どうしてこんなことになったのだろう。



見上げるほど高いマンションの下で呆然と思った。
戸惑う俺の手を引いて、慣れた手つきで中に入る。
エレベーターが高速で数を刻む度にまるで天国へのカウントダウンのようで怖かった。
(ここはどこなのだろう)
話がしたい、と言ったのは俺だ。
いつものように育った施設に遊びに行き、彼が来ていると聞いて、――――彼がこの施設の取立てをすると知っていて、いてもたってもいられずに、声をかけた。
なんとかできないかと相談するために。
親を事故で亡くした俺にとって施設は家族だった。
身寄りがない俺を大切に育ててもらった。
就職と同時に施設を出たが、それでも休みのたびに遊びに行き、子どもたちは兄弟のように接していた。
どうにか回避できないかと相談するために声をかけたのだが。
施設で何度か会うぐらいの関係だったのに、彼は真剣な顔でこちらを見下ろし、有無を言わさず車に押し込んだ。
そのときはそんなに親しくもない俺の話を聞いてくれるのだと感動したが、高級マンション街に連れてこられ、俺は呆然とする。
てっきりどこか喫茶店などに入るのだと思っていたのに。
こんな人目が付かないところで話をする、なんて。
ゾクッと背筋が凍る。
まさか、考えたくないけど、俺騙されているのか。
このまま怖い兄ちゃんに囲まれて、してもいない契約書にサインさせられるのか。
彼は優しい人だと思っていたが、所詮取り立て屋だ。何をされてもおかしくない。
実際、園長だって、騙されたのだから。
チンっと音がして無言で腕を掴まれて降りる。広い廊下だが扉は一つしかない。窓の外には小さく地上が見えた。
逃げ場は、ない。
そのまま押し込むように部屋に入れられた。
エントランスだけで俺の部屋丸々入るほど広い部屋だった。
リビングに通され、無理やりソファに座らされた。
その隣に、彼も座る。
誰もいない雰囲気にホッと息をついた。
これなら、最悪彼を振り切れば、逃げられる。
「話とは?」
ジッとこちらを見つめてくる。
「あ、の。施設のことですけど…」
「借金のかたにとられるらしいですね」
「そう、です」
「それで、うみのさんはオレにどうにかしてほしいって頼みたいんだ」
ひんやりとした言い方に思わず押し黙る。
やはり、言うのではなかった。
優しい人とは思っていたが、彼との付き合いは短い。施設で顔を合わせ、何度か世間話を交わしただけだ。そんな浅い関係の人のために助けてくれるはずない。
「…すみません」
「それってどういうことか、分かってます…?」
意味が分からず、顔を上げると冷たい目で俺を見ていた。
「アンタが、それを肩代わりするって、そういうことですよ」
「…っ、俺にできることがあるなら」
俺が何とかできるなら、何でもするつもりだった。
あの施設が取り壊されず、何とかなるのなら。
縋るように言うとハッと鼻で笑われた。
それでもかまわず続ける。
「親を亡くした俺が、こうやって生きてこれたのはあの施設があったからです。俺でなんとかなるなら何でもします。お願いします、助けてください…っ」
「何でも…?」
疑うような声に何度も伝わるように頷いた。
「はい…っ。内臓でもなんでも売ります。夜間バイトも入れます」
「ハハッ」
馬鹿にするように笑った。
「5億だ」
「え…?」
「アンタそんな金用意できるのか?そんなはした金集めたところで一生かかっても返せるモノじゃない」
「…っ!!」
あまりの金額に言葉をなくす。
やはり手遅れだった。
俺みたいな凡人がいくらがんばっても肩代わりできるようなものではないのだ。
悔しくて、情けなくて涙が溢れる。
その頬にそっと触れられた。
「アンタにできることは、たった一つだ」
冷たく、美しい指。
「体を売ること」
ヒュウッと心臓が冷えた。
「アンタみたいな人になら、一晩何十万でも出したいって言う客がうじゃうじゃいるだろう。毎晩相手してみろ、十数年で返せる。なんなら、オレが斡旋してやってもいい」
「-----っ」
そんなこと、考えたこともなかった。
見た目も良いとはいえない男が、そんな対象になるのだろうか。しかもたった一晩で本当に数十万もの大金が入るのだろうか。
うそかもしれない。
ただの脅しかもしれない。
ぎゅっと涙で濡れた目で彼を見上げる。
だが、彼の顔からは何の感情も見えない。
でも、本当にそれで、あの施設が助かるのなら…。
ギュッと彼の腕を掴んだ。
「お、ねがいしま、す…」
泣き出しそうな自分を奮い立たせる。
泣くぐらいなら、こんなこと言うな。情けない。
何秒か間があり、不思議に思って顔を上げると顎を掴まれた。
「―――っ、あ」
そのまま唇に何が当たり、生暖かいものが口の中に進入してきて初めてキスされているのだと分かった。
ちゅっと音を立てて離れていくのをぼんやりと見守る。
ぎゅっと苦しそうな顔をした彼が、荒々しい動作で俺を抱えた。そのまま長い廊下を歩きひと部屋に入ると大きなベッドの上に降ろされた。
二人分の重みでギシッと音がした。
「あ、の…」
怖くて。
ただひたすら、この状況が怖くて。
この先、何が起こるのか、全く分からない。たが、決していいことではなさそうな、そんな気がして堪らない。
震える手をギュッと握り締め、彼を見上げる。
「誘って」
感情のない声が上から降りかかる。
「服全部脱いで、抱いてくださいって誘って。アンタの覚悟、見せて」
ひっと小さく喉が鳴った。
まさか、彼に抱かれるのか。
彼はそれを望んでいるのか。
一切感情を見せない、冷たい目がこちらを刺すように見ている。
覚悟。
この先、きっと色んな男の相手をする、覚悟。
それを、誰でもない、俺自身が望んでいるという、覚悟。
そこまでしてまで、あの施設を、俺の唯一の家族を、守る覚悟を。
綺麗事では、すまない。
何かを得るためには、それなりの対価が必要なのだ。
のろのろとシャツのボタンをはずす。
ひとつ、ひとつはずれていく度に涙がこぼれた。
大丈夫。
死ぬわけではない。
妊娠するわけでも、体の一部をなくすわけでもない。
ただ、数時間我慢すればいいだけだ。
シャツを脱ぎ、上半身があらわになる。
ひんやりとした部屋の空気を肌で感じる。
ズボンに手をかけて、勢いよく脱ぎ、下着に手をつけた。
脱いでしまえ。
男に裸を見られて、何が恥ずかしいのだ。
生娘ではないし、異性とだが、経験はある。アレと同じだ。なんにも違わない。
怖くない。脱いでしまえ。そして覚悟をみせるのだ。
分かっているのに、手が震えて、視界が涙で霞んでいく。
「…手が止まってますよ」
静かな声が聞こえてビクッとなる。
「できないのなら、やめておきなさい。貴方には無理ですよ」
容赦ない言葉に涙が溢れる。
怖い。怖くて堪らない。
でも、ここで諦めれば。
ここで逃げ出してしまえば。
あの施設はなくなってしまう。
子どもたちもバラバラとなり、俺も帰る場所を失う。
職員ではない俺に、「イルカ先生」と慕う子どもたちの顔を思い浮かべる。
みんなバラバラになると言われたときに泣き出した顔も。
守れない、現実の悔しさも。
今、目の前にそれを救えるすべがひとつだけある。
俺さえ、我慢すれば。
目を瞑り下着を脱いだ。
シーンと静寂に包まれた。
彼は、何も言わない。
違う、俺が言わなければならないのだ。
覚悟を。
男に抱かれる覚悟を。
「お願いします。施設を助けてください」
目を閉じ、頭をさげる。
「抱いてください…」
消えそうなほど小さな声だったが、それが合図となり、ベッドに押し倒される。
彼の荒い息遣いが聞こえる。
嵐に巻き込まれるように、荒々しい愛撫が体中を駆け巡った。





ギシッとベッドが軋む音に意識が覚醒していく。
終わったのだとぼんやりと思った。
違う、終わったのではない。始まりだ。これから俺の日々はこれしかなくなる。
隣に人がいないとひんやりとした部屋の空気が火照った体には心地よかった。
ほぅっと小さく息を吐く。
「仕事を」
「っ、はい!」
「仕事を辞めてください」
一瞬何のことを言われているのか分からなかった。
「…え?」
「勤めていたでしょ?辞職して」
あまりにも予想外の言葉に頭が真っ白になる。
てっきり昼間は仕事をして、夜だけかと思っていた。
そうか。そんな単純なものではないのだろう。
一日に入れかわり立ちかり色んな男を相手しなければいけない。その現実にブルッと身震いをした。
今更、怖いなんていうつもりはないが。
覚悟したんだと思い、はいと小さく頷いた。
「引継ぎがあるので、すぐにとはいきませんが、早めにします」
「一週間以内でお願いします」
当然のように言われてはいと頷くしかなかった。
「それから前のアパートは解約します。今から荷物を持ち出しますので体はだるいと思いますが準備してください」
「えっ…?」
「今日からここで暮らしてもらいます」
こんな綺麗で高そうな部屋だと思ったが、ここはヤリ部屋だったのか。安いホテルのような部屋だとなんとなく想像していたが、金持ちはスケールが違うらしい。
「はい」
頷くと起き上がり、脱いだ服を身に付けた。
体の節々が痛かったが、心よりはマシだった。


ダンボールを何箱か用意してもらったが使用したのは2箱だけだった。家具や家電は要らないと言われたので、入れるものは服とアルバムや手紙、少量の本だけだった。元々無趣味で休みのたびに施設に行っていたので、自身のものなどこんなものだ。
その少量のものをあのマンションの一室に運び入れた。
その部屋は好きに使ってくださいと素っ気なく言われた。
「携帯がないと仕事できませんか?」
「い、いえ。事務職なので」
「では解約します」
躊躇いもなく言われ、携帯を渡した。そしてシンプルな携帯を渡された。
「オレからの連絡はそれでとります。それ以外は一切利用しないで」
「…はい」
「それから会社へはオレかオレの部下が送迎します。仕事が終わったら連絡してください。それまでは一切外に出ないで」
「…はい」
そう言われて、何となく逃がさないためなのだろうなと思った。
そんなことしないのに。
状況が状況なだけに信用されていないのだろう。
俺はただ頷くだけだ。
「あぁ、今更ですが」
そっと頬に触れる。
その掌の温かさに思わず縋りそうになる。
「付き合っている方はいますか?」
「いいえ」
「そう…」
掌の熱が心地よくうっとりと目を閉じる。
「それは良かった…」
どこか嬉しそうな声がしたと思ったが、目を閉じた俺には彼がどんな表情だったのか分からなかった。




次の日。
俺は淡々と辞職願をだした。
上司はぎょっとしたが、多くを語らない俺に納得してくれた。引継ぎも明日までで良いと言われた。
いい会社だった。
小さな個人経営の会社だったが、みんな親切で優しかった。学も身内もいない俺を受け入れてくれた。そんなことを思い出すと胸がいっぱいになる。
俺は今まで本当にいい人に囲まれていたのだと思うと、そう悪い人生ではなかったなと嬉しくなる。
まるで死にいくようだと自虐的に笑いが出た。
昨日はあれから何度も抱かれた。
慣らすためだと思うが、彼の体力と性欲には吃驚する。よくもまぁ、こんなむさぐるしい男を仕事のためだとはいえ何度も抱けるものだ。彼のような人の相手なら引く手数多だろう。
今日もご丁寧に会社まで送ってくれた。
必ず連絡するようにと念押しして。
今日はどうなるのだろう。
今日から客をとるのだろうか。
拒否権はないが、できればこの引継ぎが終わるまで待っててほしい。男一人の相手でも正直いっぱいいっぱいで体が軋むようなのに。
彼は多くを語らない。
表情もなく、淡々としているから感情を読みにくい。
前はもっと気安い人だと思っていたのに、今は彼といるのは苦痛で居たたまれない。
せめて今後の見通しが立てば、気持ちも楽になるのに。
無意識にふぅっと大きくため息をついた。



仕事を終え、彼に連絡するとすぐ向かうと言われて会社の玄関で待つ。
こんなところにあんな高そうな車が来ると目立つだろうなと思いながら待っていると名前を呼ばれた。
振り返ると同僚が息を切らして向かってきた。
「イルカ、会社辞めるって本当か?」
「……あぁ」
できればそっとしてほしかったが、そうもいかないのだろう。頷くと彼は顔を歪めた。
「なんで…っ」
「ちょっと、な」
「次、どこの会社に行くんだよ?近くか?遠いのか?」
「……遠くだ」
もう普通と呼ばれる生活とは程遠い世界に、俺は行くのだろう。
話すと現実味が増し、ギュッと胸を締め付けた。
「…お前がいた施設と、なんか関係あるのか……?」
親しかった彼にしゃべったことを後悔する。
やめてくれ。俺に決心を鈍らせないでくれ。
その場から逃げたくなるのを必死で止める。
「ちがう…」
強めに言ったはずなのに、弱弱しい声だった。
これでは震えていることがばれてしまう。
「イルカ」
後ずさる俺の手首を掴まれる。
彼の手は温かく、昨日の彼を思い出さされる。
「困っていることがあるんじゃないのか!?」
「っ、離せ」
「俺にできることがあるなら、なんでも…っ」
何にも知らないくせに。
俺の苦悩も覚悟も、何にも知らないくせに。
そんな簡単に言わないでくれ。
怒りで震えそうになるのをキーッと強いブレーキ音でハッとなる。
俺の横に見慣れた車が止まった。
荒々しい動作で車から降りてきたのははたけさんだった。
ズカズカと俺に近づき、握られた腕をとった。
呆気にとられている同僚にフンっと鼻で笑うと助手席に押し込む。
「はたけさ…っ」
「黙って」
そのまま車を発進させてマンションに戻る。戸惑う俺を無視しながらベッドに押し倒す。
「えっ…?」
「あの男にも色仕掛けしたのか…?」
「え?え?」
「あの男に取り入って、助けてほしいと縋ったのかと聞いている…っ」
ビリッと服が裂ける音がした。
「オレから逃げるなんて、許さない」
ひぃと押さえきれない悲鳴がでる。
昨日とは違い、荒々しく喰われそうな気迫に恐怖する。
これは何だ。
何が彼をこうさせるのだ。
同僚に腕をつかまれたぐらいで。しかもただの同僚だ。なんの力も権力もない。借金だって彼にはどうすることもできない一般人だ。
助けなど、求めていない。
救ってほしいなど、思っていない。
疚しいことなどひとつもないのに。
動作一つ一つは燃えるように強く熱いのに、彼の表情はまるで捨てられそうな子どものようだった。
主導権は彼が握っているはずなのに、ここで彼を少しでも拒めば彼は壊れてしまいそうで。
なにが、彼をそうさせたのか、分からないが。
震える手で彼の背中に手を回す。
逃げない。
貴方が作ってくれた唯一の道だから。
彼は目を見開き、くしゃっと泣きそうな顔をしながら顔を近づける。
キスされると分かったが拒まなかった。
この人は何を考えているのだろう。
ぼんやりとそう思った。



外の光が入ってきて、夜が明けたのだとぼんやりと思った。
ほんのさっきまで入っていた異物感が抜け切らない。普段使わない部分の筋肉が悲鳴をあげる。指ひとつ動かすのでさえ辛い。
できればこのまま目を閉じてしまいたいが、仕事がある。今日で最後の出勤なのだ。他の客を取らせなかっただけましだろう。
気力だけで起き上がると衣服を身につけようとしてびりびりになった服を持ち上げた。
もう、着れないな。
ゴミ箱に突っ込み、新しい服を身につけた。
カチャッと音がして、彼が入ってくる。
無意識に体を強張らせると、スッと彼も表情を変えた。
鋭い視線が肌に突き刺さる。
「お、おはよう、ございます…」
「……、はい」
ボタンを留めようとする俺の手をとり、ベッドに押し付けた。
まだされるのかと思い、慌てて彼を見上げる。
「あっ、の。今日は最後の日で…っ」
「分かってますよ」
そう言いながらも服を脱がす手を止めない。
これ以上されたら、本気で起き上がれなくなる。
「下着脱いで、尻を高く上げて」
「…っ、ひぃ」
涙目で訴えても彼の表情は変わらない。
俺に拒む権限はない。覚悟を決めるようにギュウッとシーツを掴む。
「そんなに怯えないで。入れたりしないから」
そういいながらも彼の指は容赦なく俺の中に入り込む。はぁあと甘い吐息が零れる。
「まだやわらかい…」
うっとりとした口調で指を動かすとぐちゅぐちゅと卑猥な音が部屋中に響き渡る。それが俺の耳を犯し昨晩の行為を鮮明に思い出させた。
「昨日みたいに他の男を誘わないように、ね」
つるりとした触感の異物がゆっくりと俺の体内に入ってくる。
「やぁだ…」
「余計なこと考えないように。嫌なら早く仕事を終わらせなさい。終わればすぐにとってあげるから」
ちゅっとソコに口付けると名残惜しそうにひと撫でし、ゆっくりと服を着させてくれた。
体を起こす動作一つで異物がナカを抉っていく。
こんなもの、長時間入れていられない。
縋る様に彼を見上げる。
「いやらしい顔…」
彼は頬を優しく撫でる。
「今度は動くのを買いましょう。それとももっとちゃんとした形のがほしい?一日中甚振ったら貴方はどうなるか楽しみですね」
フフッと楽しげに笑う。
どうやらとってくれそうにない。ならば俺はそれに従うしかない。いつも以上に慎重に動くが、どう動いても異物感はなくならない。少しでも下半身に力を入れると感じてしまいそうになる。
朝食を食べ、車に乗る。
空はどんより曇っていた。
きっと。
こうやって空を見上げるのはこれが最後になる。


会社に行ってからも極力人を避けた。辞めるという話が広まったのか次々と声をかけられたが、曖昧に頷くしかなかった。寂しいという感情より長時間一緒にいると異物がばれてしまう恐怖感の方が強かった。
昨日の同僚も何度か話しかけてきたがきつめに拒否した。
もう本当に俺に構わないでくれ。
そう思いながら。

定時になり、送別会を開こうと誘われたが、体調不良で断った。そんなことしていたら俺は狂ってしまう。
早く、早くこの異物をとってほしい。
そんなことができるのは、ただ一人だ。
はたけさん。
早く、早く彼に会いたい。
彼の車が見えた時、俺は思わず走り出した。
「はたけさ…っ」
慌てて運転席から降りてきた彼に飛びつくように縋りついた。
「うみのさん…っ」
彼は何も言わずに抱きしめてくれた。
急いできたのだろう。彼から汗の匂いがした。真夏でも涼しそうな顔をしている彼が、唯一汗を流す瞬間を、最近知ってしまった。
まるで獣のように荒々しく、熱い体で求めてくる。
そのことを思い出してしまい、ぎゅっとソコに力を入れてしまった。
「―――っ、あぁ」
立っていられなくなりしゃがみ込もうとすると、腕をつかまれ、強い力で抱き寄せた。
「イルカ」
熱っぽく俺を呼ぶ。
お互い吸い寄せられるように見つめあい、唇を重ねた。
その強さに、熱に、眩暈がする。
前の俺なら、こんな人前でキスすることなど想像もできなかったのに。
こんな会社の前で下半身には異物を埋め込まれ男に縋りながらキスするなんて。
それがこんなに気持ちいいなんて。
(もう、だめだ…)
俺はもう普通じゃない。
なにも知らなかったころには戻れない。

車に乗り込み何度もキスした。
赤信号になる度、何度も何度も。
彼の表情は切羽詰っていて燃えるような強い瞳で俺を求めた。
マンションに着くと、靴をおざなりに脱ぎ、ベッドになだれ込む。
昨日同様性急でプチプチとボタンが飛んでいくのが分かった。
「イルカ、足持って」
赤ん坊が排泄行為をするように、大きく広げられた足を自らの手で固定させられる。
羞恥心で涙が溢れるが、彼に見られているかと思うとヒクヒクとアソコが動くのが分かった。
早く、この異物をとって。
そして…。
「すごい…」
欲情めいた彼の声にまたヒクッと収縮した。
「はたけさっ、早く…っ」
入り口を軽く触るだけで、取ってくれる様子はない。
ねだるように足を更に広げる。
「はやくぅっ」
「このままつっこんじゃ、ダメ?」
何を言っているのか分からず目をあけると、雄々しい彼のモノが見えた。
それを擦るように上下に動かした。
ドクドクと脈打つそれは熱く、太かった。
「―――っ、やだぁ」
「ダメ?」
「無理、むりですぅ…っ」
身をよじろうとすると片手で押さえられ、それでも暴れようとすると、分かったからと下半身を離してくれた。
「じゃぁ、ナカの出して」
「えっ…」
「力入れて。排泄するみたいにしたら出るから」
「むりですぅ…っ」
「大丈夫、できるよ」
ほらっと入り口を指で開けられる。
その刺激だけで感じてしまう。
「やだっ、はたけさん早くぅ…っ」
「できないなら、このままスルよ?」
また押し付けられ、ひぃっと悲鳴が漏れた。
あんな大きなモノ、入れられるだけでいっぱいいっぱいなのに、他のモノと一緒なんて壊れてしまう。
ほらっと言いながら尻を軽く叩かれ、グッと力が入った瞬間異物が前に進んだ気がする。
嫌、だけど彼のをこのまま受け入れるよりはマシだ。
ゆっくりゆっくり力を入れる。
「う、んっ…んっ…あっ…」
ぐっ、ぐっと力を入れる度に前に進んでいく。
「あっ…あっ…あっ…あっ…」
押さえきれない声が部屋中に響き渡り、その度に出ていくのがわかる。
段々とスムーズになり、最後は彼の指で出してくれた。
はぁはぁと荒い息遣いをしていると、ご褒美のようにキスをしてくれる。
優しいキスにうっとりしながら、俺も積極的に手を回して受け入れる。
段々と深いものになっていき、ゆっくりと熱を埋めていく。
異物とは違い、受け入れるだけで体中歓喜に湧いた。
不快感などない。
ひたすら快楽を求めて熱を追い求めるのに夢中だった。



二回、彼の熱を受け止めると落ち着いたのか、ゆっくりと体を離した。
外を見ると真っ暗だった。
今、何時なのだろう。
全身の疲労感で何にも考えられない。
「メシでも食いますか」
「はい…」
頷いても体がどんよりと重く起き上がれない。
それでも無理やり起き上がろうとすると彼に止められた。
「何か食べたいものあります?」
「い、いえ」
「そう」
落ちている衣類を身につけドアから出て行く。おそらく連日同様出前でも頼むのだろう。それにしても一等地に建っているマンションだ。出前も早くて美味い。きっと高価なのだろうと思う。
彼は別として、俺はカップラーメンで十分だけどな。
ここの食事代はどうなるのだろうかと正直不安になる。俺持ちならできるだけ安価で済ませたい。
玄関のチャイムが鳴り、夕食が届いたのだと分かった。
リビングに行くとテーブルに丼が置いてあり、キッチンでは彼が薬缶に火をつけていた。
躊躇いがちにイスに座り、ぼんやりと彼を見る。
火をかけるだけだが、彼はキッチンに立つなんて似合わないなぁと思う。
シュンシュンとお湯がわき、インスタントの吸い物とお茶を入れてくれる。
ここは俺がすべきなんじゃないかな。
準備をしてもらい、なんだか申し訳ない気がする。
丼をあけると、カツ丼だった。
フフッと笑みがこぼれる。
「何ですか…」
不思議そうな顔をして箸を持った彼がテーブルについた。
「いえ、カツ丼ってどうしても刑事ドラマを連想しませんか。取調べの定番ですよね」
この状況なら、彼が刑事で俺が犯人だろう。食いしん坊な俺ならそれだけで頷きそうだ。
そう思うと可笑しくなり、また小さく笑った。
「?」
「はたけさん、刑事でも似合うなぁって思って。俺すぐ喋ってしまいそうです」
あははとまた声をあげて笑うとつられるように彼も笑った。
ふんわりとした優しい笑みだった。
初めて見る柔らかな笑みにぼぅと見とれてしまう。
「ふふ、オレもうみのさんになら簡単に喋ってしまいます」
そう言って正面に座る。
これだけで見れば、まるで親しい間柄じゃないか。
まるで恋人のような、甘い空間になんだか居心地が悪い。
「いただきます…」
「はい」
ホカホカと温かい食事がじんわりと体に染み渡る。
美味しいな。そういえば誰かと二人っきりで食事なんて初めてだ。施設のときはいつも大勢と食べていたし、就職してからはただがむしゃらに働き、飲み会以外で人と食べたことはなかった。
ちらっと彼を見ると、少し猫背になりながらも綺麗な箸使いで食べている。俺と同じ動作をしているはずなのに、見とれてしまうほど美しい。
何も知らなかったらどこぞの御曹司のような気品がある人なのに、なんだか勿体ないなと思う。
もっとまともな仕事につけば良いのに。
「うみのさん」
「っ、はい!」
声が漏れたかと思い、口を押さえる。
「好きな食べ物、なんですか?」
「………は?」
思いがけない言葉に、言葉を失う。
好きな食べ物?
それを知ってなんか良いことあるのか?
「明日、買ってきます」
「え?」
「お昼は宅配させます」
「え?あの…」
例の仕事はどうなるんだろう?仕事中に宅配届いてもいいものなのかな?
そういえば明日からのことを何にも聞いてない。
「明日は、その…仕事とか…」
「仕事…?」
怪訝そうに睨まれ、パニックになる。
え?え?
だって四六時中客をとるために俺は仕事を辞めさせられ、ここに住んでいるんだろ?いつでもできるように。
そうでなければ、なぜ俺はここにいるのだ?
あっと小さく呟き理解したのか、気まずそうに頭を掻いた。
「しばらくは、ないです…」
「そう、なんですか…」
よく分からないが、彼がそういうのならいいのだろう。
無意識にほっと息をついた。
「じゃあ、明日は何を…?」
「別に何にもしなくていいです」
「何も…?」
それなら、仕事を辞めなくてもよかったのではないか?
一日働いていたら、それなりに稼げただろうに。まぁ彼に言わせればはした金だが、こんなところで一日暇しているよりは有意義だ。
気まずそうに頭を掻き、あーと呟いた。
「あの、……オレの、帰りを待っててくれたら」
それでいいですと小さく言うと、俯いた。
意味が分からず彼を見る。
それってどういうことだ?
彼は明日もここに来るのか?俺を見張るために?それも仕事なのか?そんなのマンションにいつもいる受付の人に任せてはいけないのか?マッチョな警備員さんが立っているのに。
それにしても、彼を待つ…。何もせずに、ただひたすら待てというのか。
「あっ!掃除とか、洗濯とかすればいいんですよね!」
「え?」
「大丈夫です。俺一人暮らし長いですからそれなりにできますよ!宅配もいいです!俺自分で作りますから」
そっかそっかと頷き、食事を再開する。
「え…、あっ、はぁ…」
彼も困ったように頭を掻きながら、箸を動かした。
とにかく、明日することは分かった。
朝起きたら、洗濯して、掃除機かけて買出ししよう。スーパーぐらいどこでもあるだろう。
なんだか楽しくなってきて、食も進む。揚げ物美味いなぁ。この部屋揚げ物できる調理器具とかあるのかな?そこから買わないといけないかなぁ。こんなことならここへ引っ越す前に使わないだろうと捨てた調理器具一式が悔やまれる。
「あっ、はたけさんは何か好きな物がありますか?」
「え?」
「夕食、一緒に食べられるんでしょ?」
ニコニコと笑いながら言うと、困ったように頭を掻いた。
「あっ、でもそんなに凝った料理はできないんですが、それでもよければ」
慌てて訂正すると、フッと小さく笑った。
「……秋刀魚と茄子の味噌汁、です」
「そうですか」
よかった。俺でもできそうなメニューだ。
ニコニコと笑う俺に同調してか、はたけさんの表情も穏やかで、なんだか立場を忘れてこのままずっとこうだと良いのにと思った。
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