その日はそのままそこで過ごした。
今更どんな顔して会えばいいのか分からない。
もし。
もし今まで気づかなかっただけで、一瞬でも疎まれている表情をされたら。
蔑まれている表情をされたら。
そしたら、オレは狂ってしまう。
明朝、総攻撃で良かった。
ここで華々しく散って、彼に理不尽な上司だったがやるときはやる人だと記憶に残りたい。
謝罪なんて。
どれだけ言葉を伝えたって彼の心の傷は癒しはしない。
ただ一言、もうオレのテントにいなくていいと式を送った。
もうあそこに戻るつもりはない。オレのことなんて待たなくてもいい。


総攻撃は一心不乱に行った。
戦っている間はただ無心に目の前の敵だけを倒した。
倒して倒して倒して。
どのぐらい自身が怪我をしたのか分からないぐらい感覚をなくしていた。それでも戦い続けて、もう少しというところで意識が遠のいた。



目が覚めると、見慣れたテントの中だった。
どうやら生きているらしい。
ぐるぐるに包帯を巻かれた腕と点滴をぼんやりと見つめる。
ここにいたくないのに。
ここはイルカとの思い出が随所にあり、いるだけで居た堪れない。
オレにとっては幸せな時間だったからこそ、辛い。
よく考えれば同性に抱かれるなんて誰が好き好んでするのだろうか。それで好かれているだなんて思い上がりも甚だしい。
イルカ。
ポタポタ落ちる点滴がまるで涙のようだった。
強い光を放つ目、濡れるような漆黒の髪、笑うと歪む鼻の傷、浅黒く焼けた肌、高すぎない落ち着いた声。
どれを思い出しても体が痺れる。
好きだ。初めて感じた恋だった。
もっと早く自覚すれば想いを伝えられただろうか。
もっと違う出会い方をすれば今とは異なる関係になれただろうか。
イルカ。
好きになって欲しいなんて言わない。ただ嫌わないで欲しかった。
もっと言葉にすればよかった。
最初からオレは何も語らな過ぎた。
もっと会いたいと願えば、雑務を頼まなくても傍にいてくれたかもしれない。
あぁ、そうか。オレは何も言わなかった。
何も言わなかったのに、今更告白など都合が良すぎだ。
彼のこと、名前しか知らない。
知りたいことはたくさんあったのに。
イルカ。
教えて欲しい。もっと、イルカのこと。
イルカ。
会いたい。声が聞きたい。
イルカ。
イルカ。
「イルカ」
「はい」
返事が聞こえ、起き上がると、医療キットを持ったイルカが立っていた。
「イ、ルカ・・・?」
「はい。医療チームが手一杯のため大まかな治療を終えたら五番隊員が後処理するんですよ」
痛いところないですかと近づいてくる。
あまりのことに、頭がショートした。
まさか、こんなにも早くイルカに会えるなんて思わなかったのだ。
呆然としていると、イルカは困ったように笑った。
「すみません。俺の顔なんて見たくないですよね」
「え・・・?」
「代わりの奴、呼んできます」
「え?え・・・?」
よく分からないが彼が行ってしまう。
行ってしまえばもう二度と会えない。
オレは慌てて彼の腕を掴んだ。
「待って!待って」
どこにも行かないで欲しい。
イルカの代わりなんて、誰もいないのだから。
イルカは、複雑そうな顔をして掴んでいる腕を見た。
「気持ち悪くないんですか?」
「え?」
「俺、沢山の男と寝たんですよ」
自虐的な言葉に胸が張り裂けそうだった。
分かっている。
オレも彼を無理強いした一人だ。責められても仕方ない。気持ち悪いと言われて当然だ。
謝罪の言葉もでない。
情けなくて堪らない。
好きな人に伽を命じるなんて。
「ごめん・・・」
なんて軽い意味のない言葉なのだろう。それでもそう呟けずにはいられなかった。
クシャっとイルカの顔が歪む。
「貴方が俺に会いたくないのは分かってました。式にそう書いてありましたから。ですが大怪我をされたと聞いて、心配で・・・」
心配。
イルカが、オレのこと心配してくれたなんて。
ほんわりと胸が熱くなる。
例え、オレがイルカに会いたくないと言われても。
ん?
逆だろ?イルカがオレに会いたくないはずだろ。
「イルカが、オレに会いたくないでしょ?」
「え?どうしてですか?」
きょとんとした表情で言われた。
どうしてって、え?
そう言われてどう答えていいかわからずもごもごと口を動かした。
だって、オレはイルカのことコキ使って、伽まで命令した嫌な上司のはずだろ?会いたくないに決まっている。
「だって、オレ、イルカに無理強いしたし・・・」
「あぁ、なんだ。そんなこと」
ふっと柔らかくイルカが笑った。
笑ったのだ。
オレは今ある状況全て忘れてポカンと見とれた。
美しく優しい笑みだった。

「嫌ではなかったです」

真っ直ぐな目でこちらを見た。
きれいな目だった。

「俺、はたけ上忍のこと、尊敬してます」

だから。

「だから、貴方の役に立てるならどんなことでも嬉しかったです」

尊敬だって。
こんなオレのこと、尊敬しているって。
役に立てるって。オレごときに、そんなこと。
そんなこと。
「オレ、そんなイイ人じゃないよ」
「・・・・・・、俺はたけ上忍に命救われた事あるんですよ。昔任務で、上忍に足手まといって切り捨てられて敵のど真ん中突き出されて、絶体絶命のとき、はたけ上忍が現れて壊滅してくれました。あの時から俺は」
まるで宝物を見せるかのようにキラキラとした目で嬉しそうに笑った。
「俺は、いつか、はたけ上忍のためになりたいと思っていました」
だから、ここ出会えて、貴方の役に立てて幸せですと笑顔で、そんなこと。
そんなこと、たいしたことではない。
ただ目の前に敵がいたから壊滅しただけで、意図的に仲間を救ったわけではない。
オレは、アンタに尊敬してもらえるほどできた人間ではない。任務だって失敗することもあるし、部下を見殺しにしたこともある。今だって隊を上手くまとめきれていない。
好きな人に無理強いしかできない。
こんな人間を、尊敬してるだって。

そんな宝物を見るような目で。

あぁ、アンタの思う通りの人間になりたい。
完璧で理想的て何より仲間を大切にする、誰からも尊敬できる人間に。
そうしたら。
そうしたら、イルカはオレのこと好きになってくれるだろうか。

「無理強い、してるつもりじゃなかったんだ。ただ、イルカに傍にいてほしくて。どうしたらもっと長く一緒にいれるか、わからなくて・・・」
言い訳じみたことをボソボソ言うとイルカは照れたように鼻をかいた。
「光栄です」
そうやって笑って許してくれる。
本当の強さとはそういうものじゃないのかな。
強くて、優しくて美しい。
イルカ。
今はまだイルカの尊敬できる人間ではないけど。
いつかきっとなってみせる。
イルカの隣に、この笑顔に相応しい人間に。
そうしたら胸を張って堂々と告白してみせる。
じっとイルカの動作を見つめているとイルカはチラリとこちらを見て苦笑した。
「あの・・・、見てて楽しいですか?」
「うん」
なんでそんな当たり前のことを聞くのだろう?躊躇いもなく頷く。
「あんまり見られると恥ずかしいっていうか」
「そう?可愛いのに」
「かわっ」
真っ赤な顔で口をパクパクさせる。
「はたけ上忍は変わってますね」
「そう?」
「俺可愛いなんて言われたことないですよ」
こんなに可愛いのに。
世の中の人はこの可愛さが分からないのか。
いや、分かってはいけない。オレみたいにイルカを好きになってしまう。オレより出来る人はご万といる。もし、イルカがそちらに惚れてしまえば。
そしたら、オレは、どうしたらいい・・・?
(駄目だ。絶対駄目)
イルカの良さがわかるのはオレだけでいい。
伽ももうしなくていいと告げないと。
この先誰かの伽の相手をさせられるなんて、耐えられない。
「イルカ」
「はい?」
「伽の任務、断って。オレの名前だしていいから」
オレの名前をだせば少しは敬遠されるだろう。いや、そうさせてみせる。
「いや、えっと・・・」
「なに?」
口篭るイルカに慌てる。まさか躊躇されるとは思わなかった。てっきり伽は嫌がっていると思っていたが、そうではないのか。
もしかして。
もしかして男に抱かれるのが癖になってるということはないだろうな。
それなら一瞬も傍から離さないようにさせないと。
「ちゃんと、断ってますよ。伽をしてたのは下忍なりたてのときだけで、あとは色々言いくるめて。俺こう見えても口は上手いんですよ」
「・・・・・・え?」
「まぁこんなにごつくなったから最近は誘われることも少ないですけど」
ハハッと豪快に笑った。
それが例え嘘でも嬉しかった。
「じゃあなんでオレのときは・・・」
「だからそれはっ!」
真っ赤になりながら叫んだ。

「はたけ上忍だから・・・っ」

オレだから?
オレだから、抱かれてくれたの?
言いくるめて回避できたはずなのに?
尊敬してるだけなら、抱かれなくてもいいんじゃないの?
ねぇ、それって本当に尊敬だけ?少しも好意はない?
聞きたいことはたくさんあったのに。
なんだか胸がいっぱいで言葉にならなかった。
くらっと眩暈がした。
「ねむ・・・」
「麻酔が効き始めましたね!もう寝てください!」
そう言って真っ赤な顔を隠すようにイルカが立ち上がった。
行ってしまう。
そっと手を伸ばした。
その手に気づいたイルカが小さく笑い、握ってくれた。
「傍にいて・・・」
自分で思ったよりも弱々しい声だった。
弱っているなとは思った。だが今手を伸ばさなければ、きっと。
きっと、イルカは手の届かないところへ行ってしまうような気がした。
「はい。勿論」
イルカは笑ってくれた。
なんだか安心して目を閉じる。
(そうだ、今度は里でも会ってって誘わないと)
プライベートでも会いたいといったらイルカはどう思うだろうか。
会ってくれるかな。
そしたら何をしようか。
メシでも食いたい。こんな味気ないメシではなく美味しいものを腹一杯食わしてやりたい。
そしてできなかったイルカのこと知りたい。どんな所に住んでいるのだろう。お互いの家に行き来したい。
それから。
それから。
次、目が覚めたときは。
一番に約束しよう。
目をつぶるとあっという間に睡魔が襲った。



目を開けるといつものテントだった。
「イルカ」
呼んでみても返事はなかった。姿も見えない。
傍にいてくれるっていったのに。
もしかしたら水を汲みに行っているのかもしれない。水を入れていた桶がなかった。
起き上がると体は軽かった。チャクラも短時間にしてはかなり回復していた。
鬱陶しい包帯などを外して外に出る。
早くイルカに会いたかった。
早く約束しておきたかった。
そしてもう一度あの笑顔を見たかった。



テントを出た瞬間、異様な雰囲気を感じた。
仲間の様子がおかしい。皆居た堪れないような様子でこちらを見ていた。
それに心なしか人数が少ない。
何だ・・・。
嫌な予感がした。
一歩一歩歩き出すとどう声をかけていいか悩んでいる様子が見てとれた。
「なに?」
声をかけるとあからさまに動揺している。
「あの、総隊長。実は・・・」
「おぉ、カカシ。回復したのか?」
そこに紗來たち上忍が数名近づいてきた。
「紗來・・・」
「お前と副総隊長の柳が休んでいる間、俺が指揮をとらせてもらったぜ」
「ふぅん」
柳まで倒れているとは思わなかったが、トップ二人が倒れたなら代わりに誰かが指揮を執るなんて当たり前だ。
それが何だというのか。
「それで?状況はどう?」
「ああ。もうすぐ終わるぜ」
「終わる?」
何が終わるのだろう。
だって、皆ここにいる。戦闘中ならここにいないはすだ。
いや、皆ではない。人数は少なくなっている。上忍は少なくなってない。いないのは。
いないのは?
「後方支援の奴らがいない・・・?」
後ろの方でバタバタ働いていた彼らがいない。
彼らこそここからいなくなるのはおかしい。
「気がついたか」
にやっと紗來が笑った。
ゾクッとするような嫌な笑だった。
「あいつらに相応しい任務を与えてやった」
「っ、は?」
「使えない奴らを使えるようにしてやったんだ」
「なにした?」
声が震えていた。
嫌な予感がして堪らない。
ドッと冷や汗が出た。
だって、五番隊には。
五番隊には、イルカがいる。

紗來の笑みが深くなる。

「突っ込ませたのさ。起爆札持たせて敵陣の中にな。これで終わるだろ」


「使えない奴等だがこれで少しは里のためになっただろ?なぁ」
高笑いが遠くから聞こえる。
突っ込む?起爆札?敵陣?
そんなことしたら。
そんなことしたら、死ねと言っているようなものじゃないか。
「お、まえ・・・」
頭が真っ白だ。
なんでそんなこと命令したのか。
そんなことしたらどうなるか知らないわけではないだろう。
そんなにも。
そんなにも、彼を疎んでいたのか。
「何故そんなことをする・・・っ!」
殺気を込めて睨んでみても彼の顔から笑みは消えない。
嬉しそうに口を歪ませて笑う。
「俺の弟はアイツらに殺されたのさ」
「弟?」
「俺より優秀な弟だった。いずれ里の中核を担うような立派な奴だった。なのに任務で足手まといの中忍を庇って死んじまった。庇った奴なんか弟に比べたら遥かに劣っていたのに・・・っ!なんでそんな奴のために弟が死ななきゃならない。弱い奴らは皆足手まといだ。俺たちの邪魔になる前にとっとと死ねば」

聞くに耐えられなくて、一発殴った。

ドシャッと倒れ込む。
殴りたりなくて掴みかかろうとすると、周りの奴らに止められた。
「誰が足手まといだって?」
「総隊長っ!」
「彼らの働きなしでは隊が機能しないことを知らないわけではないくせに。お前の弟など関係ない。お前は無抵抗の弱い奴らを見つけて憂さ晴らししていただけだ。その言い訳にお前の弟の名前を出すな」
「っ、アンタに何が分かるっ!俺の弟の、何が」
「分かるさ。弱い者を見捨てられない、心優しい優秀な忍だったのだろう。その優しさを、侮辱するなんて、つまらない兄だな」
「ーーっ!!てめぇ」
掴みかかろうとする紗來も別の奴らが押える。
何度でも殴りつけてやりたかった。
でなければ、この怒りを抑えきれなかった。
「総隊長、そんなことより五番隊をっ」
そう言われて、ハッとなる。
事態は一刻を争うことだ。早く止めないと自爆してしまう。
イルカが、死んでしまう。
(イルカ、イルカイルカッ!)
まだ、イルカに話したいことは沢山あるのに。
まだ伝えてないことが沢山あるのに。
「ここにいる全員に命令する。今すぐ敵本陣に総攻撃を開始する。五番隊の奴等を決して死なすな。大事な」
大事な。
「大事な、仲間だ」
オオォォォと野太い声が響きわたる。
それだけ告げると一目散に敵本陣に向かう。
イルカ。
どうか、どうか死なないでくれ。
そう願いながら走った。


一足先に木の葉の部隊を見つけ、合流する。
「総隊長!」
「総隊長!」
皆口々にオレの名前を呼んだ。
「状況は?」
「四班に分かれて四方から攻めています。ここは敵が少ないのですが、東方は・・・」
「分かった。これから総攻撃に入る。すぐにほかの奴らが来るまでここで待機だ」
「総隊長・・・」
「ご苦労だった」
そう言うと、感極まったのか、緊張が解けたのか、ポロッと涙が零れた。それも一人二人という数ではない。
無謀な作戦に放り出されたのだ。
何てことをしてしまったのだ。オレがしっかりしていれば、こんなことにはならなかった。
グッと胸を締め付けられる。
犬死などさせない。
この戦地は無駄死にするほどのことではないのだ。
安全なところに待機するように言うと、東方へ向かう。
そこでも同じように指示すると、安堵に震えながら頷いた。
イルカはいない。
まだ突っ込むな、と強く祈りながら次へ向かう。
「ナギサ!」
「カカシ・・・」
五番隊長であるナギサはひどく負傷していた。突っ込んではいなかったが奇襲があったことが伺える。
「お前、生きていたのか・・・」
「当たり前だろ」
「こんな無謀な作戦が通るぐらい、上層部がぐちゃぐちゃになったのかと思っていたが」
フフッと力なく笑う。
「・・・すまない」
「お前のせいではない」
「総攻撃を開始する。ここにいる必要はない。安全なところに待機しろ」
「そうか」
控えていた部下たちに伝えると他と同様安堵に咽びいた。
キョロキョロと辺りを見渡す。
ここにも、イルカはいなかった。
「うみの中忍か?」
指摘されて、狼狽する。
「お前、本当に好きなんだな」
「・・・ウルサイヨ」
「ここではない。西方だ」
それはまだ行っていない最後のところだった。
やはり、ここにイルカがいるのだ。
無意識に手が震え、ギュッと握った。
大丈夫だ。どこもまだ突っ込んではいなかった。きっと他と同様様子を見ているはずだ。
大丈夫。
大丈夫。
言い聞かせるよう何度も繰り返す。
「ギリギリまで突っ込むなと言ってある。敵陣が攻めてこない限りまだ大丈夫だ」
ナギサもそう言うが、顔は真剣だった。
「俺も行きたいが、恐らく足手まといになるだろう」
足手まといと言う言葉に、悔しい気になる。
足手まといなど、いるはずない。誰もが精一杯やっているのだ。
「無理しなくていい。お前は自分の部下の事だけ考えていろ」
「・・・そうだな」
「・・・・・・ご苦労だった」
それだけ言うと振り返らず走った。
不思議と体の不調は感じられなかった。どこまででも走れそうな不思議な感覚だった。
早く、早く。
手遅れになる前に。
ひたすら走って走って走って走って走って


遠くで、大きな爆発音がしたーーー・・・・・・。







総攻撃は敵の意表を突き、優勢に終わった。
敵味方共に死傷者は五十名を満たなかった。
ただ、西方を攻めていた五番隊だけ、他の所にいた敵が総攻撃の際集中し、全滅した。
その日の木の葉の死者はその十数名だけだった。







ぼんやりと、荒地に佇む。
もう戦闘は終わった。
そこにはもう誰もおらずシーンとしていた。
イルカ。
オレのために水を汲みに行った際、途中で五番隊の仲間に会い、今回の作戦に組み込まれた。
水など、たいして欲しくなかったのに。
だからあれほど、外に出るなと言っていたのに。
傍にいて欲しいと言ったのに。

ただ、傍にいて欲しいだけだったのに。

結局肝心なことは何一つ言えなかった。
彼の名前と階級しか知らない。
何が好きでどんな事をしているのか、どんなところに住んでいるのか。全部知らない。
オレが、どれだけ好きなのかも。
「イルカ・・・」
ポッカリと胸に空いた穴をどうしていいのか分からない。
この先どう生きていけばいいのか分からない。
突然の別れに、心はついていけなかった。
死ぬべきだったのはオレなはずなのに。
オレがもっと早く現状を知り、紗來を、地位の低い者を甚振る上忍を律していれば、こんなことにはならなかった。
「イルカ・・・」
もう失うのは疲れた。
親も師も友も、そして初めて好きになった人も全てオレのせいで死んでしまった。
もう、いいだろうか。
そっちに行ってもいいだろうか。
「総隊長!」
名前を呼ばれて振り返ると、イルカの傍にいたのを見たことがある男が立っていた。
「これを・・・」
渡されたのはドッグタグだった。
そこにはうみのイルカと書いてあった。
「イルカの・・・」
「俺、総隊長のこと勘違いしてました。他の上忍たちのようにイルカのこと虐げていると思ってました」
間違ってはいない。フッと自虐的に笑う。
そうか。だから五番隊に行くとどこか冷たい目で見られていたのか。
「イルカに逃げるよう言ったこともあります。嫌なら抜け出してもかまわない。俺たちがフォローするからと。そしたらイルカはいつも笑って」
思い出したのかうぅっと息を詰めた。
「はたけ上忍は部下思いの凄い人だって。いくら仲間がそんなことないと言ってもイルカは総隊長のこと庇ってました。俺はずっと騙されてる、お前は人がいいから良いようにされているだけだってあいつが言ったこと信じてなかった。でも、イルカは正しかった。総隊長は、一番に駆けつけてくれた。労わってくれた。イルカは正しかった。俺は信じてやれなかった・・・っ」
「違う」
オレはアンタたちが思っているような人間だ。
気に入った者を好き勝手にし、部下をまとめられず無駄死にさせた、つまらない総隊長だ。
「ここに一番に駆けつけたのは、イルカが心配だったからだ」
他の奴らなんて二の次だった。
結局オレは私欲でしか動けなかった。
だが彼は嬉しそうに笑った。
「そんなにも、イルカのこと気にしてくださったんですね。良かったです。イルカは総隊長とここで出会ってからいつも貴方のことばかり話てました。そんなに思ってもらえればきっと、イルカも浮かばれっ」
そこで耐えきれなかったのか大声で泣き出した。
イルカ、よかったなぁと何度も何度も繰り返していた。


「俺、はたけ上忍のこと、尊敬してます」
「だから、貴方の役に立てるならどんなことでも嬉しかったです」
「俺はたけ上忍に命救われた事あるんですよ。昔任務で、上忍に足手まといって切り捨てられて敵のど真ん中突き出されて、絶体絶命のとき、はたけ上忍が現れて壊滅してくれました。あの時から俺は、いつか、はたけ上忍のためになりたいと思っていました」


「俺、烏滸がましいですが、イルカの分まで生きたいと思います。俺自身たいした能力なくてずっと後方支援なのを絶望してました。でも、俺は、イルカのように尊敬できる総隊長のような方の役に立てるようになりたい・・・っ」
「なってるよ」
後方支援は大事な仕事だ。華やかな任務ではないが彼らなしでは隊はなりたたない。
「なってる。君たちなくしてオレたちは成り立たない。大事な、任務だ。卑下することはない」
「総隊長・・・」
彼はそれ以上喋れないぐらい大泣きをし、時々イルカの名を呼んだ。

イルカ。
イルカ。
イルカは死んだのに、全てなくなってはいなかった。
イルカの意思は、確かにここにあった。
ずっと、皆を支えようとしていたイルカ。
それなのに、くだらない上忍の八つ当たりで死んだイルカ。
その意思はこうして仲間の心に入り込み大きく育っていく。
死んでもなお、意思を伝えていく。
(凄いなぁ・・・)
オレのこと凄いと言っていたが、凄いのはイルカの方だ。
体はここになくても、心は繋げていく。
ならば。
ならば、オレがその心を受け継ごう。
それが、イルカの意思なら、オレが伝えていく。


イルカ。
オレはそんな立派な人間じゃないよ。
あんな目で、まるで宝物を見るような目で見てもらえるほど立派な人間なんかじゃない。
でも、今すぐイルカに会いに行って。
立派じゃない人間で会いに行ったら。
好きになってもらえないかもしれない。
それなら、追いかける意味はない。

例えば。
もし、本当にイルカが思うような人間に胸を張ってなれたら。
イルカの意思を繋いで、立派な里を作れたら。
どのくらいかかるか分からないが、いつかなれたら。
そしたら、オレを受け入れてくれるかな。
そしてようやくオレはイルカに告白できる。
それまで待っていてくれるだろうか。


あぁ、何故だろう。視界が歪んで見えない。
頬に温かいものが伝う。
見えないのなら、目を閉じてしまおう。
そうすれば暗闇の中で、イルカだけが浮かび上がる。
微笑むイルカが見えて、目を閉じていても、頬に伝う水は止まってはくれない。

イルカ。
オレはイルカの誇れるような理想の人間になるよ。
それまで精一杯こちらでやっていく。
ただ、オレの心はイルカに置いていく。
もうイルカ以外この心に触れられるモノはいない。作りたくもない。
全て終わったら体をそちらに持っていくから、どうかオレの心を持っていて欲しい。
オレの心は、愛はイルカだけのものだから。
その代わり、イルカの意思を持っていかせて欲しい。

そしてまた巡り会えたとき、心を交換しよう。
それまで大事に、大事に育てていくから。

いつか会える、その日まで。

イルカ。
君にこの愛を捧げる。

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