任務も無事期間内に終わり、貯めていた有給を合わせて五日休みをもらえた。
なのにもなければ26日まで休みだ。
5月26日。
俺の誕生日。
別に今更誕生日など特に気にしないが、今年は特別だった。
二十歳になる。
(父ちゃん、母ちゃん)
今は亡き両親を思う。
二十歳になるよ、俺。
約束、忘れたわけじゃないよ。
手にある惣菜を見て苦笑する。
忘れたわけじゃない。でも叶うかどうかは分からない。
情けないなぁと思いながら自宅に向かう。
今日は疲れたからこの惣菜食べて風呂入って寝よ。
とりあえず明日からのことは明日考えよう。
見えてきた自身の部屋から光が見えた。
あちゃー、消し忘れてしまった。
はぁとため息をつく。地味に電気代を使ってしまった。こういうのが積み重なって給料日前は素うどんになるんだよなぁ。
重い足取りのまま玄関を開けた。
「おかえりー」
部屋の中から男の声がした。
「え?あっ、ただいま」
「任務だったの?お疲れ様。もうご飯ができるから先食べる?お風呂も沸いてるけど」
「えっと、じゃあご飯で」
「ん。ちゃんと手を洗ってね」
言われるまま洗面台で手を洗い、居間の卓袱台に座る。台所からはいい匂いと共に少し音の外れた聞き覚えのない鼻歌が聞こえた。
あれ?ここ、俺の部屋だよな?
身内も恋人もいない。部屋に勝手に入るような友人もいない。
なのになぜ料理をしている?
(っていうか、誰?)
「おまたせー。特製すき焼きだよー。疲れたでしょ、いっぱい食べてね」
「う、ん」
見知らぬエプロン姿の男がグツグツと煮えたぎる鍋を持ちながらやってきた。
男は全く見覚えのない、だがエプロンの下に支給服を着ていたのでおそらく木の葉の人間なのだろう。
じっ、と警戒しながら見つめているとニッコリ笑った。
優しい笑みだった。
「生卵と七味でしょ?はい」
「ありがと」
「食べて。美味しいよ。イルカ肉好きでしょ?」
俺の名前を知っていた。
すき焼きに生卵と七味をつけることも。
よく分からないが、確か任務に出る前冷蔵庫の物は全て処分したはずだ。ならばこのすき焼きは彼が一から用意したのだろう。
いい匂いがする。
言われたとおりに肉は大好きだ。
頭の中がごちゃごちゃしてしてきて、疲れてるし本能に従った。
もしかしたら毒かもと一瞬頭をよぎったが、ここで冷えた惣菜を食べるよりは美味そうなすき焼きを食べて死にたい。
「いただきます」
「はーい、いただきます」
肉をすくって、たっぷり生卵を付けて、食べた。
「う、っま」
なんて柔らかい!しかも牛肉!
豚のコマ切れで作るすき焼きとはレベルが違い過ぎる!
そこからは一心不乱に食べ尽くした。
ご飯のおかわりいる?と聞かれてそのまま3杯も食べた。
幸せだった。こんな美味いもの何年ぶりに食べただろう。
しかも絶妙なタイミングでおかわりやお茶をいれてくれる。
(もしかして)
これは夢か?
疲れて家庭の味に飢えている俺へのささやかなプレゼントか?
もうなんでもいいや。うまーっ。
と、食べて熱いお茶を飲んで現実に戻る。
見知らぬ男はまるで自宅のように寛ぎながら一緒にお茶を飲んでいた。
とりあえず、この人誰?
「あの、つかぬことをお聞きしますが、どちら様ですか」
「うーん。なんて言えばいいのかなぁ」
男は困ったように頭をかいた。
「初めまして、未来の嫁です」
嫁、よめ、ヨメ?
あぁ!そうか実来野 ヨメさんなのか!
なるほどなるほど。
「初めまして、ヨメさん」
「嫁さんなんて。カカシでいいですよ」
ハニーでもいいですけど。きゃっと嬉しそうに頬を染めた。
実来野·ヨメ·カカシ·ハニーという名前なのか。すごいなぁ。
「それで、えーっと、ヨメさんはなぜここに?」
「嫁なので、亭主のもとにいるのは当然デショ」
ウフフと嬉しそうに笑う。
テイシュ?
ティッシュ?
ていしゅ、つ?
テイシュってなんだっけ?
「ウフフ~、イルカ混乱してる~、初々しい~カワイー」
ってかこの人オネエなのかなぁ。凄まじい美形なのにギャップが凄い。
「まぁ、イルカにははっきり言わないと通じないから言うね。オレは今から七年後からきたの」
「七年・・・」
「七年後、オレとイルカは夫婦なの。ラブラブ新婚さんなの」
「・・・・・・」
未来から来たことに驚いていいのか。
この人と夫婦なのを驚いていいのか。
もしかしてこの人、女なのかと驚いていいのか。
色々オーバーヒートしたので。
とりあえず、お茶を飲んだ。
熱過ぎず、冷た過ぎず、うまい茶だ。
「もぅイルカ変わってないネ!混乱しててもその涼しい顔、可愛いっ!」
「いや、もうなんだか頭いっぱいです・・・」
「何から話せばいい?あ、一応未来のことは言えないから聞かないでね。未来はどうなってるのかとか、オレたちの馴れ初めとか」
思い出したのかキャーと体をクネクネさせながら頬を染める。
美形っていいな。何をしても見てて絶えられる。
「えーと、一応お伺いしますが、ヨメさんは」
「絶対勘違いしてるけど、オレの名前は、はたけカカシ。嫁は嫁ね。ワイフ。番い。伴侶。奥さん」
あっ、やっぱりそっちか。
無理があったんだよな。嫌だったから無理矢理脳内変換したけど。
「はたけさんは・・・」
「カカシ。未来ではそう呼んでるの」
「・・・・・・カカシさんは、男、ですよね?」
「あー、そこね。ハーイそーです。男でーす。証拠見せようか?」
ズボンに手をかけ出したので慌てて止める。
そっか、やっぱりそっか。
モテない人生だったけど、モテなさすぎて男に手を出したのか。
はぁーと溜息をつくと、困ったようにカカシさんは笑った。
「そんなあからさまに落ち込まないでよ、傷つくなぁ 」
「あ、そ、そうですよね。すみません。でも信じられなくて」
「まぁね。イルカ常識の塊みたいな人だもんね」
そう言って嬉しそうに笑う。
そんな。
俺のことならなんでも知っているような言い方で、そんな嬉しそうに笑うなんて。
俺はカカシさんのこと、何も知らないのに。
「確かにね、そこはお互いネックだったけど。そういうのも乗り越えて今の関係があるの。大変なこといっぱいあったけど、でもだからこそ今すっごく幸せ」
そうか。そうだよな。
きっとお互い同性となんて付き合う気はなかったのだろう。少なくとも今の俺にはない。だが、そんな柵もモラルも葛藤も乗り越えて夫婦となったのだろう。
いいな、と思った。
そんな風に二人で試行錯誤して障害を乗り越えて。
そんな関係に、なれればいいな、と思った。
それはまるで。
まるで、父ちゃんと母ちゃんみたいだ。
「それで、なんでまた過去に?」
「イルカの約束、叶えてあげようと思って」
約束?彼に何か約束したのだろうか?
キョトンとしていると、フッとカカシさんが笑った。
「二十歳の誕生日に、両親に結婚相手紹介したいんデショ?」
その言葉に、思考が停止した。
それは誰にも言ったことがない、だけど密かに約束したことだった。
俺の両親は二十歳に結婚したらしい。
まだ若いことや階級差、内勤と外回りの違いなど様々な障害があったと俺に何度も何度も話してくれた。そしてそれを乗り越え、今どれだけ幸せなのかも。子どもの俺から見ても仲睦まじい両親だった。
そんな両親を見て、俺も二十歳になったら結婚したいと思うようになった。
そして、二人が亡くなると、慰霊碑に向かって誓った。
二十歳の誕生日には、俺の結婚相手連れてくるから。
未だに彼女すら出来なことがなく、なんだかその約束のために恋人が欲しいのかと思われるのが嫌で、一度も誰かに喋ったことなどないのに。
そんなこと、喋るぐらい信用しているのだろう。
ぼんやりとした未来の嫁さんが、少しだけハッキリとした。
本当に、この人、俺の嫁さんなんだ・・・。
「そんなことのために、わざわざ・・・」
「そんなこと、じゃないデショ?」
ギュッと手を握られた。
「イルカの、大事な約束」
暖かく繊細で美しい手だった。
「オレと出会った時は遅くてね。それ聞いたときは何でもっと早く会えなかったのかってすごく悔しかった。だからこの術を身につけたら一番にここに来たかったんだよ」
そんな優しい言葉に。
ただの俺の密かな夢のために、そこまでしてくれるなんて。
ほんわりと胸がいっぱいになった。
優しい人なんだな。
男だけど、彼と一緒になれて幸せなのだろうな。
「ありがとうございます」
なんだか、もうそれだけで良かった気がした。今じゃないけど未来にこんな幸せが待っているのだから。
「だからね、二十歳の誕生日に結婚相手紹介させようと思って」
「え?誰をですか?」
今恋人はいないし、彼は未来の嫁さんだ。
「オレ」
なのに彼は得意げに笑った。
「いや、さすがにそれは・・・」
あんまり嬉しくない。だって今の俺の恋人でもなんでもない人なのだから。
「オレって言ってもオレじゃなくてね」
「?」
「この時代のオレ」
「・・・・・・・・・・・・、カカシさん。この時代の頃俺と知り合いでしたっけ?」
「んーん。この時代、多分暗部だったからねー。知らないと思うよ。オレも知らないし」
「・・・・・・」
暗部。
さらっと言ったが、結構重要なことじゃないか?そんなこと軽々しく言っていいのか?
「それじゃあ、どうやって・・・」
「明日から五日間休みもらってるデショ?イルカが言ってたよ。この五日間で見つけるつもりだったって」
わぁお。そんなことまで喋ったのか。恥ずかしいな。
「だからね、その五日間でこの時代のオレと付き合えばいいんだヨ」
そんなアホな。
いや、そう計画していたのは俺だけど。
でも他人から言われたら馬鹿馬鹿しくて情けない。
五日間で、恋人など作れるか。
それもただの恋人ではない。結婚を前提とした恋人だ。そうでないと両親のいる慰霊碑などに紹介できない。
しかも男で暗部。こちらは彼女なし歴=年齢の童貞。
ハードル高すぎだろう。
「無理ですよ」
「だぁいじょうぶ。オレたちもね、出会いはオレの一目惚れだから。イルカに会ったらオレ絶対惚れちゃうよ。グイグイくるよ」
「え、えー・・・」
一目惚れ。こんな美形が、平凡な俺に。
すごいなぁ、未来の俺。あと数年後にどう変貌するんだ?
「って言うか、そうしたら未来を変えることになりませんか?大丈夫なんですか?」
「えー、いいんじゃナイ?それぐらい。どうせオレたちは結ばれる運命だし。オレも早くイルカと付き合えるし。そしたらそれ分だけ多くイルカとヤれるし」
ぐふふっとイヤラシイ笑いをした。
そうか?
そういうものか?
っていうか、何ヤるの?
「本当に結ばれるんですか?ここで気まずい関係になって将来」
「結ばれるよ」
影響が、と言おうとする前にカカシさんに遮られた。
「オレたちは結ばれる運命なんだ」
ゾクッとするような、殺気を含ませてキッパリとそう言い切った。
一瞬膨大なチャクラを感じた。
それは今まで出会った誰よりも強く、彼の言う通り暗部というのも肯けた。きっとトップクラスの実力者なのだろう。
「軽々しく、違うなんて言わないで。オレたちはそんな軽々しい関係じゃない」
「・・・・・・」
ヘラヘラとした態度が一変して、鋭く強い信念を貫く険しい顔になった。
俺は驚きで体が硬直してしまった。
すると気がついたのかハッとしたかと思うといつものようにへらりと笑った。
「ごめーんね。吃驚させたーね。でも本当オレたちは結ばれる運命なんだよ」
「・・・はい」
「すっごく幸せでね。早く会えるなら会いたいんだ」
そこまで俺のことを想ってくれているのか。
二十歳の約束を知っている時点でとても信頼しているのだというのは分かっていたが。
幸せに浸る彼は、本当に、本当に幸せそうで。
それはかつての両親のようだった。
そんな人に会えるのなら。
俺もそんな幸せになれるのなら。
(会いたい、な)
この時代の彼に。
結ばれる運命の相手に。
「あの、是非この時代のカカシさんに会ってみます」
「本当っ!」
ぱぁぁと破顔した。
「良かった。会えばすぐね、惚れると思うよ。あっ、住所書くね」
そう言ってサラサラっとメモ帳に住所を書いた。
「ふふっ。これで安心。じゃあそろそろ時間だから」
そう言った途端、跡形もなく消えてしまった。
あとにはメモ帳だけが残っていた。
「はたけカカシさん、かぁ」
とても幸せそうな彼。
今の時代の彼はどうなのだろう。
暗部にいると言っていた。怖い人じゃないといいけど。
会えばすぐ惚れると言っていた。
鏡を見る限りとてもそうは思えないけど。
だが、今まであんなに熱烈に好かれたことなどない。もしあんなふうに好かれたら、どんなに幸せだろう。
そして、俺も同じように好きになれたら、どんなに幸せなのだろうか。
自然と笑みが浮かぶ。
明日が楽しみだ。
メモ帳を握り締めながら深い眠りに入った。
なのにもなければ26日まで休みだ。
5月26日。
俺の誕生日。
別に今更誕生日など特に気にしないが、今年は特別だった。
二十歳になる。
(父ちゃん、母ちゃん)
今は亡き両親を思う。
二十歳になるよ、俺。
約束、忘れたわけじゃないよ。
手にある惣菜を見て苦笑する。
忘れたわけじゃない。でも叶うかどうかは分からない。
情けないなぁと思いながら自宅に向かう。
今日は疲れたからこの惣菜食べて風呂入って寝よ。
とりあえず明日からのことは明日考えよう。
見えてきた自身の部屋から光が見えた。
あちゃー、消し忘れてしまった。
はぁとため息をつく。地味に電気代を使ってしまった。こういうのが積み重なって給料日前は素うどんになるんだよなぁ。
重い足取りのまま玄関を開けた。
「おかえりー」
部屋の中から男の声がした。
「え?あっ、ただいま」
「任務だったの?お疲れ様。もうご飯ができるから先食べる?お風呂も沸いてるけど」
「えっと、じゃあご飯で」
「ん。ちゃんと手を洗ってね」
言われるまま洗面台で手を洗い、居間の卓袱台に座る。台所からはいい匂いと共に少し音の外れた聞き覚えのない鼻歌が聞こえた。
あれ?ここ、俺の部屋だよな?
身内も恋人もいない。部屋に勝手に入るような友人もいない。
なのになぜ料理をしている?
(っていうか、誰?)
「おまたせー。特製すき焼きだよー。疲れたでしょ、いっぱい食べてね」
「う、ん」
見知らぬエプロン姿の男がグツグツと煮えたぎる鍋を持ちながらやってきた。
男は全く見覚えのない、だがエプロンの下に支給服を着ていたのでおそらく木の葉の人間なのだろう。
じっ、と警戒しながら見つめているとニッコリ笑った。
優しい笑みだった。
「生卵と七味でしょ?はい」
「ありがと」
「食べて。美味しいよ。イルカ肉好きでしょ?」
俺の名前を知っていた。
すき焼きに生卵と七味をつけることも。
よく分からないが、確か任務に出る前冷蔵庫の物は全て処分したはずだ。ならばこのすき焼きは彼が一から用意したのだろう。
いい匂いがする。
言われたとおりに肉は大好きだ。
頭の中がごちゃごちゃしてしてきて、疲れてるし本能に従った。
もしかしたら毒かもと一瞬頭をよぎったが、ここで冷えた惣菜を食べるよりは美味そうなすき焼きを食べて死にたい。
「いただきます」
「はーい、いただきます」
肉をすくって、たっぷり生卵を付けて、食べた。
「う、っま」
なんて柔らかい!しかも牛肉!
豚のコマ切れで作るすき焼きとはレベルが違い過ぎる!
そこからは一心不乱に食べ尽くした。
ご飯のおかわりいる?と聞かれてそのまま3杯も食べた。
幸せだった。こんな美味いもの何年ぶりに食べただろう。
しかも絶妙なタイミングでおかわりやお茶をいれてくれる。
(もしかして)
これは夢か?
疲れて家庭の味に飢えている俺へのささやかなプレゼントか?
もうなんでもいいや。うまーっ。
と、食べて熱いお茶を飲んで現実に戻る。
見知らぬ男はまるで自宅のように寛ぎながら一緒にお茶を飲んでいた。
とりあえず、この人誰?
「あの、つかぬことをお聞きしますが、どちら様ですか」
「うーん。なんて言えばいいのかなぁ」
男は困ったように頭をかいた。
「初めまして、未来の嫁です」
嫁、よめ、ヨメ?
あぁ!そうか実来野 ヨメさんなのか!
なるほどなるほど。
「初めまして、ヨメさん」
「嫁さんなんて。カカシでいいですよ」
ハニーでもいいですけど。きゃっと嬉しそうに頬を染めた。
実来野·ヨメ·カカシ·ハニーという名前なのか。すごいなぁ。
「それで、えーっと、ヨメさんはなぜここに?」
「嫁なので、亭主のもとにいるのは当然デショ」
ウフフと嬉しそうに笑う。
テイシュ?
ティッシュ?
ていしゅ、つ?
テイシュってなんだっけ?
「ウフフ~、イルカ混乱してる~、初々しい~カワイー」
ってかこの人オネエなのかなぁ。凄まじい美形なのにギャップが凄い。
「まぁ、イルカにははっきり言わないと通じないから言うね。オレは今から七年後からきたの」
「七年・・・」
「七年後、オレとイルカは夫婦なの。ラブラブ新婚さんなの」
「・・・・・・」
未来から来たことに驚いていいのか。
この人と夫婦なのを驚いていいのか。
もしかしてこの人、女なのかと驚いていいのか。
色々オーバーヒートしたので。
とりあえず、お茶を飲んだ。
熱過ぎず、冷た過ぎず、うまい茶だ。
「もぅイルカ変わってないネ!混乱しててもその涼しい顔、可愛いっ!」
「いや、もうなんだか頭いっぱいです・・・」
「何から話せばいい?あ、一応未来のことは言えないから聞かないでね。未来はどうなってるのかとか、オレたちの馴れ初めとか」
思い出したのかキャーと体をクネクネさせながら頬を染める。
美形っていいな。何をしても見てて絶えられる。
「えーと、一応お伺いしますが、ヨメさんは」
「絶対勘違いしてるけど、オレの名前は、はたけカカシ。嫁は嫁ね。ワイフ。番い。伴侶。奥さん」
あっ、やっぱりそっちか。
無理があったんだよな。嫌だったから無理矢理脳内変換したけど。
「はたけさんは・・・」
「カカシ。未来ではそう呼んでるの」
「・・・・・・カカシさんは、男、ですよね?」
「あー、そこね。ハーイそーです。男でーす。証拠見せようか?」
ズボンに手をかけ出したので慌てて止める。
そっか、やっぱりそっか。
モテない人生だったけど、モテなさすぎて男に手を出したのか。
はぁーと溜息をつくと、困ったようにカカシさんは笑った。
「そんなあからさまに落ち込まないでよ、傷つくなぁ 」
「あ、そ、そうですよね。すみません。でも信じられなくて」
「まぁね。イルカ常識の塊みたいな人だもんね」
そう言って嬉しそうに笑う。
そんな。
俺のことならなんでも知っているような言い方で、そんな嬉しそうに笑うなんて。
俺はカカシさんのこと、何も知らないのに。
「確かにね、そこはお互いネックだったけど。そういうのも乗り越えて今の関係があるの。大変なこといっぱいあったけど、でもだからこそ今すっごく幸せ」
そうか。そうだよな。
きっとお互い同性となんて付き合う気はなかったのだろう。少なくとも今の俺にはない。だが、そんな柵もモラルも葛藤も乗り越えて夫婦となったのだろう。
いいな、と思った。
そんな風に二人で試行錯誤して障害を乗り越えて。
そんな関係に、なれればいいな、と思った。
それはまるで。
まるで、父ちゃんと母ちゃんみたいだ。
「それで、なんでまた過去に?」
「イルカの約束、叶えてあげようと思って」
約束?彼に何か約束したのだろうか?
キョトンとしていると、フッとカカシさんが笑った。
「二十歳の誕生日に、両親に結婚相手紹介したいんデショ?」
その言葉に、思考が停止した。
それは誰にも言ったことがない、だけど密かに約束したことだった。
俺の両親は二十歳に結婚したらしい。
まだ若いことや階級差、内勤と外回りの違いなど様々な障害があったと俺に何度も何度も話してくれた。そしてそれを乗り越え、今どれだけ幸せなのかも。子どもの俺から見ても仲睦まじい両親だった。
そんな両親を見て、俺も二十歳になったら結婚したいと思うようになった。
そして、二人が亡くなると、慰霊碑に向かって誓った。
二十歳の誕生日には、俺の結婚相手連れてくるから。
未だに彼女すら出来なことがなく、なんだかその約束のために恋人が欲しいのかと思われるのが嫌で、一度も誰かに喋ったことなどないのに。
そんなこと、喋るぐらい信用しているのだろう。
ぼんやりとした未来の嫁さんが、少しだけハッキリとした。
本当に、この人、俺の嫁さんなんだ・・・。
「そんなことのために、わざわざ・・・」
「そんなこと、じゃないデショ?」
ギュッと手を握られた。
「イルカの、大事な約束」
暖かく繊細で美しい手だった。
「オレと出会った時は遅くてね。それ聞いたときは何でもっと早く会えなかったのかってすごく悔しかった。だからこの術を身につけたら一番にここに来たかったんだよ」
そんな優しい言葉に。
ただの俺の密かな夢のために、そこまでしてくれるなんて。
ほんわりと胸がいっぱいになった。
優しい人なんだな。
男だけど、彼と一緒になれて幸せなのだろうな。
「ありがとうございます」
なんだか、もうそれだけで良かった気がした。今じゃないけど未来にこんな幸せが待っているのだから。
「だからね、二十歳の誕生日に結婚相手紹介させようと思って」
「え?誰をですか?」
今恋人はいないし、彼は未来の嫁さんだ。
「オレ」
なのに彼は得意げに笑った。
「いや、さすがにそれは・・・」
あんまり嬉しくない。だって今の俺の恋人でもなんでもない人なのだから。
「オレって言ってもオレじゃなくてね」
「?」
「この時代のオレ」
「・・・・・・・・・・・・、カカシさん。この時代の頃俺と知り合いでしたっけ?」
「んーん。この時代、多分暗部だったからねー。知らないと思うよ。オレも知らないし」
「・・・・・・」
暗部。
さらっと言ったが、結構重要なことじゃないか?そんなこと軽々しく言っていいのか?
「それじゃあ、どうやって・・・」
「明日から五日間休みもらってるデショ?イルカが言ってたよ。この五日間で見つけるつもりだったって」
わぁお。そんなことまで喋ったのか。恥ずかしいな。
「だからね、その五日間でこの時代のオレと付き合えばいいんだヨ」
そんなアホな。
いや、そう計画していたのは俺だけど。
でも他人から言われたら馬鹿馬鹿しくて情けない。
五日間で、恋人など作れるか。
それもただの恋人ではない。結婚を前提とした恋人だ。そうでないと両親のいる慰霊碑などに紹介できない。
しかも男で暗部。こちらは彼女なし歴=年齢の童貞。
ハードル高すぎだろう。
「無理ですよ」
「だぁいじょうぶ。オレたちもね、出会いはオレの一目惚れだから。イルカに会ったらオレ絶対惚れちゃうよ。グイグイくるよ」
「え、えー・・・」
一目惚れ。こんな美形が、平凡な俺に。
すごいなぁ、未来の俺。あと数年後にどう変貌するんだ?
「って言うか、そうしたら未来を変えることになりませんか?大丈夫なんですか?」
「えー、いいんじゃナイ?それぐらい。どうせオレたちは結ばれる運命だし。オレも早くイルカと付き合えるし。そしたらそれ分だけ多くイルカとヤれるし」
ぐふふっとイヤラシイ笑いをした。
そうか?
そういうものか?
っていうか、何ヤるの?
「本当に結ばれるんですか?ここで気まずい関係になって将来」
「結ばれるよ」
影響が、と言おうとする前にカカシさんに遮られた。
「オレたちは結ばれる運命なんだ」
ゾクッとするような、殺気を含ませてキッパリとそう言い切った。
一瞬膨大なチャクラを感じた。
それは今まで出会った誰よりも強く、彼の言う通り暗部というのも肯けた。きっとトップクラスの実力者なのだろう。
「軽々しく、違うなんて言わないで。オレたちはそんな軽々しい関係じゃない」
「・・・・・・」
ヘラヘラとした態度が一変して、鋭く強い信念を貫く険しい顔になった。
俺は驚きで体が硬直してしまった。
すると気がついたのかハッとしたかと思うといつものようにへらりと笑った。
「ごめーんね。吃驚させたーね。でも本当オレたちは結ばれる運命なんだよ」
「・・・はい」
「すっごく幸せでね。早く会えるなら会いたいんだ」
そこまで俺のことを想ってくれているのか。
二十歳の約束を知っている時点でとても信頼しているのだというのは分かっていたが。
幸せに浸る彼は、本当に、本当に幸せそうで。
それはかつての両親のようだった。
そんな人に会えるのなら。
俺もそんな幸せになれるのなら。
(会いたい、な)
この時代の彼に。
結ばれる運命の相手に。
「あの、是非この時代のカカシさんに会ってみます」
「本当っ!」
ぱぁぁと破顔した。
「良かった。会えばすぐね、惚れると思うよ。あっ、住所書くね」
そう言ってサラサラっとメモ帳に住所を書いた。
「ふふっ。これで安心。じゃあそろそろ時間だから」
そう言った途端、跡形もなく消えてしまった。
あとにはメモ帳だけが残っていた。
「はたけカカシさん、かぁ」
とても幸せそうな彼。
今の時代の彼はどうなのだろう。
暗部にいると言っていた。怖い人じゃないといいけど。
会えばすぐ惚れると言っていた。
鏡を見る限りとてもそうは思えないけど。
だが、今まであんなに熱烈に好かれたことなどない。もしあんなふうに好かれたら、どんなに幸せだろう。
そして、俺も同じように好きになれたら、どんなに幸せなのだろうか。
自然と笑みが浮かぶ。
明日が楽しみだ。
メモ帳を握り締めながら深い眠りに入った。
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