ナンパの決まり文句がある。
「今日暇?」
「君可愛いね」
「ここで出会ったのは運命だ」
「あれ?君前どこかで出会わなかった?」
「俺のこと覚えてない?」
そう言い放ったのは可愛げもくそもない、ムッとしながらどこか不機嫌そうな顔をした、制服から察するにおそらく高校生だろう、男だった。
もう一度言う、高校生の男、だ。
「・・・・・・はぁ」
ため息のような返事をしながら彼を眺める。
髪は男にしては少し長めの黒髪で顔は平凡。勿論傷なんてないかわりに寒いのか鼻が赤かった。制服は近くの公立学校のもので紺色のコートと長めのマフラーを巻いている。エナメルの鞄の他に何個か鞄を持っているところをみるとおそらく運動系の部活をしているのだろう。男らしい青年だった。
が、知り合いなどではない。
まったく見覚えもなかった。
(ナンパ、・・・にしては変わっているな)
こちらはスーツでみるからにサラリーマンの格好をしている成人だ。例えナンパにしても、こんな朝早くから平日に同性に声をかけるなど、中々奇妙なことだ。
(でも見覚えはない)
つまり、人違いってやつだ。
「悪いけど、人違いじゃない?」
そう言うと、不機嫌そうな顔が一層いびつに歪められ大きなため息をつかれた。
「やっぱり、あんたは薄情だ」
それはまるでオレのこと熟知しているみたいな言い方だった。
なんだか薄気味悪くて眉をひそめる。
「まぁ約束だから。またね、カカシさん」
「!!ちょっと!」
オレが制止するが、全く関係ないみたいに身を翻して走っていく。勿論高速移動なんて使えるはずないから現役運動部には叶わず、あっという間に見失ってしまった。
知らない。彼なんて知らない。
それなのに、なぜ。
なぜ、オレの名前なんて知っているんだ・・・?
「そりゃ、社長みたいな綺麗な人見たら忘れませんって。ほら前にあったでしょ?一目惚れして仕事場まで知られて押しかけてきた子、あの子も知らない子だったんでしょ?」
「あぁ、そうね」
部下に言われて頷く。そういえばそんなこともあったね。ただ朝一にそんなことがあったから動揺しただけだと無理矢理納得させる。
ただあの目が。
誇り高く、全てを見透かすような目が。
彼女に似ていた気がして、どうも落ち着かない。
(あぁ、なんか久々にゾクゾクしたねぇ)
夢の中でしか会えない、オレの愛しい人。
穏やかでいて熱血で、意志が強く真面目でそれでいて慈愛に満ちていてオレの全てを包み込んでくれる、愛しい人。
今朝の夢にもでてきたから、まるでさっきまで会えていたような幸せな気分に浸れる。
美しいセミロングの黒い髪に鼻の上には横に大きく傷がある。その傷がまるで彼の目印のようで愛らしかった。
『生まれ変わっても、また一緒にいましょう』
この世界ではない、おそらく前世の記憶だと思っている生々しい夢の世界。俺は忍で各地を飛び回っていた。人もたくさん殺してきた。日々の任務で神経をすり減らし、それでもやっていけたのは彼女のおかげだった。
血でどろどろの体を綺麗に洗い流してくれて、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。溜まった鬱憤のような激情を体全身で受け止めてくれる。やりすぎると痛む腰をさすりながらギッと睨んで職場へ向かう彼女を見送るのが好きだった。
幼い頃から何度も見る夢にオレは夢中だった。
死と隣り合わせの生活だったがお互い死ぬことなく、上手に年をとり、先に彼女が病死するまで手に手を取って生きてきた。
死に向かう彼女の顔は安らかで、手を握って泣くオレに彼女は優しく微笑んで言ってくれた。
『生まれ変わっても、また一緒にいましょう』
なんて情熱的で彼女らしい言葉だろう。
彼女とオレの、約束。
『まぁ約束だから』
ふと彼の言葉を思い出す。
いや、彼のはずがない。
なぜなら男だし、なんだか不機嫌そうだし。まぁ髪も目も黒いけど、日本人なら一般的だし。彼女はもっと優しくて可愛かったと思う。
鞄からのぞく可愛らしい表紙の本をみる。
男女が運命的に出会う、まさにオレぴったり小説だ。きっとこの小説みたいにきれいな風景の中出会い、恋して、結婚するんだ。いやそうしてみせる。
「ご機嫌ですね」
「えーそう見えちゃう」
会社設立時から一緒にやってきた部下には全部話したことがあり、気楽に話せる数少ない者だ。さんざん聞かされて最近はややうんざりした表情だが、気にしない。
「とりあえず、仕事してください」
「はいはい。分かったよテンゾウ」
「会社では苗字でお願いします!!」
おなじみのやりとりにはははと笑った。
仕事が一段落し、珍しく定時に帰る。久しぶりに料理でも作るか思い立ち、近くのスーパーに寄った。
慣れた手つきでかごに商品を入れていく。
「あっ」
低い声がして振り返ると、今朝の青年だった。
何となく、ドキッとする。
「どーも」
「・・・どーも」
彼も同じようにかごを持っている。そういえばその制服の学校の校区だったなと思い、居心地の悪さを感じた。
「さんまですか?」
「え?」
「さんまと茄子の味噌汁ですか?」
「い、いや。違うけど・・・」
時期じゃないので今は売られていないが、それはオレの好物だった。そんなこと知っているのは数少ないので知るためにはそれなりに調べないといけない。なんだ、ストーカーなのか。
(ストーカー・・・)
なんだかその言葉に違和感を覚える。
(い、いやもしストーカーなら注意しないと)
またややこしい目にあうのは勘弁したい。
「あ、あのさ。なんでそんなこと知ってるの?本当にどっかで会ったことある?」
そういうと途端に不機嫌というか呆れたような顔になった。
「はぁ、まぁ。忘れているのなら別にどうでもいいですけど」
その顔はきゅぅっと心臓を握られたようないたたまれなさを感じる。
「ご、ごめん!本当に覚えてなくて」
「いいですよ。どうせそんなことだろうと思ってましたから」
それではと頭をさげると足早に去っていく。
それをどうにもできずただ無言で見送った。
かごにいっぱい入ったカップラーメンが、なぜか懐かしかった。
何となく気分は沈み、料理しても気は晴れなかった。夢の中では何度もした料理なのに。彼女が遅くオレが早く帰った日はよく作って待っていた。いや、里にいるときは彼女と一緒に食べないと食べた気にならなかった。
やっぱりカカシさんの料理は美味しいですねぇと感心しながらもりもり食べる彼女を見るのが好きだった。独り身だったときにはぞんざいだった料理もめきめきと上達し、その度に彼女に褒められるのが好きだった。
(あー味気ないなぁ)
一人がいけないのだと思い、ケータイを取り出し電話した。
家に来ないかと誘うと嬉しそうにすぐ行くと答えた。
オレが探し求めている相手、に似ていると思っている。
学校の教員をしていて、髪はセミロングを束ねて、鼻の上に小さな傷がある。オレが描く彼女の特徴と一致している彼女を見つけたときには、運命だと感じた。とても大事にしているつもりだ。
だが、なんとなく違和感を覚える。
例えば笑う顔とか。ふと物思いにふける表情とか。柔らかな体とか。オレを呼ぶ声とか。
夢の中の彼女は低く甘えた声でオレを呼ぶ。柔らかいというか弾力のある、吸い付くような体。女にしては違和感があるが、夢の中なのだ。何度抱こうがボンヤリとした部分はある。
しばらくして彼女が家に来た。
笑顔でむかえ入れ、食事を一緒にする。
だが、もともと食が細いのか少なく持ったご飯になんだかなぁと思う。
比べてはいけないと思うが、日々理想と現実の差が広がっていくのを止めることはできない。
(潮時、なのかなぁ)
大切にしているはずの彼女に冷静にそう思うのは、やはり愛がないのかもしれない。夢の彼女と似ていたから愛しただけかもしれない。
なんて思いながら抱くオレは不純かもしれないけど。
一回やると、その後の喪失感が半端ない。これが不快でなんとなく彼女とは疎遠になる。
彼女の手入れされた髪をさわる。髪を褒めた後よほど嬉しかったのか手入れを欠かしたことがなかった。だが整えば整うほど違和感がある。触りたいのは、もっとこう・・・。
例えば、今日会った彼のように太く剛毛で手入れもしていないがかといって痛んでもないあの髪。
(あーオレ結構やばいなぁ)
なんであんなに気になるんだろう。いや、気味の悪いことを言うからだ。
(あーやだやだ)
苛つきながら唯一の癒しである彼女に会いに、目を閉じた。
彼女との出会いは、初めてなった上忍師呼ばれる仕事に彼女の教え子との引継の時だった。
はじめましてと笑う彼女に異常な胸の高鳴りを感じた。教え子の状況を知るために何度も声をかけてくるたび嬉しかった。夕食に誘ったのはオレの方だった。もっと彼女が知りたくて、無我夢中だった。教育のことから個人的なことを話し合うまで時間はかからなかった。
そこからどんどん仲良くなり、告白したのは彼女の方だった。
真っ赤な顔をして、泣きそうな顔をして言った。
「好きです」
思考が停止した。
悪い仲ではないと思っていたが、彼女も自分と同じ気持ちだとは思わなかったからだ。
こんなこと言うつもりはなかったんです、ごめんなさいと泣く彼女がいじらしかった。迷惑になると泣く彼女を抱きしめてオレも好きだと言ったら更に泣かせてしまった。
泣きながら嬉しいと言う彼女はキラキラしていて世界の光がそこに集まった気がした。
可愛くて愛らしい。彼女のどんな行動も表情もオレを虜にした。
今日は付き合って三ヶ月目の時だった。
もうオレは彼女にメロメロでやりたくて堪らなかった。だが真面目な彼女を傷つけたくなく、軽い人間だと思われたくなくて我慢に我慢を重ねてついに限界がきた。役場で婚姻届をもらって、彼女に土下座した。
愛してる、貴方とずっと一緒にいたい。できれば貴方に触れたい。貴方の熱を感じて貴方の全てでオレを感じて欲しい。
そう言うと、彼女はポロポロ泣いて。
嬉しい、嬉しいと笑った。
ずっと触れられなかったから女として魅力がないのだと思っていた。そんなに好きではないのかと思っていた。
そう言って泣く彼女に我慢できず、許可をもらう前に押し倒した。
誰も触れられなかった体をゆっくりゆっくり解きほぐし一つになったときは失った体の一部をようやく見つけられたと思うぐらい満足感で溢れていた。
愛している、愛している。結婚しよう、ずっと一緒にいようと抱きながら泣いた。彼女も泣きながら頷いてくれた。
あぁ、なんて幸せなんだ。
幸せな、幸せな、オレの夢。
目を覚ますと黒髪の女性が眠っていた。
ふふっと笑いながら、頭を撫でると感触の違いに手が止まった。
違う、全然違う。もう耐えられない。
乱暴にベッドから降りると急いで手を洗った。
早く、早くさっきの感触を落とさないと彼女の感触を忘れてしまいそうだった。
幸福な気分が一気に覚めてしまった。あのシーンはお気に入りだったのに。
顔を見るのも嫌で着替えだけするとそのまま部屋から出た。
なぜだか、彼に会いたくて堪らなかった。
昨日であった道でボンヤリと彼を待つ。
外は雪がちらつくぐらい寒いのに、なぜだがその寒さを感じなかった。
早く、早く会いたい。
会って彼の熱を感じたい。
じゃないと狂ってしまいそうだ。
彼女なんていない、あれはお前の作り出した幻想だって。
(違う違う、彼女はいる。オレをこの世界で待っていてくれる。ずっとずっと一緒だから)
早く、早く来い。
昨日まで知らなかった彼だが、なぜだかオレの心を乱す。愛する彼女の存在を証明しているようで、破壊しているようだった。
早く、早く早く。
願うように見つめているとぴょこっと黒いしっぽのような髪が見えた。
ぎゅぅっと心臓が止まりそうだった。
ああ、あああ、あああぁあぁ。
泣きそうだ。
男なのに、傷も、髪も全然違うのに。
なんでオレの心をこんなにも乱すのだ。
「なんでそんな変な髪型してるんだよ」
彼の隣にいる青年がむりやりくくったポニーテールを触る。
「良いだろ、別に」
「ちょんまげみてーだな」
あははっと笑い会った。
その表情に頭が真っ白になった。
冷や水をかぶったように体が冷たくなり、手が震え出す。
オレの見た彼はムスッとして不機嫌そうな顔をしていた。あんな笑顔見たことない。
なんで笑うの?なんでオレじゃない人の前で、そんな幸せそうに笑うの?
その笑顔はオレのものだろーー?
「イルカ!!」
思わず叫ぶと、隣の男は吃驚した表情をしたが、イルカは呆れたような顔でこちらを見た。
なんだよ、その顔。さっきまで笑っていたじゃないか。あんな笑顔でオレ以外にニコニコと愛想良く。
かぁっと頭に血がのぼる。
あれはオレのだ。オレの、オレだけの、イルカだ。イルカいるかいるかいるかいるか。
「叫ばないでくださいよ、うるさいなぁ」
慣れているような態度で近づく。あの目がオレだけを見ている。
ああ良かった。オレのものだ。オレだけのイルカだ。
「思い出したんですか?」
そう言われて、急に冷静になる。
イルカって誰だ?
あのほ乳類なら知っているが、おそらくそのことを指しているのではなく、彼の名前なのだろう。
だが知らない。何にも分からない。
それに今オレ何を思った?
オレのイルカだって?気持ち悪い。そんな激情知らない。愛しい彼女だって、そんな嫉妬したことない。彼女はいつもオレだけを見ていた。そりゃ仕事上人と話すが、そんなことで一々目くじらを立てるはずない。
なんだよ。この気持ちはなんだ。
恐い、自分が恐い。
何も言わないオレにはぁとため息をついた。
「いいですけどね、別に。思い出したくもないことなんでしょう」
平然と傷ついた様子もなく言い放つ。なんだかそれが悲しくてごめんと謝った。
「ヒント、とかもらえないかな?」
恐る恐る聞くとため込んでいたようにはぁとため息をついた。
「今、どうせ逆上したでしょう?」
ずばり言い当てられ言葉を失う。
なんでそんなに分かるのだ。
オレの、オレでさえ知らない気持ちが分かるのか。
「その気持ちが全てじゃないですか?」
分かるようで分からない。
彼は分かっているのに、オレは分からない。
オレの気持ちも、彼との関係も、彼の気持ちも。
彼は分かっているのに、オレは分からない。
きりっと強い光を放つ彼の瞳がオレをじっと見ている。
そこに映っているのは今のオレじゃない。夢の中の、オレだ。
あぁ飲み込まれそうだ。
夢と今のオレが、オレの気持ちがぐるぐる回る。ぐちゃぐちゃにまざってどろどろに溶かされる。
分からない。何も、何も。
「カカシさん?」
名前を呼ばれてはっとする。
震える手をそっと握ってくれた。
心配そうな顔がこちらを見上げている。
その顔にほっと息を吐く。息苦しさに、さっきまで息が止まっていたのだと気がついた。
幸福感はない。息苦しくて重いどろどろした気分なのに、手放すことができない。
こんな気持ち、知らない。
「イルカ・・・」
呼ぶと更に切なさがこみ上げる。
抱きしめたい。抱きしめて彼の熱を感じたい。オレのこの重苦しい想いを彼に分かって欲しい。
だが手はあっさりと外されて、彼は距離をとった。
「俺、学校あるから」
それだけ言うとむりやりくくった髪をほどいた。ぱらぱらと落ちる髪がどこか官能的だった。
「待って、イルカまって」
「その内また会いますよ」
にかっと笑いそのまま走り去っていく。
可愛げのかけらもないが、その笑顔はオレの胸を打ち抜いた。
仕事をさっさと終わらせて、終わらなかった仕事は部下に押しつけてさっさと帰った。そのまま自宅に戻り愛車に乗ると、高校の敷地内に止めて、校門に寄りかかって校庭を見た。
彼の制服からしてこの高校だろうと思った高校は自身の母校でもあった。もしオレが10年産まれるのが遅かったら、おそらく彼とここでであっていたのかもしれない。
何となくサッカー部だと思い見ると、目的の人が見つかった。真剣な表情でボールを追っている。
あぁ、いいなとボンヤリと彼を目で追っていた。
しばらくして帰る支度をしているのを見て、もうすぐ終わるなと思った。ぞろぞろと仲間と帰る彼に手を振る。
途端怪訝そうな顔をして、周囲に声をかけてオレの方に走ってきた。
「カカシさん」
「会いに来ちゃった」
逃げられないように手を握ると車に押し込む。複雑な顔を見ないふりして車を発進した。
「誘拐ですよ」
「デートだぁよ」
冗談ぽく言うとムッとされた。面白くない。
「親御さんに連絡して。帰りは送るから夕ご飯いらないって言っておいて」
「お気遣いなく。一人暮らしですから」
「へぇ。それは好都合」
イルカは諦めたのか、シートベルトをしてどっかりと座り直した。それに満足して車を飛ばした。
オレが知っている中で一番美味かった店に着くと呆れたような顔をされた。
「成金・・・」
「ここ美味しいんだよ?知らない?」
「あんたはいつでもハイスペックですね」
意味が分からなかったが、褒められたと前向きに受け取る。
いつも通り奥の個室に座り、適当に注文した。
「お酒じゃなくて、ドリンクにして」
「かしこまりました」
二人っきりになるとじっとこちらを見てきた。
「お酒飲んで良いですよ」
「いーの。あと3、4年したら一緒に飲も?」
「・・・そーですねー」
思っていなさそうな棒読みだった。気にしないけど。
「知っていると思うけど、オレは畑カカシ。27才。ちっさい会社してる」
そういって名刺を取り出すとはぁとため息をつかれた。
「金持ちめ」
「金持ちってほどじゃないけど、金持ちは嫌い?」
「・・・・・・」
無視されてしまった。
「イルカのこと知りたいな」
「海野イルカ。今日来た高校の1年」
「じゃあ10才違いだーね。年上好き?」
「嫌い」
即答され、少し凹んだ。
がっくりと項垂れているとくすくすと笑い声がした。
「あんたって、本当」
可笑しくて堪らないみたいに笑うので、なんだか気分が晴れてくる。
男なのに。夢の彼女とは違うのに。
眩しくて、可愛らしかった。
運ばれてくる料理に目を輝かせながら、うまいうまいと食べる。知らない料理にはこれはなんですか?と目を輝かせながら聞いてくる。いつも外見ばかり気にして食の細い彼女たちを見てきたから、なんだかその姿は新鮮だった。
「サッカー部なの?」
「はい。まだ補欠にもなれてないですけど」
「ふーん。見る目ないコーチだね」
そういうとくすくす笑われた。
「カカシさんは一年からレギュラーだったんですよね」
ドキッとした。
そんなことまで知っているのかと思ったら、先輩から聞きましたと笑った。
「今でも伝説らしいですよ、当時のカカシさん」
「あぁ、そうなの」
「何しても器用ですね」
しみじみ言われて、なんとなく照れくさかった。
「もし10年遅く生まれてたら、同じ部活だったのにね」
そういうと目線をそらして、そうですねと呟いてグラスを傾けた。
その気だるげな表情に、高校生とは思えない大人の色気があった。水で濡れた唇が熟れた果実のようで、そこから目を離せない。
「…運命、ですかね」
ドクドクと心臓が高鳴る。
その言葉はオレが夢見て止まない言葉だった。
(彼、なのか…)
夢の愛しい人は女性だったが生まれ変わっても女性とは考えられない。もしかしたら男性かもしれない。
だが不思議に嫌な感じはなく、ストンと自然に胸に浸透する。
この出会いが運命で、この人と恋に落ちる。
ゆっくり、ゆっくり愛を育んで、結婚はできないかもしれないが、前のように死ぬまで一緒にいる。
あぁ、なんて。
なんて幸福なことなのだろう。
彼のことをもっと知りたい。
彼にも今のオレを分かってほしい。
この出会いを決して無駄にはさせたくない。
「ねぇ、イルカ」
最後のデザートを二人分食べ、ご機嫌な彼にケータイを見せる。
「番号とアドレス教えて」
満面の笑みで言うとまた不機嫌そうな顔をされた。
おかしいなぁ、なんでそんな顔されるんだろう。
「…教えなかったら、どうします?」
そんな挑戦的なことを言われたのに、なぜだか興奮した。
「毎日学校押しかける」
予想していたのかあきれ顔になった。
「暇ですね」
「オレにとってイルカが一番優先すべきことだから」
口説き文句のようなことを言っても、少しも喜ぼうとはせず、タラシめと忌々しく吐き捨てられた。
ムスッとした表情でノートを取り出し、書いていく姿に満足しながら、ウエイターを呼んだ。
「ここでいいです」
とめた場所は単身者の多いアパートだった。寮か下宿だと思ったのに、なんだか意外だった。
彼は人に囲まれて生きているような人だったから。
「ごちそうさまでした」
「いーよ。また誘ってもいい?」
「えぇ。でも学校に来るのはやめてくださいね。カカシさん目立ちますから」
「えー。イルカのサッカーする姿見たかったのに」
そういうと怪訝そうな顔をして車のドアを閉めた。
「また、連絡するね」
「はい。また」
車が発進すると見えなくなるまで手を振ってくれた。
上機嫌のまま自宅に戻り、そのままベッドに倒れ込む。久しぶりに気分が良かった。夢の中でもこんな充実感滅多に味わえなかったのに。
(もしかして彼があの人なのかなぁ)
なんだかそんな気がしてきた。それでもいい気がする。
性別とか年齢差とか、どうでもいい。
(イルカなら、いいなぁ)
ふふっと笑いながら目を閉じた。
いつものあの夢のはずだった。
いつもの部屋で、彼を待っていた。先生らしく本が散乱しているのを横目で見る。可愛い人。きっと忙しかったのだろうなと思いながら彼を待つ。
(彼?)
違和感が静かに波紋のように心を揺らした。
ガチャッと帰ってきた彼が憎悪でいっぱいの目をこちらに向けた。
ゾッとするような顔なのに、どこかゾクゾクした。
無理矢理手をとり、ベッドに放り投げる。
うつぶせにさせ、暴れる彼の両腕を握りながら、ズボンを一気に引き下ろした。
叫び声のような悲鳴が上がる。それに低い声で笑った。
日に焼けた肌なのに尻だけは白く官能的だった。しゃぶりつくように舐めると濡れた声がする。
そうだよ。そうなるように躾けたのだから。
それが嬉しくてなめ回すとギッと睨まれた。その目が、彼の意志の強さのようで、さらに興奮した。
この目を屈服させたい。
この目に写るのはオレだけでいい。
固く閉じられたそこに指を入れると更に暴れ出す。
それを押さえつけて十分に慣らし、自身のそれを入れる。
「やめて、止めてください、カカシさん、カカシさん!!」
そこで目が覚めた。
何て酷い。
酷い酷い、夢なのだ。
力いっぱい叫ぶ。
酷い、夢だ。夢なのだ。
「今日暇?」
「君可愛いね」
「ここで出会ったのは運命だ」
「あれ?君前どこかで出会わなかった?」
「俺のこと覚えてない?」
そう言い放ったのは可愛げもくそもない、ムッとしながらどこか不機嫌そうな顔をした、制服から察するにおそらく高校生だろう、男だった。
もう一度言う、高校生の男、だ。
「・・・・・・はぁ」
ため息のような返事をしながら彼を眺める。
髪は男にしては少し長めの黒髪で顔は平凡。勿論傷なんてないかわりに寒いのか鼻が赤かった。制服は近くの公立学校のもので紺色のコートと長めのマフラーを巻いている。エナメルの鞄の他に何個か鞄を持っているところをみるとおそらく運動系の部活をしているのだろう。男らしい青年だった。
が、知り合いなどではない。
まったく見覚えもなかった。
(ナンパ、・・・にしては変わっているな)
こちらはスーツでみるからにサラリーマンの格好をしている成人だ。例えナンパにしても、こんな朝早くから平日に同性に声をかけるなど、中々奇妙なことだ。
(でも見覚えはない)
つまり、人違いってやつだ。
「悪いけど、人違いじゃない?」
そう言うと、不機嫌そうな顔が一層いびつに歪められ大きなため息をつかれた。
「やっぱり、あんたは薄情だ」
それはまるでオレのこと熟知しているみたいな言い方だった。
なんだか薄気味悪くて眉をひそめる。
「まぁ約束だから。またね、カカシさん」
「!!ちょっと!」
オレが制止するが、全く関係ないみたいに身を翻して走っていく。勿論高速移動なんて使えるはずないから現役運動部には叶わず、あっという間に見失ってしまった。
知らない。彼なんて知らない。
それなのに、なぜ。
なぜ、オレの名前なんて知っているんだ・・・?
「そりゃ、社長みたいな綺麗な人見たら忘れませんって。ほら前にあったでしょ?一目惚れして仕事場まで知られて押しかけてきた子、あの子も知らない子だったんでしょ?」
「あぁ、そうね」
部下に言われて頷く。そういえばそんなこともあったね。ただ朝一にそんなことがあったから動揺しただけだと無理矢理納得させる。
ただあの目が。
誇り高く、全てを見透かすような目が。
彼女に似ていた気がして、どうも落ち着かない。
(あぁ、なんか久々にゾクゾクしたねぇ)
夢の中でしか会えない、オレの愛しい人。
穏やかでいて熱血で、意志が強く真面目でそれでいて慈愛に満ちていてオレの全てを包み込んでくれる、愛しい人。
今朝の夢にもでてきたから、まるでさっきまで会えていたような幸せな気分に浸れる。
美しいセミロングの黒い髪に鼻の上には横に大きく傷がある。その傷がまるで彼の目印のようで愛らしかった。
『生まれ変わっても、また一緒にいましょう』
この世界ではない、おそらく前世の記憶だと思っている生々しい夢の世界。俺は忍で各地を飛び回っていた。人もたくさん殺してきた。日々の任務で神経をすり減らし、それでもやっていけたのは彼女のおかげだった。
血でどろどろの体を綺麗に洗い流してくれて、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。溜まった鬱憤のような激情を体全身で受け止めてくれる。やりすぎると痛む腰をさすりながらギッと睨んで職場へ向かう彼女を見送るのが好きだった。
幼い頃から何度も見る夢にオレは夢中だった。
死と隣り合わせの生活だったがお互い死ぬことなく、上手に年をとり、先に彼女が病死するまで手に手を取って生きてきた。
死に向かう彼女の顔は安らかで、手を握って泣くオレに彼女は優しく微笑んで言ってくれた。
『生まれ変わっても、また一緒にいましょう』
なんて情熱的で彼女らしい言葉だろう。
彼女とオレの、約束。
『まぁ約束だから』
ふと彼の言葉を思い出す。
いや、彼のはずがない。
なぜなら男だし、なんだか不機嫌そうだし。まぁ髪も目も黒いけど、日本人なら一般的だし。彼女はもっと優しくて可愛かったと思う。
鞄からのぞく可愛らしい表紙の本をみる。
男女が運命的に出会う、まさにオレぴったり小説だ。きっとこの小説みたいにきれいな風景の中出会い、恋して、結婚するんだ。いやそうしてみせる。
「ご機嫌ですね」
「えーそう見えちゃう」
会社設立時から一緒にやってきた部下には全部話したことがあり、気楽に話せる数少ない者だ。さんざん聞かされて最近はややうんざりした表情だが、気にしない。
「とりあえず、仕事してください」
「はいはい。分かったよテンゾウ」
「会社では苗字でお願いします!!」
おなじみのやりとりにはははと笑った。
仕事が一段落し、珍しく定時に帰る。久しぶりに料理でも作るか思い立ち、近くのスーパーに寄った。
慣れた手つきでかごに商品を入れていく。
「あっ」
低い声がして振り返ると、今朝の青年だった。
何となく、ドキッとする。
「どーも」
「・・・どーも」
彼も同じようにかごを持っている。そういえばその制服の学校の校区だったなと思い、居心地の悪さを感じた。
「さんまですか?」
「え?」
「さんまと茄子の味噌汁ですか?」
「い、いや。違うけど・・・」
時期じゃないので今は売られていないが、それはオレの好物だった。そんなこと知っているのは数少ないので知るためにはそれなりに調べないといけない。なんだ、ストーカーなのか。
(ストーカー・・・)
なんだかその言葉に違和感を覚える。
(い、いやもしストーカーなら注意しないと)
またややこしい目にあうのは勘弁したい。
「あ、あのさ。なんでそんなこと知ってるの?本当にどっかで会ったことある?」
そういうと途端に不機嫌というか呆れたような顔になった。
「はぁ、まぁ。忘れているのなら別にどうでもいいですけど」
その顔はきゅぅっと心臓を握られたようないたたまれなさを感じる。
「ご、ごめん!本当に覚えてなくて」
「いいですよ。どうせそんなことだろうと思ってましたから」
それではと頭をさげると足早に去っていく。
それをどうにもできずただ無言で見送った。
かごにいっぱい入ったカップラーメンが、なぜか懐かしかった。
何となく気分は沈み、料理しても気は晴れなかった。夢の中では何度もした料理なのに。彼女が遅くオレが早く帰った日はよく作って待っていた。いや、里にいるときは彼女と一緒に食べないと食べた気にならなかった。
やっぱりカカシさんの料理は美味しいですねぇと感心しながらもりもり食べる彼女を見るのが好きだった。独り身だったときにはぞんざいだった料理もめきめきと上達し、その度に彼女に褒められるのが好きだった。
(あー味気ないなぁ)
一人がいけないのだと思い、ケータイを取り出し電話した。
家に来ないかと誘うと嬉しそうにすぐ行くと答えた。
オレが探し求めている相手、に似ていると思っている。
学校の教員をしていて、髪はセミロングを束ねて、鼻の上に小さな傷がある。オレが描く彼女の特徴と一致している彼女を見つけたときには、運命だと感じた。とても大事にしているつもりだ。
だが、なんとなく違和感を覚える。
例えば笑う顔とか。ふと物思いにふける表情とか。柔らかな体とか。オレを呼ぶ声とか。
夢の中の彼女は低く甘えた声でオレを呼ぶ。柔らかいというか弾力のある、吸い付くような体。女にしては違和感があるが、夢の中なのだ。何度抱こうがボンヤリとした部分はある。
しばらくして彼女が家に来た。
笑顔でむかえ入れ、食事を一緒にする。
だが、もともと食が細いのか少なく持ったご飯になんだかなぁと思う。
比べてはいけないと思うが、日々理想と現実の差が広がっていくのを止めることはできない。
(潮時、なのかなぁ)
大切にしているはずの彼女に冷静にそう思うのは、やはり愛がないのかもしれない。夢の彼女と似ていたから愛しただけかもしれない。
なんて思いながら抱くオレは不純かもしれないけど。
一回やると、その後の喪失感が半端ない。これが不快でなんとなく彼女とは疎遠になる。
彼女の手入れされた髪をさわる。髪を褒めた後よほど嬉しかったのか手入れを欠かしたことがなかった。だが整えば整うほど違和感がある。触りたいのは、もっとこう・・・。
例えば、今日会った彼のように太く剛毛で手入れもしていないがかといって痛んでもないあの髪。
(あーオレ結構やばいなぁ)
なんであんなに気になるんだろう。いや、気味の悪いことを言うからだ。
(あーやだやだ)
苛つきながら唯一の癒しである彼女に会いに、目を閉じた。
彼女との出会いは、初めてなった上忍師呼ばれる仕事に彼女の教え子との引継の時だった。
はじめましてと笑う彼女に異常な胸の高鳴りを感じた。教え子の状況を知るために何度も声をかけてくるたび嬉しかった。夕食に誘ったのはオレの方だった。もっと彼女が知りたくて、無我夢中だった。教育のことから個人的なことを話し合うまで時間はかからなかった。
そこからどんどん仲良くなり、告白したのは彼女の方だった。
真っ赤な顔をして、泣きそうな顔をして言った。
「好きです」
思考が停止した。
悪い仲ではないと思っていたが、彼女も自分と同じ気持ちだとは思わなかったからだ。
こんなこと言うつもりはなかったんです、ごめんなさいと泣く彼女がいじらしかった。迷惑になると泣く彼女を抱きしめてオレも好きだと言ったら更に泣かせてしまった。
泣きながら嬉しいと言う彼女はキラキラしていて世界の光がそこに集まった気がした。
可愛くて愛らしい。彼女のどんな行動も表情もオレを虜にした。
今日は付き合って三ヶ月目の時だった。
もうオレは彼女にメロメロでやりたくて堪らなかった。だが真面目な彼女を傷つけたくなく、軽い人間だと思われたくなくて我慢に我慢を重ねてついに限界がきた。役場で婚姻届をもらって、彼女に土下座した。
愛してる、貴方とずっと一緒にいたい。できれば貴方に触れたい。貴方の熱を感じて貴方の全てでオレを感じて欲しい。
そう言うと、彼女はポロポロ泣いて。
嬉しい、嬉しいと笑った。
ずっと触れられなかったから女として魅力がないのだと思っていた。そんなに好きではないのかと思っていた。
そう言って泣く彼女に我慢できず、許可をもらう前に押し倒した。
誰も触れられなかった体をゆっくりゆっくり解きほぐし一つになったときは失った体の一部をようやく見つけられたと思うぐらい満足感で溢れていた。
愛している、愛している。結婚しよう、ずっと一緒にいようと抱きながら泣いた。彼女も泣きながら頷いてくれた。
あぁ、なんて幸せなんだ。
幸せな、幸せな、オレの夢。
目を覚ますと黒髪の女性が眠っていた。
ふふっと笑いながら、頭を撫でると感触の違いに手が止まった。
違う、全然違う。もう耐えられない。
乱暴にベッドから降りると急いで手を洗った。
早く、早くさっきの感触を落とさないと彼女の感触を忘れてしまいそうだった。
幸福な気分が一気に覚めてしまった。あのシーンはお気に入りだったのに。
顔を見るのも嫌で着替えだけするとそのまま部屋から出た。
なぜだか、彼に会いたくて堪らなかった。
昨日であった道でボンヤリと彼を待つ。
外は雪がちらつくぐらい寒いのに、なぜだがその寒さを感じなかった。
早く、早く会いたい。
会って彼の熱を感じたい。
じゃないと狂ってしまいそうだ。
彼女なんていない、あれはお前の作り出した幻想だって。
(違う違う、彼女はいる。オレをこの世界で待っていてくれる。ずっとずっと一緒だから)
早く、早く来い。
昨日まで知らなかった彼だが、なぜだかオレの心を乱す。愛する彼女の存在を証明しているようで、破壊しているようだった。
早く、早く早く。
願うように見つめているとぴょこっと黒いしっぽのような髪が見えた。
ぎゅぅっと心臓が止まりそうだった。
ああ、あああ、あああぁあぁ。
泣きそうだ。
男なのに、傷も、髪も全然違うのに。
なんでオレの心をこんなにも乱すのだ。
「なんでそんな変な髪型してるんだよ」
彼の隣にいる青年がむりやりくくったポニーテールを触る。
「良いだろ、別に」
「ちょんまげみてーだな」
あははっと笑い会った。
その表情に頭が真っ白になった。
冷や水をかぶったように体が冷たくなり、手が震え出す。
オレの見た彼はムスッとして不機嫌そうな顔をしていた。あんな笑顔見たことない。
なんで笑うの?なんでオレじゃない人の前で、そんな幸せそうに笑うの?
その笑顔はオレのものだろーー?
「イルカ!!」
思わず叫ぶと、隣の男は吃驚した表情をしたが、イルカは呆れたような顔でこちらを見た。
なんだよ、その顔。さっきまで笑っていたじゃないか。あんな笑顔でオレ以外にニコニコと愛想良く。
かぁっと頭に血がのぼる。
あれはオレのだ。オレの、オレだけの、イルカだ。イルカいるかいるかいるかいるか。
「叫ばないでくださいよ、うるさいなぁ」
慣れているような態度で近づく。あの目がオレだけを見ている。
ああ良かった。オレのものだ。オレだけのイルカだ。
「思い出したんですか?」
そう言われて、急に冷静になる。
イルカって誰だ?
あのほ乳類なら知っているが、おそらくそのことを指しているのではなく、彼の名前なのだろう。
だが知らない。何にも分からない。
それに今オレ何を思った?
オレのイルカだって?気持ち悪い。そんな激情知らない。愛しい彼女だって、そんな嫉妬したことない。彼女はいつもオレだけを見ていた。そりゃ仕事上人と話すが、そんなことで一々目くじらを立てるはずない。
なんだよ。この気持ちはなんだ。
恐い、自分が恐い。
何も言わないオレにはぁとため息をついた。
「いいですけどね、別に。思い出したくもないことなんでしょう」
平然と傷ついた様子もなく言い放つ。なんだかそれが悲しくてごめんと謝った。
「ヒント、とかもらえないかな?」
恐る恐る聞くとため込んでいたようにはぁとため息をついた。
「今、どうせ逆上したでしょう?」
ずばり言い当てられ言葉を失う。
なんでそんなに分かるのだ。
オレの、オレでさえ知らない気持ちが分かるのか。
「その気持ちが全てじゃないですか?」
分かるようで分からない。
彼は分かっているのに、オレは分からない。
オレの気持ちも、彼との関係も、彼の気持ちも。
彼は分かっているのに、オレは分からない。
きりっと強い光を放つ彼の瞳がオレをじっと見ている。
そこに映っているのは今のオレじゃない。夢の中の、オレだ。
あぁ飲み込まれそうだ。
夢と今のオレが、オレの気持ちがぐるぐる回る。ぐちゃぐちゃにまざってどろどろに溶かされる。
分からない。何も、何も。
「カカシさん?」
名前を呼ばれてはっとする。
震える手をそっと握ってくれた。
心配そうな顔がこちらを見上げている。
その顔にほっと息を吐く。息苦しさに、さっきまで息が止まっていたのだと気がついた。
幸福感はない。息苦しくて重いどろどろした気分なのに、手放すことができない。
こんな気持ち、知らない。
「イルカ・・・」
呼ぶと更に切なさがこみ上げる。
抱きしめたい。抱きしめて彼の熱を感じたい。オレのこの重苦しい想いを彼に分かって欲しい。
だが手はあっさりと外されて、彼は距離をとった。
「俺、学校あるから」
それだけ言うとむりやりくくった髪をほどいた。ぱらぱらと落ちる髪がどこか官能的だった。
「待って、イルカまって」
「その内また会いますよ」
にかっと笑いそのまま走り去っていく。
可愛げのかけらもないが、その笑顔はオレの胸を打ち抜いた。
仕事をさっさと終わらせて、終わらなかった仕事は部下に押しつけてさっさと帰った。そのまま自宅に戻り愛車に乗ると、高校の敷地内に止めて、校門に寄りかかって校庭を見た。
彼の制服からしてこの高校だろうと思った高校は自身の母校でもあった。もしオレが10年産まれるのが遅かったら、おそらく彼とここでであっていたのかもしれない。
何となくサッカー部だと思い見ると、目的の人が見つかった。真剣な表情でボールを追っている。
あぁ、いいなとボンヤリと彼を目で追っていた。
しばらくして帰る支度をしているのを見て、もうすぐ終わるなと思った。ぞろぞろと仲間と帰る彼に手を振る。
途端怪訝そうな顔をして、周囲に声をかけてオレの方に走ってきた。
「カカシさん」
「会いに来ちゃった」
逃げられないように手を握ると車に押し込む。複雑な顔を見ないふりして車を発進した。
「誘拐ですよ」
「デートだぁよ」
冗談ぽく言うとムッとされた。面白くない。
「親御さんに連絡して。帰りは送るから夕ご飯いらないって言っておいて」
「お気遣いなく。一人暮らしですから」
「へぇ。それは好都合」
イルカは諦めたのか、シートベルトをしてどっかりと座り直した。それに満足して車を飛ばした。
オレが知っている中で一番美味かった店に着くと呆れたような顔をされた。
「成金・・・」
「ここ美味しいんだよ?知らない?」
「あんたはいつでもハイスペックですね」
意味が分からなかったが、褒められたと前向きに受け取る。
いつも通り奥の個室に座り、適当に注文した。
「お酒じゃなくて、ドリンクにして」
「かしこまりました」
二人っきりになるとじっとこちらを見てきた。
「お酒飲んで良いですよ」
「いーの。あと3、4年したら一緒に飲も?」
「・・・そーですねー」
思っていなさそうな棒読みだった。気にしないけど。
「知っていると思うけど、オレは畑カカシ。27才。ちっさい会社してる」
そういって名刺を取り出すとはぁとため息をつかれた。
「金持ちめ」
「金持ちってほどじゃないけど、金持ちは嫌い?」
「・・・・・・」
無視されてしまった。
「イルカのこと知りたいな」
「海野イルカ。今日来た高校の1年」
「じゃあ10才違いだーね。年上好き?」
「嫌い」
即答され、少し凹んだ。
がっくりと項垂れているとくすくすと笑い声がした。
「あんたって、本当」
可笑しくて堪らないみたいに笑うので、なんだか気分が晴れてくる。
男なのに。夢の彼女とは違うのに。
眩しくて、可愛らしかった。
運ばれてくる料理に目を輝かせながら、うまいうまいと食べる。知らない料理にはこれはなんですか?と目を輝かせながら聞いてくる。いつも外見ばかり気にして食の細い彼女たちを見てきたから、なんだかその姿は新鮮だった。
「サッカー部なの?」
「はい。まだ補欠にもなれてないですけど」
「ふーん。見る目ないコーチだね」
そういうとくすくす笑われた。
「カカシさんは一年からレギュラーだったんですよね」
ドキッとした。
そんなことまで知っているのかと思ったら、先輩から聞きましたと笑った。
「今でも伝説らしいですよ、当時のカカシさん」
「あぁ、そうなの」
「何しても器用ですね」
しみじみ言われて、なんとなく照れくさかった。
「もし10年遅く生まれてたら、同じ部活だったのにね」
そういうと目線をそらして、そうですねと呟いてグラスを傾けた。
その気だるげな表情に、高校生とは思えない大人の色気があった。水で濡れた唇が熟れた果実のようで、そこから目を離せない。
「…運命、ですかね」
ドクドクと心臓が高鳴る。
その言葉はオレが夢見て止まない言葉だった。
(彼、なのか…)
夢の愛しい人は女性だったが生まれ変わっても女性とは考えられない。もしかしたら男性かもしれない。
だが不思議に嫌な感じはなく、ストンと自然に胸に浸透する。
この出会いが運命で、この人と恋に落ちる。
ゆっくり、ゆっくり愛を育んで、結婚はできないかもしれないが、前のように死ぬまで一緒にいる。
あぁ、なんて。
なんて幸福なことなのだろう。
彼のことをもっと知りたい。
彼にも今のオレを分かってほしい。
この出会いを決して無駄にはさせたくない。
「ねぇ、イルカ」
最後のデザートを二人分食べ、ご機嫌な彼にケータイを見せる。
「番号とアドレス教えて」
満面の笑みで言うとまた不機嫌そうな顔をされた。
おかしいなぁ、なんでそんな顔されるんだろう。
「…教えなかったら、どうします?」
そんな挑戦的なことを言われたのに、なぜだか興奮した。
「毎日学校押しかける」
予想していたのかあきれ顔になった。
「暇ですね」
「オレにとってイルカが一番優先すべきことだから」
口説き文句のようなことを言っても、少しも喜ぼうとはせず、タラシめと忌々しく吐き捨てられた。
ムスッとした表情でノートを取り出し、書いていく姿に満足しながら、ウエイターを呼んだ。
「ここでいいです」
とめた場所は単身者の多いアパートだった。寮か下宿だと思ったのに、なんだか意外だった。
彼は人に囲まれて生きているような人だったから。
「ごちそうさまでした」
「いーよ。また誘ってもいい?」
「えぇ。でも学校に来るのはやめてくださいね。カカシさん目立ちますから」
「えー。イルカのサッカーする姿見たかったのに」
そういうと怪訝そうな顔をして車のドアを閉めた。
「また、連絡するね」
「はい。また」
車が発進すると見えなくなるまで手を振ってくれた。
上機嫌のまま自宅に戻り、そのままベッドに倒れ込む。久しぶりに気分が良かった。夢の中でもこんな充実感滅多に味わえなかったのに。
(もしかして彼があの人なのかなぁ)
なんだかそんな気がしてきた。それでもいい気がする。
性別とか年齢差とか、どうでもいい。
(イルカなら、いいなぁ)
ふふっと笑いながら目を閉じた。
いつものあの夢のはずだった。
いつもの部屋で、彼を待っていた。先生らしく本が散乱しているのを横目で見る。可愛い人。きっと忙しかったのだろうなと思いながら彼を待つ。
(彼?)
違和感が静かに波紋のように心を揺らした。
ガチャッと帰ってきた彼が憎悪でいっぱいの目をこちらに向けた。
ゾッとするような顔なのに、どこかゾクゾクした。
無理矢理手をとり、ベッドに放り投げる。
うつぶせにさせ、暴れる彼の両腕を握りながら、ズボンを一気に引き下ろした。
叫び声のような悲鳴が上がる。それに低い声で笑った。
日に焼けた肌なのに尻だけは白く官能的だった。しゃぶりつくように舐めると濡れた声がする。
そうだよ。そうなるように躾けたのだから。
それが嬉しくてなめ回すとギッと睨まれた。その目が、彼の意志の強さのようで、さらに興奮した。
この目を屈服させたい。
この目に写るのはオレだけでいい。
固く閉じられたそこに指を入れると更に暴れ出す。
それを押さえつけて十分に慣らし、自身のそれを入れる。
「やめて、止めてください、カカシさん、カカシさん!!」
そこで目が覚めた。
何て酷い。
酷い酷い、夢なのだ。
力いっぱい叫ぶ。
酷い、夢だ。夢なのだ。
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