こんなにそわそわするのは何年ぶりだろう。
朝から落ち着きがなくしなくてもいい窓掃除とかトイレ掃除とかとにかく駆け回っていた。
買い物に行くと、あれもこれもと手を伸ばしてしまいカゴに山積みになった商品を見て慌てる。彼は泊まる、ということなのか。ならば歯ブラシとか着替えとか買わなければならないのか。明日は?明日分の料理はどうすればいいのか。ケーキは自分で買うべきか。蝋燭は年の数買うべきかなどいっぱいいっぱいだった。
あっちこっち駆けずり回り一人で慌て、空回りしている。
何やってるんだろうと本気で思った。
だけどとても楽しくて堪らなかった。



「遅い、なぁ」
時計を見ると21時を回っていた。夕方にあわせて作った料理はすっかり冷めている。
分かっている。
相手は任務だ。いつ、どうなるかなんて分からない。ましてや彼は暗部だ。高ランクの任務をしているのだろう。
分かってる。
誕生日なんてただの記号だ。その日に何かしないと年がとれないわけではない。少し過ぎても祝ってくれるという気持ちがあればいいではないか。
そんなこと、分かっている。
分かっているけど。
それでも一年に一度まるで自分の日のような、そんな大切な時間なのだ。
どうしても、期待してしまう。
そういえば。
ふと昔を思い出す。
両親は必ず誕生日には休みをもらってくれた。大人になって分かるが、それはとても大変なことだったのだ。
その日だけは、甘えん坊で我が儘になった。
母ちゃんは俺の好きなものだけを作ってくれ、父ちゃんはずーっと遊んでくれた。そして三人でケーキを囲むのだ。
年の数だけある蝋燭に願いを込めて吹き消す。
あの時、俺はいつも同じことを願っていた。

『来年も父ちゃんと母ちゃんで誕生日ケーキが食べれますように』

その夢はもう随分前に叶わなくなってしまったが。

あれ以来、誰ともケーキを囲わなかった。とにかく生きるのに必死だった。
それなのに今年は彼と囲う。数日前までは名前も知らない人だったのに。
時計を見ると22時を過ぎた。
彼は来ない。未来の彼も。
寂しい。
寂しいなぁ。
一人なんて、慣れていたはずなのに。

それからどれぐらい経ったであろう。
ぼんやりとした頭に寝ていたのだろうと分かった。何時だろうと時計を見ようとした瞬間。
ゾクッと。
戦地でも感じたことのない身震いするほど冷淡な殺気を感じた。
瞬時にクナイを握る。
まさかこんな時に敵がーー。

コンコン。

恐ろしいほどの殺気を放ちつつ、小さなノック音がした。チャイムではなく、ノック。
「イルカ」
聞き覚えのある声がする。
「イルカ」
いつものような、変わらない声色。
「開けて」
なのに、なぜこんなにも。
こんなにも震えが止まらないのか。
本能が、警戒音を鳴り響かせる。
開けてはいけない。
「開けて」
この先にいるのは。
いるのはーー・・・。

「イルカ、オレだよ。開けて」

ガチャっと開けた。
だってこの先にいるのは、カカシさんだ。
俺が今日ずっと待っていた人だ。
怖くなんかない。
怖くなんかない。
そこには暗部服を着たカカシさんが血まみれで立っていた。
ゾッとするような殺気と共に。
「遅くなってゴメンね。ちょっと手間取ってさ」
「お、つかれさまで」
怖くない筈なのに声は震えてきちんと喋れなかった。歯がガチガチと鳴り息苦しい。
「今日ね、人を何十人も殺したよ。女も子どもも老人も。姿形は違うけど悲鳴と血の色だけは同じなんだよね。もうグチャグチャ」
そう言ってめんどくさそうに頬についた血を拭う。全身を見渡し、血色で染まった自身を見て二ィっと笑った。
「ねぇ、イルカ。これが、オレだよ」
一歩、近づいた。
血を吸った草履からはビチャっと嫌な音がする。
「毎回毎回何十人も殺す。老若男女関係なく。もう殺した人数すら覚えていないぐらい。オレは殺すか食うか寝るかそれしかない。それが、オレだよ」
一歩、近づく。
「思い出したよ。昔それなりに人と付き合おうと思ってた時期もあった。本音ぶつけたり?相手のこと思ったり?でもさ、みんなこの姿見たら逃げだした。同じ忍でも、オレは異様に見える見たい。恐いって、気持ち悪いって。だから諦めた」
一歩、近づく。
「でも、イルカは違うデショ?ちゃんと誠実に向き合うんだよね?向き合えばこんなオレでも受け入れてくれるよね?」
玄関の仕切の前でピタリと止まり、腕を伸ばして俺の腕を掴んだ。
ギュゥッと、力強く。
まるでそれが俺と彼の境界線のようだった。
血と腐敗した臭いが鼻につく。
血まみれの手で掴んだことで俺の服がじんわりと赤く染まっていった。
俺の腕はみっともなく震えていた。
「ねぇ、イルカ」
彼が名前を呼ぶ度大きくビクついた。心は認めてなくても体は正直に彼を拒絶している。
怖い。
怖くない。
怖い。
怖くない怖くない。
怖くない怖くない怖いはずなんてない。
「カ、カシさ」
「受け入れてよ、ねぇ」
受け入れなきゃ。
彼は試しているのだ。こんな姿を見せても恐れないか試しているのだ。
ならば答えないと。
怖くないって。
どんな姿だって平気だって。
だって彼はカカシさんなのだ。
今日ずっと待ってたカカシさんなのだ。
俺と同じように寂しくて怖がりで人恋しい人なのだ。
人を愛したくて、愛されたい人なんだ。
受け入れなきゃ。
今受け入れなきゃ、きっと。
きっと、ダメになる。
「カカシ、さん・・・」
なのに、何で震えるんだよ・・・っ。
同じ、仲間だろ。
「・・・怖いんだ?」
フッと笑ったような気がした。
顔を上げると冷淡な顔をしてこちらを見下ろしていた。
「イルカも他の奴らと一緒なんだ?結局最後で見捨てるんだ。・・・・・・それなら、それでもいい」
ズカズカとあんなに躊躇っていた境界線を易々と越える。腕を引き床に押し倒された。
「ーーっ!」
「悪いけど、逃がさないよ」
鈍い痛みに頭がチカチカする。
赤い目がギロリとこちらを睨んだ。
「怖がっても逃がさない。イルカが悪いんだ。アンタから勝手にやってきて、オレの心乱して、希望みせるような真似して、それなのに最後は放り出すなんて許せるわけないデショ?」
そう言って抱きしめられた。
息苦しいほど、強く。
「いたっ、痛いですっカカシさん・・・っ」
「 アンタはもうオレのものだ。絶対放さない・・・っ 」
これが俺が望んでいた愛の結果なのか。
お互い傷つけ、せっかく芽生え始めた恋はこんなに呆気なく壊れていくのか。
ここ数日の彼を思い出す。
初めて彼の家に行ったとき、迷惑そうな顔をした。
次に行ったときも。彼は人を避けているのだ。
彼の秘密を露見したとき、激怒した。
怪我を指摘したとき、今なら殺せると言った。
内側を覗かれるのを彼は激しく嫌悪する。見せない、寄り付かせない。
そんな人なのに。
俺が嫌いだと叫んだことで、考えを改めてくれた。怖がりながらも歩み寄る彼に俺は手を伸ばした。
彼と向き合おうと本気で思ったんだ。
だからこんな殺気たいしたことないのに。
彼が自身を晒すことをどれだけ恐れているか知っているはずなのに。
震えれば、怯えれば傷つくことを知っているのに。
どうして、怯えてるんだよ・・・っ。
抱きしめないと。怖くないと抱きしめてやらないと。
動け。
動けよっ。

「止めろ」

引き離された力は強く、確かだった。
気がつけば彼との間に人が立っていた。
「駄目だよ。それ以上は、駄目だ」

そこには、未来のカカシさんが立っていた。

「カカシ、さん・・・?」
ぼんやりと立ち尽くしていると未来のカカシさんがニコリと笑った。
「ごめんね。怖い思いさせたね」
「触るなっ!」
カカシさんが暴れるのを諌めるように未来のカカシさんが動く。ピリピリとした殺気が辺り一面に広がり呼吸をするのも息苦しかった。
「イルカはオレのだっ!未来からきたとか関係無い!奪うなら殺す」
「青臭いガキだな。そんなんだから渡せないんだよ」
お互い睨み合う。
「渡せない?まるでイルカを所有物みたいに言うんだな」
「・・・・・・」
「未来からイルカを今のオレと恋人にするために来た?オレがそんな善意なことするわけないデショ?何年たとうがオレが変わるはずない。何が目的なんだよ。まさかイルカを奪いに来たのか?」
「何言ってっ!」
未来のカカシさんがどんなにそれを渇望してたのか知らないくせに。
そんな勝手なことを言う彼が許せなかった。
「イルカは黙ってろっ!!!」
大声で彼は叫んだ。
「なんでアイツの肩持つの?アイツにはなんの感情もないんデショ?イルカはオレがっ、今のオレが好きなんだろっ!!誰にも渡さない、イルカはオレのなんだ!」
「・・・・・・それで?」
大声で叫ぶ彼とは違い冷ややかな面持ちで言った。
「それで無理矢理イルカをモノにして、その後どうなるか考えたことはあるか?」
「カカシさん・・・?」
静かな声だった。
憤っているような、怯えているような声だった。
目は辛そうにじっとカカシさんを見ていた。
どうして?
どうして彼がそんな顔をするのだろうか。
それは、まるで。
まるで。

「オレはあるよ」

懺悔のようではないか。


「そうなった後、どうなるか知ってる」



「何言って・・・」
戸惑った声で彼が聞いた。
「違いますよね?だって貴方は未来の俺の恋人だって。だから昔の願いを叶えてくれるために・・・」
俺も混乱しながら言う。
そうだ。
そう言ってくれたはずだ。
任務から帰って疲れて死にそうなとき、彼は温かい料理と風呂を沸かして俺を迎えてくれた。慣れた手つきで台所を使っていた。
優しい笑顔で俺の話を聞いてくれた。
俺のことよく分かっていた。
俺たちは結ばれる運命だって、言ってくれたじゃないか。
俺の夢も笑わず真剣に叶えようとしてくれた。
全身で、未来の恋人への愛を伝えてくれた。
あれが、嘘なわけない。
嘘なはずない。

「違うよ」

ハッキリと言い切った。
頭が真っ白になる。
嘘だ、違うと叫びたくなる。
彼がどれだけ愛していたのか知っている。
あの顔も、言葉も、全部嘘だなんて思えない。
なのに出たのはひゅっとした小さな息だった。

「オレはイルカの恋人でもなんでもない」

あれが、全部嘘。
「うそ・・・。うそだ・・・」
そんなはずない。
そんなことあるはずない。
「オレは無理矢理イルカをオレのモノにしたんだよ。とっても酷いやり方でね」
「嘘だっ!俺は、そんな奴に約束のこと喋るわけないっ!」
そうだ。今まで誰にも話さずきっとこの先も話さないような恥ずかしい約束だ。それこそ信頼の証だ。それを無理矢理した人なんかに教えるはずない。
「暗示をね、かけたの」
これでね、と左眼を指さした。
写輪眼。
「イルカのこと、なんでも知ってる。言いたくないような秘密も全部喋らせた。プライバシーも人間としての尊厳も関係ない。オレは好き勝手したんだよ」
最低デショ?
そこにいるオレなんかじゃ比べられないぐらい酷いことしたの。
ずっと、ずーっとね。
シーンと静寂に包まれる。
違う。
違う違う。
だってこの人は。
この人は、俺のこと愛してた。
「愛して、なかったの・・・?」
「愛してたよ。・・・でも気がつくのが遅くてね。自覚したときはもうどうしようも出来なかった」
きっぱりと言い切った。
それはとても後悔しているようだった。
目がぼんやりと俺を見ていた。
「どうしようもなく破綻していたのに、手放すことなんてできなくて、無理矢理関係を続けていた。そしたら殺してしまった」
「え・・・」

「殺してしまった、オレがイルカを」

殺した?
この人が、俺を?



「初めまして、未来の嫁です」
「七年後、オレとイルカは夫婦なの。ラブラブ新婚さんなの」
「そういうのも乗り越えて今の関係があるの。大変なこといっぱいあったけど、でもだからこそ今すっごく幸せ」
「オレたちは結ばれる運命なんだ」
「軽々しく、違うなんて言わないで。オレたちはそんな軽々しい関係じゃない」
「イルカの方が強いよ。オレの強さなんてたいしたことない」
「ごめーんね。オレ、イルカ好きすぎて。いっつも他に取られたらどうしようって不安なんだ」
「全部、ぜぇんぶだーよ。嫌いなところなんて、一つもない」
「このまま攫ってしまいたい」
「イルカ・・・」

「愛してる、イルカ・・・」




重くない愛なんて、愛じゃない。
じゃあ重すぎる愛は、愛なのかーー・・・。




ゴホゴホッと激しく咳き込み、未来のカカシさんが倒れた。
「カカシさんっ!」
背中を撫でながら顔をのぞき込むと、ゾッとするほど青白かった。
何より。
ひどい腐敗臭がした。
「アンタ・・・」
カカシさんも気がついたのか呆然と見下ろしている。
「体、見せてくださいっ!どこか悪いんじゃ」
「いい。見ないで」
そう言いながらも咳き込む。
白い手には溢れんばかりの血が滴り落ちていた。
「見ないで・・・」
どうしていいか分からずただ背中をさする。
俺も一介の忍だ。今までたくさんの戦地に行ったことがある。たくさんの負傷者も死体も見てきた。
その経験上から分かった。分かってしまった。

彼の死期が、近いことを。

カカシさんが俺を引き離した。
「アンタ、禁術を使ったのかっ!」
「じゃなきゃ時空など何度も越えられるわけないだろ」
ヒューヒューと嫌な呼吸音がする。
禁術。
それは高度な術が使えるが、それに引き換え代償が必要だ。
こう何度も過去に来た代償が、命だと言うのか。
「なんでそんなこと・・・っ!」
命をかけてまで来る意味などあったのか。
こんなにボロボロになってまで。
まさか。
まさか、本当に俺の二十歳の約束のためなのか。
「そんなことのために、わざわざ・・・」
「そんなこと、じゃないデショ?」
そう言って手を伸ばした。
手が俺の手に触れた。

「イルカの、大事な約束」

数日前も同じように言ってくれた。
優しく穏やかに。
その言葉に俺はひどく感激したのに。
数日前までは暖かく繊細で美しい手だったはずなのに。
握り締めると、今は細くて冷たい。
まるで死者の手だった。
今の俺の気持ちのようだった。
「・・・なーんてね」
フフッと口だけで笑う。
「嘘だよ。イルカのためなんかじゃない。きっかけはなんでも良かったんだ。こんな未来にさせないために過去を弄ってやろうと思ったの」
未来のカカシさんがこちらを見て微笑んだ。
優しい、とても優しい笑みだった。
「イルカがいない、オレのそばにいない未来なんか、いらないから」
なんだよ。
なんだよ、それ。
そんな勝手なこと。
自分が殺しておいて、そんなこと。
嬉しそうに笑いながら言うなよ。
「・・・・・・なんで、イルカが泣くの?」
可哀想だからだよ。
そこまで追い詰められて、こんな馬鹿なことしかできないアンタが、泣きたくなるぐらい可哀想だからだよ。
「好きなら、っ、愛してるなら、大事にしろよっ!優しくしろよ!バカヤロー」
「うん、ごめんね」
言いながらも俺の目からは涙が止まらなかった。未来のカカシさんは困ったように笑う。
「優しくできなくて、ごめん」
俺の頭を撫でるとそばにいるカカシさんの方を向いた。
「お前がそのままだと、近い未来オレと同じようになる。それでもいいのか?」
普通の声なのに、カカシさんは大袈裟なほど震えた。
「お前には薄々理解しているんだろ?お前はいつかオレと同じことをしてしまう。だけど、ダメだよ。その先にあるのは、破滅だ」
破滅。
はめつ。
愛ゆえに歪み、愛ゆえに壊れる。
重すぎる愛の行き先は、破滅なのか。
「こんな風になりたくないなら、お前はイルカと距離を取らなければいけない」
愛するが故に壊れてしまった未来のカカシさん。行く末を知っているからこそ、距離を置けという。
それが愛だと。
「全て受け入れられなくてもいいじゃないか。それは相手を壊してまで受け入れなければならないのか?ただ、そばにいてくれるだけじゃダメなのか?」
カカシさんの顔は真っ青になりピクリとも動かない。
怯え、恐れている。
違うよ、違う。
俺はそんな顔、望んでない。
それが恋する顔なんて、思いたくない。
「やめろよっ!」
俺は大声で叫んだ。
そんな勝手なこと言うな。
勝手に終わらせようとするな。
俺のこと、決め付けるな。
「そりゃ、今のカカシさんは怖いよっ。殺気バンバンだし。力の差感じるし。俺は中忍で、多分この先もずっと中忍なんだからっ」
未来のカカシは否定しなかった。
あ、やっぱり俺ずっと中忍なんだ。
「だけど、いつか慣れる。今はこんなだけど毎回そんな感じならきっと慣れる。そしたらそんな殺気なんて屁ですよ、屁!」
そう言うと少しだけカカシさんの眉が動いた。
「そんなすぐ結論だそうとしないでください。まだ出会って数日じゃないですか。カカシさんのこと、まだまだ知らないこといっぱいあるし、俺のことも知らないことだらけでしょう?これからもっと話していけばいいじゃないですか!」
そう言って、ギュッと彼の手を握った。
情けないことにまだ少し震えている。
だけど、これは、これだけは譲るつもりはなかった。
こんなことで、彼を失うつもりはなかった。
「ダメですか!?」
「え・・・」
「今はこんなみっともなく震えるような俺だけど、でもいつかそんな殺気向けられたら溜息をつきながらしょうがないなぁって抱きしめれるようになりますから、それまで待ってくれませんか!?」
彼は目をパチパチさせ、ギュッと眉をハの字にした。
「・・・・・・いつか、なってくれたら、・・・それで、いい」
それは小さな小さな声だった。
ぶっきらぼうに聞こえるが、彼がその言葉にどれだけ勇気がいったか、知っている。
ギュッともう一度強く握った。
「俺、強くなります。カカシさんと、対等になるぐらい」
「・・・・・・無理だよ」
「チャクラとかじゃないです!!心!心の問題!」
そう言うと顔は和らぎ小さく笑った。
その表情にホッとする。
それから、と未来のカカシさんに向き合う。
「未来の俺とどんな関係だったか知らないけど、嫌いじゃなかったと思いますよ。そんな感じしませんし。きっと」
俺なら分かる。
誰でもない、俺自身のことなのだから。
「きっと、俺はそんなに強く、深く愛してくれる人探していたから」
寂しがりやな俺がこの先七年も俺をこんなのにも愛してくれる人と出会えなかったのだから。
きっと、愛に飢えていたはずだ。
「本当に、殺したんですか?貴方が、この手で?」
いくらとち狂っていても、彼がそんなことできるはずないことを知っていた。
そう言うときゅぅっと眉を顰めて、ポロポロと涙をこぼした。
「・・・・・・庇ったんだ。オレの事」
嫌いなはずなのに。
嫌いなはずなのに、オレなんかのこと。
嫌いなはずなのに、オレのこと庇って死んじゃった。
まだ、何も伝えてないのに。
オレがどのぐらいイルカのこと好きか、全然伝えてないのに。
ポロポロと泣きながら、狂ったように嫌いなはずなのに、嫌いなはずなのにと繰り返した。
あぁ、そうか。
この人がこんなにも思いつめてしまったのは俺のせいなのかもしれない。
この人が伝えてないように、未来の俺もまた何も伝えてないようだ。
バカだなぁ。
本当バカ。


恋って重くて狂わせて弱くさせバカにする。
全然綺麗じゃない。楽しくない。
でも、それが恋だろ。
本気の恋だろ。
そんな恋に俺が、彼と、してるんだろ。
それなら、それだけで、幸せじゃないか。
軽い恋をしているんじゃない。

人生をかけた、一生の恋だから。


「カカシさん」
未来のカカシさんを呼ぶ。
「ここに来たのは、その答えがほしいからですよね?その答えを俺から聞きたかったんですよね?」
「・・・・・・ウン」
彼は不安そうに俺を見つめた。
そんな顔しなくても、答えはきまっているのに。
俺はニッコリとこれ以上ない笑みをした。
「答えますよ。貴方を庇ったのは、死なせたくなかったから。大事な、命より大事な人だから。死に顔見たんじゃないですか?笑っていませんでしたか?満足そうな顔していませんでしたか?貴方が無事で、良かったって顔してませんでしたか」
彼は手で顔を覆った。
体は震え、まるで胎児のように小さく体を縮こませた。
ポロポロと溢れる綺麗な涙は見えなくなり、オウオウとまるで叫び声のような嗚咽と共にイルカ、イルカと繰り返した。
イルカ、愛してる、ごめん、ごめん、イルカ、ごめん、イルカ、イルカ、ごめん、ごめん。
愛してる。
愛してる。
俺はカカシさんからそっと離れ、未来のカカシさんに近づき、体を撫でた。細い、冷たい体だった。
それ以上声をかけられなかった。
それ以上の声は、俺では役不足だ。
彼の愛した人は、俺ではない。
彼を愛した人も、俺ではない。
「いかないと」
ポツリと未来のカカシさんが喋った。
「イルカが、待ってる」
途端、すぅっと彼の体が消えていった。
いつもの、彼がいなくなる前兆だった。
ただ、きっと。
きっと。
これが、最後なのだろう。
「カカシさ・・・っ」
視界がぼやけて彼の顔が見えなくなる。
「カカシさんが、いなかったら、きっと今日も一人で寂しい誕生日を迎えてたと思います。貴方が来てくれたから、この数日、とっても楽しかったです」
視界がぼやけているから、彼の表情は分からなかった。ただ、冷たい手が、頬をなでた。
「・・・・・・確かにね、イルカに会いに来たのは色々思惑があったけど、この時にしたのは、イルカから無理矢理このこと聞いたとき、イルカ言ったんだよ。寂しかったって。オレが知ってたら絶対寂しい想いさせないのに、オレでよければずっとずっと傍にいたのにって、思ったんだ」
ふふっと未来のカカシさんが笑った。

「誕生日おめでとう、イルカ」

冷たい手が、消えた。
彼の表情を見たかったのに、拭っても拭っても涙が止まらなかった。
「カカシさんっ、カカシさっ」
彼のようにオウオウと嗚咽が出る。
貴方に会えてよかった。
貴方の不器用な優しさに救われた。
貴方のおかげで、今俺はこんなにも。
こんなにも、幸せだ。
「泣かないで、イルカ」
冷たい手ではなく、温かい手が俺の頬を撫でた。
あぁ、これが。
これが生きている温もりだ。
俺の、カカシさんの、手だ。
「あんなことにはさせない。オレがイルカを幸せにしてみせるから」
そう言ってギュッと抱きしめられた。

「誕生日おめでとう。一緒に過ごせて、イルカが寂しくなくて良かった」
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