その日はぼーっとし、仕事にならなかった。
巻物に躓いて転んだり、書類をひっくり返すんだり、味噌汁に醤油をかけたり。
とにかく散々だった。
それもこれも全てカカシさんのせいだ。
夕方にようやく覚醒したが、状況は散々で、三代目から早く帰れと言われてしまった。
「全く。おぬしは何にも変わっておらんのぉ。半年ぐらい前にも同じようなことをしとったわ」
そう言われてカーッと顔が赤くなる。
他人には分からないが、恐らくその半年前にきっと、は、初めて彼と体を繋げたのだろう。多分。
(ぅあぁあああーっ!!)
出来るものなら里を叫びながら駆けずり回りたい。それかベッドの上で絶叫しながらのたうち回りたい。
だけどそんなことしている時間はない。
その時に返事をしなければならない。
答えはイエスかノーか。二つに一つだ。グレーゾーンはない。
嫌かと言われたら、そうではないと叫んでしまいたくなる。
ならいいのかと聞かれたら、頭抱えてのたうち回りたい。
だって本来の機能とは全く異なることをする訳だし。俺は初心者で未経験者なのにイキナリSMしようと言われたようなものだ。持ってるイメージが頭をよぎって身を竦ませる。そしてそれに抗う経験値がなさすぎるのだ。
せめて俺が攻めならいいのに。
そうすればきちんと責任感をもってする覚悟はある。
(夢の中の俺は・・・)
どのように覚悟したのだろうか。
彼はなんて言ってくれたのだろうか。
◇◇◇
鰻丼。
山芋とオクラ和え。
あさりの吸い物。
そして、アルコールの高い酒。
鰻はたまたまスーパーに売ってて、ちょっと季節外れだけど美味そうだったし。
山芋とオクラ和えるの美味くてマイブームだし、アサリは味噌汁の具に最適で。
別に精がつく料理ってわけじゃないけど。
誰にいうわけでもなく頭の中で言い訳をする。
だけど、帰ってきたカカシさんがその料理を見たままピタッと固まった。
「カ、カカシさんから食費頂いてるから鰻なんて買わせてもらいました。鰻いいですよね!俺好きなんですよ。美味いし元気になるし!あっ、いえ、元気ってほらカカシさん任務大変そうですから少しでも助けになればと思って。だからえっと、別に精がつく料理ってわけじゃなくて」
いらないことまでべらべら喋ってしまい、しまったと思った。これだと「今夜は頑張って」と暗にメッセージを送っているみたいだった。いや、そうじゃなくて、精がつくようにしたいのはむしろ俺の方で。俺がヤル気になれば勢いでどうにかなると思ったり。
飲みすぎると勃たなくなるらしいけど、酒の力を借りないと直視できないというか。
とにかく俺は頭の中パニックで爆発寸前だった。
「イルカ」
カカシさんが静かな声で呼ぶ。
絶対、これだから童貞は・・・、とニヤニヤされているのだろう。
わーもーすっげー恥ずかしいー。
だけど次の言葉がなく疑問に思って彼の方を見ると顔を背けていた。
何やってるんだ、コイツ。
まさか笑いをこらえいるんじゃないだろうな。
ムッとしながら顔をのぞき込むと。
真っ赤になった彼が口元を押さえていた。
途端、違う意味で恥ずかしくなる。
だってこの人、イケメンで。
きっとモテモテな人生を送ってきたはずなのに。
たかがこんなことで、なに照れてるんだ。
なんで、泣きそうなんだよ。
「ゴメン、先風呂入る」
「あ、うん・・・」
顔を背けたままさっさと風呂場に消えた。
残された俺は、込み上げてくる何かに口元を押さえた。
あんなに喜んでくれるなんて。
彼と出会えて良かった。
彼と恋人でよかった。
未来の俺はなんて幸運で、偉大なのだろう。
心から敬意を表したい。
残された俺は手持ち無沙汰になり、彼の荷物の片付けを始めた。
彼は大事なものは分けてくれ、とても片付けをしやすかった。
汚れ物は洗濯機に入れ、道具は押入れに片付ける。
ふと、押入れの奥に懐かしいモノを見つけた。
それは十代から大切にしている宝箱だった。
大事なものをそこに入れ、特殊な俺にしか開かない術をかけている。
両親を失ったあの日、失ったのは両親だけではなかった。家も家具も思い出も全部なくなった。
だから大事なものはキチンと保管しようとそれから作ってきた宝箱。
二十歳の俺は、ナルトと撮った写真をいれた。
カメラなんて入学写真以来と喜ぶナルトが堪らなくいじらしくて毎年撮ろうと約束した。
今、どれだけ増えているのだろうか。
ワクワクしながら術を解いた。
見慣れた物の、一番上に。
白い封筒があった。
癖のある字で「うみのイルカ殿」と書いてある。
その字は、紛れもなく「俺」の字だった。
一瞬でドッと嫌な汗をかいた。
コレは、マズイものだと直感した。
だけど俺の手は、まるで術にかかったように自然に手紙をとり、封を切った。
『うみのイルカ殿。
自分で自分の名前を書くのは何だか変な気がします。
まず、始めに記憶喪失になり、二十歳までの記憶しかないと思います。
それをしたのは、誰でもない「俺」です。
ごめんなさい。
何も知らず、カカシ先生のことすら知らない自分は二十歳だったので、禁術を使い、記憶喪失にしました。
そして、夢に今の俺たちの日常を見せているのも俺が故意にしてます。妄想や錯覚ではなくあれは確かに今の俺たちの日常なのです。
勿論全てに理由はあります。
今、貴方の日常にカカシ先生がいますよね?
突然俺が記憶を失い、彼は戸惑っているでしょう。それでもそばにいてくれていますよね?
俺がそうなるように仕向けていますから。
だけど、今の俺たちの出会いが仕向けられたとしたら、どうでしょうか。
実は俺がカカシ先生と出会ったのは偶然ではありません。
ナルトの上忍師になるもっと前に、俺と彼は出会っています。
表向きは、ナルトの上忍師として素質があるか調べるため。
最も俺に依頼してきた方たちは、彼が裏切らないか、ひいては自分たちを殺すつもりはないか、それをずっと調べていて、新たな情報源が欲しかったのでしょう。
その思惑を知っても尚、俺は依頼を受けました。ただただ、ナルトが心配だったからです。そんな問題のある方に任せるなんて出来ない、俺が見極めてやると思っていました。
たかがアカデミー中忍なのに。
思い上がっていたのです。
受付をしている俺にはそれなりにチャンスがありました。それをフルに使い、彼に近づきました。
結果は上手くいきました。
いや、上手く行き過ぎたのです。
俺は彼と付き合うことになったのです。
おかしな話ですよね。俺も未だにどうしてそうなったのかハッキリと分からないのです。
付き合えば、もっと深く彼のことを知れると、ただそれだけを思いました。思うことにしました。
段々と俺の生活の中に彼がいるようになっていきました。
彼といるのが当たり前で、彼が隣にいて当然で。
それと比例して彼の情報は少なくなっていたのには目をつぶっていました。そのうち大きな情報が手に入るはずだと思っていました。
だけど、俺の心の中ではいつも思っていました。
どうして彼が俺のことを好きになってくれたのか。
取り立て良いところなど見当たらない、彼にとっては平凡でどこにでもいる男です。
だけど、俺はその理由を知ってしまったのです。
誰でもない、俺に依頼してきた方たちに。
彼もまた、俺のことを調べていたのです。
それを知った時。
それを知って納得するよりも前に。
怒りを感じた自分自身に。
俺は自分を見失いました。
俺は彼との関係が上手く行き過ぎて、自分の気持ちも彼の気持ちも分からなくなったのです。
俺は彼を好きなのか。
彼は俺を好きなのか。
本当は任務のためにしているだけなのではないか。
ただ、上手くいった現実に、高名な上忍を手玉に取れたことに酔いしれているのではないか。
彼は俺をからかっているだけではないか。
疑えばキリがない。
信じるだけの根拠もない。
宙ぶらりんになったこの気持ちの持っていきようが分からなくなったのです。
それなら、こんな記憶封じてしまえと思ったのです。
愚かなことでしょうか。
今まで恋愛を避けてきた結果でしょうか。
ですが、俺にはこれしか浮かびませんでした。
それしかできない自分の無力さを痛感します。
今は幸せですか。
これを読んでもなお、彼のことを好きだと思えますか。
自信を持って頷けることを願っています。
うみのイルカ』
ぐしゃぐしゃにして破り捨てたい気持ちを何とか堪える。
何だこれ。
何だよっ。
こんな手紙自分が書いたかと思うと腹立たしかった。
酷い手紙だ。
上部だけの言葉しか書いてない。
こんな手紙意味がない。
からっぽの手紙だ。
情けなくて叱りつたくて堪らない。
頭がぐちゃぐちゃだ。
当たり前だ。まるで天地がひっくり返ったような事がおこったのだから。
自分で記憶を弄った?
彼のことを調べていた?
調べるために付き合った?
彼も俺のことを調べてた?
自分の気持ちがわからない?
だから記憶を封じた?
そんなのおかしい。
間違っている。
そんなことして何になる。
それで解決できると思っているのか。
くだらない。
バカげている。
さっさと三代目に報告して記憶を直してもらおう。ついでに叱ってもらおう。こんなことして周りに迷惑かけるなんて馬鹿じゃないのか。
彼にも。
カカシさんにも伝えよう。
『今、貴方の日常にカカシ先生がいますよね?
突然俺が記憶を失い、彼は戸惑っているでしょう』
その時、手紙の一文を思い出した。
ハッと思い、手紙を読み直す。
まてよ。これって変じゃないか。
ここには、俺が記憶を失い、彼は戸惑うと書いてある。
彼だって。
彼だって記憶を失っていたのに。
なんで、カカシさんまで記憶を失っているんだ?
彼もまた、現代の夢を見るのは何故だ?
ヒヤッとした。
頭が真っ白になり、上手く息を吸えない。
俺は俺の判断で俺の記憶を弄ったのだ。
彼もしたのか?
何故?
そんな必要は全くない。
彼の記憶も俺が弄ったのか?
何のために?
それに彼の記憶を彼の意思関係なく弄れるほどの力が俺にあるとは思えない。
ならば彼もまた記憶を弄ったのか?
理由は?
全く理由が浮かばなかった。そんなことをしてまで得られることなど何かあるだろうか。
いや、まてよ。
例えば。
例えば、彼が。
彼が、俺の記憶も、彼の記憶も弄ったとしたら、どうだろうか。
前提が俺ではなく、彼なら。
俺の意思があってもなくても弄れるだけの力は、ある。
この手紙だって。
この手紙だって、操ってでもなんでも書ける。
バカな。
慌てて首をふる。
彼を疑うなんて最低だ。
それに理由がない。
彼が、俺の記憶も、彼の記憶も弄って封じてしまう理由が。
それこそ、彼にとって不利益な理由が記憶の中にある、とか。
グシャと手紙を握りつぶした。
そんなことあるはずない。
夢に出てきた、あのカカシ先生だぞ。
俺の、カカシさんがだぞ。
そんな人のはずあるかっ!
手紙を宝箱に投げ入れ、片付ける。
冷めたあさりの吸い物を温める。
くだらない。
誰が惑わされるか。
過去がどうあれ、俺は今いるカカシさんを信じる。
意地悪で口を開けば悪口ばかりで。
だけど人の気持ちには人一倍敏感でなのに自分の気持ちを伝えるのは人一倍下手て不器用な優しさしか表現できない。
そんな彼が、愛おしかった。
いらないなら。
彼と過ごした記憶がいらないなら。
俺に全部くれ。
過去も、今も、未来も。
俺が、彼と一緒に生きてやる。
要は俺が何を信じ、どうするかだ。
真実がどうであれ。
俺は彼を信じる。
彼と生きていく。
ちょうど温めなおしたところに彼が上がってきた。
今日はノースリーブにハーフパンツだがしっかりと服を着ていた。
それがおかしくてクスクス笑うとムッとされた。
「ナニ?」
「いえ、別に」
「ふーん・・・」
プイッとそっぽを向くと定位置に座った。その子どもっぽい姿が可笑しかった。
「いただきます」
「・・・・・・きます」
ホカホカの鰻を食べる。鰻なんて何年ぶりに食べた。本当は赤飯にしようか迷ったが、明日にしてみた。とにかく今日は前祝いというか目出度いというか、二十年間大事にしてきたのを捨てる日というか、大人の階段を上がるというか。
とにかく大切な日なのだから。
「鰻ってやっぱり美味いですね!ご飯に合う!俺混ぜご飯は嫌いですが、ひつまぶしは好きなんですよ。やっぱり鰻は魚の中で飛び抜けて美味いですよね。値段は高いけど。特にこのタレが」
「イルカって、緊張すると口数増えるんだね」
見ると呆れたような顔でこちらを見ていた。
緊張!いやいや俺は鰻の良さを知らしめたいだけで、そんなこれから童貞さんと卒業式するからといって緊張なんてそんなそんな。
「いいから黙って食べな」
そう言われて口をへの字に曲げた。
が、よく見るとさっきから彼の耳が赤い。
もしかして、とふと思う。
「・・・カカシさんって、緊張すると無口になるタイプですか」
瞬間お茶をブーッと吹き出した。
「あのねっ!!」
「図星なんですか。カカシさんってかわい」
「アンタって本当ムードとか知らないの!?だからアンタは童貞でモテなくて空気読めないんだよっ!!」
「なっ!そりゃ全部よく言われますが、それを引っ括めてイルカの良いところだって母ちゃんが」
「今、親の話するなっ!萎えるだろっ!」
萎える?そうかなぁ。
うーんと考えるいてると、カカシさんはあーもーっと叫びながら頭をかいた。
「緊張してるよ!当たり前でしょ!アンタと初めての夜なんだからっ!」
そう言うとガツガツと飯を食った。
今度は俺の方が赤面する。
この人は・・・っ。
普段意地悪で、いらない一言ばかり言ってるくせに、ストレートに気持ちぶつけたりして、それが計算っぽくなくて、だから余計心に響く。
俺もガツガツと飯を食べた。
せっかくの鰻なのに、さっぱり味が分からなかった。
食べ終わると、何だか気恥ずかしくなって、そそくさと食器を洗った。
ぐるぐると頭の中に巡るのは昨日の夢だ。
あんな感じにできるだろうか。
初めてだし。
痛くないのだろうか。
あんなデカいの入るのか。
悶々と考えているとスルッと腕が腰に絡みついた。
首元に息がかかり、ビクッとなる。
「イルカ・・・」
擦れた色っぽい声で名前を呼ばれてい腰が抜けそうだ。
なんて声で誘うんだよ。
「カカカカカカシさっ」
「カが多い」
「あああの、もうすぐ終わりますからっ」
「ん」
頷きながらもその場から離れない。
さっきから首元にキスしてきたり、匂いをかいだり、舐めてみたり、忙しなく動いている。
「カカシさ・・・っ」
「あとはオレがやるから」
「あのっ、ここでは」
「分かってる」
そう言うとヒョイッと抱き抱えた。
しかもこれは俗に言うお姫様抱っこで。
「カカシさっ、やめっ!」
「何よ。危ないから暴れないで」
「恥ずかしいですっ!」
「何で?恋人って抱える時この格好だって常識でしょ?」
どこの常識だ!!
もしかしてあの如何わしい本か!?
そのまま優しくベッドにおろされる。まるで女の子を相手しているかのようでカァァッとなる。
寝転がると電気の光が眩しくて、ハッとなる。
こんな明かりの中、彼に見られるなんて恥ずかしくて死ぬっ!
「カカシさんっ、電気!」
だけどカカシさんはそのまま真顔で俺の上にのしかかった。
「イイコだから黙って」
そして、そのまま唇を合わした。
三度目のキスは、勢い任せの荒いキスだった。
ゆっくりと服を脱がされる。
ベッドに裸で寝るなんて初めてで、体はスースーするし、ベッドは狭いから至るところに彼の体があった。
カカシさんは確かめるように、全裸の俺の体に指を這わせた。
「カカシさん、見ないで・・・」
なんでそんなにジッと見つめられるのだろう。AVで見たことのあるセックスとは異なり何だか体を調べられているかのようだった。
「傷多いね」
「忍ですから」
「筋肉もそれなりにあるし、男のカラダだねぇ」
そんな当たり前のことを聞いてくる。
だったら何だ?
夢と同じだろう。
(まさか)
まさか、夢と現実は違って男は抱けないとでも言うのだろうか。
いやまあそもそも可笑しい話だが。
男が男の体で欲情するなんて。
同じ体なのに。
(そりゃ、そうだけど・・・)
だけどペシャンコになっていく気持ちは何だろう。
シたくないなら、止めればいい。
別にシなくても支障はない。今みたいに暮らしていければ、別にいい。
彼から隠れるように体を捻った。
「ちょっと、何してるの?」
「シないならどけでください」
「はぁ?アンタただつっこめばいいとか思ってるの?ちゃんと慣らさないと入るわけないでしょ?」
これだから童貞は・・・と何だか呆れられた。
悪かったなぁ、童貞で!
というか、違うわ!
「さっきからジロジロ見て何なんですか!」
「何って、全然知らないなぁって思って」
そう言いながら、背中の大きな傷を撫でた。
これは、俺がナルトを庇って出来た傷らしい。
「これなんか、下手したら死んでた」
「そうですね」
「そしたら、一生オレはイルカのこと知らずに生きていくのか」
それは、どうだろう。
そんな人山のようにいるし、出会ったって顔見知り程度で終わる人も山のようにいる。
俺たちは、普通に、それこそナルトたちの上忍師と元担任で出会ったら。
今のような関係でいられただろうか。
それなら。
どんな関係であっても、出会えたことに感謝すべきか。
「カカシさ・・・」
ゴリッと彼の下半身に触れてしまった。
そこは今朝同様、既に戦闘モードだった。
「あ、もぅビビらせないように触らせないようにしてたのに。イルカってエッチだね」
「いいいいいや、ちょっと待っ」
「はいはい。そういうのいいから。ちょっと体見せて」
そう言うと頭を下半身に埋めた。
突然のことに悲鳴も挙げられなかった。
「ここ暫く使ってなかったからしっかり閉じてるけど、オレの指入れたらいれてくれた。体は覚えているんだね。可愛いー」
今までに感じたことない異物感に何とも言えない。だけど、体は何故か受け入れていて、俺のはゆっくりと立ち上がる。
「カカシさっ、変っ、へんっ」
「変じゃないでしょ?こうやって抱き合ってきたんだから。ちゃんと覚えてて偉いねぇ。指増やすよ」
二本入れられるとグチュッとナカから音がした。体はすでに受け入れることを望んでいる。これが普通ではないことぐらい分かった。元々座薬を入れるのだって一苦労したのに、他人の指があんな簡単に入るなんて信じられない。
まるで俺の体だけ、他の人と入れ替わったようだった。
(やだ、怖い・・・っ)
「カカシさんっ、怖いこわいっ」
「イルカ?」
まるで体が他人のようで。彼から愛されてのが他人からの借り物のようだった。
嫌だ。
そんなの嫌だ。
俺を見てほしい。
本当の俺を。
「カカシさん、こわぃ・・・っ」
泣きじゃくりながら見上げると、彼は目を見開いたまま固まった。
どうしたのか分からず彼の腕をギュッと掴むと、ギロッと目が動いた。
「ーーーっ、あのさぁ!」
「え?え?」
「オレが、どれだけガマンしてるか分かる?分からないよね?分からないからそうやって誘ってるんだよね?いや分かってるから誘ってんの?そうやってオレのこと試してるの?ねぇ!?」
「はぁ!?誘ってるってなんですか?俺、体が全然いうことを聞かなくて・・・」
「ーーっ、そういうのが!あーもーヤだ。なにこの天然っ!小悪魔!オレがカッコよくリードしてあげたいのに全然上手くいかない」
カッコよく?リード?
そんなことしなくてもカッコイイくせに、何言ってるんだろう。
キョトンとすると、鼻をむぎゅっとつままれた。
「余裕ないんだから、あんまり可愛いコト言わないで」
「だって、体が・・・」
「そりゃ現代で付き合って、ヤりまくってるんだから当然でしょ?」
そう言われればそうだけど。
だけど、それは俺じゃない気がして堪らない。
「カカシさんは、夢と同じ反応だから、嬉しいんですか?」
彼は夢でみた行為がようやく現実になったからこんなにも喜んでいるのだろうか。
無意識に言ってみて、そんなことが気になっていたのかとようやく理解した。
エロくて彼に敏感に反応してくれる体なら、彼は喜んでくれるのか。そんな人なら誰でもいいのか。
弱気になってる。
分かってる。
あの手紙が、やはりどこかで引っかかってる。忘れたフリ、見なかったフリをしてもどこかで心にひっかかる。
あの幸せそうだった二人が嘘だったなんて信じられない。あの二人に少しも気持ちがなかったなんて思いたくない。
だったら今感じる俺の気持ちはなんなのだ。
恋だと思った。
だけど初めて感じるこの気持ちは、本当に恋かどうか誰にも、俺にも分からない。
だけど確かだったのは夢の二人だ。
あの二人が、幸せそうで愛し合っていたから、俺も誰でもないカカシさんとそうなりたいと思ったから、これが恋だと分かった。
だけどその根本である夢の二人が崩れたら。
この気持ちだって違うのではないかと思ってしまう。
ただ弱気になって、手近な人と紛らわせているだけとか。
疑似恋愛を楽しんでみたいとか。
そんな風に思ってしまう。
俺の初めての恋なのに。
言葉なんて簡単だ。
嘘も本当も同じ言葉だ。
違いは気持ちだけ。
だけどその気持ちは本人しか分からない。
本人さえ分からなくなってしまった言葉はただの音で、ただの記号だ。
俺はその音や記号を聞いたって、分からない。
それが悲しいのだ。
「どうしたの?」
彼は不安そうに俺を見下ろした。
そう聞かれてもどう答えていいのか分からない。何が正解で何が正しいのか分からないのだ。
泣きながら首を振る俺をそっと撫でてくれた。
「・・・オレは、お世辞とか苦手だからうまく言えないけど。今欲情してるのはイルカのそのエロい顔だから」
「・・・・・・は?」
思いもよらない言葉に涙が引っ込む。
「感じたこともない快楽に悶えながらも戸惑いつつそれを恐怖に思いオレに縋ってくるイルカ、すっげーかわいい」
「バッ!!」
何だよそれ!
ってかどんな顔だ!?
思わず腕で顔を隠すと「そういうのもヤバい」とか意味不明なことを言ってくる。ヤバいのはお前の頭だ!
「怖いなら目をつぶってて。声が聞きたくないなら耳を塞いであげる。何にも考えないで。ただ感じて。そうやって感じたものだけが、確かなモノだから」
目をつぶり、耳を塞がれると、真っ暗で何も無い。
ナカはまるで炎の中にいるように熱くて、海の底にいるかのように心地いい。
イルカ。
どこかで呼ばれる声がした。
その瞬間、感じたモノを、俺はなんて言ったらいいか分からない。
痛みであり痛みでない、心地良いとは違う。
だけど何故か満たされた。
ぎゅっと包まれる彼から愛おしい匂いがした。
あぁ、彼だ。
カカシさんだ。
カカシさんが、俺のナカに来てくれた。
カカシさん。
カカシさん。
どこにも行かないで。
ずっと傍にいて。
俺はずっと、ずっと・・・
「イルカ、イルカ」
荒い息と共に彼の声が聞こえる。
その言葉に、本当も嘘もない。
巻物に躓いて転んだり、書類をひっくり返すんだり、味噌汁に醤油をかけたり。
とにかく散々だった。
それもこれも全てカカシさんのせいだ。
夕方にようやく覚醒したが、状況は散々で、三代目から早く帰れと言われてしまった。
「全く。おぬしは何にも変わっておらんのぉ。半年ぐらい前にも同じようなことをしとったわ」
そう言われてカーッと顔が赤くなる。
他人には分からないが、恐らくその半年前にきっと、は、初めて彼と体を繋げたのだろう。多分。
(ぅあぁあああーっ!!)
出来るものなら里を叫びながら駆けずり回りたい。それかベッドの上で絶叫しながらのたうち回りたい。
だけどそんなことしている時間はない。
その時に返事をしなければならない。
答えはイエスかノーか。二つに一つだ。グレーゾーンはない。
嫌かと言われたら、そうではないと叫んでしまいたくなる。
ならいいのかと聞かれたら、頭抱えてのたうち回りたい。
だって本来の機能とは全く異なることをする訳だし。俺は初心者で未経験者なのにイキナリSMしようと言われたようなものだ。持ってるイメージが頭をよぎって身を竦ませる。そしてそれに抗う経験値がなさすぎるのだ。
せめて俺が攻めならいいのに。
そうすればきちんと責任感をもってする覚悟はある。
(夢の中の俺は・・・)
どのように覚悟したのだろうか。
彼はなんて言ってくれたのだろうか。
◇◇◇
鰻丼。
山芋とオクラ和え。
あさりの吸い物。
そして、アルコールの高い酒。
鰻はたまたまスーパーに売ってて、ちょっと季節外れだけど美味そうだったし。
山芋とオクラ和えるの美味くてマイブームだし、アサリは味噌汁の具に最適で。
別に精がつく料理ってわけじゃないけど。
誰にいうわけでもなく頭の中で言い訳をする。
だけど、帰ってきたカカシさんがその料理を見たままピタッと固まった。
「カ、カカシさんから食費頂いてるから鰻なんて買わせてもらいました。鰻いいですよね!俺好きなんですよ。美味いし元気になるし!あっ、いえ、元気ってほらカカシさん任務大変そうですから少しでも助けになればと思って。だからえっと、別に精がつく料理ってわけじゃなくて」
いらないことまでべらべら喋ってしまい、しまったと思った。これだと「今夜は頑張って」と暗にメッセージを送っているみたいだった。いや、そうじゃなくて、精がつくようにしたいのはむしろ俺の方で。俺がヤル気になれば勢いでどうにかなると思ったり。
飲みすぎると勃たなくなるらしいけど、酒の力を借りないと直視できないというか。
とにかく俺は頭の中パニックで爆発寸前だった。
「イルカ」
カカシさんが静かな声で呼ぶ。
絶対、これだから童貞は・・・、とニヤニヤされているのだろう。
わーもーすっげー恥ずかしいー。
だけど次の言葉がなく疑問に思って彼の方を見ると顔を背けていた。
何やってるんだ、コイツ。
まさか笑いをこらえいるんじゃないだろうな。
ムッとしながら顔をのぞき込むと。
真っ赤になった彼が口元を押さえていた。
途端、違う意味で恥ずかしくなる。
だってこの人、イケメンで。
きっとモテモテな人生を送ってきたはずなのに。
たかがこんなことで、なに照れてるんだ。
なんで、泣きそうなんだよ。
「ゴメン、先風呂入る」
「あ、うん・・・」
顔を背けたままさっさと風呂場に消えた。
残された俺は、込み上げてくる何かに口元を押さえた。
あんなに喜んでくれるなんて。
彼と出会えて良かった。
彼と恋人でよかった。
未来の俺はなんて幸運で、偉大なのだろう。
心から敬意を表したい。
残された俺は手持ち無沙汰になり、彼の荷物の片付けを始めた。
彼は大事なものは分けてくれ、とても片付けをしやすかった。
汚れ物は洗濯機に入れ、道具は押入れに片付ける。
ふと、押入れの奥に懐かしいモノを見つけた。
それは十代から大切にしている宝箱だった。
大事なものをそこに入れ、特殊な俺にしか開かない術をかけている。
両親を失ったあの日、失ったのは両親だけではなかった。家も家具も思い出も全部なくなった。
だから大事なものはキチンと保管しようとそれから作ってきた宝箱。
二十歳の俺は、ナルトと撮った写真をいれた。
カメラなんて入学写真以来と喜ぶナルトが堪らなくいじらしくて毎年撮ろうと約束した。
今、どれだけ増えているのだろうか。
ワクワクしながら術を解いた。
見慣れた物の、一番上に。
白い封筒があった。
癖のある字で「うみのイルカ殿」と書いてある。
その字は、紛れもなく「俺」の字だった。
一瞬でドッと嫌な汗をかいた。
コレは、マズイものだと直感した。
だけど俺の手は、まるで術にかかったように自然に手紙をとり、封を切った。
『うみのイルカ殿。
自分で自分の名前を書くのは何だか変な気がします。
まず、始めに記憶喪失になり、二十歳までの記憶しかないと思います。
それをしたのは、誰でもない「俺」です。
ごめんなさい。
何も知らず、カカシ先生のことすら知らない自分は二十歳だったので、禁術を使い、記憶喪失にしました。
そして、夢に今の俺たちの日常を見せているのも俺が故意にしてます。妄想や錯覚ではなくあれは確かに今の俺たちの日常なのです。
勿論全てに理由はあります。
今、貴方の日常にカカシ先生がいますよね?
突然俺が記憶を失い、彼は戸惑っているでしょう。それでもそばにいてくれていますよね?
俺がそうなるように仕向けていますから。
だけど、今の俺たちの出会いが仕向けられたとしたら、どうでしょうか。
実は俺がカカシ先生と出会ったのは偶然ではありません。
ナルトの上忍師になるもっと前に、俺と彼は出会っています。
表向きは、ナルトの上忍師として素質があるか調べるため。
最も俺に依頼してきた方たちは、彼が裏切らないか、ひいては自分たちを殺すつもりはないか、それをずっと調べていて、新たな情報源が欲しかったのでしょう。
その思惑を知っても尚、俺は依頼を受けました。ただただ、ナルトが心配だったからです。そんな問題のある方に任せるなんて出来ない、俺が見極めてやると思っていました。
たかがアカデミー中忍なのに。
思い上がっていたのです。
受付をしている俺にはそれなりにチャンスがありました。それをフルに使い、彼に近づきました。
結果は上手くいきました。
いや、上手く行き過ぎたのです。
俺は彼と付き合うことになったのです。
おかしな話ですよね。俺も未だにどうしてそうなったのかハッキリと分からないのです。
付き合えば、もっと深く彼のことを知れると、ただそれだけを思いました。思うことにしました。
段々と俺の生活の中に彼がいるようになっていきました。
彼といるのが当たり前で、彼が隣にいて当然で。
それと比例して彼の情報は少なくなっていたのには目をつぶっていました。そのうち大きな情報が手に入るはずだと思っていました。
だけど、俺の心の中ではいつも思っていました。
どうして彼が俺のことを好きになってくれたのか。
取り立て良いところなど見当たらない、彼にとっては平凡でどこにでもいる男です。
だけど、俺はその理由を知ってしまったのです。
誰でもない、俺に依頼してきた方たちに。
彼もまた、俺のことを調べていたのです。
それを知った時。
それを知って納得するよりも前に。
怒りを感じた自分自身に。
俺は自分を見失いました。
俺は彼との関係が上手く行き過ぎて、自分の気持ちも彼の気持ちも分からなくなったのです。
俺は彼を好きなのか。
彼は俺を好きなのか。
本当は任務のためにしているだけなのではないか。
ただ、上手くいった現実に、高名な上忍を手玉に取れたことに酔いしれているのではないか。
彼は俺をからかっているだけではないか。
疑えばキリがない。
信じるだけの根拠もない。
宙ぶらりんになったこの気持ちの持っていきようが分からなくなったのです。
それなら、こんな記憶封じてしまえと思ったのです。
愚かなことでしょうか。
今まで恋愛を避けてきた結果でしょうか。
ですが、俺にはこれしか浮かびませんでした。
それしかできない自分の無力さを痛感します。
今は幸せですか。
これを読んでもなお、彼のことを好きだと思えますか。
自信を持って頷けることを願っています。
うみのイルカ』
ぐしゃぐしゃにして破り捨てたい気持ちを何とか堪える。
何だこれ。
何だよっ。
こんな手紙自分が書いたかと思うと腹立たしかった。
酷い手紙だ。
上部だけの言葉しか書いてない。
こんな手紙意味がない。
からっぽの手紙だ。
情けなくて叱りつたくて堪らない。
頭がぐちゃぐちゃだ。
当たり前だ。まるで天地がひっくり返ったような事がおこったのだから。
自分で記憶を弄った?
彼のことを調べていた?
調べるために付き合った?
彼も俺のことを調べてた?
自分の気持ちがわからない?
だから記憶を封じた?
そんなのおかしい。
間違っている。
そんなことして何になる。
それで解決できると思っているのか。
くだらない。
バカげている。
さっさと三代目に報告して記憶を直してもらおう。ついでに叱ってもらおう。こんなことして周りに迷惑かけるなんて馬鹿じゃないのか。
彼にも。
カカシさんにも伝えよう。
『今、貴方の日常にカカシ先生がいますよね?
突然俺が記憶を失い、彼は戸惑っているでしょう』
その時、手紙の一文を思い出した。
ハッと思い、手紙を読み直す。
まてよ。これって変じゃないか。
ここには、俺が記憶を失い、彼は戸惑うと書いてある。
彼だって。
彼だって記憶を失っていたのに。
なんで、カカシさんまで記憶を失っているんだ?
彼もまた、現代の夢を見るのは何故だ?
ヒヤッとした。
頭が真っ白になり、上手く息を吸えない。
俺は俺の判断で俺の記憶を弄ったのだ。
彼もしたのか?
何故?
そんな必要は全くない。
彼の記憶も俺が弄ったのか?
何のために?
それに彼の記憶を彼の意思関係なく弄れるほどの力が俺にあるとは思えない。
ならば彼もまた記憶を弄ったのか?
理由は?
全く理由が浮かばなかった。そんなことをしてまで得られることなど何かあるだろうか。
いや、まてよ。
例えば。
例えば、彼が。
彼が、俺の記憶も、彼の記憶も弄ったとしたら、どうだろうか。
前提が俺ではなく、彼なら。
俺の意思があってもなくても弄れるだけの力は、ある。
この手紙だって。
この手紙だって、操ってでもなんでも書ける。
バカな。
慌てて首をふる。
彼を疑うなんて最低だ。
それに理由がない。
彼が、俺の記憶も、彼の記憶も弄って封じてしまう理由が。
それこそ、彼にとって不利益な理由が記憶の中にある、とか。
グシャと手紙を握りつぶした。
そんなことあるはずない。
夢に出てきた、あのカカシ先生だぞ。
俺の、カカシさんがだぞ。
そんな人のはずあるかっ!
手紙を宝箱に投げ入れ、片付ける。
冷めたあさりの吸い物を温める。
くだらない。
誰が惑わされるか。
過去がどうあれ、俺は今いるカカシさんを信じる。
意地悪で口を開けば悪口ばかりで。
だけど人の気持ちには人一倍敏感でなのに自分の気持ちを伝えるのは人一倍下手て不器用な優しさしか表現できない。
そんな彼が、愛おしかった。
いらないなら。
彼と過ごした記憶がいらないなら。
俺に全部くれ。
過去も、今も、未来も。
俺が、彼と一緒に生きてやる。
要は俺が何を信じ、どうするかだ。
真実がどうであれ。
俺は彼を信じる。
彼と生きていく。
ちょうど温めなおしたところに彼が上がってきた。
今日はノースリーブにハーフパンツだがしっかりと服を着ていた。
それがおかしくてクスクス笑うとムッとされた。
「ナニ?」
「いえ、別に」
「ふーん・・・」
プイッとそっぽを向くと定位置に座った。その子どもっぽい姿が可笑しかった。
「いただきます」
「・・・・・・きます」
ホカホカの鰻を食べる。鰻なんて何年ぶりに食べた。本当は赤飯にしようか迷ったが、明日にしてみた。とにかく今日は前祝いというか目出度いというか、二十年間大事にしてきたのを捨てる日というか、大人の階段を上がるというか。
とにかく大切な日なのだから。
「鰻ってやっぱり美味いですね!ご飯に合う!俺混ぜご飯は嫌いですが、ひつまぶしは好きなんですよ。やっぱり鰻は魚の中で飛び抜けて美味いですよね。値段は高いけど。特にこのタレが」
「イルカって、緊張すると口数増えるんだね」
見ると呆れたような顔でこちらを見ていた。
緊張!いやいや俺は鰻の良さを知らしめたいだけで、そんなこれから童貞さんと卒業式するからといって緊張なんてそんなそんな。
「いいから黙って食べな」
そう言われて口をへの字に曲げた。
が、よく見るとさっきから彼の耳が赤い。
もしかして、とふと思う。
「・・・カカシさんって、緊張すると無口になるタイプですか」
瞬間お茶をブーッと吹き出した。
「あのねっ!!」
「図星なんですか。カカシさんってかわい」
「アンタって本当ムードとか知らないの!?だからアンタは童貞でモテなくて空気読めないんだよっ!!」
「なっ!そりゃ全部よく言われますが、それを引っ括めてイルカの良いところだって母ちゃんが」
「今、親の話するなっ!萎えるだろっ!」
萎える?そうかなぁ。
うーんと考えるいてると、カカシさんはあーもーっと叫びながら頭をかいた。
「緊張してるよ!当たり前でしょ!アンタと初めての夜なんだからっ!」
そう言うとガツガツと飯を食った。
今度は俺の方が赤面する。
この人は・・・っ。
普段意地悪で、いらない一言ばかり言ってるくせに、ストレートに気持ちぶつけたりして、それが計算っぽくなくて、だから余計心に響く。
俺もガツガツと飯を食べた。
せっかくの鰻なのに、さっぱり味が分からなかった。
食べ終わると、何だか気恥ずかしくなって、そそくさと食器を洗った。
ぐるぐると頭の中に巡るのは昨日の夢だ。
あんな感じにできるだろうか。
初めてだし。
痛くないのだろうか。
あんなデカいの入るのか。
悶々と考えているとスルッと腕が腰に絡みついた。
首元に息がかかり、ビクッとなる。
「イルカ・・・」
擦れた色っぽい声で名前を呼ばれてい腰が抜けそうだ。
なんて声で誘うんだよ。
「カカカカカカシさっ」
「カが多い」
「あああの、もうすぐ終わりますからっ」
「ん」
頷きながらもその場から離れない。
さっきから首元にキスしてきたり、匂いをかいだり、舐めてみたり、忙しなく動いている。
「カカシさ・・・っ」
「あとはオレがやるから」
「あのっ、ここでは」
「分かってる」
そう言うとヒョイッと抱き抱えた。
しかもこれは俗に言うお姫様抱っこで。
「カカシさっ、やめっ!」
「何よ。危ないから暴れないで」
「恥ずかしいですっ!」
「何で?恋人って抱える時この格好だって常識でしょ?」
どこの常識だ!!
もしかしてあの如何わしい本か!?
そのまま優しくベッドにおろされる。まるで女の子を相手しているかのようでカァァッとなる。
寝転がると電気の光が眩しくて、ハッとなる。
こんな明かりの中、彼に見られるなんて恥ずかしくて死ぬっ!
「カカシさんっ、電気!」
だけどカカシさんはそのまま真顔で俺の上にのしかかった。
「イイコだから黙って」
そして、そのまま唇を合わした。
三度目のキスは、勢い任せの荒いキスだった。
ゆっくりと服を脱がされる。
ベッドに裸で寝るなんて初めてで、体はスースーするし、ベッドは狭いから至るところに彼の体があった。
カカシさんは確かめるように、全裸の俺の体に指を這わせた。
「カカシさん、見ないで・・・」
なんでそんなにジッと見つめられるのだろう。AVで見たことのあるセックスとは異なり何だか体を調べられているかのようだった。
「傷多いね」
「忍ですから」
「筋肉もそれなりにあるし、男のカラダだねぇ」
そんな当たり前のことを聞いてくる。
だったら何だ?
夢と同じだろう。
(まさか)
まさか、夢と現実は違って男は抱けないとでも言うのだろうか。
いやまあそもそも可笑しい話だが。
男が男の体で欲情するなんて。
同じ体なのに。
(そりゃ、そうだけど・・・)
だけどペシャンコになっていく気持ちは何だろう。
シたくないなら、止めればいい。
別にシなくても支障はない。今みたいに暮らしていければ、別にいい。
彼から隠れるように体を捻った。
「ちょっと、何してるの?」
「シないならどけでください」
「はぁ?アンタただつっこめばいいとか思ってるの?ちゃんと慣らさないと入るわけないでしょ?」
これだから童貞は・・・と何だか呆れられた。
悪かったなぁ、童貞で!
というか、違うわ!
「さっきからジロジロ見て何なんですか!」
「何って、全然知らないなぁって思って」
そう言いながら、背中の大きな傷を撫でた。
これは、俺がナルトを庇って出来た傷らしい。
「これなんか、下手したら死んでた」
「そうですね」
「そしたら、一生オレはイルカのこと知らずに生きていくのか」
それは、どうだろう。
そんな人山のようにいるし、出会ったって顔見知り程度で終わる人も山のようにいる。
俺たちは、普通に、それこそナルトたちの上忍師と元担任で出会ったら。
今のような関係でいられただろうか。
それなら。
どんな関係であっても、出会えたことに感謝すべきか。
「カカシさ・・・」
ゴリッと彼の下半身に触れてしまった。
そこは今朝同様、既に戦闘モードだった。
「あ、もぅビビらせないように触らせないようにしてたのに。イルカってエッチだね」
「いいいいいや、ちょっと待っ」
「はいはい。そういうのいいから。ちょっと体見せて」
そう言うと頭を下半身に埋めた。
突然のことに悲鳴も挙げられなかった。
「ここ暫く使ってなかったからしっかり閉じてるけど、オレの指入れたらいれてくれた。体は覚えているんだね。可愛いー」
今までに感じたことない異物感に何とも言えない。だけど、体は何故か受け入れていて、俺のはゆっくりと立ち上がる。
「カカシさっ、変っ、へんっ」
「変じゃないでしょ?こうやって抱き合ってきたんだから。ちゃんと覚えてて偉いねぇ。指増やすよ」
二本入れられるとグチュッとナカから音がした。体はすでに受け入れることを望んでいる。これが普通ではないことぐらい分かった。元々座薬を入れるのだって一苦労したのに、他人の指があんな簡単に入るなんて信じられない。
まるで俺の体だけ、他の人と入れ替わったようだった。
(やだ、怖い・・・っ)
「カカシさんっ、怖いこわいっ」
「イルカ?」
まるで体が他人のようで。彼から愛されてのが他人からの借り物のようだった。
嫌だ。
そんなの嫌だ。
俺を見てほしい。
本当の俺を。
「カカシさん、こわぃ・・・っ」
泣きじゃくりながら見上げると、彼は目を見開いたまま固まった。
どうしたのか分からず彼の腕をギュッと掴むと、ギロッと目が動いた。
「ーーーっ、あのさぁ!」
「え?え?」
「オレが、どれだけガマンしてるか分かる?分からないよね?分からないからそうやって誘ってるんだよね?いや分かってるから誘ってんの?そうやってオレのこと試してるの?ねぇ!?」
「はぁ!?誘ってるってなんですか?俺、体が全然いうことを聞かなくて・・・」
「ーーっ、そういうのが!あーもーヤだ。なにこの天然っ!小悪魔!オレがカッコよくリードしてあげたいのに全然上手くいかない」
カッコよく?リード?
そんなことしなくてもカッコイイくせに、何言ってるんだろう。
キョトンとすると、鼻をむぎゅっとつままれた。
「余裕ないんだから、あんまり可愛いコト言わないで」
「だって、体が・・・」
「そりゃ現代で付き合って、ヤりまくってるんだから当然でしょ?」
そう言われればそうだけど。
だけど、それは俺じゃない気がして堪らない。
「カカシさんは、夢と同じ反応だから、嬉しいんですか?」
彼は夢でみた行為がようやく現実になったからこんなにも喜んでいるのだろうか。
無意識に言ってみて、そんなことが気になっていたのかとようやく理解した。
エロくて彼に敏感に反応してくれる体なら、彼は喜んでくれるのか。そんな人なら誰でもいいのか。
弱気になってる。
分かってる。
あの手紙が、やはりどこかで引っかかってる。忘れたフリ、見なかったフリをしてもどこかで心にひっかかる。
あの幸せそうだった二人が嘘だったなんて信じられない。あの二人に少しも気持ちがなかったなんて思いたくない。
だったら今感じる俺の気持ちはなんなのだ。
恋だと思った。
だけど初めて感じるこの気持ちは、本当に恋かどうか誰にも、俺にも分からない。
だけど確かだったのは夢の二人だ。
あの二人が、幸せそうで愛し合っていたから、俺も誰でもないカカシさんとそうなりたいと思ったから、これが恋だと分かった。
だけどその根本である夢の二人が崩れたら。
この気持ちだって違うのではないかと思ってしまう。
ただ弱気になって、手近な人と紛らわせているだけとか。
疑似恋愛を楽しんでみたいとか。
そんな風に思ってしまう。
俺の初めての恋なのに。
言葉なんて簡単だ。
嘘も本当も同じ言葉だ。
違いは気持ちだけ。
だけどその気持ちは本人しか分からない。
本人さえ分からなくなってしまった言葉はただの音で、ただの記号だ。
俺はその音や記号を聞いたって、分からない。
それが悲しいのだ。
「どうしたの?」
彼は不安そうに俺を見下ろした。
そう聞かれてもどう答えていいのか分からない。何が正解で何が正しいのか分からないのだ。
泣きながら首を振る俺をそっと撫でてくれた。
「・・・オレは、お世辞とか苦手だからうまく言えないけど。今欲情してるのはイルカのそのエロい顔だから」
「・・・・・・は?」
思いもよらない言葉に涙が引っ込む。
「感じたこともない快楽に悶えながらも戸惑いつつそれを恐怖に思いオレに縋ってくるイルカ、すっげーかわいい」
「バッ!!」
何だよそれ!
ってかどんな顔だ!?
思わず腕で顔を隠すと「そういうのもヤバい」とか意味不明なことを言ってくる。ヤバいのはお前の頭だ!
「怖いなら目をつぶってて。声が聞きたくないなら耳を塞いであげる。何にも考えないで。ただ感じて。そうやって感じたものだけが、確かなモノだから」
目をつぶり、耳を塞がれると、真っ暗で何も無い。
ナカはまるで炎の中にいるように熱くて、海の底にいるかのように心地いい。
イルカ。
どこかで呼ばれる声がした。
その瞬間、感じたモノを、俺はなんて言ったらいいか分からない。
痛みであり痛みでない、心地良いとは違う。
だけど何故か満たされた。
ぎゅっと包まれる彼から愛おしい匂いがした。
あぁ、彼だ。
カカシさんだ。
カカシさんが、俺のナカに来てくれた。
カカシさん。
カカシさん。
どこにも行かないで。
ずっと傍にいて。
俺はずっと、ずっと・・・
「イルカ、イルカ」
荒い息と共に彼の声が聞こえる。
その言葉に、本当も嘘もない。
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