昔、恩師が言っていた。
「カカシくん、何か欲しいものあるかい」
突然何を言い出すんだろうと思った。先生はとても強く優しかったが、どこか抜けていた。
「何もありませんけど、・・・なんでですか?」
そういうと困ったように笑った。
「カカシくん、今日誕生日でしょう?」
そう言われてああそんなものあったなぁと思い出した。そんなこと、本当にどうでもいい。ただ去年から365日過ぎただけだ。
そう言わなかったが、分かったのか先生はまた困ったように笑った。
「カカシくん、誕生日はね、特別な日なんだよ。欲しいものは欲しいって言っていい日なの」
「そんなものありません」
欲しいものは力だけだ。それは他人からもらえるものではない。ならば何もいらない。
「カカシくんは無欲だねぇ」
そういいながら頭をなでてきたから、鬱陶しくなって手を叩いた。
「話はそれだけですか?そんなに何かしてくれるなら修行に付き合ってください」
「はいはい。でもね、カカシくん、覚えておいて。誕生日は特別な日なの。もし、将来なにか欲しいものがあったら、手を伸ばしてみて。その日だけは、ほしいって言ってみて」

当時はそんなこと未来永劫ないと思っていた。


だが、あれから十数年にオレも欲しいものができた。
ねぇ、先生。
誕生日なら手を伸ばしてみてもいいんですよね?



*§*―――――*§*―――――*§*



一目で、気に入った。
だからこの日まで大事に大事にしてきたんだ。

家におしかけ、その場で押し倒したら、抵抗された。
黙らせるには暴力か、脅迫か。
少し悩んで脅迫してみた。
「命令」
それだけで、彼の大きな瞳は揺れた。
その変化にニヤリと笑う。
「嫌です、やめろ・・・」
それでも拒否する彼にチッと舌打ちをした。
「女じゃあるまいし、なに泣いてんの?」
侮蔑するような言葉。男相手に抱こうとするオレはなんなのかと思わなくはないが。
それでも、気に入ったんだ。
ならばオレのモノにしておかないと。
服に手をかけるとさらに暴れた。仕方ないので手足を縛り、服を破いた。日焼けしていない、白い肌が見えて思わずゾクッとした。
中々、唆る体じゃない。
ぺろりと舐めると少ししょっぱかった。汗の味。まだ風呂に入ってないのだろう。普通汚いと思うのに、彼の匂いが強くて、更に欲情した。
平べったい胸に唇を落とす。
ちゅっと吸ってやると大袈裟なほどビクッとなった。
「やめろ・・・っ」
反応しているくせに、まだ反発する。
反対の胸も弄ってやると、身悶えだした。
「ハハッ、アンタ相当淫乱だぁね」
「ちがう、ちがっ!」
「ウソツキ。こうされると良いんでしょ?」
ギュッ、ギュッと抓ったり、引っ張ったりすると赤くまるで果実のように熟れる。その様子にゾクゾクした。
これは、オレのだ。
オレのモノになるのだ。
「下はどうなってるかなぁ」
鼻歌でも歌いたい気分だ。楽しくて仕方ない。この体にオレを刻みつけられる。オレの好きなように。
ズボンも下着も剥ぎ取ってやると、緩く勃ち上がっていた。それを見てククッと笑う。
所詮、人間は快楽に弱い。誰に触られていても、イイところを触ってやれば気持ち良くなれるのだ。
この男も、同じ。
快楽の前ではひれ伏し、オレを受け入れている。
気持ちは最高潮に興奮していた。
「見る、な」
「勃ってるじゃない。本当淫乱なんだから」
触ると、一層激しく抵抗した。まぁ男の急所だしな。だが鬱陶しいのでギュッと掴んだ。下からうめき声が聞こえる。
「面倒だから暴れないで。じゃないと痛い目にあうよ?」
「・・・・・・っ」
軽く殺気を放つと、彼の体はブルブル震え、歯をガチガチと鳴らしながら涙目でこちらを睨んだ。
その根性、なかなかだぁね。
嫌いじゃないよ。
掴んでいた彼のモノをユルユルと上下に動かすと硬さが増した。同じ作りをしているのだ。大体気持ちいいことは知っている。気持ちがいいことだけをしてやると小さくだがハッキリと甘い吐息が漏れた。
「やっ・・・、もぅ、やぁ・・・っ」
「嫌?ふーん、そぉ」
完全に勃ち上がったそれを確認すると、手を離した。彼は目を見開き、驚いた顔でこちらを見た。
「嫌ならもうしないよ」
そういうとあからさまにホッとした顔をした。その顔にニヤッと笑う。
「後ろ、使わせてもらうから」
「うし、ろ・・・?」
わけがわからないという顔をした。どうやら知識すらないらしい。お綺麗なことで。だが、他人の手垢が付いていないということが分かり、何だか更にゾクゾクした。
オレ色に染め上げてやる。
女なんかじゃ満足できない体にしてやる。
躊躇わずソコに口を近づけた。
「ーーーっ!!やめろっ!」
彼は抵抗したがオレは手で彼の足を掴み思いっきり開かせた。
「ハハッ、丸見え」
そう言うととうとう彼は震え、泣き出した。
「勘弁してください・・・っ、お願いします・・・」
泣いて縋る姿にグチャグチャにしたい衝動に駆られる。
馬鹿だねぇ、そんな姿見せられたら。
更に泣かせたくなるに決まってるだろ?
口で舐めたり、指を突っ込んだりする。彼はその度に泣き喚いた。それが更に興奮させ、もっと恥ずかしいことを、よがることをしたくなる。
「もうやめて・・・っ、お願いしま・・・」
真っ赤にさせた目でこちらを見る。彼の黒い瞳は闇に染まり、そこには絶望しかなかった。
昼間見たあのお日様のような彼はどこにもいない。

オレと同じ闇に染まった。

ククッと口で笑う。
「馬鹿だねぇ・・・」
手を止め、彼をのぞき込んだ。
グイッと顎をつかみオレを見るようにする。
「ねぇ、オレのモノになるって言うなら、優しくするよ?」
ほら堕ちてこい。
誰でもない、自分の意志で。
オレと共にありたいと誓え。
そうすれば。
そうすれば、オレはお前のことをーー・・・

彼はギュッと眉をひそめ、口をへの字に曲げた。
「お前なんか、嫌いだ・・・っ!」

その瞳に、言葉に。
どうしようもない苛立ちを覚えた。
血が沸騰するかのように全身燃えるように熱くなり、それでいて頭は冷水を浴びせられたかのように冷たくなった。

衝動に任せて、彼を殴った。

縛られたまま彼は吹っ飛び、蛆虫のように仰け反り回った。
衝動は収まらず、足で何度も蹴った。
彼は咳込み、血を吐いた。その姿に少しだけ冷静になる。
これから調教すればいい。
これから。
これから。
萎えたソレを強引に刺激を与え勃たせる。後ろも弄り、用意したローションをベタベタと塗りたくった。
もう何も聞きたくない。
彼の口に手近にあった彼の服の残骸を突っ込みそのまま、挿入した。
くぐもった悲鳴が聞こえた。
狭い。狭くて痛くて。
だが気持ちよかった。
こんな気持ちいいことが、この世にあるのかと言うくらい。
やはり、オレの目は確かだった。
コイツを手に入れよう。まずは体をオレ好みにしよう。
そう思い、何度も何度も腰を動かした。



*§*―――――*§*―――――*§*




目が覚めると隣に温かいものを感じた。
ゆっくりと目を開けると、そこには黒い髪が流れるように広がっていた。そこで、あぁそういえば昨日と思い出した。
彼を、抱いたのだ。
何度も何度も何度も何度も。
自然と笑みがこぼれる。
良かった。とても。
これできっと彼はオレのモノになる。
これから何度も抱ける。
彼の泣き顔を思い出して、ゾクゾクとした。
まだ眠っているのか小さな寝息が聞こえる。これが目を覚ましたらと考えると興奮した。
また泣き叫ぶだろうか。
怒り狂うだろうか。
どちらでもいい。
そのまま押し倒してやろう。
昨日みたいに、昨日より更にヨく。
オレのモノだって自覚するまで何度もヤってやる。
彼を抱きしめ、髪に顔を埋める。スンと匂うと彼の匂いがした。それだけでひどく安心し、ホッとため息をした。
「イルカ」
一目見た時から気に入ってたんだ。出会いは四月。そのまま押し倒してやろうと思ったが、恩師の言葉を思い出した。

「カカシくん、誕生日はね、特別な日なんだよ。欲しいものは欲しいって言っていい日なの」

だから、待った。長い長い五ヶ月だった。他のヤツに取られないかと目を光らせ、さり気なく自身の存在をアピールした。
流石に知らない奴なんて思われたくないしね。
そしてようやく手に入れたのだ。
「イルカ」
さて、どうやって彼を縛ろうか。
さすがに監禁は無理だろう。適度に外に出させないと三代目あたりは煩そうだ。それならば術か。子どもをネタに脅してもいい。いっそこの姿を写真に撮りそれで脅すか。
ぽんぽんと出てくる案にほくそ笑む。どうとでもなりそうだ。とりあえず二、三日は抱き潰すつもりだから、それから考えよう。
彼の髪にふれ、そのまま顔を撫でる。
「・・・・・・・・・?」
ふと、違和感を感じた。

昨日つけた殴った跡がない。

あんなに腫れ上がるぐらい殴ったのに。
布団をめくり腹元を見る。
そこにも、殴った跡はなかった。
慌てて周りを見渡す。
昨日からの違和感は感じなかった。彼の家だ。だが、どこかおかしい。
なんだ。
彼の顔を覗き込むと、さすがに赤の他人ではなかった。昨日散々見た顔だ。見間違うはずない。
だが、手足に縛った跡もない。
その代わり、異常なほど身体中赤い跡が散らばっていた。
(オレ、こんなにキスマークつけたっけ・・・?)
どこかおかしい。
傍にいるのはイルカなのに。
まるで違うイルカに感じた。
「・・・・・・解」
そうつぶやいても変化なかった。
頭はひどく混乱している。
まさかオレがおかしくなったのか?イルカのこと考えすぎて狂ったのか?では昨日のは夢か?幻想か?オレの都合がいい妄想か?
だが、今ここにイルカはいる。
ギュッと抱きしめた。
温かい。
昨日と変わらない。
何でもいいか。今、この手に、イルカはいるのだから。
「ん・・・」
イルカが小さく唸った。
ドクッと心臓が高鳴った。
イルカが起きる。なんでもいい。声が聞ければ。
なんて言われるだろう。
あの目には何がうつるのだろう。
あの愛らしい唇はどう動くのだろう。
食い入るように彼を見つめた。
彼はパチパチと目を動かし、ゆっくりと体を起こした。
ぼんやりとした表情で、辺りを見渡し、その焦点がオレを見つめた瞬間。



へにゃっと、蕩けるような顔で、笑った。




一瞬にして鳥肌が立った。
泣かれると思った。
罵倒されると思った。
まるで親の敵のように。
まるで世界で一番汚い生物のように。
侮蔑と嫌悪の対象として軽蔑されると思っていた。
それなのに。
まるで。
その笑みは、まるで。
「カカシさん」
甘い声が響いた。
息が止まった。
呼吸するのを忘れて彼を見つめた。全神経を彼に向け、一瞬も見逃さないようにただ見つめた。
昨日まではたけ上忍だったのに。
なんだその顔。その目、その声。
違うだろ。
怒るんじゃないのか。怒り狂って罵倒するんだろう。この強姦魔って。
それなのになに嬉しそうな顔してるの。
幸せそうな顔してんの。
ちがう。
こんな顔見たかったわけじゃない。
こんなつもりじゃなかった。
きっと、こんな顔一生見せてくれなくても。
オレのモノになるなら。
それでもいいと思ったのに。
へへっと照れながら鼻をかいた。
照れてるときの彼の癖。それが分かるくらいこの五ヶ月見ていた。
ずっとずっと、彼だけを見ていたんだ。
「・・・?あの・・・、カカシ、さん?」
黙って見つめるオレを不審に思ったのか、首をかしげた。それでもオレは動けなかった。
動けば彼が消えてしまうかと。
本気で思っていた。
動かないオレをどう思ったのか、彼はぎゅっと眉をひそめて、唇を噛み締め。
そのまま俯いた。
「・・・・・・すみません」
小さく謝罪した。
何その謝罪。アンタ謝るようなことしたの?
分からない。何故彼が謝るのか。そんな必死に耐えるような顔で。泣きそうな顔で。
口を開く。
何か言わないと。
早く、何か。
なのに出たのは小さな吐息だけだった。
彼はその吐息を聞き、ギュッと手を握りしめた。
そんなに強く握りしめたら、傷ついてしまうのではないかとそんな場違いなことを思った。
だって彼の手は気に入っていた。大きくてゴツゴツして男の手なのに、撫でられている子どもたちを見るとみんな嬉しそうにしていたのだから。
きっとあの手は温かいモノだって、見ていた。
「俺、出ていきますね」
彼はそう言いながら服を身につけた。あんなにビリビリにしたはずなのに、ベッドの下に落ちていた服は綺麗なままだった。
出ていくってどういうこと?
ここ、アンタの部屋でしょ?
声にならない疑問は目線で彼に向けた。彼はまるで感じ取ったかのように、振り向いて小さく笑った。
「好きなだけ、いてください。俺は適当にやりますから」
適当にやるって何?そんなフラフラでどこか行くつもりなのか?当てがあるのか?誰かこんな朝からでも迎えてくれる、当てが。
ブワッと怒りに目の前が真っ赤になる。
昨晩よりも更に怒りに支配され動かなかった体はあっさりと動き、彼の手首を掴んだ。
誰か?オレではない誰かにそんな姿見せるの?そんなに信頼してるの?それで、さっきみたいに笑うの?甘い声で名前を呼ぶのか?
許さない。
そんなこと許さない。オレに与えてくれただろ。アレはオレのだ。これから一生オレだけのために存在するのだ。誰にも見せるものか。あれは、オレの。イルカは、オレの。
「放してくださいっ!」
それは昨日も聞いた言葉だ。散々言っていた。昨日はそれを聞き、興奮したのに。
何故だろう。
こんなにも胸が痛い。
手首を掴んでいた抱き寄せると逆の手でオレを拒絶した。それが更に怒りを買い、その手も掴むと暴れるのをやめ、俯いた。
「・・・・・・って言ったくせに」
「え?」
聞き返すと、キッと睨んだ。
その目には涙が溜まっていた。


「誕生日は特別な人と、一緒にいたいって言ったくせに・・・っ!」


「カカシくん、誕生日はね、特別な日なんだよ。欲しいものは欲しいって言っていい日なの」
かつて恩師が言った言葉が頭に響いた。
そうだよ。欲しいから。
だからオレは。

オレは、アンタを犯したんじゃないか。

「俺でいいんですかって何回も聞いたのにアンタ、俺じゃないとイヤだって。ずっとずっと見ていたって言ったじゃないか!世界で一番好きな人と一緒に過ごすのが夢だって言ったから、俺は、俺は・・・」
知らない。
そんなこと言ってない。
オレはただ犯しただけだ。
欲しかったから。彼が。
だから手っ取り早く、力で支配したんだ。
逃げられないように。
そうだ。なんだこの状況は。
力で支配すればいい。
ごちゃごちゃ言わさず、昨日みたいに押し倒せばいい。
そうすれば。
そうすれば、きっとまた抱ける。グチャグチャにして脅せばいい。そしたら恨まれながらも傍にいてくれる。
そう願ったんだろ。
だからそうしたんだろ。
ほら、手を伸ばせ。
口を抑えて、抱き潰せ。
ゆっくりと手を伸ばす。
ベッドに、押し付けよう。
手首を握りしめ、そのまま抱えこもうとすると。

彼は潤んだ瞳でこちらを見た。
昨日は真っ黒く闇しかなかったあの瞳が。
燦々と輝いていた。
それはオレが、一番惹かれた、あの美しい瞳だった。
その瞳が、オレをうつしている。
オレを。
オレだけを。
快感が体を走る。何もしていないのに、ただ見つめられただけなのに。
それはイくよりももっと。

「抱きたいって言われて驚いたけど、嬉しかったんだ。俺だって」

もっと気持ち良くて。

「ずっと前から、カカシさんのこと」

ずっと幸福だった。



「好きだから」





好き。
好き。
好き。

その響きは俺の体を甘く支配した。
顔は火照るように熱くなり、胸は太陽を抱き抱えるかのように熱を全身に発散させた。
好き。
イルカが、オレのこと。
ほぅと惚けるようにぼんやりとしていると、イルカが手を振り、離れていった。
「だけど、カカシさんは、昨日だけでよかったんですよね」
「え?」
「昨日抱ければ良かったんだ。誕生日もそんなことばただの口説き文句だったんですよね。一度抱けたら満足だったんだ。あんなの、ただの睦言だったのに、俺なに本気にして勘違いしてるんだろ・・・」
そう言いながら弱々しく笑った。
言ってない。昨日は何も言ってなどいない。
そうだと言わないと。
好きとか特別な人とかどうでもいいと。
ただアンタを支配したいだけなのだと。
抱ければいいんだろ?
彼の意思なんて関係なく、ただ己の本能に従っただけだろ?
だから無理矢理犯したんだろ?

本当に好きなら。
愛してるなら。
それを伝えて、必死に彼から愛される権利を乞えばいいのに。


それすらしなかったのは、愛してなどいないからだろ?

そう叫んでやれよ。


(違う)
頭がぐちゃぐちゃになる。
(違う違う違う違う違う違う違う違う違うっ!)
無我夢中で抱きしめた。
もどかしいほど溢れ出る想いを口にできず、ただ逃げれないように彼の動きを封じた。
「やめてくださいっ!」
彼は強く拒絶した。
昨日と同じように。
あぁ、胸が痛い。
痛くて痛くて堪らない。
「そうやって、優しくしてないでくださいっ!期待させて・・・、その方が辛い・・・」
何てことをオレは言わせているのだろう。

愛している人に。
誰よりも大切な人に。

あぁ、そうだ。
オレは、こんなにも彼のことを愛おしく思っている。
「好き」
絞り出した声は弱々しく頼りなかった。
イルカが小さく泣き出した。
違う。
そんな顔させたいわけじゃないんだ。
オレは。
今日の朝のように。
オレの顔を見て。オレだけを見て。
蕩けるような顔で。
愛おしそうに。
笑って欲しかったんだ。
「好き。大好き。愛してる。お願い、逃げないで」
「やめろ・・・っ」
「信じて。ねぇ愛してる・・・」
目頭が熱くなり、堪らず彼の頭に埋める。
どうして気づかなかったんだろ。
こんなにも体は彼を求めているのに。
抱ければいい?
好かれなくてもいい?


そんなわけないだろうっ。


オレをみて笑って欲しい。
誰にも見せない特別な笑みで笑って欲しい。
オレの名前を呼んで欲しい。
甘い声で好きだと言って欲しい。
そんなこと、当たり前だろ。
どうして気が付かなかったのだろう。
「カカシさん・・・?」
イルカが顔を上げ、オレの頬に手を寄せた。
その手が温かくて、ずっとその手に触れられることを望んでいたので、嬉しくてまた泣けてきた。
好きだ。
こんなにもイルカが好きだ。
「ねぇ、好き。信じて。お願い」
そう言うと困ったように眉をひそめ、泣きながら笑った。
「カカシさん、変な顔」
「だってイルカ逃げるから。どこにも行かないでよ」
「さっきカカシさんがしまったみたな顔してたからでしょう?」
「してない!そんなのしてない!」
「しましたよ。だから俺、てっきり昨日は酒の勢いだったのかなぁって。俺と寝たこと、こ、後悔、して・・・っ」
言葉をつまらせながら泣くイルカを見ていると胸がきゅーと押し付けられて痛くてたまらなかった。
不安にさせてしまった。オレが。
そんな顔させたいわけじゃないのに。
「後悔なんかしてるわけないでしょ!ずっと、ずっと想ってたんだからっ!」
「ほ、本当、です、か・・・?」
「本当!大好き。イルカだけ、愛してる」
ぎゅうぎゅう抱きしめ、伝わるように何度も囁いた。
好き。ずっとずっと好き。イルカといれて幸せ。抱けて幸せ。オレは今世界で一番幸せ。これからもそばにいてほしい。ずっとずっとイルカといたい。愛してる。イルカだけ、愛してる。
愛してる。
「嬉しい」
そう言って、イルカはふわっと笑った。
今朝とは違うけど、でもとても幸せそうだったから。
オレもつられて笑っていた。
そのまま二人して泣きながら抱き合った。
あぁ、幸せで堪らないときも涙は出るのだなと思った。
「カカシさん」
彼がオレを呼んだ。オレもイルカと呼ぶ。
「誕生日おめでとうございます」
「うん」
「一緒に、祝えて幸せです」
「うん。・・・オレも」
あぁ、幸せだ。彼がオレを愛おしそうに見つめてくれる。オレの名前を呼び、愛しいと言ってくれる。

「カカシくん、誕生日はね、特別な日なんだよ。欲しいものは欲しいって言っていい日なの」

恩師の言葉が蘇る。
先生。
欲しいものはこうやって手に入れるんですね。
オレは知らなかった。
どうやって手に入れるのか。
本当に欲しいものは何だったのか。


あの日、オレは間違えなければ、こんな幸せな未来が手に入ったんだ。


「イルカ。大好きだよ」
そう言うと嬉しそうに笑う。それが嬉しくて、でも照れくさくて、顔を見合わせて笑う。
「カカシさん」
甘く囁くその唇に、ゆっくりと近づく。
この気持ちを何と呼べばいいだろう。



「今度は、間違えないでくださいね」



どこか遠くからイルカの声がした。





*§*―――――*§*―――――*§*




意識が浮上して、目を開けるとそこは昨日から見慣れた天井だった。だが先程までの温かい空気はなく、どこか張りつめて冷え冷えとしている。隣に温かいモノを感じ、見ると彼がいた。
先ほどと変わらず黒い髪は流れるように広がっていたが。
頬は痛々しく腫れ上がっていた。
あれが、オレの身勝手な証拠だ。
それを見て、あぁさっきまでのは夢だったのだと感じた。
本当は手に入れられた、未来だったかも知れない。
幸せそうに笑うイルカを思い出し、今痛々しく眠るイルカを見る。
頬は腫れ上がり、涙の跡があった。顔はどこか青白く、覇気がない。体は、もっと悲惨なことになっているだろう。
それは全て、オレのせいだ。
それでいいと、何故思えたのだろう。
こんな姿を見て何故笑えたのだろう。
こんなの、全然幸せなんかじゃない。
もうきっと。
きっとオレの好意は空っぽだろう。
侮蔑と嫌悪の目でオレを見るだろう。当たり前だ、それぐらい酷いことをした。
それでも、諦めきれない。
あの笑顔を、愛しいと言う声を、もう一度聞きたい。
愛して欲しい。
イルカに、好きになって欲しい。
マイナスからのスタートだけど。
あんな未来くることはないかもしれないが。
それでも、手を伸ばしてみたい。


「でもね、カカシくん、覚えておいて。誕生日は特別な日なの。もし、将来なにか欲しいものがあったら、手を伸ばしてみて。その日だけは、ほしいって言ってみて」


彼が欲しいよ、先生。
イルカの、心が欲しい。


(とりあえず謝りまくろう)
土下座でもなんでもしよう。
許されるならプライドなど無に等しい。
謝って、謝って、謝って、謝って。
そして昨日言わなかった、オレの心を伝えよう。
イルカからの愛が欲しいと乞おう。

イルカが小さく身じろいだ。
バクリと心臓が高鳴る。
きっと、きっと罵倒されるだろう。それが罪で罰だ。
あぁ、分かっているがこんなにも怖くて堪らない。
震える手で彼の髪を梳かした。
イルカがゆっくりと目を開ける。

誕生日は過ぎた。
特別な日は終わり、特別な特権はなくなった。

あとに残るのはオレの、心だけだ。

彼がボンヤリとした表情で目をパチパチさせた。それが夢とソックリで、何だか泣きたくなった。

さぁ、許しを乞おう。
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