「先生の理想のタイプってどんな人ですか…?」

馴染みの居酒屋で突然そう尋ねられ、うーんと考えてみる。
理想、理想ねぇ…。
それって好みのタイプってことだよなぁ。
「そうですねぇ、家庭的な人がいいですね。家事とか好きで、でも上手じゃなくて、失敗しちゃった、てへっみたいな」
真似するように舌を出してみると、彼女は可笑しそうに笑った。
「それで残業とかで遅くなって自宅に帰った時にパジャマ姿で眠い目擦りながらおかえりなさいって迎えてもらえたら幸せだろうなぁ」
なんだか恥ずかしくなって鼻を掻いた。
あれ、なんでこんな話になったんだっけ?
酒がまわりふわふわした頭で必死に考えてみる。
さっきまで今日のお勧めのツマミについて話していたのに。ああ、その後何が好きかで始まり、好きな食べ物から理想のタイプになったんだっけ。
ぐっと酒を煽ると、隣にいる女性を見る。
美しい。
ただその一言に尽きる。
すらっとした身長にほりの深いまるで人形のような整った顔。絹のような銀色の髪。
名前を楓と名乗ったこの美女は最近できた飲み友だ。偶然この店で隣の席になり、なんとなく話しかけられたので話してみると意外と話が弾んで。帰り際次の約束をして出る。それを何度か繰り返していくうち、何となく気のおける飲み友だと思っている。
正直こんな美人俺なんか眼中もなさそうなのに。こんなに美しくて、チャクラからして強そうな人なのに、なぜ俺を誘ってくれるかは知らない。たまたま相手がいなかっただけかもしれないし、たまたま話しがあっただけかもしれない。何となく詳しくは聞かなかった。その曖昧な関係がいい気がする。
「わ、私も家事好きですよ。あんまり得意じゃないですけど…」
「へぇ。楓さんはなんでも出来そうな気がしますけどね」
「そ、それに、私数日ぐらい寝なくても大丈夫だから、何時間でも待ってられます」
「いやいや、睡眠は大事ですよ。不眠は肌の敵です!」
メッと叱るような動作をすると困ったように眉を下げ、顔を赤らめて俯いた。
こんなに美しい人なのに、動作は可愛らしい。なんだか教え子みたいでついつい教師のような口調になってしまう。
「ほ、他にはどんな人がいいんですか?外見とか…」
「うーん。小さい人がいいですねぇ。こう腕の中にすっぽり入るような。美人系より可愛い系がいいかなぁ。二重で目がパッチリな」
「え、あ…」
そう言って彼女は目を伸ばしたりしている。
ん?楓さんは切れ目で素敵だと思うけどなぁ。
それになにやら体を縮めようとすらっと伸びた体を小さく丸めている。俺と同じぐらいの体だから目線も同じでいいのに、なんだか見上げるような仕草をしている。
「なんかこう、小さくて柔らかくて俺の腕の中で閉じ込めて守ってあげたいって人かなぁ」
そんな甲斐性はないんですけどと豪快に笑う。
だが彼女は笑いたいのに笑えないのか固い表情で口の端を上げた。
あれ、変なこと言ったかな。それともセクハラっぽかったかな?そういう無神経でデリケートでないところがモテないんだとよく言われているので気をつけているのだが。
「楓さん?」
「イ、イルカ先生は、過去お付き合いした人はみんな美人系だったから、てっきりそういう人がタイプなのだと思っていました」
そんなこと誰に聞いたのだろう。
一介の中忍の付き合いが関係のない女性まで知るぐらい話した覚えもなし、聞き手もつまらないだろう。それとも喋ったっけ?
考えてみても、酔った頭では何も見出せない。ま、いっかと深く考えないことにした。
「確かに美人系しかお付き合いしたことがないんですが、恥ずかしい話大体狙っていた子の友人に惚れられるのが多いんですよ。それが美人系で、しかも今でいう肉食系?みたいに結構強引で。そうなると、俺自身あんまりモテないから嬉しくて付き合うんですけど、そう人って俺みたいな平凡な男はつまらないみたいで結局振られちゃうんです。それが何人も続いたので次付き合うのなら絶対美人系は止めようと思っているんです」
そこまで言うと、彼女は真っ青になり、固まっていた。
「だ、大丈夫ですか。顔色真っ青ですよっ」
慌てて揺さぶってみると弱弱しい声で、大丈夫ですを繰り返すが、全然そんなふうには見えない。もしかして酔ってしまったのかもしれない。そういえば彼女は珍しくハイピッチで飲んでいた。
「気持ち悪いですか?もう今日は止めましょう。送ります」
そういうと泣きそうな顔で頷いた。財布を出そうとするのを止めて支払いを済ませる。ここまで気分が悪いのに付き合わせてしまったせめてもの償いのつもりだった。
腕を首に回し、体を支えるように抱きあげる。
そのままゆっくり店を出た。
外は夜風が心地よかった。
彼女の案内でゆっくりと歩き出す。
「…私、好きな人がいるんです」
ポツリと小さな声で呟いた。
「好きで好きで、たぶん一生彼以外好きにならないと思うぐらい好きなんです」
「そうですか…」
「だから彼の理想の姿になろうと必死だったのに、…なんだか空振りしてしまいました」
ぐすんと鼻をすすった。
そうか。今日、彼女は落ち込んでいたのか。
それすら見抜けず、無神経な話ばかりしてしまった。
「理想は理想ですよ」
「……」
「俺も異性を意識し始めてからきっと可愛い彼女が好きなんだろうなぁって思ってました。でも、所詮は理想でした」
そこまで言うと言葉を切った。
「俺も、好きな人がいるんですよ」
数秒の沈黙。
「え…?」
「すごく強くて、美しくて完璧な人なんです。けた外れっていうか、もう神様レベル、みたいな。名前だしても絶対無理だって馬鹿にされるぐらいすごい人なんですけどね」
ハハハと笑った。
すごい人。
レベルが違いすぎて恋を自覚した瞬間諦められるぐらい立派な人。いっそ神様みたいな手に入らないモノならよかったのにと何度思っただろう。手が届かないモノならよかった。それなら諦められるのに、なまじ人間だから悪質だ。もしかして、と思わずにはいられない。
あの人に出会ってから、俺の世界は変わった。
理想も、常識も全部ひっくり返った。30歳までに結婚して子どもを二人ぐらい作るというささやかな夢も簡単に諦められた。
あの人がいる里で、あの人が守る里を俺も守る。
それだけが、俺のすべてとなった。
「俺も、その人が好きで好きで。その人のためならなんでもします。理想なんて、所詮そんな簡単なものですよ」
だから諦めないでと言うと、鼻をすすりながら頷いた。
よかった。
彼女には報われてほしい。いや彼女みたいな人が振られるなんて考えられないけど。
「あの、…先生の好きな方のお名前をきいてもいいですか?」
「え?」
「ぶっ殺して顔の皮はいで、……いえ、きっと素敵な方だから私も参考したいです」
一瞬ドスのきいた低い声が聞こえたかと思ったが、辺りには誰もいない。彼女は穏やかな笑みを浮かべている。まさか彼女があんな言葉吐くとは思えないし、自分の勘違いだろうということにした。
「いや、きっと楓さん無謀だって笑われるからなぁ」
「そんなことないです。イルカ先生みたいな素敵な人に愛されているのだから、例え火影様でも納得です」
「うーん…」
正直呆れられそうなので言いたくはない。だが、まぁそれで彼女の気が晴れるならいいか。
「あのですね…」
その名前を口にした途端、視界が真っ黒くなった。




朝日が部屋に差し込む。
あぁ朝なのだと思い、起き上がると体が異常にだるかった。
二日酔いとは違い、全身にのしかかる様な重い感じになんだか嫌な予感がする。
慌てて起き上がって、辺りを見渡すと見知らぬ部屋だった。
ここ、どこだ…。
必死に昨日の記憶を辿る。
昨日はいつもの店で楓さんと飲んでいたはずだ。
もしかして楓さんと…っ!
慌てて辺りを見渡すと、どうやら男の部屋らしい。一先ず安心した。
部屋はシンプルにまとめられており、窓際に「うっきーくん」と書かれた観葉植物が浮いている。中々植物に名前を付ける人は珍しい。
その横に写真が二つ。
そのどちらにも共通している人は……。
「あれー先生、起きたのー?」
今頭に浮かんだ人物が悠然と入ってきた。腰にタオルを巻きいかにも風呂上り感を漂わせる。
「かかかか」
「先生もお風呂入る?簡単に拭いただけだから気持ち悪いデショ」
よく見ると俺は全裸だった。
ギャッと悲鳴を上げて慌ててシーツで体を隠す。
なんでここにカカシ先生が!?ここはカカシ先生の部屋なのか!?なんで俺はここにいるんだ!?なぜ裸!?楓さんは!?
様々な疑問が頭をよぎって半ばパニックになる。パクパクと口を動かしていると、カカシ先生が隣に座り俺の頬に触れた。
「昨日、先生から告白されて嬉しかった」
「え?え??」
「突然ここに来てくれて好きですって言われて本当嬉しかったです。オレもイルカ先生大好きですから」
「えええぇ!?」
「その上先生から押し倒すなんて…。先生って意外と大胆なんですね。両思いになった日に結ばれるなんて少し軽率かもしれないけど、先生のハジメテもらえてオレ幸せです!一生大事にしますから!!」
ぎゅーっと抱きしめられ、いかに昨日愛し合ったか、カカシ先生がどのぐらい俺の事好きかを永遠と語られ、そのまま覚えていないならもう一度と押し倒された。
なんだか色々釈然としなかったが、好き好きと言われて嫌な気はしない。しかも相手は無理だと思っていた人なのだから。
そのままなし崩しに彼と付き合うようになった。



その後、楓さんとは会えなくなってしまった。
あれから何度もあの店に通ったが現れることはなかった。受付で調べてみてもそんな人物いなかったし、色んな人に聞いても知らなかった。
一抹の寂しさを覚えたが、嫉妬深い恋人のせいでそれ以上捜索出来なかった。
楓さんは俺とカカシ先生のキューピットだったんじゃないのかなぁと最近思っている。
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