「イルカ一生のお願い!!」
愛らしい顔を歪めて頭を下げられた。
目にはうっすら涙を浮かべて、正直こういう顔は困る。一番苦手な顔だ。
「私、好きな人がいるの。その人じゃないと結婚したくないの。だから」
勢いよく手を握られた。
「私の代わりに、一ヶ月結婚して!!」
「ちょっと落ち着け。俺は男で、お前は女だ」
「そこは術で女体化すればいいじゃない」
簡単そうにけろっと言う。
うみのルカ。
父方の遠い親戚にあたる彼女は俺の数少ない親戚だ。
上忍のくノ一であり、美人で家柄も悪くない。さっぱりとした性格で話が合うため兄弟のように幼いころからちょくちょく交流を持っていた。
「簡単に言うなよ。俺は中忍だから長期間の変化は苦手なんだ。だいたい一ヶ月ってなんだよ」
「一ヶ月だけ子作りしろって命令が出たのよ。信じられる!?私のことただの子どもを作る道具としてしか見てないのよ!!」
「それは、確かに気の毒だけど」
それでどうして俺が代わりにしなきゃいけないんだ。
「お願いイルカ。貴方にしか頼めないの。時間は一日22時から8時までだから生活に支障はでないでしょ」
「いや、俺男だから。子作りが目的なんだろ、嫌だよ」
「大丈夫。相手もやる気ないみたいだから」
「・・・ならルカでもいいじゃないか」
「いやよ!万が一のこともあるでしょ!!」
俺は良いのか。
まぁ男が男にやられるのだから彼女にとってはたいした問題ではないのかもしれない。
彼女の困った性格、それは性に関して異常なほど潔癖を持っていることだ。くのいちにして性に関する仕事は一切しない。それでもまかり通せるぐらいの実力を持つ彼女は優秀な忍なのだろう。
それにしてもそれを知っている上層部が彼女を指定したということは何かあるのだろうか。
はぁとため息をつく。
昔、遠方任務のときにそういう任務に就いたことをつい喋ってしまったのが運の尽きだろう。仕方ないじゃないかと割り切ったが、割り切ってしまった俺にどこか軽蔑というか見切りをつけられたのだろう。
「・・・ごめんなさい」
ぽつりと弱気な声がした。
見ると普段どんなことがあっても泣かない彼女の目からは多量の涙があふれている。
「こんなこと、イルカに頼むなんてお門違いだって分かってる。でも、どうしても耐えられなくて。わ、私好きな人以外とそんなこと、したくな・・・っ」
だから、そういう顔は苦手なんだよ。
「・・・・・・分かったよ」
ため息混じりで頷いた。
どうせ男との経験が一つ増えるぐらいじゃないか。
そんなことするぐらいなら自殺しかねない彼女に比べればたいした問題ではない。
頷くと、嬉しそうに抱きついた。
「ありがとう、イルカ。大好き、大好き!!」
「その代わりばれたら連帯責任だからな!!きちんとフォローしろよ」
「勿論!!」
うふふと妖艶な笑みを浮かべた。
嬉しそうな彼女を見て、はぁとため息をついた。
指定された建物を見上げる。
町外れにある、立派な一軒家だった。
まさか子作りのために建てられたとは思えないぐらい手入れのされた普通の家だ。
自分の体を見る。細く白い腕はまるで別人のようだった。
二日間かけてびっちりと教え込まれた姿はそれなりに見れるようになった。これを一ヶ月続けるのは、中々大変な気がする。
(できれば相手がこういうの興味なく、家に寄りつかない人だといいんだけど)
彼女にも知らされていない相手に内心祈るように扉を開けた。
しーんと静まりかえる室内に、まだ相手が来ていないことが分かる。
ほっとしつつも荷物を置いた。
平屋の3LDK。部屋数が多いのはありがたかった。
時間を見ると21時前。きっと22時に来るだろう。手持ちぶさたになり、キッチンに向かう。
子どもを残すための任務だから、おそらく相手は上忍だろう。もしかすると今任務かもしれない。
(ご飯ぐらい用意するか・・・)
どうせ自分も食べるのだし一人分増えたところで問題ない。キッチンにはすぐにでも料理ができるような道具がそろっていた。
「よっし、やるか」
ガチャッと無機質な音がした。
ドキッと心臓が跳ねた。
足音はしないが、人が入ってきた気配はする。
ゆっくりゆっくりと入ってくる。
ドキドキと全身が脈打つように感じる。
引き受けて見たものの、現実味はなかった。まるで夢のように感じていたが、ついに現実として目の前に現れると恐くて堪らない。
(いきなり押し倒されたりされたらどうしよう・・・)
過去の嫌な記憶が蘇る。
大きな掌が伸びてきて片手は首に、片手は服を破いた。ぶるぶると震える俺を見下ろし満足そうに笑った。
ドクドクと全身に鼓動が響く。冷や汗が全身に噴き出る。
ガラッと扉が開き、ぬぅっと男が入ってきた。
「あー、えーっと・・・」
ボリボリと頭を掻いた。その癖はよく知る、困ったときにする癖だった。
「どーも、はじめまして。はたけカカシです」
恐怖で脈打つ体が、一瞬にして固まった。
はたけカカシ。
彼はそれなりの関係だった。
それなりとは思い入れのある生徒の上司として出会い、すぐに個人的に接するようになった。上忍相手に友人というのは烏滸がましいかもしれないが、それぐらいの関係だったと思っている。
過去形なのはその友人関係は、出会うきっかけとなった生徒の中忍試験の際、意見の食い違いで対立し、関係もそれっきりとなってしまったからだ。
意地に、なっていたのだと思う。少なくとも俺はそうだった。だから修復しようとしたカカシ先生に子どもっぽい態度をとってしまった。今では受付で会うぐらいの関係だ。
(そうか。カカシ先生、まだ独身だもんな)
里の誉れと言われている天才の彼なら里も躍起になって子孫を残そうとするだろう。
だが、内心複雑だ。
知り合いであった彼なら、素性も知っている。穏やかで優しい彼が、無理に何かをすることはないだろう。だが天才の彼がこんな子どもだましの術を見破るかもしれない。バレたら関係は最悪なものになるだろう。
(やばい、変な汗かいてきた・・・)
「えっと・・・うみのルカさん、ですよね?」
「え、あっ、はい!!はじめまして」
過剰に反応してしまったが、特に不振に思わず、というか特に興味を持っていないように眠たそうな顔で近くに座った。
「実はオレ、好きな人がいまして」
「・・・はぁ」
「その人に操を立てているから、正直貴方と何かするつもりはないんですよ」
面倒くさそうにボリボリと頭を掻いた。
「そ、そうなんですか!!」
態度はどうでも良いがその言葉は救われた。
「実は私も、こういう任務は嫌いで」
「あぁ、本当ですか。よかったです」
ほっとしたように笑った。
俺も安心して、ようやく息をついた。
よかった。さすがカカシさんだ。こんなことしなくても産んでくれる相手はごまんといるよな。
安心したところでヤカンが沸く音がして慌てて火を止めた。
「・・・・・・もしかして、夕食作ってくれたんですか?」
「えぇ。私も食べてないのでよければ」
「・・・・・・」
のそっと動き席に座る。その前にご飯を盛りつけて置く。
「いただきます」
「・・・・・・きます」
味噌汁に口をつけるのをこっそりと見つめる。
「・・・美味しい」
それは俺に向けてではなく、独り言のようだった。
「これ、イルカ先生と一緒だね」
「え?」
「イルカ先生。アカデミーの教員している。・・・親戚なんデショ?」
「はぁ、まぁ」
ここで自分の名前がくるとは思わず、どう答えていいか分からなかった。
「彼の家で一回食べたことあるんだけど、・・・同じ味だ」
しんみりと言われて、なんだか落ち着かない。
確かに一回飲み過ぎて俺の部屋に泊めたことがある。朝食に味噌汁と焼き魚食べて、すごく嬉しそうに食べていった。
だが、そんな些細なこと彼が覚えているとは思わなかった。
「イ、イルカと仲良いんですか?」
「ん。まーね」
それ以上何も言わずにただもくもくと食べた。
「・・・ねぇ」
「はい?」
「お金、好きなだけあげるから、これからもご飯作ってくれないかな」
あんた、普段は外食ばかりだと言っていたくせに。やはり手料理のおいしさに目覚めたか。
(そう言えば友人時代も夕食を食べに何度か誘ったのに店は行くくせに、家には全然来なかったな。やはり男の手料理は嫌なのか?我慢ができなくなるとかなんとか言われたけど男くさい部屋や手料理は我慢できないのかなぁ)
まぁ店のモノばかりでは栄養が傾くから別に良いけど。
「はぁ。こんなものでよければ」
「美味しいデショ。味噌汁毎日作ってくれたら嬉しい」
にこっと笑われて、なんだかドキッとする。
それはなんだかプロポーズの言葉のようだった。
朝起きてみると彼の気配はなかった。
別々の部屋に寝たので不安は完全になくなったが、朝食を用意しようと思っていたのになんだかちょっと残念だった。
(まぁ、あんまり人と共存できなそうな人だしな)
昨日の残りを食べようと鍋をみると、綺麗になくなっていた。
「・・・食べたんだ」
そんなに味噌汁が好きだとは思わなかった。
代わりにちゃぶ台には分厚い封筒がおいてあった。
(・・・まさか札束じゃないよな)
おそるおそるあけるとまさにその通りだった。
そういえば彼の金銭感覚は狂っていた。一度だって支払ったことはないし、泊めた日だってその後律儀にお返しをさせてほしいと言われた。
(・・・まぁ食費分だけ抜いて、あとは返そう)
どうせ、ここの家賃などはこちらが支払うのではない。食費分は手間料としていただくぐらいバチは当たらないだろう。
手短に準備をして慎重に外に出た。
受付の雑務をしていると、なんだか昨夜のことが嘘みたいだった。疎遠になった友人と共同生活を送るなんて。
ドアが開き、何気なしに見ると、そこには昨日あの家に来たカカシ先生そのままだった。
(あ・・・)
口を開きそうになって、慌てて俯いた。
一瞬彼のことを考えすぎて幻かと思ったが、別に任務をしている彼がきても不思議ではない時間だった。
「お疲れ様です」
にこっと笑ったがぎこちない笑みになった気がする。
「どーも」
彼もいつもと変わらず報告書を出した。
綺麗な右上がりのくせ字だ。
彼の印象通り細くつかみ所がないくせに美しい字はとても好きだった。
「あー、先生・・・」
「はい?」
めずらしく彼から話しかけてきた。
「えー、と・・・」
言いずらそうにボリボリと頭を掻いて俯いた。
(なんだろう?ルカのことかな)
「ルカのことですか・・・?」
「・・・・・・えぇ。親戚、なんですね。ルカさんから聞きました」
(・・・言ってね-し)
初めて名前を呼ばれたのがこんな状況とは思わなかった。
「どうですか?きちんとしてますか」
「え、ええ。とても」
恥ずかしそうに俯いてもじもじする。ルカの時には一切しなかった表情に戸惑う。
(ルカの前ではかっこつけているのかよ。この女たらし)
無意識にムッとなる。
「それはよかったです。はい、確認しました。お疲れ様でした」
目を合わさずそういうと、しばらくうろうろとしたがやがて部屋から出て行った。
ふぅぅと思いっきり息を吐く。
つかめない人だなぁ。
ルカに変化して買い物し、家へと向かった。
案の定誰もおらず安心しつつも少し寂しさを感じつつ、料理を作る。
22時をすぎたころドアが開く音がした。
無言で近づいてくる気配に迎える。
「おかえりなさい」
のそっと猫背ぎみのカカシ先生はハッと顔をあげた。
「・・・・・・ただいま」
やる気のない返事をすると、居間に座った。
気にせず料理を運ぶ。
「いただきます」
「・・・・・・きます」
躊躇いもなく味噌汁に口つけた。
(本当好きだなぁ)
「・・・さっきの」
「え?」
「さっきのおかえりなさいは、イルカ先生みたいだった」
また俺の話題だった。
確かに共通の話題はそれだけだけど、そんなこと言っても会話が弾むわけでもないのになぜするのか分からなかった。
「そ、そうですか」
「うん。今日イルカ先生に聞かれたよ。どうですかって」
「はぁ」
「先生、きっとあんたのこと好きだって思ってたけど、そうでもなさそうだった」
「はぁ?」
俺がいつ、そんなこと言ったのだ。
彼の勘違いも甚だしい。
「だって、仲良さそうだったし」
「親戚ですから!兄弟みたいなものです」
「うん、そうなんだろうねぇ」
どこかボンヤリとして、俺に喋りかけているのに独り言のようだった。
(なんか、違う・・・)
俺に対してとルカに対しては性別も状況も違っているから対応も違うのかもしれない。しかし、今のカカシ先生はどこか前と違っていた。こんな朧気に話す人ではなかった。きちんと目をみて、情熱的に話す人だった。
(なにかあったのかな・・・)
口数が少なく、自身のことをあまり話さなかった彼だったが、それでも仕事のことや過去のことを少しずつ話してくれ、彼の人間らしいとことも垣間見られた。
『オレ、友人とか少ないから、イルカ先生が話聞いてくれてとても嬉しいです』
もしかすると、まだ話を聞いてくれるような友人に出会えていないのかもしれない。
「イルカ先生と、仲直りしたいんですか・・・?」
「・・・イルカ先生は、オレのこと嫌っているから」
つーっと目から水が流れた。
美しすぎてそれが涙だとは感じなかった。
ズキンと心臓が痛む。
無表情の顔なのに、それが一層悲痛に見える。
あぁ、俺は何てことをしてしまったのだ。
こんなに彼を苦しめてまで貫きたかった感情ではなかった。意見の食い違いは誰でもある。ただ普段優しい彼が分かってくれるのではないかとどこかで思っていた。それが違うと分かったときなんでも許してくれると思っていた彼にきつく言われて戸惑い、苛立っただけだ。平気な顔する彼を困らそうとした小さな子どもっぽい意地だ。
「私、私が取り持つから!!」
気がつくと叫んでいた。
「私がイルカとの仲を取り持つから。イルカだって、きっと分かってくれるから」
ふっと、目を伏せた。長いまつげが小さく揺れた。
「・・・ありがとう」
それはひどく諦めた表情だった。
(大丈夫だから。いつまでもそんなことで怒ってるわけないだろ)
それよりそんなことでこの世の終わりみたいな顔をするな。
昼休みに待ち合わせと言って朝別れた。
自分で言って自分で待ち合わせるとはなんとも奇妙な構図だ。
待ち合わせ場所に向かってみると、すでにカカシ先生がいた。
「カカシ先生」
走りながら近づくと愛用の本を閉じてこちらに近づいてくる。
「イルカ先生・・・」
「お待たせしてすみません」
はぁはぁを息をつくと彼を正面から見た。
「せんせ・・・」
不安そうなのに、どこか嬉しそうに俺を見つめる目はとても優しかった。ぐっと手に力を入れる。
「申し訳ございませんでした、はたけ上忍」
頭を地面につけるように深くさげた。
「やめてください。オレそんなつもりじゃ」
「いいえ、生意気な態度を取ってしまい深く反省しています」
「先生、やめて。オレそんなことして欲しい訳じゃない。お願い、先生やめて」
「はたけ上忍が気が済むまで、何でもさせていただきます」
ごくっと生唾を飲む音が聞こえた。
何でもいい。彼が満足してくれるなら。彼がもう二度とあんな悲痛な顔をしなくていいのなら。
「じゃ、じゃあ・・・」
もじもじと顔を真っ赤にさせながら、しかししっかりと目を見て言った。
「また、一緒に夕食食べたりしてくれますか」
その顔は昨日見せた世界の終わりとは真逆の、その世で一番幸せみたいな笑みだった。
仕事が思ったよりも遅くなり、買い物をして帰ると21時を過ぎていた。もうすぐ彼が来る。焦る気持ちで家にいくと、初めて明かりがついていた。
(珍しい・・・)
彼が定時以外に来るとは思わなかった。
慌てて中に入ると良い匂いがした。
「お帰り」
支給服とは違い、私服でエプロン姿の彼はなんだか別人だった。
「あ、えっと、遅くなりました・・・」
「いーよ。任務お疲れ様。夕飯オレが作ったから」
ちゃぶ台の上には所狭しと料理の山が積まれていた。しかもどれも美味しそうで、今までの自分の料理の見窄らしさが浮き立つ。
「着替えたら、座って」
手伝おうとするのを止められて各個人が使用している部屋に入れられた。
着替え終わると席に座らされご飯を渡された。
「ルカさんのおかげで先生と仲直りできた。ありがとう」
初めて名前を呼ばれて、ドキッとする。
本当綺麗な人だなぁ。普段無表情の顔がたまに笑うと本当心臓に悪い。
「いえ、お役に立てて良かったです」
「うん」
とても上機嫌ではにかむ笑顔は輝いて見えた。
「じゃあ、食べましょうか」
「はい。いただきます」
目の前にある鶏の唐揚げに箸をつける。中まで柔らかくまるでお店で食べているみたいに美味しかった。
「カカシ先生、すごく美味しいです」
「・・・・・・あぁ、うん」
ボリボリと頭を掻く。
なんだ?照れたのか?お世辞じゃなく美味しいのに。
「その先生っていうのはイルカ先生から?」
「え?・・・あぁ、そうです。ダメでしたか?」
この人二言目には俺の名前ばかりだ。本当話題のない人だなぁ。
「・・・なんかあんたイルカ先生に似てるね」
ふふっと幸せそうに笑った。
その言葉にドキッとする。やばい、ばれたか。
「ええええ!?いいいいや、だって、親戚だし!!」
「ふふふ。そーだよね。あぁなんか幸せ。今日のイルカ先生はなんだか情熱的だったし」
情熱的?どちらかと言えば熱血じゃないのか?
なんだか意味深な発言に頭を傾げる。
「今度いつ誘おう・・・」
うっとりと喋る様子はまるで恋する乙女のようで。
相手が俺じゃなければ勘違いするような表情だった。
それからは暇さえあればカカシ先生は家に居座るようになった。家事をしてくれるときもあれば寝っ転がってぼーっと本を読んでいる時もあった。
休日を一緒に過ごしたことがなかったのでその姿はなんだか新鮮だった。
「ルカさんはさー、好きな人いないの?」
愛用の本から目を上げて聞いた。
何の脈絡もなく話すのは慣れたものだった。
「・・・いませんよ」
「へぇ。そっち系の仕事断ってるって聞いたから、てっきり誰かに操たててるのだと思ったのに」
「潔癖なだけです」
聞いたとは誰に聞いたのだろう。変なことまで喋ってくれないと良いけど。そういえば、ルカの好きな相手も知らないし。
「カカシ先生は好きな相手がいるんですよね?大丈夫ですか?こんな任務して」
「あぁ、別に片思いだし。きっと微塵も興味持ってないと思うよ」
どうでも良さそうに答える。
片思いの相手に操たてているのか。そんなに純情だとは思わなかった。この人の噂はたくさん聞いているが、噂は噂だったのだろう。
「告白しないんですか?」
「・・・別に、叶えたい恋じゃない」
どうでも良さそうに。
なんてことないように。
なんだか妙に納得した。
諦めているのだ。この人は、恋に関して全て。
叶えることを望まない恋は綺麗なまま心に居座り、満たすかわりに他に何も入れない。そうして完成するんだ。
それが絶対で、それ以外は何もない。
孤独も痛みも全て愛だと感じるんだ。
ひどく不器用な人だと感じた。
(この人は、なんでも持っているのだと思ったのになぁ)
地位も権力も実力も容姿だってなんでも持っているのに、それでも叶えられない恋があるんだ。
無意識にそっと手を伸ばし、彼の髪を触った。
銀色の髪はきらきら光って、彼はこんなところまで美しかった。
彼は何も言わず目を閉じてなすがままだ。
(幸せになればいいのに)
叶わない恋から救われる方法はたった一つだ。
その恋を諦めること。
そして新しい恋をみつけること。
しかし彼はそのつもりはないみたいだ。
(この世にはたくさん人がいるんだから、早く次を見つけないと幸せになれないぞ)
あんたが知らない幸せなんてこの世にはたくさんあるのに。
騒がしい店内の個室に座る。
「急に誘って大丈夫でしたか?」
「大丈夫です。イルカ先生の誘いなら例えSランクの任務が入っていても断りますよ」
ニコニコと笑う彼をみてほっとする。
俺と会うときのカカシ先生はそんな様子一つもないのに。だが、もしかしたら気をつかわれているのかもしれない。そう思うといてもたっていられず、つい受付で誘ってしまった。
誘うと本当嬉しそうに笑うから、嫌われていないのだとは思うのだが、よくよく考えてみれば彼から恋の話は聞いたことない。
(いや、俺に恋人がいるかどうかは何度か聞かれたけど。いないと言い続けたからこの人に相談してもどうしようもないと思われたのか・・・)
そう思うと役不足かもしれないが、数少ない友人を失ったと感じただけで泣いてしまった彼のために、友人代表としてアドバイスしたかった。
「なんか、イルカ先生とこうやって話すの久しぶりですよね。緊張するなぁ」
顔を赤くしながら冗談を言う彼に合わせて笑った。
料理が出そろい、乾杯をする。
「ところでカカシ先生、好きな方がいるって聞いたんですけど」
その瞬間ガッシャンと派手な音がし、見るとお猪口が落ちて彼のズボンを汚していた。
「大丈夫ですか!?」
「だだだだだ大丈夫です。あはは、すみません」
慌てておしぼりで拭く姿はどう見ても動揺していた。
(これはもしかして・・・)
「あ、あぁ。ルカさんから聞いたんですよね。あははは、わー恥ずかしいなぁ。何て言ってました?」
「叶わない恋をされていると。もしかして」
じっと彼の顔を見る。
真っ赤になり目を潤ましている。なんだか泣きそうだ。
「俺」
「あ、あのっ」
「の知っている方なんですか?」
吃驚したように目を見開いた。
(やっぱりそうか・・・)
頭の中で知り合いを思い浮かべる。
(俺の知り合いで訳ありだろ。アカデミーの教員か?もしくは保護者?生徒じゃないだろうなぁ)
考えれば考えるほど分からない。
「・・・いえ。まぁ、いいじゃないですか」
先ほどとは違いすっかり意気消沈している。
「そんなことより先生の話ききたいな」
「俺については以前と全く変わりありません。ご心配なく」
あはっと笑うと、つられるように笑った。
可愛い子どもっぽい笑みだ。
「ルカはどうですか」
「うん、すごく優しいよ。ああいう人と結婚できる人はきっと幸せだろうね」
思い出したように笑う彼はいつもとどこか違った。
(あれ?)
それは些細な違いだったが、だが決定的だった。
(もしかして、ルカのこと好き?)
確かに美人で上忍で、彼に釣り合える人だ。
あのぶっきらぼうの態度も逆に考えれば格好つけていたのかもしれない。告白できないのももしかしたらこういう任務のときに口説きたくないだけかもしれない。
あれ?
あれれれ?
これってどうすればいいんだってばよ?
愛らしい顔を歪めて頭を下げられた。
目にはうっすら涙を浮かべて、正直こういう顔は困る。一番苦手な顔だ。
「私、好きな人がいるの。その人じゃないと結婚したくないの。だから」
勢いよく手を握られた。
「私の代わりに、一ヶ月結婚して!!」
「ちょっと落ち着け。俺は男で、お前は女だ」
「そこは術で女体化すればいいじゃない」
簡単そうにけろっと言う。
うみのルカ。
父方の遠い親戚にあたる彼女は俺の数少ない親戚だ。
上忍のくノ一であり、美人で家柄も悪くない。さっぱりとした性格で話が合うため兄弟のように幼いころからちょくちょく交流を持っていた。
「簡単に言うなよ。俺は中忍だから長期間の変化は苦手なんだ。だいたい一ヶ月ってなんだよ」
「一ヶ月だけ子作りしろって命令が出たのよ。信じられる!?私のことただの子どもを作る道具としてしか見てないのよ!!」
「それは、確かに気の毒だけど」
それでどうして俺が代わりにしなきゃいけないんだ。
「お願いイルカ。貴方にしか頼めないの。時間は一日22時から8時までだから生活に支障はでないでしょ」
「いや、俺男だから。子作りが目的なんだろ、嫌だよ」
「大丈夫。相手もやる気ないみたいだから」
「・・・ならルカでもいいじゃないか」
「いやよ!万が一のこともあるでしょ!!」
俺は良いのか。
まぁ男が男にやられるのだから彼女にとってはたいした問題ではないのかもしれない。
彼女の困った性格、それは性に関して異常なほど潔癖を持っていることだ。くのいちにして性に関する仕事は一切しない。それでもまかり通せるぐらいの実力を持つ彼女は優秀な忍なのだろう。
それにしてもそれを知っている上層部が彼女を指定したということは何かあるのだろうか。
はぁとため息をつく。
昔、遠方任務のときにそういう任務に就いたことをつい喋ってしまったのが運の尽きだろう。仕方ないじゃないかと割り切ったが、割り切ってしまった俺にどこか軽蔑というか見切りをつけられたのだろう。
「・・・ごめんなさい」
ぽつりと弱気な声がした。
見ると普段どんなことがあっても泣かない彼女の目からは多量の涙があふれている。
「こんなこと、イルカに頼むなんてお門違いだって分かってる。でも、どうしても耐えられなくて。わ、私好きな人以外とそんなこと、したくな・・・っ」
だから、そういう顔は苦手なんだよ。
「・・・・・・分かったよ」
ため息混じりで頷いた。
どうせ男との経験が一つ増えるぐらいじゃないか。
そんなことするぐらいなら自殺しかねない彼女に比べればたいした問題ではない。
頷くと、嬉しそうに抱きついた。
「ありがとう、イルカ。大好き、大好き!!」
「その代わりばれたら連帯責任だからな!!きちんとフォローしろよ」
「勿論!!」
うふふと妖艶な笑みを浮かべた。
嬉しそうな彼女を見て、はぁとため息をついた。
指定された建物を見上げる。
町外れにある、立派な一軒家だった。
まさか子作りのために建てられたとは思えないぐらい手入れのされた普通の家だ。
自分の体を見る。細く白い腕はまるで別人のようだった。
二日間かけてびっちりと教え込まれた姿はそれなりに見れるようになった。これを一ヶ月続けるのは、中々大変な気がする。
(できれば相手がこういうの興味なく、家に寄りつかない人だといいんだけど)
彼女にも知らされていない相手に内心祈るように扉を開けた。
しーんと静まりかえる室内に、まだ相手が来ていないことが分かる。
ほっとしつつも荷物を置いた。
平屋の3LDK。部屋数が多いのはありがたかった。
時間を見ると21時前。きっと22時に来るだろう。手持ちぶさたになり、キッチンに向かう。
子どもを残すための任務だから、おそらく相手は上忍だろう。もしかすると今任務かもしれない。
(ご飯ぐらい用意するか・・・)
どうせ自分も食べるのだし一人分増えたところで問題ない。キッチンにはすぐにでも料理ができるような道具がそろっていた。
「よっし、やるか」
ガチャッと無機質な音がした。
ドキッと心臓が跳ねた。
足音はしないが、人が入ってきた気配はする。
ゆっくりゆっくりと入ってくる。
ドキドキと全身が脈打つように感じる。
引き受けて見たものの、現実味はなかった。まるで夢のように感じていたが、ついに現実として目の前に現れると恐くて堪らない。
(いきなり押し倒されたりされたらどうしよう・・・)
過去の嫌な記憶が蘇る。
大きな掌が伸びてきて片手は首に、片手は服を破いた。ぶるぶると震える俺を見下ろし満足そうに笑った。
ドクドクと全身に鼓動が響く。冷や汗が全身に噴き出る。
ガラッと扉が開き、ぬぅっと男が入ってきた。
「あー、えーっと・・・」
ボリボリと頭を掻いた。その癖はよく知る、困ったときにする癖だった。
「どーも、はじめまして。はたけカカシです」
恐怖で脈打つ体が、一瞬にして固まった。
はたけカカシ。
彼はそれなりの関係だった。
それなりとは思い入れのある生徒の上司として出会い、すぐに個人的に接するようになった。上忍相手に友人というのは烏滸がましいかもしれないが、それぐらいの関係だったと思っている。
過去形なのはその友人関係は、出会うきっかけとなった生徒の中忍試験の際、意見の食い違いで対立し、関係もそれっきりとなってしまったからだ。
意地に、なっていたのだと思う。少なくとも俺はそうだった。だから修復しようとしたカカシ先生に子どもっぽい態度をとってしまった。今では受付で会うぐらいの関係だ。
(そうか。カカシ先生、まだ独身だもんな)
里の誉れと言われている天才の彼なら里も躍起になって子孫を残そうとするだろう。
だが、内心複雑だ。
知り合いであった彼なら、素性も知っている。穏やかで優しい彼が、無理に何かをすることはないだろう。だが天才の彼がこんな子どもだましの術を見破るかもしれない。バレたら関係は最悪なものになるだろう。
(やばい、変な汗かいてきた・・・)
「えっと・・・うみのルカさん、ですよね?」
「え、あっ、はい!!はじめまして」
過剰に反応してしまったが、特に不振に思わず、というか特に興味を持っていないように眠たそうな顔で近くに座った。
「実はオレ、好きな人がいまして」
「・・・はぁ」
「その人に操を立てているから、正直貴方と何かするつもりはないんですよ」
面倒くさそうにボリボリと頭を掻いた。
「そ、そうなんですか!!」
態度はどうでも良いがその言葉は救われた。
「実は私も、こういう任務は嫌いで」
「あぁ、本当ですか。よかったです」
ほっとしたように笑った。
俺も安心して、ようやく息をついた。
よかった。さすがカカシさんだ。こんなことしなくても産んでくれる相手はごまんといるよな。
安心したところでヤカンが沸く音がして慌てて火を止めた。
「・・・・・・もしかして、夕食作ってくれたんですか?」
「えぇ。私も食べてないのでよければ」
「・・・・・・」
のそっと動き席に座る。その前にご飯を盛りつけて置く。
「いただきます」
「・・・・・・きます」
味噌汁に口をつけるのをこっそりと見つめる。
「・・・美味しい」
それは俺に向けてではなく、独り言のようだった。
「これ、イルカ先生と一緒だね」
「え?」
「イルカ先生。アカデミーの教員している。・・・親戚なんデショ?」
「はぁ、まぁ」
ここで自分の名前がくるとは思わず、どう答えていいか分からなかった。
「彼の家で一回食べたことあるんだけど、・・・同じ味だ」
しんみりと言われて、なんだか落ち着かない。
確かに一回飲み過ぎて俺の部屋に泊めたことがある。朝食に味噌汁と焼き魚食べて、すごく嬉しそうに食べていった。
だが、そんな些細なこと彼が覚えているとは思わなかった。
「イ、イルカと仲良いんですか?」
「ん。まーね」
それ以上何も言わずにただもくもくと食べた。
「・・・ねぇ」
「はい?」
「お金、好きなだけあげるから、これからもご飯作ってくれないかな」
あんた、普段は外食ばかりだと言っていたくせに。やはり手料理のおいしさに目覚めたか。
(そう言えば友人時代も夕食を食べに何度か誘ったのに店は行くくせに、家には全然来なかったな。やはり男の手料理は嫌なのか?我慢ができなくなるとかなんとか言われたけど男くさい部屋や手料理は我慢できないのかなぁ)
まぁ店のモノばかりでは栄養が傾くから別に良いけど。
「はぁ。こんなものでよければ」
「美味しいデショ。味噌汁毎日作ってくれたら嬉しい」
にこっと笑われて、なんだかドキッとする。
それはなんだかプロポーズの言葉のようだった。
朝起きてみると彼の気配はなかった。
別々の部屋に寝たので不安は完全になくなったが、朝食を用意しようと思っていたのになんだかちょっと残念だった。
(まぁ、あんまり人と共存できなそうな人だしな)
昨日の残りを食べようと鍋をみると、綺麗になくなっていた。
「・・・食べたんだ」
そんなに味噌汁が好きだとは思わなかった。
代わりにちゃぶ台には分厚い封筒がおいてあった。
(・・・まさか札束じゃないよな)
おそるおそるあけるとまさにその通りだった。
そういえば彼の金銭感覚は狂っていた。一度だって支払ったことはないし、泊めた日だってその後律儀にお返しをさせてほしいと言われた。
(・・・まぁ食費分だけ抜いて、あとは返そう)
どうせ、ここの家賃などはこちらが支払うのではない。食費分は手間料としていただくぐらいバチは当たらないだろう。
手短に準備をして慎重に外に出た。
受付の雑務をしていると、なんだか昨夜のことが嘘みたいだった。疎遠になった友人と共同生活を送るなんて。
ドアが開き、何気なしに見ると、そこには昨日あの家に来たカカシ先生そのままだった。
(あ・・・)
口を開きそうになって、慌てて俯いた。
一瞬彼のことを考えすぎて幻かと思ったが、別に任務をしている彼がきても不思議ではない時間だった。
「お疲れ様です」
にこっと笑ったがぎこちない笑みになった気がする。
「どーも」
彼もいつもと変わらず報告書を出した。
綺麗な右上がりのくせ字だ。
彼の印象通り細くつかみ所がないくせに美しい字はとても好きだった。
「あー、先生・・・」
「はい?」
めずらしく彼から話しかけてきた。
「えー、と・・・」
言いずらそうにボリボリと頭を掻いて俯いた。
(なんだろう?ルカのことかな)
「ルカのことですか・・・?」
「・・・・・・えぇ。親戚、なんですね。ルカさんから聞きました」
(・・・言ってね-し)
初めて名前を呼ばれたのがこんな状況とは思わなかった。
「どうですか?きちんとしてますか」
「え、ええ。とても」
恥ずかしそうに俯いてもじもじする。ルカの時には一切しなかった表情に戸惑う。
(ルカの前ではかっこつけているのかよ。この女たらし)
無意識にムッとなる。
「それはよかったです。はい、確認しました。お疲れ様でした」
目を合わさずそういうと、しばらくうろうろとしたがやがて部屋から出て行った。
ふぅぅと思いっきり息を吐く。
つかめない人だなぁ。
ルカに変化して買い物し、家へと向かった。
案の定誰もおらず安心しつつも少し寂しさを感じつつ、料理を作る。
22時をすぎたころドアが開く音がした。
無言で近づいてくる気配に迎える。
「おかえりなさい」
のそっと猫背ぎみのカカシ先生はハッと顔をあげた。
「・・・・・・ただいま」
やる気のない返事をすると、居間に座った。
気にせず料理を運ぶ。
「いただきます」
「・・・・・・きます」
躊躇いもなく味噌汁に口つけた。
(本当好きだなぁ)
「・・・さっきの」
「え?」
「さっきのおかえりなさいは、イルカ先生みたいだった」
また俺の話題だった。
確かに共通の話題はそれだけだけど、そんなこと言っても会話が弾むわけでもないのになぜするのか分からなかった。
「そ、そうですか」
「うん。今日イルカ先生に聞かれたよ。どうですかって」
「はぁ」
「先生、きっとあんたのこと好きだって思ってたけど、そうでもなさそうだった」
「はぁ?」
俺がいつ、そんなこと言ったのだ。
彼の勘違いも甚だしい。
「だって、仲良さそうだったし」
「親戚ですから!兄弟みたいなものです」
「うん、そうなんだろうねぇ」
どこかボンヤリとして、俺に喋りかけているのに独り言のようだった。
(なんか、違う・・・)
俺に対してとルカに対しては性別も状況も違っているから対応も違うのかもしれない。しかし、今のカカシ先生はどこか前と違っていた。こんな朧気に話す人ではなかった。きちんと目をみて、情熱的に話す人だった。
(なにかあったのかな・・・)
口数が少なく、自身のことをあまり話さなかった彼だったが、それでも仕事のことや過去のことを少しずつ話してくれ、彼の人間らしいとことも垣間見られた。
『オレ、友人とか少ないから、イルカ先生が話聞いてくれてとても嬉しいです』
もしかすると、まだ話を聞いてくれるような友人に出会えていないのかもしれない。
「イルカ先生と、仲直りしたいんですか・・・?」
「・・・イルカ先生は、オレのこと嫌っているから」
つーっと目から水が流れた。
美しすぎてそれが涙だとは感じなかった。
ズキンと心臓が痛む。
無表情の顔なのに、それが一層悲痛に見える。
あぁ、俺は何てことをしてしまったのだ。
こんなに彼を苦しめてまで貫きたかった感情ではなかった。意見の食い違いは誰でもある。ただ普段優しい彼が分かってくれるのではないかとどこかで思っていた。それが違うと分かったときなんでも許してくれると思っていた彼にきつく言われて戸惑い、苛立っただけだ。平気な顔する彼を困らそうとした小さな子どもっぽい意地だ。
「私、私が取り持つから!!」
気がつくと叫んでいた。
「私がイルカとの仲を取り持つから。イルカだって、きっと分かってくれるから」
ふっと、目を伏せた。長いまつげが小さく揺れた。
「・・・ありがとう」
それはひどく諦めた表情だった。
(大丈夫だから。いつまでもそんなことで怒ってるわけないだろ)
それよりそんなことでこの世の終わりみたいな顔をするな。
昼休みに待ち合わせと言って朝別れた。
自分で言って自分で待ち合わせるとはなんとも奇妙な構図だ。
待ち合わせ場所に向かってみると、すでにカカシ先生がいた。
「カカシ先生」
走りながら近づくと愛用の本を閉じてこちらに近づいてくる。
「イルカ先生・・・」
「お待たせしてすみません」
はぁはぁを息をつくと彼を正面から見た。
「せんせ・・・」
不安そうなのに、どこか嬉しそうに俺を見つめる目はとても優しかった。ぐっと手に力を入れる。
「申し訳ございませんでした、はたけ上忍」
頭を地面につけるように深くさげた。
「やめてください。オレそんなつもりじゃ」
「いいえ、生意気な態度を取ってしまい深く反省しています」
「先生、やめて。オレそんなことして欲しい訳じゃない。お願い、先生やめて」
「はたけ上忍が気が済むまで、何でもさせていただきます」
ごくっと生唾を飲む音が聞こえた。
何でもいい。彼が満足してくれるなら。彼がもう二度とあんな悲痛な顔をしなくていいのなら。
「じゃ、じゃあ・・・」
もじもじと顔を真っ赤にさせながら、しかししっかりと目を見て言った。
「また、一緒に夕食食べたりしてくれますか」
その顔は昨日見せた世界の終わりとは真逆の、その世で一番幸せみたいな笑みだった。
仕事が思ったよりも遅くなり、買い物をして帰ると21時を過ぎていた。もうすぐ彼が来る。焦る気持ちで家にいくと、初めて明かりがついていた。
(珍しい・・・)
彼が定時以外に来るとは思わなかった。
慌てて中に入ると良い匂いがした。
「お帰り」
支給服とは違い、私服でエプロン姿の彼はなんだか別人だった。
「あ、えっと、遅くなりました・・・」
「いーよ。任務お疲れ様。夕飯オレが作ったから」
ちゃぶ台の上には所狭しと料理の山が積まれていた。しかもどれも美味しそうで、今までの自分の料理の見窄らしさが浮き立つ。
「着替えたら、座って」
手伝おうとするのを止められて各個人が使用している部屋に入れられた。
着替え終わると席に座らされご飯を渡された。
「ルカさんのおかげで先生と仲直りできた。ありがとう」
初めて名前を呼ばれて、ドキッとする。
本当綺麗な人だなぁ。普段無表情の顔がたまに笑うと本当心臓に悪い。
「いえ、お役に立てて良かったです」
「うん」
とても上機嫌ではにかむ笑顔は輝いて見えた。
「じゃあ、食べましょうか」
「はい。いただきます」
目の前にある鶏の唐揚げに箸をつける。中まで柔らかくまるでお店で食べているみたいに美味しかった。
「カカシ先生、すごく美味しいです」
「・・・・・・あぁ、うん」
ボリボリと頭を掻く。
なんだ?照れたのか?お世辞じゃなく美味しいのに。
「その先生っていうのはイルカ先生から?」
「え?・・・あぁ、そうです。ダメでしたか?」
この人二言目には俺の名前ばかりだ。本当話題のない人だなぁ。
「・・・なんかあんたイルカ先生に似てるね」
ふふっと幸せそうに笑った。
その言葉にドキッとする。やばい、ばれたか。
「ええええ!?いいいいや、だって、親戚だし!!」
「ふふふ。そーだよね。あぁなんか幸せ。今日のイルカ先生はなんだか情熱的だったし」
情熱的?どちらかと言えば熱血じゃないのか?
なんだか意味深な発言に頭を傾げる。
「今度いつ誘おう・・・」
うっとりと喋る様子はまるで恋する乙女のようで。
相手が俺じゃなければ勘違いするような表情だった。
それからは暇さえあればカカシ先生は家に居座るようになった。家事をしてくれるときもあれば寝っ転がってぼーっと本を読んでいる時もあった。
休日を一緒に過ごしたことがなかったのでその姿はなんだか新鮮だった。
「ルカさんはさー、好きな人いないの?」
愛用の本から目を上げて聞いた。
何の脈絡もなく話すのは慣れたものだった。
「・・・いませんよ」
「へぇ。そっち系の仕事断ってるって聞いたから、てっきり誰かに操たててるのだと思ったのに」
「潔癖なだけです」
聞いたとは誰に聞いたのだろう。変なことまで喋ってくれないと良いけど。そういえば、ルカの好きな相手も知らないし。
「カカシ先生は好きな相手がいるんですよね?大丈夫ですか?こんな任務して」
「あぁ、別に片思いだし。きっと微塵も興味持ってないと思うよ」
どうでも良さそうに答える。
片思いの相手に操たてているのか。そんなに純情だとは思わなかった。この人の噂はたくさん聞いているが、噂は噂だったのだろう。
「告白しないんですか?」
「・・・別に、叶えたい恋じゃない」
どうでも良さそうに。
なんてことないように。
なんだか妙に納得した。
諦めているのだ。この人は、恋に関して全て。
叶えることを望まない恋は綺麗なまま心に居座り、満たすかわりに他に何も入れない。そうして完成するんだ。
それが絶対で、それ以外は何もない。
孤独も痛みも全て愛だと感じるんだ。
ひどく不器用な人だと感じた。
(この人は、なんでも持っているのだと思ったのになぁ)
地位も権力も実力も容姿だってなんでも持っているのに、それでも叶えられない恋があるんだ。
無意識にそっと手を伸ばし、彼の髪を触った。
銀色の髪はきらきら光って、彼はこんなところまで美しかった。
彼は何も言わず目を閉じてなすがままだ。
(幸せになればいいのに)
叶わない恋から救われる方法はたった一つだ。
その恋を諦めること。
そして新しい恋をみつけること。
しかし彼はそのつもりはないみたいだ。
(この世にはたくさん人がいるんだから、早く次を見つけないと幸せになれないぞ)
あんたが知らない幸せなんてこの世にはたくさんあるのに。
騒がしい店内の個室に座る。
「急に誘って大丈夫でしたか?」
「大丈夫です。イルカ先生の誘いなら例えSランクの任務が入っていても断りますよ」
ニコニコと笑う彼をみてほっとする。
俺と会うときのカカシ先生はそんな様子一つもないのに。だが、もしかしたら気をつかわれているのかもしれない。そう思うといてもたっていられず、つい受付で誘ってしまった。
誘うと本当嬉しそうに笑うから、嫌われていないのだとは思うのだが、よくよく考えてみれば彼から恋の話は聞いたことない。
(いや、俺に恋人がいるかどうかは何度か聞かれたけど。いないと言い続けたからこの人に相談してもどうしようもないと思われたのか・・・)
そう思うと役不足かもしれないが、数少ない友人を失ったと感じただけで泣いてしまった彼のために、友人代表としてアドバイスしたかった。
「なんか、イルカ先生とこうやって話すの久しぶりですよね。緊張するなぁ」
顔を赤くしながら冗談を言う彼に合わせて笑った。
料理が出そろい、乾杯をする。
「ところでカカシ先生、好きな方がいるって聞いたんですけど」
その瞬間ガッシャンと派手な音がし、見るとお猪口が落ちて彼のズボンを汚していた。
「大丈夫ですか!?」
「だだだだだ大丈夫です。あはは、すみません」
慌てておしぼりで拭く姿はどう見ても動揺していた。
(これはもしかして・・・)
「あ、あぁ。ルカさんから聞いたんですよね。あははは、わー恥ずかしいなぁ。何て言ってました?」
「叶わない恋をされていると。もしかして」
じっと彼の顔を見る。
真っ赤になり目を潤ましている。なんだか泣きそうだ。
「俺」
「あ、あのっ」
「の知っている方なんですか?」
吃驚したように目を見開いた。
(やっぱりそうか・・・)
頭の中で知り合いを思い浮かべる。
(俺の知り合いで訳ありだろ。アカデミーの教員か?もしくは保護者?生徒じゃないだろうなぁ)
考えれば考えるほど分からない。
「・・・いえ。まぁ、いいじゃないですか」
先ほどとは違いすっかり意気消沈している。
「そんなことより先生の話ききたいな」
「俺については以前と全く変わりありません。ご心配なく」
あはっと笑うと、つられるように笑った。
可愛い子どもっぽい笑みだ。
「ルカはどうですか」
「うん、すごく優しいよ。ああいう人と結婚できる人はきっと幸せだろうね」
思い出したように笑う彼はいつもとどこか違った。
(あれ?)
それは些細な違いだったが、だが決定的だった。
(もしかして、ルカのこと好き?)
確かに美人で上忍で、彼に釣り合える人だ。
あのぶっきらぼうの態度も逆に考えれば格好つけていたのかもしれない。告白できないのももしかしたらこういう任務のときに口説きたくないだけかもしれない。
あれ?
あれれれ?
これってどうすればいいんだってばよ?
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