朝起きると目的の時間より三時間も遅かった。
「うぉっ」
慌てて起き上がり服を着ながら部屋中を見て回る。
目的の人物はいなかったので一安心しながら外に出た。
今日はカカシさんが帰還する日だった。
カカシさんの部隊の帰還の噂を聞き、受付のコネを使って帰還時間を知ったので、まぁ半年ぶりだし恋人らしく大門で待っていようと思ったのにまさかの寝坊。壊れた目覚まし時計を勿体無いと未だに使っていたのが悪かったのだろう。やはりカカシさんに素直に買ってもらえば良かった。うん、この目覚まし時計と俺の貧乏性が悪い。
内心言い訳しながら大門に行くと別の部隊に出会し、カカシさんの部隊はすでに帰還したと知る。ヤッパリオソカッター。
おそらく隊長なので報告など諸事情が立て込んでいるのだろう。まだ帰宅には時間がかかりそうだ。一旦自宅に帰り樹海となった部屋の片付けをする。それでも帰ってこないので昼飯を作る。一時間待って帰ってこないのでムカついて二人分食べる。不味い。安い肉はやはり硬い。カカシさんの美味しい料理が恋しい。
一時間ボーっとしてやはり帰ってこないので外に出かける。
そういえば帰ってきたらセックスしようと約束していた。準備でもするかと少し遠い薬局に行く。何故近所の薬局ではないのかは察してくれ。ヒントは童貞だから。
初めて行くコーナーにドキドキする。いつかこれを使う日が来るのだと心待ちにして何度この前を通り過ぎたことか。
意外に品数が多くて戸惑う。
薄々なのとローションたっぷりなのとイボイボ付きなのはどれがいいのだろう?
値段もピンキリで一番高いのは一番安いもの の五倍する。一体何が違うのだろうか?
店員さんに問い質してみたいがさすがに男の尻の穴に入れるのはどれがいいですか?なんて聞けない。コイツ女にモテないからって男に走ったのか、そこまでしてまで童貞捨てたいのか、とか思われそうだ。違いますー、男だけどただの男じゃないんだぞ!なんとあの里の誉れの尻の穴だぞ!触り心地も締まり具合もいいんだぞ(推定)
まっ、金ないから安いのでいいか。五個入りぐらいで足りるだろう。
ここは男らしくゴムとローション、そして切れるらしいので痔の薬をカゴではなく手で持ち堂々とレジに持っていくとなぜかこういう時に限って若くて美人な店員さんが担当だった。これは、ちがっ、いや違わないけど、でもほらこれは予備というかー、知人が買ってほしいって頼まれたっていうかー。心の中で言い訳してみたが伝わるはずもなく、ぷっと笑われた(気がした)
初めてゴムを買うのに。童貞にはハードル高すぎだ。もう二度と行かない。カカシさんに買ってもらおう。
意気消沈萎え気味で帰ると勿論誰もおらず、ベッドサイドに買った物を並べた。
これで、俺、男になる。
パンパンと手を叩き、拝んでみた。ウマクイキマスヨウニー。シッパイシマセンヨウニー。
することないので服を脱いでみた。これならセックスすぐにできるだろう。あの人イチャパラ好きだから恋人が裸でベッドで待ってて帰ったらすぐあんあんするみたいなシュチュエーション好きだろう。うん、ナイスアイディア。
裸で布団にくるまる。ヒンヤリとした触感が何とも言えない。少し火照った体に気持ち良かった。
まだかなー。
玄関を見ながらゴロゴロ転がる。
もう半日以上たったからそろそろ終わるよなぁ。半年ぶりの帰還だぜ。カカシさんじゃなかったらまだ終わってなかったんだぜ。気を利かせて労れよ。そしてはよ帰せ。
時計を見る。もう夕方だ。
せっかく。
せっかく彼に合わせて休みとったのになぁ。
このクソ忙しい時期に1日休みをもぎ取るのがどんなに大変だったか。ここ半月残業しかしなかったのに。
俺、何やってるんだろうな。
俺との付き合いを認めされると言って激戦区の無期限長期任務に出かけた時、彼ならやってくれると思っていた。なぜなら彼は完璧だから。
一年ぐらいで帰ってこれるかなとワクワクしていたのに、その予想を超える半年という短期間で帰ってくる。流石だ。
だが、一度も式を送っては来なかった。
激戦区だ。無茶なのは勿論分かっている。
だが帰還が決まった時ぐらい教えてもいいのではないか?
いつもはあんなに長文を送ってくれていたのに。
噂で知った俺の気持ちが彼には分かるだろうか。
どこかで少し、少しだけ彼の目が覚めてしまったのではないかと思う。
もう俺のことなんか好きではなくなったのではないのかと思ってしまう。

俺のために激戦区に行ってくれたのに。

二時間待ってひどく馬鹿らしくなりベッドから出て服を着た。
昼飯の二の舞になりそうだが、一応夕食を作るため買い物に出かける。
俺の計画では夕食は二人で出かけて食材を一緒に選ぶつもりだったんだけどなぁ(財布は長期任務でがっつり稼いだカカシさんで)おかけで彼の好きなサンマは買えずシシャモ(本シシャモではない)になった。
これで帰って来てなかったら、どうしようかなぁ。
自然と遠回りの道を進む。
この里に帰ってきている。それは確実だ。受付歴舐めんな。
それも朝早く。報告があったとしても昼過ぎにはさすがに解放されるだろう。
こんなに遅くなるなんて、もしかして任務先でイイ人も見つけたのだろうか。
あの全てを捧げるかのように愛を乞うのだろうか。
跪いて献身的に支えるのだろうか。
帰還時間に寝坊するような薄情な恋人など捨てて。

遠回りしていると辺りは真っ暗になっていた。
アパートに着くと玄関の前に人影があった。暗くて見えないが彼だと感じた。
ほっとしながらもなぜそんなところにいるのかなぜか無性にイライラした。
合鍵など勝手に作っているのに。
もしかして部屋など入る気にもならないというのか。
さっさと別れを言って新たな恋人のところへ行くつもりなのか。
俺は待ってたのに。
アンタを迎えるために準備してきたのに、休みだってとったのに。
イライラは玄関に向かうほど強くなっていく。彼は微動だにしない。月明かりに背を向けていて表情は分からない。
ズンズンと近づき、いつものように腕を振り上げると、

当然のように易々と腕をとられた。


腕を掴まれたまま部屋に入る。
彼の表情は見えないがなんとなく殺気立っている。
さっきまでのイライラは吹っ飛び、初めて見る彼の反応になすがままになる。
怖い。
初めて彼にそう思った。
まさか今まで散々ワガママ言っていたことを冷静になって怒りが湧いてきたのか。
こんな格下に惚れてコケにされていたのだと思ったのか。
怖い。怖い怖い。
もう、俺のこと好きではないのか。

ベッドに投げ飛ばされ、彼は仁王立ちして俺を見下ろしている。
初めて見る表情だった。
研ぎ澄まされた刃物のような目がキラギラとこちらを見ていた。
「今までどこに行ってたんですか?」
「・・・え?」
「デートですか?イイですね」
フンと鼻で笑った。
「綺麗な部屋ですね。新しい恋人は掃除上手なんですか?」
いやそれは俺がしたんだけど。
気迫に押されて言葉にできず、パクパクと口を動かした。
「今日、大門に行ったことは知ってます。出迎えですよね?嬉しそうに人を探してたって聞きました。オレだって帰ってきたのに」
それはアンタを出迎えに行ったんだけど。寝坊して遅くなってしまったが。
「それから隣町まで行ったんですよね?新しい恋人はそこに住んでいるんですか?」
薬局に行ったんだよ。ゴムとかローションとか痔の薬とか買いに!童貞だから買うの恥ずかしいからわざわざ隣町に行ったんだよ!言わせんな、バカ。
「台所に二人分の食器が洗ってました。この部屋に入ってるんですよね?手料理で持て成したの?それとも作ってもらった?ねぇ?」
違いますー、アンタように作ったのに帰って来なかったから俺が二人分食べたんですー。
「それで、これ。丁寧にベッドサイドなんかに置いて。見せつけのつもり?ヤりまくってるって」
アンタにだよ!アンタ!したいって言ったからわざわざ買ったの!
「使ってないってもしかしてナマでシたの?羨ましいねぇ」
そう言って、買ってきたゴムを手に取り。
思いっきり壁に叩きつけた。
ドンっと凄い音がして、思わずビクッと身体が震えた。
そんな俺を見下ろし、ローションを手に取って、また凄い音をさせながら叩きつけた。
最後に痔の薬を手に取りフンと鼻で笑った。
「ナニコレ?もしかしてこんな物使わなきゃいけないぐらいヘタなの?そんなヘタクソに付き合ってるの?相手男なんだ?羨ましいなぁ」
ボッと最後は火で燃やした。
シーンと冷たい、張り詰めた空気が漂う。
「ねぇ、先生?好きって言ってくれたよね」
燃えた臭いが立ち込める中静かに言った。
「オレのこと好きだって言ってくれたよね?オレすごく嬉しかった。絶対嫌われてるって思ってたし、好かれることなんか一生ないと思ってたから。だから本当に嬉しかったんだよ」
知ってるよ、そんなこと。
あのぐちゃぐちゃな涙顔みてそのぐらい分かるわ。
「でもアレってただの餞別だったんだよね?」
・・・・・・・・・・・・はぁ?
「激戦区に行くオレへの最後の餞別だったんだよね?死ににいくものだから最後ぐらい良い夢見せてくれたんだよね?それなのにオレ本気にして、帰ってきちゃった」
ポトッと顔に雨が降ってきた。
「帰ってきたら本当の恋人同士になれるんじゃないかって夢みて、帰ってきちゃった」
ポトポトと雨は止まない。
「・・・なんで死ななかったんだろう、オレ」
それは静かで冷たい絶望だった。
顔をあげると悲痛な顔をしたカカシさんが目から雨を降らしていた。
いや、室内で雨なんか降るわけない。人は雨なんか降らせない。
泣いているんだ。
初めて気がついた。
だってこの人泣くときはウォンウォン男泣きする人なのに。
「死ねば良かったよね?そしたらオレは良い夢見れたまま幸せに死ねたし、先生も厄介払いできて良かったのにねぇ」
ハハッと力なく笑う。
死ねばいいって?
俺がどんなに。
どんなにアンタの無事を願ったか、知らないくせに。
「ねぇせんせ。オレ帰ってきちゃった。またすぐにね、長期任務行くから。今度は帰って来れないところにちゃんと行くから。その間だけでいい、オレの恋人になって。前みたいに傍に置いて。料理だって洗濯だって掃除だって何でもするから。ねっ、ねっ?」
手を伸ばされ思わずビクッとなる。
そうするとカカシさんが悲痛な表情で手を下げた。
ぎゅっと唇を噛み締める。
「怖がらせてごめんなさい。もうしないから。脅してるわけじゃないから。あぁもうどうしよう。怖いよね、オレのこと怖いよね!あぁなんてことしたんだ!ごめんなさい、せんせごめんなさい!」
「お・・・」
「え?」

「俺のことそんな薄情な奴だと思ってんのかーっ!!」
覗き込んできたカカシさんに思いっきり頭突きした。

「今日はアンタの出迎えに行ったの!寝坊したけど!それで掃除して昼飯作って待ってたけどアンタ来ないから一人で食べて、アンタがセックスしたいって言うからわざわざ隣町行ってゴムとかローションとか痔の薬とか買ったの!今まで夕飯の買い出し!ほらシシャモ!」
そう言って袋に入ったシシャモを叩きつける。
「アンタこそこんな遅くまで何してたんだよ!帰還だって何で知らせなかったんだよ!あぁん?」
「オレは報告した後上層部へ行って話をつけてました。また先生に嫌な思いをさせたくなかったから」
半分八つ当たりを兼ねて蹴りを何発も入れるとカカシさんは正座してそれを甘んじて受けてくれた。
「それに帰還の知らせも何度か送りました。今回特殊なところなので式ではなく手紙を送ったはずですが、届いていませんか・・・?」
そう言われてふと思い出す。
任務につく前、式ではなく手紙を送りますと行ってくれた。そんなことすっかり忘れて式ばっかり待っていたからポストなど一度も見ていなかった。
スッカリワスレテタ。
慌てて足蹴りを止める。すみません、蹴られるべきは俺でした。寧ろ俺が寝坊しなければ済んだ話だ。
「・・・すみません」
あとでポスト見に行きます。
「オレの方こそ、すみません。あの、怒っていませんか?嫌いになっていませんか?」
なんてイイ人だろう。今の話の流れで彼の過失は一つもないのに。
ぎゅっと抱き着くと小さく息を吐かれた。
「・・・オレのこと、まだ好きでいてくれていますか?」
好きだよ。一度だって一瞬だって手放す気なんかなかったよ。
「無事で良かったです」
「せんせ・・・」
ぎゅっと強く抱き締め返された。
あぁ、彼の匂いだ。彼の体温だ。
一度だって抱きしめ返されなかった強さだ。
「先生、あの、良かったら・・・」
そう言って取り出したのはあの薬局で一番高かったゴム、しかも五箱。
「このままシてもいいですか・・・?」
あぁ!俺ついに男になるのか。
頷き彼をベッドへと導く。
口もとはテラテラと光りなんとも官能的だ。下を見ると膨らんでる、気がする。
押し倒そうとした、途端逆に押し倒された。
ん?
見ると目が。
ギラギラと妖しげに光っていた。
まるで蛇に睨まれた蛙のように体が動かない。
「あ、の・・・」
「優しくします。あんな薬使わなくてもいいぐらい優しくしますから」
いやそうじゃなくて、ほら!ほら違うよねチガウトイッテー!!


翌日俺の休みまでちゃっかり取っていた彼の完璧さに、俺は実感するよりも呆れた。
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