俺の朝は彼の声から始まる。
「おはよ、イルカ」
朝食のいい匂いが漂う中、俺は彼に起こされる。
「おはようございます」
のっそり起きるが体はダルイ。原因が分かっているからため息をつくしかない。これはある意味不治の病だ。俺ではなく彼の。
「カカシさん。平日は手加減してくださいって言ってますよね」
「んー」
へにゃっと笑う。
でた、その顔。甘えるような蕩けるような笑顔。なんだか世界で一番幸せだと主張しているようで、その顔を見せられるとなんでも許してしまう。それを分かっていてやっているので始末に悪い。まぁ許す俺も悪いけど。
「だってイルカ可愛いから」
甘えるようにすりっと頬を擦り寄る。
頭を撫でてやると猫のようにすりすりと頬ずる。その姿は愛らしく、アンタの方がよっぽど可愛い。
これが俺よりも六歳年上の同性でしかも俺が勤めている会社の経営者とは思えない甘えん坊っぷりだ。
「イルカ、怒ってる?オレのこと嫌いになった?」
縋るような上目遣いをされて、白旗を揚げる。
もう可愛すぎる。
「今日は、手加減してくださいよ」
「はぁい」
ちゅっとキスする。唇を合わせるだけの軽いキスだがほんわりと幸せな気分になれる。
「イルカ大好き」
そしてまたへにゃっと笑った。
可愛いなぁと思いつつ、これ以上ここにいても遅刻するだけなので彼を連れてリビングへ行く。
テーブルには美味しそうな朝食が用意されていた。
まぁ作ったのは俺だが。
昨日の夜に仕込み、翌朝動けない俺のために温め、よそうのはカカシさんの数少ない仕事だ。
カカシさんは破壊的に家事ができない。
料理も洗濯も掃除も出来ない。
俺と付き合うまで食事は外で、洗濯はクリーニング若しくは捨てる、掃除は業者とまぁ金持ちらしい暮らしっぷりをしていた。
仕事はピカイチなのに、なんでそれよりも簡単な家事ができないか俺は理解出来ない。
彼の意外な一面を知り、困ったように笑う彼を見て、ひとり暮らしの長い俺が主に経済的に悪いということで手伝っているうちに気がつけば同棲していた。
ギャップに弱い。
その一言に尽きる。
「んーやっぱりイルカの料理は美味しー」
「カカシさんも温め上手くなりましたね」
馬鹿みたいな褒め言葉だが本当に温めることすらできなかったので進歩とも呼べよう。褒めるとまたへにゃっと笑った。
スーツに着替え、一緒に部屋を出る。
車を回し、助手席に彼を乗せた。
「今日は朝一で会議ですから」
「えーめんどくさいなぁ」
口を尖らせてぶうぶう文句を垂れる。そんな子どもっぽいところも可愛らしい。
「お昼は食べに行きますか?」
「イルカといちゃいちゃしたいから出前にして。ラーメンでもいいよ」
「本当ですか!じゃあ餃子頼もうかなぁ」
「お昼から餃子?臭くない?オレは気にしないけど」
「今日は来客ないからいいんです」
会社に着くと先にカカシさんをおろす。
「ではまたあとで」
「んー」
ちゅっと頬にキスされた。
「ちょっ、人が」
「いないから大丈夫。さー今日も頑張ろーね」
へにゃっと笑うと胸ポケットから眼鏡を取り出した。途端今までの甘い子どもっぽい顔が引き締まり、一切の隙がなくなった。
彼のスイッチが切り替わる。
「海野くん」
「・・・・・・はい、社長」
一礼すると、車を動かした。
入社一年目、俺は総務部にいた。新卒で任される仕事は雑務ばかりだったが初めてばかりのことで張り切っていた。
そんなある日、秘書の方が急用でおらず、何故か俺にお茶くみを頼まれた。
こういうのは女性がする方が・・・と思っていたが、なんでも社長はイケメンらしく、気軽に女子社員を傍に置くと面倒になるというのが暗黙の了解だったらしい。
断れるはずもなく、かなり緊張しながら社長室に行くと、そこには噂通りイケメンでしかも若い社長、畑カカシがいた。
挨拶をし、珈琲やスケジュールチェック、電話の繋ぎなど細々としたことを滞りなくし、その日は終わった。まさかその半月後に異動となり、彼の秘書になるとは夢にも思っていなかったが。
まぁその日から口説きに口説かれ、気がつけば恋人のポジションに、そして同棲していた。恋人も他人と一緒に暮らすのも初めてなのに違和感を感じさせない彼の話術には感心する。入社二年目にはまるで昔から彼の秘書だったかのような錯覚に陥るほどだ。
世間を知る前に、男を知ってしまった。それも抜けられないほどどっぷりと嵌っている。
朝一の会議が終わると、珈琲を入れる。
「ありがと」
へにゃっとした笑いではなく、少しだけ緩めた笑顔。同じ人間でもこうも違うのかといつも思う。
仕事中の彼はさすが会社を纏める社長の顔をしている。銀フレームから覗く色違いな目は妥協を許さない経営者の顔だ。
これがカレーを焦がして半泣きで謝っていた人とは思えない。
「今日は午後から営業部部長と開発部との打ち合わせがあります」
「分かった。あとで資料のコピー頼めるかな」
「了解しました」
一礼をして部屋を出る。
秘書という仕事は中々自分に合っていた。
人の顔を覚えるのは得意だし、彼のために尽くすような感じがとても好きだった。
十一時を回り、昼食の連絡をする。
彼の秘書となって仕事中は片時も離れない。昼食も勿論彼と共に取る。
これは恋人だからではなく、いつ連絡が来てスケジュールが変更になっても対応できるようにというわけだ。そんなこと滅多にないけど、でもとても大事なことだからと一番最初にカカシさんから教わった。
それから電話以外で人に極力会わない、会話しないこと。社長の近くにいるので社内では社長宛の頼まれごとをされやすい。地位の低い俺が課長以上の人から頼まれると断りにくいし、無意味な争いなどを避けるためにと言われている。
また出張のときには勿論同行しなければならないが、ホテルから出てはいけない。いつ連絡が来ても電話を取れる静かな状況にいなければならないためだ。今のところ電話が来たことはなく大体彼が戻るまで待機しているが、それでもいつかあるかもしれないと毎回ベッドの上で携帯を握り締めている。・・・決して抱き潰されているからではない、ハズだ。
秘書たるもの社長から一瞬も離れてはいけない。人に会わない会話しない。常に静かな一人の環境で電話を待つ。
暗唱できるくらい何度も言われ、大変だなぁと思いつつ従っている。いつか大事な電話がくることを信じて。おかげで最近カカシさん以外と顔を合わせたことがない。だがそれが秘書の仕事なのだ。
昼食の出前が時間通りに届いた。
受け取り、社長室に向かう。
「社長、昼食です」
「入って」
「失礼します」
応接用のテーブルに出前を置くと眼鏡を外したカカシさんが俺の隣に座った。
昼休みの彼は仕事が立て込んでない限りオフになる。
「お疲れ様です」
「んー」
へにゃっと笑う。あまりの可愛らしさに頭を撫でる。今日はベタベタしたいらしくやたら体をくっつけて食べた。
「晩ご飯はどうします?」
オフになった彼につい俺もプライベートなことを話す。休憩時間だし、いいよな。
「寒いし鍋がいー。魚のー」
「寄せ鍋ですか!いいですねー。今日は定時に終われそうですか?」
「一時間残業しなきゃいけなーい」
ぶぅっと頬を膨らます。可愛らしい仕草につい頬にをつついた。
「じゃあそれが終わったらスーパー行きましょう」
「んー」
へにゃっと笑い、俺の膝に倒れ込んだ。
疲れているのかもしれない。あやすように頭を撫でるとうっとりと微笑みながら手が太ももを這う。
「ダメですよ」
ペチッと手で叩く。ほっとくと本格的になるのを身を持って知っているのでダメな時はダメだと言わなければならない。
「ダメー?ちょっとだけ?」
縋るように上目遣いをされ、うっと言葉に詰まる。
可愛い。
可愛すぎる。
可愛すぎるが、午後一番で打ち合わせがあるのを知っているのでダメですと断る。
「ガマンできないなー?」
「打ち合わせがあるのでダメですよ、ね?」
「えーでもー」
諦めきれないのかイジイジと手を止めない。早く止めさせないと俺がその気になってしまう。
「ダメです」
「えーじゃあ今日二回していい?」
まさかのおねだり。
正直昨日二発されて辛いので勘弁して欲しいが。
ちらっとカカシさんを見ると段々と目が妖しく光り出していた。
マズイ。
彼は仕事とプライベートのオンオフとエロモードのオンオフがある。
エロモードのスイッチが入ると例え仕事が立て込んでいても、社内でも構わず手を出してくる。そうすると止める術はない。
今日は大事な打ち合わせがある。それに遅れさせることはできない。
「わ、分かりました。二回ですね!だから今はやめて下さい」
「本当っ!?」
無邪気に笑うと抱きついた。さっきまであった妖しい目はない。なんとか治まったらしい。
「イルカ大好き。頑張って早く終わらせるからね」
ちゅっとキスをすると眼鏡をかける。仕事モードになるらしい。
俺も彼に合わせて食事を下げ、小さくため息をついた。
打ち合わせのため、彼が用意した資料をコピーし並べる。ついでに珈琲を入れ、配っていると営業部部長が入ってきた。
「海野くん、久しぶり」
「久しぶりって今日も電話越しですが話ましたよね」
「だが顔を合わせるのは久しぶりだろう?相変わらず隠れているなぁ」
わりと頻繁に電話しているので気安い関係である。最も仕事の範囲内であるが。
「隠れているって、秘書たるものこんな感じじゃないですか?」
「まさか。前の秘書は社内中あっちこっち行ってたぞ。社内の営業部長なんてあだ名されていたし。そこで知り合ったうちのエースと目出度くゴールインしたしな」
そう言えば確かにそうだった。カカシさんが方針を変えたのかな?もしかして俺がダメダメ過ぎて恥ずかしくて人前に出さないのかも。
確かに前の秘書は有能で有名だった。
俺もまだまだだな。有能になればあっちこっち出歩けるかも。
よしっと気合を入れる。
「おっ。今日はもしかして海野くんの珈琲か?」
「はい」
「社長を落とした珈琲で有名だからな。楽しみだ」
初耳なので思わず部長を見てしまった。
社長を落とした珈琲?あぁ、確かに初めて会ったとき珈琲のこと褒めてくれたし、その後もよく珈琲を頼まれる。何にもできないと思っていたが珈琲は褒められたのか。
嬉しくて思わず微笑んだ。
総務部にいた頃先輩に美味しい入れ方教えてもらっていて良かった。かなり厳しく扱かれたけど今となってはいい思い出だ。懐かしくて更に笑みを深くする。
「海野くん」
鋭い声が背後から聞こえ、振り返ると厳しい表情をした社長が立っていた。
「何をしている。早く持ち場に戻りなさい」
「は、はい。すぐに」
しまった。
極力人に会わないことと長く電話番から離れてしまった。
「いいじゃないか、少しぐらい。別に仕事に支障はでないだろう?」
「黙って」
部長のフォローに冷たく答える姿は、かなり怒っている。最近ミスをしなかっただけに彼の怒りは恐い。
「し、失礼しますっ」
頭を下げて会議室から出た。
秘書たるもの社長から一瞬も離れてはいけない。人に会わない会話しない。常に静かな一人の環境で電話を待つ。
彼から教わったことをぶつぶつ呟きながら秘書室にもどった。
社長から内線で呼び出され、社長室に向かう。
「悪いけど肩揉んでくれる?」
怒っているかと思ったがそうでもなく少し疲労の色があった。もしかしたらさっきは疲れていてイライラしたのかもしれない。
「はい」
怒られなくてラッキーと思いながら肩を揉む。
肩もみは珈琲の次によく褒められる俺の特技の一つだ。
揉んでみると確かに少しこっていた。丁寧に揉む。
「珈琲じゃないから」
突然振り返らず言われ思わず「え?」と聞き返した。
「オレが落ちたの、珈琲じゃないから」
意味がわからずはぁと呟くともういいとため息混じりに言われた。
「ありがと」
ニッコリと笑われ、俺もつられて笑う。なんだか良く分からないが機嫌が直ったならよかった。
「可愛いね、海野くん」
腕を握られ、倒れるように彼に寄りかかるとそのまま抱きつかれた。
ぎゅっと温かい体温に包まれて怒るのを忘れて思わず抱きしめ返す。仕事モードの彼が甘えてくるなんて珍しい。
元々彼の仕事にむかう顔は俺の憧れだった。出来る男の象徴のような人だった。今でも見惚れてしまう彼が俺だけに甘えるような仕草をしてくることを密かに優越している。
チカっと蛍光灯がチラつき、ハッと気がついて体を離す。危ない、雰囲気にのまれるところだった。さっき改めてカカシさんに認められるような秘書になろうと誓ったところなのだ。キッチリと仕事したい。
「蛍光灯切れかかっていますね!」
「え?あぁ、そうだね」
少し不服そうに苦笑した。
「今気がついたよ。タイミング悪いなぁ」
「俺、かえますよ」
「海野くんが?」
「こう見えて総務部にいたころはよくかえてたんですよ!ちょっと蛍光灯と脚立取ってきますね」
新たな仕事っぷりを見せるチャンスだ。
俺は勝手知ったる倉庫へと向かった。
総務部にいたころはよく来ていた倉庫は相変わらず物が散乱している。いつか片付けようと思っていたが異動となり、すっかり忘れていた。
(今度暇なときでも片付けよう)
蛍光灯はあったが、脚立がない。もしかしたら使用中かもしれない。
とりあえず総務部へ聞いてみようと約一年ぶりに足を向けた。
「イルカじゃないか!」
「海野さん?わー久しぶり」
ほとんど変わらないメンバーに迎えられて思わず笑顔になる。色々あったけど、皆に良くしてもらい可愛がられていた。
「お久しぶりです」
「本当同じ会社にいても会わないものよね、元気だった?」
すっかり周りを囲われるぐらいの人だかりになった。
「なぁ秘書ってどんな感じだ?」
「別にこことあんまり変わりないかな?雑務ばかりしてるよ」
「社長ってどんな感じ?イケメンか?」
「あぁ、イケメンだし凄く出来る人だよ」
「えーすごーい」
女子社員から黄色い声が上がる。
「ねぇねぇ社長って独身?彼女とかいるのかな?」
「ど、独身だけど、彼女はどうかなぁ・・・」
まさか自分が彼女ではなく彼氏とは言えない。独身と知るときゃあきゃあ嬉しそうな悲鳴をあげる。最近人と接触しなくて忘れていたが、これが本来彼に対する周りの反応なのだ。
何となく面白くない。いっそのこと恋人がいる事を言おうか。それとも家事が破壊的にできないと言おうか。いや、それは無意味か。家事ができないのならやってあげたいと言う人はたくさんいる、寧ろ出来ないほうがアピールできて願ったり叶ったりだ。
「いーなー、私もお近づきになりたい」
「狙うは玉の輿!」
「バーカ、社長クラスの人が社員なんか相手にするか。あーいう人はどっかの令嬢か芸能人と結婚するに決まっているだろう」
その一言で胸がざわつく。
彼ぐらい容姿もよく、地位のある人ならよりどりみどりだろう。俺じゃなくても彼が望めば落ない人などいない。
いつか、彼は俺なんか捨てて、ふさわしい人と結婚するのだろうか。
そんなこと、考えたことなかった。
「あーでも、まさかイルカが一番出世するとはなぁ」
「え?」
「出世だろ?ここより給料いいって聞くぜ」
確かに給料は1.5倍アップした。そうか、俺出世したんだと今更ながら思う。
彼と暮らし初めて殆ど自分の金を使っていないというか金について気にしたこともなかった。改めて異様な生活をしていた。家事をしてもらっているからと俺から金を出させず、彼から何でも与えられて当たり前みたいな生活。
なんか色々流されて有耶無耶にされていたけど、これって変だよな。同棲というより寧ろ・・・。
(囲われた、愛人)
まさにぴったりな表現だった。
久しぶりに彼以外と会話して正気に戻った気がする。
これは良くない。
唯でさえ身分違いの関係なのだ。同棲ならお互い決まったお金をだし、きちんとしておきたい。
今日彼と話し合いをしようと心に決める。
「なぁ、今度驕れよー」
「おっいいなぁ。俺も俺も」
「いやここは逆に接待か?社長に口添えしてもらえるように」
「確かにー。海野さまー出世させてくださーい」
「無茶言うな。そんな権限ないよ」
笑って言うと周りもだよなーと笑い出す。
「今度皆で飲みに行こうぜ。会費だけでいいからさ」
「当然だろ」
「いいねー!総務部で新年会やるから来てよ!あっ、社長さんも呼んでね」
「無理だろっ!寧ろ来たら緊張して飲めねーよ!」
わいわいと盛り上がり近況報告を聞いたところで本来の目的の脚立をゲットした。
少し遅くなり早足で社長室に向かう。
「遅くな・・・」
「遅いっ!!」
部屋に入ると仁王立ちした社長がこちらを睨みつけていた。
「それを取って来るだけでなんでそんなに遅い」
せっかく直った機嫌が更に悪くなっていた。切れかかった蛍光灯が気になって仕事にならなかったのかもしれない。
「すみません、脚立を探しに総務部に行ってて」
「話をしたのか!」
「少し、世間話を・・・」
チッと舌打ちすると俺の横を通り過ぎて扉に鍵をした。
えっ?と思った瞬間腕をとりソファーに押し倒される。
「しゃ、社長!?」
「なんで言う事守らないかなぁ」
そう言われ、彼から教えてもらったことを思い出す。
秘書たるもの社長から一瞬も離れてはいけない。人に会わない会話しない。常に静かな一人の環境で電話を待つ。
確かに人と会話したが、かつての同僚だ。しかも世間話だ。そんなに怒られることだろうか?
「あの、ただの同僚ですよ・・・?話も世間話だし・・・」
「同僚だからだよ。その人にオレに口添えして欲しいって頼まれたらどうするの?」
確かに冗談だろうが言われたので押黙る。
「何言われたの?」
「ただの、世間話で・・・。今度新年会やろうって・・・」
「飲み会なんて一番ダメに決まっているでしょ!酔って情報喋ったらどうするの!」
「す、すみません・・・」
「あのねー、海野くん。君は秘書なんだから。自分を情報の塊だと思って。人に会うってことはその情報を漏らすことだと言っても過言じゃないの。漏らさない確率がゼロだって言いきれないでしょ。分かる?」
確かにそうかもしれない。
俺の把握している社長のスケジュールや彼の好みの珈琲の濃さ、好きな接待場所、タクシーの番号、そして好きな体位。仕事上のことは一切知らされていないから、たいしたことないと思っていたが、それこそ甘い認識だった。どれも大事な情報だ。それを誤って漏洩しないとは言いきれない。
「ごめんなさ・・・っ」
ポロッと涙が出た。
なんてダメダメなんだ。
頑張ると決めたのに。
こんな簡単なことすら守れないなんて。
恋人よりも先に秘書を辞めさせられるかもしれない。
うっうっと嗚咽する俺の頬にカカシさんが撫でる。
「わかってくれればいい。今度からちゃんと守って、ね?」
「は、い・・・」
それでもグズグズと泣くのをあやすように抱きしめながら撫でてくれた。
「社長、俺まだまだですが、いつか社長の役に立てるよう頑張りますから!」
「海野くんはとっても頑張っているよ。お陰でとっても助かっている」
安心させるように笑った。何て優しい人だろう。おかしいと思ったけどやっぱり彼の言う事は全て正しい。彼に従い、いつか立派な秘書になろう。
「ちゃんと言い付け守ってね」
「はい」
「話しかけられても断るんだよ」
「はい」
「それからむやみに笑わないこと。付け入るスキを見せるのはよくないからね」
「はい」
「体力か有り余ってるのかな?今夜は三回しようね」
「はい」
ん?思わず頷いたが、最後のは関係なくないか?慌てて彼を見るとニッコリとスキがない。なるほど、こういう顔が必要なのか。勉強になるな。
「閉じ込めて専業主婦にしてもいいんだけどねぇ。やっぱり仕事中も会いたいし。難しいなぁ」
ボソッと呟かれたが聞き取れず、え?と聞き返すと何でもないとニッコリと笑った。
「仕事場に戻って。ここ以外出てはダメだよ」
「はい、分かりました」
「ん。その内海野くんしか出来ない仕事お願いするから」
「本当ですか!」
俺しかできない仕事!なんていい響きだろう。仕事を任せられるぐらいは信頼してくれているのだろう。
「ん。海野くんしか出来ない事だからね」
一瞬目が妖しく光ったが、まさかと考え直す。あの目の光はエロモードだ。まさか俺しかできない仕事の話しをしているのにエロモードになるはずない。
「俺、頑張ります!失礼します!」
いつか彼の自慢の秘書に、そして恋人になるため頑張ろうと改めて誓った。
因みにその日は宣言通り美味しく三回頂かれた。有言実行、チャンスは必ずものにし、欲しいモノには妥協しない。それが経営者、畑カカシ。世間知らずのイルカが彼の真意に気づくことはまだ先、かもしれない。
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