受付をしていると、人間観察が得意になっていく。
耳が良いのか、任務で諜報をしていたときの癖か色んな人がしているうわさ話をいち早く入手でき、今では里の人間関係なら大体のことを知ることができた。
そんな俺がある日同僚の相談に乗った。
「はぁ。告白してみようかなぁ」
片思いしている彼女を思い出し、ため息をついた。
「でも、きっと玉砕するだろうなぁ。そしたら生きていけるかなぁ」
いい年した成人の男性なのに、気持ちは十代の夢見がちな青年だ。そのことが可笑しくてくすっと笑った。
「なんだよ、イルカ。笑うなよ」
恥ずかしいのか少し顔を赤くして小突いてくる。
「いや、ごめん。でもきっと上手くいくんじゃねーの」
「根拠もないのに適当なこと言うなよ」
いや、根拠あるし。
彼女もお前が気になるって他の人に相談しているのを聞いたことがあった。
だがそう言うのも面白味がないので、わざと、本当にただの気まぐれに、真剣な表情で言った。
「いや、お前今恋愛運メチャクチャいいよ」
「・・・なにそれ」
いつもなら馬鹿にするところだが、藁にも縋りたいのだろう、食いついてきた。それが可笑しくてつい言ってしまった。
「お前今週は告白すると成功する運気だよ。カーネーション買って告白したら絶対OKもらえると思うよ」
カーネーションはただ彼女が好きだと言っていたのを思い出しただけだった。
まるで占い師のような台詞に内心可笑しくて転げ回りそうだった。
しかし同僚は真剣な表情で考え込んだ。
(あれ?本気にしたのかなぁ。まぁ嘘じゃないし)
「・・・もし、もしイルカが本当にそう言うならやってみる。そのかわり振られたらお前高い酒奢れよ」
「いいよ。そのかわり成功したら高い酒奢れよな」
ぶつぶつと考え込む同僚を横目で見ながら近い将来奢ってもらうであろう酒の銘柄を考える。給料前で発泡酒しか飲めなかった俺にとっては有り難い話だった。
それから数日後、彼は実行した。
結果は勿論言うまでもないが、成功した。

――そこから絶対当たる恋愛専門占い師の称号をいただいた。

(本当冗談だったのになぁ)
今思えば、いやむしろあの時同僚がまともだったらこんなことになることもなかったのに。
あの後本当に給料一ヶ月分すると言われている高級な酒を奢ってもらった。涙を流しながらお礼を言う彼にこっちまで嬉しくなっていつも以上に飲んでしまい陽気になって、その居酒屋でべらべらと喋ったのが発端となった。
受付や時にはアカデミーで呼び止められて、占って欲しいと言われる。そしてその時、願掛けのように何かを賭けられる。叶えばもらって欲しい、外れれば何かを代償にくれと言われる。勿論対象は酒とか高級食材、時には少額の金だが、そのギリギリの駆け引きがスリルとなりつい乗ってしまう。
命がけの任務をしている人たちである。短い命だからこそ一瞬でも無駄にしたくはないと燃え上がる恋の炎は激しく、そんな状態で当たる占いの出現は鬼に金棒なのだろう。
今のところ外れたことはなかった。
俺の小さな力で他人が幸せになるのを見るのは気分が悪いものではない。
なんだか嬉しくなって、にこにこと相談場所に指定された部屋に向かった。



扉を開けると知っている人で、たが一番この場所にそぐわない人が座っていた。
「はたけ上忍」
名前を呼ぶと嬉しそうに笑った。
はたけカカシ。
華麗な経歴を持つ里の誉れ。
思い入れのある生徒を通してこの春から知り合い、その後何となく付き合いを続けている、知り合い以上友人未満の方だ。
「意外です。はたけ上忍はこういうの興味ないと思ってました」
「今はプライベートだから、カカシでいいですよ、イルカ先生」
里でもトップクラスの実力の持ち主の方の名前で呼ぶのは心苦しかったが、呼ばなかったらひどく寂しそうな顔をするのでカカシさんと呼んだ。
「それにオレだって恋ぐらいするよ」
顔に似合わない台詞にくすっと笑ってしまった。
カカシさんは里の誉れと言われているぐらいの実力を持っている。加えてというか、この人は本当に人間離れしているほど美しい容姿をしている。一度一緒に飲んだときその素顔を見せてもらったときは、幻か人形かと思ったほどだった。そしてとても優しい。地位の下である俺に対して丁寧な態度を崩さず、常に謙虚である。この嫌みなほど完璧な人が恋に悩むとは何とも陳腐な話である。
「カカシさんほどの人なら悩まなくてもきっと成功しますよ」
第一断る要素が一つもない。
「それは占い?」
「いえ、客観的な意見です」
そういうと困ったように笑った。
「本当にそうならいいんだけど・・・」
珍しく弱々しい彼の姿に一抹の不安が募る。
そんなに悩むほどの相手なのか。
それはどんなレベルの人なのか。
彼に対してそれなりに付き合いがあるが、恋愛の話などしたことがなかった。人のことは浮気を心配する恋人のようにしつこく聞くくせに自身の話になると困ったように苦笑した。
あわせて彼のうわさ話は最近めっきりになくなった。
以前は特に気にしてなくても他国の上忍のくノ一が駆け落ちしようと持ちかけられただの、大富豪の娘が合った瞬間婿にと頼まれただの数々の逸話をのこしていた。
そして一貫して彼は本気にならないという話だ。
(そんな人が本気になるんだ・・・。きっとすごい人だろう)
だが判断するだけの根拠が全くない状況で占うのは初めてだった。これは慎重に情報を聞き出さないといけない。
「ど、どんな方なんですか?」
そう聞くと、ポッと頬を赤く染めた。
「すごく可愛くて、明るくて、笑顔の可愛い人」
可愛いを二回も言った。
「今どんなお付き合いをしているんですか?」
「食事を偶に。・・・でもオレから一方的に誘うだけで」
そういえば俺もカカシさんから誘ってもらうだけだよな。だって一応目上の人だし。節度があるだろうと遠慮しているだけだけど。
でも知り合いなのか。よかったよかった。それなら何の問題もないだろう。食事に行っているぐらいだから、相手も好意はあるだろう。まぁなくてもよっぽどのことがない限りこの人を振るなんて考えられない。
そこでふと思った。
相談に来るぐらいだから、何か相手によっぽどのことがあるのだろうか。
例えば、人妻とか。どっかの国の王女とか。
「もしかして結婚されている方ですか?」
「いえ、独身で恋人もいないって言われました」
「すごく身分が高いとか」
「同じ木の葉の里の忍びの方ですよー」
んん?それって別に何の障がいもないではないか?
「告白できない事情があるんですか?」
そう言うとひどく悲しそうな顔をして俯いた。
「身の程知らずな、恋なんです」
今にも泣きそうな声だった。
「すごく素敵な人で、オレが好きになることすら烏滸がましい恋なんです。だから何度か諦めようとしましたが、どうしても諦めきれず、でも今の関係が崩れるのが恐くて何もできないんです。もし告白して断られたら、もうあの人を繋ぐ細い関係が完全に壊れてしまう。それが恐くて何もできないくせに、持て余すほどの想いをどうにもできなくて」
それは熱烈な告白だった。
そんなに強く相手を思う人を初めてみた。
すごく、すごく好きなんだろう。
それが他人である俺にも強く伝わってきて、なんだか泣きそうだった。
この人が、報われればいいな。
好きな人を語るとき、こんな悲しい表情ではなく、笑顔で語れるようになればいいな。
「大丈夫ですよ」
なんの根拠もないのに強く言った。
「大丈夫です。相手はきっと気づいていないですけど、でもカカシさんのこと想っていますよ」
貴方からこんなに想われて、嫌なひとなんているはずないのだから。
「・・・本当ですか、先生」
なわなわと口を動かし、ただ呆然と驚きながら、それでも光を見つけたようにそう言った。
「はい。大丈夫です」
にっこりと笑う。
だからそんな悲しい顔しないで。
もっと自信をもっと。
そう諭すように言った。
「ありがとうございます」
にっこりと儚く笑った。
それがとても綺麗で、まるで天使のように神々しかった。
ドックンと心臓が大きくはねた。
「実はそれなりに、アプローチしてみたんですけどねー。高価なお土産をあげてみたりとか、良い雰囲気のお店で二人っきりになったりとか。でも全然関心すら持たれてなくて」
「そうなんですか」
「以前なら素顔をみせるだけで大抵なんとかなったのに、素顔見ても褒めるだけで頬を染めたりもせずに普通だし・・・。口調もどこか他人行儀で、きっと友人とすら見られていないんじゃないかなぁ。まぁ前はこっそり見るだけですごく幸せな気分になっていたから、今は喋れるだけで夢じゃないのかと思うぐらい幸せだけどね」
うっとりとしながら喋る。
「でも他の人にはじゃれ合って抱き合ったりとか、飲み会とかではすごく色っぽい顔してたりとか・・・。そんな顔しているのに本人自覚なくて、すごく危ないんですよ。オレ以外にそんな顔見せているのかと思うと、もういっそのこと浚って飼おうかとか思ったりして」
「え、っと・・・飼うのはちょっと」
「だってすごく官能的なんですよ!!あんな顔その気がなくてもムラムラしますよ!!あぁすごく心配なんです。最近他人と二人きりになるようなこと始めてて。二人きりですよ!!信じられます?もし襲ってこられたらどうするつもりなんですかね!近いうちに絶対やめさせようと思っているんですよ!あと、もし帰る途中で襲われたりしないか心配になりすぎてオレ里にいるときは無事に家につくまで見守っているんです。まぁいないときは忍犬につけさせているんだけどね」
「はぁ・・・」
最後の方は早口で喋られたので意味が分かる前に言葉が通り過ぎていったが、深く考えない方がいいのかもしれない。
でも意外だな。この人はきっとなにかに執着することは無いと思っていたのに、意外と嫉妬深いんだな。なんだか人間らしくて思わず笑った。
「・・・先生はきっと分かんないだろうなぁ」
笑われてくやしいのか、口を尖らせる。
「そんなことないですよ。とっても好きなのが良く分かります」
「うん。大好き」
ふふっと本当に愛おしそうに笑った。
「あの人がいない世界なんか、生きていけない」
ドクドクと鼓動が早くなるのを感じる。
どんな人なんだろう。
可愛くて、明るくて、笑顔の可愛い人。
きっと誰からも好かれる素敵な人なんだろうなぁ。
彼はどんな風に告白するのだろう。
その人はどんな風に返事をするのだろう。
「先生、保険がほしいんですけど」
上目遣いでこちらを見た。大の大人なのにそれはひどく愛らしかった。
「保険?」
「保険って言うか、先生占いの時賭みたいなのするデショ?オレこの恋が叶ったら先生に全財産あげる。だからもし叶わなかったら、先生責任取ってくれる?」
まるで冗談みたいな軽い口調だった。
「全財産なんていりませんよ。そうですねぇ、上手い酒でも奢ってもらえたら」
「えー、でも外れたら先生に責任取ってもらわないと困るし。そのぐらい賭けても安いものだよ」
「あはは。大丈夫ですよー。やけ酒ぐらいいくらでも付き合いますし!」
「いや、そうじゃないけど。でも約束ね」
ねっと強く念を押されて、頷いた。
やけ酒ぐらいいくらでも付き合うし、他にどんなことを望まれてもきっと優しい彼のことだ。困ることはしないだろう。
頷くとぱあぁっと明るくなり、なんだか安心した。
目上のほとんど神の領域の人だと思っていたけど、今日の表情はまるで人間味があり、今までになく距離が近づいた気がする。それがひどく嬉しかった。
(だけど、きっともう誘われないだろうな)
彼にはきっとこれから恋してやまない恋人ができるのだから。きっと知人である俺の存在などなくなるだろう。
(何だかなぁ・・・)
あまり彼のことを意識したことはなかったが、何となくいなくなるかと思うと寂しくなる。だがそんなこと言えるはずもなくて。
にっこりと微笑みながら彼を見送り、小さくため息をついた。



次の日、カカシさんは前触れなく大量の花束を抱えて現れた。
結果を教えてくれるのだろうと思って近づくとひどく嬉しそうに笑った。
「好きです」
その言葉がひどく遠くに聞こえた。
「イルカ先生が好きです。付き合ってください」
昨日の自分の言葉を思い出す。
『相手はきっと気づいていないですけど、でもカカシさんのこと想っていますよ』
占いの才能なんてないのに。
そんなもの一つも信じていないのに。
まるで予言のように。
まるで暗示のように。
その言葉がぐるぐる回って離れない。
「は、い」
頷くと嬉しそうに笑って。
あぁ、これからきっとああやって笑って好きな人を語れるのだと思うとそれだけで胸がいっぱいになって。
俺は小さく泣いた。

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