それから、何度も何度も彼を抱いた。
最初の日は、かなり体を酷使したのか夕方になっても起き上がれなかった。彼もとても不満そうで、目を一度も合わせてくれなかった。
そんなつもりはなかった。彼の負担になるのは本意ではなかった。
だから一度に一回まで、半日以上間隔をあけることにした。
これなら負担にならないはずだ。
ヤる時と任務以外はひたすらイルカを眺め、髪や体に触れていた。
吸い付くような肌がとても好きだった。
イルカはそれを咎めることもなく好きなようにさせてくれた。
夜寝るのも惜しくて彼の頬に触れていると、ゆっくりとイルカの目が開いた。
黒い瞳がこちらを見た。
瞳の奥にオレが写っていた。
ドキッとした。
なぜだか胸は高鳴り、異様に興奮した。
パッと手を離した。
「起こした?」
「・・・・・・いえ 」
寝返しこちらの方を向いた。そうなると向かい合うようになり、彼の息が頬に触れる。

キス、できそうだ。

そう思った瞬間かぁぁっと頬が熱くなった。
あの唇に、オレの唇を重ねる。
それは、なんて魅力的なことなのだろうか。
どんな感じなのだろう。
どんな味がするのだろう。
ゆっくりと吸い寄せられるように近づい
「眠れないのですか?」
声をかけられてハッとなる。
慌てて距離をとり、口を押さえた。
オレ、今何しようとした・・・?
「?大丈夫ですか」
「・・・ん」
イルカが困惑気味にこちらを見ていたがそれに反応できるだけの気力はなかった。
キス、だって。
ただの唇を合わせるだけの行為なのに。
それなのに、なぜこんなに興奮するのだろう。
(して、みようかな・・・)
なんとなく、していなかった。だが別にしても問題はないはずだ。
そうだ。してみよう。
「イル」
「邪魔なら床で寝ますよ?」
「え?」
思いもよらない言葉に思考が止まる。
「俺と一緒だとあまり寝れてないみたいですし、人と寝るの気になられるのでしょう?俺は平気ですよ、あっちで似たようなものですし」
違う。
寝れないのはイルカをもっと見ていたいから。
抱き合い体温を感じ、肌に触れていたいから。
そんなことないと言う前にイルカが起き上がった。
慌てて腕をとる。
床など寝かせてたまるか。
そんなために。
そんなために、彼をそばに置いているのではない。
「いいから」
「ですが」
「用があってね、もう行かないと。いいからここで寝てな」
無理矢理ベッドに押し付ける。それが、セックスのときの姿勢のようで、カッと頭に血が上った。
駄目だ。
まだシてはいけない。
まだ三時間しかたっていない。
用はないが、少し冷静になろう。
そのまま無言で立ち上がりテントから出た。


あてもなくブラブラしているとナギサに出会った。
「カカシ」
呼ばれるので近づく。暗くてよく見えなかったがナギサは険しい顔していた。
「お前さん、うちのうみの中忍を伽の相手にしたらしいな」
「うん」
「伽にしてから一歩も外に出さない、テントの中に誰も入れないらしいな」
「そうだけど」
それが、何だというのだろうか。
だって帰る必要はない。できるならずっと抱いていたいのだから。それに部外者を入れないのは、オレたちをジロジロ見られるのは不愉快だからだ。ヤってる途中なら尚更だ。
そんなこと、当たり前だろ。
「うみの中忍に、何してる?」
真剣な表情でこちらを見ている。
「何って、セックス」
「合意か?」
「勿論」
「それなら一度戻してくれないか?」
「何で?」
何故そんなに必死なのだ。
オレはちゃんと合意を得た。無理矢理などしていない。酷使もしていない。
休憩だってメシだってキチンとしてる。本当はずっとしていたいけど、負担にならないように我慢している。
それを、何故部外者から指図されなければならない。
(もしかして)
もしかして、コイツもイルカを抱きたいのか?
だから戻そうとしているのか?
(抱く?)
オレのようにあの肌に触れるのか?
あの鼻傷に舌を這わせしなやかな体を抱くのか。
そして唇に、唇を合わせるのか。
オレではなく、誰かが?

そんなこと。
そんなこと、許されるわけないだろ。
アレは、オレのだ。

「アレをどうしようがオレの勝手だ」
「俺はただ、うみのの無事が知りたいんだ」
「無事だよ。今頃ヤり疲れて寝てるんじゃない」
「カカシ!」
「アンタに関係ない。イルカはアンタの部下じゃない。オレのだ」
殺気を含ませながら睨んだ。
よく分かった。
イルカを一瞬でも手放せばオレは彼を抱く権利を失う。
今はイルカが合意してくれてオレのテントから出ないから誰からも奪われることなくオレの傍にいてくれる。
だが、もしイルカが他の奴に合意すれば、オレは止めれる権利などない。
イルカが他の奴と抱き合っても、キスしても、セックスしても、オレは咎められない。

それが伽だ。

ゾッとした。
そんな細い細い繋がりだったのだ。
それを改めて思い知った。
ならば、その細い繋がりを決して離しはしない。
今まで外に出さなくて正解だった。出せばもうオレの手に届かないところへ行ってしまう。
(二度と外になど出すか・・・っ)
「一目でいい。無事を確認させてくれ」
「無事だよ、当たり前でしょ?何でアンタに確認させなきゃいけないの?」
やはりイルカを奪う気なのだ。
ではなければ、たかが部下に構いすぎだ。
コイツにはもう二度とイルカに会わせてはいけない。
「話はそれだけ?じゃあオレはイルカが待ってるから」
「カカシ!!」
無理矢理話を切って歩き出す。
戻ってイルカによく言い聞かせないといけない。結界も張ろうか。
「カカシ!なんでお前さんはそこまでうみのに執着するんだ!」
ナギサが叫んだ。
オレは振り返らずにフッと笑った。
なんで、だって?
それは、だってイルカが。
イルカが頭から離れないんだ。


戻ってみるとイルカは床で寝ていた。
あんなに言ったのに、と抱き抱え一緒にベッドに入る。
スースーと寝息を立てて幸せそうに寝るイルカはひどく愛らしかった。
抱きしめて眠ると全身がポカポカと温かくなる。
どうしてこうもオレを魅了するのだろうか。
そんな人初めてなのでどうしたらいいのか分からない。
できれば。
できれば出会ったあの日のように笑いかけてほしい。
彼を抱きしめながらねると戦地なのにグッスリと眠れた。




状況は一向によくならない。
消耗戦が続き、ジリジリと体力だけが削られている。部下たちも苛立ちを隠そうとはせず隊全体がピリピリするのを感じた。
ここで一気に突っ込むべきか。
畳み掛けないといけないとは思っていた。
問題は、いつするのか。
無意識に眉間にシワがよっていた。
遠巻きに部下が心配そうに見ている。
苛立っているのは、オレも同じだった。
イルカに五日も会えていない。自身のテントに戻る余裕すらなかった。
そんなもの以前は当たり前だったのに、今はこんなにも腹立たしい。
早く、早くイルカに会いたい。
抱きしめて彼の匂いを、熱を感じたい。
「総隊長」
名前を呼ばれて顔を上げる。
「草薙から、敵地の情報がきました」
待ち望んだ一報だった。


情報を元に作戦を立てる。
明後日一斉攻撃をかけることを伝え、休憩に入る。
時間はあまりない。急いでテントに戻る。
一秒でも早くイルカに会いたかった。
「イルカ」
入口を開けるとシーンと静まり返っていた。
もしかしたら寝ているのかもしれない。
「イルカ」
呼びながらベッドに急ぐ。
早く、早く会いたい。
だがそこには綺麗に畳まれた毛布しかなった。
「ーーーっ、イルカ!」
テントにはいないと分かると急いで外に出た。
便所や体を洗う川にも向うが姿はなかった。
逃げられた。
誰かに取られた。
二つの可能性が頭を巡り他に何も考えられなかった。
逃げたのなら戻すまでだ。
誰かに取られたなら取り返すまでだ。
ナギサと話をしてからイルカとはマトモに会話していなかった。きちんと言っておかなければならなかったのだ。外に出るな、と。
今更悔やんでも遅い。
もう五日だ。
イルカがどんな状態になっているか分からない。最悪の可能性が頭をよぎり、酷く頭痛がした。
イルカ。イルカイルカ。
お前はオレのモノだ。
手放すつもりなんて毛頭もない。


駆けずり回り、夕食を作っている部隊のところでイルカを見つけた。
同僚たちと笑いながら夕食を作っていた。
かぁぁっと頭に血が登る。
その様子からイルカの意思でここにいることがわかった。
イルカが逃げたのか、ナギサが逃したのかは知らない。
何故外に出た?誰かに奪われるかもしれないのに。イルカはオレのモノなのに。
何故言うことを聞かない。
なんで笑ってる。
オレの。
オレのときには笑ってもくれないくせに。
「イルカ!」
叫ぶとハッとした様子でこちらを見た。
周りがザワザワするが、構わずイルカのもとに行くと腕を掴み引き寄せる。
アンタがそんな態度ならオレにも考えがある。
人ひとり外に出させない方法なんていくらでもある。
「はたけ上忍!」
イルカが叫ぶ。
「はたけ上忍、離してください」
「煩いっ!!」
自身のテントまで戻るとベッドにイルカを投げた。
「何故外に出た?」
「俺だけここで休んでいるわけにはいきません」
「イルカは伽が任務だ」
「そうです。しかし貴方の相手をしていない間ずっと休むなんてできません!」
イルカは堂々とした姿勢を崩さず、まっすぐオレを見た。
その目は初めて見る真剣な眼差しだった。
ドキッとして、腕に込めた力が緩む。
「五番隊は元々ギリギリしか用意されていないのに、くだらない上からの八つ当たりで負傷者がでて人手不足なのです。一人でも手が空いていれば向かうのは当然でしょう!」
怯む様子もなく俄然とした態度でこちらを見る。
その目は正義の目だった。
間違ったこと決して許さず怯まない綺麗な目だった。
「貴方が呼べばいくらでも伽の相手になりますが、俺はここに後方支援として来ました。任務を全うする義務があります。大事な任務です。貴方にとって後方支援などたいした仕事ではないのかもしれませんが」
「違う!!」
後方支援を甘くみていることなどない。
大事な大切な任務だと思っている。
だが、イルカを外に出させないのはそんな理由だからではない。
ただ、オレが。
オレの。

「傍に、いてほしい」

どこにも、誰にも取られたくないだけだ。

小さく呟きながら抱きしめる。
あんなに望んでいた匂いや熱だった。
それに包まれているだけでじわっと温かくなる。
苛立ちも喪失感も全てどこかへいってしまう。
これを手放してなるものか。
「・・・・・・」
ふぅと溜息とともにゆっくりとイルカの腕がオレに回された。
そんなこと初めてだった。
イルカが、オレに触れてくるなんて。
イルカの腕は決して力強くなく、まるで赤子でも抱きしめるみたいに柔らかく慈しむみたいだった。
彼の体から鼓動が聞こえた。
「すみません」
手がゆっくりとオレの背中をなでた。
「部隊が気になって、メモもせず無断で出て行ってすみません。ビックリさせてすみません」
「・・・・・・ん」
そう言われて、自分が酷く取り乱したことに気がついた。
確かに大の大人が五日間もこんなところで寝ているだけなんてしない。イルカみたいな真面目な人なら当たり前だ。
そんなことも分からなくなるぐらい取り乱していたのだ。
(恥ずかしい・・・)
「本当は」
「ん?」
「本当は、もう不要かなぁって思ってたんです。五日も戻られなかったから」
「そんな、ことない・・・」
そんな訳ない。不要なんて思ったこともない。
任務で、と呟くとですよねと頷いた。
とても柔らかい口調だった。
こんなに長く彼と会話したのは初めてたった。
どうして今までしなかったのだろう。
言葉を交わす、それだけで満たされるものがあるのに。
腕をはなし彼の顔を見る。
そこには穏やかな目をしたイルカが微笑んでいた。それはまるで初めて会ったあの日のように。

「お疲れ様です、はたけ上忍」

ブルッと手が震えた。
いや手だけではない、全身が震えていた。
全身から震え立つようなこの感情を何て言ったらいいか分からなかった。
ただ自然に吸い寄せられるように唇を合わせていた。

愛おしい。
愛おしい、愛おしい。
彼のことが、こんなにも愛おしいのだ。


やってしまった。
はぁーと大きく溜息をつき自分の失態を振り返りながら、目の前のイルカを見る。
体についている体力の精液はオレのか、彼のか。そしてまるでオレのモノだと主張するかのように赤いキスマークが体に舞っている。とくに下半身、変態かオレは。
一度に一回だと決めていたのに。
数などもう分からない。時刻はとっくに日差しが見える。
こんな失態は初めて彼を抱いて以来だ。
「イルカ」
恐る恐る呼んでみても返事は勿論ない。気を失うように寝ている。
せっかく笑ってもらえるようになったのに。
また初日のような目も合わせてもらえないのだろうか。
そう思うとズーンと気が沈む。
違うのだと、言い訳してもいいだろうか。
本当は一回ですませるつもりだった。それで、休憩したらイルカと話したかった。
好きな食べ物とか、イルカのこと。
そして笑いながらオレに触れて欲しかった。
全部オレが台無しにした。このがっつきさはなんだ。淡白だと思っていた底知れぬ自分の性慾
に驚く。
正直、何度したか分からない。今ようやく興奮が収まっただけだ。
だが、まだヤりたい。全然足りないのだ。
まぁこれ以上するなんて人格を疑われそうだからしないが。
立ち上がり布を水に浸した。
それを使い丁寧にイルカの体を拭く。
綺麗な肌だが、あちらこちらにキズが多くあった。忍なら誰しもキズはあるので気にはならない。むしろひとつひとつ彼の一部でとても愛おしい。ちゅっ、ちゅっと口づけする。
ふと、腕を見ると見慣れない火傷のあとがあった。
酷いものではないが、真新しい。五日前にはなかった火傷だ。その間イルカは後方支援をしていたと言っていた。その言葉に偽りはないと思う。だが後方支援でこんなあとが残ることがあるのか・・・。
なんとなく、嫌な予感がした。


イルカは夕方に目を覚ました。
「イルカ」
恐る恐る声をかけるとゆっくりと目の焦点が合った。
「すみません。ベッド占領してました」
慌てて起き上がり降りようとするイルカを制した。
「いや、いい。大丈夫?」
「はい、慣れていますから」
そう言われると何とも気恥ずかしいような、申し訳ないような気になる。
誤魔化すように頭を掻きながら夕食を差し出す。
「食べれる?水持ってこようか?」
「えっと・・・、じゃあお願いします」
「ん」
入口付近には朝食も昼食も置いてあった。丸一日食べてない。悪いことした。
気がつけばガツガツ食べているイルカにおかわりあるからと、昼食をそばに置いた。
「腹減ってた?」
気持ちいいぐらいの食べっぷりに感心しながら言うと照れたように鼻をかいた。
「久々のメシですから」
ちゃんと食べるの二日ぶりかなと笑いながら言った。
二日?
昨日ぶりではなくて?
小さな違和感を感じる。
「・・・・・・はたけ上忍は」
「ん?」
「食べられないんですか?」
「あ、うん、食べる」
彼の正面に座り飯を食べた。
カチャカチャと食器の音がやけに大きく響いた。
聞きたいこと山のようにあったのに、それが全部ぐちゃぐちゃに混ざり合い一つとして原型をとどめない。早く、早く気が利いた言葉をと思えば思うほど言葉が形にならない。結果何も話をせず食事を終えた。
片付けようとするイルカを止める。
「いいから」
とにかく今夜は無理させたくなかった。
「ですが」
困ったようにこちらを見た。
「無理しないで。体拭いたけど気持ち悪くない?風呂でも入る?」
そう聞くといいえと小さく呟いた。
「・・・・・・はたけ上忍は、優しいですね」
そう言って笑ってくれた。
それが、なんだか照れくさくてどう反応していいか分からなかった。
「イルカは可愛いね」
「かわっ!」
思ったことを言っただけなのに、イルカは顔を赤くしながら複雑そうな顔をした。
やっぱり可愛い。
ふふっと笑うと鼻をかいた。
チラリと真新しい火傷のあとが見えた。
「それ」
「え?」
「その火傷、どうしたの?五日前はなかったよね」
途端、イルカの表情が曇った。

嫌な予感がした。

「たいしたことないです。仕事で」
「後方支援で、火傷?」
「・・・・・・」
どう答えていか悩んでいた。
その顔に、眉をひそめる。
言いにくい、怪我。
うっかり鍋に触った、というわけではなさそうだ。ならばなんだ。人為的?敵にやられたのか?いや、ここまで敵がきた情報はない。ならば敵ではない、誰か。
誰か?
敵ではないのなら、決まってるだろう?
「誰?」
低い声が響く。
そんな怪我を負わせたのは誰だ。
同胞の、誰だ?
「・・・・・・」
イルカは顔を顰めただけだった。
チッと舌打ちするとキズに触らないように腕を掴む。
「調べればすぐに分かる。手間とらせないで」
手間と言う言葉に反応すると、小声で「・・・蘿蔔上忍です」と答えた。
かあぁぁと頭に血が上った。
オレのイルカに手を出しやがって。なんの権限があってイルカに手をあげた。
ゆらりと立ち上がるのを逆にイルカが止めた。
「やめてください」
その必死さが苛立ちを誘う。
「なんで止めるの」
「こんなことたいしたことありません。俺より酷い怪我をした奴はたくさんいます」
「何言って・・・」
そこでふと思い出した。
ナギサの言葉。
『俺の部下が何人かくだらない八つ当たりで負傷した。精神的にキてる奴もいる』
俺の部下とは、誰だ?五番隊?五番隊には、イルカがいる。
『少しぐらい憂さ晴らししてもバチは当たらねーよ』
『あいつらの使い道なんか、憂さ晴らしか伽しかねーっつーの』
下品な笑い声が脳内で響く。
憂さ晴らし?
憂さ晴らしって何だ?
何だ?
何だ?
何だ?
まさか。


まさか、虐げることじゃ、ないよな。


ぞわっと寒気がした。
高々八つ当たり、憂さ晴らしでこんな怪我をさせるのか?同じ同胞に?それが当たり前なのか。
知らないなんて言わせない。
現場は目撃してないかも知れないが、言葉は何度も聞いていただろう?そもそも戦地は何度も経験したくせに今更知らないふりか?
(違う、違う違う)
今まで見向きもしなかったくせに、自分の好いた相手が被害者だから過剰に反応しているのか?今更。
いまさら。
「クソッ」
苛立ちをぶつける術がなかった。
罰するのは容易ではなかった。
相手は上忍、大事な戦力だ。そもそも何人いるか分からない。それこそ恐ろしいほどの人数が上がりそうだ。
明朝、総攻撃をかけるのに上忍を失うわけにはならない。
結局立場が弱いものが泣き寝入りしか出来ない。
イルカは困ったようにこちらを見ている。
「俺は平気です。こんなこと、よくあります」
そんな虚しい言葉、言って欲しくなかった。
同じ同胞なのに、彼らだって立派に任務に全うしているのに、こんな扱いなんてない。
こんなこと、当たり前のようにどこでもあるのだ。
下忍、中忍時代が短いオレだけ分かってなかっただけで。
イルカの腕をとる。
火傷や切り傷などのあとがあった。
後方支援の彼らが傷を負うなんて、同胞の手でしかない。
そっとその傷に口づけた。
こんなことして慰めにもならない。それでも獣が傷を舐め合うように本能でただ口づけた。
「・・・・・・はたけ上忍」
やめてくださいと呟いた。
「こんなこと、たいしたことありません。もっと酷い戦地をいくらでも経験しました。暴力も伽も」
伽も?
伽も・・・?
男を抱くのは初めてだった。だからイルカの体が抱きやすくてもそんなものかと思っていた。
だけど、慣れていただけ?
彼は何度も経験していた?
理解した瞬間激しい嫉妬が全身を駆け巡った。
オレの他にも彼の体を、熱を、匂いを知っている奴がいる。
戦地で、上忍で、オレより早く彼に会っていただけで。
排出行為、もしくは暴力行為の延長で。
無意識に掴んでいた手の力を込めていた。
「・・・殺してやる」
殺してやる殺してやる殺してやる。
イルカに触れていいのは、オレだけだ。
「ーーっ」
イルカが息を詰める音がしてハッとなる。無意識に殺気も漏れていたらしい。顔面が蒼白になり微かに震えていた。
何やってるんだ。
チッと舌打ちして、外に出た。
頭を冷やしたかった。



外はすっかり、夜が更けていた。
明朝のことがあるので人はまばらで静まり返っていた。
ふぅとため息をつきながら歩く。
ついカッとなってしまった。
怯えさせるつもりはなかった。きっとイルカは吃驚しただろう。
戻ったら謝らないと。
でもこの先、イルカに伽などしてほしくない。
(なんか、特権でできないかな・・・)
上忍の奴らに言い回ろうか。さすがにオレを敵に回してまで抱きたいと言う奴はいないだろう。
(・・・・・・そうか)
そうか。
この戦が終わったら彼と離れなければならないんだ。
ここを離れてしまえばもうイルカと会えなくなる。会う権利も、話す権利も、抱く権利もなくなるのだ。
考えてもみなかったことに、思わず足が止まる。
まるで足元の見えない崖の上に放り出された気分だ。
どうしてそのことを思いつかなかったのだろう。
(嫌だ)
嫌だ、嫌だ嫌だ。
そんなこと、考えられない。
この先、彼が傍にいないなんて考えられない。
お互い任務があるのでずっと一緒は不可能だ。だが定期的に会いたい。
任務を終えて、里で会いたい。
それはまるで、友人のような。
恋人のような。
(恋人・・・)
あぁ、そうか。

オレはイルカと恋人になりたいんだ。

ともに笑いあって一緒に過ごしたい。
そうか。そうなんだ。
そう思うと先程までのイライラが薄まった。
ふわふわと気持ちが弾む。
恋人。イルカと恋人。
ふふっと思わず笑みが溢れた。
好きだと告げたら、彼はどんな顔をするかな。


ゆっくり、ゆっくり歩いていると、少し外れた森に来てしまった。
そろそろ戻ろうと振り返った瞬間、叫び声がした。
「やめてくださいっ!」
「うるせぇ!黙ってろ」
ただならぬ雰囲気を感じゆっくりと声がする方へ近づく。
そこには蘿蔔と若い男がいた。
「お前五番隊だろ。いいから俺のテントに来いっ」
「い、嫌っ」
「あぁん?逆らおうってのか?」
蘿蔔は乱暴に男の手を引き、連れて行こうとする。男の顔は真っ青で嫌がっていることは明白にわかった。
「やめろ」
声をかけると二人ともハッとした表情でこちらを見た。
「伽は合意じゃないと禁止されているのを知らないわけじゃないだろ」
そう言うと忌々しい様子で舌打ちすると、男を突き飛ばした。男は一目散に走っていった。
「フン、合意ねぇ」
何か含んだ言い方に眉を顰める。
すると蘿蔔はヘラヘラと笑いながら近づいてきた。
「せっかく最後の夜になるかも知れないから楽しもうと思ったのによ。そういうお楽しみは一部の選ばれた上忍だけってか?えぇ、総隊長さんよぅ」
「何言って」
「自分は中忍の男囲って楽しくしてるのに、なんで俺がしちゃいけない」
「オレは合意を得た」
「合意なんて言葉だけだろ。取ろうと思えは無理矢理でも頷けさせれる」
その言葉にカチンときた。
違う。
お前と一緒にするな。
オレとイルカは。

ーーーオレとイルカは・・・・・・?
コイツと、何が違う・・・?

「専らの噂だぜ。こともあろうが総隊長さんが中忍の男をコキ使い、ついには伽まで命じたって。そんなにその中忍を虐めるの楽しいのかよ。テントから出さず甚振って、今では虫の息ってか!随分楽しくやってるじゃねーか、あぁん?」
コキ使う?そんなことしてない。
いや、最初もっとイルカといたくて色んな雑務をさせていた。だけどあれはイルカともっといたくて。
虐めてなどいない。甚振ってなどいない。
だって、オレは。

オレはイルカのこと、愛してる。

愛してる・・・?
愛してるならなんでもしていいのか?


酷い、酷い勘違いをしていた。

今まで声をかけた伽相手は少なからず好いてくれていた。だからお願いすれば喜々として相手してくれた。だからイルカも同じと無意識に考えていた。
ーーだって断らなかったから。
頷いてくれたから。
だから、喜々として相手してくれるって?
断らなかったのではない。
断れなかっただとしたら?
上から言われて、嫌だと断れると思っていたのか?

頭が真っ白になる。

オレは伽というより、一種の愛情表現のつもりだった。愛おしかった。
だけど、イルカは?
会った初日からコキ使われて、伽を命じられて、テントに閉じ込められて。
今ならナギサの必死の表情の意味が分かる。
あれは暴力を受けていないか純粋に心配していたのだ。
「お前と俺と、何が違う!」
蘿蔔が叫ぶ。
違う。違わない。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う・・・。


違わない。
お前はイルカにとって、排出行為と暴力行為を繰り返す理不尽な上忍の一人だ。


愛してるだって?
恋人になりたいって?


これが、お前の愛情表現なのか。
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