指定した場所は見るからにお洒落で高級そうだった。成程女性が好きそうなところで、流石チョイスの仕方が違う。
少し早めに来たためか、まだ誰も来ていなかった。
カカシさんと隣り合わせで座る。
「た、高そうなとこですね」
「そー?でも雰囲気って大事だーよ」
そうかもしれないが貧乏人にはとても痛い出費だ。って言うか、今いくら持ってたっけ?
「さっ、アンタの奢りだしいっぱいたーべよ」
嬉しそうにメニューを見る姿は憎らしい。
アンタの方が俺の数倍も稼いでいるくせに。
まさか晩飯をたかる為に女の子紹介するんじゃないだろうかと疑ってしまう。
まぁそれぐらいしないと割に合わないのかもしれないが。
適当に注文している彼の横で段々と緊張して来て、水ばかり飲む。
とにかく喉が渇いた。水はタダだしな。
「緊張してるの?」
クスッと笑われた。
「悪かったですね!こういうの慣れてないんですよ」
「分かってるよ。大事だーよ、アンタみたいなウブで奥手そうなのが好きな奴集めてもらってるからさ」
「本当ですか!」
すごいなー、気の利き方が凄すぎる。スマートで場慣れしていて、彼にとってこんなことたいしたことないんだろうな。
そう思うとモヤモヤっとまた嫌な気がした。
「カカシ!」
ゾロゾロと女が四人ぐらいやって来た。中でも一番派手そうな女がカカシさんに抱きついた。
「もー、こっち戻ってるなら連絡してくれればいいのにー」
「あーはいはい」
成程、アレが彼女なのか。とても美人だ。確かに胸と尻がデカくて頭が空っぽそうだが。
他にも美人から可愛いどころまで集まっていた。これが彼が式で呼べばすぐ集められる人脈なのか。すごいな。
「まぁ座って。これが今日の主役」
「は、初めまして。うみのイルカです」
「やだー、かわいー」
「若いねー」
口々に言われてその勢いにウッとくる。
って言うか、可愛いって。もうすぐ二十歳の男に言うことか?
「興奮しないの。とりあえず自己紹介、あと食べ物は適当に選んだから飲み物えらんでね。カクテルはこっち、ノンアルコールはこれね」
パッパッと仕切られてスムーズに進む。
女たちな最初は興味本位なのか入れ替わり立ち代わり俺のところに来たが、時間が経つにつれ彼の方へと行ってしまった。
何となく読めた展開に苦笑しながらも料理を食べていると、彼の周りに行かずポツンと座っていた女がいた。
確か、菫と名乗った可愛らしい良妻賢母のイメージだった。
「取り残されちゃいましたね」
そう話しかけるもニコッと笑った。
「カカシさん、人気ですものね」
「貴方もカカシさん目当てでした?」
そう言うと伏し目がちなりながら首を振った。
「私はもう、振られてて」
失敗したと思った。そんなこと言うことじゃなかった。
「すみません」
「いいんです。もう大分前で、吹っ切れたつもりだったんですけど」
そこで言葉を切った。
「今日、彼から呼ばれて。ノコノコ来ちゃいました」
困ったような悲しいような顔で笑った。
ズキッと胸が痛んだ。
「やっぱり、どこか未練があったのかな?今、百合と付き合ってるのは知ってたのに。直接見ると辛いって分かってたのに。なんで来ちゃったんだろ」
酷い、と思った。
もし、それが本当ならなんて酷い人なんだ。
「最低です」
自分でも吃驚するぐらい低い声がでた。
怒りで手が震えていた。
そんな俺の様子を見ていいんですと笑った。
「私みたいな重い人は苦手だそうです。もっと気楽に付き合えるような人がいいと」
「・・・・・・」
「私はそんな人間にはなれません。だから諦めたんです」
ごめんなさい、つまらない話をしてと苦笑した。
俺は緩く首を振った。
「アイツは見る目の無い、馬鹿です」
「うふふ、そうね。でもね、とても可哀想な人」
何も言わず二人してじっと彼の方を見る。
美女に囲まれながらも無表情で酒を飲んでいた。
「愛することを恐る、可哀想な人」


三時間ぐらいして、店を出た。
次に行こうと言い出す女たちを横目に失礼しますと頭を下げた。菫も同様に帰るようで途中まで送った。
様々な話をしたが、お互い恋をする対象とは見ておらず、連絡先も交換しないまま、またと別れた。
あんなイイ人だ。きっとそのうちイイ人と巡り会えるだろう。
別れてから少しして、見慣れた人影が静かに立っていた。
「カカシさん」
あの女たちとイイコトしていると思っていたので、こんなところにいるとは予想外だった。
これはもしかしなくても、俺を待っててくれたのだろうか。
「ちゃんと連絡先交換した?」
「いいえ」
「・・・残念。アンタに合うと思ったんだけどなぁ」
その言い方に今日の本命は彼女だったのだと知った。
「彼女が好きなのは、カカシさんですよ」
そう言うと面倒くさそうに頭をかいた。
「振ったつもりなんだけどねぇ」
「正直言うと今の彼女より何倍もイイ人だと思いますけど」
今日見ていただけでも、まるでブランド品のバックのようにカカシさんを扱っていた。最も同じようにカカシさんも扱っていたが。
「そんなに気軽な関係がいいんですか?」
「重いのは面倒なんだよ」
その言葉に、カッとなった。

「重いってなんですかっ!!」

想いが重いのか。それって悪いことなのか。
アンタをブランド品のバックのように扱う女より、アンタのこと何倍も分かっていて、何倍も気にしている女の方が劣ってるというのか。
バカにするな。
バカにするな。

「重くない愛は、愛なんかじゃない!!」

そんなのただの快楽だ。
愛でも恋でもない。

ハンッと鼻で笑われた。
蔑むような目でこちらを見ていた。
「言うね」
だが怯むつもりはない。
怖くなんかない。
彼はただ哀れな人だった。
「恋人のいたことないアンタに何が分かる?」
「確かに恋人はいません。でも本気で人を好きになった人なら知っています」

例えば両親。
苦しみを乗り越えて一緒にいて毎日楽しいと笑っていた。
例えば菫。
振られた相手なのに慈しむように見ながら、彼の幸せを願っていた。
例えば。
例えば、カカシさん。
未来からわざわざ俺の約束のために来てくれた彼。大好きで相手を失うことを恐れて、小さな絆を運命だと、決して簡単に切れぬ運命だと言い切った彼。

あれを重いと言うのか。
あんなものよりも気軽な関係の方がいいと思ってるのか。
それが愛だと言うのか。

「アンタなんて嫌いです!」
人の好意を踏み躙り嘲笑う、アンタなんて嫌いだ。
今幸せなんだと笑うカカシさんを思い出す。
あぁ、そうだよ。
「未来のアンタは恋人といれて幸せだって笑ったんだ。すごく、すごく幸せそうに。俺は」
俺はそんなアンタを見て。
その相手が俺でとても嬉しかったんだ。
アンタをそんな風に幸せにできるって知って嬉しかったんだ。
「そんなアンタが好きだった・・・っ!アンタをそんな風に幸せにしてあげたいって思ったんだ。アンタはそれを重いって笑うのか!これが愛なんかじゃないって言うのか!バカにするな!」
愛を重いと笑うアンタが、一番愛を語ってはいけないんだ。
その権利は、愛にひたむきな人だけが許される権利なんだ。
「アンタなんて大ッ嫌いだ!!」
叫び終わってはぁはぁっと息が乱れていた。
虚しい。
なんて虚しいんだ。
「・・・・・・今日は色々と御迷惑をおかけしましたもう二度と貴方の前には現れませんさよなら」
捲し立てるように言うと振り向かず走り去った。
もう一秒も彼の顔なんて見たくなかった。



「おかえり」
部屋に戻ると未来のカカシさんが来ていた。
相変わらず穏やかな目で愛おしそうにこちらを見ていた。
「・・・・・・本当、今の貴方って嫌な奴ですね!!」
「あれ?なんかしちゃった?」
今日のことを淡々と伝えると困ったように笑った。
「んー、最低だぁね」
「本当ですよ!もういいです!二度と会いません!」
「まぁまぁ落ち着いて。一つだけね、フォローさせてもらうと、菫に冷たい態度をとったのは彼女のためなのよ」
「はぁ?」
そんな訳あるか。あんな傷つけといて彼女のためなんて。
「それぐらい酷い人じゃないと、諦めないデショ?」
じゃあわざとひどい言葉で振り、それでも想ってくれているのを知ってわざとバカっぽい恋人といるのを見せつけたっていうのか。
「そういう人を舐めた態度が嫌なんですよ。思うことがあるなら正々堂々と彼女に言えばいいのに、自分が悪役になれば終わるみたいな偽善的な態度で。結局それで傷つけるんですよ」
彼女も、・・・・・・自分自身も。
もーなんだか良く分からないが腹立つ!
そう思っていると、カカシさんがぼんやりと俺を見ていた。
「カカシさん・・・?」
「イルカは相変わらずだね」
遠い目をしながら。
「相変わらず、強くて真っ直ぐで優しい」
それは俺を見ながら俺じゃない人を見ていた。
「大好き」
そう言われて、ドクッと心臓が高鳴った。
俺に言っているわけじゃないのに。
あんな、酷いことをする人と同じ顔で。
七年でこんなにも人が変わるのか。
あんなに愛することを拒絶していたくせに。
こんなにも。
こんなにも人を愛するのか。
そうしたのは誰でもない、未来の俺だ。
俺だ。
でも今の俺じゃない。

あの瞳の先にいるのは、今の俺じゃない。

それが、とても寂しかった。

「あのさ、もう会いたくないなら会わなくて良いよ」
彼は静かに言う。
「ただね、もし、もし彼が謝りにきたら、彼の方からきたら、会ってあげて。ね?」
それはイルカが思う以上にとても、とても勇気を出した行動なのだから。
そう言われれば、そんな切なげに言われれば頷くしかない。
だが、あのプライドの高そうな人が謝りになど来るもんかと思っていた。
肯けば嬉しそうに笑った。
「約束」
子どもっぽく小指を出された。
そんな可愛らしい姿に思わず笑った。
「はい」
小指を絡ませそうにしたところで、彼は跡形もなく消えてしまった。
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