恋というものにひどく憧れていた時期があった。


周りがなんとなくその話題をするときに見せる顔が、嬉しいような甘酸っぱい顔が好きだった。
自分はどちらかというとそう言う話しは疎くて、いまいちそれがどんな感情なのか分からなくて、だからこそ極上の果実が熟れるのを待つようなドキドキが堪らなかった。
いつか自分もあんな風に恋をするのだ。
そう信じて疑わなかった。
だがそれは中々訪れず、気がつけば中忍になっていた。
その時なんとなく他の人とは違う人がいた。
初めての遠方任務の隊長で、男だった。
名前を何度か聞いたことがある優秀な人だった。その人が目の前にいて歩いているところを見たとき感動した。話しをしたときドキドキして上手く話せなかったし、ヘマしてやられそうなとき庇ってくれたときはなんだか無性に泣きたくなった。
あぁこれが恋かと確信した。
ふわふわと彼のことを考えるだけで体が熱くなった。
何て幸せなのだろう。
ちょっとしたことでこんなにも幸せになれるのだとなんだか他人事みたいに吃驚した。
その任務の最終日、隊長に呼ばれた。
深夜遅くにテントに呼ばれて何の話しだろう、なんか特別なことかなぁなんて浮かれていたのを覚えている。
隊長専用のテントに入ったところで暗転した。
そこからは思い出したくもない。
欲望の赴くまま何度も何度もされた。
自分に何が起こっているのか考えるのも嫌で今日の任務を反芻していた。
気がついたら気を失っており、起きると外が明るかった。
ベッドにきれいにされた体で寝かされて起き上がると隅の方に隊長が背を向けて座っていた。
「すまなかった」
その声はかすれていた。
「好きだった」
しーんと静まるテント内。しばらくじっとしていた隊長がゆっくりと腰をあげ一度だけ振り向き、出て行った。
ひどく悲しい顔をしていた。その顔が彼の思いを象徴しているようだった。それから悲しい顔は苦手になった。
好きって何?
だったって何?
俺だって好きだよ。好きだったよ。
なんで普通に告白してくれないのだろう。どうして完結してしまったのだろう。
これが恋だというのか。
あぁ、なんて醜いんだろう。
恋なんて醜い。愛なんて醜い。
こんな想いをしなくてはいけないのなら、もう二度としない。
なんてひどいのだろう。
ひどいひどい、恋だ。



目が覚めると朝だった。
見知らぬベッドで、全身綺麗にされ、だが裸なので昨日のことは夢ではないのだと実感できた。
広い寝室には人の気配がない。どうやら彼はいないみたいだった。
ベッドサイドには綺麗にたたまれた支給服があった。それを身につける。
彼はずっと泣いていた。泣きながらその激情を俺にぶつけた。
これでよかったのだと思う。
彼はきっと乗り越えられる。その踏み台に自分がなれてよかったと思った。
弱い、たった一度の恋でそれが上手くいかず悲観になっていた自分に初めて近い人を見つけて、その恋を応援することで、自分の心を満たしていた。彼が上手くいったって、自分には全く関係ないのに、それでもなにかしてあげたかった。
全ての原因は自分にあるから。
あんなに近づくんじゃなかった。
あれ以来人とは距離を置くようにしていたのに、自分ではないから距離をつめてしまった。
そしてまた救われない恋をした。
あれから恋をすることを怖がっていたくせに、落ちるときには一気に落ちてしまった。
それなのに、彼を傷つけて、その心を俺が癒すなんて、変な話だ。
ドアを開けると、そこに立っていたカカシ先生と目があった。
「あ。・・・えっと、おはようございます」
「おはようございます」
気まずい雰囲気に包まれる。
(どう接して良いか分からない)
いやー昨日はすごかったですねぇ、お疲れ様!
なんだかセクハラっぽい。
すっきりしましたか?これできっと新しい恋にいけますよ!
やっぱりセクハラっぽい。
なんだか無理矢理明るくしようとする自分が哀れだった。
(分かってるよ、聞きたくないんだ)
何も、彼の思いを何も聞きたくない。
「先生、ご飯食べれる?」
「え、あっ、はい」
頷くとぎゅっと手を握られた。
「え?」
「ご飯、たべよ」
にっこり微笑まれて手を引かれるままテーブルについた。そこには見覚えのある美味しそうな料理が並んでいる。
(あぁ、懐かしい)
もう一生食べれないと思っていたのに。
向かい合わせに座り黙々と食べる。
長い時間揺すぶられていたと思ったが、こんな手の込んだ料理いつの間に作っていたのか。むしろ彼は一睡もしてないのではないか。
ちらっと見るとどこか嬉しそうに食べていた。
(な、何がそんなに嬉しいんだよ)
「なんか夢みたいだなぁ」
ふふっとふわふわした声で笑う。
「先生とまた朝ご飯食べれるなんて」
「そう、ですか」
実は何度も食べたんですけどとは言えない。
「イルカ先生。今日は迎えにいきますから。待っててくださいね」
「え?」
「オレ今日はたいした任務ないから早く帰れるんですよ。一緒に帰りまショ?」
ニコニコと当然のように言われ、何が何だか分からなくなる。
今日も一緒に帰るのか?こんなママゴト続けるつもりか?
いや、彼が気が済むならいくらでも付き合うつもりだった。
だが、何て言うか、これはまるで。
(夫婦みたいだ)
もしくは同棲している恋人か?
(あぁ、そうか。カカシ先生は恋人の真似事したいんだ)
ルカとはできなかったから、俺と。
そう考えると一気に食欲が失せた。
こんなに美味しいのに。
「先生?口に合わなかった?」
心配そうに覗く彼がいたたまれなかった。
「大丈夫です」
彼に気を使わせたくなくて無理矢理胃に流しこむ。
勿体ない。普段ならこんなに高価な手の込んだもの滅多に食べられないのに。
貧乏性根性で何とか食べきり、支度をする。
早くでないと、町外れに立っているので遅れてしまう。自宅なら歩いて20分なのに。
「先生」
支度を終えて慌てて出て行く俺に白い包みを渡された。
「お弁当。今日も頑張ってね」
ちゅっと頬にキスをされた。
「・・・い、ってきます」
「いってらっしゃい」
扉を開けて、階段を下りる。
頭がふわふわして追いつけない。
なんか、新婚さんみたいだった。
もっと詳しく言えば、カカシ先生の愛読しているあの本にでてくるシーンのようだった。
相手俺だけど。
男二人だけど。
無我夢中で走るとあっという間にアカデミーについた。
そんなに飛ばしたかと思い、あぁと一人で納得する。
そう言えば、あの家ではなかった。
カカシ先生の家だった。
ルカのときと記憶がごっちゃになりそうだ。
ルカのときは弁当もなければいってきますのちゅーもない。
でももしかしたらずっとしたかったのかもしれない。
そしてこれからもずっとするのかもしれない。
彼が、飽きるまで、ずっと。
お昼に弁当を取り出すとそのことを思い出し、あぁぁぁと一人で叫んだ。




午後から受付に入り、帰る頃には当然のように扉の前でまっていた。
「イルカ先生。お疲れ様」
「お、お疲れ様です」
嬉しそうに近づき、自然に手を繋がれた。
いや。まだ敷地内なんですけど。
人見てるんですけど。
「せんせ。今日は一緒にお風呂入りまショ?」
普通の声で言うので、慌てて口を押さえる。
「カ、カカシ先生ぇ!!」
「え、なになになに?」
辺りを見渡すとみんな見ないふり聞かないふりをしてくれた。ありがとう。みんな大人だな。
「そう言うことはこんなところで大声で言うことではありません!!」
「あ、そーなの?ごめーんね」
謝ってくれたが顔は全く悪そびれていない。それに一向に手を離してはくれない。離そうと手に力を入れるがそれ以上の力で握られる。
(わざとしてるんじゃないだろうな)
「じゃあ買い物して早く帰ろっか」
何の悪意も感じられない顔だった。
とても無邪気にこの環境を楽しんでる。
(いいけど、あんたが気が済むなら別に良いけど。だけどこんなママゴト終わったらあんたも俺もホモ野郎だと思われて恋人なんてできないぞ!)
握られた手はどこまでも温かかった。




連れて帰られたのは彼の家だった。
家というか上忍用の綺麗で立派なマンションだった。
「あの、カカシ先生。俺着替えとかないんですけど」
「大丈夫大丈夫」
何が大丈夫なのか知らないが、帰るとリビングに座らされた。当の本人は嬉しそうに料理にいそしんでる。
いたたまれない気分で部屋の隅っこでボンヤリと彼を見た。
すぐ終わると思ってたのに。
昨日の激情をぶつけられて、彼がすっきりしたらそれで終わると思ってたのに。
一向に終わりの見えない関係にもやもやする。
だって彼が優しいから。
まるで長年恋してやまなかった人をようやく手に入れたかのように。
この世で一番大切な宝物のように扱うから。
(もっとぞんざいに扱うと思っていたのに)
思いのまま感情をぶつけて、まるで物のように扱うと思っていたのに。
(あーダメだ。余計なこと考えてしまう)
考えなくていい。ただ彼が望むように望むとおりにしてあげよう。それで彼の傷つけた心が少しでも癒されるのなら、それでいい。
「せんせーできたよー」
広いダイニングテーブルに向かい合って座る。
ずらりと豪華な食事が並んでいる。
(なんだ、パーティーか何かか?サプライズゲストでくるのか!?)
「すみません。つい作りすぎてしまいました」
あははと笑いながら茶碗をわたされた。そこには綺麗なイルカ(もちろん海に生息する生き物の方だ)が描かれていた。
(そういえば、俺の食器全体的にイルカのマークがある)
と思ったら、カカシ先生の家にある全ての食器にマークがあった。
イルカマニアとは知らなかった。
「何かありましたか?」
「いえ、イルカ好きなんだなぁって」
「ええぇ!!?」
そう言うとポロッとお椀を落としたが、寸前のところでキャッチする。
「あっぶなー」
「そ、それは勿論その・・・、だ、大好きです」
「そうなんですか」
何で顔が赤いのだろうか?暑いのか?
「その、大好きというのはみんなに対しての慈愛とかでなくて、一人の人間として愛してるんです。だから、その」
「へぇー、かわいいですもんね。イルカ。俺いつか見てみたいです」
手元にあるイルカの絵をなぞる。青い海のようなところで華麗にジャンプしている姿は確かに魅力的だ。
「え、あっ、えーっと・・・」
顔を更に赤くして頭を掻いた。
別にイルカ好きなんて、・・・まぁ少し乙女っぽいが、そんなに恥ずかしがることじゃないし。
「こ、これ特注品なんです。イ、イルカ好きなので」
「そうなんですか。へー」
いただきますと手を合わせた。
相変わらず、美味しかった。
「んー美味しいです」
「あぁ、よかった。先生朝元気なかったから。やっぱり身体辛かったよね」
「カカシ先生は料理上手ですよね!?」
夜の話になりそうなので無理矢理話しをそらした。
「え?そーかなぁ?イルカ先生に食べてもらいたくて、それなりに勉強したけど」
「え?俺に?」
「あ、そのー・・・ほら、前先生に食べさせてもらったデショ?そのお礼がしたくて」
へにゃっと笑う。
その顔が美しくて、見とれてしまう。
違う、だろ。
俺じゃないくせに。
愛しい片思いの相手だろ。好きになりかけたルカのためだろ。
そんな勝手なこと言うな。
喜んでしまう自分の心にブレーキをかける。
ダメだ。ダメだ。
俺はただの身代わり。
身代わりなんだ。



「せんせ。お風呂一緒に入りまショ?」
洗い物を終えたカカシ先生がニコニコと立っている。
そうか、帰りに言ってたことは本気だったのか。
「すみませんが、嫌です」
「えぇ!!?」
何が楽しくて、男二人が一緒に入らないといけないのか。
酷くショックを受けているカカシ先生を冷たい目で見る。
「そ、そんな、約束したじゃないですか」
「してません」
きっぱり言うとがくっと項垂れた。
はいはいとおざなりに背中を押すと、くるっとこちらを向いた。
「・・・・・・逃げませんか?」
その一言で彼がなぜ一緒に入りたいのか分かった。
彼は恐いのだ。
俺がいつ嫌がって逃げ帰ることを。
だから迎えに来たり傍から離れないのだ。
「逃げませんよ」
こんなことで逃げるぐらいの柔な志なら最初っから身代わりなんか自ら進んでするわけないだろう。
分かったと言って風呂に行く彼の後ろ姿をじっと見つめる。
嫌なんだよ、あんたに肌見せるのは。
顔見せるのだって嫌なのに。

だって違うだろ、あんたが好きな人に。

本当はあんたが好きな人に変化したかったが、もう変化するのは御免だった。
だから暗闇で、勿論身体は男だけどそれでも俺と分からないようにしないと身体を繋ぐのが恐かった。
カカシ先生の目に俺を映しながら違う人を思われるのが嫌だった。
だから狂ったように言った。
「電気を消してください。お願いします、お願いします」
うんと頷きながら顔をあげた彼はふわふわしていたが、それでも俺を見ていてくれた。
それで良かった。
そのまま目を瞑って、ただ彼の目を思い出していた。


風呂から上がると綺麗な着物が置いてあった。
綺麗な藍色の着物は俺の身長にピッタリだった。
彼とは身長が少し違うので、かといって新品なので着古しでもないので彼のモノではないと思う。
(間違えて買ったのかなぁ・・・)
大きな檜風呂も俺の好みばかりだった。もしかしたら趣味が合うのかもしれない。
「イルカせんせー?あがった?」
「あ、はい」
部屋に入ると、深緑の着物を着たカカシ先生がこちらを見ていた。
(相変わらず、綺麗な人だな)
「せんせ・・・」
息をのむような声で呼ばれたかと思うと、乱暴に手を握られ、そのまま寝室に行く。
「え、あの・・・、カカシ先生?」
「ごめん、せんせ。シたい」
性急な手つきで服をはぎ取る。
「カカシせんせ、待って。待ってください」
部屋が明るい。これでは見えてしまう。俺の顔が、彼に見えて失望させてしまう。
「電気を、電気を消してください!」
そう言うとピタッと動きを止めて、電気を消すと、すぐにのし掛かった。
「なんかその台詞、処女みたいで、イィね」
ゾクッと官能的な声だった。
低いその声に俺のが反応する。
ぺろっと首もとを舐められ、その刺激だけで感じてしまう。
「あっ・・・んっ・・・」
「あぁイィよ。先生可愛い」
それ以上何も見たくなくて目を瞑る。
真っ暗な視界で、感じるのは触覚だけだ。
荒々しくも優しい手つきに身を任せた。




それから何日も新婚ごっこを続ける。
朝起きると服と朝食を用意されて一緒に食べ、手作りのお弁当を持って出勤する。仕事終わりにはいつも迎えに来て買い物しながら手を繋いで帰る。帰れば風呂を沸かしながら夕食を作り、一緒に食べ、風呂から上がると上等な着物を着て寝床を共にする。
甲斐甲斐しく世話するカカシ先生は嬉しそうだし、俺も何となく慣れてしまっている気がする。家事をしているカカシ先生を横目に彼の家にも関わらず残業をしている自分にすごい光景だなぁと思う。
「イルカ先生。お仕事?」
「あっ、すみません。ちょっと立て込んでて」
「ふーん」
ぱらぱらと書類をめくる。
「これ、先生の仕事じゃないよね?」
「え?」
「だってクラスが先生と違う」
よく見てるなぁと感心する。
「あー、えーっと…」
言葉を濁すとカカシ先生が不機嫌そうに眉をひそめた。
別にやましいことはないのだが、彼は誰かの仕事の肩代わりをすると不機嫌になる。
なにがそんなに気に入らないのか分からないが、そんな顔をされるのが嫌で黙ってしていると目ざとく見つけるから悪循環となっている。
「あの…、仕事ってお互い様ですから、よくあるんですよ。俺だって仕事変わってもらったりするし」
「へぇ。先生が変わってもらうっていつですか?」
「……それは。風邪のとき、とか」
言ってみて、なんだか言い訳みたいだった。
それが分かっているのかカカシ先生の顔は表情が険しく、眉間に皺が寄っていた。
正直、この変化は戸惑う。どうしていいのか分からない。
この執着は、俺にたいしてではない。
きっと、過去に愛した二人だけだ。
その対象を俺にかぶせているだけだ。
それなのに、俺に執着して、段々とそのズレが広がっていく気がする。
段々、段々と俺と愛した人がかぶっていく気がする。
それはいけないことだと、分かっているが、どこかで喜んでいる自分がいる。
もし、俺がカカシ先生から好かれたら。
そしたら、そんな顔させないのに。
仕方ないですねぇと笑って、他人なんか関係ない、カカシ先生が一番だって言ってあげるのに。
だが、それは許されないことだ。
俺は身代わりで、それ以上にはなってはいけないのだから。
「…ねぇ先生。今日はひどくして、いい?」
「え?」
そういうのが早いか、書類に怒りをぶつけるように手で払い床に散らばらせると、後ろから俺の体を抱き抱えた。
「ちょっと、カカシ先生っ」
「オレといるときぐらい、オレのこと見てよ」
ちゅっちゅと首筋にキスをする。
「ん…ぅっ…」
彼に教えられた体はそれだけの刺激で仰け反るほど感じてしまう。
「先生の着物姿サイコ。いつ見てもそそるよね」
脱がせやすいしと笑いながら、腰ひもを解く。
そのまま背骨に口を滑らせながら尻を揉んだ。
強い刺激に、頭が真っ白になる。
「あっ…あぁ…っ」
そのまま抵抗なく尻を音をたてて舐める。
その間、近くに置いていたジェルを素早くふたを開け、いつも以上に塗りたぐった。
「待って、待って。カカシ先生、電気を」
「どうでもいいよ、そんなこと」
「嫌ですっ!!カカシ先生!カカシ先生!!」
狂ったように叫ぶが、彼はそのまま自身のそれを押しあてた。
「―――っ、ひぃ」
「電気消したって、先生の顔まるわかりだよ。先生のいやらしい顔はいっつも見えてる」
ずぼずぼとゆっくり、確実に進めてくる。
「やっ、だぁ…」
「オレのこと見てよ、せんせ」
半分ぐらい入ったかと思うと、そのまま一気に入れた。
「―――っ!!!」
「あぁ、いい。せんせ、ぎゅうぎゅうだよ」
背中から抱き締めながら激しく腰を振る。
見られている。俺の顔を、彼が。
そう考えるだけで羞恥心でいっぱいになり、しかしそれがスパイスとなりぎゅうぎゅう彼を締め付けているのが分かった。
「締め付けないで、イっちゃいそう」
「やぁ…む、り…ぃ」
「先生、サイコ…」
パンパンと下半身がぶつかる音がする。
気持ちいい。
気持ちいい。
彼が俺を求めている。
俺を、俺を。
「カカシせんせ…っ、気持ちいぃ、いいです…っ」
「イルカ…」
舌を口の前に出されて、それを夢中でしゃぶる。
ぐちゅぐちゅと濡れる音は口なのか、下半身なのか。
それすら分からないぐらい夢中で彼の動きに翻弄される。
「イルカ、イくよ、……っ」
一段と大きくなったかと思うと、ずるっと抜き、瞬間背中に熱いものがかかった。
「ぅ…ひぃ…っ」
それと同時に俺も吐き出す。
はぁはぁと荒い息の中ふと視線を下に向けると、そこには書類に自身の精液がかかっていた。
「…っ、カカシ先生」
これが狙いだったのか。
睨むように背後を見るとゾッとするほど静かな目で書類を見ていた。
「…イルカが、オレでいっぱいになればいいのに」
それだけ言うと軽々と俺を担ぎ、ぐしゃぐしゃになった書類の上を歩きながら、ベッドに向かった。
「せんせ?続きしようネ?」
ふふっといつも通り笑うと覆いかぶさってくる。
もう電気は気にならなかった。
もうそんなものじゃ隠しきれない。
確実に、彼との関係が変わってくるのを感じだ。




受付ではラッシュの時間が終わり何となく手空きの状態が続く。
ゴホゴホと隣から咳の音がした。
「大丈夫か?」
「どうも風邪っぽくて。大丈夫だ」
隣に座る同僚の顔は赤く、とても大丈夫そうには見えない。
「俺、もうすぐ上がりだから、変わるよ」
「いや、でも・・・」
「だぁいじょうぶだって。ただし今度奢れよ」
力ない笑みで笑うと、悪いなと帰って行く。
そう言えば先日まで任務だったんだよな。可哀相にと思いながら仕事を続ける。んーと背伸びする。さすがに10時間労働はきついかなぁ。ずっと座っていて腰が痛い。
(いや腰が痛いのは別件か・・・)
彼のことを思い出して一人で赤面する。今夜は我慢してもらおう、腰が死ぬからな。
そう言えば、彼に連絡しておかないと。きっと定時頃迎えに来る彼に式を送った。するとどっと報告者が増え、彼のことなどすっかり頭からなくなった。




すっかり遅くなってしまった。
辺りは真っ暗で、身体はかっちこちだ。
急いで荷物をまとめると、彼の家に向かう。
すっかり家事全般を任せている彼にいつか変わってあげないといけないなと思いながら、ドアを開けた。
「遅くなりました」
だがいつもと違い、静かだった。電気がついているので居るはずだが。
「カカシ先生?」
辺りを見渡すと、部屋の隅っこでぽつんと座っていた。
なんだか異様な雰囲気にたじろぐ。
(何だ?何かあったのか・・・?)
もしかして片思いの相手に会ったのか?
もしかして目が覚めたのか?
こんなママゴト馬鹿らしいと気がついたのか?
そしてこんな馬鹿みたいなことに付き合っている俺にどう断ろうか迷っているのか?
嫌な方へ嫌な方へ考えてしまう。
もしそう言われたら、俺はどうしよう。
笑って分かりましたと言えるだろうか。
(言える、言ってみせる)
俺は身代わりだから、身代わりだからと繰り返す。
そう思ってないと泣きそうだった。
「先生・・・」
彼の手には式があった。
それは俺が送ったものだった。
(?特に変なところは無かったと思うけど・・・?)
「今日、同僚が風邪引いて変わったんだよね?」
「・・・ええ。遅くなってすみま」
言い終わる前に押し倒された。
「先生って本当優しいよね。風邪の同僚には変わってあげるし、仕事だって手伝ってあげる。親を殺した化け物を腹の中に入れた子どもも平等に愛するし、傷ついている友人見つけたら、身を差し出すしさ」
ひんやりとした口調で自虐的に呟く。
なんだか今まで見たこともない彼の姿にたじろぐ。
「やっと、先生のこと捕まえられたと思ったのに。やっと特別になれたと思ったのに。結局はみんなと変わらない。オレに向けられているのは、ただの同情だ。特別なんかじゃない」
「何言って」
「先生は、本当優しいよね」
左右違う色の目がぐるんとこちらをみた。
そこにあるのは怒りであり、悲しみだった。
「ねぇせんせ。同僚が抱かせてって言ったら、抱かせてあげるの?」
ガッと腕を掴む。強い力だった。
「オレみたいに落ち込んで、死にそうだったら、抱かせるの?」
「っ、カカシせんせ」
「そんなの許さない」
なにそんなに怒ってるんだよ。
そんなに、傷ついているんだよ。
俺相手に。
「カカシ先生、しっかりしてください。俺です、イルカです!」
「分かってますよ。そんなの十分すぎるぐらい分かってます!!」
乱暴な手つきで服を脱がす。
荒々しい動きに恐くて抗えない。
(何だよ、何があったんだよ・・・)
恐い。
恐くて堪らない。
まるで人が変わったように自分を求めてくる姿にかつて愛した人を思い出す。
あの時も切羽詰まった顔をしていた。口では何も語ろうとせず、ただ欲望を押しつけられた。
なんで何も言ってくれないんだよ。
なんで伝えようとしないんだよ。
こんなことしたって、結局は自分の心を傷つけるだけなのに。
「止めてください、やめ・・・っ!!」
「拒否しないで!!」
脱げない服に苛立って、ビリッと避ける音がした。
「オレを、拒まないでよ。イルカ」
ポタポタと暖かいものが顔についた。
雨だと思って見上げると、高い天井が彼を背中から照らしている。
空と同じ青い目から水滴が次々に落ちてくる。
(雨だ。空が泣いている)
「イルカ・・・」
苦しそうな顔で俺を見つめる彼は、どこか痛々しげで。
それでいてしっかり俺を見ていた。
「イルカ。オレのこと好きって言って。一生離れないって言って」
そんなこと俺に誓わせてどうする?
あんたは幸せにならなきゃいけないのに。
身代わりの俺とこんな中途半端なところでグズグズと長居する必要ないのに。
「カカシ先生…」
何やっているんだろう、俺は。
こんなこと、本当はしてはいけなかったんだ。
身代りなんて、誰も幸せにはできない。
こんな慰めなんて、自己満足だ。
彼のためなんかじゃない。

俺が、彼のそばにいたかったから。

それによって、彼を幸せに出来るって思っていた、浅はかな思考だった。
このままじゃ、ダメだ。
俺なんかがそばにいたら、彼を先へは進めない。
俺が、無意識に止めているんだ。

好きだから。
彼のことを愛しているから。
誰にも、とられたくないから。


(もう、ダメだ。これ以上彼のそばにいてはダメだ)
少し傷つくかもしれないが、それでもすぐ忘れてくれる。そして前へ進んでくれる。
きっと彼は俺ではない。
俺に重ねるのは、間違っている。
「カカシ先生…」
首元に腕を絡ませて彼の顔に近付く。
濡れた両目が驚いたように開かれたが、構わず口付けをする。
くちゅっと音が響く。
(好き。カカシ先生、大好き…)
言えない想いを唇に重ねる。
角度を変えて、何度も、何度も。
(好き、好き好き。大好き…)


だからこそ、俺はあんたから離れなきゃいけない。


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