「カカシさん。外ではあんまりくっつかないでくださいよ」
「えー、何で?別に変じゃないでしょ?」
「変ですよ。俺たち前まで全然接点なかったのに」
「別に急に仲良くなってもいいでしょ?何、イルカはオレと仲いいところ見られたらマズイことでもあるの?」
「いや、俺はないですけど・・・」
「オレもないよ」
「やけにきっぱり言いますね」
「ないもん。何で避けようとするの?傷つくなぁ」
「いや、避けるわけじゃ・・・」
「避けてるよ。避けようとしてる。あーあー傷ついた。オレのガラスのハートが傷ついた」
「何馬鹿なこと言ってるんですか」
「すっごく傷ついた。これは今夜イルカにあの下着着てもらわないと癒せない」
「えぇ!?こないだのやつですか」
「うん。あのスケスケのやつ。こないだあんなに頼んだのに着てくれなかったやつ」
「えー・・・あれは・・・さすがに・・・」
「あー傷ついた。もうダメ。任務にもいけれない。この心を癒すために一週間部屋にこもってイルカの写真眺めるしかない。可愛いイルカの写真見ながらスケスケの下着妄想するしかない」
「あーもー分かりました!分かりましたから、これお願いします」
「うん。じゃあ今夜ね」
「今夜で大丈夫ですか?Aランクですよ」
「大丈夫。深夜になるかもしれないけど部屋で待っててね。服はいつものやつね」
「ハイハイ。カカシさんのアンダーシャツだけでしょ?」
「そう。お尻がチラチラ見えて最高なんだよね。捲りあげやすいしね」
「分かりました分かりました。・・・気をつけてくださいね」
「うん。分かってる」
「ご武運を」



「イルカってはたけ上忍と仲いいんだっけ?」
「ぅえ!?あ、あぁ。まぁな」
いつか聞かれるだろうと思っていたが、実際聞かれると思わず慌ててしまう。
怪訝そうな顔をされて「最近な」と答えた。
まぁそう思われてもおかしくはない。急に有名人と仲良くなれば誰だって興味がわく。
おそらく先程のやり取りも見られているだろう。あの人やたら話しかけてくるし。ボディタッチもしたがるし。
俺も気安いから話すし、楽だからと最近彼とばかり一緒にいる。
秘密の共有は思っていた以上に心が軽くなった。
あの秘密ができて以来、誰かと喋る時、どこか緊張した。いつポロっと秘密を暴露してしまうのではないかと警戒していた。特に酒の席は気をつけた。酒は弱くはないが陽気にさせた。そのお陰であんなに好きだった酒の席もめったに顔を出さなくなった。
段々と人との関わりが薄なっていくのが分かった。その原因も分かっている。だけど辞められなかった。
人生とは選択だ。手に入れたものを全て持っておける人などいない。人との縁も、チャンスもいくらでも降って湧いて出てくるが、自分のモノにできるのはほんの僅かだ。取捨選択し、選んで、持てる僅かなものを大切にして生きていくしかない。
俺は、それがあの秘密だった。
そのために人との縁をすべて断ち切ってもいいと思った。あんなにほしかった家族もだ。きっとマトモに結婚などできないだろうと思った。
誰もが愚かだと言うだろう。俺だって分かっている。分かっているが仕方なかった。
俺の両手はいっぱいだったから。
だけど彼は違った。
彼は俺が大事に抱えているのものを、そのままでいいと言ってくれ、そしてそれでも俺のそばにいてくれた。俺は秘密で手一杯なのに、彼はそんな俺と抱きかかえるように繋がっていてくれた。
秘密の共有はいい。
何も気兼ねすることは無い。
隠さないでいいのは楽だ。気を張らなくていい。思ったことをそのまま言える。それがこんなに気楽だと初めて知った。
その見返りに変態チックなセックスも、彼が気楽になるならそれでもいいと思えた。
いつの間にかじわりじわりと彼は俺の世界の一部になっているのを肌で感じた。
「そう言えば」
「ん?」
「はたけ上忍って恋人できたらしいぞ」
「はぁあああ!?」
聞いていない事実に思わず大声がでた。
恋人?いたのか?そんなこと聞いたことないぞ。
いつもくだらないこと話をしたりしていたが、異性の話などでてこなかった。下着の話をしたって、胸がでかいほうがいいとか、そんな話すらでてこなかった。
それに里にいるほとんどの時間を俺の部屋にいる。お泊まりなんて普通にしてるし、彼の私物だって家に増えてきた。
それなのに、恋人?
「なんだ、聞いてねーのかよ」
つかえねーなと同僚は不満げだった。大方野次馬根性だろう。
「知り合いの上忍に聞いたんだけど、最近えらく機嫌よくてさ。付き合いも悪くなったし、任務が終わればさっさと消えるし」
それはよくある恋人が出来始めの状態だった。
「それでな、くノ一が恋人ができたのか聞いたら」
「聞いたら・・・?」
「曖昧に笑って肯定も否定もしなかったらしいぞ」
それは、確かに怪しい。
いないならきっぱりと否定するような人だ。
(恋人・・・)
よくよく考えるとむしろ今までいなかったことじたいが珍しい。里の誉れで地位も名誉もあり、それに加えて顔もいい。彼ほど美しい人を見たことがない。その上優しくてマメだ。気遣いだってできるし、尽くしてくれる。
(そっか、恋人か・・・)
もし、恋人がいるのなら・・・。
そしたら、もういつものように彼と会う時間は減ってくるだろう。恋人より俺を優先する意味はない。それにセックスだってしてはいけないだろう。
(まてよ)
そしたら、マズくないか。

だって俺たちセックスしてるし。

(あれ?なんで俺、カカシさんとセックスしてるんだっけ・・・?)
今まで秘密を受け入れてくれた衝撃で色々流されていたがおかしいことに気がつく。
そもそもセックスとは一般的に恋人もしくはパートナー同士するべきものだ。俺たちはどちらでもない。
それなら、よくあるセックスフレンドか?
恋人がいるのに?あぁ、浮気相手か。
俺は。
俺は、秘密を受け入れてくれるのなら、別にセックスなどしなくていい。彼が望んだから、しているだけだ。
だけど。

だけど、浮気なら死んでもゴメンだ。

知らなかったとはいえ、最低なことをした。
今夜部屋に来たらきっぱりと言おう。
ここへは二度と来るな、と。
ギュッと胸が締め付けられる。まだ言っていないのに、想像しただけでこんなに辛いとは思わなかった。
俺の世界の一部になっていたのだから。
彼が褒めてくれるのは、単純に嬉しかった。
受け入れてくれるのは、救われた。
全て自分で選んできた。
後悔はないし、迷いもない。
だけど苦しい。
バレればすべて失う、認められるはずないモノを持ち続けなければならない環境が辛い。なんて気持ち悪い奴だと自分を責めた。両親に、俺の子どもを心待ちにしている三代目に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。そして俺を慕ってくれる生徒たちに向き合うたびどこか罪悪感があった。
そんな俺を、彼はそれでいいと言ってくれた。
こんな趣味があっても俺の魅力は損なわれないと言ってくれた。
そんな人を俺は手放さなければならないのだ。
寂しい。苦しい。悲しい。
だけど。
だけど、浮気はダメだ。
誰かを裏切り、悲しませるなどしてはいけない。
彼に言わないと。
恋人を大事にしてくれ。ここへ帰るのではなく恋人のところに行ってくれ。夕飯も朝飯も恋人と食べて、行ってきますのチューをして、外であったら他人に迷惑かけないようにイチャイチャして、帰ってきたらただいまのチューして、セックスして、たまの休みはデートして、映画見たり散歩したり外でメシ食ったり・・・。
(・・・・・・まてよ)
自分で想像しながら情景がありありと浮かんだ。
何故ならそれはここ数ヶ月の彼との生活そのものだった。
(・・・・・・・・・・・・あれー?)
今まで気づいていなかったが、この数ヶ月の生活はまるで恋人と言われてもおかしくなかった。むしろしっくりくる。

(もしかして、その恋人って俺のことか・・・?)

いやいやいや!
いやいやいやいやいやいや!
おかしい!いやおかしくない!
え?あれって恋人同士だったのか?でも違うことが浮かばない。むしろ恋人同士以外の言葉が浮かばない。
(いや、だけど、ここここ告白とかしてないし!)
彼だって冗談っぽく好きだよーとか言ってくるが真剣な告白ではない。
(好き、なのか?)

俺は、彼を。
彼は、俺を。



「上の空でどーしたの?」
「ぅわっ!!」
背後から声をかけられて慌てた。見ると時計は日付が変わる少し前を指しており、彼は少し草臥れたような表情で立っていた。
「もぅ何回も玄関で声掛けたのに全然反応ないんだから」
「すみません、ぼーっとしてました」
「おかえりのチューがまだだよ」
そう言って優しく口づけをする。
そのまま彼の唇は耳の方へいった。
「スケスケの、着てくれてるんだね」
甘い声で囁かれてゾクゾクする。それだけで腰が砕けそうになる。
それを支えるように抱きしめられた。
「約束、んっ、だから・・・っ」
「ん、とってもセクシーだぁね。イルカのお尻の形がくっきり見えるよ」
言いながら尻を揉んでくる。いやらしさを感じ身をよじった。
「ごはん・・・」
「あとで」
必死の抵抗もきっぱりと言われ、横抱きにしながらベッドに向かった。いつものように。
「エッチなイルカ見せて」
足を思いっきり広げさせられる。今日の下着は特に恥ずかしくてスースーする。無駄な抵抗だと分かっていながらも上着を引っ張ってみる。
彼が近くで眺めるから吐息が下半身にあたる。いつものことだけど、今日のは布が薄いためかまるで素肌のようにダイレクトに感じた。
「本当にスケスケだね。こんなエッチな下着買ってどうするつもりだったの?」
緩く勃ちあがった俺のにピンと指で弾く。
更に固くなったのが分かった。
「んんっ、通販で、ぁ・・・っ、たまたま買ったらこんな薄い生地だっただけです・・・っ、やぁ」
「お漏らししちゃったらすぐ分かっちゃうよ。本当にスケベ」
「や、だぁ・・・カカシさっ」
下着の上から指を入れてくる。コンドームとは違う感覚に、異物を入れられている気分になる。
「最近ナカ濡れてきたね。パンツにエッチな汁がいっぱいついちゃうよ」
彼が布を引っ張るから前も擦れてくる。薄い生地のため、俺のはぶるんっと横からはみ出した。
恥ずかしいし、中途半端な刺激しかないし、もどかしくて彼を見た。
「カカシさっ、やだ、指ちゃんとして。指、カカシさんのぉっ」
「イルカ・・・」
パンツをずらして一気に三本入れてきた。
「あぁっ、ああぁぁーっ!」
「ああ、クソッ、カメラ忘れた。また着てね、イルカ。エッチな格好いっぱい見せて、いっぱい撮らせて」
「あん、あっ、あぁっ」
「ねぇ、イルカいいでしょ?いいよね?ダメなら入れてあげないよ」
「んんっ、いいっ、いいからぁ」
「可愛い、オレのイルカ」
やけに乱暴に挿入された。だけど連日彼を受け入れていて、もう彼の形になってきていた俺のは痛みなどほとんどなく呑み込んだ。
今日はカメラがないためか、俺の腰を持ったままガツガツと腰を振られた。
服も捲し上げられ、布越しにぷっくりとしている乳首にむしゃぶりつかれた。
「こんなエッチな下着着て、・・・オレが今日どんなに妄想してたか分かる?」
「やらっ、おっぱいらめぇ・・・っ」
「黒い生地に精液ぶっかけて、白に染めるまで犯してやろうってずっと考えてた」
顔を上げた彼の目は、ギラギラと欲望に染まっていてまるで喰い殺されるようだった。髪の毛一本も逃さず全部食べてしまいそうな、そんな必死な目。
セフレとか友人とか、そんな生ぬるい言葉なんて見当たらなかった。
(恋人・・・)
恋人って思ってくれているのだろうか。
彼は俺のこと好きなのだろうか。
(好き・・・)
「好きだよ」
そういいながら、顔が近づいてきた。
いつも様に目を閉じるとキスしてくれた。舌を絡ませ、彼の口と俺の口の中を行き来する。段々と境目がなくなって、一つになっていくような感覚になる。
「好きだよ、可愛い。可愛いオレのイルカ・・・」
好き。
好き、好き、すき。
俺は?

俺は?

「す、き・・・」
好きだ。
この関係を手放したくない。彼を誰にも譲りたくない。
俺をありのまま受け止めてくれるのは彼だけだ。
そして。
彼のありのままを受け止められるのは、俺だけだ。
「可愛いイルカ。堪らないよ」
ガンガンと犯してくる。彼の腰が当たるたびに目がチカチカするほど激しかった。
何度もキスをした。キスをしながら攻められる。
全部全部ぐちゃぐちゃになって、一つになる。
そうしたら俺たち一つだ。
「あぁっ、イく、イクイクイく・・・ぅっ!」
パンパンに膨れ上がり、一気に放出する。熱いのが下半身にいっぱいになる。
はぁはぁと余韻に浸りながら息を整えていると、彼はさっさと抜き、まだ精液がでるソレを俺の胸に押し付けて、ベタベタにする。
「すっごく卑猥。あーカメラ取りに帰ればよかった」
「へんたい・・・・・・」
やっぱり変な趣味だ。だけど彼らしくてクスクスと笑う。
恋人になりたいな。
きっと今とそんなに変わらないだろうけど。
それでももっと彼との付き合いが楽しくなる気がした。
「カカシさん」
「んー?ちょっと休憩ね。お風呂入ってメシ食べたらもう二回しよ」
まだヤる気なのか。任務で疲れているくせにタフだなぁ。もう深夜だし、眠たいから勘弁して欲しい。
「下着は変えなきゃ。洗ってあげる」
「いや、いいですよ」
パンツを脱がそうとする手を必死で止めた。何で好きな人にパンツ洗わせなければならないのだ。しかもお互いの精液がついた。変態か。
「早く洗わないとシミになるよ」
「分かってますから離してくださいっ」
「いいからいいから」
「あっ、ちょっと!」
取り合いになっていると、ビリッと嫌な音がした。
見ると腰の布がビリビリに破れていた。
「あー!」
元々薄い生地で安物だったので、男同士が本気で引っ張ったら簡単に破れるだろう。
だけど大事にしていた下着が無残な姿にさせられるのはひどく腹立たしい。
「だから離してくれって言ったのに!」
「オレが洗うって言ったでしょ」
「どうしてくれるんですか!男物ってそう数ないから買うのだって大変なんですよ!」
「あーもー面倒臭いなぁ」
面倒臭い?
面倒臭いだとぉお!?
それは俺か?
それとも下着か?
任務後で疲れきっているのに愚痴愚痴言われて煩わしいのは分かるが、俺だって大事なものを壊されたのだ。怒る権利はあるはずだ。
ギッと睨むと、さすがに失言したと分かったのか気まずそうに目をウロウロさせた。
「・・・代わりの買ってくるから」
「結構ですっ!これは俺が真剣に選んで買ってるんですから」
「じゃあ謝るから怒らないでよ」
その理不尽な謝罪に更にムッとなる。
コイツ、悪かったなんて思ってないな。ただ怒られるのが面倒だから謝ってるだけだな。
俺は大事な下着を壊されたのにっ!
「・・・・・・帰ってください」
「・・・は?」
「今日は帰ってくださいっ!」
「え?メシは?」
いつもなら子どもっぽくて可愛いなぁと思える一言も、今の状況では無神経で自分勝手しか思えず更に怒りに火を注いだ。
夕飯を皿ごと渡して、玄関から放り出した。
「帰ってください!」
「え、ちょっと待っ」
「いいから帰れっ!」
バタンッと勢いよくドアを閉めた。外には人の気配がしたが、無視して布団に入った。もう億劫だから寝たい。疲れた。バカ。



朝起きるとスッキリしていた。
寝不足だったなぁと思いつつ体を起こすと昨日の残骸がそのままだった。
それを見ると思わず溜め息が出た。
とりあえず破れた下着は新聞紙に包んで捨てた。
別に気に入った下着ではなかった。薄いしペラペラで正直ハズレを引いたと一度も着たことがなかった物だ。
(あんなに怒らなくても良かった、かな・・・)
大事な玩具を壊された子どものような態度をとってしまった。ただの八つ当たりだ。最近仕事が忙しくてイライラしていたし。
彼は任務帰りで疲れているのに。
(・・・謝ろ)
里にいるのに傍にいないのは、やはり寂しい。


その日は一日アカデミーだった。
受付ではないので彼には会えない。だけど昨日見たシフトによると今日一日は休みらしい。
どうせ俺の家にいないのなら彼の家でゴロゴロしているだろう。
今日は残業を止めて帰りに寄ってみよう。
(許してくれる、よな・・・)
きっと彼は笑って受け入れてくれるだろう。そういう人だから。
さっさと片付けながら、返し忘れた教材を手に取る。これを戻したら帰ろう。
一度家に帰って下着を持ってこようか。彼が好きだと言っていた黒のTバックにしようかな。それともスパンコールがふんだんに使っている金色の下着にしようか。
百戦錬磨と聞いている彼が、俺の下着姿で過剰すぎるぐらい反応してくれる様はいつ見ても優越感に浸れる。ちょっとエッチなポーズをすると鼻息荒く押し寄せてくる様子はまるで性を覚えたての少年のようだった。
それがとても愛おしい。

「はぁああ!?桃華上忍って恋人いたのかよ!?」

本部に繋がる通路から大声が聞こえた。
見ると男が数人どこか悲愴感漂う顔で話していた。
「あの理想の女、色気たっぷりGカップの桃華様が・・・。ついに人様のものに」
「許せん、絶対闇に葬ってやる」
どこか本気の声にギョッとする。
桃華上忍とはくノ一の中でもトップクラスのスタイルを誇る、見事なプロポーションの持ち主だった。彼女がターゲットとした男は必ず落ちると言われている。
「それで、誰が相手なんだ?」
「それがな・・・」
一瞬、シーンとなった。


「「はたけ上忍!?」」


「あーなるほど、納得」
「まぁ、はたけ上忍なら仕方ないよな」
「お似合いお似合い」
男たちは先程までの殺気はどこへやら、さっさと納得した。誰も恨んでないし、誰も悔しがってない。
「二人で出かけているらしいぞ」
「あー、そう言えば高級デパートの火の丸で見た人がいるって言ってたなぁ」
「あのむっちりボディを味わえるのか・・・。羨ましい」
それ以上聞いていられず、さっさとその場を離れた。
桃華上忍が、恋人?
まさか。
だって、恋人は。

恋人、は。

(いや、まさか・・・)
俺の勘違いだったのか。
あの目も、あの態度も、好きだと言ってくれた声も。
そりゃ正式には言われてないけど、だけど。
だけど。
(今日、ちゃんと聞こう)
昨日聞きそびれたことを聞こう。
(下着、持っていかないと)
あれは俺の武器で。

俺たちの秘密だ。

俺の家に帰る途中にある、高級デパート火の丸。
ふとそちらを見た。特に意味はなかったが、ここで彼らを見たと言っていた言葉が蘇り、無意識に目が向いていた。
ここは高級な物しか売ってないので俺は三代目のお使いでしか行ったことがない。
(確か、窓際に)
可愛い下着屋があった。勿論女物の。
可愛いなぁといつも思っていた。繊細で美しく、そして華やかで高級なものばかり並んでいた。怪しまれないように一瞬見るだけだがよく見ていた。
そう、丁度あの辺り。
今日も女の人で賑わっている。
その中に、一人だけ背の高い人がいた。銀髪で箒のような髪に、口布をした・・・

あぁ、あれはカカシさんだ。

遠目で表情は見えないが、あれは確かにカカシさんだ。
隣に桃色の女の人が見える。おそらく桃華上忍だろう。鮮やかな桃色は桃華上忍の髪と同じだった。
二人で、楽しく、下着屋で、デート。
(あぁ、そうか)
彼はハッキリと言っていたではないか。

彼が好きなのは、下着姿だと。

彼にとって下着を身につけていれば、誰だっていいのだ。
重要なのは下着で、着てる人じゃない。
俺だってそうだろ。
俺だって、俺の下着姿を受け入れてくれれば何だって誰だっていいんだろ。
そういう人が欲しかったんだろ。
だから傷つくのはおかしい。
最初からそれだけの関係だと承知していただろ。

俺が、勝手に勘違いしただけだ。
勝手に好かれてると思って、舞い上がって、喜んでいただけだ。

(別れないと・・・)
浮気はダメだ。絶対ダメだ。
体の関係があるのだから、すぐに友人関係には戻れない。相手にも失礼だ。
だから、別れないと。
距離を置かないと。
彼のように簡単に次の人を見つけられるモノではないけど、いないとは限らない。
また別の人を探せばいい。
見つからなければ、前のように一人でひっそり下着を着て過ごせばいい。
そうやって今までやってきたのだから。
彼に出会う前に戻るだけだ。
そうやって、秘密以外切り捨ててきただろ。
また、捨てるだけだ。
俺が持てる量は限られていてるのだから。
(帰ろ・・・)
俺には下着だけだ。
下着だけだ。



コンコンとノックの音がする。
いつもは無断で入ってくるくせに、どこか遠慮しているのがなんだかおかしかった。
来ると思ってた。
来るとは思わなかった。
期待しているような、憤慨しているような、失望しているような、ぐちゃぐちゃの感情が溢れそうだった。
「イルカ、まだ怒ってる?ねぇ、仲直りしよーよ」
コンコン、コンコンと何度もドアを叩いている。
お互い気配がダダ漏れで中にいるのは分かっているくせに。
俺が無視し続けていると、ガチャとドアが開く音がした。
「イルカ。ねぇ、どうしたの?」
どうかしたの?
アンタの頭こそどうかしてるのか。
恋人と会って、夜には俺と会って。
平気な顔して、ヘラヘラして、セックスして、好きだなんて囁いて。
アンタの方こそどうかしてる。
「イルカ」
無遠慮に入ってきた彼は、居間でピタッと止まった。

「なんで下着をゴミ袋に入れてるの?」

なんで?
そんなこと決まっているだろ。


「捨てるからですよ」


俺の両手は本当に小さくて、持てる物など限られていた。だから大事だと分かっていても、持ちきらなくなってきたら、泣く泣く捨てていった。そうして残っていったのはほんの僅かなものだった。
友人と恋人と、人間関係を捨てて手に入れたものが下着だった。
持っているだけで心を満たしてくれる。
きっとこの先もそうやって大切にひっそりと人知れず持って生きていくのだと思っていた。
だけど。
今日、下着の入ったタンスを開けて思うことは、カカシさんのことだった。
どれを着たら、どんな風に喜ぶか。
その反応を一つ一つ鮮明に思い出した。
どんな風に囁いたか、どんな風に触れてきたか、昨日の事のように浮かんできた。

そこで初めて、この下着が彼との思い出の品に成り下がっていたことに気がついた。

どれも思い出の品で買った時の感動、身につけた時の感動があったはずなのに、どれも思い出せないぐらい鮮明に、彼との思い出しかでなかった。
あんなに好きだったのに。
そのために何だって捨てたのに。
こうも簡単に、俺の腕の中にあったものが、全部入れ替わって彼の思い出になった。
彼に恋人がいると分かって、初めて自分の腕の中にあるものがいつの間にか彼でいっぱいだったと気づいた。
こんなに。

こんなに好きだったのだと、初めて知った。

好きという感情はもっと強烈で明白で荒々しいと思っていたけど、それはまるで秘密のようだった。
気がついたらソコにあり、存在を認めた瞬間手放せなくなる。ろくでもないものだと分かっているのに、絶対で。
なんて間抜けで、愚かで、卑しい。
こんなものが欲しかったわけではない。
だから捨ててやる。
腕の中からっぽにして、また一からやり直す。
彼から離れるなんて簡単だ。
彼の興味は下着だけだ。
だから俺は選ばれて、そして着なくなったら興味を失うだけだ。
「捨てるって、何で・・・。だってあんなに好きだったのに・・・」
どこか狼狽するように震えた声で言った。
そうだよ、俺だってそう思っていた。下着より好きなものなどできないって思っていた。
「もうここへは来ないでください」
来るな。来てはないけない。
会いたくない。会っては行けない。
ヒュッと、息を呑む声が聞こえた。
「・・・・・・、あぁそういうこと。なるほどね」
一人で何か納得したように頷きながらクスクス笑った。
「つまりオレのこと、邪魔になったんだ」
「・・・・・・は?」
「それで下着捨てて証拠隠滅する気だった?そうすれば元の生活にもどって、清く正しく美しい先生に戻れるって思ったわけ」
なるほどねぇと口調は軽いのに、声がひどく低くてまるで怒りに震えているようだった。
ポカンとする俺から下着の入ったゴミ袋を取り上げるとそのまま床に押し倒した。
「あんなに好きだった下着は飽きちゃったの?そしたらオレは用無し?案外簡単に捨てられちゃうんだなぁ」
「ちょっ、離せっ!」

「バラしてやる」

低い声で、俺のことすごい目で見下ろしながらそう言った。
「バラしてやる。イルカのいやらしい写真里中にバラまいてやる。あんなヨがってる写真みたら強姦だなんて思わないよ。淫乱先生って教え子たち思うかなぁ。ナルトだってサスケだってサクラだって、みんな軽蔑するよ」
「なっ、あれは消すって・・・っ」
「そんな口約束なんの拘束があるの?忍なら弱み握らせちゃダメでしょ?」
正論過ぎて言葉も出ない。
確かにあんな明白な証拠を易々と握らせた俺は軽率だった。あんなものばら撒かれたら俺の社会的立場は一瞬にして地に落ちる。
そうか。
やはり彼に見つけられた時点で。
秘密を見られた時点で。
俺はもうおしまいだったのだ。
「それともエッチな先生って気に入られちゃうかな。みんなかわいい下着姿見たいって取り合いになっちゃうよ。服なんかむしり取られて、エッチな下着着せさせられてマワされるんだよ。里外任務になったって関係ないよ。むしろここぞとばかりに襲われるね」
そんなこと想像したこともなくてゾッとした。
まさか俺みたいな奴が女物の下着着たところで襲われるとか考えたことなかったが。
だけどいないとは言いきれない。
興味本位だってある。気軽にヤれると思われるかもしれない。
そうなったら?
俺は人から蔑まれ、マワされ、その上好きな人から捨てられるのか。
「それでいいの?」
目頭が熱くなる。
耐えられなくて目を抑えた。
嫌だよ、嫌だ。
耐えられない。
カカシさん以外の人に、抱かれるなんて耐えられない。
(あぁ、そうか・・・)
そんな気軽に抱かれるわけない。異性ならともかく同性に抱かれるなんて耐えられない。それなのに彼は簡単に受け入れられた。
「イルカはそれでいいの?」
最初に俺のこと受け入れてくれた時から、ずっと。
「オレは」
俺はずっと、彼のことーー・・・。


「オレは嫌だ」


低くて怖い声だが、どこか必死で怯えたような声がした。
俺の心の声かと思ったけど。
驚いて目が開いた瞬間、色違いの目がキラキラと濡れながら光っていた。


「オレは、嫌だ。そんなの耐えられない」


「カカシ、さ・・・」
彼が脅してるくせに。
酷いこと言っているのは彼なのに。
彼は怯えたように泣いている。
「オレ以外がイルカのエッチな姿見るの?オレとイルカだけの秘密を共有するの?そんなの許さない。アレはオレだけのモノだ。オレだけがイルカの全てを知ってる。知るべきだ。そうでしょ?」
そうだよ。
そうだ。
俺の秘密を知ってるのも、理解してくれてるのも、受け入れてくれるのも。

受け入れてほしいのも、アンタだけだ。

アンタだけだ。


「好きです」
こみ上げてくる激情はなんだろう。
他のことなど考えられず、ただ一つ炎のように熱く燃え盛るこの激情に名前がつけられない。
こんなに激しい感情は、初めてだった。

「カカシさんが好きです。俺の秘密は、カカシさんだけしか知らなくていい」

ぽろぽろと泣いていた彼はポカンと俺を見て、クシャっと表情を崩した。

「当たり前だよ」

そんなふうにいつだって。
彼は易々と俺の気持ちを受け止めてくれるんだ。




「まだ怒ってるの?」
どこかビクビクしながら訊ねてきた。
「いいえ、もう平気です」
そう答えるとホッとしたようにニコッと笑った。その安心しきった顔は、何だかとても愛らしく俺もつられてヘラッと笑った。
「でも、こんな関係もうやめましょう」
浮気はダメだ。決して。
友人なら、きっといいはずだ。俺は彼を好きだけど、だからと言って全く他人にならなくても、友人としてなら許されるはずだ。
彼が俺のこと好きでないうちは、きっと浮気ではないはずだから。
俺の秘密を共有してくれ、受け入れてくれるだけ幸せなのだから。
「え?」
「こんな中途半端な関係、相手にも失礼です」
「あ、うん。そうだよね」
ポッと頬を染め、嬉しそうに微笑んだ。
相手を想像しているのか、照れくさそうに頭をかきながらも、とても幸せそうだ。
そんな顔、俺にはしてくれたことはなかった。
好かれているなんて、どうして思えたのだろうか。
「別に曖昧にしたかったわけじゃないんだけど、結構ガード堅いから外堀を埋めて逃げれないようにしてからの方がいいかなぁって思ってて」
そんな顔で惚気られると、やっぱり辛い。
早くも挫けそうになる。
「ずっと、見てた。いつも周りに人がいて、だけど他人と距離を置いてて、無鉄砲に近づいたらきっと距離を置かれると思って、どこか突破口がないかずっと見てた。秘密を知った時は震えた。オレだけが知ってると思ったら叫びたくなった。アレがオレじゃなかったらと思うとゾッとする。本当にイルカは」
「は、俺?」
あれ、俺の話だっけ?
いや、今は恋人の話で。
「イルカは、知れば知るほど好きになる。可愛くて美しくてエロくて、ホント大好き」
「え、いや、そうじゃなくて」
「だからさ」
そしてとんでもなく甘ったるい蕩けた笑みで笑った。
それはいつも見ているような、初めてのような、極上の笑みだった。


「結婚を前提に、オレたち付き合お?」


そんな当たり前のように。
それが自然で、気持ちで、全てのように。
この人も、俺のこと好きだって思ってくれてるのだ。
あれ?
やっぱりあの噂の相手はは俺なのか?
「今日の、デパートの下着売り場で女性といたのは・・・?」
「あ、見てたの?ほら、イルカの下着破したでしょ?それもあるけど、前からオレがプレゼントしたいなぁって思ってたんだけどさ、中々いいのがなくて。だったら作ろうかなって本物を下見に行ってたの。可愛いよね、あそこの下着」
可愛いよ。そりゃ高いし、凝ってるし。
そっちではなくて。
「そうじゃなくて、女性・・・」
「え?・・・・・・あぁ、桃華?アイツ詳しいし適任かなぁと思って。ほらアイツ元男だし」
「え?」
「だから、昔胸を作る前は男用の下着使ってて詳しいから参考に聞いたの。ハマりすぎて胸作ったらしいけど」
「え?」
「まぁナリはあんなのだけどゲイじゃないから普通に女が好きだし、彼女もいるらしいけどね。だからオレと一緒にいても誤解されないし相談相手には最適かなぁって思ってたんだけど」
「え?」
「え?」





世の中には秘密で溢れかえっている。






「イルカ、プレゼント」
レジ袋に無造作に入っているのは、見なくても分かる。俺の下着だ。
この袋を誰かに見られた日にはきっとこの人捕まると思う。いやそんなヘマはしないだろうけど、でももう少し隠した方がいい。
あれから時間があればこうやって下着を買ってきたり作ったりしている。
「ちょっ、何ですか!?この布がほとんどないのは!?」
「マイクロビキニ風。オレの手作りだぁよ」
ニマニマと気持ち悪い顔で笑う。こないだは鮮やかな刺繍をあしらった美しい下着を作ったと思ったらこれだ。
「これ、絶対はみ出ますよね」
「失礼な。きちんと入るよう計算してるよ。毎日採寸してるしね。ま、大きくなったら別だけど」
「バカ」
やっぱりにニマニマしてる。口ではブチブチ言ってるが、きっと俺はこれを着ることになるだろう。このサテン生地は俺好みをばっちりおさえてる。
下着をジーッと見ていると、彼が抱きついて頬にキスをした。
「実はイルカに秘密にしていたことがあるんだけど」
急に真面目な声で囁いた。
秘密。
それは俺たちにとって重要で大切な言葉だった。
その言葉は震えるほど恐怖と、狂おしいほどの甘美な響きをもっている。
「な、んですか・・・」
まさか今更既婚者とか隠し子がいるとかじゃないよな。実は全部ドッキリでした・・・、はないか。実は大きな病気があるとか。借金がすごいとか。年齢を偽ってた?いや、そんなアイドルみたいなこと言うはずないし。・・・髪の毛はズラだったとか?
改まって言うのだ。かなりの深刻さがある。
ゴクッと息を飲んだ。
彼はおもむろに紙袋から物を取り出した。


それは、ビデオカメラだった。

「オレ、こっちのハメ撮りも好きなんだけど」


「ーーーっ、は?はぁあ!?」
「勿論イルカは付き合ってくれるよね?」
「いや、バカですか!?バカですかぁあ!?」


世の中には秘密で溢れかえっている。
だけど俺と彼の秘密は、何があっても揺るがない絆で、幸福の甘い蜜だ。
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