恋人はこう言った。
公私共に傍にいて手伝って欲しい。
でもどちらかといえば公の仕事は手伝い程度で、先生には私生活をお願いしたいな。
きっとオレが忙しくなるから、帰った時ぐらい先生におかえりなさいって出迎えてもらって、先生の手料理食べて、先生とお風呂に入って、先生に膝枕してもらってナデナデなんかしてもらっちゃって、夜は先生と・・・きゃっ。
きゃってどこの乙女だよもう四十前のオッサンがと思ったが、いいですよー耳かきもしてあげますと言うと、ぅえぇい!と変な低い地声出して驚きながらも喜んでいた。
だから、俺はどんな時間に帰ってきてもそうしてあげよう、これからは彼のために生きていこうと思った。

ああ、確かにそう思ったさ。
未来はキラキラしていて、もうあんなに忙しなく働くこともなく、彼の好きな浴衣を着て彼と俺の家で彼の帰りをのんびりと待っていようと。好きな料理を作ってあげ、彼の繊細な髪を洗い、硬い膝でよければ痺れてでも動かず、彼が望むまま、何度でも抱かれようと。

ああ、確かにそう思ったさ。



「イルカー!!」
怒声が聞こえて思わずうぇっとなる。
鬼の形相で迫ってくる奴らは一人二人ではなかった。
「午後の会議の資料どこにあるか知らないか?」
「明日火の国から大名が来るのに昼食どこにも予約してなかったみたいで、どうしたらいいですか?」
「恋愛スポットとしてイルカが前暮らしていたアパート改装するけどいいよな。ついでに私物寄付しろ。見世物にするから」
「お前に頼まれてたヤツ持ってきたぞ。今度の合コンカワイイ子頼むぞ」
「海老丸くんがいなくなったんですけど知りませんか?」
「お前宛にラブレター来てるけどどうする?」
「あぁもう!!」
俺は聖徳太子かとツッコミながら全員の方を向く。
「資料なら既に会議室に運んで並べてある。ついでにお茶とマイクも置いた。後はお前が定時に行けばいい」
「昼食なら松るり亭がいいだろう。俺の名前出していいから今すぐ予約しろ」
「改築でもなんでもすればいい。使わない私物は後で運んでおく。だけど利益は半々な」
「この辺じゃ手に入らないから助かったよ。合コン楽しみにしてくれ。お嫁さんにしたいナンバーワンのツバキちゃん連れていくからな」
「海老丸は低学年の?アイツまた脱走したのか。倉庫の裏か資料室の掃除用具入れ見てみてくれ。多分どっちかだ」
「それから」
ラブレターを持ちニヤニヤしている同僚に詰め寄った。
「それは燃やせ。俺の視界に入れるな。報告もいらん。来たらすぐ燃やせ!じゃないとお前も六代目の逆鱗に触れるぞ」
脅しでも何でもなくありのまま言うと、お、おうと怯えながらその場で燃やしてくれた。
すまないな、同僚。あの人は俺がそれに触るだけでも嫌がるんだ。
「イルカー、西の森の地図ってどこだっけ」
「資料室3のイの棚の上から二段目!」
叫ぶとサンキューと帰っていく。調べるより俺に聞くほうが早いからってこっちの身にもなってみろ!

おかしい。
なんだこの状況は。
前と変わらない、いや前以上に忙しくなった気がする。
役職をつけると先生忙しくなっちゃうでしょ?だから役職つけないの。本当は秘書とかしてもらいたかったけどどうしても外交とかで色んな人と会うから嫌なの。それに役職があったらそれに縛られるし責任もでてくるでしょ?フリーならいつでも辞めれるし、難しい仕事は回されないし。だから先生はフリーなの。いい考えデショ?うふっ。
そう笑った恋人は本当に嬉しそうだったが、こうなる未来を果たしてどれだけ予想していただろうか。
フリーだからこそあちらこちらから気軽に使いやすく、加えて内勤歴の長い俺は無駄に色々知っていたのだから重宝された。彼の考えは完璧に裏目についたのだ。
私生活?んなもん知らねーよ。忙しーんだよ。お互い同じ建物の中にいるので会わないことはないが、彼が夢見ていた一緒にランチや休憩時間は膝枕でイチャイチャなどは夢と化し、会えば仕事の話ばかりしているし、夜は疲れて寝る。
はぁと溜息をつく。
いや、今日は定時に帰る。それで夕飯作って彼とくだらない話して、一緒にお風呂入ってあがったら髪を乾かしてあげて、膝枕で耳かきしてあげて、セックス三回、いや明日もあるし二回、・・・やっぱり一回するんだ。
「今日は一緒に夕飯食べれますか?」
と、どこか寂しげに聞く彼を、そんなささやかな事を願わずにいられない彼をなんとか喜ばしてやりたかった。
もう誰も話しかけるなオーラを撒き散らし歩いていると、また後ろから呼ばれた。
「受付で依頼人がなんか揉めてるらしい。応援頼む」
「分かった」
あぁもう!!これで残業決定だ。


受付での諍いを止め、依頼人に無茶な要求をなんとか辞めてもらい、すっかり気に入られて「アンタにこの任務を頼む」とか言われたが俺はあいにく外の仕事はしないことにしているので断るとまた揉めて代わりのヤツを紹介していたらすっかり遅くなってしまった。
やれやれ今日もダメだったかと思い、家に帰ると

広い家がピカピカになるほど磨きあげられ塵一つなく、美味しそうな匂いを漂わせながら、白い割烹着姿でお玉を持ちながら「おかえりなさい」と待っていた。
「ご飯にします?お風呂にします?それともオレ?」
そんな新婚的なアレを言った。
それは俺が言うべきことで、ついでにこの人昨日まで三日連続不眠不休で働き、今日も休まず業務に向かったはずなのに。
もう何だか頭がグチャグチャになって


「カカシさん!」


と叫んでちゅーしてやった。



ただのちゅーじゃないぞ。舌入れてレロレロってするやつだ。彼の唾飲んだり俺も吸い付いて飲ませたりして息も絶え絶えになる濃厚なヤツ。
「せんせ・・・」
熱にうなされたような彼の声を聞きながらゆっくり唇をはなす。
「オレもせんせとシたい。ねぇベッドいこ?今日は朝までずっとえっちしょ?ねぇいいでしょ?ね?ね?」
ぐりぐりと大きくなったムスコさんを擦り付けられる。相変わらず大きいのが俺のムスコに当たる。そのまま手をひかれそうになるのを逆に掴んだ。
「せ、せんせ?」
ポッと頬を赤く染めたカカシさんにニカッと笑いかけた。

「今日はえっちなし!!」

ペシッと手を放り投げ、高らかに宣言すると、カカシさんは目を見開きその場で泣き崩れた。



「ひ、酷いですせんせ。その気にさせておいて」
「酷いのはどっちですか!今日は絶対家事しちゃいけないって言いましたよね!帰ったら寝ろって!」
「寝ました!せんせの言いつけ通り寝ました!」
「何時間?」
嘘つくなよ分かってるからなと睨むと、目が泳いだ。そして小さな声でモゴモゴと三十分ぐらい・・・と白状した。
「分だと!?そんなので疲れなんかとれるかぁ!!」
「大丈夫ですよ!先生がいるからすっごく元気ですし!朝までえっちできます!試してみましょう?ねっ?ねっ?」
「バカヤロー!」
右ストレートを食らわしたが、せんせ痛いですと笑うだけだった。
チッと舌打ちする。
できれば気絶して寝てくれればいいのに。
「カカシさんは働きすぎなんですよ!それなのに手があいたら家事するなんて、いつ休むんですか!いいですか、体調管理もできない火影なんて誰もついてきませんよ!」
「大丈夫ですよ。業務の合間に休みとったりしてますし、現役だった頃に比べたら格段休みとってます」
それは嫌味か!
現役時代任務の合間に家事を押し付けていた俺に対する嫌味か!
・・・反省してます本当俺は最低でしたすみません。
「・・・俺がしてあげたいんですよ。そう約束したじゃないですか」
本音を言うと、カカシさんは笑った。ただし、嬉しそうでも何でもなく、寂しい笑みだった。
なんだよ。
確かに家事できてないけど、なんだよ。
「いいんです。オレは、先生がそばにいてくれたら」
そう言って台所へ戻って行った。
ポツンと残された俺はどうしていいかわからず立ち尽くす。
また言いたいこと言えない病か。
あの人無駄に謙虚というか、俺が大好きすぎて嫌われないように本音を言わないんだよな。本当あの人俺のこと好きすぎて困るよなぁ、あはははは。

何年一緒にいると思ってるんだよ。
アンタは変わらないが、俺は変わったんだよ。
アンタが言わないなら、言わせてやる。


料理を食べ、お風呂に促すともう入ったと言った。
だから先生入ってきて。あがったら晩酌しましょ?
と笑うカカシさんに「じゃあ寝てろ、寝ろ。俺が皿洗って風呂入って晩酌の準備するまで寝てろ」とオブラートに隠さず睨みつけながら言うと、でも・・・と渋った。
「あとで頑張ってもらわないといけないでしょう?」
と言うと、顔を真っ赤にして何度も頷き、速攻でベッドに横になった。
ははは。
ただし一回だけどな!
それで、皿洗って風呂入って晩酌の準備すると呼びに行く前に起き上がった。本当に寝てたのか怪しいが、まあ横になるだけでも体力温存できるからな。ガミガミ言うまい。
二人して横に並び、人からもらった高い酒を飲む。高い酒、アルコール度数は高いが飲みやすく旨い。
かーっ、このために生きてるぅ!
酒はいいよな。楽しい気分にさせてくれるし、嫌なことも流してくれる。さすがのカカシさんも酒の前じゃあ無低力だろ。こうやって嫌なこと流してやろう。
「カカシさーん、飲んでますかぁ」
「ハーイ、飲んでます」
「わかめ酒しましょうかぁ」
「えぇ!?ぜ、是非!是非是非!」
食いつき具合が怖かったから、デコピンしてやった。
「せんせぇ」
「ハハハ。忍たるもの常に油断するなでござる」
「なんでござる!?」
で、冗談も通じないほどまだ飲んでいないカカシさんに酒を飲ませまくった。
二人で楽しく飲んでいると、いつの間にかさわさわと俺の太ももあたりをイヤらしく触ってくる彼の手をギュッと掴む。
「カカシさん、あとで」
「ん、でも先生あんまり飲みすぎると勃たなくなるでしょ?」
「舐めないでください!俺はいつでも戦闘モードです!」
ドヤァ顔で言うと、きゃー先生カッコイイ!とくねくねされた。相変わらずオネエっぽい。だがカッコイイと言われて悪い気はしない。俺のことカッコイイと言うトチ狂った奴はカカシさんしかいないからな。
「ほら、カカシさんはいっぱい飲んで!いっぱい飲んで嫌なこと全部吐き出しちゃいましょう!」
「嫌なこと?」
「嫌なことあるでしょう!仕事が大変とか外交で苛めれるとか」
「ん、ないよ」
「いいんですよ。俺しか聞いていませんよ」
「ないよ。ない。オレには先生がいるんだから。先生がいるのに、これ以上なく幸福なんだから、嫌なことなんてない。あるはずない!」
そう叫んでグッと酒を煽った。
「オレは幸せだよ。先生がいるんだから。ねぇ先生。本当に先生がそばにいてくれて幸せ。だって先生はオレのために一緒に暮らしてくれるし、えっちだってさせてくれるし、天職だった先生辞めてくれたんだもん。それなのに不満なんて言ったら罰が当たる。ねぇそうでしょ?ね?ね?」
あれ?思ったより目が据わってる。飲まさせ過ぎた?あれれ?
「そりゃもっと先生にそばにいてほしいよ。この家に閉じ込めてオレだけの帰りを待っていてくれたらってずっと思ってるよ」
あ、やっぱり思ってたんだ。
言わないし表情にも出さないからなぁ。可哀想だけど、ちょっと安心した。
相変わらず、アンタは俺のこと愛してくれているんだなぁって。
何年経ったって完璧な人だから、いつか目が覚めてしまうのではないかと、思わなくもないんだ。
「でもさ、先生は里のモノで、オレのモノじゃないの。オレは今まで里に貢献してきたから里から先生を貸してもらってるの。火影になったからって独り占めなんかできないの。分かってる。我慢できるよ」
いや、俺は俺の物だ。なぜ里とカカシの間に貸し借りされなきゃならないんだ。そんな安いヤツじゃねーよ!多分な!
「だから先生が忙しいのも、皆が先生に頼るのも、会計係の女と二人っきりで個室にこもって話したのも、先生がお嫁さんにしたいナンバーワンのツバキっていう女といちゃいちゃしても、来週合コン行くのも、未だにラブレターがくるのも仕方ないの!」
・・・・・・・・・・・・やっぱり知っていたか。
この人絶対俺のこと監視してるよな。初めて言ったけど。でもずっと思っていたんだろうな。
「先生は皆のもので、オレなんかそのちょっとしかないけど、でもこうやって一緒に過ごさせてもらえるからそれだけで幸せなんだ。だから嫌なことなんてない。あるはずない!」
そう言って残ってる酒ボトルのまま飲み干した。
異様な様子に唖然とする。いままでこんなこと言ったこともこんな姿を見せたこともなかった。
それだけ鬱憤が溜まっていたのかもしれない。
「カカシさん、大丈夫ですか・・・?」
「だいじょーぶ。オレもいつでも戦闘モードだぁよ。試す?」
フフッと笑いながら押し倒された。
真っ赤な顔がふにゃふにゃ笑っている。目の焦点が微妙に合っていない。掴む力も強く、完全に酔っ払ってる。
「ねぇ、先生。先生を独り占めするためには里抜けするしかないのかなぁ。二人っきりの誰もいない知らない所で暮らすしかないかな。それもいいよね。先生いるもん。仲間に会えなくても、誰からも祝福されなくても、オレには先生さえいてくれたら」
初めて聞く彼の胸の内。
そんなふうに思っていたのか。
そんなふうに思っていてくれたのか。
「そこでね、ずっと一緒にいるの。朝から晩までえっちしてるの。先生のお世話はオレがするよ。全部するよ。オレ上手だし先生も褒めてくれたしいいでしょ?だからね」
フフッと笑いながら脹脛に触れる。それはイヤらしい感じではなく。
何か。
何かを探っている様子だった。
コリッと筋肉に触れた。

「腱、切ってもいいでしょ?」

うふっとうっとりしながら笑った。

「そしたら先生どこにも行かなくていいし、もう忙しくならないよね。ねっ、そうしよ?それがいいよ。先生は働きすぎ。もうお仕事はお終い。これからはオレだけの先生なの」
笑ってる。嬉しそうに笑ってる。
泣いてないのなら。
寂しげなあんな顔して笑っていないなら。
それが彼の本当の願いなら。
それでもいいかなぁと思った。
いいだろ?だって彼が笑うんだから。そうしてほしいと望むのだから。
それについていこうってあの日思ったんだろ。
形が変わった所で、置いていくはずないだろ。
ずっと一緒だと、望んだだろう。
その為には何もかも捨てたっていいと思っただろう。
「カカシさん・・・」
彼の頬に触れる。愛おしいこの気持ちが伝わるよう何度も撫でた。
「先生愛してる」
ふにゃっと嬉しそうに笑った。
「先生はオレのモノになるの。オレの、オレだけの奥さん」
「だ・・・」
「え?」


「誰が奥さんだぁー!!バカヤロー!!」
撫でていた手で張り手をしてやった。


「テメー今まで俺のこと奥さんだと思っていたのか!」
「え?え?」
戸惑う彼を引きずって玄関から放り出した。
「せ、先生・・・?確かに同性婚は認められずに事実婚だけど、そのこと怒ってるの?ごめんなさい、オレもなんとか認めてもらおうと頑張ったけど反対派に圧倒されて」
「当たり前です。反対派のリーダーは俺ですよ!」
そういうと知らなかったのかショックを受けた顔をした。
「せ、先生、なんで?どうして?オレと結婚したくなかったの?」
ついにポロポロと泣き出した。
なんかちょっぴり可哀想になったので頭を撫でてやる。
「違いますよ。アンタは憧れの的なんだから同性婚なんてしたら次から次に同性婚していって人口が減少しますよ!いいんですよ。俺たちは事実婚で。そんなことじゃないですよ!ここ!ここなんて書いてあるか読んでください」
「うみのイルカ、はたけカカシ?表札がどうしたの?これ、記念だからって有名な書道家に書いてもらったやつでしょ?」
「そうですよ!よく見て!はいもう一回読んで、叫んで!」
「・・・うみのイルカ、はたけカカシ?」
そうだよ!分かんねーのかなぁ。分かんないって顔しているなぁ。
「俺の名前の方が先でしょう!つまり夫は俺!アンタが妻なの!俺の奥さんがアンタ!俺がセックス女役だからって奥さんだと思ってやがったか、バカヤロー」
ペシッと軽く叩くとポカンとした顔で見上げられた。
絶対、え?オレそんなことで殴られたの?って思ってるな。バカヤロー!そこは大事なところだぞ!
「俺は昔から可愛い嫁さんもらうって決めてたんです。いいですか、嫁になりたいじゃなくて嫁さんをもらうんです。それにはたけイルカ。意味わかんないじゃないですか!名前をいう度に、はたけにイルカはいませんよ。いくら哺乳類だからって陸に上がるわけないじゃないですか?畑で大根でも作るんですか?とかツッコまれて鬱陶しいでしょう!カカシさんはいいんです。うみのカカシ。海辺でもカカシはいます。おかしくないです」
「はぁ」
そうですかぁ?って顔やめろ!絶対言われるんだ!絶対だ!
「それから俺が今忙しなく働いてるのは、確かに貴方を支えるためであり、里のためですが、根本的に金を稼ぐためです。俺たちは貧乏なのです」
「え?確かにオレたちの私財は復興資金に寄付しましたけど、ちゃんと老後用にはとってますよ」
「それはアカデミーの資金に消えました!」
あーなんだよ、その顔。
うん、先生ならそうするよねってイイ笑顔しやがって。アンタの金が八割なんだから怒っていいと思う。それか無計画さに笑ってくれよ。
「だから稼ぐんです。今の職場は忙しいですが残業手当はしっかりつくんです!しっかり働いて、引退したらもう働かなくてもいいようにするんです」
「でも先生、オレが引退したって次はナルトだから結局ずるずるお仕事するんでしょ?ナルトたちから打診されたんでしょ?」
コイツ!どれだけ監視してるんだ。その話をしたのはカカシさんが二週間里を離れている時で、しかも一楽での雑談の中だ。俺でさえ忘れていたのに。
「しませんよ。もう俺は働きません」
キッパリ言い切ると、でも・・・とごにょごにょ言っている。ムカついたのでペシッと頭を叩いて引きずりながらまた居間にもどる。
まだ不満げな彼に苦笑して、鞄から今日頼んでいたヤツを取り出した。
「何?これ・・・?パンフレット?」
「ここから遠く離れた、海が見える場所です。・・・・・・カカシさん」
スッと背筋を伸ばし、

その場で土下座した。

「ここに、引退したら一緒に住んでもらえませんか?」

大きく、高らかに言い切った。

ヒュッと彼の喉が鳴った。
「海以外何もありません。街も人もいません。木の葉から遠いので滅多に友人などには会えなくなります。だけど、そうでもしないと俺たちまたいいように使われちゃうでしょう?」
顔を上げてニカッと笑ったが、うまく笑えたか分からなかった。
歯がガチガチと鳴った。全身がガクガクと震え、傍から見ても無様な姿だろう。
彼は泣かなかったのに。
震えもせず、酒の力は少しだけ借りて、真っ直ぐな目で一度もそらさず言ってくれたのに。
俺は出来ない。怖くて堪らない。
彼の愛を疑っているわけではない。
俺自身ついてきてもらえる器であるか、それが怖くてたまらないのだ。
「ここで二人だけで暮らすんです。暑いところなので毎日お揃いの浴衣を着ましょう。縁側作って海を眺めながら膝枕して耳掃除しますよ。自給自足しなきゃいけないから、二人で畑しましょう。『うみのはたけ』洒落っ気があっていいでしょう?ほら、やっぱり俺の名前の方がさき・・・」
言い終わる前に泣き崩れてしまった。言葉に詰まって口を開くと嗚咽ばかり出る。
情けなく、恥ずかしい。ここはビシッとしないといけないのに。
だって俺が夫だから。
カカシさんの、完璧な彼の夫だから。
だけど俺以上にウォンウォン泣いている彼を見ていると、もうどうでもよくなった。
かっこつけなくてもいっか。
だってもう、こんなに。

こんなに、俺の気持ちは伝わったんだから。


抱きしめ、頭をなでる。
こうしていると本当、子どもみたいだ。
可愛くて、愛おしい。
「会計係の女と話したのは引退後の資産運用についてですよ。女と言ってももう還暦まじかの方じゃないですか。それからお嫁さんにしたいナンバーワンのツバキちゃんと」
「ちゃん付けしないでぇ!」
「・・・ツバキさんと会っていたのはこのパンフレット取ってきてもらったヤツのお礼に合コンを開くためですよ。俺は参加しません。カカシさんがいるのにするはずないでしょう?」
っていうか皆怖がって誘おうともしないけどな。
「ラブレターは知りませんが、まぁ触らず処分していますから大目に見てください。ね?」
うーうーいいながら涙と鼻水を俺の服に染み込ませる。いいけどな、別に。洗うのカカシさんだし。
「まぁそういうことなんで、現役中はいっぱい稼ぎましょう。でも無理しちゃいけませんよ!引退後は畑するんですから。あ!だからやっぱり腱切るのはやめておいてもらえませんか?二人で畑仕事するの結構夢なんですよ」
そう言うとごにょごにょ言い訳していたが、最後にウンと頷いた。
「何にも不安になることなんてないんですよ。俺とカカシさんはずっと一緒なんですから」
「・・・・・・ウン」
そう言ってぎゅうぎゅう抱きしめた。


完璧な彼が、俺の前だけでは偶に完璧じゃなくなる。
だが、それは当たり前なのかもしれない。
愛は、誰でも平等に人を愚かにするんだ。

「カカシさんは引退後したいことありますか?」
「朝までえっち。一日中えっち」
この人は・・・。
呆れていると、スルリと服の中に手が入り込んだ。
「ちょっ、カカシさん!?」
「今から予行練習しよ?」
「明日は仕事で」
「だいじょーぶ。オレも先生も休みもらってるから。戦闘モードの先生見せて?」


やっぱり彼は完璧だ。
まぁ明日が休みならいっか。
彼の顎をとり、口づけを交わす。

完璧な日常がこれからも続いていくことを願いながら。
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