね」
「犬と猿だと好みも反対なんてね」
懐かしいな。
そんな話を二人だけで話していた。
まだ戦忍で、戦地を駆け巡っていた時だ。
若くて我武者羅だった。何をやっても人並みで、人より得意なことが少なくて、それでも自分の得意なことを模索していた。
カカシさんは顔を合わせた時から他国に名を馳せているような上忍で。
会えば会うだけ、知れば知るだけ、彼の強さと聡明さに憧れた。
両親のような立派な忍になりたかった。
カカシさんの横に並べるぐらいになりたかった。
だけど。
当時のことを思い出して、グッと黙った。
カカシさんはそんな俺を見てハァとため息をついた。
当時は若くて我武者羅だった。
両親のような立派な上忍になりたかった。
カカシさんの隣に並べるような、立派な忍になりたかった。
そんな時に、三代目から声をかけられた。
ナルトが。
ナルトが近いうちにアカデミーに入学してくる。
「オヌシ、ナルトの担任にならぬか」
ゴミだらけの部屋の中で、食べ物を探していた。
出会う人全てから迫害され、それでも前を向いて精一杯生きていた、ナルト。
お手伝いさんのスケジュールが合わなくて三日間だけお世話を頼まれた。
細くて小さくて幼いナルト。
料理を教え、片付けを教え、頼れる大人を教えて。
そうしたら、俺のこと、先生だって呼んでくれた。
「イルカ先生」
彼の環境を知っていれば、誰だって絶望する中で、寂しいなんか一度も言わなかった子どもが、笑顔でそう呼んでくれた時。
俺はこのままではいけないと、はっきり思ったんだ。
カカシさんとの約束の二日前、俺は意を決して言った。
「・・・教員になるために、勉強しようと思ってます。だから」
あんなに悩んだのに語尾はだんだん小さくなり、続きが出てこない。
カカシさんは黙ったまま、少しだけ視線を落とした。
「たまにでいいって言ってるでしょ」
「そういう問題じゃなくて・・・」
「じゃあ何」
言葉が詰まる。
「俺、不器用なんで」
「知ってる」
即答だった。
それが逆に逃げ場をなくす。
「二つのこと、同時に出来ないんです」
「オレはその“二つ”に入らないってこと?」
「・・・・・・そうじゃ、なくて」
「じゃあ何」
何だろう。
言葉が、出てこない。
喉の奥で何かが引っかかっているみたいに、息だけが漏れる。
「すみません」
その一言で、全部終わる。
「・・・・・・オレ、邪魔?」
まだなんにも始まってなかったのに。
これから始まるかもしれないと思っていたのに。
心を伝える前に、別れを伝えたこの光景は、なんて滑稽な。
カカシさんの言葉は、酷く弱々しくて。
彼の顔なんか見れなくて、俺はその場から逃げるよに走って、それっきりだ。
今ならわかる。俺はあの時ナルトを何とかするのは俺しかいないなんて青臭いこと思っていた。俺が全力で受け止めなければ、誰もあいつのことを味方になってやれないと。
でもきっと、やり方は他にもあった。
一人で抱え込まなくても、よかったのかもしれない。
「あれは意見の食い違いで、ナルトを思う気持ちは一緒でしょうが」
それは分かっている。
分かっているけど、色々事情があるじゃないか。
カカシさんの気持ちも、俺の事情も、どっちもよく分かるしどうにもならないから、どれか一つだけ、どうしても譲れないことを選んだだけだ。
「上忍になってオレと一緒に任務に行くって言ったくせに」
痛いことを言われて言葉に詰まる。
俺だってそうなればいいって思って、上忍の試験を受けれるように努力していた。
だけど。
「仕方ないじゃないですか!あのあとナルトの担任になるためには教員免許取らないと間に合わないから」
教員免許を取るのも大変だったが、そこから何年か副担任を経験しないと担任など持たせてもらえなかった。ナルトの入学が決まり、それに合わせようとすると、もう他の事は何も出来ないぐらい切羽詰まっていた。
俺はそんなに器用じゃないから。
ナルトの担任をするために、他のことを構っている余裕なんかなかった。
カカシさんのことを思ったけど、彼と言葉を尽くして和解する時間すら惜しんだんだ。
「アンタぐらいだよ、オレよりナルトを優先する人は」
その言葉は。
なんだか子どもっぽくて、思わず笑ってしまった。
カカシさんだって。
ナルトにそんな風に嫉妬するのはカカシさんだけだ。
「俺は、後悔してません」
あの時それが最優先だった。
そのせいでカカシさんとの縁が切れて、それはとても寂しかったけど仕方ないって思っていた。
何より立場が違いすぎるし、彼だって一時的なものだと思っていた。
いつかナルトに。
俺だって里の誉れと一緒に酒飲んだ事があるんだぞって自慢すればいいと思っていた。
俺の気持ちなんて、そんなものは。
「オレは後悔してるよ」
カカシさんはゆっくり顔に巻いているタオルを取った。
「忙しいの分かっているから、落ち着いたら声をかければって思ってたら、アンタ受付とか始めるし。どんどんどんどん忙しくなってオレの入る隙間なくしていって」
「え、え?」
「こんなことならさっさと声をかければよかった。さっさと和解して、そしたら」
そこまで言うと、押し黙った。
そんな風に、思ってくれていたなんて思わなかった。
彼の噂はよく聞こえてきた。
本当に手が届かない人になっていくのだと聞く度に酷く思っていたのに。
「カカシ、さん」
「この術はね、好きな人の幻術が見れるってモノ。但し両想いなら本物に会える」
ん?
「ねぇ、イルカ。アンタは本物だよね?」
アンタ、本物?
カカシさんの言葉が響く。
海野イルカは、俺だ。
本物なら。
本物なら。
幻術じゃないなら。
両想いなのか。
両想いってことは、つまり。
つまり。
「本物ならここからでたら会いに来てよ。告白の返事を頂戴」
「こく、はく・・・」
「オレはイルカが好きだよ。前からずっと、ずっと好きだよ」
ひぇぇ・・・と俺は何とも情けない声を上げて腰を抜かした。
カカシさんは顔を真っ赤にさせて立ち上がって上がろうとしてる。
この風呂から出たら。
出たら、カカシさんは消えてしまうのか。
俺を好きだと言ってくれたカカシさんが、消えてしまう。
俺は無意識にカカシさんの腕を握った。
色白な肌は腕の先まで真っ赤に染まっている。
握った触感は確かにあって、これが嘘では無いと思いたかった。
「カカシさんが偽物だったら?」
これが幻術で、そうじゃなくても妄想で。
カカシさんに会っても、俺のことなんか全然忘れているカカシさんだったら?
カカシさんは静かに首を振った。
「アンタを好きじゃないオレなんて、偽物だよ」
浴槽から出ると、スッと消えていった。
周りを見渡してもいつもの俺の風呂場だった。
俺はバシャッと顔にお湯をかけた。
とりあえず、体を洗おう。
綺麗にして、新しい服を着て、彼に会いに行こう。
幻術か現実か戸惑っている彼に、大声で告白の返事を叫ぼう。
俺だってずっとずっと大好きだって。
カカシさんを好きじゃない俺なんて偽物だって。
遅くなって、待たせてごめんって叫んでやろう。
勢いよく湯船を出た。
続きはお風呂の後で。
かなり好きだ。
いや、こういうのはちゃんと言った方がいい。
風呂が好きだ。
大好きだ。
「フンフフンフンフン」
(機嫌がいい時にしか出ないやつだ)
色んな入り方があるが、俺は体を清めてから湯に入りたい。
順序は大事だ。ここを間違えると一日が台無しになる。たぶん。
まずは体を洗い、髪を洗う。
シャンプーにこだわりは無いが、体を洗うのはボディーソープなんて巫山戯たものではなく石鹸一択だ。
これだけは譲れない。
ここを譲ったら、多分色々終わる。
「フンフフンフンフン」
あと泡を作って手で洗うみたいな浮かれた洗い方があるが、あれは違う。
タオルで少し赤くなるぐらいゴシゴシ洗わないと気が済まない。
というかそれでこそ洗った気がする。
シャンプーは何でもいいが、ゴシゴシアワアワになるまでしっかり洗いたい。
「フンフフンフンフン」
そして綺麗に清めてから、少し熱めのお湯にゆっくり入る。
昔は勢いに任せて入っていたが、心の臓に悪いみたいなので止めた。
人は学ぶ生き物だ。たまに。
ジワジワ入るのもまた一興だ。
足先から、脛、膝、腿と、順番に熱を受け入れていく。
「フンフフンフンフン」
体まで全て入ると、マグマのように下から熱さが吹き上げてくる。
それを体に溜め込んで、一気に吐き出すように息を吐いた。
「はぁああぁー……いい湯だな、ハハハン」
やっぱり疲れた体には熱い湯が染み渡る。
風呂はいい。大好きだ。
「いい湯だな、ハハハン」
――その時だった。
「ドーモ」
家の風呂に浸かっていたら、いつの間にかとなりに顔見知りの上忍がいた。
状況を説明するとこの一文で終わってしまうのだが、言葉にしてみてもさっぱり意味がわからない。
一瞬この上忍様が俺の隙をついて窓から風呂に入り込んだのかと思ったが、なんだか俺の家の風呂がぼんやりと大きくなっているような気がした。
こんなに広いはずないような気がする。
奥の壁を触って確かめればいいかもしれないが、
――そのためには、上忍様の前を通る必要がある。
俺にタオルはない。
これは問題だ。
つまり丸見えで、見えないように手で隠すのもなんだか男らしくないような気がするからしたくない。
下手に動くと、何かが見えてしまう気がする。主に俺の何かが。
相手は全く動揺しておらず、まるで当然かのようにいるので、俺は肩までを三度見してから体を横に向けた。
ちなみにはたけ上忍は、腰ではなく鼻の下にタオルを巻いていた。
そこなんだ。
「あ、はたけ上忍・・・・・・、お疲れ様です」
「今帰ったトコ?」
「あーそうですね」
「帰ったら飯の前に風呂に入るタイプ?」
「そう、ですね・・・」
「ふーん」
なんてことの無い顔で隣にいるけど、これって変だよな。
変と思うのが正常な判断だよな?
とりあえず隣り合う気まずさから上がろうとしたら、腕を掴まれた。
どうやら触れるらしい。
つまり幻覚ではない。
「まぁお察しの通り、オレにかかった術なんだけど」
あっさりと原因がわかった。
「そうなんですか」
「特定の人物と一時的に繋がる術だったんだけど、色々障害があって何故か風呂で繋がってる」
「へー」
はたけ上忍も予想外だったのかどこか不服そうだった。
そりゃそうだよな。
ウンウンと頷いた。
なんで顔見知りの中忍と一緒に風呂に入らないといけないのか。
「距離を置けば解除されるから、風呂からあがるとおそらく消えるはず」
「へー、じゃあ上がりますか?」
「ハ?」
「え?」
至極真っ当なことを言ったつもりだったが、はたけ上忍は睨んできた。
「アンタ、情緒も人情もないの?よくもまぁ人の良さだけが取り柄みたいな顔してそんなこと言えるよね」
「えぇ!?普通自宅の風呂に他人が入ってたら嫌じゃないですか?」
「他人って。アカデミーの先生は昔仲良くなった人でもプライベートの時間でも階級を重んじて話さないといけないっていう冷たい人間になれって説くの?」
そう言われてウッと言葉に詰まった。
「イルカ」
低い声は風呂場に綺麗に響きわたる。
昔から変わらない声は響いて、反響して、ゆっくり鼓膜を揺らす。
懐かしい響きが、体に染み渡るようだった。
「カカシさん」
俺は観念したように昔のように呼んだ。
昔、何度か任務を一緒にさせてもらった。
大人数もあればスリーマンセルを組んだこともあった。
大勢の飲み会で隣合った時に下の名前で呼びあったり、プライベートの話をしたり。
そして三回だけ、二人きりで飲んだことがある。
三回目の飲みで、次は俺の家に来る約束をした。
カカシさんは唯一見える片目の目尻に皺を寄せて、とても嬉しそうな顔をして別れた。
そして、その約束の二日前に揉めて、それっきり。
それっきりだ。
居心地が悪くて意地でも横を向いて目線を合わせないようにしているのに、カカシさんはジッとこちらを見ている。
あれから数年経つが、全く会わなかったのに、まさか突然風呂場で二人っきりで会うとは思わなかった。風呂で二人きりなんて家族以外だと秘湯で猿と入ったぐらいだ。
はっきり言って気まずい。
そしてそれを察してほしい。
察してほしいのにカカシさんはお構い無しに距離を詰めてくる。
「ねぇ」
写輪眼が、赤く俺を写す。
「アンタ、本物?」
本物とはどういう意味だろう。
「海野イルカは俺ですけど」
そう言い返すが、何だか陳腐な言葉だ。
「ふぅん。じゃあオレとイルカしか知らないこと言ってみてよ。もしかしたら他人かもしれないし」
「えぇ?急に言われても・・・」
「あれでいいよ。ほら、二人で飲んだ時話してくれた猿の話」
「あぁ、秘湯で猿と風呂に入っていたら一匹の猿が急に泡吹いて倒れた話ですか。何かと思ったら俺が持ってきた石鹸食べてたってオチの」
「あれからいい匂いのする石鹸止めたんだっけ」
よく覚えてるなぁと思いながらハハハと笑った。
貰い物の桃の香りがする良い石鹸だったが、何となく使いずらくてあれから使わなくなったんだっけ。
「その石鹸の残りをカカシさんにあげたら、パックンたちに大不評だったんですよね」
「犬と猿だと好みも反対なんてね」
懐かしいな。
そんな話を二人だけで話していた。
まだ戦忍で、戦地を駆け巡っていた時だ。
若くて我武者羅だった。何をやっても人並みで、人より得意なことが少なくて、それでも自分の得意なことを模索していた。
カカシさんは顔を合わせた時から他国に名を馳せているような上忍で。
会えば会うだけ、知れば知るだけ、彼の強さと聡明さに憧れた。
両親のような立派な忍になりたかった。
カカシさんの横に並べるぐらいになりたかった。
だけど。
当時のことを思い出して、グッと黙った。
カカシさんはそんな俺を見てハァとため息をついた。
当時は若くて我武者羅だった。
両親のような立派な上忍になりたかった。
カカシさんの隣に並べるような、立派な忍になりたかった。
そんな時に、三代目から声をかけられた。
ナルトが。
ナルトが近いうちにアカデミーに入学してくる。
「オヌシ、ナルトの担任にならぬか」
ゴミだらけの部屋の中で、食べ物を探していた。
出会う人全てから迫害され、それでも前を向いて精一杯生きていた、ナルト。
お手伝いさんのスケジュールが合わなくて三日間だけお世話を頼まれた。
細くて小さくて幼いナルト。
料理を教え、片付けを教え、頼れる大人を教えて。
そうしたら、俺のこと、先生だって呼んでくれた。
「イルカ先生」
彼の環境を知っていれば、誰だって絶望する中で、寂しいなんか一度も言わなかった子どもが、笑顔でそう呼んでくれた時。
俺はこのままではいけないと、はっきり思ったんだ。
カカシさんとの約束の二日前、俺は意を決して言った。
「・・・教員になるために、勉強しようと思ってます。だから」
あんなに悩んだのに語尾はだんだん小さくなり、続きが出てこない。
カカシさんは黙ったまま、少しだけ視線を落とした。
「たまにでいいって言ってるでしょ」
「そういう問題じゃなくて・・・」
「じゃあ何」
言葉が詰まる。
「俺、不器用なんで」
「知ってる」
即答だった。
それが逆に逃げ場をなくす。
「二つのこと、同時に出来ないんです」
「オレはその“二つ”に入らないってこと?」
「・・・・・・そうじゃ、なくて」
「じゃあ何」
何だろう。
言葉が、出てこない。
喉の奥で何かが引っかかっているみたいに、息だけが漏れる。
「すみません」
その一言で、全部終わる。
「・・・・・・オレ、邪魔?」
まだなんにも始まってなかったのに。
これから始まるかもしれないと思っていたのに。
心を伝える前に、別れを伝えたこの光景は、なんて滑稽な。
カカシさんの言葉は、酷く弱々しくて。
彼の顔なんか見れなくて、俺はその場から逃げるよに走って、それっきりだ。
今ならわかる。俺はあの時ナルトを何とかするのは俺しかいないなんて青臭いこと思っていた。俺が全力で受け止めなければ、誰もあいつのことを味方になってやれないと。
でもきっと、やり方は他にもあった。
一人で抱え込まなくても、よかったのかもしれない。
「あれは意見の食い違いで、ナルトを思う気持ちは一緒でしょうが」
それは分かっている。
分かっているけど、色々事情があるじゃないか。
カカシさんの気持ちも、俺の事情も、どっちもよく分かるしどうにもならないから、どれか一つだけ、どうしても譲れないことを選んだだけだ。
「上忍になってオレと一緒に任務に行くって言ったくせに」
痛いことを言われて言葉に詰まる。
俺だってそうなればいいって思って、上忍の試験を受けれるように努力していた。
だけど。
「仕方ないじゃないですか!あのあとナルトの担任になるためには教員免許取らないと間に合わないから」
教員免許を取るのも大変だったが、そこから何年か副担任を経験しないと担任など持たせてもらえなかった。ナルトの入学が決まり、それに合わせようとすると、もう他の事は何も出来ないぐらい切羽詰まっていた。
俺はそんなに器用じゃないから。
ナルトの担任をするために、他のことを構っている余裕なんかなかった。
カカシさんのことを思ったけど、彼と言葉を尽くして和解する時間すら惜しんだんだ。
「アンタぐらいだよ、オレよりナルトを優先する人は」
その言葉は。
なんだか子どもっぽくて、思わず笑ってしまった。
カカシさんだって。
ナルトにそんな風に嫉妬するのはカカシさんだけだ。
「俺は、後悔してません」
あの時それが最優先だった。
そのせいでカカシさんとの縁が切れて、それはとても寂しかったけど仕方ないって思っていた。
何より立場が違いすぎるし、彼だって一時的なものだと思っていた。
いつかナルトに。
俺だって里の誉れと一緒に酒飲んだ事があるんだぞって自慢すればいいと思っていた。
俺の気持ちなんて、そんなものは。
「オレは後悔してるよ」
カカシさんはゆっくり顔に巻いているタオルを取った。
「忙しいの分かっているから、落ち着いたら声をかければって思ってたら、アンタ受付とか始めるし。どんどんどんどん忙しくなってオレの入る隙間なくしていって」
「え、え?」
「こんなことならさっさと声をかければよかった。さっさと和解して、そしたら」
そこまで言うと、押し黙った。
そんな風に、思ってくれていたなんて思わなかった。
彼の噂はよく聞こえてきた。
本当に手が届かない人になっていくのだと聞く度に酷く思っていたのに。
「カカシ、さん」
「この術はね、好きな人の幻術が見れるってモノ。但し両想いなら本物に会える」
ん?
「ねぇ、イルカ。アンタは本物だよね?」
アンタ、本物?
カカシさんの言葉が響く。
海野イルカは、俺だ。
本物なら。
本物なら。
幻術じゃないなら。
両想いなのか。
両想いってことは、つまり。
つまり。
「本物ならここからでたら会いに来てよ。告白の返事を頂戴」
「こく、はく・・・」
「オレはイルカが好きだよ。前からずっと、ずっと好きだよ」
ひぇぇ・・・と俺は何とも情けない声を上げて腰を抜かした。
カカシさんは顔を真っ赤にさせて立ち上がって上がろうとしてる。
この風呂から出たら。
出たら、カカシさんは消えてしまうのか。
俺を好きだと言ってくれたカカシさんが、消えてしまう。
俺は無意識にカカシさんの腕を握った。
色白な肌は腕の先まで真っ赤に染まっている。
握った触感は確かにあって、これが嘘では無いと思いたかった。
「カカシさんが偽物だったら?」
これが幻術で、そうじゃなくても妄想で。
カカシさんに会っても、俺のことなんか全然忘れているカカシさんだったら?
カカシさんは静かに首を振った。
「アンタを好きじゃないオレなんて、偽物だよ」
浴槽から出ると、スッと消えていった。
周りを見渡してもいつもの俺の風呂場だった。
俺はバシャッと顔にお湯をかけた。
とりあえず、体を洗おう。
綺麗にして、新しい服を着て、彼に会いに行こう。
幻術か現実か戸惑っている彼に、大声で告白の返事を叫ぼう。
俺だってずっとずっと大好きだって。
カカシさんを好きじゃない俺なんて偽物だって。
遅くなって、待たせてごめんって叫んでやろう。
勢いよく湯船を出た。
続きはお風呂の後で。
スポンサードリンク