「イイね」
パシャパシャとシャッター音がする度に羞恥で頭が真っ白になる。
砦とも言える俺の部屋で、俺は男の前で露わのない格好をし、更にそれを写真で撮られていた。
「もっと背をそらして、・・・そう、いい目だ」
ニヤリと笑った男の口元が嫌に目を引く。
整った顔の男はそれだけで絵になるように美しく、それでいて冷酷だ。全部分かっててやっている。
クソッ、クソッと心の中で悪態をつくと、カメラが俺の顔に近づいてまたシャッター音がした。
「睨んじゃって、かわいーね」
(この野郎っ)
煽られていると分かっていても顔が赤くなるのを止められなかった。
顔が赤くなり、羞恥心でいっぱいになればなるだけ、彼を喜ばせている。俺が恥ずかしがったり、涙目になると嬉々としてカメラを向けたがる変態だから。
「へんたぃ・・・っ!」
罵ってみるとニヤッと笑われ、足を捕まれ更に開かさられた。
「ッ!」
「変態にこんな格好して見せるなんて、お互い様だと思うけど。ね、センセ」
腰に響くほどの低く、甘い声。
そんな声で嬲られて、いいようにされる。
違う、俺は変態じゃない。
こんな格好して、喜んで写真を撮られているのではない。
尊厳もプライドも全て踏みにじるようなこんな男に、俺は脅されているんだ。

この世で一番誰にも知られたくない秘密を、この男に知られてしまったために。

「ねぇ、この格好誰かに見られたらどうする?」
そのセリフにビクッと体が震えた。
脅しだと分かっているのに、体が震えるのを抑えられない。
この姿を、この写真を、何より誰にも知られたくない秘密を。
もし、世間にバレてしまったら。
俺は今まで積み上げたもの全てを失ってしまう。
生き甲斐になってる、教職すら。
そして、俺に全幅の信頼を寄せている教え子たちを裏切ることになるのだ。
それは何より避けたかった。
そのためなら何でもしてみせる。
「あぁ、イイ顔。エロくて、挑発的」
構えていたカメラを置き、そっと肩を撫でた。
そのまま素肌を楽しむように滑るように体を撫でる。汗をかいた体はスルスルと指を滑らせ、へその周りで止まる。
そして顔を俺に近づけた。
「今日も、凄くエロくてステキだよ、イルカ」
こんな状況なのに、ゾクゾクするような甘い声に開いていた口から涎が垂れた。それを指ですくい、舌を出してペロッと舐める男は色気の塊だ。
毎回言ってくれるこの言葉は、いつも真剣で、真実味がある。ふざけてもなければ、そこに侮辱の色はない。
だからこそ俺はこの現状に耐えられる。
もし。
もし、あの秘密を軽蔑されれば。

きっと俺の心は死んでしまう。

彼が舐めた指が俺の口に近づく。それを俺は同じように舌を出して舐めた。細くて長く白い指は、さすが里屈指の忍の証のように傷やタコがある。
凄腕の忍だ。それこそ俺など到底勝てる相手ではない。
ふと、荒い息を感じると、彼が熱い吐息を吐き出しながら顔を近づけた。舐めていた指が離れ、代わりに唇が近づく。
そして甘い、甘い声で囁く。
いつものように。

「二人だけの秘密だよ」



◇◇◇



事の発端は、ひどく単純なことだった。
慣れと疲労と不注意。
その日は十時から一時までの受付勤務だった。短時間ピンチヒッターとして呼ばれ帰還する部隊も少ない予定だった。
滅多にない短時間勤務に心踊らせ、朝はゆっくりできた。遅めの朝食に、溜まった洗濯、どうせ今日の受付は暇になるだろうからと持ち帰った書類を鞄に入れ、それでも時間に余裕が出来た。
そこで、ふと思ったのだ。

今日は、アレをしようと。

普段休日にしか絶対しないのに、その日はどうせ暇な受付だけだと、ついそんなことを思ってしまった。最近忙しく、休日すらアレができずにいたのもあった。滅多にそんなことをしなかったが、全くしたことがないわけではない。
適度な緊張感と、それでもアレができる幸福感に包まれながら家を出た。
これが、慣れである。
しかし、その日は予想を反してたくさんの部隊が帰還した。それは喜ばしいことだが、本当に予想していたより五倍は帰還し、てんやわんやになった。休憩どころか便所さえままならず、残業一時間を余儀なくされ、終わった頃にはクタクタだった。
これが疲労である。
そして、最大のミスである不注意。
五時間も便所を我慢し、限界だった。引き継ぎを終わらすとすぐに便所に向かい、勢いよくズボンと下着を下ろした。


そう、下着を下ろしたのだ。


その時は漏れなかったと一安心でホッとしていた。
色々コントロールできる忍だが、生理的現象は中々抗えにくいのだ。
そのまま下着とズボンを掴み、上げようとした瞬間思い出したのだ。

今の俺の状況に。

思わず体が震え、血の気が下がった。
マズい。
産まれてきてこれほどの失態は初めてだった。
この秘密を作った時、強く己に誓ったのだ。
この秘密は誰にもバレてはいけない。バレた瞬間、俺はいままで積み上げてきた全てを失うだろう。そうとわかっていてもするのだから、何よりも注意して決してバレないようにしようと。
そうやって一年間無事過ごしてきた。いままで少しもバレたことがなかった。その気の緩みがこれだった。
しかも狭い便所に隣に人の気配がした。入った時はそれどころじゃなかったが、思い返せば俺が来る前からいた、気がする。
怖くてとてもじゃないが顔を上げれない。
ゴクリと唾を飲み込むと、慎重に、不自然にならないように、だけど確実にズボンを引き上げた。
大丈夫。
誰も俺なんか見ていない。
男の便所で、男が放尿するところなんて見るような奴なんかいない。
普通に、普通に通り過ぎればいい。
大丈夫。
何事も無かったかのように後ろを通り抜け、手を洗った。
瞬間。

凄い力で引っ張られ、個室に連れ込まれた。

突然のことで目をぱちぱちしていると、有無言わさずズボンを引き下ろされた。
「ぎゃあああ!!」
「黙って」
いや黙ってられるか!
ズボンを上げようとすると俺の両手を片手で押さえられ、ズボンをしっかり下ろされた。
「離せっ!はなっ」
「暴れるんじゃないよ。コレ、皆にバレていいの?」
その明らかな脅しに、思っていた以上に狼狽えた。
もうきっとこの人にはバレていると思うけど。
思うけど、どこかで嘘であってほしい、夢であってほしいと願っていた。
それを一気に現実に引き戻す一言だった。
怯んだ俺をどう思ったのかは知らないが、ジッと強い視線を感じた。
「ねぇ」
男は淡々とした声で言った。
その声に聞き覚えがあり、無意識に顔を上げてしまった。
そこには見慣れた銀髪の男がジッとこちらを見ていた。


「何で女物のパンツはいてるの?」


あぁ、もうおしまいだ 。
もう日常には戻れない。
きっと教員を辞めさせられる。教え子たちには白い目をむけられ、親御さんたちには罵倒されるのだ。
何しろこの人だ。
里の誉れ、はたけカカシ上忍だ。
彼が少しでもこのことを人に漏らした瞬間、噂は里に蔓延するだろう。影響力のある人だから。
きっと。
きっと、彼の部下である三人にも伝わってしまう。
俺を家族のように慕ってくれた、ナルトにも、きっと。
情けなくて俯いた。その瞬間涙が溢れ出た。
分かっていた。
いつかバレるって。
分かっていて、それでも欲求を抑えられなかった。
自業自得だ。
グスグス泣いていると、手を外された。手で顔を覆いながら審判の時を待った。
シーンと痛いほど静かになる。
きっと今彼の頭の中ではこの状況を整理しているのだろう。ありとあらゆる常識を詰め込んで、何とか理解しようとしているのだろう。
導き出される答えは、一つしかないのに。
「今日、アンタ家に行くから」
泣いている俺を横目にそう言うと、ズボンを引き上げた。
「誰にも言わないから、一人で待ってて」
そう言うとさっさと出ていった。
彼の姿が消えると、へなへなとその場に倒れ込んだ。
とりあえず死刑執行は延期された。
今日の夜、きっと彼は任務を持ってくるだろう。
永遠に里に帰ってこれないような任務を。
顔見知りに見られたことは死ぬほどショックだったが、案外良かったかもしれない。
彼はとても優しい人だから。あまり接点のない格下の俺にも優しくしてくれる人だから。ナルトたちを心配する俺の話を聞いてくれて、メシまで誘ってくれた。予定が合わずまだ実施された事はなかったが、真面目で思いやりのある人だということは分かった。
だからこそ、きっと俺のことを穏便に、無闇に人にばらすようなことは無く。
そして、里から静かに、永久に、追放してくれるだろう。
これでよかったのだ。
秘密を作った時点でこうなる運命だったのだ。
涙は止まらないけど、そう思うことにした。



彼は二十時ごろ、のっそりと現れた。
玄関でなんとも言えない顔をしているのを見ると何だか申し訳なく思う。不本意だが彼にこんな嫌な思いをさせてしまった。
「どうぞ」
部屋に案内し、お茶を出した。
言いずらそうにしている彼を見て、その場で土下座した。
「ちょっ!」
「お見苦しいモノを見せてしまい申し訳ございませんでした!」
謝る俺に慌てて起こそうとしてくれたが、俺は頑なに動かなかった。
もう思い残すことはない。
きっぱりとそう思うと顔を上げた。
「覚悟は出来ています。俺は里のために生きることは変わりません。このまま静かに里外任務を与えてやってください。二度とこの里に帰ることはないと誓います」
「はぁ!?」
「はたけ上忍の心遣い嬉しかったです。ありがとうございました。この思いを胸に、新天地では静かに暮らしていきます」
「待って!」
グイッと力強く体を起こされた。昼間と同じ強い力に、さすが里の誉れだと痛感した。実は密かに会うより前からずっと憧れていた人だった。
感極まって泣きそうな俺をよそに、彼はどこか苦々しい表情をしていた。
「なんでそうなるかなぁ・・・」
ガリガリと頭をかいた。どこかイラついているような焦っているような雰囲気に悪いことを言ってしまったと感じた。
彼ははぁーっと大きく溜め息をついた。
「確認したいことがあるんだけど」
「はい」

「それって、誰かから脅されてやってるの?」

誰かから?
脅されて?
意味が分からずポカンとしていると、何を勘違いしたのか彼の表情は険しくなった。
「誰からやれって言われてるの?」
誰かから?
やれ?
全く意味がわからなかったが、彼はこちらの動向を見逃さないようにジロッと睨まれている。
そんなに見られたって隠すことはもうない。
「あの、違います・・・」
「例えば恋人とか。・・・上司とか、上忍とか。強要されてるんじゃないの?」
「え?」
「エロい格好して過ごせって命令されたりしてるんじゃないの?」
その言葉にようやく理解した。
彼は俺の意思ではなく、無理やりさせられているのかと聞いていたのだ。そうすれば、俺に罪はない。むしろ被害者になる。
一瞬そう言ってしまおうかと思ったが、そんな相手などおらず、どうせすぐにバレると思った。
「いいえ」
俺は強く、確かに首を振った。
違う。
誰からも強要などされていない。
「じゃあなんで」
そこまで言って口を閉ざした。そして考えるように、口をもごっと動かし、ゆっくり開いた。
「女物の下着身につけてるの?」
俺は真っ直ぐ彼を見た。


「好きだからです」


これ以上ない明確な答えだった。
誤魔化せなどできない。もう見られた瞬間、そう決まっているのだ。
「すき・・・」
彼は何とも言えない顔をした。今きっと一生懸命頭をフル活動しているのだろう。
「・・・女装したいわけでも、女になりたいわけでもないんです。ただこういう下着が好きで、好きだから身につけたいんです」
初めて見たのは二番目に付き合っていた女が身につけていた。
それまで見てきた女物の下着はつるんとして素朴で機能重視なものだけだった。
それなのに、彼女の下着はふわっふわのフリルが盛りだくさんでパステルカラーの可愛い下着だった。
普段色気のない地味な服ばかり身につけていたので、そんな可愛い下着が現れるとは思わなかった。
可愛くて、エロくて。そのアンバランスの甘さに虜になった。
すぐさま調べた。調べれば調べるだけ様々な下着があった。レースやサテン生地、花柄や水玉、その細部まで繊細で上品なのにどこか大胆で官能的な美しさに夢中になった。
最初は、彼女に着てもらいたかっただけだった。
たくさん買って、彼女に着てもらい満足してたのに、段々と違和感を覚えた。
何故だか言葉にはできない。
ある日ふと、自分に身につけた。サイズは勿論合ってないし、そもそもごつい体では似合わない。鏡をみて、その似合わなさに不思議と笑った。
だけど、なんだか身につけるだけで、そんな自分が素敵に思えた。
決してそれが世間で批判にあうことはよく分かっていた。特に自分の立場はひどく常識的で人の目に晒されていることも分かっていた。
だけど止められなかった。そのうち男のサイズで女物の下着のようなものが売られているのを知った。そこから、休日人に合わない限りこっそりと身につけ、祝福を感じていた。
きっと言っても理解されないのは分かっていた。
はたけ上忍も納得していないような顔をしている。
「本当に命令とか調教とかじゃないんだね?」
「はい」
命令とか調教とかやたら物騒な言葉がでる。そんなことしている人はいるのだろうか。そちらの可能性のほうが少ないと思うが。
それとも、願望か?
(・・・・・・・・・、まさか)
はたけ上忍のような方が男に命令や調教して女物の下着を着せなくても、きっとモテるだろう。望めば誰だってしてくれるだろう。
「・・・証拠、見せれる?」
そう言われて、少し考えた。
証拠。
おもむろに立ち上がり、奥のタンスにかけてある結界を外した。
下から二番目の引き出しをあける。
そこには色や形が異なる下着が十数点あった。
全て俺が買って、身につけているものだ。
はたけ上忍はのっそりと近づき、中身を見た。
真剣に見ている表情は何だか滑稽だ。
「ブラジャーもあるんだ・・・」
「・・・・・・はい」
別につける必要は女と違ってないが、こういうのはセットなのだ。下だけはくなどありえない。
「今もつけてるの?」
「はい」
頷くと上から下までジッと見られた。
きっとこんなごつくてむさ苦しい男がつけているのだと嫌悪を感じているのだろう。
「見せて」
「はい?」


「見せて」


やけにきっぱり言われた。
今更何を言ったって、何を見せたって変わらないだろう。
俺は覚悟を決めて服を脱いだ。
上も、下も。
今日の下着は白のレースだった。
肩紐から腰紐までレースがふんだんに使われ、胸元は何層にもレースが使われており、白以外の色は使われていない。まるで純白のウエディングドレスのような可愛らしい下着だ。
一目惚れして初めて購入した思い出のものだった。
彼は目を見開いた。
きっとこんな破壊力のある下着姿などみたことないだろう。
せめて美少年で華奢なら似合うだろうが、残念ながら俺は人一倍男くさい顔をしており、肌も浅黒い。
破壊としか呼べない姿だ。
彼は手で口元を覆った。
「ーーぃ」
目を見開いたままかすれた声で何か呟いた。
どうせ「キモい」か「気持ち悪い」か「全然似合わない」だろう。
そんなこと分かっている。
分かっているけど。

だけど、好きなんだ。

このことで二番目の彼女と別れ、そこから深い人間付き合いをしなくなったぐらい。
貴重な休日を自分の下着姿を見ながら一日を終えられるぐらい。
好きなんだ。
それを他人に批判されることは、分かっているし自分だって逆の立場ならドン引きなのは分かっているけど。
だけど、辛い。
いたたまれなくなって脱いだ服を取った。
上から着ると下着は全て隠れた。
ホッとしつつ、ズボンを手に取ると。

急に引き寄せられた。

まるで抱きつかれるかのように腰を抱き、手に持っていたズボンを取られた。
「ちょっ!」
そして上着を捲られた。
また、下着姿を見られる。
「い、いい加減にしてください!何なのですか!?もう今更見たって」


「いい」


惚けたような声はふわふわと舞い上がって言った。
いい?
何が?
「すごく、いい」
「・・・・・・は?」
「似合ってる」


その言葉に。
カチーンときた。


なんだそれ。
慰めか。
同情か。
そんなこと望んでいない。似合ってないのは俺が誰よりも知っている。そんな言葉欲しいわけではない。そんなこと言われれば。
言われれば。

惨めではないか。

「黙れ」
腹の底から出た怒りは荒々しくも静かな声だった。
黙れ。喋るな。見るな。
似合わない、気持ち悪いと罵倒されるのはいい。その通りだから。
だけど、同情はひどく心を惨めにする。
哀れで愚かな生き物だと静かに突きつけられている。
なによりこの美しい下着を侮辱されているようだ。
こんなに美しいのに。
俺が着ているだけで、下品で汚らしいものに成り下がってしまう。
それが許せない。
分かっている。
罰は受けるし、罪は償う。
だから俺の心殺すのは止めてくれ。
「何で怒るの?」
彼は全く分からないような顔をしている。
彼は優しい人だ。知ってる。だけど、今はそれが凶器に変わる。
「似合ってるって言って何が悪いの?」
「似合ってないのは俺が一番よく知ってます!こんなの気持ち悪いって!」
「似合ってるって言ってるでしょ」
「そういう慰めはいらないんです!」
「慰めなんかじゃない」
「もういいでしょ!俺は変態でこういうのを身につけるのを喜ぶ変質者なんです!さっさと里の外に追いやってくれっ!」
「だからっ」
彼は苛立ったような声で俺の手をとった。


そして自らの下半身に押し付けた。

「見てるだけでこうなるぐらいエロい格好だって言ってるでしょ?」


それは、完全な、完璧な、勃起だった。
ズボン越しでもハッキリ分かるぐらい、デカくて硬くて熱かった。
ハッと彼の顔を見ると恥ずかしげもなくニヤリと笑っていた。
流石に言葉は出なかった。
「オレ、下着姿結構好きなんだけど」
喋れなくなった俺の代わりに、彼はどんどん喋った。
「白って焼けた肌によくはえるね。普段ガサツで大雑把なイルカ先生がこんな繊細で可憐な下着着てるなんて、すごいギャップだね」
服をまくっていた手が肌に触れる。肩紐を弄りながら、スルッと侵入してきた。
「ギャッ!」
「あ、ワイヤー入ってないんだ。触りやすくてイイね」
思ってもみない展開についていけない。
あれ?俺のことを断罪しに来たんじゃなかったんだっけ?
なんで俺のおっぱい触ってんの?なんで息子さんそんなに元気なの?
「あの、はたけ上忍・・・」
「んー?」
「里外任務は・・・?」
「なんでそんなものしなきゃいけないの?」
当たり前のように聞かれて、こちらも戸惑う。
「別に個人の趣向でしょ?そんなことで里外任務にとばすワケないでしょ?」
「ですが、俺教師ですし」
「そーね。さすがに周りに知られるのは良くないね」
ようやく同意してもらってホッとする。
もしかして見逃してくれるのだろうか。
初めてその可能性が浮かんだ。
趣味趣向だからと見逃してくれるのだろうか。誰にも迷惑かけてないし、こっそりやるなら許してくれるだろうか。
もし見逃してくれたら、もう一生外では着ないと誓う。もうこれ以上コレクションを増やさない。
「あのっ、もう絶対外では着ません!家の中で個人の趣味としてこっそり着ます!」
「そーね。それがいいと思うよ。バレたら色々面倒だし 」
また同意してくれた。
ぱあぁぁと目の前が開けた。
良かった。これでまた教員が続けられる。
「ありが」
「だからね」


彼の手が、パンツの中に入ってきた。
「二人だけの秘密だよ」


それは、そう、なのだけど。
何故か寒気がした。
先程とは違う、嫌な雰囲気に手が震える。
そんな俺を横目に、彼の手は怪しく動いている。
「あぁ、イルカ先生ばっかり秘密を教えてたら不公平だよね」
クスクスと嬉しそうな声がする。
罵倒されたり、同情されたりするよりは遥かにマシだけど。
でも、嫌な予感しかしない!
「あ、あああの、はたけ上忍っ」
知りたくない。上忍の秘密なんて知った日にはどんな目にあうか。そしてどんな代償を払わされるか。想像しただけでゾッとする。
慌てる俺を見て彼は口布を取った。
そこには冷淡で美しい青年が。

口元をひどく歪めて笑っていた。

「オレはね、下着姿見るのとハメ撮りするのが好き」


知りたくない。
全く知りたくない。
だけど、彼は俺が一切動くのを封じるようにギラギラとした目で俺を見つめていた。
下着姿見るのと。
ハメ撮り。
それは確かに少し特殊な性癖だった。
「ねぇ、イルカ」
ゆっくり顔が近づいてくる。避けるようにしていると頭が床についた。覆いかぶさるように彼は顔をさらに近づける。
「秘密、バレたくないよね?」
「は、い・・・」
「オレも、バレたくないなぁ」
「い、言いません!絶対言いませんからっ!」
「だからね」
蕩けるような甘い声を耳に直接吹き込む。


「二人だけの秘密にしよ?」


秘密の共有と契りはひどく甘い声で。
それなのに口づけは情熱的で荒々しかった。

その日、彼は秘密と何度も言いながら俺を抱いた。



◇◇◇



翌日起きると彼の姿はなかった。
パジャマを着てベッドの上で寝ていた。
体は、なんだか怠いけどそれ以外は特に変わりない平凡な朝だった。
(夢、だったのか・・・?)
朝食をとりながらそんなことをずっと考えていた。
ずっと罪悪感を持っていた。最初の頃は里のみんなから責められる夢を度々見ていた。起きるといつも汗びっしょりかいて目覚めは最悪だった。いつかバレるのじゃないかとビクビクして人目を気にしていた。
また、夢か・・・?
それにしては妙にリアルだった。
それにはたけ上忍がでてくるとは・・・。
何故はたけ上忍だったのだろうか。そこまで意識したことはなかったのに。
仕事中もそんなことばかり考えていた。幸い昨日に集中したせいで、今日は人が少なかった。
一人で考えても答えは浮かばないので、隣で暇そうにしている同僚に声をかけた。
「なぁ、はたけ上忍ってモテるのか?」
「はぁ!?はたけ上忍?何で?」
「何となく」
「そりゃモテるだろ。よく女に囲まれてキャーキャー言われてたぞ。あれなら食い放題だな」
「そうか」
やっぱり客観的に見てそうか。
あれは夢だったのだ。
そりゃそうだ。何故好き好んで女物の下着を着る男をモテ男が抱かなければならない。
(すみません、はたけ上忍。はたけ上忍にエロいことさせてしまって)
心の中で謝っておく。
だが、そうなら安心だ。心が軽くなった。
何しろあの秘密を誰にもバレていないのだ。
脅されて、男とセックスしたのも夢だ。
そっか。
そっかぁ。
(よかったぁああ)
もう絶対部屋以外で着ないと誓った。
その日はそのまま人が少なく早めに上がれた。
惣菜とビールを買って自宅に戻り、風呂に入って、テレビを見ながら夕飯を食べた。
何の変哲もない、ありふれた日常だった。

そこへ玄関のチャイムが鳴った。

完全に夢と結論づけていたので油断していた。戦場なら一発で死ぬだろう。
俺はのんびりとドアを開けた。どうせ同僚が教え子だろうと思っていた。


玄関には嬉しそうな顔のはたけ上忍が立っていた。


その瞬間、あの夢が走馬灯のように駆け巡る。
そして全ての血を抜かれたようにサーッと冷えていくのが分かった。
「は、たけ上忍・・・」
「こんばんは、イルカ。あがってもいい?」
聞きながら当然のようにあがってきた。
呼び方が、昨日のあの時までイルカ先生だったのに。
いつの間にかイルカに変わっていた。
「夕飯食べてたの?酒持ってきたから一緒に飲もうよ」
手渡されたのは希少価値の高い酒だった。
思わず喉がなりそうなのを抑える。
「・・・ツマミ、取ってきますね」
とりあえず彼から距離を取りたくて台所に逃げた。
頭の中はメチャクチャで、何故か醤油を持ちながら台所をグルグル回る。
やはりあれは本気で。
夢でもなんでもなく。
俺はアレを見られて、脅されて、男とセックスしたのか。はたけ上忍と。
すると、いきなり後ろから羽交い締めされ、上着を捲られた。
「んぎゃーっ!」
「あれー?今日は下着着てないんだ」
心底残念そうな声がした。
「ああああたり前です!」
「何で?今はイルカの自宅の中でしょ?」
「今つけたって寝るときは着れないから、すぐに脱がなきゃいけないし」
「でも今はオレがいるでしょ?着てよ、見たい」
そう言われて、グッと押し黙る。
それはお願いか。
それとも脅しか。
探るように見ていると、彼はにっこり笑った。

「せっかくあるのに、着ないともったいないでしょ?」

それは、そうだ。
飾るだけで、集めるだけで満足なら似合わないと分かっているのに着る必要ない。
タンスにひっそりと仕舞われるよりは身につけた方がいい。そのために下着はあり、なにより着るときが一番美しく見えるのだから。
だけど、だからと言って己が着た姿を人に見せたい訳ではない。
それは、気持ち悪がられると前提があるが。

(喜んでくれたら・・・?)

相手が喜んでくれたら?そしたら俺も喜んで着るだろうか。
そんなこと考えたことなかった。
こんな趣向を受け入れてくれる人がいるとは思わなかった。
「・・・・・・本当に見たいんですか?」
「勿論。そのためにいい酒持ってきたつもりなんだけど?」
確かに揶揄うだけなら度が過ぎている。
本当に男の下着姿を見るのが好きなのだろうか。
判断に困っていると、タンスの結界を軽々開けた。
「リクエストしていい?どれにしようかなぁ」
口調は軽いのに、目は真剣だった。
嬉々として選んでくれる姿は、何というか、・・・・・・嫌じゃない。
男なんて単純だ。
性的魅力を感じれば勃起する。思い出しても勃起はするが、嫌悪するものには勃起しない。
彼は勃起してくれた。
魅力を感じてくれたのだ。
あんな破壊的な姿を、俺だって目を背けたくなる姿を受け入れてくれたのだ。
それは、単純に、嬉しい。
「色々種類あるんだね。・・・んー、これ花柄?」
「あ、それは」
全体的に花柄がプリントされている下着だ。いつもとは違うシンプルなデザインに思わず買ってみたが、あまり似合わなかった。全体的に淡いピンク色なのが微妙だったのかもしれない。
「これにしようよ」
「それ、あんまり似合わなくて」
「そ?可憐でそれでいて大胆で、似合うと思うけどな」
今更だけど、この人の好みっておかしいのかな。
それとも目がおかしいのかな。
思わずあえてそんなハズレをひくなどセンスと趣味を疑ってしまう。
譲るつもりはなさそうなので、仕方なく隣の部屋で着替える。
身につけて、やっぱりしっくりこない。花柄は華奢で小さな女の子の特権のような気がする。そもそも男に花柄など結びつかない。それでいてシンプルで体の線を強調させるためよりガタイが良く見えてしまう。
嫌だなぁと思いながら、部屋に戻った。
するとニコニコと笑っていた彼が、目を見開き、口をあんぐりとあけた。
「へ、変ですよ、ね・・・?まいったなぁ・・・」
いたたまれなくてその場に座った。
できれば違うのか、普通の服を着させてほしい。着るのは好きだがプライドはある。
だが、いくら待っても彼の反応はなかった。
(何か言ってくれよ・・・っ!)
別に似合わないのは知っているのだから隠さず言ってほしい。
憐れみが一番苦しいのだから。
やはり昨日は特別で余程溜まっていたか媚薬でも飲んだのだろうか。男が似合わないとでも思っているだろうか。
(それなら・・・)
さっさとこの家から出ていってほしい。
誰にも言わないのであれば、それだけでいいのだから。
別に理解してほしいわけでもないし、受け入れてくれなくてもいい。
俺はこの小さな部屋で一人で満足するのだから。
考えれば考えるほど思考はマイナスの方へいき、鼻がツンとした。
こんなことで泣くなんてありえない。
震える唇をぎゅっと噛み締める。
「別に見たくなかったら、帰ってもらってもいいですからっ!」
言いながら勢いよく顔を上げると。
彼は茹で上がったような真っ赤な顔で、タラーッと鼻血を出していた。
「!わっ!はたけ上忍っ!」
慌ててティッシュを渡すと、呆然と鼻をおさえている。思った以上に鼻血が出ていて慌てた。
「大丈夫ですか!?」
「ごめん、あまりにも刺激的で」
刺激的?
えっと、どういう意味だっけ?
「思っていた以上に似合ってるからビックリしちゃった」
似合ってる?
鼻血が出るぐらい似合っているのか?
それは、少し言い過ぎな気がするけど、でも現に鼻血が出ている。
「すごく似合ってるよ」
ギラギラとした目で色っぽく囁かれた。
その瞬間マグマのような熱い感情が噴き出した。
カーッと湧き上がってくる気持ちは羞恥か。
それとも歓喜か。
白く美しい指先が俺の体に触れる。
「綺麗だ・・・」
まるで宝石に触れるかのように優しく、だけど欲望にまみれた手で確かめるように触れてくる。
ただ、それだけなのに、昨日のことを思い出して、目を閉じて、はぁっと熱い吐息を漏らした。
その瞬間。

パシャッと機械音がした。

「え・・・」
聞き覚えのある音に目を見開くと、彼の片手にはカメラが握られていた。
「は、・・・は・・・?」
「あ、ごめんね。あまりにも可愛いから思わず撮っちゃった」
謝っているわりには悪そびれてない声だった。
あまりのことに目をぱちぱちさせる。
「しゃ、しん・・・」
「うん。オレ、ハメ撮り好きだって言ったよね?」
言った。
言ったけど。
それとしてもいいは違うのではないのか・・・?
「イルカは下着を着るのが好き、オレは下着姿を見るのとハメ撮りが好き。お互い秘密を共有できて、需要と供給にあった関係が築けるでしょ?」
そうか?
そうなのか?
全く答えが見つからない中、ベッドに押し倒される。
「は、たけ上忍・・・」
「つれないなぁ。そんな他人行儀な呼び方しないで。オレたちお互いの秘密を唯一知る仲でしょ?」
髪紐をとり、首筋にチュッと口づけた。
顔を上げると彼はぺろりと自分の唇を舐め、カメラを手に取った。
「カカシだよ、イルカ」
「カカシ、さん・・・」
「そう。いい子」
パシャと機械音がする。また写真を撮られた。
「イルカのエロい姿は誰にも見せないよ。だから安心して」
片手で写真を撮りながらも足を開かさられ、アップで撮られる。
その目は真剣で、欲望に染まりきっていて、見てるだけでクラクラしそうだった。
こんなにも求めてくれる。
こんな姿の俺を。
こんな趣向の俺を。
ありのまま。
望むままに。
「んっ・・・あぁっ」
ゆっくりと挿入してくる。腰を屈め、連写しながら腰を動かす。
まるで音楽のようなシャッター音にあわせて彼の腰が動く。
ゆっくり、ゆっくり、時間をかけて挿入する。その瞬間を逃さないようにゆっくりと。
バチンッと大きく腰を動かし、ようやく全部入ったことを知らされる。
「んんっ、ぁぁあっ」
喘いだ瞬間、世界が光に包まれる。そしてシャッター音がし、フラッシュだったと悟った。
そのまま顔を何枚も撮られた。
顔を隠す手は、上がらなかった。
「綺麗だよ、イルカ」
彼は器用に撮りながら、巧みに腰を動かす。
両手を使いたいからと騎乗位にさせられる。
涎を垂らしながらヨがる顔を何度も何度も撮られた。
「カカシさっ、イく、イッくぅっ」
「イイよ、エッチな下着着て、男に貫かれながらイって。女にしてあげる。精液注がれて喜ぶような淫乱な女にしてあげる」
なんて淫らでいやらしく、異様なのに美しいのだろうか。
大好きな下着を着たまま、彼の精液を注がれて俺もイった。
今まで感じたことのないような快楽に世界は真白になる。
そして浮かぶのは、今着ている下着の花柄だった。
まるで美しい庭のように咲き誇っている。
それは一瞬で、瞬きすれば白い天井が見えた。
荒い息を吐きながら、呆然と横たわっていると、またシャッター音がした。
「・・・カカシさん、俺今すごい顔だからやめて」
「気にしないで。可愛いよ」
今の自分の格好を思い出すとカオスすぎて苦笑しか浮かばないが、彼は熱心にカメラで撮っていた。
人のこと言えない趣味だが、彼は少しおかしい気がする。
だけど、俺の趣味を受け入れてくれたのだ。俺が彼の趣味に口出しするのはフェアじゃない。
「写真、俺が言ったら全部消してくださいよ」
そう言うと、彼は手を止めこちらを見てにっこりと笑った。
「もちろん」
その言葉に安心して目を閉じる。正直慣れないセックスにクタクタだった。
目を閉じればすぐに睡魔に襲われた。そのまま抗うことなく夢の中に飛び込む。


「イルカが約束を守ってくれればね」


彼の低い声が聞こえたような気がしたが、言葉は脳に到達する前に、俺は眠ってしまった。
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