今日は午前中休みなので思いっきり寝てやろうと思っていたら上層部から呼び出しがあり、慌てて向かおうとして玄関のドアで小指を挟んだ。
上層部から四時間以上も話されおかげで昼食を食べ損なうどころか受付に遅刻し、前任者に罵倒された。理由を話しても罵倒されたので、仕方ないのでペコペコ謝った。
上品なマダムから好物を差し入れ、食べる前に任務表を渡そうと対象者を探し回るが中々見つからず、途中会った美人のくノ一に恋人についてまたもや罵倒されたが、果然ペコペコせずにいるとグーで殴られた。流石上忍、躊躇いもなく繰り出された拳で吹っ飛び、転がっているところを足で数発蹴られた。それでもペコペコせず、勿論女に手を挙げない俺は漢の中の漢だと思う。
少しうーうー唸って受付に戻ると対象者が呑気に差し入れを食べており、差し入れは綺麗になくなってた。
くっきりと残った顔の跡のせいで周りの人から哀れみと好奇の目に晒されて、業務終了間際になって大部隊が帰還し、てんてこ舞いになり、一時間ほどサービス残業して帰ろうと思うと忘れ物に気付き、慌てて戻った。
今日は恋人が居るはずだから夕食楽しみと少し浮かれて帰宅すると窓は真っ暗でひどく落ち込んだ。ついでにお腹も減った。
仕方ないと玄関のドアを開け、電気をつけると

三角座りをした恋人がひどい顔をしてこちらを見上げていた。
なんだかひどく不気味で悲鳴を上げながら

恋人にアッパーをくらわせた。

「すみません・・・」
謝ってみてもカカシさんは動かない。倒れたままだ。いつもは笑って許してくれるのに何だか不気味だ。不気味すぎる。
「カカシさん?」
呼ぶとふらふらしながら俺の正面に座った。
ひどく窶れている。昨日から低ランクの短期の任務に出ると言っていたが、もしかして大変な任務だったのかもしれない。当然のように何も用意していないどころか彼に夕食を用意させようとしていた俺は酷い男だ。
「疲れてます?今夕飯作りますから」
そう言って立ち上がろうとすると腕を掴まれた。
カクンとなり少しよろけた。やや乱暴な仕草に、彼らしくなさに緊張が走った。
彼を見ると虚ろな目でこちらを見た。
「別れましょう」
そして彼がこの世で一番口にしないと思っていた言葉を言った。
「もう止めます」
まるで決定したかのように。
そう言った。

決めていたことがあった。
彼が目が覚めて、現実を直視して、彼が崇拝するかのように愛している男がただのもっさい男だと気付いたら。
そしたらきっと別れを告げられるであろう。
付き合う条件として別れれば殺すと言ったけど、あんなものたいしたことではない。
だって当然なのだから。
俺みたいな男を彼みたいな完璧な人が愛しているなどどっか頭のネジがぶっ飛んだとしか思えないから。
だから彼から別れを告げられたら、笑って別れようとした。
今までお世話になりっぱなしだ。甘やかされ、ワガママを聞いてもらって、俺はその一部でも返せたことはなかった。だからそのぐらいのことしかできない俺はきっぱりあっさりと彼の人生から消えようと思っていた。
そうして人生の汚点が消えた彼はまた完璧な世界へと帰っていくのだと。
もう二度と、二度と俺の手が届くことはない場所へ。
そう決めていた。
決めていたのに。
「なぜ、ですか・・・?」
なんてみっともなく言ってしまった。
バカ。
そんなこと分かりきっているだろう。
「先生は男で、中忍で、内勤で、冴えなくて。そんな奴オレに相応しくないし」
うんうん。知ってる。よく言われるしな。
「先生と付き合ったのも、女に飽きて毛並みが違う人をちょっと遊んでみただけです。珍しかったからからかっただけです」
うんうん。それも聞いたことある。
「オレもイイ歳だし、そろそろ結婚しなきゃいけないから、だから・・・」
それも聞いたよ、今日で三回目だ。
全く、皆語彙力ないな。
そんな当然なこと言われて俺が傷つくと思っているのか?全然平気。だって本当のことだもーん。
それよりもさー。
それよりも、言われている俺より言ってるアンタが傷ついた顔をするなよ。
「そうですか」
頷くとさらに顔をゆがめた。
「あ、あの・・・っ、殺してもらって構いません!約束だし!オレ抵抗しないからっ!」
そう言ってベストやホルダーなどを脱ぎ、両手を広げる。
それを狙って酷いことを言ったのか。
「しませんよ。汚れるし」
きっぱり言い切るとガクッと肩を落とされた。誰がアンタの思惑なんかに乗るか。ばーかばーか。
「確かに俺は男だし、中忍だし、冴えないし、なんかもっさりしてるし、彼女なんかできたことない童貞だし、家事もろくにできないし、ラーメンばっかり食べてるし、そのせいかちょっと臭いし、ワガママだし、自己中だし、高ランクで疲れている恋人に家事全部させて、イライラしてたら八つ当たりして、本当に最低の奴ですよね」
「そんなこと・・・っ」
言いかけて俯く。
こんなときでも素直で嘘がつけない人だ。
本当に、本当にいい人なのだ。
「嫌いになりましたか」
ワガママで自己中な俺なんか。
「嫌いになりましたか」
男で中忍で冴えない内勤で。
子供が産めない、俺なんか。
「嫌いって言ってください。そしたら別れます。全部全部諦めます。だから言ってください」
簡単なことだ。
たった三文字、口を動かすだけでいい。
それなのに。
それなのに、過酷な任務なように真っ青の顔をして泣き出すアンタの本心なんか、バカな俺でも手に取るように分かるんだよ。
「・・・す、好きで、っ好きです」
「はい」
「せんせのこと、大好きです!大好きなんです」
知ってるよ、そんなこと。
泣いてる彼の頭を撫でる。
素直で嘘がつけない、可愛い人。
俺はアンタの完璧な人生の汚点だが。
俺にとってアンタは俺の人生の唯一の美点なんだから。
絶対、手放すかよ。
「カカシさんにも上層部から話があったんですね」
「・・・はい」
「俺と別れなければ激戦区飛ばされるって言われたので、別れるのですか?」
今日四時間以上かけられて言われた内容はただそれだけ。
それっぽっちに俺は半休を潰され、遅刻までさせられたのだ。
「せ、先生が」
「俺が?」
「オレと別れるぐらいなら、激戦区に行くって」
ぐすんと鼻を鳴らした。
それがなんだ。
当たり前のことだろ。
「せ、先生はオレのことなんか嫌いなのに、オレがしつこいから付き合ってくれているのに、何にもないオレなんかを傍に置いてくれてるのに」
なのに。
「天職だって言ってたアカデミーを辞めてまでオレに付き合ってくれるって」
「当たり前でしょう」
間髪入れずに答える。
「アンタと別れるぐらいなら、何だってしますよ」
その時のアンタの顔は見ものだった。
懺悔から救われた哀れな子羊のようで、その顔は俺が付き合うと頷いた時の顔と同じだった。
俺はまた、神になった。
神になったのだー。
「どうして・・・」
哀れな子羊は崇めるかのように泣いた顔で俺を見上げる。
「どうして・・・?死ぬかもしれないのに。もう二度と帰ってこれないかもしれないのに」
アンタは本当に完璧じゃなくなったな。そんな簡単なことすら分からないのか。俺に影響されまくりだな。まっ、俺は神だからな。
「そんなの」
そんな単純なこと。

「アンタが好きだからに決まっているじゃないですか」

一世一代、きっとこの先この人にしか言わない最初の愛の告白は。
うわぁぁぁと男泣きの声で余韻に浸る前に見事にかき消された。
わぁわぁ泣く彼を見ながら、いっつもオネエ言葉使うのにこんな時だけ男らしいんだなぁとぼんやり思った。
うっかりしてた。
カカシさんに甘やかされてワガママきいてもらって、つい、うっかり忘れていた。
アンタを好きだって、もう手放せないぐらい愛してるって伝えてなかった。
「オレ、オオオレ、オレも・・・っ」
カフェオレじゃないなら落ち着け。
「俺が激戦区行くぐらいなら別れようと思ってくれたのですか」
「だって、先生はオレのこと、嫌いだって・・・っ」
「嫌いじゃないですよ。大好きですよ」
そう言うとまた泣き出す。
えぇい、話が進まないっ!面倒臭い!泣きやめ!
「先生と別れれば、先生は飛ばされないし、オレは先生と二度と会えないところで死ねるかなと思ったから」
「・・・もしかして、任務受けたのですか」
「はい。明日から」
「・・・」
オイオイ。
俺だってちょっと待って下さいって言ったのに。
本当にこの人俺に関しては完璧ではないなぁ。
「帰ってこれそうもないんですか?」
「分かりません。もう三年も戦争しているとこだから」
「帰ってこれないですか?」
じぃと見つめると、ぽっと顔を赤く染めた。
「あっ、えっと・・・」
「俺はカカシさんならなんとかなるんじゃないかなぁって思うんですけど」
「えっと・・・」
ジタバタするカカシさんを掴まえてちゅっとキスする。
「帰ってきてください。待ってますから」
「・・・っ」
「帰ってきたら、セックスしましょう」
そう言うと顔から火が出るのではないかと思うぐらい真っ赤になった。
アンタのそっちの技術は里一と聞いたことあるのに、なんだその純情さは。
首が壊れるかのように振る彼を抱きしめながら彼の無事を祈った。


それから半年で帰ってきたら彼を見て、この人の完璧さと、スケベ心の強さに改めて感服した。
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