ハローハロー。
親愛なる貴方へ。
元気ですか。体調に変化はありませんか。
今ようやく太陽系まで到達しました。
相変わらず真っ黒な世界にポツリポツリ星が見えます。
その中でひときは目立つ星を見つけました。相棒に聞くとその星の名前は『地球』というらしいです。美しい青と白のコントラストの星です。どうやらそこでは生物がいるらしいと相棒が教えてくれました。燃料がそろそろなくなりかけているので、そこに一旦寄ってみようと思います。燃料に似たものがあればいいのですが。
他の生物に出会うのは二万六千年ぶりなので少し楽しみにしています。穏やかで話が通じることを祈ります。
親愛なる貴方へ。一日でも早く会える日を楽しみにしています。
■■■
困った。
『思った以上にこの星の引力が強かったねー。着地に殆どの燃料を使っちゃったー』
燃料がゼロを差している。恐らく飛び立つことすらできないだろう。ここで燃料を確保出来ないと私は一生ここで暮らすしかなさそうだ。
『幸運な事に、燃料と同様のものはこの星にあるみたいだよー。良かったねー』
「!本当か、セバスチャン!それは良かった」
『確保出来ればいいねー。じゃあこの星の状況を伝えるよー』
そう言って画面上に情報をうつしだした。
相棒のセバスチャンは私の宇宙船のコンピュータシステムであり、操縦者であり、様々な知識を備えた最高の相棒であり、長い旅の唯一の友である。
知識を頭に叩き込む。どうやら着地した所は地球人の中でも忍と呼ばれる仲間意識の高く身体能力が秀でた生物らしい。身体能力は私より遥かに上だ。戦えば私の方が死ぬ確率が高いだろう。これは慎重に動かなければならない。かつて私と同じようにこの星に降り立った生物は追い返されるか殺されてるらしい。恐ろしい生物だ。
「・・・行ってくる」
『気をつけてねー』
燃料になる物体の形は覚えた。こっそりそれを盗み出せばいい。思い出せ、二万六千年前を。ピカルチャ星を。あの巨体と無数の目を掻い潜って燃料をゲットしたあの日を。運動などあれ以来せず、うっかり一万五千年寝てしまったけど慎重に動けばきっと大丈夫だ。
そう思いながら地上へと降り立った。
ーーーその瞬間、地球人と目が合ってしまった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
バサッと地球人が持っていた荷物が落ちた。
視線が絡み合う。
その目は見開き、頭はフル稼働して私が何モノであるか考えている。
地球人はきっと私が地球外生物だと分かってしまうだろう。私はどう見ても地球人とは似ても似つかない。
オーゥノーゥ。
これは最悪な状況だ。
「・・・・・・何者だ」
スッと身構えられた。セバスチャンが言っていたとおり仲間意識の高いのだろう。このままでいれば、私は確実に捕まってしまう。オーゥノンノン。
きゅるんと瞳を動かした。
すると思った通り地球人は動揺した。
生物には、特化していることが何かしらある。
ピカルチャ星人は巨大化することに特化し、その前に出会ったンルィノッカ星人は鼻からビームが出た。そうやって己を、星を守ってきたのだ。
そして私、ら・メン星人は攻撃性のものは持ち合わせていなかった。戦うこと前提に作られてはいない。
なぜならとても小さい生物だったからだ。
小さいというのはメリットもデメリットもある。先祖は何を思ったのかそのメリットの中でも選ばれるものでもないものを選んだ。
それはつまり、小さいは『可愛い』ということだ。
そうだろうかと疑問に持つかもしれない。だが、なぜか誰もそこに疑問を持つことなくひたすら可愛さを磨いた。
そうして出来上がった我々が持つ可愛さは唯一にして最大の武器である。
きゅるりんを目を動かす。地球人が動揺したのが手に取るように分かった。さすがに鍛えられた生物でも本能として可愛いは庇護欲を刺激され、攻撃するのをやめてしまう。
「敵ではない。危害を加えることもない。私はただ燃料を探している。それがあれば直ちにでていく」
「っ」
声も勿論可愛い。地球人の体温が上がったのを確かに感知した。どうやらなんとかなりそうな気がしてきた。
「私の一存では、決められない。里の長に確認する」
「勿論だ。私はら・メン星のメ・ンマと言う」
「え?は?えぇ?!」
「この星でいう、宇宙人だ」
きっぱりと言い切ると、地球人はしばらくポカンと口を開けたまま固まった。
「我々の星、ら・メン星は一億年前消滅する危機となった。そこで我々は生きるため星を捨て、宇宙へとあてのない旅に出かけた」
「皆で一緒に行かないのか?」
「それが、恥ずかしいことに我々ら・メン星人は仲があまり良くなく・・・。自分が一番可愛いと思ってるからな」
「はぁ・・・」
「私もふらふらとひとり気ままな旅を送っていたのだが、そろそろ燃料が切れそうで。こればっかりは仕方なく、生物がいそうな所へ行って補給しているのだ」
「はあ、・・・・・・はぁ」
地球人はまだ夢心地のようにポカンとしている。
どうやらこの星に宇宙人は少ないらしい。
「えぇっと、メさん?ンマさん?」
「メンマと」
「・・・・・・メンマさん。その、燃料って何ですか?」
「この星でいうラーメンです」
「は?」
「ラーメンとは、中華麺とスープ、様々な具(チャーシュー・メンマ・味付け玉子・刻み葱など)を組み合わせた麺料理である。と、ウィ●ペディアが言ってます」
「いやいやラーメンは知ってますし俺も食べてるけどラーメン!?ラーメンで宇宙船が動くのか!?」
「動きますよ。貴方、ラーメン作れますか?」
「そ、そりゃ・・・即席めんで良ければ・・・」
ちらっと落ちた袋を見た。そこには見知った絵が書かれていた。
「まさしく燃料のラーメン!!」
こんなに早く出会えるとは今回はとてもツイている。これをわけてもらえればまた飛び立てる。
「これを少しだけ譲ってもらえないか!?」
ギュッと服を掴むと一瞬デレッとした顔になった。もう一押しかとさらに顔を動かす。
「そ、そりゃいいけど・・・」
良かった!手に入れた!
あとは交渉のみか。変なことを要求されないといいが。だが、どことなくこの地球人の人の良さが滲み出ている。困ったモノや弱いモノは放ってはおけない優しいモノだろう。見つかたったときはどうしようかと思ったが、相手が良かった。
するとふわふわと白い生物が飛んできた。それは数刻前にこの地球人が飛ばしたものと酷似していた。
「五代目から。・・・一度会いたいと」
「私はラーメンが貰えるならなんでもしよう」
「そうか。じゃあ悪いけど」
そう言って呪文の様なものを唱えると体が動かなくなった。
「すまんな。終わったら旨いラーメンやるからな」
そう言って抱き抱えられた。地球人はとても温かかった。
「なるほど。なんとも可愛らしい宇宙人だねぇ」
五代目と呼ばれる地球人はニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。周りのモノも皆不思議そうに私を見ていた。本当に珍しいのだな。私が生まれた星などしょっちゅう宇宙人が来ていたのに。
「んで、ラーメンが燃料だと」
「らしいです。宇宙船も見ました。見事な丼でした」
「あははは。それはいい」
わりとにこやかな雰囲気で安心した。とりあえず長らしいので可愛さアピールはしておく。
目をクリクリ動かすとおおーっと小さく歓声があがった。
「んー、確かに可愛いねぇ。どうだい。ここに住まないか?」
「五代目!」
「いいじゃないか。見たところ危害を加えることはできないだろうし、アタシもそろそろ引退だからねぇ。同居人がほしい」
「有難い話ですが」
私は静かに首を振った。
「・・・私には最近メッセージをやり取りするモノが出来まして、今会いに行っている途中なのです」
そう言うと少し驚いた顔をした。しかしすぐにフッと笑った。
「そうかい。それは残念だ。ではそれが終わったらまた来ておくれ」
「えぇ是非」
ペコッと頭を下げた。
「イルカ」
イルカと呼ばれたのは最初に出会ったあの優しそうな地球人だった。彼の名はイルカと言うのか。
「はい」
「お前が全て面倒を見な。出発は明日。知られると面倒だから内密にな」
「了解しました」
そういって私を抱き上げた。彼も嬉しそうにしている。
「よかったな。これで無事出発できるな」
「甘いんじゃないですか」
雰囲気をぶち壊すような、冷たい声が響いた。
声の方を向くと冷たい目をした地球人が立っていた。
「得体の知れない生物を高々中忍一人に任せて何かあった時の対処できるんですか」
それはイルカに対しての侮辱めいた言葉だった。最も仲間内での罵りあいは日常茶飯事だったので私にはなんともないが、どうやらこの地球人はイルカが嫌いらしい。
イルカはと言うとギュッと唇を噛み締めていた。
その顔は、ただ罵られただけではない悲しみがあった。
「随分な言い方だねぇ、カカシ」
「違うとでも?」
両者一歩も譲らない。順調に進んできたのに、何たる邪魔者だ。
出来ることがないので、イルカの腕の中で可愛いアピールを続けてみる。目をゴシゴシしてみたり、上目遣いで見てみたり。
当たり前だがこうかはばつぐんだ。ただし一人を除いて。
「そんなことしてもきかなーいよ」
困った。私のこと嫌いではなさそうだが他に神経がいっているようだ。
「兎も角、対応するのはもっと力のある暗部でも使ったらどうです?」
「そんな為に暗部は使えん」
「ならオレがしますよ」
意外な言葉に辺りがざわついた。
「・・・お言葉ですが、はたけ上忍にしてもらうようなことでは」
イルカはどこか緊張した声で言った。
するとユラッと彼が揺れた。そして禍々しいオーラを纏いこちらを睨んだ。
「っ!!」
「口出しするんじゃないよ、中忍が」
そう言って無理矢理私をつかんだ。
「アンタもさっさと出てってもらうよ」
「やめてください!メンマさんは」
だがイルカも負けじと私の足を掴む。
痛いから!なんて乱暴な奴らなのだ。
「アンタみたいな甘い人間に任せてたら、情がわいて何しでかすか分からないって言ってんのわかんないの?」
そう言いながら顔を引っ張る。
伸びる伸びる伸びる。可愛らしい身長が!普通になる。いや、痛いから。やめろ。
「そんなっ」
しっちゃかめっちゃかになる。大事な毛も三本抜けた。痛い。バカ、禿げる。おい、おおぉい!!
「やめなっ!!」
バンッと五代目が机を叩いてようやく止んだ。そそくさとイルカの腕の中に戻り毛を整える。なんて奴らだ。私に可愛さが無くなればただの宇宙人になるではないか。
「カカシ。まだ、この里の長はアタシだよ。アタシの決定に逆らうのかい?」
そう言うとフンッと鼻を鳴らした。
「そうでしたね。良かったですねぇ。あと数日後なら問答無用で二人とも首が飛んでた」
恐ろしいことをサラッと言われたが、結果論として運は良かったらしい。あと数日後にはこの恐ろしい地球人が長になるのだ。
イルカは相変わらず唇を噛みしめている。強く噛み締めたためかツッと血が流れた。
「私が責任を持ってメンマさんを送り出します。失礼します」
深々と頭を下げるとそのまま私を抱えたままズカズカと出ていった。
イルカの肩口からあの地球人が恐ろしい顔をして睨んでいた。
建物から出ると、ピタッととまり、ふぅっと大きく息を吐いた。
「ごめんな、吃驚しただろう?」
「こちらこそ面倒をかけた」
「そんなことないよ」
そう言って笑っていたがその顔は憂いていた。
その原因は、きっとあの地球人なのだろう。
ジッと見つめていると、気がついたイルカは優しく笑った。
「あの人とは、昔色々あってな。もう今じゃ顔を合わす度にあぁなんだよ」
「そんなモノが長になって大丈夫なのか?」
長とはつまり支配者になるのだ。理不尽な言いがかりをされても逆らえなくなる。
それは彼自身も分かっているのか静かに笑った。
あぁそうか。そんなこと言われなくても理解しているのか。
それは、なんて理不尽で。
哀れなことなのだろう。
「私の星でも王がいた。内面はともかく外見はとても可愛らしい人だった」
「そうなのか」
「王は星が滅亡する時、ここへ残ろうと行った。星の寿命が我々の寿命だ。生まれた星を捨ててまで生きて何になる。私たちは星と共に朽ちていく運命だと」
今でも昨日のように思い出す。
「王は、私の兄だった」
そう言うとイルカは目を見開いた。
「愚かなモノだった。命より大切なものなどありはしないのに」
「メンマさん」
「元々兄とはそりが合わなかった。頭の固い兄は何かと規則規則と束縛する。ラーメンの作り方などちょっと固めがいいのに必ず三分待つ律儀な奴だった」
「お、おう・・・。俺も種類によっては二分半で食うけど」
「そうだろう。ラーメンは全て均一ではないのだ。だが、頭の固いヤツには通じなかった。ラーメンは決められた時間まで待って決められたようにタレを入れるのが当たり前。書いてあることは一番美味しいから書いてあるのだと。好みというのは人それぞれ違うことを理解してないのだ。なのに奴は偉そうにそもそもメンマとは何なのか、ラーメンに必要なのか、色も見た目も悪い。そんなナリだから割り箸をタレに漬け込んだものだと間違われるんだと罵倒した。彼は何も分かってない!」
ダンッと地面を殴った。今思い出すだけでも腹立たしい。メンマのないラーメンはただの麺汁だ。栄養だってとれるし。メンマあってこそのラーメンなのに。そんな名脇役の名前を授かったことは私にとって名誉あることなのに、あのクソ兄は・・・っ!
「メンマさん」
イルカが俺の手をそっと握ると真剣な眼差しでこちらを見た。
「メンマのないラーメンはラーメンじゃない。当然です」
コイツ、できる!
私は本能で察知した。
この地球人の目から熱意を感じる。私の星だと兄と匹敵するぐらいの熱意だ。
こんな地球人がただの一般市民なのか。なんてハイクレードの星なのだろう。
そう思うとあの乳のでかい長と次期長はどれほどのモノなのか。ゾクッと身震いした。こんな宇宙の果てにこんな種族がいるとは、世界は果てしない。
「話を戻すと、そんな兄は残る選択をし、私は出ていくことにした。私に賛同するモノもいたし、反対するモノもいた。国は滅茶苦茶になり、私はさっさと出ていった。つまり何が言いたいかというと、嫌ならさっさと逃げればいい。後のことなんか知るか、ということだ」
「なるほどね」
イルカは大きく頷いた。
理解してもらって嬉しい。
「言いたいことは、分かる。俺も彼が火影になったら、この里から出ようと思っていたんだ」
「そうか」
それなら私のは心配は杞憂だった。それならきっとこの先理不尽な目には合わないだろう。とても安心だ。
だけどイルカの目は、あまり幸せそうではなかった。
「なぁ、メンマさん。貴方は一度でも星を見捨てたことを、後悔していないのか」
後悔。
その言葉は上手く心に引っかからず過ぎ去った。
「俺はこの里で生まれて里のために生きてきた。今更全てを捨ててやっていけるだろうか」
「いける。生き物とは環境が変わってもしぶとくどこでも生きていけるようになっているものだ」
私のように。
星を見捨てて出ていきもう年を数えるのも億劫なほど生きてきた。だけど私は今もこうやって生きている。正しいか間違いかなど関係ない。生きている者勝ちなのだ。
「そうか・・・そうか・・・」
そこで、はぁ・・・っと大きなため息をついた。それはまるで腹の底に溜まった感情を吐き出すかのようだった。
「俺はな、好きになってはいけない人を、好きになってしまったんだ」
小さな声だがハッキリと言った。真剣で真っ直ぐな言葉だった。
「こんな想いあってはいけないからずっとずっと閉じ込めていたんだが、・・・消えるどころか増幅していく一方だし、もう色々限界になった。仕方ないからこの想いを俺の体と一緒に遠くへ、あの人が分からないところに捨てに行くんだ」
消えない想いを、体とともに捨てに行く。
そうしか手がないと笑うイルカは、静かに笑うばかりだ。
まるでそれが最善の策だと言うかのようだった。
自然とムッとなる。
「死を急ぐモノは愚かだ」
命あるからこそできることがあるのに。
そのチャンスを、きっかけを自ら奪うなど愚かで恥ずべきことだ。
「命より大切なものなどありはしない」
そう言うと驚いたように目を見開いた。
それに、と言葉を続ける。
「愛するという感情を、ゴミのように例えるのは関心しない。愛することは生き物の中で一番美しい感情だ」
どの生物にも。
生きて繁殖するモノには必ず愛するという感情がある。
自分以上に大切なモノができるのだ。
どの感情よりも必死で、
どの感情よりも強く深く幸せになれる感情を、
自分ではなく他のモノの存在でなれるのだ。
それの、どこが美しくない。
捨てるなんて、とんでもない。
「愛するという気持ちを侮蔑するな。愛してはいけないモノなど存在しない」
そう言うと。
イルカは崩れるように地面に伏し、おいおいと泣いた。
泣きながら何度も「カカシさん、カカシさん」と繰り返した。
顔は真っ赤になり鼻水や涎は垂れ放題、泣き声は奇妙だが。
その美しい姿に暫し見惚れた。
あまり可愛くも美しもない地球人だが。
愛する姿は全宇宙共通に、美しく尊い。
泣きやんだイルカは目をパンパンに腫れ上がり、だが吹っ切れたのかどこか清々しい顔で笑った。
「泣いて悪かったな」
「いや」
「なんかスッキリしたよ。ありがとな」
恥ずかしそうに鼻をかいた。
「よし、ラーメン食いに行くか」
そう言って連れてこられたのは小さな小屋だった。こんな小さなところで、と中に入るとまず匂いが漂ってきた。
「!!この匂いは、まさか味噌っ!」
なんて芳醇な香り。これは王宮のお抱えシェフでもめったに作れない幻のラーメンじゃないか。こんな小屋でお目にかかれるとは。まさかここが王宮専用の厨房なのか?
「お、先生。いらっしゃい」
中の店主が、イルカに話しかける。
顔見知りなのか。イルカ、中々すごい奴なのかもしれない。
「おやっさん。ラーメン・・・えっと何がいいんだ?」
「味噌で」
「味噌」
「十杯」
「じゅっ!・・・・・・十杯」
「はいよ」
経費で落ちるかなぁとブツブツ呟くイルカの正面で、店主は手慣れた様子で取り掛かる。
これでも自身で作れるので手順は分かっているつもりだが。
(・・・なんて素早く、無駄のない動き。動作は一つ一つ丁寧で、なのに柔らかく独創的だ)
美しい。
太く短い指先はまるで踊り子のように優雅に鍋の上で舞っている。
これが地球。
ごくりっと喉が鳴る。
早く食べてみたい。未知なる味に溢れ出る唾が飲みきれなかった。
「へい、お待ち。とりあえず三つ」
トンッと出されたラーメンは、故郷とまるで一緒だった。
黄金色の麺、味噌の香り、トッピングには、煮卵、ネギ、チャーシュー、当然のようにメンマ、そして・・・。
白い蒲鉾にうずまきが描かれた、ナルト。
あぁ。
何も変わらない。
どれ一つ不必要なものなどない。
「美しいラーメンだ」
箸を割ると、自然にナルトを掴んだ。
絶妙な歯ごたえ。舌触り。
美味しい。未だかつてこんな美味いラーメンはあっただろか。
夢中で麺を啜った。麺はスープに絡み合い、素朴なのに後味のインパクトは強い。すすると麺は滝のように踊り、喉越しは爽やかで、後からじんわりと余韻に浸る。
そして大事なメンマ。
コリコリとした食感に程よい味付け。麺を邪魔せず、だけど箸休めになる。
スープを一滴も残さず飲み干すと、溢れ出るゲップは賞賛の表れだった。
言葉にできない美味さだ。
どれ一つとして無駄ではなく。
全てが一つとなってラーメンを完成させ、感動を与える。
完璧なラーメンだ。
「これ以上ない完璧なラーメンだった。貴方のような職人に出会えたことを幸運に思う」
そう言うと店主はニコッと笑った。
「よく分からんが、いい食べっぷりだったなぁ。また来てくれよ」
「勿論」
こんな美味いラーメンに出会うためなら、何千年だって宇宙をさ迷ったっていい。
九杯分のラーメンを燃料に入れると丁度いっぱいになった。
これで無事に明日は飛び立てるだろう。
「イルカ。世話になった」
「ははは。気にするな。俺も出会えてよかったよ」
面倒見がよくて清々しいほど好青年だ。
世話になったし、このままにしておくのは忍びない。なにか礼をしたかった。
それにイルカの美しい恋をこのまま終わらせたくはなかった。
「・・・告白するか?」
「は?」
「どうせもう二度と会うことがないのだろう?それなら最後に気持ちを伝えてもいいのではないか」
このままただイルカの心の中にしまわれたまま、消えていくには惜しい。最後にひと輝きしたって誰も文句は言わないだろう。
「・・・迷惑かけたくないんだ」
イルカは困ったように笑う。
「相手は、・・・俺のこと嫌ってる。理由は分かってるし、そのことについては譲れないから仕方ない。もしこのタイミングで言ったって、不快だろうし。その後俺が里に戻らないと知ればもしかしたら責任を感じるかもしれないだろ?」
「恥じているのか?」
「は?」
「その相手を好きになったことを、恥じているのか?本気で好きになったモノを周りは笑うのか?地球人はそんなに愚かなのか?それとも相手はそんなにも醜いのか?好いてると知れたら周りから後ろ指刺されるのか?好いていると知ったら相手は侮蔑するのか?そんな相手なのか?」
彼の顔色が変わった。
「相手は、そんな大したことのないモノなのか?」
そう聞くと。
ギラッと目の色が変わった。
それを見て改めて感じる。
イルカの恋心は一瞬足りとも光を失ったことがない。
今でも燦々と輝いている。
「俺は、この気持ちを疑ったり、絶望したり、抗ったりしたけど、一度だって恥じてない。彼は優しくて美しくて、この世の誰よりも素晴らしい人だ」
その言葉は力強く、誰でもない、彼自身の心に突き刺さった。
彼は、小さく「あぁ、そうか」と呟いた。
「あんな素敵な人を、こんなにも愛せた自分を誇りに思ってるよ」
気づかせてくれてありがとう、と小さく泣いた。
キラキラと輝く涙は、美しい。
「そうだな。俺はずっとこの恋心は醜いモノだと思っていたけど、そんなことなかったんだな。こんなに深く強く確かに思ってるこの想いが醜いわけないよな」
「当たり前だ。いいか、恋は全宇宙共通だ。どんな生き物だろうが、誰かに恋をする。私は何億年と宇宙を旅してきたが、恋をしない生物などいない。生きてるモノは等しく何かを愛するのだ。それが生きることなのだ」
トントンと胸を叩く。
「イルカは生きているのだ。だから恋して当然なのだ。恥ではない。恐れるモノでもない」
ココが動く限り。
生きてる限り、恋をしている。
何もおかしなことなどない。
最大のキメ顔で言うと、イルカはブワッと涙をため、私を抱きしめた。
手加減を知らないのか、元から怪力なのがお腹と背中が空腹でないのにくっつきそうになる。
いや、ラーメン出るから!
あの秘宝のラーメンを私の血肉にさせてくれ!
いた痛い痛いっ!
おいコラ、ボディも可愛さポイント高いんだ!ちょっとポチャっとした方が可愛いのだから潰すんじゃない!
必死で抵抗すると、ぐちゃぐちゃの顔をしたイルカがようやく離してくれた。
全く地球人は時に乱暴で適わない。
「告白、するよ。一生に一度のことだしな」
そう言って手から白いモノを出した。
「あの人に、いつか二人きり会えるか聞いてみる。会えなかったら、カッコつかないなぁ」
ハハッと力なく笑った。
その白いモノは一瞬動きを止めた。疑問に思う前に動き出し何処かへと飛んで行った。
するとすぐに同じように白いモノが飛んできた。
誰よりも一番イルカが驚き、慌ててそれを見た。
「今すぐ、だって・・・」
「気が早いな」
「そんな、やばい。どどどどどうしよう。こんなすぐに来るとは思わなかった!」
「急がば回れだ」
「それ意味違うから!」
「いいから場所を指定したらどうだ?大丈夫、明日なら宇宙船でどこへでも送ってやる」
「・・・それは乗ってみたいけど、手続き間に合うかなぁ」
そう言いながらも白いモノを送った。
手紙で終わらせないところは流石だ。本人と向き合って、きちんと伝えるのだろう。
「恋は全宇宙共通、か・・・」
空を見上げるイルカと同じように、空を見上げた。真っ暗な空に無数の星が光っている。
暗闇に星があるのは見慣れているはずなのに、何故か懐かしかった。
まるで故郷の空のようだった。
「この星のどこかに、メンマさんの星があるのかなぁ」
「ここからでは見えないだろうが、方向は合ってる」
「そんなに遠いのか」
広いなぁとどこか嬉しそうに言った。
「メンマさんも、誰かに恋をしているのか?」
恋。
その言葉を聞くと、どこか切なくなるのは感傷のせいか。
「そうだな。もうずっと長いことしている」
「へぇ」
「私も、声を大きくして言えるような相手ではなかった。気がついた時は悩んだし、諦めようとした。だが、それでも私はこの恋を大事にしようと思って告白したのだ。実れと思ったわけではなく、ただ知って欲しかった。私がとんなに恋焦がれているのか。どんなに相手が優れた可愛らしいモノなのか」
今でも当時を鮮明に思い出せる。
自分の伝えられる全てで自分の想いを伝えた。支離滅裂だったかもしれない。早口で聞き取りにくかったかもしれない。
それでも熱意だけは伝わったと思った。
「相手は嬉しいと、笑ってくれた」
イルカは、ほぅっと息を吐いた。
あの瞬間。
私にとって生きてる中で一番の幸運だった。
相手も同じ気持ちだと、同じように愛してくれているのだと。こんな奇跡があるのかと、震えた。
今までの苦悩も苦痛も全てがこの瞬間幸福への礎となった気がした。
これから相手と手と手をとり、愛を育んでいけると、そう希望に満ちていた。
「次の日隕石が落ちることが発見され、そのバカは国と共に滅びることを選んだ」
思い出すだけでも腹立たしい。
積年の想いがようやく実ってこれから蜜月になるというのに、国を見捨てれば生き残れる手立てがあるのに、それよりも国を選んだのだ。
己の命よりも、私との未来よりも。
国を選んだんだ。
私の恋は、国に負けた。
永遠に。
「そりゃ、切ないな」
「そうだろう」
「腹立たしいし」
「そうだとも」
「だけどまだ好きなんだろ?」
そう聞かれて、やはり恋は全宇宙共通なのだと感じた。
「それをここ数億年の宇宙旅で実感した。宇宙にはこんなにも沢山のモノが溢れているのに、私の心は彼以外に動くことは無かった」
だから、とイルカを見上げる。
「想いを伝えられるというだけで、幸運なことだと思う」
そう言うとイルカは静かに笑った。
曇のない笑顔だった。
「それでも、相手に嬉しいと言ってもらえたメンマさんが、羨ましく思うよ」
そうか。
そうかもしれないな。
目を閉じればいつも、冷たい目をした兄がいる。
彼はあまり笑わないモノだった。それは国王という責務からでもあるし、生まれてからの王としての教育がそうさせたのかもしれない。
何を言っても、彼は滅多に笑ってはくれなかった。
笑ってもらえるよう必死だった。
だから、私は。
あの日、微笑みながら私の想いに応えてくれた彼を愛しいと、そればかり思う。
イルカが指定した場所は見晴らしの良い丘だった。
そこに仁王立ちして待っていると、次期長と呼ばれた男がのっそりとやって来た。
そこでようやく、イルカの相手が誰なのか、何故あんなにも恐れていたのかが分かった。
嫌われている。
確かにその通りだろう。
だからこそイルカは生まれ育ったこの土地を離れるのだ。
「き、急に呼び出してすみません」
深く頭を下げるイルカを彼はジッと見下ろした。冷たい空気が辺り一面に広がる。
とても告白できるような雰囲気ではない。
そんなに嫌っているのに良く来たなと感心する。
「あの・・・っ」
それでも自身を奮い立たせようとイルカが声を出すが、中々続かない。
分かる分かると頷く。
私も思い返せば何年告白しようと努力したか。
声は上擦るし、動悸のせいで息は吸えないし、手は震えるし、頭は真っ白になるし。
それでも言えた時は、清々しかった。
溢れる想いが止まらず走り出していた。
「あのっ!」
先程からあのあのばかり言っているが、彼は何も言わずジッと待っていた。
ようやく勇気が出たのか、グッと唇を噛み締め、拳を握ると、彼をまっすぐ見た。
「手合わせを、お願いしますっ!」
手合わせ?なんだそれは?
告白じゃなかったのか?
「もし、そこで俺が勝ったら、っ、俺の気持ちを聞いてもらっていいですかっ!」
「今言えばいいでしょ?」
ようやく口を開いて発した言葉は、最もだが冷たく突き刺さるかのような鋭さがあった。
「いや、あの、その・・・っ」
「早くしてよ。ずっと待ってるんだけど」
「今は、言えないんです。とても、勇気がなくて・・・。貴方に勝てたらきっと、言えると思うので」
「ふーん・・・」
面倒くさそうに頭を搔く。
そんな相手の態度にイルカの頭は下がり地面を見つめている。
「そしたら」
頼りない声で、だけど確かに言葉を続ける。
「そしたら、さよならと、言ってもらえますか?」
そうやって、終わるつもりなのか。
相手から拒絶される前に、自分の言葉で終わらせるのか。
それは寂しくて独りよがりで優しい別れ方だった。
「それで?」
だが、彼の方は意図が分かっているのか分かっていないのか相変わらず素っ気なく冷たい言葉で言い切る。
「オレが勝ったら何してもらえるの?」
「ええ?!えっと・・・それは、その・・・。い、今までの鬱憤を好きなだけ晴らしてもらったらと」
「ふーん」
ガリガリと興味なさそうに呟きながら頭を搔く。
「じゃあ、さっさと始めよう。時間無駄だし」
「は、はい。それではよろしくお願いします」
頭を下げると二人で向き合う。
ピリピリとした空気がただよう中、二人はスッと身構えた。
一瞬、何か動いたかと思ったら。
彼はイルカを押し倒していた。
「勝てると思った?」
首を押さえながら冷たい目で見下ろす。
あの目は危ない。一瞬でも動けば簡単に命を断ち切る。こんなに離れた場所にいる私でもゾクリと震えた。
たった一瞬。
たった一瞬で、勝負はついたのだ。
圧倒的な力の差。
それをありありと見せつけられた。
「オレに勝てると思ったの?」
冷たい声がキンキンに静まり返った辺り一面に響く。
「オレに勝って、告白して、オレがさよならって言ったら一人満足して仕事も住処も思い出もオレも、全て捨ててこの里出るつもりだった?」
透き通るような冷たい声は、痛々しくて悲しくて。
とても美しい。
「ふざけんじゃねぇぞ」
その声の冷たさに身震いしながら魅了された。
勘違いをしていた。
無関心の冷たさではない。
あれは、絶対零度の怒りだ。
「アンタはいつもそう。勝手に自分で決めて、誰の忠告も聞かずに自分が思ったことが正しいって思ってる。オレの気持ちも勝手に解釈して、勝手に思い込んで、オレの気持ち知ろうともしない。オレがどれだけ長い年月待ってたかなんてアンタは知らないんだっ!」
まるで塞き止められた想いが溢れるかのように、怒涛のように言葉を紡いだ。
「ずっと物欲しそうな顔して見てくるからいつ告白してくれるのかってずっと待ってたのに、アンタは勝手に諦めて・・・っ。だったらこっちからってしようとすると接近して思わせぶりな態度とってみたりして。じゃあって待ってると離れていって。ずっとその繰り返しだった。アンタどれだけオレを振り回せばいいの!?」
「そんな、俺、そんなつもりは・・・っ」
「故意だったらアンタ今頃オレの監禁部屋行きだからね!」
ヒッと小さく悲鳴をあげた。
それもそうだろう。全く偽りのない言葉にしか聞こえない。
「火影になることになったから、もう容赦せずオレのそばに離れられなくさせてやるって役職つけようとしたら、今度は里抜け?ここを出ていく?さよならだ?」
ドンドンッと地面を殴りつけている。
その姿は恐ろしくも必死で。
「アンタは何も分かってない・・・っ」
あぁ、なんてくだらない。
「オレがどれだけ・・・、どれだけアンタを・・・」
とんだ茶番だ。
「もーいい。アンタにスキを与えるとろくなこと考えないから」
米俵のように軽々しくイルカを担いだ。
バタバタと真っ赤になって暴れるイルカを諸共せず歩きだす。
「勝ったら何したっていいんでしょ?今までの鬱憤を好きなだけ晴らしていいんでしょ?すっっごく溜まってるからねぇえ、楽しみだーよ」
「カカシさんっ!」
抵抗虚しく抱えられたまま去っていった。あの姿は恥ずかしいが、目が笑っていない彼がそんなこと考える余裕などないだろう。
想いが通じあったのだ。
フフッと思わず笑ってしまう。
この後交尾でもするのかもしれない。彼はとりあえずスる気満々だったのだから。
どちらにしろイルカの長い長い片想いは報われた。
あの美しく泣く恋は、確かに実ったのだ。
明日から、仲睦まじく暮らしていくのだろう。
きっと。
きっと、隕石が降ってくることになっても。
「・・・・・・行くか」
これ以上の長居は不要だろう。
私は空を見上げた。
美しい夜空は、変わらず光り輝いていた。
「行こう、セバスチャン。何だか恋しくなってきた」
『慰めましょうか。温風ヒーターで』
「乾燥は肌の敵だから結構だ!」
キリッとキメ顔で言ってみたが、セバスチャンは全く動じてくれなかった。セバスチャンの欠点は可愛さが分からないところだ。
宇宙船を操作し、そのまま地球を出発した。
■■■
ハローハロー。
親愛なる貴方へ。
元気ですか。体調に変化はありませんか。
私は地球でエネルギーを補給したところです。ここのラーメンは絶品です。是非貴方に食べてもらいたい。私の名前であるメンマを貴方に味わってほしい。きっと好きになるでしょう。
地球人はラーメンが美味いだけではなく、とても興味深い生き物でした。規律が絶対で、周りを気にし、他者のことでぐるぐると悩み、想いと表情は一致せず、でかくて目は冷たいのに。
なんだかとても可愛らしい生き物です。
彼らも、私たちと同じように、同じような悩みで悩んだり怒ったり笑ったり泣いたりしてました。
あの日のことは少しも後悔していません。
私は国とともに死ぬことを選んだ貴方を、手に入らなければ死んでしまえと思いました。
だけど隕石は一部に当たり、星は焼きラーメンになったと、遠く離れた星で聞きました。
そして未だに王は未婚だと。
長い年月旅してきて、ようやく分かったことがあります。
私の心はもう貴方にあげたまま空っぽになってしまったのだと。
エネルギーを補給できたので、このまま真っ直ぐそちらに向かおうと思います。
貴方の声を聞かせてほしい。
ナルト兄さん。
もし、再び隕石が落ちてくることになったら。
今度は手と手をとって、最後まで貴方のそばにいたい。
親愛なる貴方へ。
そんな日が一日でも早く迎えられる日を楽しみにしています。
■■■
親愛なるメンマへ。
無事にエネルギーを補給できたと聞いて一安心しました。
こちらは前より少し暑くなりました。
焼きラーメンは好調です。冷やし中華が嫌いなメンマでも好きになると思います。焼きそばみたいと笑うかも知れませんが、焼きそばにメンマもナルトもいれないので、これはやっぱり焼きラーメンだと思います。
毎日メンマを食べています。
ないと、やはり寂しい。
メンマが言ってたことは正しかったと痛感してます。
メンマの心はここに置いていったと書いてありましたが、ここにはありません。
私の心も。
貴方があの日宇宙へ持っていってしまいました。
早く持って帰ってもらえないと、私の自慢のヒゲはストレスでなくなりそうです。
無事に帰ってくる日を、遠い故郷でずっと待ってます。
親愛なる貴方へ。
親愛なる貴方へ。
元気ですか。体調に変化はありませんか。
今ようやく太陽系まで到達しました。
相変わらず真っ黒な世界にポツリポツリ星が見えます。
その中でひときは目立つ星を見つけました。相棒に聞くとその星の名前は『地球』というらしいです。美しい青と白のコントラストの星です。どうやらそこでは生物がいるらしいと相棒が教えてくれました。燃料がそろそろなくなりかけているので、そこに一旦寄ってみようと思います。燃料に似たものがあればいいのですが。
他の生物に出会うのは二万六千年ぶりなので少し楽しみにしています。穏やかで話が通じることを祈ります。
親愛なる貴方へ。一日でも早く会える日を楽しみにしています。
■■■
困った。
『思った以上にこの星の引力が強かったねー。着地に殆どの燃料を使っちゃったー』
燃料がゼロを差している。恐らく飛び立つことすらできないだろう。ここで燃料を確保出来ないと私は一生ここで暮らすしかなさそうだ。
『幸運な事に、燃料と同様のものはこの星にあるみたいだよー。良かったねー』
「!本当か、セバスチャン!それは良かった」
『確保出来ればいいねー。じゃあこの星の状況を伝えるよー』
そう言って画面上に情報をうつしだした。
相棒のセバスチャンは私の宇宙船のコンピュータシステムであり、操縦者であり、様々な知識を備えた最高の相棒であり、長い旅の唯一の友である。
知識を頭に叩き込む。どうやら着地した所は地球人の中でも忍と呼ばれる仲間意識の高く身体能力が秀でた生物らしい。身体能力は私より遥かに上だ。戦えば私の方が死ぬ確率が高いだろう。これは慎重に動かなければならない。かつて私と同じようにこの星に降り立った生物は追い返されるか殺されてるらしい。恐ろしい生物だ。
「・・・行ってくる」
『気をつけてねー』
燃料になる物体の形は覚えた。こっそりそれを盗み出せばいい。思い出せ、二万六千年前を。ピカルチャ星を。あの巨体と無数の目を掻い潜って燃料をゲットしたあの日を。運動などあれ以来せず、うっかり一万五千年寝てしまったけど慎重に動けばきっと大丈夫だ。
そう思いながら地上へと降り立った。
ーーーその瞬間、地球人と目が合ってしまった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
バサッと地球人が持っていた荷物が落ちた。
視線が絡み合う。
その目は見開き、頭はフル稼働して私が何モノであるか考えている。
地球人はきっと私が地球外生物だと分かってしまうだろう。私はどう見ても地球人とは似ても似つかない。
オーゥノーゥ。
これは最悪な状況だ。
「・・・・・・何者だ」
スッと身構えられた。セバスチャンが言っていたとおり仲間意識の高いのだろう。このままでいれば、私は確実に捕まってしまう。オーゥノンノン。
きゅるんと瞳を動かした。
すると思った通り地球人は動揺した。
生物には、特化していることが何かしらある。
ピカルチャ星人は巨大化することに特化し、その前に出会ったンルィノッカ星人は鼻からビームが出た。そうやって己を、星を守ってきたのだ。
そして私、ら・メン星人は攻撃性のものは持ち合わせていなかった。戦うこと前提に作られてはいない。
なぜならとても小さい生物だったからだ。
小さいというのはメリットもデメリットもある。先祖は何を思ったのかそのメリットの中でも選ばれるものでもないものを選んだ。
それはつまり、小さいは『可愛い』ということだ。
そうだろうかと疑問に持つかもしれない。だが、なぜか誰もそこに疑問を持つことなくひたすら可愛さを磨いた。
そうして出来上がった我々が持つ可愛さは唯一にして最大の武器である。
きゅるりんを目を動かす。地球人が動揺したのが手に取るように分かった。さすがに鍛えられた生物でも本能として可愛いは庇護欲を刺激され、攻撃するのをやめてしまう。
「敵ではない。危害を加えることもない。私はただ燃料を探している。それがあれば直ちにでていく」
「っ」
声も勿論可愛い。地球人の体温が上がったのを確かに感知した。どうやらなんとかなりそうな気がしてきた。
「私の一存では、決められない。里の長に確認する」
「勿論だ。私はら・メン星のメ・ンマと言う」
「え?は?えぇ?!」
「この星でいう、宇宙人だ」
きっぱりと言い切ると、地球人はしばらくポカンと口を開けたまま固まった。
「我々の星、ら・メン星は一億年前消滅する危機となった。そこで我々は生きるため星を捨て、宇宙へとあてのない旅に出かけた」
「皆で一緒に行かないのか?」
「それが、恥ずかしいことに我々ら・メン星人は仲があまり良くなく・・・。自分が一番可愛いと思ってるからな」
「はぁ・・・」
「私もふらふらとひとり気ままな旅を送っていたのだが、そろそろ燃料が切れそうで。こればっかりは仕方なく、生物がいそうな所へ行って補給しているのだ」
「はあ、・・・・・・はぁ」
地球人はまだ夢心地のようにポカンとしている。
どうやらこの星に宇宙人は少ないらしい。
「えぇっと、メさん?ンマさん?」
「メンマと」
「・・・・・・メンマさん。その、燃料って何ですか?」
「この星でいうラーメンです」
「は?」
「ラーメンとは、中華麺とスープ、様々な具(チャーシュー・メンマ・味付け玉子・刻み葱など)を組み合わせた麺料理である。と、ウィ●ペディアが言ってます」
「いやいやラーメンは知ってますし俺も食べてるけどラーメン!?ラーメンで宇宙船が動くのか!?」
「動きますよ。貴方、ラーメン作れますか?」
「そ、そりゃ・・・即席めんで良ければ・・・」
ちらっと落ちた袋を見た。そこには見知った絵が書かれていた。
「まさしく燃料のラーメン!!」
こんなに早く出会えるとは今回はとてもツイている。これをわけてもらえればまた飛び立てる。
「これを少しだけ譲ってもらえないか!?」
ギュッと服を掴むと一瞬デレッとした顔になった。もう一押しかとさらに顔を動かす。
「そ、そりゃいいけど・・・」
良かった!手に入れた!
あとは交渉のみか。変なことを要求されないといいが。だが、どことなくこの地球人の人の良さが滲み出ている。困ったモノや弱いモノは放ってはおけない優しいモノだろう。見つかたったときはどうしようかと思ったが、相手が良かった。
するとふわふわと白い生物が飛んできた。それは数刻前にこの地球人が飛ばしたものと酷似していた。
「五代目から。・・・一度会いたいと」
「私はラーメンが貰えるならなんでもしよう」
「そうか。じゃあ悪いけど」
そう言って呪文の様なものを唱えると体が動かなくなった。
「すまんな。終わったら旨いラーメンやるからな」
そう言って抱き抱えられた。地球人はとても温かかった。
「なるほど。なんとも可愛らしい宇宙人だねぇ」
五代目と呼ばれる地球人はニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。周りのモノも皆不思議そうに私を見ていた。本当に珍しいのだな。私が生まれた星などしょっちゅう宇宙人が来ていたのに。
「んで、ラーメンが燃料だと」
「らしいです。宇宙船も見ました。見事な丼でした」
「あははは。それはいい」
わりとにこやかな雰囲気で安心した。とりあえず長らしいので可愛さアピールはしておく。
目をクリクリ動かすとおおーっと小さく歓声があがった。
「んー、確かに可愛いねぇ。どうだい。ここに住まないか?」
「五代目!」
「いいじゃないか。見たところ危害を加えることはできないだろうし、アタシもそろそろ引退だからねぇ。同居人がほしい」
「有難い話ですが」
私は静かに首を振った。
「・・・私には最近メッセージをやり取りするモノが出来まして、今会いに行っている途中なのです」
そう言うと少し驚いた顔をした。しかしすぐにフッと笑った。
「そうかい。それは残念だ。ではそれが終わったらまた来ておくれ」
「えぇ是非」
ペコッと頭を下げた。
「イルカ」
イルカと呼ばれたのは最初に出会ったあの優しそうな地球人だった。彼の名はイルカと言うのか。
「はい」
「お前が全て面倒を見な。出発は明日。知られると面倒だから内密にな」
「了解しました」
そういって私を抱き上げた。彼も嬉しそうにしている。
「よかったな。これで無事出発できるな」
「甘いんじゃないですか」
雰囲気をぶち壊すような、冷たい声が響いた。
声の方を向くと冷たい目をした地球人が立っていた。
「得体の知れない生物を高々中忍一人に任せて何かあった時の対処できるんですか」
それはイルカに対しての侮辱めいた言葉だった。最も仲間内での罵りあいは日常茶飯事だったので私にはなんともないが、どうやらこの地球人はイルカが嫌いらしい。
イルカはと言うとギュッと唇を噛み締めていた。
その顔は、ただ罵られただけではない悲しみがあった。
「随分な言い方だねぇ、カカシ」
「違うとでも?」
両者一歩も譲らない。順調に進んできたのに、何たる邪魔者だ。
出来ることがないので、イルカの腕の中で可愛いアピールを続けてみる。目をゴシゴシしてみたり、上目遣いで見てみたり。
当たり前だがこうかはばつぐんだ。ただし一人を除いて。
「そんなことしてもきかなーいよ」
困った。私のこと嫌いではなさそうだが他に神経がいっているようだ。
「兎も角、対応するのはもっと力のある暗部でも使ったらどうです?」
「そんな為に暗部は使えん」
「ならオレがしますよ」
意外な言葉に辺りがざわついた。
「・・・お言葉ですが、はたけ上忍にしてもらうようなことでは」
イルカはどこか緊張した声で言った。
するとユラッと彼が揺れた。そして禍々しいオーラを纏いこちらを睨んだ。
「っ!!」
「口出しするんじゃないよ、中忍が」
そう言って無理矢理私をつかんだ。
「アンタもさっさと出てってもらうよ」
「やめてください!メンマさんは」
だがイルカも負けじと私の足を掴む。
痛いから!なんて乱暴な奴らなのだ。
「アンタみたいな甘い人間に任せてたら、情がわいて何しでかすか分からないって言ってんのわかんないの?」
そう言いながら顔を引っ張る。
伸びる伸びる伸びる。可愛らしい身長が!普通になる。いや、痛いから。やめろ。
「そんなっ」
しっちゃかめっちゃかになる。大事な毛も三本抜けた。痛い。バカ、禿げる。おい、おおぉい!!
「やめなっ!!」
バンッと五代目が机を叩いてようやく止んだ。そそくさとイルカの腕の中に戻り毛を整える。なんて奴らだ。私に可愛さが無くなればただの宇宙人になるではないか。
「カカシ。まだ、この里の長はアタシだよ。アタシの決定に逆らうのかい?」
そう言うとフンッと鼻を鳴らした。
「そうでしたね。良かったですねぇ。あと数日後なら問答無用で二人とも首が飛んでた」
恐ろしいことをサラッと言われたが、結果論として運は良かったらしい。あと数日後にはこの恐ろしい地球人が長になるのだ。
イルカは相変わらず唇を噛みしめている。強く噛み締めたためかツッと血が流れた。
「私が責任を持ってメンマさんを送り出します。失礼します」
深々と頭を下げるとそのまま私を抱えたままズカズカと出ていった。
イルカの肩口からあの地球人が恐ろしい顔をして睨んでいた。
建物から出ると、ピタッととまり、ふぅっと大きく息を吐いた。
「ごめんな、吃驚しただろう?」
「こちらこそ面倒をかけた」
「そんなことないよ」
そう言って笑っていたがその顔は憂いていた。
その原因は、きっとあの地球人なのだろう。
ジッと見つめていると、気がついたイルカは優しく笑った。
「あの人とは、昔色々あってな。もう今じゃ顔を合わす度にあぁなんだよ」
「そんなモノが長になって大丈夫なのか?」
長とはつまり支配者になるのだ。理不尽な言いがかりをされても逆らえなくなる。
それは彼自身も分かっているのか静かに笑った。
あぁそうか。そんなこと言われなくても理解しているのか。
それは、なんて理不尽で。
哀れなことなのだろう。
「私の星でも王がいた。内面はともかく外見はとても可愛らしい人だった」
「そうなのか」
「王は星が滅亡する時、ここへ残ろうと行った。星の寿命が我々の寿命だ。生まれた星を捨ててまで生きて何になる。私たちは星と共に朽ちていく運命だと」
今でも昨日のように思い出す。
「王は、私の兄だった」
そう言うとイルカは目を見開いた。
「愚かなモノだった。命より大切なものなどありはしないのに」
「メンマさん」
「元々兄とはそりが合わなかった。頭の固い兄は何かと規則規則と束縛する。ラーメンの作り方などちょっと固めがいいのに必ず三分待つ律儀な奴だった」
「お、おう・・・。俺も種類によっては二分半で食うけど」
「そうだろう。ラーメンは全て均一ではないのだ。だが、頭の固いヤツには通じなかった。ラーメンは決められた時間まで待って決められたようにタレを入れるのが当たり前。書いてあることは一番美味しいから書いてあるのだと。好みというのは人それぞれ違うことを理解してないのだ。なのに奴は偉そうにそもそもメンマとは何なのか、ラーメンに必要なのか、色も見た目も悪い。そんなナリだから割り箸をタレに漬け込んだものだと間違われるんだと罵倒した。彼は何も分かってない!」
ダンッと地面を殴った。今思い出すだけでも腹立たしい。メンマのないラーメンはただの麺汁だ。栄養だってとれるし。メンマあってこそのラーメンなのに。そんな名脇役の名前を授かったことは私にとって名誉あることなのに、あのクソ兄は・・・っ!
「メンマさん」
イルカが俺の手をそっと握ると真剣な眼差しでこちらを見た。
「メンマのないラーメンはラーメンじゃない。当然です」
コイツ、できる!
私は本能で察知した。
この地球人の目から熱意を感じる。私の星だと兄と匹敵するぐらいの熱意だ。
こんな地球人がただの一般市民なのか。なんてハイクレードの星なのだろう。
そう思うとあの乳のでかい長と次期長はどれほどのモノなのか。ゾクッと身震いした。こんな宇宙の果てにこんな種族がいるとは、世界は果てしない。
「話を戻すと、そんな兄は残る選択をし、私は出ていくことにした。私に賛同するモノもいたし、反対するモノもいた。国は滅茶苦茶になり、私はさっさと出ていった。つまり何が言いたいかというと、嫌ならさっさと逃げればいい。後のことなんか知るか、ということだ」
「なるほどね」
イルカは大きく頷いた。
理解してもらって嬉しい。
「言いたいことは、分かる。俺も彼が火影になったら、この里から出ようと思っていたんだ」
「そうか」
それなら私のは心配は杞憂だった。それならきっとこの先理不尽な目には合わないだろう。とても安心だ。
だけどイルカの目は、あまり幸せそうではなかった。
「なぁ、メンマさん。貴方は一度でも星を見捨てたことを、後悔していないのか」
後悔。
その言葉は上手く心に引っかからず過ぎ去った。
「俺はこの里で生まれて里のために生きてきた。今更全てを捨ててやっていけるだろうか」
「いける。生き物とは環境が変わってもしぶとくどこでも生きていけるようになっているものだ」
私のように。
星を見捨てて出ていきもう年を数えるのも億劫なほど生きてきた。だけど私は今もこうやって生きている。正しいか間違いかなど関係ない。生きている者勝ちなのだ。
「そうか・・・そうか・・・」
そこで、はぁ・・・っと大きなため息をついた。それはまるで腹の底に溜まった感情を吐き出すかのようだった。
「俺はな、好きになってはいけない人を、好きになってしまったんだ」
小さな声だがハッキリと言った。真剣で真っ直ぐな言葉だった。
「こんな想いあってはいけないからずっとずっと閉じ込めていたんだが、・・・消えるどころか増幅していく一方だし、もう色々限界になった。仕方ないからこの想いを俺の体と一緒に遠くへ、あの人が分からないところに捨てに行くんだ」
消えない想いを、体とともに捨てに行く。
そうしか手がないと笑うイルカは、静かに笑うばかりだ。
まるでそれが最善の策だと言うかのようだった。
自然とムッとなる。
「死を急ぐモノは愚かだ」
命あるからこそできることがあるのに。
そのチャンスを、きっかけを自ら奪うなど愚かで恥ずべきことだ。
「命より大切なものなどありはしない」
そう言うと驚いたように目を見開いた。
それに、と言葉を続ける。
「愛するという感情を、ゴミのように例えるのは関心しない。愛することは生き物の中で一番美しい感情だ」
どの生物にも。
生きて繁殖するモノには必ず愛するという感情がある。
自分以上に大切なモノができるのだ。
どの感情よりも必死で、
どの感情よりも強く深く幸せになれる感情を、
自分ではなく他のモノの存在でなれるのだ。
それの、どこが美しくない。
捨てるなんて、とんでもない。
「愛するという気持ちを侮蔑するな。愛してはいけないモノなど存在しない」
そう言うと。
イルカは崩れるように地面に伏し、おいおいと泣いた。
泣きながら何度も「カカシさん、カカシさん」と繰り返した。
顔は真っ赤になり鼻水や涎は垂れ放題、泣き声は奇妙だが。
その美しい姿に暫し見惚れた。
あまり可愛くも美しもない地球人だが。
愛する姿は全宇宙共通に、美しく尊い。
泣きやんだイルカは目をパンパンに腫れ上がり、だが吹っ切れたのかどこか清々しい顔で笑った。
「泣いて悪かったな」
「いや」
「なんかスッキリしたよ。ありがとな」
恥ずかしそうに鼻をかいた。
「よし、ラーメン食いに行くか」
そう言って連れてこられたのは小さな小屋だった。こんな小さなところで、と中に入るとまず匂いが漂ってきた。
「!!この匂いは、まさか味噌っ!」
なんて芳醇な香り。これは王宮のお抱えシェフでもめったに作れない幻のラーメンじゃないか。こんな小屋でお目にかかれるとは。まさかここが王宮専用の厨房なのか?
「お、先生。いらっしゃい」
中の店主が、イルカに話しかける。
顔見知りなのか。イルカ、中々すごい奴なのかもしれない。
「おやっさん。ラーメン・・・えっと何がいいんだ?」
「味噌で」
「味噌」
「十杯」
「じゅっ!・・・・・・十杯」
「はいよ」
経費で落ちるかなぁとブツブツ呟くイルカの正面で、店主は手慣れた様子で取り掛かる。
これでも自身で作れるので手順は分かっているつもりだが。
(・・・なんて素早く、無駄のない動き。動作は一つ一つ丁寧で、なのに柔らかく独創的だ)
美しい。
太く短い指先はまるで踊り子のように優雅に鍋の上で舞っている。
これが地球。
ごくりっと喉が鳴る。
早く食べてみたい。未知なる味に溢れ出る唾が飲みきれなかった。
「へい、お待ち。とりあえず三つ」
トンッと出されたラーメンは、故郷とまるで一緒だった。
黄金色の麺、味噌の香り、トッピングには、煮卵、ネギ、チャーシュー、当然のようにメンマ、そして・・・。
白い蒲鉾にうずまきが描かれた、ナルト。
あぁ。
何も変わらない。
どれ一つ不必要なものなどない。
「美しいラーメンだ」
箸を割ると、自然にナルトを掴んだ。
絶妙な歯ごたえ。舌触り。
美味しい。未だかつてこんな美味いラーメンはあっただろか。
夢中で麺を啜った。麺はスープに絡み合い、素朴なのに後味のインパクトは強い。すすると麺は滝のように踊り、喉越しは爽やかで、後からじんわりと余韻に浸る。
そして大事なメンマ。
コリコリとした食感に程よい味付け。麺を邪魔せず、だけど箸休めになる。
スープを一滴も残さず飲み干すと、溢れ出るゲップは賞賛の表れだった。
言葉にできない美味さだ。
どれ一つとして無駄ではなく。
全てが一つとなってラーメンを完成させ、感動を与える。
完璧なラーメンだ。
「これ以上ない完璧なラーメンだった。貴方のような職人に出会えたことを幸運に思う」
そう言うと店主はニコッと笑った。
「よく分からんが、いい食べっぷりだったなぁ。また来てくれよ」
「勿論」
こんな美味いラーメンに出会うためなら、何千年だって宇宙をさ迷ったっていい。
九杯分のラーメンを燃料に入れると丁度いっぱいになった。
これで無事に明日は飛び立てるだろう。
「イルカ。世話になった」
「ははは。気にするな。俺も出会えてよかったよ」
面倒見がよくて清々しいほど好青年だ。
世話になったし、このままにしておくのは忍びない。なにか礼をしたかった。
それにイルカの美しい恋をこのまま終わらせたくはなかった。
「・・・告白するか?」
「は?」
「どうせもう二度と会うことがないのだろう?それなら最後に気持ちを伝えてもいいのではないか」
このままただイルカの心の中にしまわれたまま、消えていくには惜しい。最後にひと輝きしたって誰も文句は言わないだろう。
「・・・迷惑かけたくないんだ」
イルカは困ったように笑う。
「相手は、・・・俺のこと嫌ってる。理由は分かってるし、そのことについては譲れないから仕方ない。もしこのタイミングで言ったって、不快だろうし。その後俺が里に戻らないと知ればもしかしたら責任を感じるかもしれないだろ?」
「恥じているのか?」
「は?」
「その相手を好きになったことを、恥じているのか?本気で好きになったモノを周りは笑うのか?地球人はそんなに愚かなのか?それとも相手はそんなにも醜いのか?好いてると知れたら周りから後ろ指刺されるのか?好いていると知ったら相手は侮蔑するのか?そんな相手なのか?」
彼の顔色が変わった。
「相手は、そんな大したことのないモノなのか?」
そう聞くと。
ギラッと目の色が変わった。
それを見て改めて感じる。
イルカの恋心は一瞬足りとも光を失ったことがない。
今でも燦々と輝いている。
「俺は、この気持ちを疑ったり、絶望したり、抗ったりしたけど、一度だって恥じてない。彼は優しくて美しくて、この世の誰よりも素晴らしい人だ」
その言葉は力強く、誰でもない、彼自身の心に突き刺さった。
彼は、小さく「あぁ、そうか」と呟いた。
「あんな素敵な人を、こんなにも愛せた自分を誇りに思ってるよ」
気づかせてくれてありがとう、と小さく泣いた。
キラキラと輝く涙は、美しい。
「そうだな。俺はずっとこの恋心は醜いモノだと思っていたけど、そんなことなかったんだな。こんなに深く強く確かに思ってるこの想いが醜いわけないよな」
「当たり前だ。いいか、恋は全宇宙共通だ。どんな生き物だろうが、誰かに恋をする。私は何億年と宇宙を旅してきたが、恋をしない生物などいない。生きてるモノは等しく何かを愛するのだ。それが生きることなのだ」
トントンと胸を叩く。
「イルカは生きているのだ。だから恋して当然なのだ。恥ではない。恐れるモノでもない」
ココが動く限り。
生きてる限り、恋をしている。
何もおかしなことなどない。
最大のキメ顔で言うと、イルカはブワッと涙をため、私を抱きしめた。
手加減を知らないのか、元から怪力なのがお腹と背中が空腹でないのにくっつきそうになる。
いや、ラーメン出るから!
あの秘宝のラーメンを私の血肉にさせてくれ!
いた痛い痛いっ!
おいコラ、ボディも可愛さポイント高いんだ!ちょっとポチャっとした方が可愛いのだから潰すんじゃない!
必死で抵抗すると、ぐちゃぐちゃの顔をしたイルカがようやく離してくれた。
全く地球人は時に乱暴で適わない。
「告白、するよ。一生に一度のことだしな」
そう言って手から白いモノを出した。
「あの人に、いつか二人きり会えるか聞いてみる。会えなかったら、カッコつかないなぁ」
ハハッと力なく笑った。
その白いモノは一瞬動きを止めた。疑問に思う前に動き出し何処かへと飛んで行った。
するとすぐに同じように白いモノが飛んできた。
誰よりも一番イルカが驚き、慌ててそれを見た。
「今すぐ、だって・・・」
「気が早いな」
「そんな、やばい。どどどどどうしよう。こんなすぐに来るとは思わなかった!」
「急がば回れだ」
「それ意味違うから!」
「いいから場所を指定したらどうだ?大丈夫、明日なら宇宙船でどこへでも送ってやる」
「・・・それは乗ってみたいけど、手続き間に合うかなぁ」
そう言いながらも白いモノを送った。
手紙で終わらせないところは流石だ。本人と向き合って、きちんと伝えるのだろう。
「恋は全宇宙共通、か・・・」
空を見上げるイルカと同じように、空を見上げた。真っ暗な空に無数の星が光っている。
暗闇に星があるのは見慣れているはずなのに、何故か懐かしかった。
まるで故郷の空のようだった。
「この星のどこかに、メンマさんの星があるのかなぁ」
「ここからでは見えないだろうが、方向は合ってる」
「そんなに遠いのか」
広いなぁとどこか嬉しそうに言った。
「メンマさんも、誰かに恋をしているのか?」
恋。
その言葉を聞くと、どこか切なくなるのは感傷のせいか。
「そうだな。もうずっと長いことしている」
「へぇ」
「私も、声を大きくして言えるような相手ではなかった。気がついた時は悩んだし、諦めようとした。だが、それでも私はこの恋を大事にしようと思って告白したのだ。実れと思ったわけではなく、ただ知って欲しかった。私がとんなに恋焦がれているのか。どんなに相手が優れた可愛らしいモノなのか」
今でも当時を鮮明に思い出せる。
自分の伝えられる全てで自分の想いを伝えた。支離滅裂だったかもしれない。早口で聞き取りにくかったかもしれない。
それでも熱意だけは伝わったと思った。
「相手は嬉しいと、笑ってくれた」
イルカは、ほぅっと息を吐いた。
あの瞬間。
私にとって生きてる中で一番の幸運だった。
相手も同じ気持ちだと、同じように愛してくれているのだと。こんな奇跡があるのかと、震えた。
今までの苦悩も苦痛も全てがこの瞬間幸福への礎となった気がした。
これから相手と手と手をとり、愛を育んでいけると、そう希望に満ちていた。
「次の日隕石が落ちることが発見され、そのバカは国と共に滅びることを選んだ」
思い出すだけでも腹立たしい。
積年の想いがようやく実ってこれから蜜月になるというのに、国を見捨てれば生き残れる手立てがあるのに、それよりも国を選んだのだ。
己の命よりも、私との未来よりも。
国を選んだんだ。
私の恋は、国に負けた。
永遠に。
「そりゃ、切ないな」
「そうだろう」
「腹立たしいし」
「そうだとも」
「だけどまだ好きなんだろ?」
そう聞かれて、やはり恋は全宇宙共通なのだと感じた。
「それをここ数億年の宇宙旅で実感した。宇宙にはこんなにも沢山のモノが溢れているのに、私の心は彼以外に動くことは無かった」
だから、とイルカを見上げる。
「想いを伝えられるというだけで、幸運なことだと思う」
そう言うとイルカは静かに笑った。
曇のない笑顔だった。
「それでも、相手に嬉しいと言ってもらえたメンマさんが、羨ましく思うよ」
そうか。
そうかもしれないな。
目を閉じればいつも、冷たい目をした兄がいる。
彼はあまり笑わないモノだった。それは国王という責務からでもあるし、生まれてからの王としての教育がそうさせたのかもしれない。
何を言っても、彼は滅多に笑ってはくれなかった。
笑ってもらえるよう必死だった。
だから、私は。
あの日、微笑みながら私の想いに応えてくれた彼を愛しいと、そればかり思う。
イルカが指定した場所は見晴らしの良い丘だった。
そこに仁王立ちして待っていると、次期長と呼ばれた男がのっそりとやって来た。
そこでようやく、イルカの相手が誰なのか、何故あんなにも恐れていたのかが分かった。
嫌われている。
確かにその通りだろう。
だからこそイルカは生まれ育ったこの土地を離れるのだ。
「き、急に呼び出してすみません」
深く頭を下げるイルカを彼はジッと見下ろした。冷たい空気が辺り一面に広がる。
とても告白できるような雰囲気ではない。
そんなに嫌っているのに良く来たなと感心する。
「あの・・・っ」
それでも自身を奮い立たせようとイルカが声を出すが、中々続かない。
分かる分かると頷く。
私も思い返せば何年告白しようと努力したか。
声は上擦るし、動悸のせいで息は吸えないし、手は震えるし、頭は真っ白になるし。
それでも言えた時は、清々しかった。
溢れる想いが止まらず走り出していた。
「あのっ!」
先程からあのあのばかり言っているが、彼は何も言わずジッと待っていた。
ようやく勇気が出たのか、グッと唇を噛み締め、拳を握ると、彼をまっすぐ見た。
「手合わせを、お願いしますっ!」
手合わせ?なんだそれは?
告白じゃなかったのか?
「もし、そこで俺が勝ったら、っ、俺の気持ちを聞いてもらっていいですかっ!」
「今言えばいいでしょ?」
ようやく口を開いて発した言葉は、最もだが冷たく突き刺さるかのような鋭さがあった。
「いや、あの、その・・・っ」
「早くしてよ。ずっと待ってるんだけど」
「今は、言えないんです。とても、勇気がなくて・・・。貴方に勝てたらきっと、言えると思うので」
「ふーん・・・」
面倒くさそうに頭を搔く。
そんな相手の態度にイルカの頭は下がり地面を見つめている。
「そしたら」
頼りない声で、だけど確かに言葉を続ける。
「そしたら、さよならと、言ってもらえますか?」
そうやって、終わるつもりなのか。
相手から拒絶される前に、自分の言葉で終わらせるのか。
それは寂しくて独りよがりで優しい別れ方だった。
「それで?」
だが、彼の方は意図が分かっているのか分かっていないのか相変わらず素っ気なく冷たい言葉で言い切る。
「オレが勝ったら何してもらえるの?」
「ええ?!えっと・・・それは、その・・・。い、今までの鬱憤を好きなだけ晴らしてもらったらと」
「ふーん」
ガリガリと興味なさそうに呟きながら頭を搔く。
「じゃあ、さっさと始めよう。時間無駄だし」
「は、はい。それではよろしくお願いします」
頭を下げると二人で向き合う。
ピリピリとした空気がただよう中、二人はスッと身構えた。
一瞬、何か動いたかと思ったら。
彼はイルカを押し倒していた。
「勝てると思った?」
首を押さえながら冷たい目で見下ろす。
あの目は危ない。一瞬でも動けば簡単に命を断ち切る。こんなに離れた場所にいる私でもゾクリと震えた。
たった一瞬。
たった一瞬で、勝負はついたのだ。
圧倒的な力の差。
それをありありと見せつけられた。
「オレに勝てると思ったの?」
冷たい声がキンキンに静まり返った辺り一面に響く。
「オレに勝って、告白して、オレがさよならって言ったら一人満足して仕事も住処も思い出もオレも、全て捨ててこの里出るつもりだった?」
透き通るような冷たい声は、痛々しくて悲しくて。
とても美しい。
「ふざけんじゃねぇぞ」
その声の冷たさに身震いしながら魅了された。
勘違いをしていた。
無関心の冷たさではない。
あれは、絶対零度の怒りだ。
「アンタはいつもそう。勝手に自分で決めて、誰の忠告も聞かずに自分が思ったことが正しいって思ってる。オレの気持ちも勝手に解釈して、勝手に思い込んで、オレの気持ち知ろうともしない。オレがどれだけ長い年月待ってたかなんてアンタは知らないんだっ!」
まるで塞き止められた想いが溢れるかのように、怒涛のように言葉を紡いだ。
「ずっと物欲しそうな顔して見てくるからいつ告白してくれるのかってずっと待ってたのに、アンタは勝手に諦めて・・・っ。だったらこっちからってしようとすると接近して思わせぶりな態度とってみたりして。じゃあって待ってると離れていって。ずっとその繰り返しだった。アンタどれだけオレを振り回せばいいの!?」
「そんな、俺、そんなつもりは・・・っ」
「故意だったらアンタ今頃オレの監禁部屋行きだからね!」
ヒッと小さく悲鳴をあげた。
それもそうだろう。全く偽りのない言葉にしか聞こえない。
「火影になることになったから、もう容赦せずオレのそばに離れられなくさせてやるって役職つけようとしたら、今度は里抜け?ここを出ていく?さよならだ?」
ドンドンッと地面を殴りつけている。
その姿は恐ろしくも必死で。
「アンタは何も分かってない・・・っ」
あぁ、なんてくだらない。
「オレがどれだけ・・・、どれだけアンタを・・・」
とんだ茶番だ。
「もーいい。アンタにスキを与えるとろくなこと考えないから」
米俵のように軽々しくイルカを担いだ。
バタバタと真っ赤になって暴れるイルカを諸共せず歩きだす。
「勝ったら何したっていいんでしょ?今までの鬱憤を好きなだけ晴らしていいんでしょ?すっっごく溜まってるからねぇえ、楽しみだーよ」
「カカシさんっ!」
抵抗虚しく抱えられたまま去っていった。あの姿は恥ずかしいが、目が笑っていない彼がそんなこと考える余裕などないだろう。
想いが通じあったのだ。
フフッと思わず笑ってしまう。
この後交尾でもするのかもしれない。彼はとりあえずスる気満々だったのだから。
どちらにしろイルカの長い長い片想いは報われた。
あの美しく泣く恋は、確かに実ったのだ。
明日から、仲睦まじく暮らしていくのだろう。
きっと。
きっと、隕石が降ってくることになっても。
「・・・・・・行くか」
これ以上の長居は不要だろう。
私は空を見上げた。
美しい夜空は、変わらず光り輝いていた。
「行こう、セバスチャン。何だか恋しくなってきた」
『慰めましょうか。温風ヒーターで』
「乾燥は肌の敵だから結構だ!」
キリッとキメ顔で言ってみたが、セバスチャンは全く動じてくれなかった。セバスチャンの欠点は可愛さが分からないところだ。
宇宙船を操作し、そのまま地球を出発した。
■■■
ハローハロー。
親愛なる貴方へ。
元気ですか。体調に変化はありませんか。
私は地球でエネルギーを補給したところです。ここのラーメンは絶品です。是非貴方に食べてもらいたい。私の名前であるメンマを貴方に味わってほしい。きっと好きになるでしょう。
地球人はラーメンが美味いだけではなく、とても興味深い生き物でした。規律が絶対で、周りを気にし、他者のことでぐるぐると悩み、想いと表情は一致せず、でかくて目は冷たいのに。
なんだかとても可愛らしい生き物です。
彼らも、私たちと同じように、同じような悩みで悩んだり怒ったり笑ったり泣いたりしてました。
あの日のことは少しも後悔していません。
私は国とともに死ぬことを選んだ貴方を、手に入らなければ死んでしまえと思いました。
だけど隕石は一部に当たり、星は焼きラーメンになったと、遠く離れた星で聞きました。
そして未だに王は未婚だと。
長い年月旅してきて、ようやく分かったことがあります。
私の心はもう貴方にあげたまま空っぽになってしまったのだと。
エネルギーを補給できたので、このまま真っ直ぐそちらに向かおうと思います。
貴方の声を聞かせてほしい。
ナルト兄さん。
もし、再び隕石が落ちてくることになったら。
今度は手と手をとって、最後まで貴方のそばにいたい。
親愛なる貴方へ。
そんな日が一日でも早く迎えられる日を楽しみにしています。
■■■
親愛なるメンマへ。
無事にエネルギーを補給できたと聞いて一安心しました。
こちらは前より少し暑くなりました。
焼きラーメンは好調です。冷やし中華が嫌いなメンマでも好きになると思います。焼きそばみたいと笑うかも知れませんが、焼きそばにメンマもナルトもいれないので、これはやっぱり焼きラーメンだと思います。
毎日メンマを食べています。
ないと、やはり寂しい。
メンマが言ってたことは正しかったと痛感してます。
メンマの心はここに置いていったと書いてありましたが、ここにはありません。
私の心も。
貴方があの日宇宙へ持っていってしまいました。
早く持って帰ってもらえないと、私の自慢のヒゲはストレスでなくなりそうです。
無事に帰ってくる日を、遠い故郷でずっと待ってます。
親愛なる貴方へ。
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