掃除して洗濯して。
いつもと変わりない生活を送る。
明後日、誕生日を迎える。
きっと、傍には誰もいないけど。
父ちゃん、母ちゃんごめん。
まだ貴方たちのようなパートナーは見つけられないみたいだ。
(でもいい)
愛することを、本気で知った気がする。
知れば知るほどいかに両親が素敵だったか分かる。
まだ、そんな相手はいないが、俺もいつか。
いつか、そんな人と家族になりたい。

やることがなくなってぼーっとする。
これからどうしよう。
今更誰かに会うのは億劫だ。
そういえば。
初日のことを思い出す。
美味しい料理と風呂を沸かして待っていてくれた。あのすき焼きの味は今でも忘れられない。
未来のカカシさんはいつも夕方か夜に現れた。
(暇だし、料理作って待ってみようかな)
そしたらきっと。
きっととびきりの笑顔で喜んでくれるはずだから。


とりあえず無難な和食にするべくスーパーに向かう。料理をするなんて久しぶりだ。それも他の人に食べさせるなど滅多にしたことがなかった。普通の料理しかできないけど。
食材と睨めっこしながら、ふと思う。
俺、彼のこと何も知らない。
好きな食べ物とか嫌いな食べ物とか。
趣味とか、休日なにしてるとか。
俺の、どこが好きなのかとか。
(本当どこが良かったんだろ・・・)
一目惚れだと言っていたから顔か。いや、それだけはない。自信を持って言える、ない。
あんなにベタ惚れになるほど、何があったのだろう。
教えてほしい。
そしたら。
そしたら、俺でも彼にーーー・・・。
(彼?)
彼って、どっちだ?


鮭が安売りしていたのでメインをそれにして、それに合うよう食材を買った。
スーパーを出ると見慣れた人物が通りを歩いていた。
(カカシさん・・・)
だが隣には恋人がいた。
その姿にひどく落胆した。
分かっていたはずなのに。
彼は変わらない。変わろうとなんてしない。
何を期待していたのだろうか。
俺と目が合うとむっつりした表情になった。俺も同じようにむっつりとする。
もういいじゃないか。
彼など、どうでもいい。
フイッと視線を外し、歩き出した。
どうでもいい。
勝手にしろ。


料理をしていると居間から物音がした。
見るといつの間にか未来のカカシさんがまるで自宅のように寛いでいた。
「飯作ってたの?」
「はい。カカシさんもどうかなと思いまして」
「・・・・・・オレ?」
心底吃驚した表情になった。
(あれ・・・?)
もっと、何ていうか、わーいイルカの手料理ーと喜んでくれるかと思ったのに。
その、初めて言われたみたいな表情はどういうことだろう?
だって、恋人なんだろ?メシぐらい俺が作ってあげてないのか。
(どれだけ傲慢なんだよ、俺)
「そんな吃驚しなくていいじゃないですか。メシぐらい作りますよ」
「う、うん・・・」
ボリボリと頭をかいた。
「あ、今日鮭にしようと思ってるんですが大丈夫ですか?苦手なものとかありませんか?」
「あ、大丈夫。魚好きだし・・・」
苦手なのは天ぷらだからとボソボソ喋った。
なんだかいつもの勢いがない。不思議に思いながらも料理を続けた。
「・・・・・・オレの、ため」
ポツリとカカシさんが呟いた。
「嬉しい・・・」
どうやら喜んでくれているらしい。
こんなことぐらいで、本当変わってるな。
ふふっと思わず笑みがこぼれた。
「今日、謝りに来た?」
「来ませんよ」
彼の話をされてムッとなる。
「それどころか街で彼女とデートしてましたよ」
「ふーん?じゃあもうそろそろ来るかな?」
「来ませんよ。来たって知りません!」
「まぁまぁ。約束デショ?」
そうだけど、そんな気分じゃない。最も来ないと思うけど。
「お陰で後二日暇になっちゃいましたよ」
「へー、イルカでも暇なんてあるんだ」
クスクスと笑われ居た堪れない。
「未来のイルカはね、もうずっと忙しくて。休みも家事とか残業とかでバタバタして、知り合いもたくさんいて、オレとの時間確保するのにどれだけ大変か」
「へぇ」
想像できないなぁ。七年後、俺は何をしているのだろうか。
「カカシさんって俺のどこが好きなんですか」
いい流れだと思って聞きたいことを聞いてみた。
「全部」
「・・・えー」
「全部、ぜぇんぶだーよ。嫌いなところなんて、一つもない」
そこまで言い切るのか。盲目具合はいっそ天晴れだ。
ポッと浮かんだのはこの時代のカカシさん。
重いと愛を切り捨て、うわべだけの関係に身を投げている馬鹿な奴。
あの馬鹿に、このカカシさんを見せてやりたい。
彼はこの姿を見てもあんな事を言うのだろうか。重いと鼻で笑うだろうか。
鼻で笑われるのは、アンタだよ。
こんなに精一杯愛することができないアンタこそ、鼻で笑われるのだ。
いーなーと素直に思う。
俺もこんな感じに愛されたい。
愛されたいのだ。
「カカシさん」
「んー?」
「明後日、暇ですか?」
シーンとなる。
あれ?と思っているとふらりと台所にカカシさんがやって来た。
「もしかして誘われてる?オレと誓ってくれるの?」
「それはないですけど、一人だと寂しいし。一緒に祝ってもらえると嬉しいです」
そう、寂しいのだ。
せっかく色々考えていた誕生日を無駄になり一人で過ごすのは寂しいのだ。
「オレとのこと、諦めちゃうの?」
「どうせ七年後カカシさんと会うんですよね?その時からカカシさんとの関係は考えようかなぁって思いまして。今の貴方は嫌いだし」
「それって聞きようによっては、オレのこと好きって言ってるみたいだよね」
「?好きですよ」
そう言うと目を見開いて固まった。
「イイ人ですよね」
ニッコリ笑う。
そう言うとまいったなぁと呟きながら頭をかいた。
「イイ人、ねぇ」
「はい!」
「イルカには本当敵わないよ」
どういう意味だろう。頭をかしげると苦笑された。
「このまま攫ってしまいたい」
ぎゅっと抱きつかれた。
決して強くなく、まるで壊れ物を扱うかのように、大事そうに。
愛おしそうに。
「イルカ・・・」
まるで泣きそうな声て呼ばれて心が震えた。
どうして。
「イルカ・・・」
どうして、そんな切ない声で。
「愛してる、イルカ・・・」

そんな悲しそうに俺の名前を呼ぶんだーー・・・?

その時チャイムが鳴った。
ハッと我に返って、彼を押し返す。
「あー、ごめーんね」
「いえ・・・」
なんとなく気恥ずかしくて、足早にその場から離れる。
何、ドキドキしてるんだろ、俺。
少し火照った顔を隠すように振りながら玄関に向かう。
俺の家を訪れる人なんて任務の緊急の呼び出ししかない。
やれやれどうやら短い休みが終わるみたいだ。
せっかく飯作ったし、できればカカシさんと食べてから行きたいな。ダメならせめてカカシさんだけでも食べて欲しい。
ため息をつきながら出ると、予想を反して、彼が複雑そうな顔をして立っていた。
どうやら住所を調べてまで来たらしい。
本当に来るとは思わなかった。
ここに来てまで彼が俺との仲を修復したいと思わないと思っていた。
まったく未来のカカシさんは予言者か。
「何の用ですか?」
昨日の怒りは消えていない。ブスっとした顔で言うとカカシさんは項垂れていった。
「・・・あの女とは別れたから」
第一声がそれだった。
だったらなんだ。
別にそんなこと頼んでいない。
「別れて欲しいわけじゃないです」
「分かってる。ただもうああいう関係はやめる」
「・・・そうですか」
ジッと見つめるといたたまれないのか顔は伏せたままだった。
「菫にも、ちゃんと謝った。ちゃんと、話した」
そう言って口布をおろした。
美しく白い肌にはくっきり赤い手形が二つついていた。
よけられない彼ではない。わざとそうして誠意を見せたのか。
ふぅと息を吐く。
少しは俺が言ったことを理解し、反省してくれたみたいだ。
「・・・・・・あがりますか?」
「ん」
「未来のカカシさんが来てるんですよ。・・・あれ?」
居間に行くとそこには誰もいなかった。もう戻る時間だったのだろうか。イマイチこの戻るタイミングがマチマチで読めない。
「いないの?」
「みたいですね・・・」
もう少しで完成したのに。出来かけた料理を見る。
まぁ仕方ないか。
「夕飯食べました?良かったら二人分あるんですけど」
そう言うと顔を顰めた。
「何、アイツの代わりなの?」
「だってカカシさん来ると思いませんでしたし。来るなら用意してましたよ。いらないならいいです」
「いらないとは言ってないデショ!」
ぷりぷり怒りながら座った。すぐ怒る人だなぁ。カルシウム足りてないのか。今度煮干でも食べさせよう。
「カカシさん苦手な物あります?魚は好きだと聞いてるんですけど」
「好きだけど」
けど、なんだ?
「・・・何か他の奴から言われると気持ち悪い」
そうか、そういう感覚なのか。
確かに自分が二人いると思うとなんだか気持ち悪いよな。彼の前で未来のカカシさんの話しをするのは止めよう。
「鮭が安かったんですよ。口に合えばいいけど」
「アンタ料理するんだ」
「偶にですけど。金ないし」
ふーんとどうでもよさそうに言った。
「カカシさんは作れるんですか?」
「さぁ。興味ないからしたことない」
へぇー。未来のアンタは上手だったけどな。
もしかして。
もしかして、俺に好かれるためにしたのかもしれないけど。
喋ることがなく黙々と食べる。
食べきってお茶を出したところでカカシさんが口を開いた。
「あのさ、その・・・」
言いにくそうにもごもごと口を動かす。

「つ、付き合ってあげてもいいよ」

「はぁ?」
いきなり何言い出すのだ?
「ア、アンタ昨日オレのこと好きだって言ったデショ?まぁ、そこまで言うなら付き合ってあげてもいいよ」
昨日?好き?言ったっけ?

「俺は、そんなアンタが好きだった・・・っ!」

「あぁ」
思い出した。
「好きですよ?」
そう言うと顔を赤くしてニヤニヤしながら頭をかいた。
「まさかオレが男と付き合うことになるとはね。でも、まぁアンタ可愛いし。そこまで言うなら」
「なんか放っておけないというか。自分から不幸な方へ不幸な方へ行くダメ犬みたいな?ほらバカな犬ほど可愛いって言うじゃないですか」
「い、ぬ・・・?」
ピシッとカカシさんが固まった。
先程まで赤かった頬は一気に青白くなる。
「まぁカカシさんは犬というより猫っぽいですけどね!」
「ねこ・・・」
警戒心が強いところとか、気まぐれなところとか。うん、やっぱりカカシさんは猫っぽい。
一気に静かになってしまったカカシさんを見る。
なんか同じ光景今日一度見たなぁ。
未来のカカシさんも好きとかどうとかでえらく興奮していた気がする。
「アンタがモテない理由が分かったよ・・・」
フイッと顔を背けた。
どことなく機嫌が悪そうだ。さっきまでニヤニヤしていたくせに。
変な奴と思いながらお茶を飲んだ。
「オレをこんなに振り回すのはアンタだけだ」
「そうですか?」
「まぁ皆オレの顔とか、肩書きとかで寄ってくる奴らだけどね」
吐き捨てるように言う。
「そういう人しか寄せ付けないからでしょう?」
菫のように、きちんと見てくれる人はいるのに、重いと遠ざけてきた。
図星だったのかバツが悪そうな顔をした。
「貴方をちゃんと見てくれる人はたくさんいるはずです」
「いないよ」
「いますよ。貴方が気づいてないだけだ。振り返ってみてください。親とか先生とか仲間とか」
「いない!」
ドンと強く卓袱台を叩いた。

「もう、誰もいない!」

そうか。
ようやく気がついた。
彼もまた、大切な人たちを失ってきた人なのだ。
だから新しく大切な人を作るのを怖がっている。また失えば、とどうしても思ってしまう。
俺も。
俺もそうだったから。
両親を失ったあの日から。
「俺も、思ってました。もう大事な人を作るのをやめようって。無意識ですけど、失うのが怖くて、どうしても深い仲になるのを躊躇してました」
失ったのは両親だけじゃない。
住む家も、同級生も、大好きだったアカデミーの先生も。
そういうのが一気になくなって、怖かった。
だから無意識に友だちを作るのをやめた。会えば会話するが、休日まで会わない。住所も教えない。幸い任務が忙しくて、人と遊ぶ余裕なんてなかったけど。
寂しいのに、人を寄せ付けない。
人を寄せ付けないから、もっと寂しくなる。
ひどい悪循環だった。
分かってる。
でも、怖かったのだ。
「だけど、未来のカカシさんに会って思ったんです。こんなに、こんなにも人を愛するのかって。それってどんな気持ちなのかって。あんなに愛されたらどれだけ幸せなのかなぁって。俺もあんなに人を愛せたらどれだけ幸せなのかなぁって」
「・・・・・・」
「カカシさんは、そんな風に人を愛したことがありますか?愛されたことは?」
「さぁ。分からない」
「未来のカカシさんは、本当に、本当に全身で愛を叫んでいて、あんなに人を愛する人、初めて見ました」
「・・・・・・アンタは」
ちらっと俺を見上げる。
「未来のオレのこと、好きなの?その、恋愛的な意味で」
「恋愛・・・?」
そう聞かれて考えてみる。
「違うんじゃないですかねぇ?」
「何その曖昧な答え」
「だって彼は未来の俺のモノだし」
あの瞳に、俺はうつってはいない。俺を見ている時ですら俺を通して未来の俺を見ている。
少しの隙間なく。
そこには誰も寄せ付けない、立ち入らせない絶対的領域だった。
だから俺はその外側で、羨ましそうに眺めているんだ。
愛されたいと。
あんな風に愛されたいと。
そして、愛してあげたいと。
「俺、自分では自覚してないほど寂しかったみたいです」
「埋めてくれるなら誰でもいいの?」
「無機質な物よりは」
部屋中に散らばった本や巻物などでは孤独なんて癒せない。大きなヌイグルミでも。

人を癒せるのも、人でしかないのだから。

「カカシさんは気がついてたんですよね。賢いから。だから人が苦手でも切ることは出来なかった」
「オレは・・・・・・」
「でもね、カカシさん。人って鏡なんですよ。適当な付き合いをしたいと思ってたら適当な人しか来ません。逆に真摯に付き合いたいと思えば誠実な人が来るんです」
そう言うと押し黙った。
カッコイイこと言ったが、今のは両親が口酸っぱくいわれた言葉だった。
だから、誰にも誠実に向き合わなければならないと。
「だから俺、ちゃんと誠実に向き合おうと思って。その人ときちんと付き合っていきたいから」
「っ!!」
途端弾かれたように顔をあげた。
ひどく焦っているような顔だった。
「アンタ、そんな人いないってっ!」
「?」
「オレはっ!そんな風にアンタと向き合っていこうと思ったのにっ」
「俺もですよ?」
「だからっ!・・・・・・え?」
「俺も、カカシさんと向き合っていこうと思ったんですよ?」
そう言った途端、カカシさんはかぁぁと真っ赤になった。
それにつられて俺も同じように赤くなる。
だって、何だか。

何だか、告白しているみたいだった。

コンコンの窓から音がしてみると式だった。
俺宛てかと思ったが式はカカシさんのところへ行った。
「チッ、人使いが荒い」
「任務、ですか?」
「みたい」
当然の事のように頷く。
だが彼はまだ怪我が治りきってないはずだ。
真っ青な顔をしていると、安心させるかのようにフッと笑った。
「まっ、大した任務じゃないから安心してよ」
「でも」
暗部の任務に大したことない任務なんてない。
俺が蹴っただけであんなに苦しむような大怪我をしているのに。
「それよりも、さ」
照れたように頭をかいた。
「明日、任務終わったら来てもいい?」
「え?」
「明後日イルカの誕生日なんデショ?祝ってあげるよ」
笑いながら、とても嬉しそうに。
初めて、俺の名前を呼んでくれた。
そうだよ。
俺はこの笑顔を見たかったんだ。
「っ、はい!」
大きく頷くと、バッと勢いよく抱きしめられた。
力強く、存在を確かめるかのように。
壊れ物のように触れた未来のカカシさんとは違った。
でも。
俺が欲しかったのは柔らかな腕じゃない。
確かな温もりだった。
「行ってくる」
耳元で囁くと、目に止まらぬ早さで窓から出ていった。
夜風がふわっと部屋に入ってきて髪の毛を揺らした。
「・・・行ってらっしゃい」
久々に使う言葉にほんわりと胸が熱くなる。
また、その言葉を使える日がくるなんて。

「ご武運を」

それは、大切な誰かを思いながら送る言葉だった。
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