「イルカや、お前に特別任務があるんじゃが」
「特別任務?」
いつもの様にじっちゃん、もとい三代目の手伝いをしていると神妙な顔をして言った。
「また書類溜め込んだの?それとも和菓子の買い物?」
「いや、そうではない」
難しい顔をしながら唸った。
どうしたのだろうと手を止め向き合う。
「・・・・・・命を狙われている暗部がおってな。暗殺者をあぶり出すよう囮が必要なんじゃが、暗部の方が気難しい奴でそばに誰も寄せつけようとはせぬのじゃ。まぁあやつも中々暗殺者のしっぽが掴めずピリピリしとるのじゃが」
「へぇ」
「イルカ、お主なら気難しい奴の対応は慣れとるじゃろ」
「それってもしかして白都のばあちゃんのこと?それとも篝のじいちゃん?どっちもいい人なのにじっちゃんが毛嫌いしてるだけだろ」
そう言うと痛いところをついたのかムムムと唸った。
一度お使いで届け物をした際、じっちゃんには気難しい奴だからさっさと帰りなさいと言われたが、少し話してみるととても気さくな優しい人であれ以来何度か個人的に会っている。まぁ昔から人間関係に苦労したことはない。話せば皆分かってくれる、いい人だから。
「そ、それでの。本当はイルカのような可愛い奴に頼みたくはないんだが、他にあてがなくてな。引き受けてくれるか?勿論意地悪されたらすぐ辞めて良い」
「何言ってるだよ。そんなことなら大丈夫!俺、やるよ」
引き受けたのにやはりじっちゃんの顔は浮かなかった。そんなに気難しい奴なのか。ここに出入りする際何度か暗部に出会したことはあるが、皆無口でピリピリしていたが、礼儀正しく何よりとても強そうで憧れていた。
そんな人の役に立てるなら、是非とも頑張りたい。
「よいか、嫌だと思えばすぐ逃げるんだぞ!囮なので護衛などつけられんが、決して無理などしてはいかんぞ」
「大丈夫だって」
両親を亡くしてからしばらくじっちゃんの家で暮らしていたせいか、時々ひどく過保護になる。もう大人なのにこの待遇はなんだか恥ずかしい。
何度も何度も嫌ならすぐ辞めろ、大丈夫だってを繰り返すと納得したのかふぅと息をついた。
「それで?どうすればいいの?」
「うむ。イルカや」
キランとじっちゃんの目が光った。
「お主、女になってもらうぞ」
「・・・・・・は?」


◆◆◆


じっちゃんの話はこうだ。
暗殺者は対象者が一番気を抜いている時、つまり恋人といるときに狙いやすい。なので恋人役として何人かよりすぐりのくノ一を用意したのに、対象者がひとり残らず追い返したらしい。
そこで白羽の矢が立ったのが、俺だ。偽装の恋人なら無理に女ではなくてもいいと考えたらしい。
術で女体化し、彼が待つ待ち合わせ場所に行く。顔の好みはないと聞いたので変幻しやすい自分ベースの顔にしたが、もしかしたら地味すぎたかもしれない。胸はそこそこ大きくしたので歩く度揺れて動きづらい。しかも着慣れないワンピースとハイヒールでゆっくりとしか歩けず、待ち合わせ時間より少し遅れた。
だが、着いてみても人はいなかった。
遅れたので怒って帰ってしまったかなとドキドキしながらそれでも少しは待ってみようと思いベンチに座った。
それから十数分した頃、遠くから銀髪の男がのっそりと近づいてきた。
おそらく彼だろう。
前屈みになり顔は良く見えないが銀髪は珍しいので間違いない。こちらが遅れてないと分かりホッとしながら立ち上がった。
「はたけさんっ!」
近づくと面倒くさそうに頭をかいた。
「あのさ、上からの命令だろうけど、オレは自分の身ぐらい自分で」
そこで初めて目が合い、彼は固まった。
「・・・・・・アンタ」
「?」
「三代目の所に偶にいる人、だよね・・・?」
「はい!うみのイルカって言います」
「・・・・・・女だったんだ」
ボソボソと呟き少し顔を赤くしながら俯いた。
先ほどの勢いはどうしたのかというぐらい焦ったように身なりを整えたり、かと思ったら頭をかいたりと忙しない。
もしかしたら俺の身なりが悪いのを遠回しに伝えようとしているのかもしれない。
ざっと見渡すと、胸元が少しあきすぎかもしれない。
抑えるように直すとゴクッと音がした。
見ると彼がじっとこちらを見ていた。
「あの・・・」
「!」
声をかけるとハッとなり顔をそらした。
どうしたのだろう?
もしかして俺の術が変なのかな?
隣に並びたくないとか?
それは困る!せっかくじっちゃんから頼まれた任務なのだ。とりあえず頭を下げてお願いしないと。
「不束モノですがよろしくおねがいします!」
「ーーっ!!」
途端ガシッと両手を握られた。
「一生、大事にするからっ!!」
「?」
良く分からないがとりあえず曖昧に頷いておいた。
そんなことより早く任務に取り掛からなければいけない。この瞬間も狙われているのだから。
確か一番気を抜いている時、つまりデートの時が狙い目だったはずだ。早速デートしないと。
「じゃあ、デートしましょうか!」
そう言うと火が出るのかと思うぐらい真っ赤な顔をした。
「あ、え、デート・・・」
「はい!どこ行きますか?」
ニコニコ笑っているとキョロキョロと辺りを見渡した。
「・・・お腹、すいてない?」
「そう言えばすきました!」
「イイトコ知ってるから。こっち」
スタスタと歩き出したのでついて行こうとすると、ヒールが邪魔して躓いてしまった。
「わぁっ!?」
カツンッと嫌な音がして見ると片足のヒールが取れていた。
しまった!これ借り物なのに。すっごく高そうな靴だけど弁償かなぁ。
弁償のことを考えて呆然と眺めていると、彼が慌てて来た。
「大丈夫!?」
「あ、靴が・・・」
高そうな靴を抱えて半泣きで見上げると彼がたじろいだ。
「っ!」
「借り物なのに。どうしよう・・・」
「そんなこと」
壊れた靴を拾い上げ、俺も軽々と横抱きに抱えられた。
「靴ぐらい、いくらでも買ってあげる」
え?と思っているとそのまま大型百貨店に入り高級そうな店に入った。
「これと同じの。それから彼女に似合うヒールの低いの頂戴」
「畏まりました」
戸惑っている俺を尻目に新しいものを用意してくれ、ようやく歩きやすい靴を手に入れた。
「よくお似合いですわ」
ニコニコと店員はお世辞を言った。
無駄にピカピカ光っているこの靴は一体いくら
するのだろうか。安いサンダルで良かったのにと内心彼を呪う。
「あの、これおいくらですか?」
「まぁ。お代は彼氏さんに頂きましたわ」
え?本当に買ってくれたのか。
あとで請求されるのかなぁ。それとも経費で落ちるかなぁ、と悶々としていると店員はニコニコと笑った。
「とても素敵な彼氏さんですね」
「え?」
「貴方がデートに張り切って、人から慣れない靴を借りてくるなんていじらしい。そんなことしなくても可愛いんだから良いのにと惚気られてましたよ」
確かに借り物だという点はその通りだが、いじらしくはない。この服も靴もじっちゃんの好みなだけだけど。
そこでハッとなる。
これはアレか。人を騙すならまずは味方から。この店員が味方かは知らないが、恋人に見えるよう彼も努力しているのか。
それならば俺も頑張らないと。いつ、どこで暗殺者に見られているのか分からないのだから。
「そ、そうなの。自慢の彼氏なの、おほほほ」
ガッタンと大きな音がして振り返ると荷物を落とした彼が真っ赤な顔して立っていた。
「か、かかかか」
「?」
カラス?
「まぁ、お客様。如何ですか?綺麗な足にピッタリだと思うのですが」
「・・・うん」
「良かったですわね。彼氏さんも気に入ったみたいで」
「はぁ、有り難うございます」
でもこれ、今日以外使い道ないんだけど。
中古屋に売れるかなぁ。
「行こう」
「あ、はい」
歩きやすくなった靴のおかげで彼の隣で歩くことができた。
連れてこられたのは、じっちゃんが会合なので使っている老舗の店だった。
二十歳の祝いに一度だけ三代目に連れてきてもらったことがあるので、知っている。
ここ、すっごく高い店だ。
慣れた様子で入っていくのを後ろからついていく。
何でこんなとこ来なければならないのだろうか。今回の任務でもらえる報酬よりここの食事代の方が高いだろう。
け、経費で落ちるかな。
広い座敷に通され、対面式で座る。
「適当なのを」
「畏まりました」
来慣れているのか、スムーズに対応している。
今更だけどこの人金持ちなのか。暗部って破格の給料だって聞くしな。
本気で奢ってくれるのだろうかと思っているとボソボソと彼が喋り出した。
「三代目のところで見かける度、いいなって思ってたんだ」
「?はぁ・・・」
「いつか声をかけようと思っていたけど、まさかアンタの方から会いに来てくれるなんて」
会いに来たというより、任務なんだけど。
話が見えず困惑する。
「この任務受ける女はみんなオレの女になりたがるけど、まさかアンタまでなりたいと思ってくれてるとは」
「失礼します」
話の途中で料理が運ばれた。
綺麗に彩られた料理は流石だった。
一生にもう一度来れたらいいなぁとは思っていたが、まさかこんな形で来れるとは。
(あっ、この肉・・・)
前来た時食べてこの世のものとは思えないぐらい美味しかったやつだ。
冷めないうちに、と一口食べる。
(う、ま・・・っ!)
「しかも履きなれないヒール履いたりとか。オレそーゆーの気にしないから。そのままで十分可愛いし。まっ、そんなすれてないとこいいと思うよ」
隣にある見たことないコレは何だろう?貝?
(うわー。美味しい消しゴムみたいだ!)
「暗殺者に狙われてるって言っても雑魚みたいな奴だから心配しないで。オレ結構強いし。アンタのことも守ってあげるよ」
天麩羅、刺身、どれをとっても申し分なく美味い。
(あー、この任務受けてよかったぁ)
「オレ任務で里にいないこと多いけど、里にいる間は大切にするよ。勿論浮気なんてしないし、どこでも連れて行ってあげるし、何でも買ってあげる。何か欲しいものあったら言って」
ブツブツ呟いてる彼を見るとほとんど食べていない。もしかしてお腹いっぱいなのか。残すのかな?せめてあの肉だけでもくれないかな?
「あのー」
「!!何?」
「その肉いらないんですか?」
「・・・は?肉?」
「その肉美味しいですよ。いらないならください」
そう言うと少し固まった後、料理と俺を交互に見て、「あぁ」と呟いた。
「ほしいなら、あげるよ」
「やった!」
行儀が悪いが箸を持ったままそのまま彼に近づくと前かがみになって肉を掴み、食べた。
勢いよく食べたせいか、ソースがタラリと口から垂れた。
「!!胸・・・っ!」
胸?
よく見ると垂れたソースが胸元に伝っている。胸の大きくあいた服だが、もう少しでついてしまう。借り物なので汚してはまずい。ヤベッと思い指ですくい、舐めた。
「~~っ!!」
「取れました?ついてないですか?」
見てもらうため、胸元を彼にずいっと押し出す。
「△✕☆゛※⚪!!」
奇声を発して勢いよく部屋から出ていった。
ぽかんと見送る。

便所、我慢してたのかな?



数分後、何食わない顔して彼が戻ってきた。
だが、ジャケットの襟元に少し血がついていた。
「それ、どうされたんですか?ケガですか?」
指摘すると、真っ赤な顔してジャケットを脱いだ。
「何でもないっ!ケチャップ!」
そう言って冷めた料理をガツガツたべた。
そっか。ケチャップか。
服につけるなんて、思ったより子どもっぽい人だな。
だけど料理にケチャップをつかっているのあったっけ?
はて?と首を傾げた。



◆◆◆



デート2

領収書をもらわず、彼は支払ったのを見て本当に奢ってくれたのだと思った。
すごい、いい人だ!この人!
「あ、あの。ご馳走様です」
「ん?あぁ。このぐらい、別に」
何てことないように言った。慣れてる。流石だ。
「次、どこか行きたいところある?」
そう言われ、悩む。
そう言えば俺デートなんて初めてだ。
どうすればいいか全然分からない。というか初デートが野郎とか。しかも任務か・・・。それってどうなのだろう。
「どうしたの・・・?」
落ち込んでると心配そうに覗き込まれた。
「いえ、デートなんて初めてなので・・・」
ぼやかして言うと、彼はぱぁぁと嬉しそうに笑った。
「初めて・・・」
「あ、はい。だから、何していいか分からなくて」
「そうなんだ」
なんだろう。彼はとても嬉しそうだ。
バカにして。
そりゃ彼ならデートなど山のようにしているだろうが、こういうのは数じゃない、はずだ!
ちょっとムッとした。
「行きたいとことか、欲しい物ない?」
「欲しい物あります!」
ムカついたので自分の用事を済ましてやろう!丁度買い物に行きたいと思っていたところがあるし。
「何?買ってあげるよ?」
「えっ!?」
思わぬ申し出にギョッとする。
「い、いいですよ。お昼も奢ってもらったのに」
「いーから。あ、ほら。オレ今日遅刻しちゃったし。ね?」
「でも・・・」
「こういうの、彼氏の役目デショ?」
真っ赤な顔して嬉しそうに言った。
そう言われて、デートとはそういうものかと思う。忘れてはいけないが、今は任務中で、俺は偽装デート中なのだ。不審なことはできない。
(代金は、任務が終わってから渡せばいっか)
「じゃあ・・・」
今日行く予定だった木の葉デパートに向かう。
「ちょっと高いんですけど、前からずっと欲しくて」
「いーよ。オレ、彼氏だし」
エレベーターで該当の階に行く。すぐに貴金属エリアだった。
「何欲しいの?もしかして婚約指輪?」
「こっちです」
「一番高いの買っていいからね。付き合ってすぐ婚約なんて、アレだけど。オレはアンタとなら・・・」
ブツブツ言っている上機嫌な彼を連れて目的地に連れていく。
貴金属エリアを過ぎると、何故か彼が慌てだした。
「え?こっちって・・・」
「これです。これこれ!あーやっぱり高いなぁー、どーしよーかなぁー」
手にとったものをじぃっと見つめる。
必要ないといえば必要ないが、あればとっても助かるんだよなぁ。
「・・・・・・・・・高級垢すり」
「高いですよねー。普通の垢すりの五倍ですよ!五倍!でもこれ使ってる同僚がすっごく良いって言ってて」
ほしいなー、でも高いなぁーと悩んでいると、彼はプルプル震えた。ん?と思っていると高級垢すりを全て取った。
「こんなもの、全部買ってあげるよ!」
「そ、そんないいですよ!これ一つあれば三年は持ちますし」
「ーーっ、いいから!他に、他に欲しい物ないの!」
「え?あ、じゃぁ・・・」
せっかくなのでと前から眺めていた物を取る。
「これ、なんですけど・・・」
やはり高いなぁとやや諦めながら見る。
「・・・・・・霧の湯のもと」
「これ、三回分で今使ってるもとの1ヶ月分の値段なんですよねー。やっぱり高いなぁ」
「ーーっ!」
それもあるだけ、いや霧の湯のもとだけでなく森の湯のもとや火の湯のもとなどありとあらゆるもとをカゴに入れた。
「他にはっ!」
「えー?」
「もっと高いの!こんなちまちました物じゃなくて、もっとないの!こ、こんな物っ、こんな物・・・っ!」
「ないですよ。それ使って風呂入って垢すり使えたら幸せですし」
「ーーーーっ」
くらっと倒れそうになる彼を寸前のところで支える。
「・・・・・・アンタ、貧乏なんだな」
「?」
そうかな?
そんななくても平気なものを買うぐらいだから貧乏ってほどでもないけど。
「オレ、幸せにするから。毎日こんなの平気で使えるようにしてあげるから」
「・・・・・・はぁ」
まぁ買ってくれるなら幸せだけど。
本当に買ってくれるらしく、レジにトボトボ歩いて行った。


◆◆◆


本当に全部買ってくれたらしい。
大きな荷物を持ってくれ、隣を歩く彼をちらりと盗み見する。
よく見れば、彼はとても美しい顔をしている。里では珍しい銀髪とほりの深い容姿、スラリと伸びた手足。これで、暗部で力も強く、財力もある。加えて優しい。
凄い人だなぁと感心する。今は暗部だが、きっと普通の上忍になれば、他里にも轟く人になるだろう。
「何?」
不思議そうな顔で聞かれて慌てる。まさか男の顔に見惚れていたなんて言えない。
「あ、えっと・・・」
きょろきょろと辺りを見渡す。
一階で見慣れたアイスクリーム屋を見つけた。
「あ!あの、お礼じゃないですけど、あそこのアイス屋美味しいんですよ!買ってきますね」
イスに座らせ、ソフトクリームを二つ買った。
「どうぞ」
「・・・どーも」
隣に座り、夢中で食べる。
なんだかデートっぽいぞ。
アイスは冷たくて美味しい。最近急に暑くなったので、冷たい物が一層美味しく感じる。
ペロペロと舐めていると、ふと視線を感じた。隣を見ると彼がぼんやりとこちらを見ている。
「?溶けますよ?」
「え、・・・あぁ」
言われて彼も舐めだすが慣れていないのか上の方ばかりたどたどしく舐めている。下の方は溶けて垂れてきている。
「垂れてますよ」
垂れたアイスは彼の手を汚している。
「え?」
「ほらここ。勿体ない」
思わず垂れたアイスを彼の手ごと舐めた。
「ーーーーっ!!」
「うまっ」
やっぱりここのソフトクリームは美味い。普通のアイス三本分だけど、これなら納得だ。
真っ赤になって固まる彼を見て、しまったと痛感した。
つい食欲が勝ってしまい、人のものを許可なく食べてしまう癖があった。みんな真っ赤な顔して怒るので、意地汚いから気をつけているのだがついやってしまった。
こんな美味いアイス食べられたら怒るよな。
「ご、ごめんなさい」
「あ、や、あ、え?」
「あ、ほら。早く食べないと更に溶けますよ」
そう言うと彼は慌てて食べだした。
夢中で食べてる様子を見ると気に入ってくれたらしい。ホッとしながら、自分のを食べた。
ーーー瞬間、殺気を感じた。
「危ないっ!!!」
彼を椅子に押し倒し庇うように上から覆いかぶさった。
一瞬だが殺気を感じた。おそらく彼を狙う暗殺者だろう。
「誰かっ!」
見ると顔見知りの上忍がいた。目が合うと理解したのか一瞬にして消えた。
攻撃はこない。
ホッとしながら、庇っている彼を見た。
とっさに庇ったせいで胸元にぎゅうぎゅう彼の頭を押し付けていた。
しまった、息苦しかった。
「大丈夫ですかっ!」
顔を間近に近づけた、途端。


ブーッと血が溢れた。


「まさか敵の術に!?だ、大丈夫ですか?誰か、誰かーっ!!」




◆◆◆


数日後、三代目に呼び出された。
「イルカや、ご苦労じゃった」
三代目は見るからに気まずそうだ。
「じっちゃん。それよりもあの人大丈夫だった?いきなり血が吹き出て、なんかの術くらったの?」
「あれは鼻血・・・、いや何でもない。あやつなら無駄に元気じゃ。術もくらってはおらぬ。心配ない」
「そう・・・」
良く分からないが三代目がそう言うなら大丈夫なのだろう。
ほっと息を吐く。
あれからたくさんの人がきて、もみくちゃになっているといつの間にか彼はおらず任務は終わった。優しい人だったからとても心配していたが、無事なら本当によかった。
「の、のう、イルカや」
三代目が複雑な表情をしながらチラチラとこちらを見た。
「お主、あやつと、つ、つ、付き合って・・・」
ツキアッテ?
つきあって?
付き合って?
・・・・・・・・・・?
あぁ!
買い物のことか!
「はい!俺の買い物に付き合ってもらいました!」
「か、買い物・・・、・・・・・・そうか」
なぜかホッとされ、急に笑顔になった。
何だろう?聞いてみても曖昧に微笑まれただけだった。
「良いのじゃ。イルカや、ご苦労じゃった。お主のお陰で暗殺者も無事捕まえられたぞ」
「お力になれて良かったです!」
報酬を貰い、退室した。報酬は思ったよりも多く、心が弾んだ。
これでしばらく素うどんから解放される。

「イルカ」

名前を呼ばれ、振り返ると彼が立っていた。
「はたけさん」
彼は怪我した様子はなく普通に立っていた。三代目の言う通り無事らしい。
良かった。
思わず微笑んだ。
するとうっと一瞬たじろぎ、顔を赤くした。そのまま俺に近づき、腕をとった。
「・・・・・・・・・この前は、ちょっと、色々あってバタバタしたけど、ようやく邪魔者も消えたし会いに来れたから」
そういいながら抱き寄せた。
「オレたち、正式に付き合おう」
ギュッと、力強く抱きしめられる。
その強さに、彼の本気が分かった。
ツキアオウ?
つきあおう?
付き合おう?
・・・・・・・・・・?
あぁ!
買い物か!
「買い物じゃないから」
キッパリと先に言われてしまった。声に出してないはずなのに。
あれ?もしかしてさっき三代目と話していたの聞いていた?
「恋人として、いや、結婚前提に付き合おう。オレたち」
恋人?
結婚?
その言葉がぐるぐると頭の中で回り、それが巷であふれかえっている愛の告白だと理解した。
この人、もしかして俺に惚れてるのか!?
そう言えば、この人と先日デートした時、俺は女だった。
その時のベースが俺で出来上がったのは胸はでかいが地味目の女だったが、まぁ人の好みはそれぞれだ。だが、相手が女なら惚れる男がいてもおかしくない。
(この人、こんなに美形なのに、あんな地味目がタイプなのか・・・)
俺ならもっと可愛い感じがいい。
(じゃなくて)
残念ながら俺は男だ。彼とは結婚できない。
「えっと、ごめんなさい・・・」
「なんで!?」
断られるとは思っていなかったのか、驚愕した表情で詰め寄った。普通なら自意識過剰だなと思うが、彼だとそうは思えない。
こんなカッコ良くて強くて優しい人なら、どんな女でも頷くだろう。
だが何度も言うが、俺は男だ。
「何が不満なの!?権力も財力も容姿も大抵のヤツなら負けないし、大事にする。浮気なんてしないし変な性癖もない。そりゃ、任務で長期間いないことも多いかもしれないけど・・・、それが不満なら暗部抜ける。イルカのためなら何でもする」
「いや、あの・・・」

「イルカのこと、幸せにしてあげたい」

そう言って切なそうな目でこちらを見た。
こんな強烈な告白がこの世にあるだろうか。
強い想いに胸が高鳴る。
高々一日一緒にいただけなのに。
それなのに、こんなにも想ってくれる。
頷いてあげたい。
彼に不満などないと言ってあげたい。
そんな切なそうな顔を喜ばせてあげたい。
俺も彼を幸せにしてあげたい。
(ごめんなさい・・・)
彼は何一つ落ち度などないのに。
俺が肯けないのは、俺が女ではないから。
俺は男だから。
「あのっ」
言ってあげないと。
貴方のこと嫌いだから断るのではなく、俺が男だからだと。
そのためには男だと証明しないと。
(えっと、どうすればいい!?)
男、男の証明・・・。
(男の象徴を出すわけにはいかないから・・・)
そうだ!と思い付きベストを脱いだ。
「えっ!?」
「あの、はたけさん」
「いやっ、ちょっと待って!いくらなんでもここでは」
「実はですね」
「あ、あそこに空き部屋があるから、そこならじっくり」
真っ赤な顔して引っ張る彼の腕をそっと触った。
「ーーーっ、イルカ」
そのまま服を捲り上げ、胸元を見せる。
「俺、男なんです」
ほらっと彼の手を胸に押し付けた、途端。


ブーッと血が溢れた。


「まさかまだ敵の術に!?だ、大丈夫ですか?誰か、誰かーっ!!」



後日、何だかんだで彼と飲み友達になった。
彼は敵の術にかかってはいないと言っていたが、何故か時々血を吹き出している。
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